短波Skywaveレーダ


企 画 部

  はじめに
 従来,VHF以下の比較的低い周波数領域は,帯域幅が 広くとれないこと,ビーム幅を狭めることが難しいこと, 大気雑音レベルが高いこと,この周波数帯がすでに混ん でいることなどの理由で,通常のレーダにはほとんど使 用されなかった。しかしながら,このような多くの難点 にもかかわらず,短波帯の電波が電離層での反射によっ て,見通し外の遠方に到達し得るという特長を持ってい るため,最近レーダへの応用が注目されている。
 短波帯の電波を用いたレーダ(HF波レーダ)の探査可 能距離は電離層による一回反射を利用することにより, 1,000〜4,000qとなり,通常のマイクロ波レーダの10倍 程度の遠方を探査することが可能である。
 HF波レーダの探査対象となる物体(ターゲット)は通 常のマイクロ波レーダのそれと同じように,飛行機,ミ サイル,船舶などがあるが,それらに加えてこのレーダ の波長がマイクロ波よりも長いことから,海面情報,オ ーロラ,流星,地勢などもその対象に含まれる。
 一方,分解能を高めるためにレーダビーム幅を狭める 必要があるが,波長が長いのでアンテナの物理的規模が 極めて大きくなる難点がある。更に,分解能は電離層の 状態,使用周波数,探査距離やレーダ方程式に入ってく る諸パラメータで左右される。また,地表面からの反射 波(後方散乱波)は探査している対象からの反射波より も通常数オーダも強度が高い。したがって,受信電波よ り対象を抽出するにはドップラ検出方法を使用する必要 がある。
 最近,米国のみならず,カナダ,オーストラリアで実 利用を目的としたHF波レーダ(Over The Horizon Radar; OTHレーダ) 施設の建設が進められている。ここでは 主として米国のスタンフォード調査研究所 (Stanford Research Institute;SRI)によって運用されているOTHレ ーダの観測成果を紹介し,あわせて各国の開発の現状を 報告する。
  Skywaveレーダの特徴
 Skywaveレーダが短波帯の電波を使うこと及び電離 層の反射を利用することから,従来のマイクロ波レーダ にない特徴がいくつかある。
 Skywaveレーダでは通常,送信と受信が別のアンテ ナで行われる。電波の波長が長い(10〜100m)ので,ア ンテナのビーム幅を狭め,指向性を良くするためにアン テナを物理的に大きくする必要がある。例えば周波数が 15MHz の時,アレイアンテナを使って,ビーム幅(θB) を1°とするためには,その開口面を約1200m(〜λ/θB) としなければならない。更に,遠方にある探査対象物か らの反射波を充分な信号対雑音比(S/N)で受信するた めには送信電力を大きくする必要がある。しかし,大規 模なアンテナで大電力送信を行うことは莫大な経費がか かるため,普通は送信アンテナにはやや広いビーム特性 をもつ,比較的小規模なアンテナを使い,受信には鋭い ビーム特性をもつ大規模なアンテナを用いる。
 Skywaveレーダでは,探査対象物の大きさと電波の 波長がほぼ同じオーダとなるため,散乱断面積は共鳴領 域にある。したがって,飛行機や船舶などを探査対象と する場合マイクロ波レーダの散乱断面積(オプティカル 領域)に比べてしばしば大きな散乱断面積の値をとる。 しかし周波数が短波帯の低い方になるとターゲットの散 乱断面積はレーレ領域に入り急速に小さな値となる。
 Skywave レ-ダは電離層の反射を利用するため,受 信信号の質が電離層の状態で左右される。つまり,反射 波が複数の伝搬路を介して来た時や電離層自体の動きが 激しい時などにはデータの質が著しく低下する。そのた め,レーダを運用する際に,あらかじめ電離層の状態を 観測し,Skywaveレーダの運用に最適な周波数,距離ゲ イトなどを決める必要がある。
  米国SRIのSkywaveレーダ
 カリフォルニアにあるスタンフォード国際調査研究所 (SRI International)では,Skywaveレーダによる短波 後方散乱の実験を行っている(第1図)。送信,受信シス テムは周波数6〜30MHzで稼動しており,バイスタティ ックな周波数掃引連続波(SFCW)モードで運用される。


図1 米国SRIのOTHレーダ

 送信所はカリフォルニア州のロスト・ヒルにあり, 2 台のHF送信機を用いて20kWの電力を発射する。送信ア ンテナは2基あり,西方向に電波を発射するときには18 素子の対数周期アンテナを使い,東方向には18素子の三 角型折り返しモノポール(FTM)アンテナを使用する。 これら主アンテナの方位角方向のビーム幅は6°(周波数 15MHz)となっている。また,ビームは方位角方向に± 30°の範囲で4°ステップで振ることができる。更に,低 仰角発射の際の利得の劣化を防ぐため180m幅でグラン ド・マットが敷設されている。
 送信所には上記の主アンテナの他に電離層のモニタを 行うための後方散乱波用として回転可能な対数周期アン テナを,また垂直打上げ用としてデルタアンテナを使っ ている。
 受信所は送信所から約185q離れたロス・バノスにあ る。受信アンテナは南北方向に沿った全長2.5qのアレ イアンテナで,等間隔(10m)に設置された256対の垂直 モノポールアンテナ対でできている。それぞれのアンテ ナ対は高さ5.5mのモノポールが4.17m間隔で立ってお り,両者の位相差を用いてアンテナ指向性の東西方向を 選択する。このアレイアンテナの前後利得化は13dBで ある。
 低仰角での放射特性を良くし,アンテナのインピーダ ンスを安定化するため,幅22m,長さ2.6qにわたって 約0.6mの大きさの網目でグランドマットを施してある。 アンテナ素子はインピーダンス整合をとらずに用いるが, 給電の途中に低雑音増幅器を挿入し,6〜26MHzの周 波数領域でアレイアンテナの理論的指向性利得と同等に なるようにしてある。
 受信アレイアンテナのビームはビーム形成器により, 7つの扇形ビームとなる。ビーム幅は周波数15MHzで 0.5°となり,中心のビームからそれぞれ±0.25°,±0.5° 及び±1°離れた方位角特性となっている。中心ビームの 方位角方向の回転角は真東(90°),真西(270°)を中心 にした±32°の範囲で0.25°きぎみで振ることができる。 このレーダの最小のモニタ領域は視線方向に3q,方位 角方向に約15qである。
  Skywaveレーダの応用
1. 海面のモニタ
 海面からの反射エコーは一連の波浪がちょうど回折格 子の役目を果し, レーダの電波の波長が海洋波浪の波長 の2倍となる波浪成分によって散乱された,強度の強い 一次エコー,及びこのエコーの周りにある海面情報を多 く含んだ強度のより小さい高次エコーがある。一次エコ ーから海上風の方向及び海面流が求まる。二次エコーの 解析から実効的波高値や波浪のスペクトルが得られる。
 海上の風向の作図は台風の位置の決定や追跡に有効な 方法である。風向の測定は一次エコーから求まるので, 電離層の状態が悪くても精度良く求めることができる。 第2図にSRIのSkywaveレーダによる台風の追跡結果及 び飛行機,人工衛星,マイクロ波レーダなどの観測から 得られた米国国立ハリケーンセンター(NHC)発表の台 風の行路を合わせて示した。両者の行路の平均的な相違 は19qであった。カリフォルニアのレーダ基地からメキ シコ湾上の台風まで3,000q程離れているにもかかわら ず両者は良く一致している。


図2 メキシコ湾上のハリケーンの追跡

 波高値及び波浪スペクトルの情報は高次エコーに含ま れるため,電離層伝搬の状態が良い時に観測し得る。こ れまでのSkywaveレーダによる観測値とブイによる海面 の直接測定結果との不一致の程度は,測定の推定誤差よ りも小さくなっている。更に,最近では周期が極めて長 い“うねり”の周期,高さ,方向などもレーダで測定さ れており,海上での直接測定の値と10%以内の誤差で一 致している。
2. その他の応用例
 飛行機などの飛翔体や船舶の運行監視がSkywaveレー ダで行われている。レーダ基地から約1,300q離れた太 平洋上を約1,000q/時の速度で運行する飛行機のモニタ 実験では,電離層がやや乱れているにもかかわらず,85 %の確率で飛行機の監視が行われた。このときの監視 精度は視線方向に37q,視線と垂直方向に15qで,また 速度は視線方向及び視線と垂直方向とも56q/時であっ た。
 気象前線では良く知られているように大気の徹しい運 動によって雷放電をはじめ多くの大気電気が発生し,放 電現象が生起している。Skywaveレーダでこれらの大気 放電現象をモニタし,気象の研究や予報,雷害防止に役 立てることができる。
 流星飛跡からのレーダ反射波は飛行機や船舶の監視に は妨害波となる。しかし,Skywaveレーダによって流星 エコーの特性を知り,地球物理学への応用がなされてい る。
 更に海氷の位置をSkywaveレーダで探査し,船の運行 や北方海上における海底資源の採掘作業へ情報を与える ことができる。
  各国のSkywaveレーダ
 カナダのSkywaveレーダ応用の主目的は海底油田の採 掘にあり,海流,波浪,風速などの海面情報のモニタ, 更に北極海の海氷の監視にある。カナダはレーダ設置場 所が高緯度にあるため,電波伝搬特性がオーロラや磁気 嵐の影響を受け易い。そのため受信信号の処理解析には 特別な研究が必要となるだろう。
 オーストラリアはジンダレにアメリカのSRIのOTHレ ーダとほぼ同規模のレーダを建設中である。オーストラ リア大陸の北側を通過する船舶の監視を主目的とする。
 英国ではバーミンガム大学とアップルトン研究所が共 同してモノスタティック・パルスレーダを用いた実験を 行っている。主に海面のリモートセンシングを行ってい る。
 フランスではパリ大学がモノスタティック・パルスレ ーダを用いて北海のリモートセンシングを行っている。
  おわりに
 アメリカをはじめカナダ, イギリス, フランス, オー ストラリアなどでSkywaveレーダが建設され,積極的に リモートセンシング技術の研究が行われている。現在, 海面情報のモニタ,台風の追跡,飛行機や船舶の監視な どに多くの成果が得られている。
 我が国は四方を海に囲まれており,Skywaveレーダを 設置する利益は多大であろう。北はベーリング海から南 はメラネシアまでの広大な地域が探査可能な領域となる。
 南方洋上の海面モニタを行うことにより,台風の発生, 移動方向が実時間で追跡できる。更に,船舶の運行に際 して,海面情報とくに波高値,海流方向,海洋風などの 情報を得ることは船の燃料費や航海時間の節減に役立つ。 また,大小の漁船,定期航路の商船やタンカーの運行の 監視,海難の監視や救助システムへの応用もできよう。
 一方,Skywaveレーダ観測の実施について問題点がい くつかある。施設の規模が極めて大きくなること。電離 層の反射を利用するため,観測データの信頼性が電離層 の状態に左右されること。更に,高出力送信,並びに高 感度受信のため,他局への妨害や逆に他の局からの干渉 対策なども実施に当って考慮すべきことだろう。

(企画部 主任研究官 上瀧 實)




国際地球観測百年を記念して


羽倉 幸雄

 今年3月15日,日本学術会議主催の国際地球観測百年 記念式典が挙行された。これは第1,2回国際極年(IPY :International Polar Year),国際地球観測年(IGY: International Geophysical Year)のそれぞれ100,50,25 周年にあたり,これらの国際共同観測事業が地球とその 自然環境の解明に大きく貢献したことを再認識し,過去 の成果を回顧すると共に今後の地球観測の在り方を展望 するためのものである。以下この百年間の国際地球観測 の歴史を便宜上三つの期間に分けて紹介する。
  IGY(1957−58)以前
 オーストリアの北極探険家Karl Weyprechtの発想 に基づき国際極地委員会が提案した第1回IPYは11か 国の参加をえて,1882年(明治15年)8月から1か年間 行われた。気象,地磁気,オーロラの3項目が北極周辺 12か所,中緯度地域の約30か所の観測所で行われ,我が 国も地磁気観測に参加した。因みにHertzが電磁波の実験 に成功したのは1887年であり,短波通信の経験からKennely とHeavtsioeが電離層仮説を提唱したのは第1回IPYの 20年後の1902年のことである。
 第1回IPYの50年後,1932年(昭和7年)8月から1 か年間,第2回IPYが実施された。参加国44,観測地点 数110を数えたが,我が国では富士山項に気象観測所が 開設され,柿岡の他に豊原(樺太)及び阿蘇(九州)に 地磁気観測所が設置された。この頃短波無線通信は既に 実用段階に入っており,我が国においても対欧米回線建 設のための基礎研究が行われていた。逓信省平磯出張所 (現電波研究所平磯支所)では北米,欧州からの短波電界 強度及び到来方向の測定を行い,IPY資料として報告し た。当時平磯出張所長であった難波氏によるとこれらの 電波は極光帯を伝搬するので,強度は常時変動し,地磁 気嵐時には杜絶し,電波伝搬の研究は即ち極域電離層の 研究でもあった。一方海軍研究所では昭和6年から電離 層観測機の開発に着手し,2,4MHzのパルスを目黒 で発射し神奈川県橘村で受信することにより電離層高の 測定を行っており,これもIPY観測項目に加えられた。 また,URSI (国際電波科学連合)の勧告により1932年 9月以降,太陽黒点(東京天文台),地磁気擾乱(柿岡地 磁気観測所)及び電離層実効高(海軍)のウルシグラム が日本無線電信株式会社(現KDD)小山送信所から放送 された。
 その後第二次大戦(1941−45年)に突入し,この間科 学における世界各国の相互連絡は杜絶する。しかし,軍 事目的のための電離層研究は盛んに行われ,我が国にお いても海軍,陸軍,逓信,文部4省協力による20数か所に 及ぶ電離層観測網が東アジア全域に展開された。この間 無線通信の研究を総合的に行うため,1941年3月文部省 に電波物理研究所が設立され,電波伝搬予報業務が開始 された。電離図作製の過程で電離層の赤道異常が発見さ れたことは有名である。
 終戦後,米軍将校D. K. Bailey氏の配慮により,電波 物理研究所で本邦における電離層観測を継続することと なり,これが現在の電波研究所における定常観測へとつ ながって来た。
 1947年に再開された電波予報業務,1951年に開始され た電波警報業務,そして1951年再開されたウルシグラム 放送業務もすべて当所が受け継いでいる。そして1957年7 月から1年半,地球環境の研究に革命的な進歩をもたら したIGYを迎えるのである。
   IGY
 IGYにおいては観測項目も大幅に増え,緯度・経度,重 力,地震,海洋,氷河,大気放射能,気象,地磁気,電 離層,大気光・極光,太陽活動,宇宙線と地球内部,地 球表層部,地球周辺空間の全域を対象とし,ロケット, 人工衛星による観測も加えられた。参加国は66を数え, 上記各項目に対する観測点は総計4,000に達した。我が国 は氷河以外の全種目に参加したが,当所は従来1時間毎 に行ってきた4地点における電離層垂直打上げ観測を15分 毎に強化し,電離層吸収測定(国分寺),電離層風の測定 (山川),電波雑音観測(大平)などを実施した。
 従来ウルシグラム放送で行ってきた観測情報の伝送能 率を向上し,これを用いて全世界が一斉に強化観測を行 う特別世界日(SWI)を決定,伝達するための国際世界 日業務(International World Day Service:IWDS, 現在のIUWDS)が設定されたのもIGYの功績である。当 所は西太平洋域警報センター(WPRWC)として,米, ソ,西欧と共にIWDSの運営に参加して大きな成果を挙 げた。当時の平磯は電波警報業務のための観測の整備が 進んでおり,また太陽地球間擾乱の基礎研究も充実して いたので,IUWS通信網を通じて即刻入手できる内外の 太陽・地球観測情報を加えて,SWI発令に力量を発揮 した。1957年9月13日,1958年2月11日など歴史的な大 擾乱を予報し,IGYの成功に貢献したものである。また 太陽電波バーストと地球嵐の相関,極冠吸収の発見など 画期的な研究成果が挙ったのもこの時である。
 IGY期間中の膨大な観測資料を収集し,世界中の研究 者の利用の便に供するため,各観測項目毎に少なくとも3 か所の世界資料センター(WDC)を開設することが決定 し,我が国は地磁気,大気光,宇宙線,及び電離層資料 センターを担当することになった。電離層の場合,米国 (A),ソ連(B),英国(C1)と並んで当所にC2センター が開設された。
 さて,IGY中に南極観測及びロケット観測が開始され たことは我が国の地球観測史に特筆されるべきビッグイ ベントであった。北半球中緯度の限られた地域でのみ観 測を行ってきた我が国の研究者が遥か南半球の極光帯の 一角と無限に拡がる宇宙空間を観測の足場として確保し たのである。
 IGYは第二次大戦後復活しつつあった各国の地球観測 に活力をあたえ,世界的な観測ネットワークの形成に貢 献した。観測情報伝達,警報発令のためのIUWDS,観 測資科有効利用のためのWDCの設立,そして時あたかも 太陽活動度極大期にあたり,数多くの太陽地球間振乱が 発生したことなどがこの国際共同事業を画期的な成功に 導いた。米ソの人工衛星打上げの成功によって宇宙時代 の幕が開けられたのもIGYであった。
  IGY以降
 IGYの際形成された地球観測網は多くの国によって維 持され,観測装置の精度向上,新しい観測手段の開発が 行われ今日に至っている。この間飛翔体による観測技術 も長足の進歩を遂げ,かっては真空であると考えられて いた惑星間空間は太陽コロナの延長であり, そこには 太陽風と呼ばれるプラズマの風が吹いており,地球の周 囲に磁気圏を形成していることが明らかにされた。すな わち,地上約50qから数千qに及ぶ電離圏の外側に磁気 圏があり,これら地球上層大気の状態は太陽活動度,太 陽風に支配されており,したがって,これら太陽地球間 空間はすべて我々の地球環境であって,国際協力によっ て常時観視すべきであるとの発想が生ずる。かくして, 50年,25年間隔で挙行された国際共同観測事業はIGY以 降,下記のように頻繁に行われている。
 ●太陽活動極小期国際観測年(IQSY,1964〜65年)
 ●太陽活動期国際観測年(IASY,1969年〜71年)
 ●太陽地球環境国際監視計画(MONSEE,1972年〜 77年)
 ●国際磁気圏観測(IMS,1976〜79年)
 ●中層大気国際協同観測(MAP,1982〜85年)
 IQSY及びIASYは太陽活動度極小及び極大期におけ る強化観測であるのに対して,MONSEEは太陽地球環 境を定常的にモニターすべきであるとの思想に基づく。 この間当所は平磯,犬吠,稚内,秋田,山川,国分寺に 亜熱帯の拠点沖縄(1972年6月以降)を加え日本列島全 域にわたる電離層観測,VLFからVHFに及ぶ広い周波数 スペクトルでの電波伝搬測定,太陽・宇宙電波測定,地 磁気観測,そして1966年以降カナダの電離層研究衛星 Alouette,ISISの受信などにより多角的な太陽地球環 境の監視を行ってきた。
 一方,IMS,MAPは地球周辺空間の特定領域の探査 に重点を置いた国際共同観測事業である。飛翔体による 電磁圏の直接探査を目的としたIMSは,我が国は有力な 衛星保有国として参加し,きく2号(ETS-U,1977年 2月23日打上げ),きょっこう(EXOS-A,1978年2 月4日),うめ2号(ISS-b,1978年2月26日),じき けん(EXOS-B,1978年9月16日)の4衛星によって 多彩な観測を行った。当所はISS-bによる汎世界的な 電離圏特性と電磁環境のサーベイ, ETS-Uによる 日本近傍上空の電離圏全域の観測を行い多大の成果を挙 げた。また1976年以降南極昭和基地でISIS衛星の受信 を行っている。
 現在中層大気(地上10〜120q)の総合観測MAPが進 行中である。中層大気はオゾン層,エアロゾルの存在す る成層圏,中間圏,及び下部電離圏と気象学的にも人類 の社会生活にとっても極めて重要な領域でありながら有 力な観測手段が少なかったために,ignorosphereと呼ば れ,地球大気中最も知識の乏しい領域であった。
 近年リモートセンシング技術が長足の進歩を遂げ,更 に電子計算機を利用しての大気モデリングなどが可能と なった時期を捉えて国際協同観測が行われている訳であ る。我が国では,中層大気の風系と波動,中層大気の組 成,エアロゾルと放射,南極中層大気の総合観測,デー タ解析・モデリングと五つの課題を設定してこれに参加 している。当所もまた幅広い周波数スペクトルにわたる 電波及び光波によるリモートセンシング,また日本列島 全域及び南極の各観測地点の地理的配置体制を活用して 13項目に及ぶMAPプロジェクトを推進中である。電離層 垂直打上げ観測を利用した斜入射システムは従来五つで あった観測点を15に増加し, より微細な電離層の変動も 捉えうる筈である。流星レーダ及び標準電波ドップラー 法による大気波動の観測,ロケット及び気球による中層 大気イオンの観測,南極におけるVHF極光ドップラ・ レーダによる極域超高層大気の観測などの強化観測の成 果が期待される。
  おわりに
 地球観測の歴史を概観して,電磁波がその情報伝達性 と遠隔探査性をもって如何に地球とその自然環境の開発 に貢献してきたかを再認識した。
 国際地球観測百年記念事業の一環として記念メダルの 発行が計画されている。図は福島 直氏(東大理)のデザ インである。古い諸君には馴染みのIGYマークとの相違 は太陽と磁気圏とオーロラが画かれている点である。こ の百年の間に太陽地球間物理という学問分野が誕生し, また我々の自然環境は地球内部,表層部に止まらず,電 離圏,磁気圏,そして惑星間空間へと拡がったことを示 しており,仲々の傑作である。今から更に百年後のIPY 200年記念にはどんな図案が登場するであろうか。

(電波部長)


国際地球観測百年記念メダル




第2回SSLG(宇宙分野における
      日米常設幹部連絡会)会議に出席して


所長  若井 登

  はじめに
 宇宙分野において日米が協力して調査・研究すること を目的として,昭和54年6月に設立された常設幹部連絡 会(Standing Senior Liaison Group)は,その第1回目 の会合を昭和55年11月東京において開催した。そしてそ の後は年に1回交互に場所をかえて開くよう申し合わさ れた。しかし昭和56年は諸般の都合で開催されず,第2 回会合は昭和57年11月8日から15日にかけてワシントン で開催された。当所は地殻プレート運動と通信衛星デー タ交換の二つの共同研究プロジェクトに参加しており, 私自身連絡会のメンバーでもあるので,本会合に出席す ることとなった。主催者であるNASAのベッグス長官は, 会期中にスペースシャトルの打上げ見学と,ケネディ, ジョンソン両宇宙センターの施設訪問をはさみ込んだ, 大へん効率的な日程を用意してくれたので,私共日本か らの参加者は米国の宇宙開発の現状について理解を深め ることができた。
 会議の模様,合意に達した事項の他に施設見聞記など を交え,ここに報告する。
  参加者・議事日程
 表1に示すように, 日本側からは,斉藤宇 宙開発委員会委員を初めとする13人(現地か らの2人を含む)が参加した。また米国側か らは,ベッグス長官を初めとする多数のNASA の幹部とプロジェクト担当者が参加した。


表1 第2回SSLG会議出席者

 会合は,従来の17項目の共同研究プロジェ クトと今回新たに提案された新プロジェクト について,予め詳細な討議をする予備会議 (11月8日)と,そこで作られた案を審議する 本会議(11月15日)から成る。予備会議は実 務レベルの話し合いなので,当所のVLBI計 画推進のため,たまたまゴダード宇宙飛行セ ンターに留学中の高橋冨士信主任研究官にも 出席してもらい,フリン博士と3人で地殻プ レート運動の研究プロジェクトの報告書案を 作り上げた。この予備会議には各項目の米側 担当者が多数出席した。
  審議状況
 表2に示す17項目は,大別して科学分野と応用分野 (番号に丸印)とに分けられるので,予備会議における審 議は,関係者が上記2分野に別れて並列に行った。9月 中旬頃会合の日程が米国側から発表されたのを受けて, 日本側の担当機関は,前回会議以降のプロジェクトの進 捗状況と今後の見通し等について,米国のそれぞれの担 当者と手紙またはテレックス等により十分な意見交換を 行って会議に臨んだ。従って予備会議の討議は順調に進 み,その日の内に報告書原案が作成された。


表2 宇宙分野の日米協力プロジェクト

 15日の本会議は,ベッグス長官による歓迎の辞と米側 のメンバー紹介を受けて,斉藤委員による日本側メンバ ーの紹介で始まった。次いでベッグズ長官は,先づ11月 11日に打ち上げられたスペースシャトル5号機(STS-5) が,SBS-C3とANIK-Cの二つの実用衛星の軌道投入 に成功したこと, しかし残念なことに予定した宇宙遊泳 は宇宙服のトラブルにより中止したことを紹介した。そ して米国宇宙開発計画を, スペースシャトルの利用の将 来計画及び宇宙基地計画に絞って説明したが,特に後者 については,目下全体構想を固めるための検討を進めて おり,日本,欧州等の参加による,国際協力プロジェク トとして強力に推進したい旨発言があった。これに対し て斉藤委員から日本の宇宙開発計画の主要事項について 説明を行った。次に17項目の協力プロジェクトのうち, 日本側が主体的に進める科学分野4項目と応用分野5項 目をそれぞれ小田教授と私が,またそれ以外の8項目を 一括してローゼンタール博士が,プロジェクトの経過と 今後の進め方について報告した。この17項目はすべて引 き続き協力を進めることが合意された後,米側から人工 衛星の利用によるレーザ測距に関する協力を新しいプロ ジェクトとしたい旨提案が行われ,これも合意された。
 次の審議事項は,米国の宇宙基地計画についてであり, ホッジ部長からこの計画の発足のいきさつ,NASA内の タスクフォースの編成,基地の構造案,国際協力問題等 が紹介された。また12月初旬には中間段階での検討状況 について,各国と意見交換の機会を作るので,日本から の積極的な提案を歓迎する旨述べられた。これを受けて 加藤局長から,日本では宇宙開発委員会内に特別部会を 設け,利用及び開発の面について約150のテーマを集め, 計画への参加の可能性を鋭意検討中であると説明した。
 その後の討議では,議論は宇宙基地問題に集中し,米 側から日本側が考えているテーマはいずれも参加可能で あること,居住等のライフサポート,日本側が付加する モジュールへのエネルギー等の供給は可能であること, 但し,米側の製作するメインモジュールと日本側モジュ ールとのインターフェイスはクリーンなものが望ましい こと等説明があった。
 前述のように,協力プロジェクトは予備会議での検討 を経ているので,全然討議の対象とならなかったが,こ こでは,当所に関連の深い次の3項目について,合意に 達した報告書のあらましを紹介する。
 先づVLBI計画の推進を内容とする地殻プレート運動 の研究についてのべる。報告書には,NASAからの情報 を得て,鹿島のK-3システムの開発は順調に行われて いること,昭和58年の秋にデータ処理機能確認のための 実験と打合せ会を開催し,59年初頭にはシステム全体の 機能確認のための最初の共同実験を行うこと,そしてそ の後の5年間に世界中のVLBI局と本格的測地実験を続 けること等が盛り込まれ合意された。
 次に実験用通信衛星データの交換の項目では,従来通 りデータ交換を継続することを確認した後,日本の通信 衛星CSを東に動かして, アラスカかハワイで準ミリ波 の伝搬実験を行いたいという提案が米側から出され,今 後この件について両国専門家が技術的検討を続けること となった。因みにこのSSLG会議の約2週間後に,当所 の小坂第二宇宙通信研究室長が技術的情報を携えて渡米 し,米側担当者Ippolito氏と会い意見交換を行っている。
 新規協力プロジェクトとして承認された「人工衛星レ ーザ測距による測地及び地球力学の研究」に関しては, 海上保安庁水路部が,日本測地系を世界測地系に結合す るため及び海洋測地網を確立するため,下里観測所にお いてすでに米国のラジオス衛星の測距観測を実施してい るので,この実績を踏まえて,日米共同観測の実施,観 測データ・軌道予報等の情報交換の面で両国が協力する こととなった。レーザによる測距は,VLBI法と共に測 地にとって有用な手段なので,NASA側はフリン博士が 両項目の担当者となった。この項目は水路部から依頼を うけて,私が予備会議での折衝,報告書のとりまとめを 担当した。
 会議の閉会に先立ち,斉藤委員から次回のSSLG会合 は1983年の秋以降東京で開催することとしたいと提案し 合意された。秋以降としたのは10月1日のNASA創立25 周年記念日を考慮したためである。
  NASA施設訪問
 「飛行機をオンブして何となくバランスの悪い巨大ロケ ットが,轟音と白橙2色の煙を残して,真青なフロリダ の空に吸いこまれてゆくと,観覧台と草原にあふれた数 千の群集からどよめきと拍手が湧き起こった。」こんな 風に,予定の打上げ時刻1982年11月11日7時19分(EST) と一秒も追わず,4人の宇宙飛行士をのせたスペースシ ャトル5号機が上ってゆくのを見た時,私は正に宇宙は 人間のものになったなと感じた。しかもSTS-5は軌道 上から通信衛星を2個放出して,採算のとれる宇宙運送 業の開店祝いを飾ったのである。
 このSTS-5の打上げをはさんで,10日にはケネディ 宇宙センターを,12日にはジョンソン宇宙センターを見 学した。ケネディ宇宙センターを一日がかりで廻ってみ て,過去四分の一世紀にわたって米国が国の威信と財力 と知力をかけて築き上げできたものの大きさが,ひしひ しと感じられた。宇宙開発の動機はいろいろあろう。特 に米国の場合,空軍博物館の多種多様のミサイルを見て も分るように,軍事が牽引車になっていたことは否めな い。しかしワニの住家の広大な沼地に,次から次へと発 射台を作り,より遠くより正確により重いものを宇宙に 打出してゆき,その終着駅ともみえた人類の月面着陸を 果すと,すぐさま宇宙定期バスに夢をひろげ,その 先には宇宙基地があるという,アメリカ人の創造力とそ れを受入れ実現させる社会の包容力には全く頭を下げざ るを得ない。これがケネディ宇宙センターで立ち並ぶ発 射台を見ながらの印象であった。
 生温いフロリダの風に送り出されて,次に訪れたヒュ ーストンのジョンソン宇宙センターでは,シャトルシミ ュレータの操縦席に座らせてもらったり,FCC(フラ イトコントロールセンター)で,コロンビア号の飛行状 況,地上との交信の模様,またANIK-C3の分離のビデ オを見せて貰ったりした。たまたま居合せたアメリカ初 の女性宇宙飛行士になる予定の可憐なサリーライド嬢と 記念撮影したのもここであった(写真参照)。


女性宇宙飛行士を囲んで

  おわりに
 今回のSSLG会議は,新規を含む18項目の協力プロジ ェクトの承認と,両国の宇宙開発関係情報の交換を行っ て所期の成果を収めた。とりわけ米国が計画中の宇宙基 地について,これといって結論のでる討議ではなかった が,NASA幹部の考えている方向を知ることができて有 益であった。宇宙開発が今後の科学,経済,産業等に大 きな影響を与えるものである以上, この分野で大きく立 遅れている日本にとって,宇宙基地計画の推進の中で米 国から学びとれるものは極めて大きいであろう。
 会議の収獲とは別に,私自身にとっても,短時日の間 の宇宙施設見聞の旅は,活字からは得られない,時差ボ ケも吹飛んでしまう程の印象の深い旅であった。
 この出張に際し,会議の準備や調整,移動や宿泊の手 配,事前事後の資料,写真の作成と分配等について,科 学技術庁の担当者,在米日本大使館の各位,並びに宇宙 開発事業団の国際室等関係諸氏に大へんお世話になりま した。最後に紙面をかりて厚くお礼申し上げます。また 本報告の中に,昭和57年11月に科学技術庁が発表した「 宇宙分野における第2回日米常設幹部連絡会議(SSLG) について(報告)」を一部引用したことを付け加えます。


短   信


CSによるFM-SCPC通信実験を秋田で実施

 CS実験実施本部では,CS実験の一環として鹿島CS 実験実施センターと協力して, 2月1日〜8日の間1mφ アンテナの車載局を用いたFM-SCPC通信実験を秋田 市の秋田電波観測所構内において実施した。
 本実験の目的は,豪雪地帯に置局し準ミリ波小型地球 局に及ぼす雪の影響についての技術的問題点を把握し, 衛星通信の実用化に備えて基礎的技術資料を得ることで ある。
 実験では, 1mφ車載局(空中線電力17W)を上記 電波観測所に移動し,FM-SCPC装置を用いて鹿島主 局との間にCSを通した衛星回線を設け,降雪による影響 について調べた。その結果, ビニール・シートでアンテ ナ鏡面を覆えば,秋田を初めとする日本海側に多い湿雪 は滑り落ち,アンテナ上への積雪による減衰をかなり防 げることが確認された。ちなみにアンテナ鏡面の下半分 に雪が4〜6p積った場合は,上り回線で約7dB,下り 回線で約6dBの減衰があった。
 なお, 2月4日には10時〜16時の間鹿島との間で電話 及び静止画の伝送実験状況を一般に公開して実験の説明 を行ったが,約170名の来訪者で実験室は混雑し盛況で あった。



AMES海上実験,荒天時のデータ取得なる

 通信機器部海洋通信研究室では,ETS-X/AMES計 画(技術試験衛星X型による航空海事通信実験)に資す るため,1昨年,昨年(本ニュースNo. 56,No. 58,No. 68参 照)に引き続き,海上電波伝搬実験を, 2月2目から2 月17日の間,福井県越前町海岸において実施した。今回 の実験は,インド洋上に静止している海事衛星MARISAT 及びINTELSAT(海事機能付き)衛星からの1.5GHz 帯電波(Lバンド)を利用して,主として二つの衛星か らの異なる仰角(約13度及び5度)でのフェージング特 性の測定を行った。この実験によって,様々な波浪状況 における小型アンテナ(直径40pショートバックフアィ アアンテナ)のフェージング特性に関するデ-タが得ら れた。またETS-X/AMES計画において使用される通 信方式(特にディジタル通信方式)に対して,フェージ シグマージンを見積るために必要な多くの貴重なデータ が集積された。この成果は今後の通信システム設計に反 映させて行く計画である。



ISS-b多大な成果残し運用終了

 昭和42年電波研究所において開発が着手された電離層 観測衛星「うめ2号」は昭和53年2月16日宇宙開発事業 団の種子島宇宙センターから高度約1,100qの円軌道に 打ち上げられた。約1年半のミッション期間が終了した後 も観測データの取得を続け,約17万回に及ぶ観測が行わ れた。その間に膨大なデータが得られ,短波通信回線の 予報に役立てるため,電離層の状態や電波雑音源である 雷の発生率を世界規模で観測した。更に超高層物理学の 進歩に寄与する数々の貴重なデータを取得してきた。
 昭和57年7月以降回復の可能性を調査してきたが,発 生電力の低下により衛星の運用が困難となり,打上げ以 来約5年後の2月23日に「うめ2号」の運用の終了が宇 宙開発事業団により公表された。