中層大気国際協同観測計画の狙い


大塩 光夫

  1. はじめに
 中層大気とは耳慣れない術語であるが,厳密な高度上 及び物理学的・化学的定義はない。一応高度10〜120q程 度の地球大気を指す、と考えて欲しい。本稿では,先ず 2.において電離圏(高度50〜1000q)とそれの下部隣 接領域である中性圏(高度0〜50q)との関連を概観し, 電離圏の充分な理解と利用のためには,電離圏への中性 圏の関連が考慮されねばならない事を述べる。次いで3. では,天然現象の有機的関連の不分離性,一過性,非再 現性のために,中層大気で起っている現象の多角的同時 連続大域観測が必要であり,折しも1982〜85年に国際的 に行われる中層大気国際協同観測計画について述べる。 当所も電波・光による遠隔探査の技術及び飛翔体による 直接測定の技術を活用して,これに参加する予定である が,その概略を4.に記述する。
  2. 成層圏から下部熱圏迄の高層領域の大気
 (T). 性質
 地球上の大気には,各々物理学的・化学的性質の異な る領域が存在している。これらの高度領域は,温度,組 成の均質性,力学,及び化学反応の種々の観点から各々 別の名前で呼ばれている。温度の観点から,高度に対す る温度の増加・減少に応じて,地上から順に対流圏,成 層圏,中間圏,熱圏,及び外気圏と呼ばれている。この 温度による区分が,一般によく使われている。
 同じ高度でも別の名前で呼ばれる領域は種々の観点か ら復雑多岐な様相を示している事で知られている。特に 成層圏から下部熱圏迄の領域は,上記の種々の観点から, 一様でない,異質の,或る場合には対立する諸性質を有 するので,正に複雑多岐な様相を示すのである。その中 の二,三の性質を記述する。
 先ず,力学的には,成層圏及び中間圏大気中の現象と 対流圏の現象と比較した場合の際立った特色として,大 気潮汐,内部重力波,及び惑星波等の各種の波動が,大 きな振幅で存在している,という事がある。密度の差に よる上方伝搬波動は,上層においてより発達する。波動 の上方伝搬は,中性圏と電離圏を結び付ける大きな役割 を果たしている。次に,化学的には,この高度領域では 光解離・光電離・粒子電離と各々の再結合及び電荷交換 諸過程が,附着及び脱離等の過程とからんで,化学的様 相は錯綜する。この高度領域におけるオゾン,酸化窒素 の様な微量成分は,化学反応において少なからざる重要 な役割を果している。この高度領域は超高層大気化学 の宝庫の地位を正に占めているのである。更に,電磁気 的には,高度100q付近で或る種の電気伝導度は最大に なり,この高度附近に水平方向の電流層が形成されて, 地表における地球磁場の変動をひき起している。電磁場 の立場から最も激烈な舞台を展開するのは,極域である。 そこでは電磁場,荷電粒子,波動,放射等の諸現象間の エネルギー輸送・授受が激しく行われる。下部電離圏 (E,D領域)は上部電離圏及び磁気圏と密接に結びつ いている。
 運動によって大気成分が変位すると,太陽輻射による 新たな光化学反応が生起する,という例から分かる様に, 成層圏から下部熱圏迄の高度領域は,力学的,化学的, 及び電磁気学的接点の位置を地球大気において占め,運 動,組成,及び放射が相互に関連し合う,多彩且つ複雑 な領域である。
 (U). 従来の研究
 今迄,この高度領域に対する多方面からの観測,解 析,及び理論が究明されて来て,大勢は判明して来たが, 詳細な現象,機構に関して不明な部分が多い。その理由 に,適切な観測手段の欠如(気球では高過ぎ, ロケット では低過ぎる),観測体制(多角的同時連続大域観測)の 不備,研究対象の分離(中性圏と電離圏)等があげられる。
  3.中層大気の研究の意義
 (T). 問題点
  (i). 理学上の問題
 成層圏から下部熱圏迄の高度領域の地球大気は,2. に記述の如く,理学的対象として解明されるべき部分が 多い。
  (ii). 電波伝搬上の問題
 成層圏から下部熱圏迄の高度領域の大気は,電離圏電 波伝搬上の社会的利用面と関連する。この高度領域の電 離圏,即ちD及びE領域は, その上部のF領域と共に時 間的・空間的規則的変化の他に、伝搬条件を乱す特有な 擾乱変化を示す。極冠に発生する極冠擾乱,極光帯に発 生する極光帯擾乱,中緯度の冬季に生起する電離圏D領 域冬季異常,及び低・中緯度に発生する電離圏突然擾乱 は,原因こそ異なるがD領域を主体とした電子密度の増 加による電離圏擾乱であって,中・短波電波の吸収及び 長波・超長波電波の進相を一般的にはひきおこしている。 又、スポラディックE層の出現は,しばしば超短波電波 の異常反射をひきおこしている。この様にして,高度領 域の電離圏擾乱は通信,測距(電波航法),放送(TV, FM等)等に妨害をもたらすので,生成機構を充分に把 握・認識して事前通報する必要がある。生成機構の解明 は究極的には理学的究明を進めなければならない。
  (iii). 気象学的・社会的問題
 成層圏は大気オゾンの太陽紫外線(波長135〜240nm) の吸収作用によって加熱されるため,安定な成層を形成 し,一見気象現象に無関係の様に思われる。しかしなが ら,成層圏にも大気大循環があり,又何よりも成層圏及 びそれの上部隣接の中間圏を対流圏と関連づけているの は,2.(T).に記述した各種の波動であり,更に大気の熱 収支におけるオゾンの役割は大気大循環に反映するから, 成層圏が長期的気候変動を支配する一因にもなっている。
 波長320nm以下の紫外線は遺伝子の本体であるデオキ シリボ核酸(DNA)に吸収され(吸収最大波長260nm), これを分解するので人畜に有害である。皮膚癌の発生は 波長280〜3200mの紫外線照射量と密接な相関がある。太 陽輻射には元来多量な有害紫外線が含まれているか,大 気の吸光作用のために,波長320nm以下の太陽紫外線は 殆ど地表に到達する事はない。
 オゾンの消滅過程において関与する微量のNOx(上部 成層圏)及びHOx(下部成層圏)は,オゾンを触媒的に 破壊する。従って, オゾンの破壊は,気象学的には大気 熱収支に変調をまねき,気候変動をおこし, 及び生物学 的には太陽紫外線(波長135〜320nm)の地上侵入が増大 し,遺伝子の分解,皮膚癌の増加をもたらす。このオゾ ンを破壊する原因として,成層圏煙霧質(大気中に分散 して浮遊する固体又は液体,エアロゾルとも言われる) の成因に寄与するオゾン(パルス的な火山爆発の場合に はオゾンの破壊は甚しい)の様な天然現象があるが,近 年文明の著しい発展による超音速航空機,原子核爆発, 人工肥料,工場排煙等がもたらすNOxの増加, スプレー 剤,冷蔵庫の冷媒が光化学反応を起こす時に消費される オゾンの様な人工生成物がある。又煙霧質自身の濃度が 増加すると,それは太陽光に対して遮蔽幕の役割を果た し,対流圏へ入射する可視域の放射エネルギ-の減少を まねくから,気候変動をもたらす事になる。
 成層圏では鉛直混合に対して安定で,物質の滞留時間 が極めて長いから,自然の平衡を崩壊させる人工汚染は 一層抑制され,又監視されねばならない。
 以上の(i),(ii),及び(iii)に見られる様に,成層圏から 下部熱圏迄の高度領域の大気は,理学的にも,電波伝搬 上でも,また社会的にも(この場合特に成層圏)関連し ていて,それの解明は非常に重要である事が認識される。 ボイジャー1号が地球から15億qの距離にある土星探査 にまで手が届いている(1980年11月12日最接近)宇宙空 間探査の今日において,我々に最も身近な地球大気領 域を解明しなければならない,今日的意義がここに存る。
 (U). 観測手段の進歩
 成層圏から下部熱圏迄の高度領域の大気に対して,飛 翔体による直接観測が有望であるが,時間的連続性の欠 如及び高い経費という難点がある。一過性・非再現性・ 有機的関連性を持つ天然現象の認識を深めるために,時 間的連続観測が是非必要である。従って,可能な限り必 要な設備をじゅんたくに用意出来る地上からの観測が望 ましい。この観点にたって,探測と情報入手に威力を遺 憾無く発揮するのは,電波・光による遠隔探査であろう。 最近著しく進歩した遠隔探査機器の例として,非干渉性 散乱レーダ及びライダ(Light detection and ranging) があげられる。
 (V). 中層大気国際協同観測計画
 複雑多岐な成層圏から下部熱圏迄の高度領域の地球大 気の時間的・空間的様相の認識を増すためには,それが 有機的関連性を持ち,再現性のない一過性の天然現象で あるために,多角的同時連続観測が大域的になされる必 要がある。空間的な横の拡がりの同時協同観測は,勢い 国際協同観測の体制へ向かう事になるであろう。そこで 観測・研究対象を,高度領域において10〜120qに限っ て,国際協同観測・研究を行おうとする気運が生まれた。 この高度領域が中層大気と呼称され,中層大気国際協同 観測計画(Middle Atmosphere Program,略称MAP) が国際学術連合会議によって1982〜85年の4か年計画と して立案され,その実施について世界各国に参加が要請 された。日本学術会議の手続きを経て,当所も国内の他 の研究所・大学等と共にこの計画に参加する事になった。
  4. 当所における中層大気国際協同観測計画
 当所では,13項目に亘って,延べ約50人(実質約30人) が参加を予定している。これらの研究課題名等を表1に 示す。表1に示された13項目の中, 5項目(1,2,4, 7,及び13)は現在ある観測手段をMAPの期間に積極 的に充実する体制で進める。 7項目(3,5,6,8, 9,10,及び11)はMAPの実施に当たって,観測機器 の新設又は補強が必要である。残る1項目(12)は国立極 地研究所との合同参加を予定している。


表1 当所におけるMAP計画

 表1における各研究課題の概要を高度領域で整理した ものを表2に示す。表2より当所が持っている幅広い周 波数領域に亘る電波及び光による遠隔探査,及び従来か ら実施して来た飛翔体による直接観測の技術を駆使する 他,国内に配置されている8か所(本所, 2支所,及び 5電波観測所)及び南極昭和基地を活用して,多角的に MAPに参加する予定である。


表2 当所におけるMAP計画

 中層大気の充分な認識の把握は,単に中層大気自身の 物理学的・化学的情報を,あらゆる手段を通じての多角 的同時連続大域的に観測するだけでは不充分で,その源 を磁気圏ないし太陽情報にまで求めなければならない場 合がある。かくして,中層大気9研究は成層圏気象学及 び超高層大気学を包含するだけでなく,必然的に太陽地 球間物理学の一部門をも形成している。
 当所におけるMAPの各種観測を緊密な連係の下に行 い,他地域・他分野からの資料を補い,得られた結果に 深い省察が加えられて解釈が下されるならば,当所が掲 げる研究の柱の一つである大気科学の研究に,大いなる 前進をもたらし,ひいては斯界に貢献する事になるであ ろう。

(電波部主任研究官)




NOAA宇宙環境研究所に滞在して


菊池  崇

  はじめに
 昭和55年10月1日より昭和56年9月30日まで科学技術 庁長期在外研究員として,米国商務省環境科学研究所 (NOAA/ERL:Emvironmental Research Laboratories) の一部門である宇宙環境研究所(SEL:Space Environ- ment Laboratory)に滞在し,磁気圏嵐時の高エネルギ ー電子降下とオメガVLF電波伝搬擾乱との関係を研究 する機会を得た。気候と研究環境の面で,アメリカ国内 でも最も良い場所の一つといわれるColorado州Boulder 市での一年間の研究と日常生活をふりかえってその概要 を述べる。


太陽地球間擾乱警報センタ

  SEL
 NOAAのERLには,SELの他にWave Propagation Laboratory,Aeronomy Laboratoryなどいくつかの部 門がある。 SELには筆者のような客員研究員などを含 めて80名程度がおり,研究内容から見ると当所の電波部 に類似している。ただし,正規の研究公務員は20名であ り,それも予算削減のあおりで本年10月には13名に減ら されてしまった。SELの中には,惑星間空間,磁気圏, 電離圏(本年10月まで),それに最近できた大気−電離圏 −磁気圏(A・I・M)結合の各セクションがあつ,活発 な研究が行われている。筆者はオーロラ粒子観測のD.S. Evans博士を長とするA・I・M結合のセクションに所属 したが,スタッフは電離圏力学などで知られるA.Richmond 博士のみであった。これらの研究部門全体の長として電 離層電波伝搬の教科書で知られているKenneth Davies 博士がおり, SELの所長は本年春に当所を訪問したD. L.Williams博士である。 SELには研究部門の他に研 究を支援する部門があり,計算プログラムの専門家が約 10人と人工衛星搭載機器や電離層観測装置の開発製作な どを行う技術者グループがいる。SELには, これらの 研究部門とその支援部門の他に太陽地球間擾乱予警報を 行うサービス部門があり, 人工衛星から刻々入るデータ をにらみながら,1日24時間態勢でアメリカ国内はもと より全世界に情報を提供している。最近この部門の長と なったH.Leinback博士は,本年4月13日にBoulderで見 られた20年に1度という大規模なオーロラを2日前に予 測した。 Bouldlerの空にゆらぐ真赤なオーロラに見入り ながら宇宙空間物理の研究レベルもここまで来たかとい う感慨にひたったものである。
 筆者は当地で下部電離圏擾乱の原因となる高エネルギ ー電子の人工衛星データを用い研究した。そのデータ 処理システムを紹介する。人工衛星のデータはWash imgtonで中継された後SELの太陽地球間警報センター に送られ,一次処理後擾乱警報に利用される。このデー タは同時に磁気テープに納められ,やはりNOAAに所 属する世界資料センタに保管されて一般の研究者の利 用に供される。電子計算機はNOAAの所有であるが, NOAAをはしめ商務省に属する国立標準局(NBS) や通信情報局(NTIA)などの研究者が共同で使用してい る。 SELは独自に入出力端末装置を持っておつ大量の データファイルを確保しているため,端末からデータと プログラムを簡単に呼び出し,計算処理したあとただち に印字あるいはブラウン管上に処理結果を見ることがで き,大変能率的なシステムであった。NOAAの計算機 システムの中で一つおもしろいと思ったのは,紙の上に 図を書かせるXYプロッタがなかったことである。計算 機で図を書かせる場合には,まず端末装置のブラウン管 上でこれをチェックした後直接マイクロフイルム上に書 かせるのである。使ってみると非常に便利なもので,数 時間待てばマイクロフイルムが出来上がってくる。その 他ほとんど定常業務化している計算処理は,先に述べた 解析グループやアルバイトの大学生,大学院生がプログ ラム作製から処理まで行っている。
 研究者間の議論は非常に活発で,コーヒールームでの 雑談から週一度の定例のミーティングでの議論まで,各 々の専門にとどまらず興味のおもむくままいろいろな話 題が取り上げられる。 SELの所長のD.L.Williams博 士が本年春に日本を訪ずれ,漢字のタイプライターに大 いに興味を持ったことから,筆者が即席の日本語講座を 開くはめになったりもした。研究者の交流は所内にとど まらず,国内国外の第一線の研究者が頻繁に出入りし, ほとんど毎週のように開かれるSELセミナーで講演し, 活発な議論を行っている。
  研究の周辺
 よく言われるようにアメリカの研究者は大変精力的で あり,自分の意見をどんどん主張する。日本人の特性で ある謙虚さはここでは美徳とはならず,研究を行う上で はむしろマイナスとなるかもしれない。しかし,アメリ カ人にもいろいろなタイプがあり,日本人に近い感覚の 持ち主もいて立派な研究業績をあげている。
 アメリカでは土,日の2日間が休みであるが,コンピ ュータが常時動いているためか休みの日も出てきて仕事 をする人が少なくない。特に学会前など週日と間違えそ うなこともあるが,秘書の女性達や解析グループなどの 姿が見えないことで休日だとわかる。筆者が属したセク ションの長Evans博士は白髪白髭の一見60歳くらいかと 思われるが40歳すぎの精力漢で,日本製の大型バイクに またがって休日でもよく仕事に出てくる。筆者がBoulder に着いた最初の週末は彼につきあって出勤し,コンピュ ータの使い方を習い,帰りには共にビールで疲れをいや したものである。
 Boulderは大学や研究所が多い比較的小さくまとまっ た人口7〜8万の町である。気候も良く,抜けるような 青空がつづく日がほとんどといってよい。春ともなると ピクニックと称して毎週のように誰かの家でパーティが 開かれる。また一年を通じても頻繁にパーティがあり, 毎週金曜の夕方には有志による定例のビアクラブまであ って,人的交流の場にはこと欠かない。パーティといっ ても簡単なもので,ビールとワインそしてこれに見合っ た簡単な食べ物があるだけである。これらの場では研究 上の議論から日常的なささいな話題,そして日米戦争の ことまで話題になったりで,おもしろいものであった。
 SELは当所と同様の国立研究機関であるが,我が国 と異なる点は,研究スタッフにしろ,支援グループにし ろ,非正規の職員が多いことである。筆者のような客員 をはじめとして,博士号を持つ人に与えられる奨学金を もらって働いている人,研究プロジェクトにつく金や NOAA自体が持つ公費でやとわれている人などが多く, 正規の研究公務員は20名(10月以降13名)よりはるかに 多い人数がいる。 したがって人の出入りが多く,数年で 顔ぶれが大きく変わることも珍しくない。これは正規の 研究員についても言えることで,良いポストがあれば簡 単に出て行くし,10月をもって電離圏研究セクションが 消滅したことに伴う減員などもその一例である。このセ クションに所属した人々の多くは他の研究機関へ散って しまった。このようなことは我が国には見られない厳し い一面である。
  雑 感
 Boulderは州都Denverの北50qくらいのところにあ り,電話は同じ市内扱いである。海抜が約1マイル(= 1600m)で,乾燥した空気と抜けるような青空にめぐま れた大変住み良い所である。雨が少ないために,住宅や アパートの庭の芝生には散水装置が備えられている。水 源はロッキー山中にある氷河とのことで市が氷河を一つ 買って水源を確保しているとの話には驚かされた。内陸 性気候のためか寒暖の差は大きく,春や秋でも日中シャ ツ一枚で歩いていたのが,夕方から雪になって分厚いジ ャケットを着るといったこともまれではなく,筆者は車 の中にいつもスキー用のジャケットを用意していた。筆 者が滞在した55年から56年の冬は異常に暖かい冬とのこ とだったが,それでも氷点下25°まで下がった日があり, 車の窓ガラスの内側に出来る氷をかき落としながら運転 したこともある。
 Boulderは大変治安の良いところで,となりのDenver では頻繁に発砲事件が起っていたが, 夜遅くでも一人 歩きが出来た。文化的にも,仏教徒数の対人口比が全米 一であるとか,中国を追われたラマ教の本部があったり というユニークなところである。筆者の友人となった学 生の中にも日曜になると禅センターに通ったり,合気道 を習ったりしていたのもいた。
 ColoradoはDenverを中心として日系人が多いのも特 徴である。戦争中,西海岸を逃れて住みついた人も多い。 仏教会を中心に日系人の集りや催し物も多く,ある町の 仏教会で催された花まつりでは,日本語を理解しない日 系の若い男女が日本の踊りを踊っていたのが印象的であ った。日系の人々を見て一つ不思議に感じたのは,数代 にわたって食住環境がアメリカ式になっているにもかか わらず,体格が現在の日本人程良くないということであ る。戦後の日本人の体格が良くなったのは,どうも精神 的な解放感から来ているのではないかというのが筆者の 新説である。
  おわりに
 一年間の有意義な滞米生活の機会を与えて下さった科 学技術庁振興局と当所の関係者に深く感謝の意を表しま す。

(電波部 研究官)




国際電気通信連合に出張して


猿渡 岱爾

  まえがき
 昭和56年6月29日から8月10日まで,国際電気通信連 合(ITU:Internatiomal Telecommunication Union)へ 派遣され,“アフリカの遠隔地及び僻地での近代通信技 術の適用(Application of Modern Telecommunication Techlnology in Remote and Rural Areas of Africa)” に関する実行可能性の予備調査(Prefeasibility Study) に参加した。国内での資料収集等の準備作業を行った後, 7月11日から8月10日まで,ジュネーブ(スイス)にあ るITU本部に出張し,作業を行った。本予備調査はITU 事務総局技術協力部(General Secretariat,Technical Cooperation Department)が実施したもので,広範にわ たっているが,筆者らは特に,小形地球局による衛星通 信システムに関する部分を担当した。ITUの担当責任 者Nickelsonのほか,Tustison(U.S.A.),Okundi(ケ ニア)と筆者の4名が共同で作業を進めた。本予備調査 は,ジュネーブにあるコンサルタント会社に発注され既 に同社の衛星通信担当者が報告書案を作成していた。従 って,我々の具体的作業は,次の2点である。
 (1) 提出された報告書案に対して,ITUの立場及び 専門家の立場から検討を行い,協同して報告書を完 成すること。
 (2) 報告書を作成するに必要な各種のメモランダムを 作成し,報告書に反映すること。
 7月13日にITUへ出勤し,簡単な事務手続きののち, 直ちに,コンサルタント会社の担当者から報告書案の説 明を受け,全般的事項に関する質疑応答を行い,本調査 に関して理解を深めた。第1週目は,主として,ITU 側及びコンサルタント会社との間で,報告書案を項目毎 に,具体的に検討し,第2,3週目は,簡単な打合せや 電話連絡等でコメントし,同社が報告書の推敲を行い, 第4週目に最後の検討を行い,作業を終了した。この間, Tustisonと私は,各種のメモランダムを作成したが筆者 によるものは次の4件である。
 (1) 小形地球局に関する考察(13ぺージ)
 (2) 小形地球局用サブシステム(12ページ)
 (3) SCPC用多元接続の考察(39ページ)
 (4) 低コスト小形地球局開発の問題点(8ページ)
  報告書の概要
 アフリカ大陸には,4億人近い人々が住んでいるが, その内の80%は,遠隔地及び僻地に住んでいる。アフリ カの人口100人当りの電話機普及台数は0.4台(1977年) であり,ほとんどが都市部に集中しているので,大部分 の住民は電話の恩恵を受けていない。ITU及びUNDP (United Nations Devolopmemt Programme)では,電 気通信の普及によって,これらの地域の生活向上や近代 化を図ることを検討している。
 当面の目標は,人口1万人又は半径5qの地域に1台 の公衆電話局(PCO:Public Call Office)を置き,こ れらを相互に接続して,国内網の確立をはかることであ る。これらのPCO間の接続には,有線方式,地上無線 方式及び衛星通信方式がある。アフリカのように未開発 地域が多く,人口密度が低い条件では,前2者は施設コ ストが高くつき,小形地球局による衛星通信方式の方が 有利となる部分が多いので, この可能性について検討し ている。
 本システムでは多数の地球局が必要となるので,地球 局コストを極力小さくして,系全体のコストの低減化を 行う必要があり,提案された方式及び地球局は次のとお りである。
 ○アフリカ大陸を3〜4ビームで分割する。
 ○4/6GHz帯を用いる。
 ○デマンドアサインFM-SCPC方式。
 ○地球局は,アンテナ直径3m,1W以下の固体化送 信機及び100K(等価雑音温度)程度のFET低雑音 受信機を有する。
 ○ TV共同受信にも利用できる。
 ○太陽電池による電源を内蔵する。
 ○流体の熱容量を利用した簡単な温度調節シェルタに 収納する。
 提案された小形地球局のコストの検討が行われ,現時 点では電源及び空調シェルタが高価となっている。又, 設置工事費が大きく,今後上昇する要素を含んでいる。
 以上の予備調査報告書は, ITUから発表される予定 であり,この結果に基づいて,次の作業が進められるも のと考えられる。
 今回の派遣に際して,お世話をいただいた電波監理局 並びに当所の関係の方々に謝意を表する。

(衛星通信部 第一衛星通信研究室 主任研究官)




CISPRトロント会議に出席して


杉浦 行

 TV・FM用受信機や各種電気・電子機器から発生す る妨害波の測定法及び許容値を定めるCISPR(国際無 線障害特別委員会)会議は,23か国からの代表124名と 関係国際機関からの代表(表)2名が参加して,1981年9 月21日から10月2日までカナダ国トロント市に於いて開 催された。今回は6つの小委員会(Sub-Committee)と 各Working Gfoupの会議が行われ, 日本からは蓑妻二三 雄成蹊大学教授を始めとする10名の代表が審議に参加した。 会議が行われたホテル“Ramada Inn”は市の中心部の繁 華街近くにあり,またこのホテルには日本を始め殆どの 国の代表が宿泊していたため,随時外国代表とも交流が でき,便利であった。また各国代表の多くが昨年の東京 会議に参加していたため,Dinner Partyなどでは東京会 議の思い出話に花が咲き,例年にも増して外国代表との 交流を深めることができた。今会議の主な審議結果を以 下に示す。


表 各国及び関係機関からの出席代表者


トロント市庁舎(City Hall)

Sub-Committee A;Radio Interference Measurements
           and Statistical Methods
 妨害波に関する測定パラメータと通信品質の劣化の問 題を審議するWG3の会議が,今回始めて開催された。 また“Open field test site”に関するStudy Question が作られた。Sub-Committee Bにも関係するが,反射 箱を使用したマイクロ波帯妨害波の測定法について, CISPR規格を作ることになった。
Sub-Committee B;Interference from Industrial,
         Scientific and Medlical Radio
         Frequency Apparatus
 情報処理装置及び電子事務機器からの妨害波の測定法 及び許容値に関する勧告案が審議された。
Sub-Committee C;Interference from Overhead Power
         Lines,High-Voltage Equipment
         and Electric Traction Systems
“架空送電線及び高電圧機器からの妨害波に関するマニ ュアル”は,許容値に関する項を除いて,すべて承認さ れた。
Sub-Committee D;Interference relating to Motor
         Vehicles and Internal-Combustion
         Engines
 自動車等から発生する妨害波に関して,250〜1000MHz の許容値を含んだPublication12の拡大(案)が各国の投 票にかけられることになった。
Sub-Committee E:Interference Chlaracteristics of
         Radio Receivers
 TV・FM受信機の局部発振器からの妨害波について, その放射許容値やアンテナ端子電圧許容値の改正案が審 議され,今後各国の投票にかけられることになった。
Sub-Committee F;Interference from Motors,
         Household Appliances,Lighting
         Apparatus,and the Like
 家庭用電気機器から発生する妨害波の測定法や許容値 を規定したPublication14を,“トランスを用いた携帯 用電動工具の測定”などについて改訂することになった。
 なお,今会議の詳細な審議結果は,電波技術審議会第 3部会に報告書として提出されている。
 1973年のWest Long Branch会議におけるCISPR機 構改正後,今回のトロント会議は8回目の会議となるが, 日本からの参加代表数も増え,ここ数年は毎回10名以上 で,ヨーロッパの主要国と肩を並べるまでに至っている。 それに伴って日本からの提出文書の数も増加している。 また今会議においては,Secretariat文書やStudy Que stion案を作成するad hoc groupの主要メンバーに日本 代表が選ばれた。この事は,これまでの日本の努力を各 国が認め,また実力を高く評価している事を裏付けるも のである。今後共CISPR会議において,我が国の意見 をより反映させるためにも,積極的に貢献していく必要 があると思われる。
 終りに,今会議に参加する機会を与えて下さった当所, 電波監理局の関係者に深く感謝致します。

(通信機器部 標準測定研究室長)


短   信


総合考査実施される

 郵政大臣官房首席監察官室監察第五部による,当所の 総合考査が10月25日から30日まで上席監察官,上席監察 官補佐3人により行われ,11月5日に首席監察官が講評 を行った。
 本考査は,当所の業務全般が正常で能率的,経済的に 運営されているかどうか,また,行政部門との連係が的 確に実施されているかを調査し,問題があれば必要な指 示を行って,今後の業務の改善,向上に資するために行 われたものである。
 今回は,当所の業務全般について考査が行われたが, 上席監察官は,各部長からヒヤリングを行い,各課室の 業務については各補佐が分担した。考査の対象となった 主な業務内容は,庶務課及び会計課が研究所運営の総合 的事務処理,企画部第一課が研究業務一般,第二課が図 書,特許ら C2センター及びウルシグラム放送,電波予 報研究室が電波予報業務及び観測所の電離層観測結果の とりまとめ,機器課が無線設備の型式検定及び測定器の 校正,標準電波課が標準周波数と標準時の通報である。



CSを用いた時刻・周波数標準の供給実験

 従来の標準電波における時刻・周波数の受信精度の限 界や,相互干渉の問題を解決する方法として,早くから 衛星の利用が国際的に注目され,CCIRでもこの技術的 問題の検討が行われている。周波数標準部では,BSの TV信号により,時刻,周波数の標準を供給するシステ ムの実験を計画し,一部実施してきたが,BSの不具合 発生により時刻供給については実施に到らなかった。本 年10月,この実験をCSを用いて鹿島,山川局間で実施 し,所期の成果を得てBS実験計画を一応完了すること となった。
 実験の内容は,送信側でTV信号のカラーサブキャリ アを安定化し,時刻コードを重畳すると共に,衛星位置 変化に対する遅延補正制御を行う。受信側ではこれを復 調して水晶時計を同期させ,時刻表示,秒パルス,標準 周波数等の出力を得るものである。Cs原子時計を航空機 で運搬して測定した結果,受信側で高度な補正を行わず に,時刻で3μs,周波数で5×10^-11以内の高精度で供 給することができた。



CCIR最終会議開催さる

 CCIR研究委員会最終会議が,昭和56年8月17日か ら11月3日までの79日間,ジュネーブで開催された。こ の会議は,来年2月開催予定の第15回CCIR総会に備え るためのものであり,また,本会期中には,昭和58年2 月に開催予定の移動業務に関する世界無線通信主管庁会 議(WARC-Mobile)のためのSG8特別会議も開かれ た。
 我が国からは,当所の栗原所長を首席代表とする総勢 51名の代表が参加し,112件の寄与文書(うち,当所から の寄与文書18件)を提出した。なお当所からは所長のほ か,会議の前半には古濱超高周波伝搬研究室長,後半に は中橋調査部長が参加した。
 今回の会議では,最近のディジタル技術,宇宙通信技 術などの目覚しい発展を反映して,多数の新しい勧告案, 報告案等が作成されるとともに,WARC-79で採択され た決議,勧告に対する研究成果がとりまとめられ,更に は,Mobile,HF-BC,Space等のためWARCに向け ての研究成果が審議された。
 我が国の寄与文書は,ほとんどすべてその趣旨が採択 され,また,Working Group,Sub Working Groupの 議長にもなって積極的に活動した。会議の詳細について は,別途本ニュースに報告の予定である。



「ふじ」南極へ出発

 第23次南極地域観測隊に当所から越冬隊として倉谷康 和技官(電離層定常観測)と五十嵐喜良技官(超高層研 究観測)の2名が参加し,11月25日南極観測船「ふじ」 にて東京晴海埠頭から南極昭和基地に向けて出港した。
 今回から開始する南極でのMAP計画の一環として, 新たにVHFドップラーレーダ観測(当所と極地研究所 の共同研究)を実施することとなり,その装置も「ふじ」に 積込まれた。この観測装置の特徴はパルスのバーカコー ド変調が可能なこと,レーダビームが鋭い(3°〜4°)こ とがあげられる。またエコーのドップラースペクトルは 計算機に内蔵したFFTプロセッサーを使って求める。 観測モードは3種類あり,必要に応じモード選択をする。 MAP計画独特の流星モードは,単一のレーダ系で極域 の中間圏−電離層下部のダイナミックスの研究を目指し ている。なお,第23次隊の基地郵便局長は倉谷技官が兼 務する。