電波研究と電波行政


次長 上島 史郎

  はじめに
 当所は,昭和27年8月1日電波監理委員会が廃止され 郵政省の内局として電波監理局が設置されるのと同時に 同委員会がもっていた研究機能を統合して郵政省の付属 研究機関として発足した。
 今年設立30周年を迎えるが,ここで電波に関する唯一 の国立研究機関として当研究所の行う電波研究と電波行 政の関係について述べてみたい。
  電波研究所の役割
 当所は電波に関する研究と無線機器の型式検定,標準 電波(JJY)の発射,ウルシグラム放送等の業務を行 っている。ところで,国立の試験研究機関の役割につい ては,大学における研究及び民間における研究との関係 においてしばしば議論されている。勿論この問題は科学 技術の進歩,社会の態様の変化に従って変化していくも のと考えられるが,現在の大多数の意見は次のとおりで, その認識はほぼ一致していると考えられる。すなわち, 大学は学問,教育の場であり,大学における研究は真理 の探究,原理の発見が目的である。民間における研究は その企業の製品,利益につながるものである。国立の試 験研究機関における研究は,国でなければできないもの, 国の利益になるものであって,民間で行うにはリスクの 大きいもの,多大の経費,時間を要する大型開発研究, 基礎研究,共通的基盤的研究,行政ニーズ,社会的ニー ズに対応した研究等である。
 当所は郵政省付属の唯一の電波に関する研究機関であ り,電波行政のニーズに応えていくことは重要な任務の 一つである。
  電波行政に必要な技術
 電波行政は電波法,放送法等に基づいて行われている ものであるが,電波行政を進めるに当って必要な技術と しては次のようなものが挙げられる。
(1) 電波割当,無線局の免許に必要な技術
 貴重な資源である電波をできる限り効率的に使用する ためには,送信では通信の目的を達成するのに必要な通 信の質を確保しながら,いかに狭い周波数帯幅で信号を 伝送するかということと同時に,不必要な方向に電波が 放射されたり,副次的な不要な電波が放射されないこと が,また,受信では希望する信号を的確に受信する一方 で,他の不要な電波を受信しないよう排除する良好な選 択度をもつことが必要である。これらの技術的条件を考 慮して電波を割当て無線局の免許が行われる。したがっ て,次のような技術が必要となる。
 ア 必要な通信の質を確保しながら効率的に信号を伝 送するための通信方式に関する技術
 イ 各種の業務に適した周波数帯を選択配分するため の各周波数帯の特性を考慮した利用技術
 ウ 送信に関する技術,例えば,アンテナ,送信電力 周波数の安定度,占有周波数帯幅,変調,信号対 雑音比,不要ふく射の防止等
 エ 受信に関する技術,例えば,アンテナ,雑音指数, 選択度,復調,局部発振器による不要ふく射の防 止等
 オ. 電波の伝わり方とその計算方法
 カ. 自然雑音及び人工雑音の強度とその分布
(2) 監督に必要な技術
 無線局は電波法令に定める技術基準に適合していなけ ればならないが,そのために新設検査,定期検査,変更 検査,臨時検査が行われるとともに電波監視が実施され る。また,免許を受けないで運用される不法無線局の探 査,外国の無線局又は国内の無線局との間で生じた混信 問題,電波の割当てに関する国際調査のための調査も重 要である。これらの業務を実施するための測定器及び測 定方法の確立が必要である。
(3) 電波の利用の促進
 郵政省の任務の一つである電波の利用の促進について は,種々の施策が考えられるが, これを技術の面からみ ると次のようなことが考えられる。
 ア 周波数のひっ迫に対処するための周波数資源の開 発, これには既に使用している周波数帯の再開発 と未利用周波数帯の関発がある。
 イ 新しい通信方式の開発
 ウ 無線機器の開発
 エ 電波伝搬に関する予報及び警報
 オ 受信障害対策
 カ 無線機器の型式検定,測定器の校正及び性能試験
  電波研先の電波行政への寄与
 これまで電波研究所の役割と電波行政に必要な技術に ついて述べてきたが,これらの関係のもとに従来から数 多くの寄与がなされてきている。
 (1) 電波行政への寄与の実績と現状
 電波割当,無線局の免許に必要な技術については,当 所のお家芸とも言うべき電波伝搬は,使用周波数帯の決 定,通信方式の決定,空中線電力の指定,サービスエリ アの決定,混信保護のための局間距離の決定等に必要 不可欠な技術であって,研究の成果は随所に取り入れら れている。また,当初150MHz帯の割当てチャンネルの 間隔は80kHzであったがこれを40kHzに縮少するに当って の調査への協力をはじめ,先にあげた殆どの項目につい て数多くの寄与がなされている。
 監督に必要な技術についても電界強度測定器の開発を はじめ各種測定器及び測定法の研究開発が行われると ともに,これらの測定器の精度を維持するための校正方 法と電波標準の研究開発が行われてきている。
 電波の利用の促進については,周波数資源の開発のた め,40GHz以上の周波数帯の開発,VHF帯の狭帯域通 信方式の開発,周波数拡散通信方式の開発,陸上移動業 務におけるディジタル通信方式の開発が行われている。 また,国家的要請に基づいて宇宙通信の分野で当所が果 した役割については多言を要しないところであろう。こ のほか電波伝搬の予報及び警報,無線機の型式検定,校 正及び性能試験は研究所の業務として実施しており,受 信障害対策についても研究し,電波行政に協力している。
 このほか,電波技術審議会,CCIR(国際無線通信 諮問委員会),CISPR(国際無線障害特別委員会),無 線通信主管庁会議等に多くの寄与文書を提出するととも にこれらの会議またはその対策のための審議に積極的に 参加することによって寄与している。
 (2) 本省との連絡及び所内の協力体制
 本省と当所の間については,常日頃から緊密な連絡を とるようお互いに心掛けており,また,両者の協力を円滑 に行うために,当所の企画部が窓口となり,本省は宇宙 通信開発課,技術調査課が窓口になって,それぞれ年に 二,三回打合せ会を開催して意見の交換を行っている。 また,昭和54年度からは研究調査の協力事項について本 省から文書による依頼を受けて,年度ごとに当所で定 める研究調査計画書に盛り込むこととしている。このほ か所内にCCIR等対策委員会及び宇宙開発計画検討委 員会を設け, CCIR,無線通信主管庁会議等の会議及 び宇宙通信に関して所をあげて対応できるような体制を とっている。
  おわりに
 電波研究と電波行政との関係については,既に述べた ように,電波に関する唯一の付属研究機関として電波行 政を全面的にバックアップする使命があるが,具体的な 協力については問題が無いわけではない。
 いちばん大きな問題は,行政のテンポと研究のテンポ がかみ合わない場合が多いということである。社会,経 済の進展とエレクトロニクスの急速な進歩によって電波 利用の多様化の要請が一段と加速されてきているため, 行政としては早急な結論を得たいとする場合が多い。一 方,研究の側では依頼される事項の研究調査を実施する ためには人と金の手立てを考えなければならないが,研 究所の予算も最近とみに厳しく,国の予算として成立し ていないことに金をやり繰りする余裕が無くなってきて いる。また,人についても定員の削減があるうえ,研究 者はそれぞれの専門があり誰でもよいというわけにはい かない悩みがある。
 これらの問題を解決するためには,行政側と研究側 とがより一層緊密な連絡と意見の交換を行い,時間的余 裕をもって研究調査を行えるように努力する必要がある。 また,研究所としては,電波行政の動向に一層の関心を 払い,行政ニーズを先取りして,いつでも対応できるよ うに先行的に研究を行うとともに,行政に建策するよう なことまで考える必要があろう。
 以上,電波研究と電波行政の関係について述べたが, 両者がより一層うまくかみ合って電波が発展していくよ う願うものである。




COSPAS-SARSAT研究者会議に出席して


高橋 耕三

 SARSAT研究者会議が4月8,9の両日パリで, COSPAS-SARSAT会議が4月12日から16日まで,モ スクワで開催され,出席の機会を与えられたので会議 の概要を報告する。
 SARSATはSearch And Rescue Satelliteの略であ り,COSPASは, そのロシア語表現とのことである。 本会議では,SARSATは,カナダ,フランス,アメリ カ共同の捜索救難衛星プロジェクトと定義され,COSP ASは,遭難中の船舶・航空機の捜索のためソ連の宇宙 プロジェクトと定義され,COSPAS-SARSATは,そ の共同プロジェクトと定義されている。本プロジェクト のため,アメリカは衛星(NOAA-E)とそのアンテナ, 打上げを担当し,カナダは衛星の送受信機, フランス はそのデータ処理装置を提供している。ソ連は,独自の 衛星の打上げを準備中である。これらの4か国とは別 に,衛星には関与せず,地上施設のみを整備して, COSPAS又はSARSATプロジェクトに参加する国または 国際機関を,その研究者(Investigator)と定義され, ノルウェー(スウェーデンを含む)は研究者としての参 加手続きが終了し,我が国と英国は参加希望と表明中で ある(電波時報'82 No. 3 pp.22-27)。
 これまでも, COSPAS-SARSAT会議の前には, SARSAT会議を開き,SARSAT構成国の意見,見解を 統一してから,COSPAS-SARSAT会議に臨んでいる ようである。
 SARSAT研究者会議は,フランスのG. Brachetを 議長として開催された。各国の代表者数は,アメリカ20 名, カナダ10名,フランス7名, ノルウェー5名,英国 3名, 日本1名であった。会議の冒頭,アメリカ代表か らNOAA-Eの打上げ予定が,本年5月から,翌年2 月以降になったとの報告があり,各国代表は憤慨し,も っと早くできないか等の質問が相次いだが,ロケットの 打上げが遅れており,打上げ順序の変更は不可能なた め,翌年2月より早くなることはないとの説明であっ た。その後,アメリカ,カナダ,フランスを代表し,事 務局から,衛星の現状の説明があり,打ち上げ準備は終 了しているとのことであった。次いで,各国から地上施 設の整備状況,実験計画の報告があり,質疑・討論が行 われ,最後に国際会議CCIR IWP8/7への寄与方法等に 関する討議が行われた。
 C0SPAS‐SARSAT研究者会議は,ソ連のY. Zurobov を議長として開催された。ソ連の代表者数は27名で, その他は,SARSAT会議と同じであった。衛星と地上 施設の状況説明,質疑応答は,SARSATに関してはパ リとほぼ同じ内容で,これにCOSPASの説明,質疑応 答が加わった。SARSAT会議は英語でのみ行われたの に対し,COSPAS-SARSAT会識は,英語とロシア語 で通訳付きで行われた。COSPASの衛星は計画通り本 年夏打ち上げられ, 7月頃からCOSPAS-SARSATデ モンストレーション実験を開始できる予定とのことであっ た。ソ連のウラジオストック局は,1983年中に完成する とのことで,当面は,アジア地域をカバーする受信局は 無いことになる。COSPASの衛星は,ベントタイプのト ランスポンダを搭載していないため,当所のスペクトラ ム拡散技術を用いた非常用位置指示無線標識(EPIRB) の実験は,NOAA-Eの打ち上げまで待つことになる(本ニ ュースNo. 63及びNo. 70参照)。
 各国の地上施設の整備状況は表の通りで,121.5,243, 406MHzのEPIRBと,それら全部の受信復調装置を用意 するのは,アメリカ,カナダ,フランス,ノルウェーの 4か国である。


地上施設整備状況

 会議中,国民経済達成博覧会場を訪れ,COSPAS用 の人工衛星のモックアップ(写真1参照)を見学し,説 明を受けた。重量約500s,重力傾度姿勢安定方式との ことであった。なお,ソ連ではスピン安定方式の衛星は, 周回,静止衛星ともに作られていないとのことであった。 参考のためソ連の通信・放送衛星を写真2〜4に示す。


写真1 コスパス衛星


写真2 放送衛星エクラン


写真3 通信衛星インターコスモス


写真4 静止通信衛星ゴリゾント

 本会議の最終議題は, COSPAS-SARSATシステム を世界的システムに発展させる方法についてであった。 本システムの主な特徴は,(1)406MHz,(2)低高度衛星, (3)位相変調方式,の3項目で,副次的に121.5,243MHz の振幅変調方式の利用も可能となっているが,政府間海 事協議機関(IMCO)のFGMDSS (Future Global Maritime Distressand Safety System) の要求条件のう ちの“遭難メッセージの迅速な受信が可能なこと”の項 を満足しない。低高度衛星のみを用い,大洋の中央部に 受信地球局が無い場合は,衛星の個数をいくら増やして も,メッセージ伝送遅延時間を20分以下にすることはで きない。そこで,本システムのEPIRBのビーコン波の 静止衛星による中継も考えて,静止気象衛星の400MHz 帯のデータ収集システムを用いた実験が行われているが, 現在の狭帯域タイプのEPIRB(EIRP:10W, ビットレ ート:400bls)では,静止衛星中継ができるはずもない ため,当面はEIRPを増大して実験を続けることとなっ たが,変調方式等の再検討の必要性も指摘された。
 次回のCOSPAS-SARSAT研究者会議は,昨年と同 じ,カナダのオタワで10月に開催することを決め,今回 の会議は閉会となった。
 本研究者会議は,文書交換のみでは相互理解の困難な ことを話し合うため適宜行う会議と位置づけられていた が,年2回定期的に行われるようになり,内容も,文書 にしたくないことに関する話し合いを行ったり,相手が 明らかにしたくないことを聞き出したりする場にもなっ ており,関係国間の相互理解を深めるという二次的効果 も大きくなってきているようである。
  モスクワ見聞記 −付録−
 ソ連を3日間飛行機から眺め,ソビエト旅行記やガイ ドブックの類も見ず,モスクワに1週間滞在しただけで, その見聞記を書けば誤解に富んだものとなろう。このこ とをあらかじめ了解いたたきだい。
 成田・モスクワ・パリ間は,往復ともソビエト航空の IL62Mを利用したが,満席に近い状態であった。その理 由は,安い,早い,座席間のスペースが広い,静か,高 信頼性等様々であった。行きの成田・モスクワ間では, ロシア人のスチュワーデス達が日本土産を見せ合ってい るのを見た。特価品ばかり買っている私には, 目を見張 るようなものばかりで驚いたが, 日本土産は日本でしか 買えない物か,日本の方が安いものに限定されるため, 高価な賛沢品となる場合が多いことを後日知った。
 モスクワ空港での入国審査と通関は,内容,所要時間 とも,帰国時の成田空港でのものとほぼ同じであった。
 モスクワに着いて暫くの間は, 日本や,私が住んだり 行ったことのあるアメリカ, メキシコ, フランスとの違 いが分らなかったが,追々分かってきた。
 軍事施設の写真撮影は禁止とのことであるが,私には 何が軍事施設か分らないから,タクシー,バス,地下鉄 等で動き回り,自由に撮影して来た。英語のできるロシ ア人を相手に,ソ連の体制を強く批判すると,皆面白が ってくれたが,政治には関心のない人が多い様であった。 それとの関係の有無は分からないが,酒やたばこ売場には 若者達が屯し,化粧品,アクセサリー売場では, それ以上 美しくなる必要のないような美人で一杯であった。
 昭和40年頃までの日本と同じ様に,自国通貨の持ち出 しと外国通貨との交換は制限されており,自国通貨のルー ブルしか通用しない普通の店の外に,円等の外貨しか通 用しない外貨免税店(ベリョースカ),レストラン,カフェ テリア,バー等がある。ロシア人も外国入も, どちらも 自由に利用できる。同じものは, どちらでもほぼ同じ価 格だが、ベリョースカには輸出用商品,輸入商品が多い。 紙幣は上記の原則に従うが,硬貨はどちらでもよいこと もあり,外貨専用店ではソ連通貨で支払ったこともあった。 500円硬貨は自由に使えて,500円札は外貨専用店でし か使えないのかもしれない。モスクワ通の日本人による と,ソ連土産は,普通の店でベリョースカよりもよい 品を安く買えることが多いとのことであった。
 1ルーブル約300円の公定レートで換算すると,モス クワの地下鉄は15円,牛乳は90円/l,タクシーは60円/q ボリショイサーカスの一番よい席は約1000円,衣類は 日本の特価品よりは高く定価並み,輸入品はレモンが 同じだったが高いものが多かった。だいたい,日本の 1/10〜3倍に入ると考えてよいようである。特売もあるが, いつ,どこで,何の特売があるかを, どのようにして知 るのかは分らなかった。買物の量には制限は無いらしく, 車一杯買う人もいたが,生活必需品以外の物は,欲し い物がいつでも買えるとは限らないためであろう。一度 に沢山買う人が多いため,必要な物を必要な時に買うの が益々困難になるのかも知れない。食パン,バター,牛 し魚,肉,リンゴ,レモン等は,何時見ても山ほどあ ったが,きゆうりは無いときがあり,オレンジは稀にしか なかった。輸入ビールの特定銘柄ともなると何週間も品 切れになることもあるとのことだった。
 賃金は,固定給だけの場合と,固定給+歩合給の場合 があり,聞いた範囲では,時間又は労働あたりの賃金は, 日本とほぼ同じであった。勤務時間は,週5日,40時間 が原則とのことだから,年収は,超勤手当,ボーナス等 の多い日本の半分程度になろう。生活必需物資の価格, 公共料金等が, 日本の半分程度だから,実質賃金は似た ようなものと云えるかもしれないし,日本人の2倍程食 ベ,格安の魚はあまり食べないし,タクシーにしても, 距離あたりの価格は安いが,ただ広い町を高速で走るた め料金は日本よりも高く感じるくらいで,消費生活は, 日本ほど豊かでないと言えるかもしれない。
 パリの4月は,東京よりも寒く,暗い感じで,「花の都 パリ」から想像していた気候ではなかった。モスクワは, そのパリよりもさらに寒く, 日中でも零度近く,夜は粉 雪が舞い, 日本の厳冬と同じであった。このような寒さ のため, 4月末と云うのに,野菜は温室栽培のものしか なく,果物の種類も少ない。日本では,春は勿論,冬で も,野菜,果物の種類がもっと豊富だとロシア人に話す と,不思議がっていたが,暖かく広大な南部ロシアには 住まず,樺太よりも北のモスクワに多数住み, しかも流 入し続けていることの方が,私にはもっと不思議だった。
 ソ連は外貨が不足している。農業行政の不適切等の内 的原因と,輸出可能商品(航空機,原子力,宇宙関連機 器等)に米国商品と競合するものが多いため,日本等への 輸出が相手国との事情で不可能に近くなるといった外的原 因が考えられるが,買物に列を作ることが多いなど,ソ連 社会の効率の悪さにも原因があるかもしれない。家庭電 器,カメラ,時計,自動車等は我が国の方が格段に優れ ているように見えた。しかし,自由競争の行われていな い我が国の道路行政,タクシー,日本航空等と,対応す るソ連のそれらを比較した場合は,ソ連の方が効率的と 言う人もおり,私にもそのように見えた。
 ロシア人は,個人的には親切な人ばかりだが,組織の なかの個人となると,別人のように冷くなると云われて いる。 “I can do nothing about it” という言葉を私も 再三聞く羽目に落ち入った。そう言われては,こちらこ そ,どうしようもないので,「何もできないとは何事だ」 と詰め寄ると,当のロシア人は,自分の過失でもないの に非難されるとは心外と悲しい顔をするので,事情を聞 いてみると,苦情の転送は許されておらず, 日本なら簡 単に済みそうなことでも,担当者と直接掛け合う必要が あり,会えないときは,諦めざるを得なかった。モスク ワ通の日本人によると,同じ様な理由から,犯罪の揉み 消し等も不可能に近いとのことであった。
 私の泊ったホテルでは,TVは2チャンネル受信でき たが,二ュースや二ュース解説のときは,両チャンネル とも同一番組となる。所謂ゴールデンアワーに,毎日, 2時間程もニュースやニュース解説だけをやられては, うんざりして,前述の様に政治に無関心になるのかもし れない。番組の半分以上は,そのまま日本で放送しても よいような映像内容で,歌,踊り,スポーツ,ドラマ, 紀行,科学解説等の教養番組であった。宇宙開発に関す る二ュースと解説はかなり多く,もし,みな入手できれ ば,ソ連の宇宙開発の状況がもっと明らかとなろう。こ のためには,ソ連国内での録画が考えられるが,放送衛 星エグランのシベリア向け放送を日本で直接受信する方 が便利がもしれない。
 ソ連と日本とは, 多くの類似点があるのに気付いた。 例えば,文明国と言われている国で,ポルノの規制をし ているのは,我が国とソ連だけであろう。ソ連への入国 時のポルノの検査は厳しいと言われているが,検査官の 性別,年令等をうまく選べる人は,日本と同程度までは 通関できるとのことである。通関できなくても,一時預 かりとなるだけで,出国時には受け取れる。これに反し, 麻薬の持ち込みが見つかった場合は,重刑は覚悟した方 がよいとのことであった。ソ連では,麻薬の密売にだい する刑罪が重いため,密売を職業とする人は殆どおら ず,モスクワ経由の密輸も考えられないとかで,パリ空 港では,モスクワからのソビエト航空の乗客に対する手 荷物検査は行われていなかった。アメリカでは,珍しい 野菜が多かったが,モスクワの野菜は,日本でも有り触 れたものばかりで,きゅうりの料理法,味付け等も,昔 の農村そっくりだった。標準的な肉料理には米が付いて おり,筆者はロシア人のように沢山は食べれないので, 米の方は断ったところ,おいしい米を食べない馬鹿は初 めて見たと言うような顔をされた。筆者は自分が少食と は思わないが,カフェテリヤで,レジ係の小母さんが, たったこれだけかと笑い出し,若い女の人は,心配そう に顔を覗き込み,もっと食べてはと,菓子パン,コーヒ ー牛乳,肉入りジェリー等を推薦してくれることもあっ た。筆者の行った大衆レストランでは,メニューは日本 と大差なかったが,まず,ウェイタを指名し,メニュー, 食べる順序等を相談し,最後にウェイタに代金を支払う システムになっており,いつも,食べたい時に,食べ頃 な料理が手際良く出された。ウオッカの飲み方は,日本 酒そっくりで,盃と同じくらいの器で,差しつ差されつ, ちびりちびりと飲んでいた。
 ロシア人は貧しく,欧米人の半分しか肉を食べられな いと言われているが,日本人の3倍程も肉を食べている から,豊かだとも言えよう。古い建物はみな天井が高く, 豪華で,ソ連の豊かさのシンボルの様に見えた。実際は, 空調設備のなかった昔,冬期に締め切って暖房すると酸 素欠乏になり,これを防ぐためとのことだった。ともか く,日本人の半分程働き,倍位食べ,陽気に飲み歌う生 活ができるのは資源大国だからであろう。外貨不足にな る程食料を輸入しているとのことだが,モスクワ郊外で さえ,美しい森と湖が広がり,ロシヤの母なる大地が農 地として利用されないままになっている所が多かった。
 国際間の相互理解には,国民同士の話し合いが有効と 言われているが,日ソ間の場合は非常に難しい。日本人 がいくら多く観光客としてソ連を訪れても,ロシヤ文字 も読めない人が大部分だし,日本語のできるロシヤ人は 皆無に近いから,話すとすれば,英語でとなろうが,日 本人の英語では,ロシヤ人に理解してもらうのは無理で, 多くの場合は,誤解が増幅されるばかりであろう。私の 下手な英語でも,パリではなんとか通じていた。英語で 話しかけると,多くの場合,フランス語でだが,兎も角 返事が帰って来た。モスクワでは,初めのうちは,英語 で尋ねても,ロシヤ語の返事も帰って来なかった。その うち,ぼそぼそ,もぐもぐ話していたのでは駄目で,簡 潔明瞭に,特にrとl,thとsの差を強調し,口を大き く開けて云う必要があることが分ってきた。ロシヤ人が 日本人よりも英語が下手という訳ではなく,母国語並み に英語を話すロシヤ人も多数いた。国際会議でソ連代表 に通訳が付くのは,英語ができないからではなく,何か 別の理由によるものであろう。しかし,モスクワでの英 語の評価は,特に高い訳ではなく,フランス語やドイツ 語と同程度で,例えば,モスクワの市街地図は,ロシヤ 語以外のものは,フランス語のものだけであった。
 モスクワ在住の日本人は,ロシヤ人以上に生活を楽し んでいるように見えた。ソ連は,欧米と同じ様に,白人 支配の社会と思われるが,欧米と追って,白人は小数派 に近い状態であり,モスクワにも,外観は我々と少しも 変わらない人が多数いるから,日本人が小数民族の悲哀 を味わうことは少ないだろうし,現在の円とルーブルの 交換レートでは,圧倒的に円が有利だから,円を自由に 入手できる在ソ日本人は特権階級であろう。筆者の行った ことのある国の中では治安も一番良いから,ソ連の自然 と芸術の祖先には,今が最良の状況のようで,モスクワ はヨーロッパからの観光客であふれていた。一方,パリ の土産物店は,日本人観光客であふれていた。
 本小文を書き終えてから,出版されているモスクワ印 象記を読んだり,モスクワに行った人の話を間接的に聞 いてみると,私の印象とはかなり違っている。違った原 因は,見聞の対象が異ったためのようである。モスクワ の空港,ホテルには,日本人は沢山いたが,1週間の間, 空港,ホテル及びその付近以外では,1度も日本人に会 ったことがなかったから,通常日本人が近づかないよう なレストランやカフェテリヤ等に行っていたようである。
 広大な森林,草原,湖,多数の大河,大きなロシヤ婦 人と同程度に大きな犬等,果てしなく豊かな自然と,そ こに住む人々と動物等を,初めて見る機会を与えて下さ った方々に,心から感謝し,本小文を礼状に代えさせて 頂きます。

(衛星通信部 第三衛星通信研究室長)


短   信


郵改省からの「宇宙開発計画」の見直し要望

 宇宙開発委員会が本年3月17日に決定した「宇宙開発 計画」に対する見直し要望が,別記の通り6月9日に郵 政省から宇宙開発委員会へ提出された。要望事項は,@ 自主技術による宇宙開発の促進策について,A通信衛星 3号(CS-3),B放送衛星3号(BS-3),C航空・ 海上技術衛星(AMES)(当所関連)の4項目である。
 AMESの要望をまとめるに当って,所内では宇宙開発計 画検討委員会(委員長:上島次長)が主体となって討議を進 めるとともに,電波監理局宇宙通信企画課及び宇宙通信開 発課,NASDA,NTT,NHK,KDD及びAMES連絡会 等との緊密な連絡調整を行った。
 昨年の要望との関係では,@は同じ,Aは打上げ年度 を確定し,開発のフェーズを要望,Bは新規,Cは従来 のAMESがスピン衛星を計画していたものを,NASDA の共通バス開発構想の変更等の諸情勢を考慮し,関係機 関と調整を行い,H-1ロケット(3段式)試験機の 性能確認と静止三軸衛星バスの基盤技術の確立のため開 発が予定されているETS-Xに搭載し,62年度に打上げ ることとし,開発のフェーズを要望した。
当所としては長年研究を続けて来たAMES実現の最後の 機会と期待し,搭載機器のエンジニアリングモデルの開 発,地上施設の整備等を重要事項として58年度から概算 要求を行う。
 昨年度要望事項である実験用静止通信衛星U型 (ECS-U),新しい周波数帯を利用した衛星放送に関する研 究,通信技術衛星(ACTS-G),衛星搭載用電磁環境観 測ミッション機器の研究,衛星搭載用能動型電波リモー トセンサーの研究,衛星利用捜索救難システムの研究の 各項目は変更無しとして,改めて要望は行わないことと した。しかしながらこれら項目のうち捜索救難システム 以外については,情勢の変化等を充分認識し,本年度中 に所内で真剣な検討を行い、長期的な視野に立った方 針を決定し,新たな形にとりまとめたものを来年度の要 望としていきたいと考えている。
    −宇宙開発の見直し要望−
           郵政省 57年6月9日
 1. 自主技術による宇宙開発の促進策について
 我が国における自主技術による宇宙開発の促進を図る ため,人工衛星技術の開発に資するとともに,実利用に 供することを目的とする人工衛星の利用者機関の損害に ついては,政府として適切な救済措置を講ずる。
 2. 通信衛星3号(CS-3)
 我が国初の実用通信衛星である通信衛星2号(CS-2) による通信サービスを継続し,また,増大かつ多様化す る通信需要に対処するとともに,通信衛星に関する技術 の開発を進めるため,第二世代の実用通信衛星として, 通信衛星3号(CS-3)の本機を昭和62年度に,また, 予備機を昭和63年度に打ち上げることとし,開発を行う。
 なお,実利用の促進を図るという観点から,信頼性の 向上と利用者機関の経費負担の軽減については,十分に 配慮する。
 3. 放送衛星3号(BS-3)
 我が国初の実用放送衛星である放送衛星2号(BS-2) による放送サービスを継続し,また,増大かつ多様化す る放送需要に対処するとともに,放送衛星に関する技術 の開発を進めるため,第二世代の実用放送衛星として, 放送衛星3号(BS-3)を,放送衛星2号(BS-2)の 寿命が尽きる時期である昭和63年度頃に打ち上げること とし,開発研究を行う。
 なお,実利用の促進を図るという観点から,信頼性の 向上と利用者機関の経費負担の軽減については,十分に 配慮する。
 4. 航空・海上技術衛星(AMES)
 海洋国として,現在我が国では,多数の船舶が活躍し ているが,現在の漁船等の通信システムは,品質,容量 等に問題が多いので,これを改善する必要がある。
 このため,我が国の実情に適した海上通信衛星システ ムを開発することを目的として,航空・海上技術衛星( AMES)を昭和62年度に打ち上げることとし,開発を行 う。



郵政大臣視察

 6月16日(水)午後,箕輸 登 郵政大臣が電波研究所 本所を視察された。若井所長から当所の歴史並びに研 究活動の概要報告を受けられた後,約2時間にわたって 主要な研究施設並びに研究状況を熱心に視察された。
 視察内容は,航空海上技術衛星(AMES),周波数拡散 多元接続通信方式(SSRA),衛星搭載マルチビームアン テナ,超長基線電波干渉計システム(VLBT),原子標準, ミリ波電波伝搬, レーザ光による衛星姿勢決定等の研究 あるいは開発に関わる装置及び標準電波,型式検定等定 常業務施設の一部,更に可搬並びに車載局による音声・ 画像・コンピュータ・ネットワークのCS実験に参加さ れた。過密なスケジュールにもかかわらず,各項目毎に 深い関心と理解を示され,特に電波技術研究開発と,そ れの電波行政への反映の重要性を説かれた。なお,大臣 視察に際し,団宏明秘書官,田中真三郎電波監理局長 も同行された。久々の大臣視察を得て職員一同更に充実 した研究活動への意欲を新たにした次第である。



日豪国際協同研究(ボンド氏来所)

 去る6月9日に科学技術庁外国人招へい研究者として 来日し,6か月間当所電波部宇宙空間研究室に滞在予定 のFrederick Ronald Bond氏(64才)は英国で生れ, 英国のレスタ大学卒業後英国陸軍技術将校として第二次 世界大戦に従軍した後,戦後オーストラリア陸軍に移り, その後オーストラリア科学技術省に入り,現在はオース トラリア市民権を持つ同省南極局超高層物理部の上級科 学官である。同氏は極光及び気象電気等の多くの研究論 文を発表している。東京と地球磁力線で結ばれたオース トラリア北部でVLF帯空電スペクトル強度の観測が行わ れているが,同氏はこのデータと東京上空のISIS衛星 のVLFデータとの比較研究を進めている。両半球問の大 気の電磁気的結合関係の研究を進めることが今後日本 とオーストラリアとの間で計画されており,我が国の関連 研究者もこれからの共同研究の進展に期待している。



韓国標準研究所と技術協力実施文書を交換

 韓国標準研究所では本年中に標準電波の送信を開始す ると共に周波数標準や標準電波の研究を行う計画を持っ ている。6月8日韓国標準研究所のKeung‐Shik Park 所長らが来所し,若井所長との間で「Letter of Intent of Cooperation」 を交換した。協力の内容は(1)相互 の技術援助と助言,(2)短波による標準時刻と標準周 波数の分配及び人工衛星による時刻比較等を含む共 同研究,(3)双方の研究者の交流と訓練,(4)両研究所 の研究会やトレーニングコースへの参加,(5)技術資 料等の交換等である。なお技術協力に要する費用 は受益に応じて分担することとし,協力は費用・人 員の可能な範囲で行っていく。又本協力の有効期間 は3年とし,相互の合意による延長,一方からの通 告による終了等ができることとなっている。



第8回RRL/NASDA共同研先委員会開催

 標記委員会が6月23日,NASDA本社で開催された。 NASDA側からは園山理事ほか20名,当所からは若井所 長ほか24名が出席した。委員会は,園山理事,若井所長 の挨拶の後,昭和56年度共同研究等の成果報告及び昭和 57年度共同研究等の実施計画(案)について審議を行っ た。
 今年度は,共同研究として(1)追跡管制及びデータ中継 衛星システムの研究,(2)移動体通信実験機器と技術試験 衛星(ETS-X)との整合性の研究,(3)マイクロ波リモ ートセンサの研究,(4)衛星姿勢検出法に関する研究,(5) CS搭載用トランスポンダの機能性能チェック,の5項目が, また,NASDAからの技術協力として「ETS-Uによる 電波伝ぱんの特性の研究」,NASDAへの技術援助として 「DCSに関する技術的調査研究」が,それぞれ承認され た。
 最後に,NASDA及び郵政省からの昭和57年度宇宙開 発計画の見直し要望について説明を行った後,閉会とな った。



研究発表会開催

 6月9日,第62回研究発表会を新装なった4号館大会 議室で開催し,部外の来聴者129名を迎え,午前3件, 午後4件(プログラムは本ニュースNo. 73に掲載)の研究 成果を発表した。
 講演では,静止衛星(ETS-U,きく2号)の位置を 変更しての伝搬実験結果が興味を引き,58年度末に開始 されるVLBI実験,CS利用の応用実験結果等に対しても 活発な討論が行われた。また講演の合間に,スペクトラ ム拡散地上通信方式の装置を見学する熱心な姿もみられ た。
 今回から会場の照明,音響設備の操作がすべて集中方 式となって面目を一新し,これまでの不評が一掃された。 なお当日は,新しい試みとしてロビーのモニタテレビと 鹿島支所への同時中継を行い,いずれも好評を得た。