新年のごあいさつ


所長 栗原 芳高

 明けましておめでとうございます。新年に際しまして 平素より当所のために御指導,御協力を賜っております 関係各位に対し心から御礼申し上げるとともに,本年も 相変りませず,よろしく御支援の程を御願い申し上げま す。また当所の職員各位に対しては一層の御発展と御多 幸を祈念する次第であります。
 さて年頭に当りまして昨年を回顧して所感を述べると ともに,昭和57年度予算内示の結果もふまえて,本年の 当所における研究業務の進路を展望してみたいと思いま す。
 昨年は特に話題の多い年でしたが,当所における明る いニュースの一つは四号館総合研究庁舎の完成でありま す。昔から「新しい革袋には新しい酒を」とか,あるい は「居は気を移す」と云われておりますように,心機一 転して研究の推進を図りたいと存じます。特に研究発表 の場であります新講堂は面目を一新しましたので,入れ 物にふさわしい内容のものとして行きたいと考えており ます。
 昨年はまた,それまでになかった動きとして,第二臨 時行政調査会によるヒヤリングや,郵政省首席監察官室 による総合考査が当所についても行われました。これら は国全体を覆う行政改革の一環として行われたもので, 研究所の在り方について改めて原点に還って見直し,厳 しく自戒する良い機会でしたが,反面,とかくPRの不 十分な当所の実力を認識して頂く場でもありました。今 後とも研究所にありがちな独善・偏狭に陥ることなく,当 所の存在価値を高めて行きたいと思います。
 昭和57年度予算の内示結果は,要求に対する歩留りは 約98.5パーセントと高率ですが,対前年度化的6.3パー セント減に加えて,ゼロシーリシグの制約のもとで人件 費などの当然増分はそのまま試験研究費に食い込んでき ますので,極めて巌しい状態であります。ただ,現在当 所の研究の主要な柱となっております「通信衛星の実験 研究」,「超長基線電波干渉計(VLBI)」,「周波数資源 の開発」等の経費がほぼ満足すべき程度に認められたこ とと,要求当初においては絶望的と思われていた新規項 目について「中層大気国際協同観測計画(MAP)」及び 「VHF及びUHF帯におけるディジタル移動通信方式 の研究開発」の2項目が認められたことは朗報でありま す。
 要員につきましては,厳しい行革の流れの中で昨年と 同数の1名増員が認められておりますが,組織はつきま しては残念ながら「電磁環境研究室」の新設は実現でき ませんでした。ただ郵政省首席監察官室の総合考査にお いて,電波監理行政対応の研究はかなり成果を挙げてい るとの評価をうけている反面,体制的には不十分との講 評もありましたので,今後とも必要な組織強化へ粘り強 く努力して行く必要があると考えております。現在,電 波監理局からの研究依頼は宇宙,周波数資源,電磁環境 等の分野において12項目にのぼっており,それぞれ関係 部において密接な連係を保ちながら協力を進めておりま すが,体制面での強化が望まれています。
 以下,新規及び継続の主な事項について概観させて頂 きます。
 まず,中層大気国際協同観測計画:(MAP)は本年か ら昭和60年にかけて4か年計画で実施されますが,当所 においては昨年13項目にわたるプロジェクトを設定して おります(本ニュースNo. 69「中層大気国際協同観測 計画の狙い」参照。)今回新規として認められた項目は 「流星レーダによる大気波動の観測」及び「標準電波ド ップラー法による大気波動の観測」の2項目であります が,残りの大部分の項目は「電離層定常観測」,「電離層 斜め伝搬観測」等のように既設のプロジェクトを強化拡 充して行うものでありまして,本計画推進の一応の「め ど」がついたと考えております。
 次に,ディジタル移動通信方式の研究開発は,近年, 国際無線通信諮問委員会においても重要課題として取り 上げられ,我が国においても電波技術審議会の諮問事項 として昭和56年度から審議が行われてきております。当 所におきましては今後通信方式研究の陣容強化を図り, 昭和57年度から3か年計画でVHF及びUHF帯におけ る移動通信を対象として,ディジタル化の基盤技術の開 発を進める計画であります。
 実験用中容量静止通信衛星(CS)は,昨年12月15日 で打上げ後満4年を迎えましたが,衛星の状態は良好で 57年度も十分に運用が可能であると考えております。57 年度の前半は「電波伝搬実験」,「コンピュータ・ネット ワーク実験」,「SSRA多元接続実験」,「SCPC方式 及びMCPC方式の実験」,「衛星による時刻と周波数標 準の供給実験」,「周波数スイッチング技術に関する実験」 等を実施する予定であります。57年度の後半はこれらの 実験の一部を継続するとともに,実用通信衛星(CS- 2a)の打上げに際して関連する実験を実施したいと考え ております。
 実験用中型放送衛星(BS)は打上げ後3年8か月を 経過して,間もなく制御用燃料が尽きる見込みであり, 本年早々にも最終段階の実験を実施すべく待機中であり ますが,予定された実験の殆んど総てを終了し,現在, 最終報告書を取りまとめ中であります。BSで得られた 成果は来たるべき実用放送衛星(BS-2)の設計に活 かされておりますが,今後は新技術開発の基礎研究を進 めて行く必要があると考えております。
 航空・海上技術衛星(AMES)は,残念ながら未だ 衛星計画が確定されないため,57年度も「衛星を利用し た航空・海上通信技術の研究開発」という研究段階にと どまりましたが,幸いにして衛星搭載用中継器の基礎開 発経費が認められましたので,55年度の高電力増幅器, 56年度の低雑音増幅器に続いて,57年度は中間周波増幅 器の開発を進めることができるようになりました。野外 実験関係では,56年度において小型船舶地球局装置の有 用性を確かめましたので,57年度は航空機実験に移る予 定であります。
 衛星用マルチビーム・アンテナにつきましては,55年 度に給電素子の試作を,また56年度には多ビーム形成回 路の試作を行って検討した結果,現在までに「プリント 化スロット・アンテナ素子」という新しいアンテナ素子 の開発や,多ビームを形成する回路の簡易化に成功しま したので,今後はこれらの成果をとりまとめ,2GHz19 ビーム・アレー型アンテナの開発を進める計画でありま す。
 昨年度新規項目として認められました衛星を用いた捜 索救難通信システムにつきましては,55年度から開発を 進めてきた移動衛星用406MHz帯送受信装置を完成し, 昨年末に犬吠沖において海上実験を実施してその有効性 を確かめております。また静止衛星用1.6GHz帯装置の 開発も進めており,継続経費が認められましたので,57 年度から開始される予定の国際実験への参加を目指して 準備を進めているところであります。
 電離層観測衛星ISS-bは本年2月で打上げ後満4 年を迎え発生電力の低下による運用回数の削減を余儀な くされておりますが,ミッション機器は依然として健在 ですので今後も可能な限り運用を継続する予定でありま す。
 宇宙電波による高精度測位技術(VLBI)は昨今の 当所における衛星計画の停滞を補う大プロジェクトに発 展して参りました。57年度はアンテナ及び高周波部を除 くシステムの大半を整備するとともに,大規模なソフト ウェアの開発を行い,58年度末に予定している日米間の 最初のシステム実験に備えることとしております。59年 以降の計画につきましても,昨年9月東京で開催されま した非エネルギー分野における日米科学技術協力協定に 基づく第1回目の会合におきまして,59年末から5か年 計画でプレート運動に関する本実験を実施する合意がな されております。
 周波数資源の開発のうち,未利用周波数帯につきまし ては150GHz帯送信機の経費が認められましたので,57 年度は広い帯域にわたるミリ波帯の伝搬実験の実施が可 能となりました。また既利用周波数帯ではスペクトル拡 散地上通信方式の研究においてシステムモデルの開発を 計画通り進める予定であります。
 マイクロ波リモートセンサ関係では,航空機に搭載し た2周波雨域散乱計/放射計により昭和55年6月以来3 回にわたって飛行実験を行い,各種降雨の状態を把握す るとともに,衛星搭載用雨域散乱計の設計仕様のまとめ を行いました。合成開口レーダにつきましては,昨年新 設された科学技術振興調整費に対する要求が認められ 「リモートセンシング技術に関する研究」の一部を分担 して実施することになり,3か年計画で高速ディジタル 処理システム及びその専用プロセッサ開発のための資料 を作成することになっております。
 他省庁からの移し替え予算関係では,環境庁において 56年度に認められた「オゾンの三次元分布測定用航空機 搭載レーザ・レーダの高性能化の研究」及び55年度から 継続している「電波音波共用上層風隔測装置の開発に関 する研究」が継続承認になっております。後者は57年度 が最終年度になりますが,現在,実用段階にあと一歩の ところまで開発が進んでおりますので本年の成果が期待 されています。文部省から移し替えとなる南極観測予算 も,本年度並みの経費が認められております。昭和基地 において実施する「VHFレーダによる超高層大気運動 の研究」はMAP参加の項目でもあり,今後も定常観測 に加えて研究観測を継続する予定であります。
 情報処理関係では,昨年4月に運用を開始した新電子 計算機システムは旧システムの4倍の性能を発揮して, 従来停滞していた一般研究部門の大型計算や大量データ 処理に期待通りの成果を挙げつつあります。本年は支所 及び観測所の端末との有機的結合を更に強化し,研究所 全体としての情報処理能力の向上を期しております。ま た長年の懸案でありました電子計算機による電離層観測 記録の自動処理につきまして,自動化の早期実現を目指 して実用化研究を推進する予定であります。
 周波数標準関係では,かねてからセシウム1次標準器 の周波数確度向上に努めて参りましたが,昨年,実験室 段階でかなりの成果が得られましたので,現在,実運用 に入る準備を進めているところであります。また水素メ ーザにつきましても,マヨラナ効果利用による高効率, 高出力及び超安定化の見通しが得られましたので,今後 超高精度の時計として連続運用を行うための準備を進め ております。このほか最近目覚しく発展しておりますレ ーザ技術を応用する新型の高確度標準器の調査を行い, 基礎的な検討を進める予定であります。
 最後になりましたが無線機器の型式検定関係では,既 設の舶用レーダ試験装置の改良取替分と,新しく義務化 される船舶衝突防止装置用試験装置の経費が承認されま した。型式検定業務は電波監理行政を支える基盤となる もので,今後益々増大する無線局の機種の拡大に備えて 適切に対処して行く必要があると考えております。
 以上,昭和57年において電波研究所が当面する諸問題 を概観し,進むべき進路を展望致しましたが,本年も研 究所をめぐる財政環境は極めて厳しいものがあり,多く の困難もあろうかと存じます。昨年も申し上げましたが, このような時代においてこそ,全職員が一丸となり創意 工夫と地道な努力の積み重ねによって困難に対処し研究 のポテンシャルを高めて行くことが必要であることを肝 に命じて。職員各位とともに電波研究所の使命を果して 行く決意を新たにする次第であります。




チャープサウンダ


平磯支所

  はじめに
 当所ではパルスサウンダと呼ばれる電離層観測機によ って電離層の状態を常時観測している。ここで紹介する チャープサウングは「チャープ」という特別な名前の電 波ではなく,一つの愛称である。チャープサウンダによ って受信された電波の検波音が,丁度鳥のさえずり (chirp)に似ていることからこの名前が付けられた。この 様な音がなぜ出るかを説明する前に,チャープサウンダ が平磯支所に設置されたいきさつについて簡単に触れて おく。
 超高層研究室では毎日,太陽活動と地磁気活動に関す る警報(GEOALERT)および電波警報(短波帯におけ る通信状態の警報)を発令している。特に電波警報は数 時間先の通信状態をN(普通),U(やゝ不安定),W(不 安定)で表わし,いずれかをモールス符号によって標準 電波(JJY)にのせて放送し,広く利用に供している。 この警報発令用基礎データを得るため,世界各国から発 射されている商用電波をモニタしている。 しかしこのモ ニタに都合の良い電波が適当な場所から多くの周波数で 常に発射されているわけではないので,警報用データと しては不十分である。チャープサウンダは広い周波数範 囲の伝搬状態を直ちに知ることができるように作られた 装置なので, この装置の導入によって警報精度を向上さ せることが期待できる。更に複雑な短波の伝搬機構を解 明するための有力な武器でもある。この装置は1977年か ら3年計画で購入された。この間,西ドイツ,マックス プランク研究所の協力を得て平磯支所との間で伝搬実験 を行い多くの成果を得た。
  チャープサウンダの原理
 周波数がf0から/nまで連続的に切換えることのできる 送信機と, これを受信できる受信機を用意し,電波が到 達できる範囲内でなるべく遠く離して設置する。送信機 の周波数をf0にしてT0の時刻に短時間△T秒だけ電波を 出すと,受信機には伝搬時間,△t0秒遅れて受信される (図1参照)。次に周波数をf0より少し高い周波数に換え てT1の時刻に△T秒だけ電波を出すと,やは り△t1秒後に受信される。以後同様にして周 波数をf2,f3……と順次切換えて送信しこれ を受信する。ここで,それぞれの周波数間隔 を等しくとって非常に小さくし,発射時刻, T0,T1……の間隔を△Tにすれば発射電波 の周波数は一定の変化卒で連続的に増加する ことになる。さらに,周波数を切換える瞬間 に位相が連続するようにすると,発射電波は 周波数f0からfaまで連続した, 一つの波 (FM-CM波)になる。


図1 チャープサウンダの送信信号と受信信号の関係

 図1はチャープサウンダの送信波と受信波 の相互関係を説明したものである。前述した ようにチャ一プサウンダの送信波は周波数が 時間と共に一定の割合で連続的に増加してい くので,縦軸に時間をとり横軸に周波数をと ったグラフは図1のような右上りの直線(実 線)で表わされる。短波伝搬の場合,電波は 電離層と大地との間を反射しながら伝搬し, その伝搬時間は周波数によって異なるので, 受信波をグラフに描くと各送信時刻からそれ ぞれの周波数に応じた伝搬時間だけ上に移動 した図1のような曲線となる。図1から,受 信波の周波数と受信時刻での送信波の周波数 差との△fと受信波の伝搬時間△tとの間に は△t=△f/(df/dt)という関係があること がわかる。ただし,df/dtは設定した周波数の 変化率(掃引比)である。したがって,伝搬 時間△tを求めるには△fがわかればよい。 △fは同一時刻における送信波と受信波の周 波数差であるが,実際は送信機が遠方に置か れているのでこの差を直接求めることはでき ない。このため受信機内部に送信波より時間 τだけ遅れて送信波と全く同じ周波数変化を する発振器を設け,この波(参照波)と受信 波の間で差を求める。参照波と受信波の周波数差があま り大きくならないようにτを設定するので図の右上りの 破線のようになる。この場合,伝搬時間△tは,参照波 と受信波との周波数差を△f'とすれば,△t=τ+△t', △t'=△f'/(df/dt)となる。一般にτは求まらないが 伝搬特性を知るには相対伝搬時間△t'と周波数との関係 がわかれば充分である。図1の受信波の曲線を相対伝搬時 間△t'を使って描きなおすとイオノグラム(図1下)が 得られる。
 図2は上記の方法によるチャープサウンダの基本的な ブロックダイヤグラムである。図の様に受信波と参照波 を合成すると,両波の周波数差に等しいビートが生じる。 このビート周波数が求める△f'である。信号波を受信し た場合のビート音は掃引比に応じてゆっくり変わる連続 音であるが混信波があれば混信波との間にもビートが生 じ,その音の高さは急に変化する。その変化 が非常に早いため,あたかも小鳥がさえずっ ているかのように聞こえる。これが“チャー プ”サウンダの名前のゆえんである。


図2 チャープサウンダの基本的なブロックダイアグラム

 △f'つまり△t'はスペクトルアナライザに よって容易に求めることができる。スペクト ルアナライザの横軸は周波数を表わし,縦軸 は信号強度を表わしているのでビート周波数 の位置に強度に応じた山が現われる。実際の 装置ではブラウン管面上に縦方向にスペクト ルアナライザの周波数軸をビートの強度で輝 度変調した線を描かせ,さらに横方向に送信 周波数の掃引比に合せてゆっくり移動させる。 この画面は縦軸を伝搬時間に読み換えると, 図1下と同様のイオノグラムとなる。
 すでに述べた通り△t'は送信点から受信点 までの全伝搬時間ではないので,これを表示 するには電波が受信される前後のほんのわず かな時間だけあればよい。この時間は伝搬時 間の「窓」と呼ばれ,チャープサウンダの狭 帯域受信という長所を決める重要な要因であ る。チャープサウンダ受信機の帯域幅は,窓 の時間と周波数の変化率(掃引比)の積であ るので窓の時間が短かい程また掃引比が小さ い程狭帯域となる。通常の運用におけるこれ らの値は窓の幅が5msec,掃引比が100kHz /secであるから受信帯域幅は500Hzと非常に 小さくなる。このため信号対雑音比が良くな り良質なイオノグラムが得られることになる。 またチャープサウンダの電波は他の通信へ与える妨害が 少ないという長所も持っている。これはチャープサウン ダの電波の周波数が常に一定の割合で変っているため通 常の受信機の帯域幅を一瞬の内に通過してしまうためで ある。例えば普通の受信機の帯域幅を3kHzとすると100 kHz/secの掃引比の時は1/30secで通過してしまいほと んど気付かれない。この他にもいくつかの長所がある。
 以上,チャープサウンダ送受信機についてのみ説明し たが,平磯支所のシステムには,この他にイオノグラム 自動読取装置,読取ったデータを格納するフロッピーデ ィスク装置,入出力タイプライタ及びイオノグラムを出 力するファックスが装備されている。
  実験結果
 図3はチャープサウンダ・イオノグラムの一例である。 横軸の周波数範囲は4〜30MHzであり,縦軸は全体が 5msecの伝搬時間である。図中の曲線は送信電波の周波 数に対する相対伝搬時間を表わしている。この例では曲 線が3本ありそれぞれ電波が電離層と大地の間を反射す る回数に対応して伝搬時間が異なっている。最小の反射 回数は送受信点間の距離と電離層の高さによって決まる が,それより多い反射回数は理論的にいくらでも可能で ある。しかしこれらの内,良好に受信されるのは最小反 射回数の伝搬型式(伝搬モード)とこれより3〜4回多 い反射回数の伝搬モードまでの数個の伝搬モードだけで あり,これらが通信にとって最も大切なものである。チ ャープサウンダの実験においてもこれらの伝搬モードが 主に対象となる。伝搬モードは反射回数に反射する電離 層名を付けて2Fモード(F層による2回反射),1Eモ ード(E層による1回反射)の様に呼んでいる。図3の 場合は1F, 2F, 3Fの3種の伝搬モードが得られて いる。電離層は反射回数が少ない程高い周波数まで伝え る性質があるので3Fより2F,2Fより1Fの方がそ れぞれ高い周波数の電波を伝える。これらの最高周波数 が最高使用周波数(MUF)である。一方,低い周波 数程大きく減衰するので,電波が伝わることのできる最 低の限界周波数があり,これが最低使用周波数(LUF) である。通信を行うことができるのは,このMUFから LUF迄の範囲内の電波である。この内,低い周波数で はいくつかのモードが重なり合うのでこれを聞くとエコ ーの付いた音声となり通信品質が落ちてしまう。高い周 波数には一つだけのモードが受信される周波数帯があり, 上記の様な妨害がないので良質な通信を行えることにな る。この通信可能な周波数範囲あるいは良質な通信を行 える周波数帯は,季節,時刻,太陽活動等によって変動 するうえ,地磁気嵐の発生によって大きく影響される。 チャープサウンダを常時運用していればこの通信状態の 変化を直ちに知ることができる。また,長期間の実験を 行い,得られたデータを統計解析することによってその 後の予報に役立てることができる。


図3 チャープサウンダイオノグラムの例

 先に行った西ドイツとの伝搬実験結果とISS-bか ら得られた観測結果を用いることによりこの回線の基本 となる伝搬モードは3Fモードであることが明らかにな った。この実験結果によると冬期には日本時間17〜20時 頃非常に良好な通信ができるが,10〜16時頃はほとんど 通信不能となることがわかった。これに対して夏季は終 日通信可能であるが,通信状態は不安定である。地磁気 嵐の影響は冬季は弱く,夏季は非常に強いことがわかっ た。このようにして得られた西ドイツ−日本間の伝搬特 性はおよそ北ヨーロッパ,日本間の伝搬特性であると推 定できる。
 この他,現在計画中の実験として南極観測船「ふじ」に よる移動実験がある。これは送信機を観測船に搭載し南 極迄の航路途中,電波を出しながら移動する。これを平磯 支所で受信することによって,北半球から南半球迄の連 続した広範囲の伝搬特性を調べようとするものである。
  おわりに
 チャープサウンダは従来のパルスサウンダに比べてよ り精密な測定ができ実用面においても常時運用すること によって通信状態を正確に把握できるので,平磯支所の 警報発令業務の精度の向上が期待できる。

(超高層研究室 主任研究官 一之瀬 優)




第20回URSI総会に参加して


古津 宏一

 3年毎に開かれるURSI1981総会が8月10日から10日 間ワシントンのホテルHyatte Regencyで開かれた。む し暑い夏のワシントンということで,クーラーのきいた ホテルが会場に選ばれ,筆者も交通の便を考えて全期 間そこに滞在した。結果として通常は出席しないような セッションにも気軽に参加してみたが,意外と面白く問 題や討論を楽しむことができた。この総会でのランダム 媒質に関するセッションは筆者がOrganizer(1人)と なった。これは前年の“電磁波理論に関するURSIシン ポジウム1979(ミュンヘン)でFelsen(B分科会Cllairman) から依頼されたが,その際“ランダムな導波路に関 する理論を含めること”を要求された。これについては これまで全く研究の対象としたことがなかったが,興味 もあったし,それ以上にその分野での研究の現状を知る よい機会であると思った。文献調査を1か月程行ったが, 理論的研究の現状は予想外に初歩的であり,また,表面 と媒質が共にランダムな導波路を取扱う理論は全く見当 らなかった。このような未開拓の分野であることを知っ て,筆者は驚き,そしてひそかに喜んだ。1年後の総会 に間に合わせるべく,包括的な理論の研究を始めても十 分間に合うと思ったからである。ちなみに,Felsenは今 回のB分科会の重点課題としてguided waveを取上げ, 不均一媒質(deterministic)によるモード変換理論等に ランダムな境界及び(または)媒質をもつ場合の理論を 加えることを考えていた。
 講演者の人選は,当然,文献に基づいてなされるべき であるが,間接的な自薦,他薦が手紙を通じて現われ始 め,特に有名人の場合対応にとまどうことがあった。し かし,徹底的に筋を通すことを心に決めた後は,全く自 由な気持で対応していくことができた。Review論文も いくつか読む機会があったが,不正確な,見当違いと思 われる文献の引用(全く関係のない論文の引用,実際の 結論とは全く異った結論をもつものの引用等)が数多く あって,おびただしい数の参考文献リストを付けている のが注意を引いた。
 ランダム媒質の分野においては,ソ連での研究の歴史 は長く,また研究者の層も厚いが,ソ連からのURSI総 会への参加は全く期待できないので講演者の人選に困難 した。ともかくランダム導波路理論の現状報告と,波動 高次モーメントに関連するものから課題と講演者を決め, 輸送理論については,導波路を含め,筆者が担当するこ とにした。また,今回は30分以上のDiscussionを各セ ッションでもつことを義務付けられたので,物理数学者 のDashlenにlog-normal分布の数学的基礎について, FanteにはExtended Huygen-Fresnel Principle の近 似の程度について, コメントしてくれるよう依頼した。 このコピーをFelsenに送ったが, どうしたことか, セ ッションの正式講演者として演題と共にプログラムに印 刷されていた。事実,このプログラム通りであれば面白 い人選と課題であるに違いなかった。 しかし,間際にな って, 前者はパリ滞在, 後者は航空機ストを理由に会 場には結局現われなかった。Felsenは私の意図を(理解 ではなく)よく知っていた。不幸にして私のセッション と彼の講演〔guided waveについて〕は同じ時間帯とな り同席できなかったが,特に「ランダム媒質においても causticが存在しうるか」の問題を提起した。終了後も 数人が残って話し合ったが,彼は筆者のOHP用原画を コピーさせてくれと言って来た。彼は私のセッションに 参加できなかったことを,本当に残念がっていた。筆者 の依頼した講演者も,予定時間を可成り超過したことを 除いて,よくやってくれたと思う。
 筆者が全部,又は工部参加したセッションは表の通り である。B,Fは分科会,OSは公開シンポジウム,氏 名はchairmanである。


 総じて,関連するアメリカでの研究について感ずるこ とは,概して実験と理論が直結していて,学術的問題で すら実際に直結した問題として提起されることがしばし ばであり,したがって資金的な面でも恵まれているよう に思われる。筆者に誤解がなければ,実用を目的とした 実験にたずさわる人達も,理論を武器として直面する問 題を解決したいとする意欲が盛んである。理論は道具の 1つであって,必要だから理論的研究もやるのであって 理論自体に興味をもっているわけでは必ずしもない。動 機はどうであるにせよ,結果として学術的な研究にも陽 が当るのではないだろうか。
 研究集会の大きな目的と収種は個人的な接触による討 論にある。今回も数人の新旧の人と出会う機会があった。 特にNOAAのT-i Wangは筆者をつかまえて盛んに質 問をし,また,自分の実験(波動強度の高次モーメント に関連するもの)について意見を求めた。筆者等も丁度 同じ課題で論文を書いていたので,相互に資料の交換を 約束して別れた。後に彼の送ってくれた実験データが決 定的に重要な意味をもつようになるとは,思いもよらな いことであった。
 Marcuvizとの出会は古く,時にはライバルでもあっ たが,今ではよく理解してくれる心からの友人である。
 緊張した素晴らしいURSI総会を楽しむことができた が,この機会を提供して頂いた関係者に謝意を表すると 共に,筆者の得たものが何等かの形で当所に役立つこと を願うものである。

(第三特別研究室長)


短   信


衛星利用捜索救難通信システムの海上実験

 衛星利用捜索救難通信システムの研究が,国際協力で 進められている(本ニュースNo. 63参照)。衛星通信部第 三衛星通信研究室では,衛星利用の実験に先立ち,海上伝 搬実験を,千葉県銚子市屏風ヶ浦で,外川漁業協同組合 の協力を得て,昨年12月5日から16日まで行った。406 MHzの非常用位置指示無線標識(EPIRB)のビーコン波 を海上から発射し,海抜高40mの海岸に設置したアンテ ナで受信し,EPIRBから受信アンテナを見た仰角,偏 波,EPIRBの状態,変調方式を変えて,これらとフェ ージングとの関係を測定した。 実験結果の一例として, 16日の値を下表に示す。当日は,波高50p,微風,晴で 表からわかる様に,フェージングは,円偏波の方が垂 直偏波よりも少なく,拡散波の方が搬送波よりも少ない。 円偏波で拡散波のEPIRBを海面に浮遊させた場合のフ ェージングは特に少ないことがわかる。


   1%〜99%のフェーシング比dB
(受信強度の累積時間が1%と99%値のdB差)



第10回電波研親ぼく会開かる

 電波研究所親ぼく会は,昭和56年で10周年を迎えた。 秋に開催することを通例としていた総会が新築された4 号館の披露を兼ねて12月12日に開催された。当日は,風 も穏かな小春日和に恵まれ,OB89名,現役45名が参加 して盛会であった。総会は,新装成った4号館の大会議 室で行われ,栗原所長の挨拶,企画部長の報告,喜寿を迎 えられた管野さんの閉会のことばで幕を閉じた。記念撮 影の後,場所を講堂に移して懇談会が開かれた。 会場には,模擬店も設けられ,各所に交歓の人垣ができ, 大いに話の花が咲いた。こうして時の経つのを忘れ楽し い一時を過し,次回の再会を楽しみに,7時過ぎに散会 した。



CSによる高精度時刻比較実験

 周波数標準部では,衛星を利用した高精度時刻比較の 研究を行っている。そこで,昨年11月及び12月にCS- Kバンドを用いた,鹿島主局と小金井MCPC(Multi Channel Per Carrier) 局(2mφアンテナ)間のSSRA (Spread Spectrum Random Access)通信実験装置に よる双方向伝送方式時刻比較実験を行った。
 高精度時刻比較は,国際的時刻同期システムの確立や 国際原子時の決定に不可欠であるばかりでなく,測地学・ 電波天文学等でも必要性が高まっている。
 本実験は,手軽に利用できる小型地球局を用いた高精 度(nsec精度)時刻比較の基礎実験として行ったもので ある。SSRA双方向方式は,途中の伝搬路や衛星搭載 中継器の影響を受けにくいなどの利点をもち高精度比較 が期待できる。今回の実験の結果,両局に設置した原子 時計間の時刻比較精度として1nsec以上の値が得られ, この値は,同種の時刻比較実験の中でもトップクラスの ものである。
 今後は,時刻比較の絶対値の確度を高めるため,地球 局内の遅延時間測定法の確立や,安価で高精度時刻比較 可能なSS(Spread Spectrum)方式時刻比較装置の開 発等を予定している。



白亜の四号館完成!

 本ニュースNo. 54で,お知らせした四号館が,このほ ど全館完成し関東地方建設局から引渡しをうけた。四号 館は総工費8億8千万円(車庫,テニスコート移設分を 含む),工期1年1か月を要し,鉄筋コンクリート造り, 地上4階地下1階,建面積1,522u,延床面積4,825u, の規模である。特に,冷暖房の機械設備をそれぞれ2基 設置し,切替操作により省エネルギー化を図っている。
 この完成により,従来分散していた図書を集中して収 容できるようになった。なお利用頻度の高い図書類を1 階の電動移動棚に,古い図書やC2資料を密集棚に収容す るなど,図書全体の収容能力を拡大するとともに,図書 専用のゼロックスを設置し文献等の複写に応ずることと なった。
 また,大会議室には,調整室を設け,ここから照明装 置,ステージ用幕のコントロ-ルを行う一方,映画,ス ライドを写せるようにしたなどこれまでにない幅の広い 利用ができるようになった。
 会議の休憩時に利用するホワイエを設けているのも新 しい試みである。
 4号館の部屋割も決り12月中に入居を終えた。


四号館概略図



CSを使ったイオノグラム伝送実験

 情報処理部計算機応用研究室および電波部電波予報研 究室では,去る12月2,3日の両日,CSを利用して, 山川電波観測所(鹿児島),本所(国分寺)間のイオノグラム 画像データ伝送実験を実施した。
 本実験は,現在開発を進めている集中処理型イオノグ ラム自動読取システムにおける,最適データ伝送方式の 選定に資するためのものである。両所に設置されている SCPC(Single Channel Per Carrier)端局装置を介 して,準ミリ波帯によるディジタルデータ伝送(48kbps) が行われ, 山川観測所の観測結果が,即時に本所のディ スプレイに表示された。
 実験の結果,上記回線が8〜10dBのC/Nマージンを持 つことが明らかとなり,イオノグラム伝送回線としての 実用性がほぼ確認された。今後,公衆電話回線,データ 伝送回線などによる伝送方式との比較検討を行い,最適 方式の選定を行う予定である。