新年のごあいさつ


所 長  若 井   登

 明けましておめでとうございます。行政改革,緊縮予 算と諸事に多難ではありますが,心身共にひきしまる昭 和58年の幕明けにあたり, 日頃から電波研究所のため に御尽力を頂いている皆様に対しまして,心から年頭の 御祝詞を申し上げると共に,相変らぬ御支援をお願いい たします。
 さて御存知の通り,昭和58年度予算の大蔵省原案は昨 年12月25日に内示され,例年より早いペースで30日には 閣議決定されました。当所の予算は,要求額45億円に対 して査定額43億3千万円,成立比率にして96%という結 果になりました。前年の当初成立額より若干の減少では ありますが,マイナス5%シーリングという異例の編成 方針でスタートした年度としては,研究費の落ち込みが 最低限に抑えられたものと考えておりまして,一応ホッ としているところであります。いやそれよりもむしろ, 次のようないくつかの新しい研究項目,すなわちCS- 2の実験研究,航空海上技術衛星(AMES)の研究開 発,テレビジョン同期放送システムの研究,光領域周波 数帯の開発,が芽生えだということは大いに評価すべき ことと思います。それというのも,多くの新規候補項目 の中から,重要性・緊急性の高いものを精選して要求し た結果,十分な御理解を預けたものと考えております。 またCS-2を除く他の項目は,新規というよりも,数 年前から基礎研究が進められていたり,電波監理局で調 査が行われていたものを研究段階に移すことが認められ たものであります。各項目の内容は後述しますが,58年 度を施設整備計画の最終年度とする研究プロジェクトが いくつかあることを考え合わせると,それらの後を継ぐ 新しい項目の誕生は,予算額の苦しい内容を補って余り ある朗報といえます。
 もう一つの朗報は,昨今の厳しい行政改革のさ中にあ って,電磁環境研究室の新設が認められたことでありま して,私共がかねてから,高まる電磁波利用に曝された この社会環境を種々の観点から監視し研究することの重 要性を訴え続けてきた成果であると考えています。
 当所における定常業務を含めた研究調査計画の昭和58 年度の進め方については,目下鋭意具体案を作成中では ありますが,一年の計を樹てるべき時期でもありますの で,紙面をかりて,その骨子だけでも紹介させて頂きま す。
 調査部では,前年度から開始している当所の将来ビジ ョンの策定を中心に,WARC(世界無線通信主管庁会 議),CCIR(国際無線通信諮問委員会)との対応,電 波技術審議会への寄与等の活動を行います。
 研究計画を総合的に企画調整し,支援し,外国及び国 内諸機関に対する窓口となる企画部では,昨年実施した 当所の30周年記念事業のうち,年史を編集・出版する予 定です。また当所が負うべき新しい業務として,国際電 波科学連合の国内資料センターの実務を担当します。今 年は国連の提唱による世界コミュニケーション年(WCY) にあたります。通信に深い関連をもつ当所としては,国 際的及び国内的に企画される諸行事に積極的に参加し, 世界の中での電波研究所の役割を強く認識し,当所に対 する理解が更に深まるよう努力します。
 情報処理部では,CSならびにCS-2の経費が全面 的に認められたことから,これらを利用して分散型コン ピュータネットワークの実験研究を,引き続き進めます。 またイオノグラムのコンピュータによる自動読取りにつ いては,今まで開発してきたソフトウェアの改良とシス テム構成の検討を進め,実用システムの実現に努力しま す。昨年度新たに認められた,VHF/UHFディジタ ル移動通信の研究については,通信機器部と協力して, 高品質の“中ビットレート音声伝送方式”の開発を引き 続き行います。
 電波部では,昨年から始まった中層大気国際協同観測 計画(MAP計画:1982〜1985)に参加して,電離層定 常観測等基礎的観測の他,標準電波ドップラ法及び流星 レーダによる大気波動の研究,南極におけるドップラレ ーダによるオーロラの研究等を実施します。昭和52年以 来進めてきた短期電波予報システムの整備計画は,58年 度にデータ処理プログラムを開発して基本的部分をほぼ 完了し,これからは各観測所に配備された電離層斜め観 測装置を用いて,全国的規模で短期予報とその有効性に 関する研究を進めてゆきます。その際単なる電離層と電 波伝搬の研究に止まらないよう特に留意し,廉価な簡易 受信機を開発して,通信事業者やアマチュア等が随時電 離層観測用電波を受信して,即時に伝搬状況を把握でき るよう努めます。Es層によるVHF電波の遠距離異常伝 搬は,TV波及びFM放送波の受信障害として社会的関 心を呼んでおり,その対策が望まれています。電波部を 中心として各電波観測所も参加し,FM放送波の異常伝 搬の組織的調査研究を行います。周波数資源の開発計画 の一環としての40GHz以上の電波伝搬の研究は,240GHz の実験装置が加わって,35,50,82,141,245GHzの送 受信システムと気象観測装置群が勢揃いするので,これ らを用いて多周波伝搬実験の総仕上げを行います。更に 従来の実験成果をまとめて,50GHz帯実用システム設計 マニュアルを作成したので,一般の利用に供したいと考 えています。
 衛星通信部では,衛星間通信に,また衛星を利用した 各種移動通信にとって不可欠な基本的技術であるマルチ ビームアンテナの開発を引き続き行います。具体的には 試作したアンテナ及び給電用マトリックス回路の機能確 認を行うなど,昭和55年より進めてきた計画の仕上げの 段階に入りますが,開発の途上において多くの発明考案 が生れたので,その中の独創的部分については更に発展 的に開発することも考えています。衛星を用いた捜索救 難システムの研究は,当所が新たに開発したSS(周波 数拡散)方式のEPIRB(緊急位置標示用ビーコン) を用いて昨年12月に実験を開始しましたが,今年も5月 までインマルサット衛星を用いて性能評価実験を継続し ます。この静止衛星による捜索救難実験と同時に,本年 2月以降に打上げ予定の周回型衛星SARSATを用い ての実験も予定しています。また郵政省が他省庁と協力 して58年度から進めるパイロット計画の一端を担って, 各種実験を実施し,CS-3以降の通信衛星の設計に資 する予定です。
 衛星計測部は,当所で開発したセンシング技術やその 蓄積を現実的な課題に適用する又とない機会を得ていま す。すなわち科学技術振興調整費に基づく「豪雪地帯に おける雪害対策技術の開発に関する研究」に参加して, マイクロ波散乱計/放射計を航空機に搭載して,降雪時 の海面風の風向,風速及び降雪雲の観測を行い,豪雪機 構の解明と雪害対策の樹立に役立てます。また同調整費 による「北極圏氷海域における海上輸送技術に関する研 究」にも参加して,10GHzのFM-CWレーダにより, 氷や土壌等の散乱特性を測定し,更にオホーツク海の海 氷の特性を測定するための野外用FM-CWレーダの開 発を開始します。その他合成開口レーダ画像の解析研究 は成果が挙っているので,これを更に推進し,また NASDAとの共同実験としてMOS-1搭載用マイクロ波 放射計の検証実験を実施します。電離圏,磁気圏研究に ついては,MAP計画参加項目としてロケットによるD 領域のイオン組成の研究,南極観測参加項目としてのロ ケットによる極域E領域の研究,宇宙科学研究所による EXOS-D計画への参加,並びに太陽発電衛星計画検 討の一環として,高密度プラズマとマイクロ波との相互 作用の実験を計画しています。
 通信機器部では,冒頭にも記した通り,58年度に成立 した多くの新規項目を所掌しているので,最近になく充 実した多忙な年になりそうです。まずAMES計画の名 称で52年以来研究を進めてきた,衛星による小型船舶・ 航空機用通信の研究が,昭和62年打上げ予定のETS- X衛星搭載をめざしていよいよスタートすることになり ました。58年度は搭載機器の開発に着手するほか,ディ ジタル通信方式を採用するための機器開発及び実験も開 始します。スプレッドスペクトラム通信方式の開発研究 については,従来の研究成果を集大成した,車載用シス テムモデル6台が完成するので,これらを用いて実際に 移動通信実験を開始します。電磁環境問題については, かねてからその重要性を認識し,基礎的な調査実験を実 施してきましたが,この度研究室の新設が認められたの で,組織の確立を手始めに,名実共に新規研究課題とし て当所の中に育ててゆきたいと考えています。58年度に 認められた光領域周波数帯の開発とテレビジョン同期放 送システムの研究は,従来の研究室の枠にとらわれず組 織の再編成の中に含めながら推進してゆきます。
 周波数標準部では,セシウム一次標準器による,1×10^-13 程度又はそれ以上の確度の周波数標準の維持運用を目指 し,またVLBI用可搬型水素メーザの機能向上と小型 軽量化の研究を行います。将来の周波数標準として注目 されている光ポンピング方式のセシウム及びイオンスト レージ型標準に関し,レーザ技術を利用した基礎実験を 進めます。更に衛星を利用した,高精度な時刻比較を, CS,CS-2及び気象衛星を用いて行うことを考えて います。
 鹿島支所では,超長基線電波干渉計(VLBI)シス テムを完成させ,昭和59年初頭にNASAと共同実験を 行うことを目標に,フロントエンド部の整備につづき, システムの総合調整を行います。またCS,CS-2を 用いた各種実験研究の中核になると共に,更に多周波レ ーダによる大気及び海象のリモートセンシングの研究も 実施します。
 平磯支所では,ミリ波太陽電波観測装置を中心にして, 太陽フレアの予知の研究を引き続き行い,電波警報の適中 率の向上を図ると同時に,VLFからSHFにわたる広 い周波数帯内の通信全般を対象とした新しい形の通信障 害予報の開発研究に取り組みたいと考えています。
 各電波観測所では,電波部の項で記した斜め入射電離 層観測網の一端をそれぞれ分担し,人手の制約を考慮し ながら,CS及びCS-2を用いた各種実験に参加する など,地域の特殊性を生かした課題を積極的に取り入れ てゆきたいと考えています。
 以上当所の構成単位毎に昭和58年度の重点的な課題を のべましたが,このような計画がたてられるのも,組織 や人員が大きく変らないという前提に立ってのことであ ります。しかし現在は国の行政全般にわたって,第二次 臨時行政調査会による厳しい見直しが行われています。 勿論当所もその対象外である筈はなく,すでに同調査会 によるヒヤリングが行われました。その際当所の生い立 ち,使命,現状,これまでの社会,学術への貢献と今後 負うべき責務等について詳しく説明いたしました。そし てその結果恐らく充分の御理解が得られたのだと思いま すが,過日の部会報告の中には,当所については特に触 れられていません。しかし,だからといって決して現状 に安住して良い訳はなく,とりわけ研究は絶えず新しい 可能性を探求してゆかなければならないものです。この 意味で機構の活性化を図ってゆくことが肝要であり,そ してその具体策として,新規課題を織り込んだ研究室及 び研究部の再編成など一連の施策を考えています。研究 計画自身の実施と共に,これらを絵に描いた餅に終らせ ぬよう心気一転努力する積りですので,所員は申すに及 ばず,関係者各位の御協力,御支援を重ねてお願いする 次第です。




合成開口レーダ画像の作成


衛星計測部

  はじめに
 合成開口レーダ(SAR;Synthetic Aperture Radar) は電波を使ったリモートセンサである(本ニュー スNo. 58参照)。TVや新聞の天気予報で報道されている 「ひまわり」の写真は可視光や赤外光によるものであり, 雲の情況は良く観測できるが雲の下を見ることはできな い。また,可視光では夜は観測不可能である。一方,電 波は雲や雨を透過するので悪天候においても又,昼夜の 別なく観測可能という特長がある。SARではレーダの 受信信号をパルス圧縮とアンテナ開口面合成技術を用い ることにより高分解能の電波映像を得ることができる。 地球観測衛星(LANDSAT)に搭載された光学系セ ンサの分解能は80mであるのに比べ,海洋観測衛星 (SEASAT)に搭載されたSARは25m,航空機搭載用 SARでは1.5mの高分解能が得られている。
 SARの特長を示す例として,航空機搭載SARが常 時雲に覆われた密林地帯の測量を短時間で行なったり, 密林下の古代マヤ文明の水路遺跡を発見したことは有名 である。また,最近ではスペースシャトルのコロンビア 2号に搭載されたSARがサハラ砂漠の砂の下にある古 代の川や湖の地形を観測したとの報告がある。
 SARはこのような特長を持った新しいリモートセ ンサであるが,観測データから画像を作成するには克服 すべき問題点がある。光学処理の場合,フイルムの現像 時間を除けばその処理時間は短かいが光学系の歪みや信 号のダイナミックレンジが狭い等の欠点がある。一方, ディジタル処理では目的に応じた処理ができる等その応 用範囲は広いが,長時間(例えば汎用計算機で40q×40 qの範囲の画像処理に40時間)を要するという難点があ る。従って,SAR画像の高速ディジタル処理システム の研究開発が国外・国内において盛んに進められている。
  SARの高遠ディジタル画像処理
 電波研究所では,昭和56年度より科学技術庁の科学技 術振興調整賛を得て「合成開口レーダ画像の高速ディジ タル処理」の研究を始め,最近,高速処理システムを開 発し同システムによるSEASAT-SARデータの画像化 に成功した。
 SAR画像高速処理システムとしては,現在CRAY-1 等のスーパーコンピュータを用いた方式とミニコンピュ ータ+高速演算装置方式の2通りが研究開発されている が,後者の方がコストバフォーマンスの点で有利であり 主流である。
 電波研究所の高速処理システムは図に示すようにミニ コンピュータに高速演算装置(アレイプロセッサ)を付 加し,その他データの一時記憶用のディスク装置,デー タの入力および結果の出力用の磁気テープ装置(MT) 等から構成されている。アレイプロセッサは1命令で同 時に数種類のオペレーションが行なえ,さらに,演算部 はパイプライン方式をとった高速演算処理装置でベクト ル演算を高速で計算することができる。その速度を汎用 計算機と比べると,SAR画像処理において主要な演算 であるFFT(高速フーリエ変換)では数十倍の速さで ある。


ハードウェア構成

 本システムのソフトウェアは次に示す処理から構成さ れている。
(1) レンジ圧縮処理;レーダの反射信号をパルス圧縮技 術を用いて各ターゲット毎に圧縮し分解能を上げる。
(2) コーナーターニング処理;2次元データを次の処理 にそなえ転置する。
(3) アジマス圧縮処理;小さなアンテナで受信した信号 列をアンテナ開口面合成することによって大型アンテナ を用いた場合と等価なビーム幅を実現し,高分解能を得 る。
(4) マルチルック加算処理;アンテナビームを分割し夫 々のビームで得られた画像を加算しレーダに特有のスペ ックルノイズを減らす。
 これらの各処理では高速化をはかるため,ミニコンピ ュータ⇔MT間,ミニコンピュータ⇔アレイプロセッサ 間,ミニコンピュータ⇔ディスク間のデータ転送とミニ コンピュータ内演算,アレイプロセッサ内演算を同時に 実行させるシステムレベルのパイプライン化を行なって いる。また,コーナーターニング処理では小ブロック分 割法を採用してミニコン⇔ディスク間のデータ転送回数 を減らしたり,(3),(4)の処理で行われるパラメータ推 定の演算回数を減らす工夫をしている。
  処理画像例
 本システムで処理したSEASAT-SAR画像例を写真 1,2に示す。写真1はカナダのケベック州セントロー レンス州周辺の画像で範囲は約34q×60qである。写真 2はドイツのケルン市の画像で中央を流れる川はライン 川である。これらの写真の画像処理に要した時間は各々 約5時間であり,当所の汎用大型計算機ACOS-800 Uを用いた場合と比較すると約58倍のスピードである。 また,カナダのMDA社の高速処理システム(ミニコン +アレイプロセッサで構成されており,電波研システム とほぼ同等システムと考えられる)と比較しても約1.5 倍のスピードを持っている。


写真1 カナダ・ケベック州セントローレンス川周辺


写真2 ドイツ・ケルン市ライン川周辺

  おわりに
 SAR画像は航空写真のような光学写真とちがった特 徴があり,光学写真では得られなかった情報を取得でき る。これはSARがマイクロ波を使っているため地表面 や海洋面のroughnessや散乱断面積が画像化されている ことによる。例えば写真1の湖の部分に注目してみると, 暗く写っている部分は水面が隠やかであり,明るく写っ ている部分は波立っている部分であると考えられる。さ らに入江の所で川が流れているように見える部分は湖底 の深浅の差が水面の波立ち具合に影響している為と考え られる。同様のことは写真2についても言え,川面や飛 行場は平坦なため暗く写し出され,いろいろな建物のあ るケルン市街は明るく写し出されている。このように光 学写真では得られない情報を含んだSAR画像は地表状 態,構造・断層,土地利用開発情況,海洋波浪情況,海 洋汚染情況のモニタ等, 多方面への応用が期待できる。
 日本においては,昭和60年にSARを搭載した資源探 査衛星(ERS-1)の打上げが計画されているが, 定常的にSARデータが取得された場合の事を考えると より高速の処理が要請される。電波研究所では,本シス テムのハードウェア・ソフトウェアに改良を加えさらに 高速化を進める一方, SAR画像をリモートセンシング データとして有効に用いるため,様々な目的や用途に応 じたデ-タの解読法,すなわち,各種の測定対象物に対 する電波のレスポンス特性とそれに及ぼすパラメータの 影響についても研究を進めてゆく予定である。

(第一衛星計測研究室 篠塚 隆)




南極から新年のメッセージ


第23次南極越冬隊

 はるかに南極の地より新年の御挨拶を申し上げます。 ここ昭和基地では沈まぬ太陽の下で夏の建設作業が行わ れ,今が一年で最も忙しい時期です。基地の近くのペン ギンルッカリーでは既にヒナが生まれ,暖かい北の海へ 帰る準備をしています。
 南極で2度目の正月を迎えましたが,正月気分も束の 間で24次隊の山崎,田中両隊員との引継ぎや荷作り作業 に追われています。2月1日に越冬交代し,3月末に帰 国の予定です。昨年は日本の南極観測25周年にあたると 同時に,MAP(中層大気国際協同観測)の初年度でし た。
 私達は,VHFトップラレーダを設置し,ミニコンを 用いて散乱エコーのドップラ信号解析をリアルタイムで 行う実験を開始し,順調に観測を続けています。オーロ ラ現象に伴う電波オーロラと極光との相互関係,地磁気 脈動や地磁気擾乱に伴うエコーの性質やオーロラジェッ ト電流の速度ベクトルから極域の電場のふるまいを求め たり,流星エコーを利用して,高度80〜110qの風系を 調べることなど,多くの課題に新しいデータを提供しつ つあります。また,23次越冬隊はたくさんの新記録を体 験した隊で,9月4日には昭和基地開設以来の最低気温 (-45.3℃),年間43回というブリザードの最多記録,ま た7月にはIGY以来最大といわれる磁気嵐を経験し, 多くのすばらしいオーロラをカメラに撮るチャンスにも 恵まれました。


 さて,南極での電波利用は従来の短波通信を補うもの として,マリサットシステムが導入され,特にFAXの 利用度が高くなってきています。また,雪氷や測地関係 では,アイスレーダにより氷の性質を調べたり, NNSS(航行衛星)による氷河の流れの研究や時刻情報の人 手も行っています。今後は衛星によるデータ伝送,極域 擾乱による測位誤差やシンチレーションの問題など電波 の利用形態の変化に伴った新しい研究テーマが生れてく るものと思います。またミニコンは,既に4システムが 導入され,データの一次処理行っています。
 南極は,現在のところ男世帯ですが,スケールの大き な自然の中で,研究観測を行うには,若いエネルギーが 必要であり,一度は来る価値のある所だと思います。
 未知の研究分野の多い南極観測にできるだけ多くの人 が参加されるよう期待しています。

(五十嵐 喜良,倉谷 康和)




フィラデルフィアでのICC'82


鈴木 良昭

  はじめに
 昨年6月13日〜6月17日,米国フィラデルフィアで開 かれたInternational Conference on Communications '82に出席する機会を得たので報告する。ICCは今回 で第18回目であり,第8回以降,IEEEのCommunications Society の主催で毎年開催されている。開催地, フィラデルフィアは米国独立史上名高い土地であり,今 までにもここで数回本会議が開催されている。会場の Franklin Plaza Hotel は,市の中心部にあり,比較的 最近建設された大きなホテルである。参加者は総勢1600 名前後で, 日本からは電波研の他,NTT,KDD, NASDAとメーカおよび大学関係者等数十名が参加した。 講演は,二つのパネル討論と二つの講義を含む61のセッ ションに分類されて行われたが,常時,8〜9セッショ ンが並行して進められた。
  会議の概要
 初日, 6月13日は会議への参加歓迎のレセプションが 開かれ,実質的な講演は6月14日朝から6月17日昼にか けて行われた。メインテーマとして“The Digital Revolution” を掲げて開かれた今年のICCの発表件数は, パネル討論での問題提起を含めて328件で,そのうち日 本からの発表は34件であった。
 筆者は3日目のDomestic Communication Satellites のセッションで「日本のCSを用いたTDMAサイ トダイバーシチ切替実験」について発表を行った。そ の内容は昨年6月から,CSの応用実験として実施して きているサイトダイバーシチ通信実験について実験シ ステムと実験結果の一部を報告したものである。また, ダイバーシチ切替制御における最適な切替時間について, 実験結果をもとに衛星のスピン変動を考慮に入れた検討 結果を発表した。このセッションは,もともと日本から 設置の提案がなされたものだそうであるが,発表は全部 で5件で,聴講者は50名前後であった。
 サイトダイバーシチの関係では,カナダからの発表 があったが,このシステムは低仰角衛星通信における大 気屈折率のゆらぎや温度逆転層に起因する信号強度のゆ らぎの影響を軽減しようとするもので,サイト間距離約 100m程度と小さい。また,上りリンクの切替えも二つ の周波数を利用するもので我々の報告したシステムとは 異なるが,二つのルートの信号を切替える際の信号の重 複や欠損を避けるために可変遅延線を用いる点で類似点 もあり,興味をひいた。
 会議の2日目の昼には昼食会が,また3日目の夜には 夕食会が催された。かなり華やかな雰囲気で,席上,国 際通信に関する1982年度IEEE賞が東京大学の猪瀬氏に 贈呈される等の行事があった。
 会議3日目にはModern Digital Satellite/ Earth Station and Terrestrial Radio Systems に関する講 義が行われた。
 会議では電気通信の分野の広範囲にわたる発表討論 が行われたが,衛星通信関係のセッションは10と最も多 く,なかでもNASAの20/30GHzの衛星関係の論文が かなり出されていたのが目を引いた。世界的にも衛星通 信における高い周波数帯の開発が急務となってきている ことを示しており,この分野での我が国の先進性は大い に評価されるところであろう。


会場のFranklin Plaza Hotel

  おわりに
 この会議への日本の貢献度は大きく,日本からの発表 件数は全体の一割を越し,日本人参加者の数も米国在住 者も含めて相当の数であった。昼食会等で何人かの米国 研究者と話をすることができたが,電波研究所やCS実 験に関して相当高い評価をしているようであった。
 最後に本出張の機会を与えて下さった当所の関係の方 々に深く感謝の意を表します。




第2回原子時アルゴリズムシンポジウム
及びCPEM'82に出席して


吉村 和幸

  はじめに
 科学技術庁国際研究集会派遣費により,昭和57年6月 23日から7月1日まで米国コロラド州ボールダ市で開か れた第2回原子時アルゴリズムシンポジウム及び1982年 精密電磁気測定会議(CPEM,82)に出席する機会を得 たので,これらの概要について報告する。
 ボールダ市は国立標準局(NBS),通信科学研究所(ITS), 海洋大気庁(NOAA),コロラド大学(CU)などの所在す る研究学園都市であり,当研究所からも1〜2年置きく らいで科学技術庁の長期在外研究員が訪れる非常に良く 知られた所である。筆者も10年前に1年間滞在したこと があり,また4年前にも立ち寄っているなど馴みの深い 所である。
  第2回原子時アルゴリズムシンポジウム
 本シンポジウムは6月23日〜25日,NBSで開催された。 第1回目は丁度10年前,筆者の滞在しているとき開かれ, 主な議題は国際原子時(TAI)の確度の問題についてで あり,筆者も発表する機会を得た。今回の参加は10か国, 22機関から30名程度で,主な議題はTAIをはじめとする 原子時の季節変化の原因などについてである。参加して まず気がついたことは,10年前と顔ぶれがすっかり変っ てしまったことである。同じなのは,NBSのBarnes, Allanと筆者だけであり,Chi,(死去)Winkler,Cutler, Becker,Guinot,Costainなど時刻と標準(T&F)分 野の今日の基盤を確立するために活躍した当時のメンバ ーが見当らなかったのは寂しかった。これは,筆者自身 が衛星通信プロジェクトに最近5年間従事していて周波 数標準については久し振りのカムバックであったため特 にそう感じたのかもしれない。
 シンポジウムでは全部で16件の論文が報告されたが, 特徴的なものを幾つか紹介する。国際報時局(BIH)か らは現在のTAIの決定には28機関,120台の原子時計が 寄与していること,一次周波数標準器による測定により TAIの確度を±1×10^-13以内に保っていることなどが 報告された。ドイツ物理工学研究所(PTB),カナダ国立 研究院(NRC),及びBIHからは原子時の季節変化(例え ばpーpで2.5×10^-13)のデータが示され,原因としては 主にロランとパルスの気温変化による伝搬時間の変化で あり,更にロランC受信機やセシウム原子時計自身にも 季節変化がありうることが指摘された。NBSからはカル マンフィルタによる新しい原子時のアルゴリズムの開発 が3件報告された。この中で特徴的なことは,原子時計 の比較的長期の特性に影響する雑音モデルとして,従来 の白色FM雑音とフリッカFM雑音から白色FM雑音と ランダムウォーク雑音にしたことである。このモデルに ついては実際の商用セシウム時計のデータを使って正当 性を検証したとしているが,他の多くのデータがフリッ カFM雑音の有意な存在を明らかに示しており,疑問が 残った。
 当所からは,“Time Scale Research at RRL”と題し して原子時TA(RRL)のアルゴリズムの特徴,国際比 較結果,原子時計の維持運用,衛星による高確度時刻比 較システムなどの概要について報告した。また測位衛星 GPSやVLBIによる国際比較の計画にも触れたところ,こ の点に質問が最も多く出された。これは参加機関がジェッ ト推進研究所(JPL)や海軍研究所(NRL)などNASA と関係の深い所が多いためでも、あり,米国における T&F活動の主要な一面を示している。
  1982年精密電磁気測定会議(CPEM'82)
 CPEM'82は6月28日〜7月1月 コロラド大学で開 かれた。筆者が関係したのはT&F関係であるが,他に 日本からは電総研から数人参加したようであった。T&F 関係の報告は全部で15件でポスターセッションと一般講 演に分かれていたが,筆者の発表したCSによる時刻比 較実験に関する報告は前老に属した。ポスターセッショ ンはperson-to-personで説明するため言葉の障害が少な く,非常に気が楽であり,日本人向きだと思う。ただし, 約半日同じようなことを繰り返し話さなければならない という苦労もある。
 T&Fの特徴的報告の中にNBSの受動型水素メーザが ある。心臓部の大きさは10数p立方程度の小型で,周波 数ドリフトは商用セシウム程度,安定度も5×10^-15/τ= 1 week以下と優れているため,原子時TA(NBS)の中に 占める重みは高い。NRCからは一次標準器Cs-Xと3台 のCs-Yについての改善と運転結果が報告された。これ らは,1981年4月〜1982年2月の期間互いに2×10^-14以 下で周波数が一致していたということである。原子時の 一様性は原子時計の台数の平方根でしか改善されないか ら,NRCやNBSのような安定度の優れた(確度も高い) 標準器の開発を目指すことが原子時改善の正しい方向で あると思われる。
 筆者の報告したCSによる時刻比較実験は, Kバンド 車載局と他の局と組み合わせて共通時計で双方向伝送を 行うことにより, 1ns以下の確度で時刻伝送システムが 実現できること,局内遅延の評価も共通時計法を基準に することにより数nsの確度で行うことができたというも のであるが,参加者にお世辞抜きでVery good!の賞賛 をいただいた。この共通時計法のideaは今後高確度時刻 比較に広く利用されていくものと思われる。


ポスターセッション風景

  雑 感
 NBSのT&F Division Chiefとして長いこと活躍し ていたBarnesが退き,38才の若いSteinに代った。Stein は比較的最近Stanford大学からNBSに移ったのであるが, 古くから活躍している彼より10才以上年長のsection chief であるBeehlerやAllanを抜いて選ばれるところに,米国の 組織運営についての厳しい合理性があり,日本とは恐ら く決定的に違うところであろう。
 4年前にカナダと米国を訪れた時は円高のピークに近 く,こんなに物価が安いのなら是非ここに住みたいもの だという錯覚を感じた程であった。今回は交換レートが 260円〜270円/ドルである上,米国も物価高が浸透して いるらしく, 1日100ドルくらい必要なようであった。 また,滞在中レンタカーを借りたこともあって準備して いったドルは使い果たし,軽い気持で準備していった十 数万円の日本円もぎりぎりな状態であった。勿論,正規 にもらった旅費は全然足りず大幅赤字である。 旅費節約の関係から渡米手続き等について旅行会社は全 くno service であったこともあって,出発前日に米国 大使館,科学技術庁, ドル交換など忙しく走り廻るこ とになった。その上,飛行機の切符は出発当日空港渡し という,精神的にあまり有難くないこともあった。昨 今の厳しい情勢のため止むを得ぬことかもしれないが, 会議参加の準備などで何かと負担の多い期間であるから, もう少し余裕のもてる状況が欲しいと思うのは筆者ばか りではないようだ。
  おわりに
 ボールダ市では秋間氏御夫婦に大変お世話になった。 また,当研究所から名古屋大学水圏科学研究所に行かれ た田中浩助教授が大気科学研究国立センタ(NCAR)の Visitorで,更に当所から上滝主任研究官がNOAAに長期 在外研究員としてそれぞれボールダ市に滞在しておられ, 大変お世話になった。厚くお礼を申し上げます。今回の 学会出席の機会を与えていただいた若井所長,安田周波 数標準部長をはじめ,出張の手続き等でお世話になった 関係各位に深く感謝致します。

(周波数標準部 周波数標準値研究室長)


短   信


国際地球観測百年記念事業

 地球とその自然環境の解明にはこれまでに世界各国の 協力で実施された国際共同観測事業が大きく貢献してい る。本年は世界最初の国際協力事業(第1回国際極年) が実施されてから100周年,それにつづく第2回国際極 年実施後50年,国際地球観測年実施後25年にあたる。こ の記念すべき時期を迎えるにあたり,国際学術連合会議 は加入各国に適当な方法で記念事業を計画するよう要望 している。我が国では第2回国際極年に際して国内で観 測網を充実し,また国際地球観測年事業を契機に南極地 域観測事業を開始し,宇宙空間研究も発足させ,その後 の諸国際協力事業においても世界各国との協力のもとに 「地球とその環境の理解」及び学術交流・親善に大きく 貢献している。国際地球観測の歴史において意義深い年 を迎えるにあたり,関係科学者一同は先人の努力による 成果を顧み,一層の地球理解に役立つ諸事業を実施する こととなった。
 以上は昭和57年4月14〜16日に開催された日本学術会 議第85回総会において,国際協力事業特別委員会が行っ た声明である。この声明を受けて,同委員会の下に国際 地球観測百年記念事業推進委員会(委員長:伏見康治, 当所委員:若井登,同企画部会委員:羽倉幸雄)が設置 された。
 現在計画されている記念事業として,58年3月15日午 後,学術会議講堂において記念式典が挙行される。また 同日,上田誠也(固体地球),樋口敬二(気水圏),大林辰 蔵(地球周辺空間)の3氏による記念講演,記念展示会 の開催が予定されている他,パンフレット,記念メダル, 記念切手,記念刊行物の発行が計画されている。展示会 は57年5月,日本地球電気磁気学会(於国立極地研究所) の際実施された記念展示会(電波研ニュースNo. 75参照) と同程度のものが考えられている。



第8回日本−ESA行政官会議開催

 昨年の11月29,30の両日,東京で,第8回の日本− ESAの行政官会議が開催された。この会議は,宇宙開発 の分野における情報交換を通じて,この分野の日本− ESA間の協力,専門京の交換の促進などを目的としてお り,毎年1回,日本とヨーロッパで交互に開催されてき た。
 今回の会議では,全体会議で概要を報告した後,五つ の分科会において,それぞれの分野の開発状況と将来計 画に関する情報と意見の交換が活発に行われた。当所の 関係者が行った報告は次のとおりである。
 地球観測分科会:LASSO*実験の資料の必要性と有 用性についての検討結果(安田周波数標準部長),雨域 散乱計に関する研究概要と協同研究の可能性について (桜沢衛星計測部長)
 通信分科会:CS及びBS実験,EPIRB**実験,マ ルチビームアレイアンテナの開発(生島衛星通信部長), ETS-X*** による航空海事通信実験計画,多目的実 験衛星計画(塚本企画部長),VLBIシステムの開発と 実験計画(佐分利総合研究官)
 参考までに残りの3分科会名を挙げると,追跡,科学 及び宇宙用部品である。最後の全体会議で,各分科会の 討議概要の報告, 日本のロケットの開発経過と将来計画, アリアンロケットの開発計画の報告などの後両者の合意 事項,コンダクトポイントの確認が行われ,閉会した。
*  レーザを使った静止軌道利用時刻同期
** 非常用位置指示無線標識
*** 技術試験衛星X号



HFドップラ法による大気波動の予備観測

 電離層伝搬波は伝搬路上及び反射点における電子密度 の時間的変動に伴ないドップラ偏移を生じるので,この 偏移周波数を測定することにより種々の電離層擾乱を観 測することができる。中層大気国際協同観測計画(MAP, 1982〜1985年)では,この方法による大気波動の観 測は重要な研究課題の一つになっている。電波研はMAP に関連して,日本最北端から南端まで約5°毎に位置す る5地方観測所の地理的配置を有効に生かしたHFドッ プラ観測網の整備を進めており,57年度本所及び秋田の 装置が完成したので,電波伝搬研究室では装置の動作試 験を兼ねて11月中旬から約2か月間,平磯及び犬吠にお いてHFドップラ法による大気波動の予備観測を実施し た。この観測ではJJY5周波数(2.5,5,8,10,15MHz) を同時に受信して各周波数のドップラ偏移をリア ルタイム処理し,出力はチャートレコーダに記録され, 非常に良質のデータが得られており,所期の目的は達せ られた。