鹿島支所
はじめに
図1 サイトダイバーシチ受信切替え実験システム
無瞬断の切替えを実現するために,主局ルート側には,
主局ルートと副局ルートの電気的長さを等しくするため
の固定遅延線が挿入されている。他方,副局ルート側に
は可変遅延線が挿入されているが,これは衛星の位置変
動等による両ルートの長さの差の変動を吸収するための
ものである。両ルートの伝送品質の比較結果に応じて下
りルートの切替えが行われ,両ルートの復号信号のうち
一方が選択される。両ルートのデータは遅延回路を通り
同じタイミングに合わされており,且つ回線切替えはデー
タのないガードタイムの時間内に行われるので,ルート
を切替えることによるデータの重複や欠損が避けられる
ことになる。
可変遅延線の制御は両ルートで受信された同期用信号
(同期ユニークワード,UWと略す)の検出タイミングの差
を用いて行われており,その差がなくなるように750μsec
ごとに1回の制御が行われる。CSを用いた衛星折り返し
の実験から,この制御が衛星位置の日変化に良く追従し
ていること,及びダイバーシチ切替え時にデータの重複
や欠損がないこと等が確認されている。
ダイバーシチ切替え制御
ダイバーシチ切替えでは,主局,副局各ルートの伝送
品質を測定し,その情報を用いて選択すべきルートを決
定する。本システムではその情報としてビット誤り率
(BER),または同期ユニークワード不検出率が用いられ
る。BER測定は,データバースト中に設けた特定の時間
帯に既知パターンの符号例(PNパターン:8000ビット/
フレーム)を送信し,受信側で誤ったビットを検出する
ことによって行われる。
伝送品質の測定方法には一定計数法と一定時間法が用
意されている。一定計数法による切替えでは,どちらか
のルートのピット誤り(あるいはUW不検出)の数が
あらかじめ設定した値に先に達した時,そのルートの品
質は他のルートのそれよりも悪いと判断してルートを切
替え,新たに次の測定を開始する。また,一定時間法に
よる切替えでは,ある一定時間内に発生した両ルートの
誤りビットをそれぞれ計数し,その多少で伝送品質を判
定し,ルートを切替える。
ダイバーシチ効果
CSのKバンド(20GHz)下り回線を用いたサイトダイ
バーシチ切替え実験で得られたデ-タの例を図2に示す。
(a)は主局ルートのBER時系列データ,(b)は副局ルー
トのBER時系列データである。BERデータは50msecご
とに測定されているが,図ではスピン変動(CSのスピン周
期,約0.65秒)によるBERのばらつきを除くために1秒
平均の値を示してある。(c)に,一定計数法(設定ビッ
ト誤り数,100)のダイバーシチ切替え制御によって選択
されたルートを示す。(d)は, このルート選択を基にダ
イバーシチ切替えが行われた後のBERである。図2から,
両ルートのBERの大小関係に応じて,ルート選択が効果
的に行われていることが確認できる。
図2 一定計数法によるダイバーシチ切替えの例
次に,ダイバーシチ切替えの効果を調べるために図2
の(a)と(b)に示したデータを用い切替え制御部と同じア
ルゴリズムで計算機による切替えを行った。図3(d)〜
(f)にそれぞれ伝送品質の測定時間が0.25秒,1秒,25秒
の一定時間法による切替えを行った後のBERの累積確率
を示す。図から,測定時間の選び方によってはダイバー
シチ効果が劣化することがわかる。これは,測定時間が
長ければ伝送品質の変動に追従した切替えができなくな
り,また短ければ測定精度が劣化
することから切替え誤りが生ずる
ためと考えられる。
図3 BERの累積確率分布
伝送品質の変動要因としては,
第一に降雨減衰の変動があげられ,
また他にCSのようなスピン衛星
の場合にはスピンによる変動も無
視することはできない。技術試験
衛星ETS-Uのビーコン波(34.5
GHz)を受信して得た降雨減衰デ
ータの解析から,降雨減衰の測定
値は,測定時間(平均時間)が増
大するにつれて分散が増大する傾
向にあり,発散性の時系列である
ことがわかっている。このことか
ら,降雨減衰の影響を受けたBER
の測定値の分散も測定時間τが長
くなると増大すると考えられ,結
果として測定時間τを長くすると
降雨減衰の変動に追従した切替え
ができなくなる。一方,スピン変
動による切替え誤りの発生は次のように考えることがで
きる。スピン変動を受けたBERの時系列データはビット
誤りの発生の多い部分と少ない部分とをスピン変動の周
期Tsで繰り返す。このために,測定時間が約Ts/2の場合
測定時間のタイミングによっては,ビット誤りの発生が
少ない時間帯における測定データの比較結果をもとに次
のビット誤りの発生が多い時間帯におけるBERの優劣を
推定することになり,切替え誤りが起きやすくなる。逆
に,測定時問をスピン周期より長くとれば,ビット誤り
の発生個数の多い時間帯を最低1回は含むことになるの
で,このようなスピン変動に起因する切替え誤りは発生
しないと考えてよい。
図3において,測定時間τ=0.25秒でダイバーシチ効
果が劣化しているが,この時間はCSのスピン周期のほ
ぼ半分にあたることから,ここで考察したスピン変動の
影響であると考えられ,測定時間が長すぎると降雨変動
に追従した切替えができなくなり,切替えに誤りが生じ
ていることを表わしている。切替え誤りによるダイバー
シチ効果の劣化は,スピン周期Tsより若干長い時間を伝
送品質の測定時間とした場合(CSによる実験では約1秒)
に最小となることがわかった。
おわりに
ECS実験のために整備したPCM/PSK/TDMA方式に
よるサイトダイバーシチ実験システムを改造し,CSを用
いて受信切替え実験を行った。その結果,可変遅延線は
正常に制御されており,切替え時にデータの重複や欠損
のない切替えが実現されていることが確かめられた。ま
た,ダイバーシチ切替え機能についても,降雨変動に追
従した切替えがなされることを確認した。
一定時間法による切替えでは,測定時間によってダイ
バーシチ効果に差が生じることから,効果を最大にする
測定時問について検討を行った。その結果,スピン変動
の影響を考慮すると,スピン変動の周期よりやや長い測
定時間が最適であることがわかった。
一定計数法による切替えでは,計数すべきビット誤り
の数を100に設定して,ダイバーシチ切替えが適切に行わ
れていることを確認した。この方法による切替えの場合
にも最大のダイバーシチ効果を与える設定ビット誤り数
が存在すると考えられるが,これについては今後の検討
課題である。
今回の実験では平磯副局改造の際の制約から送信ルー
ト切替え実験は行っていないが,送信切替え時に必要な
可変遅延線制御には受信切替え時の制御量がそのまま適
用できると予想される。上り回線の伝送品質測定方法と
測定時間についてもここで行った検討が応用できると考
えられるが,その場合,衛星折り返しの伝搬時間が与え
る影響を考慮しなければならない。衛星折り返しの伝搬
時間は約0.3秒であるから,上り回線伝送品質の比較結
果は約0.3秒後に得られる。この遅延時間がダイバーシ
チ効果にどう影響を与えるかは興味深い点であるが,1
〜2秒程度以上の測定時間を用いる場合には,その影響
は少ないであろう。
本サイトダイバーシチ通信実験は,国際電信電話株式
会社研究所の協力を得てCS応用実験として実施されて
いるものである。本実験に協力された方々に深謝します。
(第一宇宙通信研究室 研究官 鈴木良昭)
手代木 扶
今年のIEEE/AP-S(アンテナ・伝搬)国際シンポジ ウムは5月24日から5日間,米国・ニューメキシコ州の アルバカーキ市にあるニューメキシコ大学を会場にして 開催された。例年どおり,URSI米国国内会議の外,今回 新たにNEM(Nuclear Electromagnetic Pulse)と合同で あった。
“プエブロタイプ”のニューメキシコ大学の建物
NEMは主に核融合に関連して電磁波を扱う分野であ
る。今回特にNEMが一緒になったのは世界で最初の原
爆開発以来,ニューメキシコ州が今なお原子力,核融合,
核兵器研究の中心になっていることと深い関係があるこ
とにもよるのであろう。
APシンポジウムの論文は約200件,日本からは14名が
参加した。筆者は当所で進めているマルチビームアンテ
ナに関する研究発表をするとともに,諸外国の発表を聴
講した。以下,マルチビームアンテナ(MBA)のセッシ
ョンの内容を中心に,今大会の特徴と感想を述べる。
APでは28セッションがあったが,全体として衛星関
連のアンテナの発表が多いという印象を受けた。MBA,
レンズ,アンテナ,成形反射鏡,周波数選択性鏡面等の
セッションのほとんどが衛星用アンテナを扱ったもので
あった。又,「アンテナシステムの歪みと誤差」のセッシ
ョンの中の大形アンテナの熱ひずみの解析などもシャト
ル時代の衛星アンテナを想定したものである。
MBAのセッションは二つあり,米国から7件,ESA1
件,日本2件の発表があった。このうち,米国の3件は
NASAの30/20GHz国内衛星通信計画に対するGE社,
TRW社,ヒューズ社からの提案で,いずれも多数の固定
ビーム(GE案では64)と少数のスキャンニングビームを
持つオフセットカセグレンアンテナである。このアンテ
ナでは,カバレージ内最低利得を最大にするビーム合成
法,周波数再利用のために低サイドローブ,低交差偏波
が特に重要な課題となっている。
ESAのRoedererが発表したのは30/20GHzで欧州全
域を連続カバーする108個のビームと都市カバレージの
12ビームを持つMBAの検討結果であった。ただし,この
ような多数ビームの場合には,広角走査ビームの能率が
低下し(-8dB程度),ビーム合成法と低サイドローブ化
には,まだ多くの研究の余地が残されていると感じた。
ロッキード社のChadwickは広角走査ビームや低サイ
ドローブ化のため,3種のアレーフイードについて論じ
た。
コムサット研究所のDiFonzoの話もおもしろかった。
将来は,必要なビーム間分離を確保しつつ,隣接ビーム
を接近させることが重要になることを指摘し,このため
の技術を“microwave optics”と呼んでいた。カバレージ
は一定の強さで照射し,その外側は急峻に放射レベルを
低くするのは光に似てくるからである。
筆者の発表したマルチビーム形成回路については,特
にESAのRoedererが熱心に質問してきた。ESAも将来
の海事衛星を目標に19ビームのMBAを開発しているから
であろう。我々の討論はセッション終了後も続き,ビー
ム形成回路だけでなく,MBA全般に及んだ。アルバムを
持参したのが大変役立った。残念なことにこの時まで,
実測データが間に合わなかったのであるが,その後間も
なく取得できたデータにより,予期したとおり,ビーム
形成精度,消費電力,寸法,重量等すべての点で我々の
ビーム形成回路がESAのものよりも優れていることを
確認できた。今思うと,会場で彼にこれらのデータを示
せなかったのが本当に残念であった。
今大会の特徴の一つに,ダイクロイック面(2周波数
の一方に対し反射,他方に対し透過となる面)の論文が
増え,一つの独立したセッションができたことがある。
また,マイクロストリップアンテナのセッションが三
つに増えたのも驚きであった。ただ,ここで気がついた
のは欧米では理論の論文が圧倒的に多いのに対し,日本
を含めその他の地域では実験中心の論文は多いが,理論
的研究が極端に少ないということであった。実はこれに
似たことは他にも見られるのである。理論と数値解析の
分野では三つのセッションで計25件の発表があったが,
うち18件はアメリカで日本からはわずか1件であった。
実際的問題であっても理論研究を充実させることで,一
段と広い視野に立って質の高い研究を追求できるように
なると思うが,この点で日本のアンテナはまだまだ研究
の底が浅いように感じられるのである。
アルパカーキは砂漠の中にある人口40万人程のニュー
メキシコ州最大の都市である。どこまでも澄みきった空
と広大な土地,そこにポツンポツンと建っている窓が小
さく,ヘリが丸みを帯びた茶色の家々が印象的である。
何でもこのやや泥くさい感じのする家は,昔のプエブロ
インディアンの生活の知恵を継承しているとのことで,
“プエブロタイプ”と言うのだそうである。そして,陽気
で,親切で, しかしどこか抜けているような愛すべき人
達。そう言えば,宿泊を頼んでいた大学の寮からOKの
返事が来たのも,帰国後2週間程だってからだった。
今大会には筆者が5年前に滞在していたNBSのアンテ
ナ研究者も大勢参加しており,旧交を温め,最近の研究
について話を聞くことができた。
また,以前からひそかに期待していたヨーロッパの友
人を作ることもできた。本当に有意義な研究集会だった
と思う。
85年には京都で第3回ISAPが開かれる。アルバカー
キには日本から持参したフレアナウンスメントを配布し
たり,会う人ごとにPRをしてきたが,懐しい友人達と
今度は日本で再会できると思うと大変楽しみである。
最後に,今回のシンポジウムに参加する機会を与えて
いただいたことに対し,関係の方々に厚くお礼を申し上
げたい。
(衛星通信部 第三衛星通信研究室長)
久保田 文人
1982年のIEC大会は5月31日〜6月11日,ブラジル国 リオ・デ・ジャネイロ市郊外のHotel Nacional会議セン ターで,総会,理事会はじめ28の専門委と小委が開かれ, 39か国から約850名が参加した。日本からは高木昇IEC 前会長,山村昌IEC部会長以下25名が参加した。筆者は この大会に無線通信専門委(TC12),移動無線小委(SC 12F),同作業班(SC12F/WG1)の代表として参加し たのでその概要と動向について紹介する。また残余議題 の処理のため11月2日〜5日, フィンランド国ヘルシン キ市で特別に開催されたSC12F延長会議にも出席した ので, その成果も併せて述べる。(通信機器部 通信方式研究室 研究官)
50GHz制局装置外観