実時間VLBIシステム(K-2)


鹿島支所

  まえがき
 地上マイクロ波回線を利用した47qの基線長をもつ,高 精度でかつ実時間データ処理のできるVLBI(超長基線 電波干渉計)システム:K‐2について概説する。
 近年,エレクトロニクスのめざましい進歩とあいまっ てVLBIの高精度化が進められ,測定する距離に関係な く,3p又はそれ以上の距離測定精度を達成するに至っ た。この精度は従来の測定技術をはるかにしのぐもので あり,測地・位置天文学等の広い分野への応用を目的と して各国がこぞって実験計画を提案し,米国を中心とす る一部では既に実用に供されている。又国内的には地震 予知とも関連して,各機関から各々の目的で種々の計画 が出され,国際的にも国内的にもVLBIを利用した観測 開始のテープが今まさに切られようとしている。
 K-2はECS(実験用静止通信衛星)プロジェクトの一 環として,VLBI技術を用いた位相シンチレーションの 測定を主目的に,高精度VLBIに必須技術であるバンド 幅合成法の確立を目指して昭和52年がら53年にわたって 開発された。日本はK-2の完成により,米国,カナダに 次いで3番目に高精度VLBIシステムを開発したことに なる。
 現在広く利用されつつあるVLBIシステムは高価な広 帯域磁気記録装置とVTR用磁気テープを使用するため, 定期的でかつ頻繁な観測が必要な測地等を目的とする場 合,運用経費が膨大なものとなる。磁気記録を行わない 実験としては,カナダの通信衛星CTSを利用した,米国 −カナダ間のVLBIデータ伝送による実時間VLBIシス テムがある。一方,K-2は地上マイクロ波回線を用いてい るので拡張を容易に行うことができ,将来離島における 観測にも利用可能であろう。
 K-2を用いた実験結果として,地球大気による位相シ ンチレーション及び太陽風によるコヒーレンス(干渉性) の変動について紹介する。地球大気による位相シンチレ ーションの測定は,将来小型可搬のVLBI局を開発する 場合,二つのアンテナをどれだけ小さくできるかという 重要な問題に関して解答を与える。又太陽風によるコヒ ーレンスの変動を測定することにより太陽近傍でVLBI 観測を行う場合の太陽風の影響を知ることができる。
  システムの概要
 K-2のブロックダイヤグラムを図1に示す。


図1 実時間VLBIシステム(K-2)のブロックダイヤグラム

図1から明らかなように,ローカル信号源にルビジウ ムとセシウムを用いている以外は主,副局共に等しい構 成からなる一種の干渉計である。受信周波数は32GHzと 4GHzであるが,32GHzの場合は信号源から生じる位相 雑音が大きいので,実験は主として4GHzで行われた。 副局では,平磯支所10mアンテナ,主局では26mアンテ ナ(4GHz)と10mアンテナ(32GHz)をそれぞれ用い ている。副局でサンプルされ,データの一部を時刻符号 等に置き換えられた4Mbpsのシリアルデータは地上マイ クロ波回線を経由して主局に送られ,直ちに相関器で相 関処理される。
 表はアンテナ・受信機の主要諸元である。本システ ムは4GHzで1チャネル2MHzの帯域幅の場合,両局で 生じる位相雑音が1ラジアンを越える20〜30秒間の積分 を行うと,およそ0.3Jy(1Jy=10^-26w・m^-2・Hz^-1)まで検出 できる。また遅延時間を高精度に決定するために,第2 ミクサで, 0,10,30,60,100MHzだけ離れた五つの チャネル(1チャネルの帯域幅は2MHz)を10ms毎に切 換えることができ,各チャネルの位相差の時間変化から 遅延時間の変化を精密に求めることができる(バンド帳 合成法)。


アンテナ・受信機の主要諸元

  遅延時間の測定
 遠く離れた二つのアンテナで同時に同一の電波源から 放射される電波を受信して,電波の到達時間差(遅延時 間)を精密に測定することにより,位置天文学や測地学 等に関係した諸量を求めることができる。したがって遅 延時間の測定精度はVLBIシステムの優劣を決める最も 重要な要素である。
 遅延時間を精密に決定するための“バンド幅合成法” と呼ばれる方法はA. E. E. Rogersによって考案され,現 在ほとんどのVLBIシステムにこれが採用されている。 この方法は数少ない特定の周波数だけで群遅延を求める ことに等しい。すなわち,二つの信号間に遅延がある場合, その位相差は,周波数と遅延時間の積に尊しい。したが って,一定の測定誤差で位相差をある周波数帯域にわた って測定し,位相差の周波数に対する1次変化から遅延 時間を求める場合,遅延時間の推定誤差は周波数帯域に 逆比例する。例えば,遅延時間を0.1nsの精度で求める には,位相差の測定誤差を数度と仮定すると100〜400M Hz程度の帯域を必要とする。しかし100〜400MHzの帯域 をもつ信号を直接記録したり,相関処理することは,現 在のエレクトロニクスでは,到底不可能である。そこで 1チャネルの受信帯域幅を数MHz程度に狭くし,100MHz 〜400MHzの帯域の間に数チャネルをまばらに配置して 受信し,データ処理の段階でうまく位相差をつなぎ合せ れば実質的に100MHz〜400MHzの帯域にわたる受信と ほぼ等しい精度を得ることができる。例えば,K-2の場 合,1チャネルの受信帯域幅が2MHz,最大スパン100 MHzの5チャネル受信を行う。総受信帯域はわずか10M Hzでしかも2MHzの信号の相関処理を五つ行うだけで, 受信帯域幅100MHzの場合とほぼ等しい遅延時間の推定 精度を得ることができる。実験では,静止通信衛星CS 及び電波星3C273を観測して,ある時刻における遅延時 間を基準に,数秒間から約40分間にわたって遅延時間の 変化を求めた。この結果,短時間(数秒間)で,約0.1ns (伝搬距離に換算すると3p)の精度を達成することが できた。一方,数秒間を越えると,測定精度より大きく, 時間にほぼ比例した両局の原子時計で生じる時刻差の変 化が重畳してしまう。しかし,この変化は,原子時計と して水素メーザ型原子標準を用いることによって,なく すことができる。
  地球大気による位相シンチレーションの測定
 位相シンチレーションとは本来,伝搬媒質の屈折率の 変動によって生じる受信波の位相変動であるが,電波干 渉計では,むしろ二つのアンテナで受信した信号間の位 相差が重要であるので,ここでは位相差の変動を位相シ ンチレーションと言うことにする。
 地球大気による位相シンチレーションの測定は,電波 伝搬のみならず,VLBIにとって極めて重要である。
 位相変動を受けた受信信号は,周波数変換され1チャ ネルの受信帯域幅2MHzのビデオ信号になるが,当然ビ デオ信号にも位相変動はそのまま重畳することになる。 これは,周波数変換の際のローカル信号源に位相雑音が 重畳していることと全く等しい。したがって将来,たと え超高安定の原子標準が開発されたとしても位相シンチ レーションの影響を避けることはできない。本来,同一 電波源から放射された信号を二つのアンテナで同時に受 信するのであるから, 2信号は“相似”のはずであるが, 上に述べた位相変動は,この“相似性”を劣化(コヒーレ ンスを低下)させる。すなわち放射される電波がいかに 強くとも位相変動により,微弱電波を受信したことに等 しくなる。
 地球大気による位相シンチレーションは,平均時間を 長くすると大きくなるため,位相変動量が1ラジアンを 越える平均時間を積分時間の限界と考えることにする。 一方VLBIにおける位相差の測定精度は,受信波の強度, 二つのアンテナの直径の積に比例し,受信帯域幅及び, 積分時間の1/2乗に比例する。また,二つのシステムの システム雑音温度の積の1/2乗に反比例する。そこで, 一定の強度以上の電波源を受信して遅延時間を測定する 場合,受信帯域幅,システム雑音温度には一定の限界が あり,しかも位相シンチレーションにより積分時間を制 限されることから,結局二つのアンテナの直径の積は一 定以上の値を取らなければならないことになる。このこ とから,位相シンチレーションは,将来小型可搬VLBI 局を開発する場合,可搬局のアンテナの最少限界を与え るという重要な結果が導かれる。
 実験は比較的高仰角(El=47.8度)の静止通信衛星CS と低仰角の静止衛星(El=1.7度)を交互に受信し,各々 の信号の位相変動のアラン分散の差から地球大気による 位相シンチレーションを求めた。図2はその結果である。


図2 地球大気による位相シンチレーション

 これらのことから,例えば,鹿島支所26mアンテナを 主局とする場合,小型局は少なくとも直径3m程度は必 要であると結論される。
  太陽風によるコヒーレンス(干渉性)の変動の測定
 測地学,位置天文学や精密国際時刻比較等の分野に VLBIを応用する場合,電波源として準星等の電波星を用 いる。電波星の伝搬路は観測時期によっては太陽の近傍 を横切り,このために太陽風による位相シンチレーショ ンの影響を受けることがある。それゆえ,太陽風による 位相シンチレーションが,どの程度あるか,近い将来の 本格的な観測に向けであらかじめ求めておく必要がある。
 3C273の伝搬路は1980年9月末に太陽に接近し,9月 29日には0.08AU(天文単位)に達した。この時期に合せ て,10日間3C273を観測し,その結果,強いコヒーレン ス(干渉性)の変動を検出することができ,9月29日に は,全強度の10%以上にも達した(図3参照)。この変動の アラン分散は,伝搬路と大陽間の距離に対しておよそ3 乗に比例する。また,この分散は,平均時間を長くする としだいに増大し,0.5秒で最大になり,これを越えると むしろ減少する。このことは基線長とパーカーの太陽風 の速度モデルから推定される結果と一致している。これ らのことから, 4GHzにおける太陽風による位相シンチ レーションは,基線長が数10qの場合には,伝搬路の 太陽からの離角が5〜7度を越えるとVLBI観測にほと んど影響を与えないと結論される。


図3 太陽風によるコヒーレンスの変動

  あとがき
 K-2システムはVLBIの電波伝搬,特に位相シンチレ ーションの影響を求めるために使用されて来たが,バン ド帳合成技術の確立等,電波を利用した新しい測定技術 の開発に大きな役割を果たして来た。日米VLBI実験に 使用される総合VLBIシステム(K-3)はK-2の成果を 基礎にして開発が進められている。最近では,衛星軌道 の精密決定の調査・研究にも利用されつつある。VLBI は相関あるいは干渉というごくありふれた基本的な手段 を用いて現在の最高技術を駆使した高精度測定システム と言える。したがって,今後VLBIに限らず,干渉法と いう広い意味の測定法が,様々な形で電波研究・行政に も大いに応用される可能性を秘めており,これらの方面 への発展が期待される。

(第三宇宙通信研究室長 河野 宣之)




カンサス大学リモートセンシング研究所滞在記


藤田 正晴

 昭和56年7月1日より昭和57年4月30日までの10か月 間,科学技術庁長期在外研究員として米国カンサス大学 研究センタリモートセンシング研究所において「マイク ロ波による地球環境のリモートセンシング」に関する研 究に従事する機会を得たので,研究成果および感想につ いて雑感を交えて報告する。
  力ンサス大学リモートセンシング研究所について
 カンサス州は米国中央部に位置し,東西をミズーリ州, コロラド州に,南北をオクラホマ州,ネブラスカ州に取 囲まれている。州の人口は約230万人であり,州都はト ペカである。産業は農業,牧畜が中心であるが,ウイチ タ周辺はセスナで代表される小型航空機産業が盛んであ る。カンサス大学は州都トペカとカンサスシティのほぼ 中央に位置する総合州立大学であり,1865年に創設され た。学生数は2万人を越えており,カンサス州では最大 の大学である。
 リモートセンシング研究所は,同大学ローレンスキャ ンパスの西キャンパス内のレイモンドニコルスホールに ある。この建物は宇宙工学センタとも呼ばれ,1972年に米 国航空宇宙局の援助により,中西部における宇宙開発研究 振興のために建てられた。この建物に入っている組織が カンサス大学研究センタであり,リモートセンシング研 究所は同センタに属している。同センタには他にいくつ かの研究所が属しており,そのいずれもが学際的な研究 をその旗印としている。リモートセンシング研究所の所 長は筆者が研究指導を受けたF. T. Ulaby教授であり, 以下約80名の教職員,学生が所属している。この研究所 には大きく分けて六つの研究部門があり,それぞれの部 門について教授が研究指導を行っている。研究部門とそ の指導者を表に示す。


研究部門と指導者

 理論研究部門ではランダムな面よりの散乱や放射の解 析が,センサ設計や実験プログラム部門では実際に散乱 計や放射計を設計,製作し これを用いて土壌含水率と 後方散乱係数の関係の測定,積雪や海氷の後方散乱係数 の測定,波浪の散乱計観測などが行われている。データ 処理部門ではパターン認識による映像レーダ画像の特徴 の抽出等の研究が,又,シミュレーション部門では実際 の地形データを用いた精密な計算機シミュレーションに よるセンサシステムの評価の外,合成開口レーダのフェ ージング機構の理論的解明及びそのシミュレーションへ の反映などの研究が実施されている。又,地球科学応用 部門のDellwig教授は,スペースシャトル「コロンビア」 の2度目の飛行の際に搭載された合成開口レーダのデー タ解析を担当している。余談ではあるが,スペースシャ トル「コロンビア」の2度目の飛行の際の船長ジョー・ エンゲルはカンサス大学航空宇宙学部の出身であり,飛 行後にカンサス大学を訪問して大歓迎を受けていた。
 本研究所が所有するマイクロ波センサは通常の散乱計 と放射計のみであるが,合成開口レーダによるデータ取 得やそのデータの利用に関してはNASAと緊密な連係の 下に進められていた。航空機搭載合成開口レーダによる データ取得と同時に行われたグランドトルースデータ の取得には多数の教職員,学生が参加していたが,この ような点は大学の利点と感じた。


散乱計による実験風景

  在外研究について
 在外研究のテーマの選定にあたっては,帰国後も継続, 発展させ得る可能性のあるものとして,Ulaby教授との 話し合いにより,合成開口レーダによる土壌含水率のマ ッピングの計算機シミュレーションを選んだ。カンサス 大学では,トラック積載の散乱計による土壌,畑等の後 方散乱係数と土壌含水率の関係の測定を多年にわたって 実施しており,豊富なデータの蓄積がある。一方,計算 機シミュレーションを行うために必要なターゲット領域 については,ローレンス市東部の18q四方の部分の標高 及び地表面の状況(土壌,畑(作物の種類),森林,河川, 湖沼,人工構築物等の分類)に関するデータが準備され ている。そこで,この地表面に関するデータベースに, 先の後方散乱係数と土壌含水率の関係の実験データを適 用すれば,土壌含水率がある値のときの後方散乱電力を 計算することが出来る。
 合成開口レーダでは様々の信号処理方式が考えられて いるが,本シュミレーションにおいてはレンジ直列 (range sequential)方式とした。この方式では信号処理部の 大幅なハードウェア化が可能であり,これを衛星に搭載 することによって処理の高速化,衛星よりのテレメトリ 量の低減の可能性がある。それ故,例えば土壌含水率の モニタのように継続的なデータ取得には好都合であろう。 本方式はマルチビームアレイアンテナに相当しており, 各ビームの出力端の信号はアジマス圧縮されたレーダエ コーとなっている。この信号を適当にサンプリングする ことにより, 2次元のディジタル画像を得ることが出来 る。本方式による合成開口レーダの信号処理部をプログ ラミングして,簡単な幾何学的模様に配列した散乱体に ついてのシミュレーションで先ずプログラムの確認を行 った後,前述のデータベースについて,土壌含水率を仮 定して合成開口レーダによるその推定の評価を行った。 その結果,比較的平坦な地域に関しては,土壌含水率の 仮定値と推定値の差が±20%以内となる分解能セルは全 体の62%,凹凸がある地域では53%であった。推定誤差 の原.因としては,地形による画像の歪みや人工構築物等 の影響の他,いわゆるスペックル雑音が考えられる。こ こでは4ルックによる信号処理を行っているが,ルック 数を増すことにより推定精度は向上するであろう。
  生活環境について
 カンサス大学のあるローレンス市は,人口約5万の静 かな大学町である。町のスケールはさほど大きくなく, ほぼ中央に大学のキャンパスがあり,その周囲に商業地 域及び住宅地域が広がっている。カンサス大学はカンサ ス州で最大の州立大学であり,学生数も多い。このため かアパートの数も多く,特に筆者が渡米した時期が大学 の夏休みであったこととあいまって比較的容易に住居の 決定を行うことが出来た。アパートの近くには大規模な スーパーマーケットやショッピングセンタがあり,又, 銀行や郵便局なども数ブロックの距離であったので日常 生活に不便を感じることは無かった。
 ローレンス市は,町のスケールの割には文化的な面で 恵まれており,大学附属の美術館,博物館がある他,著 名な音楽家による音楽会も度々開催された。その他,大 学の芸術学部の職員,学生による音楽会も多かった。生 活必需品のほとんどはローレンス市で入手出来たが,少 し特殊な物の場合はカンザスシティまで足を延ばす必要 があった。カンザスシティまでの距離は約70qであり, ハイウエイを利用して1時間のドライブで到着する。こ こは人口約50万の大都市であり,日本国総領事館が開設 されていた。
 渡米前の予想に反し,ローレンス市には多数の日本人 が居住していた。カンサス大学に学ぶ日本人学生は100 名を越えており,外国人学生数はイランに次いで第2位 であった。この他,筆者と同様の客員研究員や大学で教 鞭を執っている人達も多数いた。外国よりの留学生が多 い所のためか,非常に国際的な町であった。ローレンス 市には外国留学生の家族を対象とした集まりがあり,ア ジア,アフリカ,ヨーロッパ,南米等から来ている人達と も交流を持つことが出来た。パーティのときなどは,各 国の郷土科理が集まり,得難い経験をすることが出来た。
 カンサス大学のキャンパスは,米国の中でも最も美し いものの一つに数えられている。特にフットボール競技 場周辺はあたかも公園の様で,池や木々が大学の建物と よく調和していた。
 米国の社会は自動車を前提として成り立っており,特 にローレンス市は小さな町であるためか公共交通機関は 未発達である。それ故,毎日の通勤は自動車によったが, 道路は広く交通マナーも比較的良いのでトラブルは無か った。しかし,今冬米国を襲った大寒波で道路上に大量 の積雪があった時や凍結時には徒歩によらざるを得なか った。日本車の所有者は多く,彼等は一様に燃費が良い ので好きであると言っていた。
  雑感
 10か月間の滞在であったが,ローレンス市では巷間伝 えられるような米国の窮状(例えば経済状態の悪化によ る失業者の増加,治安の悪化)は感じられなかった。こ れはローレンス市が大学町であるという特殊な事情によ るものと思われる。大学の研究者達は一般に良く仕事を し,速いペースでレポートを出している。他の大学や研 究機関でも同様であろうが,研究費の多くは他機関との 契約によって得ており,良質のレポートを提出する事が 次の研究費の獲得に繋がることによる故と思われる。と は言うものの,午後5時を過ぎるとほとんどの人達は帰 宅し駐車場はほぼ空になる。皆が仕事以外の生活を楽し む術を知っており,又そうするだけの余裕を持っている ように感じられた。日本の様に長時間をかけて通勤せざ るを得ない所では望むべくも無いのかも知れない。
 筆者が滞在中に,リモートセンシング研究所所長 F. T. Ulaby教授夫妻,R. K. Moore教授夫妻,ヘルシンキ工 大(フィンランド)のM. Hallikainen 博士夫妻,中国科 学院の姜景山教授とは単なる研究面に止まらず家族ぐる みの交際が出来たことは,今回の滞米の中でも大きな収 穫であったと思う。又,論文等で名前のみを知っている 人達と直接に会って話をし,議論をすることは今後研究 を進める上で大きな意味を持つ。この意味でも今回の滞 米は実りの多いものであったと考えている。
 おわりに当り,今回の有意義な滞米の機会を与えて頂 いたことに深く感謝するとともに,御世話下さいました 科学技術庁,郵政本省,電波研究所の関係各位に厚く御 礼申し上げます。




中国訪問記


羽倉 幸雄

 中国電子技術院・電波伝搬研究所長新風栄氏を団長と する調査団の訪日(1979年),電波研究所の田尾元所長及 び栗原元企画部長の訪中(1980年)を通じて両研究所の 技術交流の道が開かれ,以来,当所の5観測所と中国の 4観測所における電離層観測資料の交換が定常的に行わ れている(本ニュースNo. 51参照)。
 筆者は今回,日中研究交流の道をさらに深めるため, 電波伝搬研究所における学術講演及び研究状況の視察を 主目的として, 7月7日から18日までの12日間,北京, 新郷,上海の6研究所を歴訪する機会を与えられた。
 7月7日午前9時成田を出発,12時30分に北京空港に 着いた。電子技術研究院・外事処の習林氏と李春明通訳 が出迎えてくれた。この2人は12日間ずっと小生と同行 してくれたが,李氏は田尾元所長訪中の際も同行した名 通訳である。燕京飯店に荷を下し,ここで中国での具体 的なスケジュールの打合せを行った。小生の希望した研 究所訪問はもちろん,北京での名所参観,古都洛陽への エクスカーションまで組入れであった。その日は日本大 使館を訪問して,加藤一等書記官に訪中の挨拶をしたあ と,一人でバスに乗り天安門広場,王府井を散歩した。 思えばこれが中国滞在中唯一の自由時間だった。
 中国科学院配下には宇宙空間技術中心など大小120の 研究所があり,その中在京の40の研究所はほとんど北京 の北側に集められている。今回は遙感応用研究所,電子 学研究所と北京大学構内にある電波伝搬研究所の北京観 測所を訪問した。
 7月8日朝,ホテルから車で約1時間,所長の陳教授 に迎えられて遺伝研究所と同居している遙感応用研究所 に入った。ここには六つの研究室があり,光学・電波リ モートセンサによる室内,野外,航空機実験,リモセン データによる地質・農作物・人口分布解析システムなど 野心的なものもある。測定器は中国製のほか,日本,ド イツ製が多かった。金属分析室に置いてあったテキスト を見て,中国ではCs,Rbなどすべての元素に漢字があて られていることを知った。視察後,陳教授とリモセン研 究のあり方について議論した。帰る時,ランドサットに よる中国全土の合成地図を贈られた。
 遙感研究所から車をさらに北西に走らせること約2時 間で万里の長城の要所八達嶺に達した。ものすごい暑さ と砂ぼこり,中国側の好意に感謝しつつも行く先々での体 調を危んだ筆者ではあるがやはり長城を見学して大満足 であった。大汗をかいて北側の頂上に立てば気分壮快! 天高雲淡。望断南飛雁。不到長城非好漢。その夜北京拷 鴨店で電子技術研究院招宴があった。ホストの馬技師長 は1940年代にオハイオ大学に学んだコンピュータ屋さん である。
 7月9日朝,電子学研究所を訪問した。電波伝搬研究 の大家である所長の呂教授は訪欧中だとのことで,柴, 馬両助教授が案内してくれた。所員1100人で11の研究部 がある。電子技術全般を幅広く研究しており,衛星搭載 用の200WのTWTも開発したとかであるが,見学は2か 所だけであった。高解像度テレビはNHKのそれにかなり 近い性能であると自慢していた。合成開口レーダ(SAR) の開発は文化大革命のために大幅に遅れたがこの4年間 に開発に成功し,CAACの航空機を利用して中国全土の 画像をとっているとのことである。光学処理装置と処理 済画像を見せてくれたが,見事な画像であった。このあ と北京大学構内にある電離層観測所を見学した。0.5〜 25MHzを15分毎に観測し,f0F2は即時に読取り,電波 警報に使っているとのことであった。王慶銘所長による と観測者10名で2交替勤務である。


電波伝搬研究所本館玄関前にて 前列左から熊副所長, 沙副所長,筆者,斬所長,習氏(電子技術研究院)

 この日の午後は故宮を見学させてくれた。京都御所の 13倍の面積を占める紫禁城は正に壮大である。機上から 見た揚子江,黄河,万里の長城,そして故宮の偉大なる こと。中国是中国。
 同夜,雨の激しく降る北京を後に蘭州行121号列車で 新郷に向った。林,李両氏とは同じ包房で深夜まで語っ た。カン,カン,カンとスパナで車輌を点検する音で目を 覚ますと夢の邯鄲駅であった。汽車は北京を2時間遅れ で出発したので,熊副所長の出迎える新郷站に着いたの は7月10日朝8時であった。早速ホテルに荷物を下し て,新郷での具体的なスケジュールを聞いた。10日は研 究所に行って斬所長に会い,記念写真をとったあと所内 見学,11日,13日,14日の3日間は小生の講演と質疑応 答,12日は洛陽へのエクスカーションとのことであった。 今回は当地での講演が主目的であると考え,スライド500 枚,ビューグラフ60枚を用意して,西安の研究所見学は カットしたのであるが,中国側はやはり旧い中国を見せ たかったのであろう。
 “日本の電離層研究”,“人工衛星による電離層研究”, “南極における電離層研究”,“電離層擾乱と電波予警報”, “地球環境の遙感(リモートセンシング)”,“ミリ波伝搬 の研究”と六つのテーマ(表)で久し振りに14時間の 大熱弁を振った。小生は自分勝手に喋るのでスイスイと いったが,話が専門的なので,さすが名通訳の李氏も時 々パンクして頭を冷しに室外に出ていったものである。 私にとってその後が大変であった。電離層全般,擾乱と 予警報,リモセンと対流圏伝搬と3部に分けて専門家だ けの質疑応答が10時間続いた。代表質問者が各項目毎に 15〜20の質問を読み上げる。これに即答するのである。 対流圏伝搬では大分宿題を残した。「先生,辛苦辛苦了。」 それにしても中国側の知識欲には頭が下った。一つ嬉し かったのは空間物理研究所の章公亮氏が北京からわざわ ざ私の話を聞きにきてくれたことである。章氏が小生の 専門であるPCA(極冠吸収)をやっていることは知って いた。学生時代小生の論文を読んでSTP(太陽地球間物 理)をやる気になったと言ってくれた。


電波伝搬研究所で熱演する筆者(右)と李通訳(左)


講演者と講演テーマ

 話は前後するが10日は丸一日かけて研究所の視察を行 った。所員1050人,対流圏構造,同伝搬,電離圏構造, 同伝搬,LF/VLF,電波測定,アンテナ,科学技術資料 室,コンピュータ,計測の10研究室,試作工場,それに 満州里,長春,北京,蘭州,重慶,広州,海口,青島の 8観測所がある。青島は降雨レーダなどミリ波の研究を やっており,他の7観測所は電離層定常観測をやってい る。何れも北京と同型のT型を使用している。新郷では 定常観測は行わず,U型3号機を開発中であった。
 電波伝搬研究所の行っている予報は中国全土とソ連の 一部を対象としている。月間予報,半日予報,6時間予 報の3種類あり,△f0F2を1(特大),2(大),3(中), 4(小),5(静)の5段階で予報する。中国の7観測所の f0F2は30分以内,ソ連の4観測所のデータは2〜3時間 以内に入ってくるとかで,この他VLF観測,宇宙雑音, 短波電界強度,フレア,黒点,地磁気,それに日本の JJDを参考にして予報を出す。現在は主観的方法を用いて いるのが将来は北京にコンピュータを導入して日本の RADWISのような客観的予報をやる予定だとのことであ った。
 日本のETS-U,Transit,時間2号のビーコン波によ るTEC(電子総含量)の測定器は見事なものである。雷 測定器もスマートで工作技術のレベルはかなり高いよう である。対流圏関係では10,33.5,70GHzの伝搬実験 がある。感じとして約1000人で当所の電波部関連の仕事 をやっているようで,プロジェクトの幅も広く,研究者 のレベルも高いようである。中国側は当所との協力を強 力に推進することを望んでいる。良いテーマがあれば日 中共同実験をやっても良いのではないかと思う。
 洛陽への旅は強行軍であった。朝6時にホテルを出発, 再度北京発蘭州行の急行に乗って,黄河を渡り,鄭州から 西に向かい約3時間余で東周から始まり後唐まで9王朝 の首都であった洛陽に着いた。雲南,敦煌と並ぶ中国三 大石窟の一つ龍門,三国時代の猛将関羽の首をまつる関 林を見学した。柳の緑と龍門の石佛が見事に調和した伊 河の風情は京洛の嵐山を想わせた。しかし,再び汽車で 3時間,新郷に着いたのは夜11時前であった。
 14日夜,所長室のテレビで,今中国で一番人気のある 映画「少林寺」の録画を見せてくれた。少林寺の拳法が 唐王を救う物語りの主役男優は19才,中国チャンピオン であり,迫力満点の大活劇を見せてくれた。少林寺は洛 陽の東南70qの登封県にある。
 15日朝,斬所長,沙,熊副所長と日中協力の将来の枠 組みについて話し合ったあと,車2台を連ねて鄭州空港 に向った。3度黄河を渡り,昼前に空港に着いた。この あと8時間空港の待合室で待機したあと雷雨の上海行を あきらめて鄭州市内のホテルに一泊した。鄭州は緑の森 に覆われたオアシスのような省都である。
 16日,やっとの思いで上海に着いた。出迎えてくれた 電子技術研究院・マイクロ波技術研究所の人達と上海で のスケジュールを再検討した。
 17日朝,中国科学院・技術物理研究所を訪問した。こ こは所員600人,10研究室と試作工場があり,赤外探知と リモートセンシング技術の開発を行っている。3世代の MSS(多重スペクトル放射計),光ポンピング装置,パイ ロセンサ,衛星姿勢制御装置を見学した。午後は上海天 文台を訪問した。1872年フランス人牧師によって創設さ れたこの大文台は現在六つの部に分れており,光天文, 電波天文,衛星ダイナミックス,それに当所となじみ深 い周波数標準をやっている。ボン大学とVLBI(甚良基 線干渉計)実験をやった6mφのパラボラも見せてもらっ た。その夜ホテルに電子技術研究院外事処副処長の陳国 炉氏の訪問を受けた。約1時間,今後の日中協力につい て話し合った。
 帰国の日,18日朝8時,ホテルにマイクロ波技術研究 所の曽副所長他3名がやってきた。揚子江の油汚染を検 出する電波の最適周波数,陸上移動無線におけるフェー ジングの問題,ディジタル通信の動向など矢継ぎ早やの 質問である。中国の研究者は熱心である。マイクロ波技 研もまた当所との技術交流を強く望んでいる。
 正午,ホテルの隣にある錦江クラブで,12日間小生に 同伴してくれた習・李両氏,それにマイクロ波技研の美 人通訳姚さんに日本料理を御馳走した。
 今回の中国旅行は誠に有意義であった。欧米の研究者 との研究交流に明けくれて,一衣帯水の隣国にこれ程多 くの同業者が居ることを知らなかった。この広大な国土 は電波技術による開発を侍っているようである。日中国 交正常化10周年に当り,今後ますますこの巨大な隣人と の友好が深まることを期待するものである。
 さて最後になるが,今回スライドを準備するに当り, 平磯支所,各地方観測所,情報処理部,衛星計測部,通 信機器部,第1,2特別研究室,それに電波部の皆さん に御協力頂いたことを感謝する。二国間協力は研究者同 志の交流から始まると小生は信じているので,できるだ けスライドで当所の研究者の紹介をしてきた。また宇宙 空間研究室の準備してくれた中国及び日本の各観測所の L値,不変緯度,共軛点の表とVLF放射のテープは良い 土産になった。東京(L=1.22)と新郷(L=1.21)は地 理的にも地磁気的にも同じ条件であり,日中両国の電離 層研究の中心である,今後ますます協力を深めて行きま しょう。これが新郷を去る日私の残したメッセージであ る。最後に,中国訪問に際し,お世話になった関係各位 に厚く感謝する次第である。

(電波部長)


短   信


栗原前所長IFRB委員に再選


 去る9月28日からケニア国ナイロビで開催中のITUの 全権委員会議において,IFRB(国際用波数登録委員会) 委員の選挙が10月14日に行われた。その結果,我が国か ら立候補していた栗原芳高氏(現IFRB委員,前所長) が中国,バングラデシュの候補者を破り再選された。
 IFRBは,1947年にITUに設置された機関で,世界の5 地域(南北アメリカ,西ヨーロッパ,東ヨーロッパ,ア フリカ及びアジア・大洋州)からそれぞれ1名づつ選出 される5人の委員で構成され,委員の任期は,通常5年 である。
 主な任務として,各国が使用する周波数及び静止衛星 軌道について国際的承認を行うため,これらについて定 められた手続に従って審査の上,登録を行うことによっ て周波数の秩序ある利用を確保することである。
 我が国は,従来次のとおりIFRB委員を送っている。
 1960年から1966年まで        長谷 慎一
 1967年から1975年まで        西崎 太郎
 1975年から1982年(3月)まで    藤木  栄
 1982年(6月)から         栗原 芳高
 栗原氏のIFRBでの御活躍を所員一同期待している。



UJNR地震予知技術専門部会
第3回日米合同部会開催さる

 UJNR地震予知技術専門部会第3回日米合同部会は9 月20,21日の両日筑波の科学技術庁研究交流センターに おいて開催された。日本側は西村蹊二部会長(国土地理 院長)外9名全員,米国側はD. P. Hill部会長(US Geological Survey) 外3名(うち1名は委員以外の参加者), その外事務局数名,オブザーバ延べ約60人が参加した。 電波研究所からは川尻委員の外,オブザーバとして4名 参加した。冒頭の開会式のあと第1日目午後から2日目 夕方まで,日本側13編(うち電波研究所から2編)米国 側5編の発表及び質疑応答が行われた。研究発表の後決 議文が採択され,その中でVLBI技術発展の必要性が強 調された。今回の部会で目立った点として,地震発生の 前後に電磁放射(長中波帯)が検出されることの紹介が あった。また各機関共軸以外の若手研究者の発表も多 かった。次回は1984年3月米国で開催される予定である。



80MHz帯電波のEs層遠距離異常伝搬の調査実験

 最近頻発しているテレビ低チャンネルの混信障害の原 因となるVHF帯電波のEs層遠距離異常伝搬を調査するた め,電波部電波伝搬研究室は去る6月4日〜8月31日の 間,秋田,山川,沖縄の各電波観測所及び本所でFM放 送波(80MHz帯)の遠距離受信測定実験を実施した。
 この実験ではマイコン制御により受信周波数を切替え て,伝搬距離が450〜2000qの範囲内にある,延べ17回 線の放送波についてEs層伝搬波の電界強度を測定した。 測定資料はマイコンによりオンラインで1次処理してカ セット磁気テープに収録し,現在解析を進めているとこ ろである。この調査により80MHz帯電波のEs層伝搬諸特 性及び本邦付近におけるEs層活動諸特性を解明すること が期待されている。