短波レーダによる海洋波浪観測


鹿島支所

  はじめに
 昭和57年度の科学技術振興調整費により,カナダとの 協力による北極圏,氷海域における海上輸送技術の開発 に関する調査,研究が実施される。その内容は氷海商船 そのものに関する研究と氷海航行支援技術に関する研究 の二つであり,後者のうち航空機・陸上からのリモート センシング技術の調査は当所が担当する。
 海洋波浪のリモートセンシングにはマイクロ波帯の電 波を用いての衛星等飛しょう体による方法と中短波帯を 用いての主として陸上からの方法が考えられている。衛 星を利用する場合には,電離層の影響の少ないマイクロ波 が適しており,比較的波長の短い表面張力波(波長1.7p 以下)による後方散乱断面積を測定し,その解析を通じ て洋上の風向,風速等を求める研究が盛んである。米国 のSEASATのプロジェクトが代表的な例である。また, マイクロ波帯の近接する二波長でのレーダ観測から得ら れるビート周波数成分を解析し,表面張力波が乗ってい る,より長波長の波浪情報を得ようとする研究がある。
 他方,海洋波浪エネルギーの大部分を占める波長の長 い重力波(波長1.7p以上,数百mにまで達する)を陸上 から観測しようとする場合には,中短波帯の電波が適し ており,受信散乱波をスペクトル分析することにより, 一次の散乱過程の解析から風向及び表面流の情報を,ま た二次の過程の解析から平均波高等の情報を得るための 応用研究が諸外国(米,英,仏等)で行われている。
 特に短波帯の電波を用いる場合には,電離層反射を利 用することにより海洋の観測距離を水平線を越えて (Over The Horizon)伸ばすことが可能になるのが大きな特徴で あり, この利点を有効に生かすことができればマイクロ 波センサを搭載した衛星観測システムに匹敵する, ある いは相補う海洋リモートセンシングシステムに成り得る。
  短波レーダの背景と海面散乱波
 短波レーダは,第2次世界大戦中の英国で,航空機探 索という軍事目的に沿って開発され,その動作時には海 面からの反射波が観測されていた。当時はその海面反射 波を敵機発見能力を制限するやっかいものとみて,その 影響を取り除くための努力が払われていた。
 短波帯電波の海洋波浪による散乱波に積極的な関心が 向くようになったのは,ニュージーランドのD. Crombie が,受信された海面散乱波のスペクトル分析を行った際 に一組の顕著なピーク(図1参照)を見出したことに始 まる(1955年)。正と負にほぼ同一量シフトした大きな スペクトルの存在が意味するものは,海洋表面が我々の 目には極めてランダムな運動をしているように見えるに もかかわらず,観測方向及びその反対方向に固有の速度 をもって運動する二つのターゲットを短波レーダが観測 していることである。


図1 海面散乱波のトップラスペクトラム
   送信周波数:13.4MHz
   規格化ドップラ周波数:0.374Hz

 深海洋上の重力波の位相速度はその波長(L)の平方 根に比例することが知られているので,上述の散乱に寄 与した重力波の波長は観測で得られたトップラシフトか ら計算でき,レーダ送信電波の波長(λ)の正確に1/2 であることがわかった。D. Crombieは,海洋表面は様々 な波長及び伝搬方向の波浪が形成する回折格子群のよう にふるまっており,それらのうちでL=λ/2の波長を有 し,かつレーダ観測方向又はその反対方向に運動する波 浪で構成される回折格子のみが波長λの送信波に対して 後方散乱を起こすと解釈した。図1において,レーダか ら遠ざかる方向に伝搬する波浪がA成分を与え,レーダ に近づく波浪がR成分を与えている。
  一次トップラスペクトルの特徴とその応用
 短波レーダの送信波として8〜30MHzを用いることに すれば,後方散乱によってレーダエコーを作る波浪の波 長は5〜18mである。通常, これらの波浪の振幅はレー ダ送信波長に比べて小さいので,この散乱現象を解析す るのに摂動近似が使える。一次及び二次の摂動理論から 観測されるスペクトル(図1参照)の特徴の多くが説明 できる。
  自己校正機能
 一次の散乱過程で生ずる散乱波のスペクトル(一次ド ップラスペクトル)強度は,その散乱に寄与する波浪の 波高に比例する。他方,上述の波長5〜18mの波浪は, 広い洋上ではほとんど常時吹いている風(〜5m/sec)によ り,その波高がそれ以上高くなると砕波に至るという限 界にまで発達している。従って,一組の一次ドップラ波 のうちの強い方(図1ではR成分)の強度は殆ど常時一 定であると考えられる。
 この事実から,強い方の強度を短波レーダの感度校正 用標準ターゲットとして利用できるわけで,特に電離層 反射を利用する際に問題となる電離層反射損失及びその 変動の除去に有用である。実際に,D. Barrick等国立海 洋大気庁(NOAA) のグループは電離層反射に依らない 海上伝搬波の観測結果が±2dBの範囲で一定であること を示した。
  洋上の風向測定
 図1のAとRの強度比はレーダ観測方向と観測海面上 の風向とのなす角度の指標になる。上述の波長帯の波浪 では,洋上風との相互作用により最大振幅となる波浪の 伝搬方向が洋上風の向きと速やかに一致する(10分程度) 性質を利用するもので,レーダ観測方向と風向が一致す る場合に比A/Rは最大となり,90度をなす場合には1と なる。
 A. Long等海軍研究所(NRL)のグループは観測方向 と風向が任意の角度をなす場合の経験則を得ており,電 離層反射を利用した北大西洋上のレーダ観測から導出し た風向分布と定点観測等による気象データとの比較を通 じてその手法の有用性を示している。
  海洋表面流の測定
 図1のA成分とR成分の上部に示されている△は,一 次ドップラのピークが現われるべき周波数の理論値と実 際の測定値の差であり,観測した洋上の重力波自体がな んらかの流れ(表面流:surface current)の上に乗って いたことを表している。図1の例では理論値よりプラ ス側にシフトしていることから,レーダに近づく成分を 有する(その大きさは△より計算でき,この例では22.5 p/secを与える)流れのあったことがわかる。
 従って,同一の海面を2方向から短波レーダで観測す れば,それぞれの方向について得られる流れの成分を合 成することにより流れのベクトルが求められる。
 海洋表面上の流れの存在及び流れの変化の情報が得ら れることは,例えば座礁したタンカー等から流れ出る原 油の拡散防止の措置を取ることを想定しても非常に重要 であることがわかる。また,冒頭に述べた氷海航行支援 技術との関係では,航行の妨げとなる流氷の移動予測技 術に直結しよう。
  CODAR
 以下に,NOAAのD. Barrick等が開発し,今なお広範 な観測実験を通じてデータ解析手法の改善等に取り組ん でいる,可搬型の海洋表面流観測用短波レーダシステム (Coastal Ocean Dynamics Radar)について簡単に述 べる。
 システムは,海岸線に沿って30q程度離して設置され る同一仕様の2台の短波レーダで構成される。その諸元 を表に示す。通常のレーダシステムでは,方位方向の分 解能を高めるために受信アンテナの開口径を可能な限り 大きくしようとするのに対し,このシステムでは特殊な 方法を採用することにより小型化に成功したのが大きな 特徴である。約4m間隔で海岸線と平行に並べた3本の 受信アンテナをパルス毎に切り換え,各レンジゲートで 受信された特定のドップラ成分について各アンテナ間で の受信位相差を計算し,その成分の到来方向を求める。


表 CODARの諸元

 システム全体の性能として,各レーダサイトからのレ ンジ方向的70qの範囲内の約3q×3qの格子点につい て10p/secの精度で流れのベクトルが測定できると報告 されている。CODARによるメキシコ湾表面流ベクトル の測定例を図2に示す。


図2 メキシコ湾表面流の測定例

  津波警報への応用
 上記の性能を有する短波レーダシステムを用いて,沿 岸から数10qの沖合で津波の第一波を検出できれば,そ の時点から津波がさらに進行し沿岸を襲うに到るまでの 時間を,必要な対策をとるための貴重な時間にあてるこ とができる。
 沿岸から遠く離れた深海底で起きた地震等によって発 生した津波の波高はそれほど大きくなく,通常数10p以 下と言われており,この低さのために深海上の津波は検 出し難い。この深海上では目立たぬ津波も洋上を伝搬し て沿岸に近づき,海底が浅くなるにつれてその波高を増 す。その結果,津波の到来によってひき起こされる海面の 流れの速度は海底が浅くなるにつれて増加し,その値が 10p/secを超えれば前述の短波レーダシステムで検出可 能となる。
 海底の浅くなる割合を1qにつき3mと仮定すれば, 深海上で発生した波高20pの津波は沖合60qのとこ ろで検出され,警報時間として約47分が得られると D. Barrickは計算している。実際にこの津波が沿岸に 達した時点での波高値に興味があるが,B. Kinsmanの 伝搬理論が適用できるとすれば海底までの深さ3mの地 点で約1.2mとなる。従って,上述の規模の津波について 警報ができれば実用上の利用価値が高いと思われる。
  二次ドップラスペクトルの特徴とその応用
 一次ドップラスペクトルの強度の観測は,その送信波 長及び観測方向で決まる特定の波長及び方向の波浪の波 高情報で得られることがわかった。従って,広い周波数 帯を掃引できかつビーム幅の狭い短波レーダを開発する ことにより重力波の波高スペクトルを求めることが可能 であるが,@各周波数での利得及び伝搬損失を正確に知 ることの困難さ,A通信等の目的で世界中で使用されて いる周波数帯に与える妨害,B数qにも及ぶ巨大なアレ ーアンテナが必要になる等の問題がある。
 そこで研究者の関心は,一次ドッブラ成分以外の連続 成分(図1参照)の解釈に向けられるようになった。連 続成分は,全ての波長の波浪の組合せ(散乱過程でエネ ルギー及び運動量保存則を満たすための制約がある)に よって引き起こされるので海洋表面に関する情報をより多 く含んでいると言える。さらに,一次成分の強度で規格 化することにより伝搬損失及びアンテナ利得等の未知量 を消去できる(自己校正機能)ので,海洋波浪パラメー タの絶対値が得られることが大きな特徴である。
 二次の散乱過程を記述する方程式には,散乱に寄与す る二つの波浪(可能な組合せは多数ある)に対応する波 高スペクトルの積の積分が現れる。 従って,受信散乱 波のドップラ解析で得られる二次の成分の振幅を測定す ることにより,波浪の平均波高に関する情報が得られる。
 波長がそれほど長くない重力波の波高は洋上風の強さの 変化にかなり速く追随するので,この平均波高の観測か ら洋上の風速情報を求めることも可能である。
 また,上述の波高スペクトルの方向依存性と周波数依 存性が分離できるとするモデルを使って積分を逆変換す ることにより,波浪の方向性に関する情報を抽出する研 究がB. Lipa等スタンホード調査研究所(SRI)や国立海 洋大気庁(NOAA)のグループにより取り組まれている。
  おわりに
 短波レーダによる海洋波浪パラメータの測定原理にっ いてNOAA及びNRL等の研究状況をまじえながら概説 した。NOAAで開発された海上伝搬波による海洋表面流 観測システムはほぼ完成の域にある。電離層反射を利用 しての広域探査に実用上の魅力はより強いが,そこには 電離層の変動あるいは異なる層からの反射の多重効果等 による海面散乱波信号の劣化が伴うので,実施にあたっ て解決しなければならない問題が多い。それらの点につ いては本ニュースに続編として紹介されることになって いる。
 我が国の海洋観測用短波レーダ研究の状況については 我々の知る範囲では,過去に気象研究所,海上保安庁等 で計画されたが本格的な実施には至らず,また当所では ロランA(〜1.85MHz)電波を利用した基礎研究の段階で 止まっている。
 当所には太平洋を望む絶好の地に平磯支所,鹿島支所 犬吠電波観測所等を有していること,そしてなによりも 永年の電離層研究の成果が蓄積されていることを考え合 わせると,当所ほど本研究テーマに取り組むのに適した 機関は無いと恐れる。
 振興調整費によるフィージビリティスタディヘの参加 が,短波レーダによる海洋波浪観測の本格的研究を開始 する強力なトリガーとなるよう望んでいる。

(第一宇宙通信研究室長 猪股英行)




ディジタル通信方式の将来


通信機器部

  はじめに
 これからの通信ということで最近注目を集めているも のに,ディジタル通信がある。内外学術誌の如何を問わ ず通信形態の将来動向を話題にした記事のほとんどが現 在のアナログ通信に代ってディジタル通信時代が来るこ とを予測している。それでは,ディジタル通信とは一体 何であろうか?。簡単に言うと連続して変化するアナ ログ信号の代りに「1」と「0」といった離散的な符号を使 って通信することである。これだけのことであるが, こ の連続から離散への変革が様々な利点を生みだす。たと えば音声の秘話が簡単に行える,音声と同時にコンピュ ータ等のデータやファクシミリなどの画像伝送が一体化 して行える。交信相手の瞬時識別や定形情報伝送が簡単 になる等々である。それでは,なぜ,最近になってディ ジタル化推進が活発になったかという疑問がわくが,こ れに対しては次のような理由をあげることができる。 @コンピュータ時代に入り,情報をディジタル形式で扱 う要求が増大したこと,A伝送内容が多様化しあらゆる 情報を一元化して扱う必要がでて来たこと,B通信量の 増大に伴い,通信を高密度で行う必要がでて来たこと, Cディジタル形式での信号処理技術が格段の進歩をとげ, それをささえるハード技術がVLSI技術の進歩により実 現可能になり小形化,低廉化が期待できるなどがあげら れる。
 このような背景から,衛星回線と固定マイクロ回線へ のディジタル通信技術導入は積極的に行われ,ほとんど 完成の域にあり,更に一層の効率化をはかる努力がなさ れている。これに対し,陸上移動通信に適用する場合は 様々な障害があり,これらの問題解決が当面の課題であ る。
 本文ではディジタル通信システムの構成を述べた後, 周波数有効利用の立場から見たディジタル技術と陸上移 動通信への適用方法について述べる。
  ディジタル通信システムの構成
 一般的なディジタル通信システムの構成図を図1に示 す。まず送信したい信号をA-D変換により,ディジタ ル信号にする。これ以後は情報の中味に左右されず2値 信号として一元的に処理できるので,ディジタル化の利 点が得られる。この信号に冗長度を付加する操作が誤り 制御符号化であるが,これによって伝送中に発生する符 号誤りを検出したり訂正することができる。パルス整形 は変調後のスペクトル分布の広がりを抑えるとか,符号 間干渉を制御する目的でパルス波形に重みづけを行う。 これまでに処理された2値信号と搬送波を組み合わせるのが 変調であるが,変調後のスペクトル操作のためここでも帯 域制限などが行われる。電波がアンテナより空中に発射 され,相手方受信機に到達するが,この通路が伝送路で ある。ここでは対象とする通路により異なるが信号のエ ネルギーが四散する。四散したエネルギーを効率よく集 めようとする技術がダイバーシチである。受信された信 号は帯域外の雑音を除くために再び帯域制限された後, 復調により変調信号が取り出される。伝送路の状態が時 間的に変動したりフィルタ特性が理想的でない場合,等 化という操作で信号のひずみを補正する。その後2値情 報の判定を行うが伝送路上で符号誤りが生じている場合 がある。このため送信側で付加した冗長度により誤り訂 正,又は検出が誤り制御復号で行われる。最後に決定さ れたディジタル2値信号からD-A変換により,アナログ 信号が出力される。


図1 ディジタル通信システムの構成

  ディジタル技術概観
 周波数有効利用の尺度の一つを,次のように表すこと ができる。スペクトル効率(E)=全運ばれた情報(I)/ 使用されたスペクトル空間(S)。ただし,スペクトル空 間(S)=帯域幅(B)×物理的な空間(Ps)×通信時間(T)。 周波数有効利用をはかるということは,Iを固定した場 合Sをできるだけ小さくすることである。陸上移動通信 の歴史をふり返って見ると,Bの縮小は従来狭帯域通信 方式の開発で実現され,Psの縮小は小ゾーン構成によ る周波数再利用等で検討されてきた。Tの縮小に符合す るものはないが,強いてあげればMCA(マルチ・チャ ネル・アクセス)システムの実現などで具体化されて来 た。これらのうち,PsとTの縮小はシステム運用形態な どで実現できるのに対し,Bの縮小は通信や回路技術に 依存するのが特徴である。概してBの縮小を実現できる 変復調方式を完成させ,その後,PsとTを検討するのが 通例であった。アナログ通信の場合Bの縮小はこれまで 隣接チャネルへのスペクトル漏洩を極力押える狭帯域通 信方式の実現に力が注がれてきた。しかしディジタル通 信では,それ以外のことも考える必要がある。すなわち ある総合帯域幅Wが与えられた場合,1チャネルの占有 帯域幅は大きいが稼動できるチャネル数が多ければ等価 的にBを縮小できるという考えがあるからである。以下 こうした立場から帯域幅の増減ということに話題を限っ てディジタル技術について述べる。
 帯域幅の増減についてはチャネル容量に関するShannon の有名な定理がある。この定理は帯域幅が与えられ SN比(1ビット当りの場合はEb/Noで表す)が規定さ れると誤りなく伝送できる最大情報伝送速度C(これを 通信容量とよぶ)が決定されるというものである。この 関係をグラフに示すと図2のようになる。Cを固定する と,C/W>0dBはWを狭くしていく領域で,狭帯域化に 応じ高Eb/Noを必要とする。逆にC/W<0dBはWを広 げる領域で,Eb/Noは少なくてすむ。極限においてEb /No=-1.6dBであるが,この限界はCよりほんのわず か帯域を広げるだけで到達できる。この定理を満足する 符号化方式は理想的なものであるが,一般的傾向として 低Eb/Noで通信を行うには広帯域を必要とし,高Eb/No が得られる場合は狭帯域通信が可能である。


図2 Eb/NoとC/Wの開係

 さて図1のシステム構成の中で,帯域操作のできる部 分を順次考えて見よう。はじめに帯域縮小について検討 する。音声信号のA-D変換には大きく分けて@波形符号 化とAパラメータ符号化がある。詳しくは触れないが, フェージングが発生する伝送路では今のところAは適用 不可能なため,@に属する適応デルタ変調が使われてい る。現状では16Kbpsの伝送速度が通信品質の許容限界 にあるが,まだ品質も低速度化も不満足で一層の研究開 発が望まれている。
 帯域縮小の主な操作はパルス整形と変調方式の組合せ により可能である。整形でロールオフ(スペクトルの肩 のけずり落し)を小さくとり@多用又はA多振幅あるい はB多用多振幅による変調で単位Hzあたりの伝送ピ ット数を増やすことができる。報告されているものにB に属する16値直交振幅変調(16QAM)方式があり,単位 Hzあたり5ビット伝送できる。二相PSK方式とくら べて,帯域が1/4に縮小されたが,必要SN比は約10dB 余計に必要である。移動通信では電力増幅器をC級動作 で使用することが多く,そのため狭帯域定包絡線変調方 式が多数完成されている。この方式は,急激な波形変化 を避けるよう相前後する数ビットにわたって重みつけ平 均を行い−このため符号間干渉が発生するが,これは故意 のものでその量は分っている−狭帯域化をはかることと 品質劣化をさけるため出来るだけ直交性を保存するとい う,相反する条件のトレードオフをうまく行い最後に FM変調を行うものである。この原理にもとずくものには Tamed FMやGMSKがある。このような変調方式でシ ステムを組む場合は,アナログ通信と同様の考え方にな ってしまい,これ以上の効率化はA-D変換の低速度化に 頼らざるを得ない。打解策は別の面から講じる必要があ る。
 次に帯域拡張について検討しよう。これは誤り制御符 号を採用することで実現でき,帯域増加の代償として必 要SN比を下げることができる。ディジタル化のメリッ トは正にこの技術が利用可能なところにある。現存する 符号化方式の性能比較や,変調による帯域縮小と符号化 による帯域拡張のトレードオフなどはすでに論じられて おり,衛星回線や深宇宙の通信に多くの使用実積がある。 移動通信と周波数有効利用を考えた場合,従来の加法性 白色ガウス雑音のみを妨害の対象とせずフェージング発 生と他局信号による干渉の下で符号利得が得られる誤り 制御符号の研究が必要である。
 広帯域化はフェージング対策にも威力を発揮する。た とえば信号の時間分解能が向上するため個々のマルチパ ス波を区別でき,それらを合成する方式(RAKE方式), フェージングを受けた場合信号の全周波数域が一度に劣 化するのではなく一部正常部分が残っていることから, そこを手がかりに信号検出を行う方式(周波数ダイバー シチ),正常な信号波形が得られるよう伝送路の伝達関数 を補正したり,波形等化によりダイバーシチ利得を得る 方式(implicit diversity) など多数の方法が選択できる。
  今後の方策
 次に周波数有効利用から見た陸上移動通信におけるデ ィジタル化について述べる。すでに述べたように,狭帯 域定包絡線変調方式は完成されており,スペクトル効率 (E)をあげるには今のところA-D変換の低速度化しかな い。しかし,ディジタル化することで高品質かつ多様な 情報伝送を可能にしようとする目的があるため,今後ま すます多くのビットを自由に送れる無線回線の要求が増 大すると思われる。これらを考慮すると従来の周波数分 割の考え方でEを増加する方法は行き詰ってしまう。その ため打開策としては,他局の干渉信号とスペクトルが重 畳しあった状態でも通信ができる方式−具体的には干渉 信号を自動的に除去する技術−の開発をはかり,スペク トル効率の高い周波数分割によるチャネル割当を可能に する必要がある。勿論信頼性向上のため広帯域化による ダイバーシチ技術を干渉信号除去技術と合わせて完成す ることが必要である。以上は周波数軸上での高密度化を ねらうものであるが,その次のテーマとしてはパケット 通信など時分割的な考えで時間軸上での高密度化がテー マとなるであろう。ランダムなパケット通信の場合時間 軸上で,干渉信号との衝突が発生するため干渉信号除去 技術が研究の主テーマになると思われる。以上に述べた 技術を包含した受信機は非常に複雑になりコストも高く なるが,今後の技術革新によって解決できるものと思う。 本稿は変復調技術の立場から論じてきたが,最後にフェ ージング対策には可変指向性アンテナと信号処理技術を 使用し,マルチパス効果を排除できる方法があることを 付言しておきたい。小型で携帯可能なこの種のアンテナ が陸上移動通信用として実現すれば,正に福音であり フェージングなど恐ろしくなくなる。所内はもとよりア ンテナ専門家にその完成を切にお願いする次第である。
  むすび
 これまで周波数有効利用をはかる立場からディジタル技 術を検討して来た。紙数の関係もあり,具体的な技術や 陸上移動通信におけるフェージング現象の詳細な説明は 省略した。そのためここで述べた方針を完成させ得る技 術が生みだせるかという疑問がわくのが当然と思われる が,将来にむかって,大きな目標をたてて,着実に研究 開発を心掛けたい。

(通信方式研究室長 横山光雄)




アジア太平洋電気通信共同体(APT)セミナー印象記


畚野 信義

 Asia-Pacific Telecommunity(APT)のセミナーが 「衛星通信」をテーマとして,7月20〜24日バンコックで 開催された。APT前事務次長の服部雅美氏の尽力によ り,当所の栗原前所長(IFRB委員)が基調演説と特 別講演をされることになり,郵政省が強力にバックアッ プして講師団が派遣された。栗原氏の草稿についても電 波監理局宇宙通信開発課,当所衛星通信部,鹿島支所で 集められた資料をもとに企画部がとりまとめを手伝った。 そのため突然私が栗原氏のカバン持ち兼講師として,海 外通信放送コンサルティング協力(JTEC)の依頼出張 の形で出席することになった。まさに突然ヒョウタンか らコマというという感じで,「ところでAPTとは何?」 ということから勉強するという有様であった。APT及び 今回のセミナーについては宇宙通信企画課の森調査官の報告 が電波時報昭和57年5号に掲載されているので参照して戴く ことにして,ここでは私の印象・感想を中心の見聞記とする。
 まずこのセミナーはセミナーの形をとる専門家会議と いったもので,出席者は各国又は団体の代表となってお り,議場の配置,議事の進行はものものしい。発言する 場合も,まず目の前のマイクのボタンを押す,議長が指 名し発言許可のボタンを押す,マイクのONを示すラン プがつくという手続きが必要で,議長による指名もいち いちDistinguished Delegate from「   」という大変 な呼び方である。又セミナーの最終日には報告と勧告 といういわば共同声明的なものを採択したが,いろいろ なかけひきのためまとまるまでに長時間のやりとりがあった。 国際会議でのかけひきの空気(ここでは田舎芝居であったろ うが)や発言のタイミングのようなものを知ることが出来た。 この地域の通信衛星所有国は日本以外はインドネシア,インド オーストラリア(計画中)であるが,日本とこれら3国との 間にも大きな実力の差があり,更に他の諸国とは実情が あまりにも違いすぎ,我々の講演は発展途上国からの出 席者にとってセミナーにふさわしい内容を持っていたが 一方浮き上っているという感じが時折した。セミナーは 22日(木)のシラチャ地球局(有名なリゾートエリアであ るパタヤビーチの近く)見学をはさんで火曜から土曜迄 早朝から夕方迄ぎっしりとつまったスケジュールで行わ れた。私は国際学会等へ出席した時,くだらん講演だと思 えば30分でも会場を抜け出し,周囲をうろついて買い食 い等をするのを常としているが,Distinguished-Delegate from Japan 等と呼ばれるとそれもままならず, 夜は タイの郵便,電報,電話関係の三つの機関交互のレセプ ション,電気通信関係邦人会の招待等が次々とあり,と うとう出発前日の日曜の午前以外夜昼ともに全く自由時 間を持つことが許されなかった。本文の副題を「バンコ ック抑留記」としようかと迷ったものである。バンコッ ク空港に着いて,まずトイレでユニークなデザインの小 さな小便器におどろいた。丁度トラの口くらいの代物で ひょっとして食いつかれるのではないかと一瞬たじろい だ。町の風物はトラックを改造した乗合自動車等予備知 識通りのものであったが,市街地に入ると何か異様な感 じが迫って来た。しばらくしてそれは周囲の文字が一切 読めないせいだと気がついた。読めない字の国へ来たの は初めてで,大きなショックであった。文盲というのは どんなに大変なことかがわかったような気がした。時間 がなかったので夜のバンコックを効率よく見せてやろう という配慮か,レセプションの後でカラオケバー(バン コックのカラオケは人間の伴奏で,番号を指定すると直 ちに弾き始め,機械のように勝手に進まず歌い手に合わ せてくれる。),マッサージパーラー(前にアメリカのス ーパーマーケットのような広々した駐車場があり,中に 入ると昼をもあざむくように明るく照明された大きな 階段教室を思わせるヒナ壇に百人を軽く越す美女達が座 っており,客のいる薄暗い階段側との間はガラスで仕切 られている。これは大抵の事には驚かない年令になって いる私のドキモを抜くにも充分であった。周囲を見まわ してみたが最近下火になったとかで,悪名高い日本人の 団体は見当らなかった。)等へ稲村一等書記官自ら御案内 戴いた。唯一の半日の自由行動では,森調査官と一諸に 水上マーケットヘ行くことにした。伝馬船を細長くした 船の後尾にはカメラの雲台のようなものの上に千数百cc クラスの自動車エンジンの古手が取付けられ, 3メート ルは越すかというシャフトの先にスクリューが付いてい る。これをエンジンもろとも伝馬船の櫓のように自由自 在にあやつり,ものすごい爆音と共に狭い迷路のような 水路を,コレラ菌がウヨウヨしているに違いない真黒な 泥水のシブキあげながらフッ飛ばす。両側のジャングル の間から極彩色の号や,にぎやかなマーケット等が突然 現われて消える。水上住居の落し便所のすぐそばで,口, 顔,体を洗う女性,マーケットの近く等での陸上さなが らのbumper to bumperの渋滞とまさにスリルと変化に 富んだ約2時間のクルーズで,一週間の拘禁生活のフラ ストレーションが吹き飛んだ。しかし,口は一生懸命閉 じていたが鼻から入ったしぶきで,もし肺コレラなる病 気があれば濃厚感染してしまったに違いない。翌朝5時 起きで最後にもう一度トラの口にあいさつして空港を飛 び立つとき,この美しくて,汚くて,活気のあふれる国 へ次は自由な身分で来たいと思った。帰国後会議の記録 がドサッと届いた。林新事務次長,郵政省から出向の河 内氏(すばらしい好青年であった)とNTTからの中村 氏の努力の結晶である。APTは出資金(約40%)だけで なく活動もあってはじめて機能しているという印象で ある。

(企画部 第一課長)


タイダンス




CISPRストックホルム会議に出席して


杉浦 行

 1982年CISPR(国際無線障害特別委員会)会議は,表 のように,18か国112名の代表及び国際関係機関から7 名の代表が参加して,9月6日から17日までの12日間, スウェーデン国ストックホルム市郊外のソルナにある会 議施設で開催された。ストックホルム市は北緯約60度に 位置しており,会議期間中は日中でも気温15度程度で相 当肌寒かったが,会議では真剣な討論が行われたため寒 さを忘れる程であった。今回は,第22回総会,運営委員 会,AからFまでの小委員会及び関連Working Groupの 会議が開かれ,審議された議題も多かったため,時には 朝8時半からad hoc Group会議も開かれ,幾分窮屈な 会議日程であった。
 今回日本からは17件の寄与文書を提出したが,参加し た10名の日本代表は,それぞれ関係小委員会等の会議に 出席し,文書の説明を行い,日本の意見を会議に反映さ せるために熱心に討論に加ったった。また代表のほとんど が会議場近くのホテルに宿泊したため,各国代表と顔を 合せる機会が多く,交流を充分に深めることができた。


表 各国及び関係機関からの出席代表者数

 今会議の中で,電波研究所が特に関係しているのは無 線妨害波測定に関するA小委員会(Sub-Committee A) なので,以下にこの小委員会の主な審論結果を示す。 Sub-Committee A;無線妨害波測定及び統計的手法
1. 擬似電源回路網の特性及び使用範囲に関するPubl. 16の修正案は既に各国の投票にかけられたが,技術的 意見が多く出されたため, これを修正し,再度各国の 意見を聞くことになった。
2. 妨害波測定器のしゅへい効果に関するPubl. 16の修 正案は各国の投票にかけられることになった。
3. 反射箱を利用してマイクロ波帯の機器からの妨害波 を測定する方法も規格として,各国の投票にかけられ ることになった。
4. オープンフィールド・テストサイトの研究課題案は 電波無反射室に関する研究課題も含めて承認された。
5. 準尖頭値検波器付スペクトル・アナライザの利用に ついて,新しく研究課題を作ることになった。
以上の主な審議結果の内,2,3,5項及び妨害波測定 器のパルス応答については,当研究所が作成した寄与文 書が審議され,その内容のほとんどが最終案に反映され た。
 またCISPR会議期問中の9月10日に,工業・科学 ・医療機器(ISM機器)から放射される妨害波の許容 値を検討するCCIR IWP1/4の非公式会議が開か れたため,これにも参加した。参加者は全部で17名であ ったが,議長及び幹事を除いてすべてCISPR会議の 各国代表及び関係機関代表で占められていた。会議の内 容は,各国が許容値に関する提案や意見をもっと積極的 に提出するようにとの要請が議長から出されたため,こ れについての具体的な意見の交換であった。
 なお,今回のCISPR会議及びIWP1/4会議の詳 細な審議結果は,電波技術審議会第3部会の報告書とし てまとめられている。
 1973年のWest Bong Branch会議以後,今回の CISPRストックホルム会議は9回目の会議であるが,日 本からは毎回10名以上の代表が参加しており,寄与文書 の数も年々増加している。これらの文書は会議において 極めて重要な役割を果しているため,各国も日本の寄与 を期待し,日本に対して意見を求めることが多くなって きている。また日本代表と食事を共にして歓談したり, 日本代表の部屋で議論をする外国代表の数も増えてきて いる。このように,日本のこれまでの実績を各国が高く 評価しており,ようやく日本も欧米諸国と対等の地位を 確保し,CISPRの主要国の一つになったと思われる。 今後さらにCISPR会議において,我が国の意見を反 映させ,積極的に貢献してゆくためにも,関係機関の一 層の御援助を切望致します。
 終りに,今会議に参加する機会を与えて下さった当所, 電波監理局の関係者に深謝致します。

(通信機器部 標準測定研究室長)


王 宮


短   信


桧垣郵政大臣視察

 2月26日(水)午前11時35分桧垣郵政大臣が本所視察 のため来所された。直ちに当所幹部(部長以上)に対し ての引見が行われ,大臣から激励の挨拶があった。
 昼食終了後若井所長から本所の沿革及び研究活動の概 要報告を受けられた後,2時間にわたって主要な研究施 設並びに研究状況を熱心に視察された。
 視察内容は,航空・海上技術衛星(AMES)の研究 開発,周波数拡散多元接続通信方式(SSRA)の研究 開発,マルチビームアンテナの研究開発,超長基線電波 干渉計システム(VLBI)の研究及び原子標準の研究, 標準電波及びうるう秒,ミリ波伝搬実験,CS車載局実験 のデモンストレーション等を見られ,短時間の視察であっ たが各項目に深い関心と理解を示された。
 なお,今回の視察には鍋倉秘書官,高橋電波監理局審 議官及び産経,朝日,日刊工業,日経,読売,毎日の6社 の記者が同行された。


▲視察中の桧垣郵政大臣



マルチビーム形成回路の開発

 衛星通信部第三衛星通信研究室では,移動体衛星通信 や衛星間データ中継に適したマルチビームアレーアンテ ナの研究を進めているが,このほどこのアンテナの心臓 部に当るビーム形成回路(BFN)を新たに開発した。
 BFNというのは各素子アンテナの信号を合成し,方 向の異なる多数のビームを同時に作り出すマトリクス回 路で,今回開発したのはIF帯でビーム形成をする,19 素子,19ビーム用BFNである。当所では,素子配列や ビーム配列の対称性を利用するという新しい構成法によ り,複雑なBFNマトリクスを大幅に単純化することに 成功した。各種試験の結果をESAが開発した同規模の BFNと比較すると,小形・軽量化と共にビーム形成精 度,広帯域化,低消費電力化等電気性能の向上も同時に 実現できることが明らかとなった。なお本考案は現在日 ・米両国の特許を申請中である。
 今後,アレーアンテナ,送受信モジュール等を開発し 上記BFNと組合せ,マルチビームアレーアンテナを完 成させる予定である。


▲19×19マルチビーム形成回路



科学技術週間に公開

 本年の科学技術週間は,4月18日〜24日までの間実施 され,当所も久しぶりに,重点プロジェクトを中心に参 加することになりました。
 御多忙中とは存じますが,多数御来所くださるよう御 案内申し上げます。
  公開日時  昭和58年4月19日(火)10時〜16時
  公開場所  本所
  公開項目  50GHz帯簡易映像・音声伝送実験, 暮らしをささえる新しい陸上移動通信, 電波によるリモートセンシング, 大陸間距離を測る,船と家庭を衛星で 結ぶなど11項目
 なお,毎年夏に実施しています一般公開は例年どおり 行ないます。