新しい周波数標準の研究動向


周波数標準部

  はじめに
 ここでは周波数の基準となる標準器の開発の現状と, 新しい周波数標準器の今後の開発について,述べること にする。
 今や,周波数は,すべての物理的基本量の基準として 利用されていると言って過言ではない。例えば,時間, 長さ,電圧,電流は,周波数を基準として決定されてい る。一般社会生活では,人々は,エンドユーザとして終 端に現れる現象効果を利用しているため,殆ど気にしな い事が多いが,隠れた,あらゆる分野で,その基盤を支 え,守る為,周波数基準は重要な役割を担い必要不可欠 なものとなっている。従って周波数標準の高精度化に向 け,現用器の改良と同時に,新しい標準器の研究開発を, 更に進めて行く必要があり,世界各国とも研究開発に真 剣に取っ組んでいるのが現状である。
  周波数の基準及びその利用について
 良く知られている様に,周波数とは,1秒間に1回の 周期振動を1Hzとし,単位としている。その1秒間は従 来天文観測により決定されていたものから,現在では, セシウム原子の持つ特定のエネルギー準位(F=4,mp =0^^←→F=3,mF=0)の共鳴振動数9,192,631,770回を もって,1秒と定め,いわゆる原子時を国際的に採用し ている(正確には,1967年10月の国際度量衡総会で決 定され,国際的に採用されている)。従ってセシウム原子 の9.192631770GHzは,周波数の基準値であり,同時に 時間(1秒)を決めるものであり,両者は切り離せない 関係にある。
  周波数標準器に利用される原子について
 現在,周波数の基準として,原子の持つ固有のエネル ギー準位が最も不変で基準としやすいと考えられている。
 原子を利用した標準器を一般に“原子標準器”と称し ているか,標準器としての必要条件は,
(1) 周波数が変動しない事(周波数安定度が良い)
(2) 周波数が正確に求められる事(周波数確度が高い)
等で,これ等を達成するために要求されるものは,
(a) 利用原子の持つ共鳴スペクトル線幅が狭いこと
(b) 共鳴線の強度が大きいこと
(c) 共鳴周波数が,外部要因により影響を受け難いこと
(d) 周辺技術が容易であること
である。
 標準器に利用する共鳴線は,吸収あるいは発振のどち らでも良い。従来は主に習熟したマイクロ波帯以下の技 術が活用され,それに合った原子及び分子(例えば,ア ンモニア分子,セシウム原子,水素原子,ルビジウム原 子)が選定され利用されてきた。しかし,すでにミリ波, サブミリ波,赤外光,可視光,紫外光等,高出力及び同 調可能発光源,検出器等の技術も進み,ほとんどの周波 数帯が利用可能な状況になりつつある。従来方式はすで に周波数安定度,確度をも限界に達しつつあるとの判断 から新しい技術を原子周波数標準に利用し,高精度な周 波数標準器の開発を行うべく,各国とも精力的に基礎実 験を繰り返している。特に最近ではレーザ技術の研究開 発が進み,新しい標準器開発のための有力な手段となっ いる。また今まで利用し得なかった原子,分子の持つ多 くのエネルギー準位を利用し,その特徴を幅広く有効に 活用できるようになった。例えば,従来のセシウム周波数 標準器では,マイクロ波帯のエネルギー準位を利用して いたが,これに,光領域にあるエネルギー準位も利用し, レーザのコヒーレント光によるポンピングを行う効率の 良い方式が提案されている。また,セシウムビームの量 は変化させずに,速度を滅じ,スペクトルを尖鋭にし高 精度化を図る事も可能である。
 またレーザの利用により,標準器としての必要条件を 満す利用原子の数も増え,その選択の余地が広くなり, セシウム(Cs)や水素(H)ばかりでなく,Hg+,Mg+,Ba+, Yb+,Pb+,Bi+,Ca+,I+等提案され基礎実験が行われている。
  新しい周波数標準器
  ・従来方式の問題点
 従来方式(セシウム型,水素メーザ型)で避けられな い,問題点を幾つか挙げて見ると,
 (1) 共振器を利用するためその変動分を完全に除き難 いこと (位相シフト,周波数プリング効果等)
 (2) 原子を走行させるためドップラ効果による周波数 シフト(1次,2次の)があること
 (3) 不要原子の遷移があること (マヨラナ効果)
 (4) 単一走行原子が得難いこと (速度分布を持つ)
 (5) 外部磁場等の影響を受けない準位が選び難いこと
 (6) 水素メーザでは,水素を蓄積するバルブの特性の 影響があること(ウォールシフト,バルブ温度特性)
がある。
 その上,励振源の純度による色々な影響があるので, 更に精度を上げる事が難しくなってきている。
  ・光励起型セシウム標準器
 現用セシウム標準器と光励起型標準器の概略を図1に 示す(A,B磁石によっエネルギ-準位の選別をしていた ものを,レーザに代えた事を示している)。図2にはエネ ルギー準位図を示す。


図1 セシウム原子標準器


図2 セシウム原子エネルギー準位図

 現用器では図2右側のエネルギー準位が用いられ,図 1のA磁石により,F=3,F=4の原子からF=4を 選別し,静磁場のかかった共振器を通過させる。F=3 は7本に分離,F=4は9本に分離する。この時(F= 4,mF=0)から(F=3,mF=0)ヘ遷移が起る。更に B磁石でF=3の原子を除去し, F=4の原子をマイク ロ波励振で周波数をスイープし検出器で観測する。この 時F=4からF=3に遷移した原子数に比例した共鳴信 号が得られ,これに外部発振器をロックする。従って, 実際に共振器を通過して有効に利用される原子は全体の 1/16に過ぎない。図1(b)ではA,B磁石の代りにレーザ光 を用い,F=3,4にほぼ等確率で存在する原子を更に 上準位のF'=4へ汲み揚げる。汲み揚げられた原子は, 短い時間(30nsec)でF=3に遷移する。レーザ光(85 21Å)でポンプしこれを繰り返すと,F=4の原子は減 少し,ほとんどがF=3に存在するようになる。この時 にマイクロ波9.192GHz付近で励起するとF=3,F=4に 一致した周波数の時だけマイクロ波吸収が起る。従 ってF=3の7本に分離した原子の内の1/7が利用され総 体としても1/7が利用されたことになり信号強度は現用方 式の1/16に比べ1/7に増大しC/Nが改善される。可能性とし ては更に,F=3の原子も励起する光源を併用すればす べての原子を(F=3,mF=0)の状態にすることも可 能となる。この時は現用器の16倍の信号強度が得られ, 飛躍的にC/Nの向上が図られる。その他,レーザ利用に より周波数確度評価時に問題となるセシウム原子のビー ムの速度分布も,一定速度の原子を選別し観測すること が可能となり,現用器での不確定要因と除く事が期待さ れる。その他不要原子を大幅に減少できるので,不要原 子に起因する効果(マヨラナ効果)の軽減やラムゼイ共 振器の位相シフトの軽減等が期待される。
 この方式が有効に実現されれば一桁以上の精度(確度, 安定度)の改善が見込まれる。
  ・イオンストレージ型周波数標準器
 図3にこの方式の概略を,図4に利用する原子の一例 であるHg+原子のエネルギーレベル図を示してある。この 方式は電磁場によりイオンを閉じ込め(トラップ),励起 し,主に二重共鳴現象(強い光により原子分子の特定の エネルギー準位を飽和させ,その影響をもう一つの光に より検出する方式)を利用しようとするところに特徴が ある。


図3 イオントラップ型標準器例


図4 水銀イオンエネルギー準位図

 トラップの方式は古くから考えられ利用されているも ので,
 (1)静電場と静磁場を用いるもの(Penning Trap)← Penning電離真空計
 (2)静電場とRF電場を用いるもの(Paul Trap)←マス・フィルタ
があり標準器用として利用しようとする原子の種類,特 性により使い分けられる。図3は(2)の例で,閉じ込めら れた199Hg+イオン202Hg+ランプ(波長194.2nm)で ポンピングを行い(図4 2S1/2→2P1/2)2P1/2を飽和 させると,同位体199Hg+の2P1/2F'=0.1も同時に飽和 させることが出来,F'=0.1→F=0.1の遷移が起る。 し かし,199Hg+のF=1準位は常に上準位に光励起によっ 吸み上げられているため, F=0の準位の原子が残った 状態になる。この時にF=1⇔ F=0の40.5GHzで励振し たときだけ, F=0がF=1に汲み揚げられF=1は光 ポンプでF'に吸み揚げられ螢光となって下準位に遷移す る。これを観測することにより,F=1とF=0との準 位差相当の周波数40.5GHzが正確に求められる。
 一般にはトラップされたイオンは温度が高く,共鳴ス ペクトルの幅を広げその周波数ピークが不正確になるの で,何らかの方法で冷却する必要があり,レーザクーリ ング法の有効性が提案され基礎実験が行われている。さ らにトラップされる原子の数を多くすること,及びクー リング(レーザ光照射)が容易なことなどを考えると, Penning Trapで201Hg+を利用した方が良いとの提案もあ る。これは,201Hg+は強い外部磁場の所でエネルギー準 位が丁度磁場の影響を受けないゼーマン分離レベルがあ るためで,この場合はマイクロ波励振波として40.5GHz の代りに25.9GHzを用いる。
 このイオンストレージ方式の特徴をまとめると以下の ようになる。
(1)イオンをトラップ内に数日間も滞在させることが可 能で共鳴線幅を非常に鋭くできる(水素レーザでは 約1秒間のストレージ)
(2)トラップされた原子を用いるので,他の原子との相 互作用や壁との相互作用による周波数シフトがほと んどなくなる
(3)トラップ効果には周波数シフトを除くことが出来る などで,今までにない理想的な周波数標準器が実現 可能と言われている
  ・各国の研究動向
 一次標準器(セシウム)として世界に存在するものは 15台と言われ,高精度(1×10^-13)で実用中のものは7 台程度,PTB(西ドイツ:1台),NRC(カナダ:大型 1台,小型3台),NBS(アメリカ:大型1台・小型1台) で・ある。まだ高精度化,実用化されていないものは,日 本(2台,当所,計量研),ソ連,中国,英国などにある が,半数は高精度化に対する研究を続けている。当所で は,高精度化の目途が立ち56年度中には運用できる見通 しである。
 水素メーザを保有し研究を行っている国は,主に,日 本(当所),中国,アメリカ(NASA,スミソニアン天文 台),フランス(LHA),カナダ(NRC,Laval Univ.) 等がある。受動型水素メーザの研究は,アメリカ(NBS, NRL),スイスなどで行われている。航空機及び衛星搭 載用も考えた超小型水素メーザに関する研究は,米国(ス ミソニアン天文台,USAF,RCA)で盛んである。
 上記のものは,従来方式の改良実用化研究と言えるが, 新しい方式については下記のようである。
・光励起セシウム標準器は米国(NBS),フランス(基 礎電子研究所IEF)等で盛んに研究されている。
・イオンストレージ型標準器は,米国(NBS,NASA, ワシントン大学),フランス(原子時計研究所LHA), 西独(マインツ大学),イタリア(ピサ大学)等で主に研 究されている。特に米国,フランスにおいては実験的に も,多くの成果が報告されているが,まだ基礎研究の段 階と言える。
 光励起セシウム標準器は,完成すれば,現用器の不確 定要因を解明できる可能性があり,現用器型でも高精度 化の可能性を示唆し得ると期待されている。一方,イオ ンストレージ型標準器では,10^-16の安定度と10^-15の確度 が期待されている。
 新方式においては,レーザ技術が欠かせないものであ るが,中でも安定化技術が重要な開発要因となっている。 この安定化技術は,原子標準用ばかりでなく,長さ単位 と周波数,時間単位との比較,光通信におけるヘテロダ イン通信技術等にも利用できるものであり,各国とも, 大きな努力をその研究に向けている。
  当所での研究計画
 当所では,従来から研究室型セシウム標準器及び水素 メーザ型標準器の研究を推進し,運用しているが,これ 等標準器の高精度化に関する研究を継続すると同時に, 世界的趨勢及び利用者の要求に対処するため,新方式に 関する基礎的実験の準備を進めている。先ず光励起型セ シウム標準器のために,レーザ(半導体)の安定化技術 の開発に着手し,セシウム原子のエネルギー準位選択技 術を確立する予定である。またイオンストレージ型標準 器に関しては,イオントラップの技術とレーザクーリン グ技術の基礎実験のための準備を考えている。
  むすび
 新しい周波数標準を研究開発する意味,必要性,及び 新しい方式の原理,各国の研究動向等を織り混ぜながら 概略を解説した。周波数の標準を維持する研究機関とし て,また技術先進国として,当所は将来に向け更に高精 度化する研究を進めていくべき使命があると考えてい る。周波数の標準は,あらゆる基本単位の原点と言える ものであり,この技術の研究開発による波及効果は,非 常に大きいものと考えられる。世界各国とも精力的に研 究に取り組んでいるが,新方式に関しては,レーザ技術 が重要な役割を演ずるので,日本の得意とする分野とも 考えられる。
 ここでは主に,ハード的な側面について記述したが, 正確な標準値を決定するに当っては,そのデータの処理 に関するソフト的研究も並行して行われるべきものであ ることを付記する。

(原子標準研究室長 林 理三雄)




IEEE/APSシンポジウム出席及び       
   VLBIに関する調査のため米国へ出張して


川口 則幸

  はじめに
 現在当所では,1983年12月に実施が予定されている日 米共同VLBI実験に向け日本側システムの整備を急いで いる。VLBIは2局で取得したデータから相互相関を検 出するので,両局が個々に開発したシステム全体につい て綿密な整合性をとらなければならない。今回IEEE/ APSシンポジウム出席の機会を得,米国各地のVLBI研 究者と交流を深められたばかりでなく,実際のVLBI実 験にも参加することができたので, その概要について報 告する。
  ジェット推進研究所(JPL)訪問
 JPLではARIES(Astronomical Radio Interferometer Earth Surveying)計画の9mφ可搬局及びARIES-U 計画の4mφ可搬局の実験状況と,JPLで最近開発した 実用型水蒸気線ラジオメータを見学できた。又,ARIES 計画と相補的な短距離基線用SERIES(Satellite Emission Radio Interferometric Earth Surveying)計画に 使われるアンテナ,受信装置の製造状況並びに本格的 VLBI測地応用を目的としたORION(Operational Radio Interferometry Observation Network)計画に関する情 報を得た。アメリカでは,VLBIの技術を測地応用等に 役立てるべく,その研究を徹底的に追求しており,日本 でも早急に可搬局を開発し精力的に実験を進めるべきだ と思った。
  IEEEシンポジウムヘの発表
 アンテナ測定のセッションで「10GHz以上での天体電 波源をもとにした大型地球局アンテナの絶対利得の測定」 を発表した。これはCS/BS13mφアンテナを用いて電 波星を観測し,マルチパラメータ推定法により,両アン テナの絶対利得及び電波源の拡がりと強度に関するパラ メータを求めたもので,従来CCIRによって報告されて いる電波源の拡がりの補正係数を新たにするものであっ た。質問はパラメータ推定法に関して2件あった。セッ ション終了後も,もっと討論したかったが,その日のう ちにオーエンズバレー電波観測所(OVRO)に行かなけ ればならなかったので,他のセッションの聴講を含め十 分行えなかったのが残念であった。
  オーエンズバレー電波観測所訪問
 オーエンズバレー電波観測所を訪れた日は,ちょうど 米国内の4局(Haystack,Fort Davis,West Ford, OVRO)によるVLBI実験が行われている日で,実際の Mark-Vシステム(日米共同実験にも使われる米国シス テム)による観測状況をじかに見学できる幸運に浴した。 この日の観測は初めて全観測ステーションに水蒸気線ラ ジオメータを配備して大気補正を行う,一つのマイルス トーンともなる本格的測地応用実験であった。筆者にと って更に好都合なことに(米国の研究者にとっては不運 なことだが)たまたま受信機が一時故障し,その修理状 況をつぶさに見ることができた。40mφアンテナの一次焦 点から受信機をつり下ろし,工場で中を開いて見た。回 路図は以前からなんべんも眺めて頭に入っていたので信 号の流れはすぐに理解できたが,コンパクトで合理的に 作られているのには感心した。OVRO常駐のエンジニア は優秀で約2時間ぐらいの内に修理を終え観測を再開し た。あらかじめ設定された運用スケジュールに従って, 計算機がすべてをコントロールしながら実験を進めてい くので,実験者はコンソールの前に座ってその進行を監 視するだけである。
 おかげでOVROでの実験責任者Nancy Vandenbergと はコンソールを前にして十分な討論を行うことができた。 OVROでの一連のVLBI実験で各機器のチェックから, 取ったデータを郵送するところまで見ることができたの は,筆者にとって非常に良い経験であった。
 カリフォルニア工科大学(CALTEK)訪問
 OVROからロスアンゼルスに戻り,翌日CALTEKを 訪問した。そこでJPLと共同開発中のVLBIプロセッサ BLOCK-Uシステムを見せてもらった。Block-Uは データの処理を主として周波数領域で行うもので,Haystack で開発したMark-Vプロセッサが時間領域での処 理を主としているのと対照的なものとなっている。両方 式を比較した場合,部分ビット補正ロスが重要なファク タになると思われ,筆者自身としてはBlock-U方式に 否定的な見解を持っているが,この点について十分討議 でき学ぶところが多かった。
  ゴダード宇宙飛行センター(GSFC)訪問
 ロスアンゼルスからワシントンに飛び翌日GSFCを訪 問した。そこで主にVLBIデータのデータベース管理 方式,解析方法について教わった。又,米国では現在使わ れている自動連用ソフトウェア(フロッピーディスクで 7枚)を手に入れることができた。GSFCは世界のトッ プレベルのVLBI研究者が集っているので,日本の研究 者が,1ヶ月程ここに滞在できたら非常に多くを学びと れるだろうと思った。
  Haystack観測所訪問
 Mark-Vハードウェアは全部ここHaystackで製作さ れているので,大変期待をして訪問した。現在,VLBI プロセッサは世界中でHaystackにしかないので,あら ゆる観測データはここに集中し,担当者はその処理で大 変忙しそうであった。その処理の合間をぬって,相関器, 記録信号発生器,相関器制御ソフトウェア等について討 議し,多くの資料を手に入れることができた。特に記録 信号発生器は日米システムの整合性に関し,最も重要な 部分で,これについては半日をかけて討議を行ってきた。 ただし,レコーダの担当者が出張中で不在だったのが残念 であった。
  おわりに
 全日程2週間をあちこち駆けめぐっていたようで,ど この訪問先でももう少し長く滞在できたらと思わないで もなかった。多くのVLBI研究者と幅広く討論できたこ とは,筆者にとってこれから日本側システムの整備と実 験を行う上で非常に良い勉強になったと思う。
 最後に,このような貴重な経験の機会を与えていただ いた方々に深く感謝します。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 研究官)




テキサス大学宇宙科学センターに滞在して


佐川 永一

 科学技術庁宇宙関係長期在外研究員として昭和55年9 月から56年6月迄米国テキサス州立大学ダラス分校(U TD)宇宙科学センターに滞在し,人工衛星搭載用測定 器の開発及び試験とデータ解析について学ぶ機会を得た のでその概要を報告する。
  UTD宇宙科学センター
 米国内には優れた搭載用測定器を開発してNASA等の 人工衛星に搭載し,宇宙研究の分野で注目に値する実積 を挙げている小人数のグループがある。UTD宇宙科学 センターもそのようなグループの一つであり,電離圏内 の熱的プラズマの観測については米国内でも重要な地位 にある。UTDは1969年にそれ迄ダラス市郊外にあった 私立の研究機関を中心に創立された新しい大学である。 宇宙科学センターはUTDの理学部(School of Natural Sciences and Mathematics)に属し4名の正教授と科学 者(約10名),測定器の設計・製作のためのエンジニアや プログラマ(40名位),それに学生(10名弱)で構成され ている。ここでは主にNASA等の人工衛星や惑星探査船 に搭載する測定器の開発と観測データの解析を行ってい る。筆者はISIS-2のデータ解析をするとともに,搭 載用測定器の実験室内での校正試験を手伝った。
 ISIS-2は良く知られているように1971年春に打上げ られた電離層観測衛星で日本も含む国際協力によって運 用されている。筆者の指導にあたった Hoffman博士は この衛星のイオン質量分析器(IMS)を担当した。この 測定器は衛星近傍のプラズマ中の正イオン組成を計測す るもので,地上の実験室でも良く用いられる磁場偏向型 質量分析器を搭載用に設計したもので,博士は同型の測 定器を多くの人工衛星や惑星探査船に搭載した実績を持 っている。ISIS-2のIMSの大きな特徴は衛星のスピン を利用して各イオン毎の運動を計測できる点にある。 ISIS-2はスピン軸を磁気的な方法で制御することが 可能で,基本的には2種類のモードで運用されて来た。 その一つはスピン軸を衛星進行方向に一致させ,オーロ ラ撮像を主に行う。もう一つはスピン軸を軌道面に直交 させるモード(カートホイールモード)である。IMSの 視野の中心はスピン軸に直交しているためにこのカート ホイールモードでは衛星進行方向とIMSのなす角はスピ ンによって360度変化する。 もし各イオンが衛星進行 方向に直角で軌道面に平行な速度成分を持って運動して いる場合にはIMSのスピンによる変調の位相変化として これを検出する。この方法の測定精度は約±500m/sで あまり良くない。Hoffman博士はこの程度の精度でも 測定可能なポーラーウィンド(極域のプラズマが磁力線 に沿って磁気圏に流出する現象)を解析するためにISIS -2のIMSの観測データを使っていた。しかし測定精度 が悪く,個々の観測データの詳しい議論は困難であった。 筆者はある程度長期問の観測データを統計的に扱うこと で精度の向上が図れると考えた。さらに他の測定量も同 時に処理し,極域電離圏の平均的な様相を得ることを目 的にISIS-2の観測データの処理を始めた。
 ISIS-2がカートホイールモードで最も多量のデータ を取得したのは1971年秋と1972年の春から夏の期間であ った。さらにこの間のIMSのデータは既に一次処理が終 了しており使い易い形になっていたので簡単に多量のデ ータを扱うことができた。データの処理には宇宙科学セ ンターの計算機を使った。研究者達の使う計算機には実 験室で使っているものを除くと三系統ある。一つは大学 共通のものだが本体は大学とは別の計算センターにあり, 主に教育用に使われている。第二は宇宙科学センターが 保有するもので,あまり新しくも大きくもない計算機だ が使い易くISIS-2のデータ処理にはこの計算機を使っ た。計算機の能力に比べて使う人数が多く,長時間の計 算は夜間にやった方が効率的であった。第三の計算機は AEシリーズの衛星のデータを処理するもので本体はワ シントンのGSFC/NASAにあって通信回線でUTDの 端末に結び付いている。AEの観測データは全てこの計 算機に収められていて,AEのデータ解析をしている人 が三台ある端末を交代で使っているので,殆ど空きの無 い状態であった。人工衛星の観測データは計算機で使え る形式のものとマイクロフィルムがあって観測データの 概要を知る上ではマイクロフィルムが便利だった。
 よく知られているように極域での諸現象は変化が速く, その変化幅も大きいので長期間のデータから決めた平均 的分布がどのような結果になるかについて最初は見通し が立たなかったが出来上った平均的なイオン密度とイオ ンの磁力線沿いの移動速度の分布にはいくつかの興味あ る現象が見出された。


UTD宇宙科学センターのある建物

  UTD宇宙科学センターのプロジェクト
 最終試験段階の衛星搭載用測定器開発のプロジェクト のなかでDE(Dynamic Explorer)及びSan Marco D/M 用測定器のUTD内での校正試験には私も立会うことが できた。DE衛星は電離圏−磁気圏結合の研究を目的と しておりDE-Aと-Bの二つの衛星を同一軌道面内の 高度の異なる軌道に投入し立体的な観測を行う。特に二 つの衛星が極域を通る同一の磁力線上に来る時点での観 測は磁力線沿いの加速機構の解明に役立つと期待されて いる。宇宙科学センターがDE衛星に搭載する測定器は 次の三種類である。
 1. エネルギー分布・イオン組成測定器
 低エネルギ一のイオン(E<100eV)の組成とエネ ルギー分布を測定する。このエネルギー範囲の粒子は磁 気圏では重要であるが,従来は殆ど観測データがなかっ た。測定器はエネルギー分析器と磁場偏向型の質量分析 器を直列に結合したものである。Hoffman博士がNASA の研究者と共同で開発した。
 2. RPA(Retarding Potential Analyzer)
 熱的なイオンの組成,密度及び温度を測定する。電離 圏内のプラズマ観測では最も基本的な測定器の一つであ り,これを担当するHanson博士はRPA測定の第一人 者である。
 3. Drift Meter
 RPAと良く似た構造の測定器でプラズマの運動を高 精度で決めることができる。AE-C衛星に最初の測定 器が搭載され,極域電離層内のプラズマが磁気圏の電場 によって運動する様子を見事に観測し高い評価を受けて いる。この測定器はHanson博士の考案になる。担当は HeeLis博士。
 これらの測定器は特殊な部分を除いて電子回路,セン サ共に大学内で製作されている。これは測定器の設計と 製作に携れるエンジニアの数が充分多く(40名位),しか も彼らが長年の経験を持っているためにできるものと思 われる。さらに搭載用測定器の開発過程の責任者はプロ グラム・マネージャーという職の人が当るので科学者は あまり実務をやらなくても良いシステムになっている。 このような測定器開発の環境は各人が専門的な仕事に専 念でき効率的のように思える。搭載用測定器の校正試験 は,UTD内の真空チェンバー内で行われた。チェンバ ー内に,測定器のセンサ部と校正用のイオン源を置いて 衛星が軌道にある時の環境を作り試験を行っていたが, 使われている装置には特に目新しいものはなくここでも 自家製の装置が目立っていた。校正試験は一週間位で終 了し,測定器は最終的な衛星の試験のためにNASAに送 られた。DE衛星は7月末から8月に打上げられる。
 San Marco D/Mは赤道域の電離圏観測を目的として アフリカ沖から打上げられる。この衛星にはDE衛星と 同型のRPAとDrift Meterの他にスプレッドFディテ クターがUTDから搭載される。スプレッドFディテク ターは高い時間分解能で電子密度を測定するもので,赤 道電離層内の不規則構造をRPAやDrift Meterと同時 に観測することを目的としている。
 この他にも将来の衛星計画があり私の聞いた範囲でも スペースシャトル,VOIR,OPEN計画,ESAのハーレ ーミッション等非常に盛り沢山という印象を受けた。こ の宇宙科学センターの現在の規模を維持するためには大 学(州)から来る金だけでは足りず契約を取って外部から 資金を集める必要があり,プロポーザルの作成は重要な 仕事になっている。このことはデータ解析を主な仕事に している科学者についても言える。
 科学者達の中では極域の諸現象に関心を持っている人 が多く,彼らは主にAE-C,-DそれにISIS-2の観 測データを使って仕事をしている。当所を訪問したこと もあるMcClure博士を中心としたグループは赤道電離圏 の不規則構造に関心があり,現在運用中のAE-E衛星 (RPAとDrift Meterが搭載されている)と非散乱性 干渉レーダの同時観測を精力的に進めている。この他に も豊富な観測データを基に多方面にわたる研究が行われ ており,外部との研究者の交流も活発で時々開かれるセ ミナーには外部からの講師が多かった。
  生活環境
 宇宙科学センターの研究者は皆個室を持っており,私 も窓の無い部屋を個室としてもらった。日常の行動範囲 はこの部屋,実験室,計算機,図書室それにコーヒー沸 しの前であった。個室が多いために廊下は大事な社交の 場であり大声で議論する人もいる。大体の人の勤務時間 は8時半頃から夕方5時頃までで,夜遅く迄仕事をする 人も少しいる。昼食はすぐ隣の建物に高くてまずい(皆 の意見)カフェテリアがあるが弁当を持って来る人も多 い。その弁当もいたって簡単でサンドイッチに飲物と果 物位のものを仕事をしながら食べる人が結構多い。大学 内での飲酒は禁止されていて,大学の警官に見つかると 罰金をとられる。従って大学ではパーティでも酒類は出 ない。酒類に対する規制はUTDのあるリチャードソン 市の住民投票で決まったようで酒屋は市内には無く,レ ストランなどで酒を飲むことも難しいという信じ難い市 であった。もっともすぐ隣の市は酒を買うことも可能だ し,酒を飲ませる場所が軒を接して並んでいる通りもあ るので全体としてはバランスがとれている。
 UTDはダラス市の効外にあるが,周辺は主に住宅地 とそれに附随する商店街で,新しい建物の建設や道路工 事を各所でやっている。この附近では二階建以上の建物 は極めて少なく,高層建築は市の中心街にしか見られな い。地形はゆるやかな起伏があるだけでどんなに天気が 良くても視界に山が入ることはなく,とにかく広くて平 坦な印象を受ける。この平坦な風景と違った風景に出会 うには海にしろ山にしろ車で一日走らなくてはならない。
 ダラスは人口100万人弱の都市(米国内で七番目の人 口)だが,ケネディ大統領暗殺の地という点以外では観 光客を引きつける要素はない。しかし市の経済活動の成 長率は高く,東部や中西部から移住してくる人が多い。 私の知り会った米国人でもダラスに10年以上住んでいる 人の方が少なかった。このような新興都市なので犯罪発 生率も米国のワーストテンに入る。私のアパートの周囲 は比較的安全だと言われていたが,それでも街灯が暗く て夜はとても一人で歩く気にはなれなかった。
 最後に在外研究の機会を与えて下さった事を科学技術 庁と当所の関係各位に感謝致します。

(衛星計測部 第二衛星計測研究室 主任研究官)


短   信


ETS-U衛星電波による電離圏伝搬実験
 当所では,衛星電波の電離圏効果を研究するために, 昭和52年のETS-Uの打上げ以来,136MHzのテレノー タ電波を利用して,標記の実験を実施している。一般に 電離圏不規則構造は沿磁力線性があり,電波が地磁気磁 力線に平行に電離圏を通過すると,シンチレーションが 増大すると考えられている。
 今回宇宙開発事業団の協力を得て,6月下旬から8月 下旬の期間,シンチレーションの沿磁力線効果を明らか にするために,衛星静止位置の変更を伴う特別実験を行 った。衛星位置を130°Eから144°Eに移し,伝搬路が高 度300qの電離圏で地磁気磁力線にほぼ平行する宮城県 蔵王町を中心に,地磁気子午線上にある秋田,平磯,鹿 島の他,東京,山川の計6か所で136MHz電波の電界強 度とファラデー回転の測定を行った。現在データの解析 は一次処理の段階で,まだ確定的なことは言えないが, 予期していた沿磁力線効果の他に,新しいタイプのシン チレーションなど興味ある現象が観測されている。静止 衛星を利用し,伝搬条件をほぼ正確に実現しての実験は 世界でも初めての試みで,学術,実用両面から成果が期 待される。



小型車載局による衛星通信実験

 55年度に直径1メートルの超小型SCPC局を製作し, 地上無線回線との干渉実験,新聞の紙面伝送実験などを 行って来た。これらの実験では、このSCPC局を分割し てトラックに載せて移動したが,今回,このアンテナ直 径1メートルの装置を車載化し,災害時において機動性 を発揮できるようにした。この機動性が主な特徴であり, 車載局は車体のうしろの半分がスライドルーフ式になっ ており,簡単にアンテナ(RF部含む)を衛星の方に向ける ことができる。またIF部以下はアンテナ部とシャッタ ーで仕切ることが出来,実験する室は空調可能である。 所要電源容量(3kV)は近く自家用発電機を整備し電気の ない所でも実験できるよう計画している。これから各地 へ移動して,実際に非常時の際の運搬,設置,通信の確 保等の運用技術を習得し,実用衛星利用に係る利用形態 の確立を図る予定である。


SCPC車載局



日米科学技術研究開発協力第1回合同委員会開催さる

 非エネルギー分野における科学技術協力を一層発展さ せるため標記の委員会が9月24,25日東京霞が関の外務 省で開催された。日本側から手島外務省審議官を主席代 表とする総勢85名が,米国からキーワース大統領科学技 術顧問を団長とする25名が参加した。郵政省代表として 栗原所長が,またオブザーバとして佐藤宇宙通信開発課 長と川尻第三字宙通信研究室長が出席した。24日午前の 全体会議では両国の科学技術政策が披瀝され,同日午後 及び25日は5つの分科会に分れて討議された。第1分科 会(宇宙分野)では日米双方がそれぞれの宇宙開発計画 と,現在実施中の17プロジェクトの現状報告及び今後の 進め方の討議を行い,両者はそれらが順調に進行してい ることを確認した。更に新プロジェクト「南極の隕石の 分析」を共同研究とすることが米側から提案された。当 所が関係する「地殻プレート運動の研究」については, “日米両システムの両立性,ソフトウェアの情報提供及び システムレベル実験等についての打合せ会議を少なくと も年1回開くこと,1984年以降の実験に関する討議を遅 くとも1982年前半に開始すること及び電波研究所は1982 年春東京で開催予定の国際測地学協会学術総会の前後に 特別な会合を電波研究所で開くことを希望すること,等” が合議された。最後に各分科会で合意された共同報告書 は25日夕の全体会議で総て採択された。なお次回は1982 年末又は1983年初めにワシントンD.C.で開催される。