世界コミュニケーション年について


調 査 部

  はじめに
 言語の使用,文字の創造に始った人類のコミュニケー ション革新は,活版,印刷技術に続いて電気通信文明を 登場させ,情報の大量生産を可能とし,それを迅速かつ 広範囲に伝達するマスメディア時代を出現させた。その後 も新聞,電話,TVなど既存メディアにエレクトロニク スの粋を駆使した最新の情報処理技術,伝送技術を付加 した電子雑誌,TV会議,文字放送,ビデオテックスな ど数々のニューメディアを相次いで誕生させつつある。 光ファイバー,電波,衛星を介せば,世界の人々を多彩 にして豊富な情報で結びつけ,人類に平和と繁栄をもた らすであろうコミュニケーションに大きな期待がかけら れている。
 しかしながら,このような期待の陰には,多くの複雑 な問題が隠されている。今年は,コミュニケーションに かかわるこれらの問題について,全世界を挙げて分析, 検討する年に当てられているので,その経緯,わが国の 対応について紹介し,当所とのかかわり等を考えてみる。
  世界コミュニケーション年とは
 世界の平和と安全の維持,各国間の友好関係の促進,社 会,経済,文化,人道上の問題についての国際協力を主 目的とする組織として国際連合がある。
 その国際連合は,1981年の第36回総会において,1983 年を「世界コミュニケーション年:コミュニケーション ・インフラストラクチャの発展」とすることを決議し, すべての国が積極的に,この事業に参加するよう要請 した。世界コミュニケーション年(World Communications Year, 略称WCY)の概要は,次のとおり である。
 ◎期間 1983年1月1日〜12月31日
 ◎目的 (1) コミュニケーションの発展のための政策 について深く考察,分析するための機会と する。
     (2) コミュニケ-ション・インフラストラク チャの発展を促進させる契機とする。
 ◎主導機関 ITU(国際電気通信連合)
 WCYの事業は,図1に示した推進体制のもとに活発に 展開されつつある。


図1 世界コミュニケーション年推進体制

 なお,WCYは,国連決議により設定された“国際年” である。国際年は,世界の多くの国が関心をもち,優先 的に解決を要する世界的問題の解決に向けて,国際的な 協力を行うことを目的に設定されている。最近の国際年 としては,国際児童年(1979年),国際障害者年(1981年) がある。
 また,コミュニケーション・インフラストラクチャと は,コミュニケーション(人間が言語,文字その他,視 覚,聴覚等を介して行う情報の伝達)の手段となる電気 通信系メディア(電話,放送等),非電気通信系メディア (新聞,出版,映画等)及び各種のデータベース等を包 括した総称である。
  世界コミュニケーション年の背景
 コミュニケーションは,人間関係における最も基本的 な要素であり,社会,経済,文化,人間生活にとって極 めて重要な役割を果たしている。
 このコミュニケーションを国際連合が国際年のテーマ として取り上げた背景には,世界もしくは各国における コミュニケーションの流通とインフラストラクチャにかかわ る問題,及び高度に発展したコミュニケーション社会へ の対応に関する問題がある。そして,全世界がともに, コミュニケーションの在り方と発展について考察し,対 策を講じようとするものである。
 1970年代の初め,発展途上の南の国々は,世界の新聞 情報が先進国である北の一部の通信社に独占され,その 流れは北からの一辺倒であり南の独自の文化や社会をゆ がめている,これを是正せよと激しく訴えた。この主張 には,北,特に自由主義諸国にとって受け入れ難い多くの 問題はあったがUNESCO(国連教育科学文化機関)が 取り上げ,コミュニケーション問題国際委員会を設置し 解決策の検討を開始した。UNESCOは,ITU等と共に, 経済,社会,人道上の問題を検討するECOSOC(経済 社会理事会)に属する専門機関である。1978年, UNESCO総会は,情報流通の均衡と報道の自由を重視する マスメディア宣言を採択したが,その理想は簡単に達成 しうるものではなかった。
 UNESCOでの検討は,ITUの示 唆もあって新聞メディアのみなら ず電気通信系メディアを含めたあ らゆるインフラストラクチャの問 題に及んでいった。表1は,その 報告(1980年)によるインフラス トラクチャの地域格差の一例であ る。ついでながら同報告によれば, アジアにおいては,人口5%に過 ぎない日本が新聞発行部数の66%, ラジオ46%,TV63%,電話89% を占めている。基礎的ともいえる インフラストラクチャのこのような格差は,情報流通の 不均衡是正など及びもつかないことを物語っている。南 北の文教格差を加えれば,さらに厳しいものとなる。こ うした発展途上国は,国際連合加盟約160か国の80%に も及び世界人口の3/4を占めている。


表1 コミュニケーション・インフラストラクチャの地域格差(1,000人当り)

 コミュニケーションの流通,インフラストラクチャの 格差は,南北に限ったことではない。共に先進国である 東と西の関係にも,同じ東,西の中にも存在する。わが 国と西欧とくに米国の新聞に掲載される相手国記事の量 には,大きな格差があるといわれ,情報流通に関する限 り日本は南に近いといわざるを得ない。わが国との経済, 貿易摩擦の遠因であるともいえよう。こうした問題を分 析,検討することもWCYの目的の一つである。
 反面,コミュニケーションの発展に伴って到来する情 報化社会における脆弱性,情報の氾濫等について充分な 対策を講ずることも重要である。金融,販売,交通,医 療さらには行政管理等の分野に導入されつつある各種の 情報化システムにおける機能の安全性,プライバシーの 保護,データベースの在り方など社会に大きな影響を及 ぼす問題である。ニューメディアとしての双方向CATV (有線テレビ)は,豊富なデータベースの中から加入者 の選択するニュース,料理,娯楽,教養など各種の情報 を提供するとともに,ホームショッピング,ホームバン キング,座席予約等を可能にするのは勿論,各家庭の視 聴調査や生活環境設備の監視,管理(ハウスキーピング) まで行う集中管理システムとしての機能も備えている。 しかし,このようなシステムに収集,記録された情報が 因となって家人の生活状態や視聴した番組が他に筒抜け にならないという保障はない。ハウスキーピングの面で は,システムの故障が心配になろう。また,増大する情 報,価値観の多様化に備えたデータベースの在り方など についての考察も重要である。
 以上に触れたごく一部の問題の他にもコミュニケーシ ョンの普及に不可欠なインフラストラクチャの標準化, 電波や静止衛星軌道の使用などに関する重要な問題が山 積している。
 WCYは,このような様々な背景のもとに,ECOSOC が問題の分析と解決のために行った勧告(1980年)が端 緒となって,国連の決議に至り実施されている。
 コミュニケーション問題の解決は,相互理解の心を込 めた情報とそれを伝える充実したインフラストラクチャ にかかっているといえよう。WCYのシンボルマーク(図 2)は,いみじくもこれを象徴している。東西南北を相 互に結んだ線は,コミュニケーションのネットワークを, そして,それらの線が形作る四つのハートは,コミュニ ケーションによる世界の人々の心と心の結び付きを表し ており,コミュニケーションが人類と平和的な社会,経 済の発展に役立つことを示している。


図2 世界コミュニケーション年のシンボルマーク

  世界コミュニケーション年事業の推進
 WCY事業は,図1に示した国連,国内の両レベルが各 々策定した活動計画に基づいて推進されている。
 国連レベルの活動は,主としてWCY事業の最大の効 果が期待される国内活動に対する支援である。
 わが国では,政府にWCY推進本部が,そして,本部と 連携をとりうつWCY事業の実行に当る民間代表主体の WCY国内委員会が,それぞれ昨年秋に設置された。現在, 関係各界の協力のもとに活発な運動が展開されている。 WCY推進本部が決定した推進方針に盛られた事項は, 次のとおりである。
 ◎啓発活動
  (1) 各種のWCY記念集会の開催
  (2) WCY推進本部によるWCYの声明の発表
  (3) WCY記念切手の発行
  (4) コミュニケーション発展のための各種のセミナ ー,シンポジウム,会議等の開催
  (5) コミュニケーション発展のための各種の展示会 等の開催
  (6) 国,国内委員会,政府関係機関及び民間による 各種の広報活動
 ◎コミュニケーション発展のための施策
  (1) 技術開発の推進
    ・素子技術の開発
    ・光ファイバ通信技術の開発
    ・ディジタル通信技術の開発
    ・宇宙通信技術の開発
    ・情報処理技術の開発
  (2) コミュニケーション・メディアの整備・発展
    ・ディジタル通信網の構築
    ・ビデオテックス,文字放送,衛星放送等のニ ューメディアの開発・普及
    ・コンピュータ・ネットワークの構築
    ・公共的データベースの形成
  (3) 情報化に伴う問題等の解決
    ・データ保護,プライバシー保護のための対策 の確立
    ・国際的情報流通の不均衡に伴う諸問題の解決
    ・情報システムの安全性の確立
 ◎国際協力
  (1) コミュニケーション・インフラストラクチャの 開発促進協力
    ・発展途上国に対する開発調査団の派遣
    ・要人の交流
    ・専門家派遣,研修生受入れ,要員の養成等
    ・アジア・データベースの形成
    ・コミュニケーション・インフラストラクチャ 発展のための開発プロジェクトに対する経済 協力
  (2) 先進諸国との産業協力等
 なお,国内委員会は,図3のようなアイドルキャラク ター(愛称コミちゃん)を制定し,国民の関心の高揚に 努めている。


図3 日本のWCYアイドルキャラクター

  世界コミュニケーション年と当所とのかかわり
 コミュニケーションのインフラストラクチャの中でも 主要な電波にかかわりをもつ当所は,古くから多くの研 究成果を関連の国連機関や内外の各分野に反映させ直接, 間接にコミュニケーションの発展に貢献している。
 とりわけ,電気通信の国際的な普及,発展を任務とす るITUに対しては,傘下のCCIR(国際無線通信諮問委 員会),ARC(無線通信主管庁会議)及び各種セミナー 等を介し活発な寄与を行っている。電波利用技術を研究 し勧告するCCIRに対しては,最近の10年間だけでも約 130件の寄与文書を提出した。また,電波や静止衛星軌 道の国際的な分配,規則の制定等を行うARCに対しても 研究成果の反映に努めている。
 しかしながら,ITUには,まだ数多くの複雑な問題が 残されている。最近では,世界共有の地球的資源であり, かつ有限な電波や静止衛星軌道の分配,使用について南 北問題はいうに及ばず,各国の主張に大きな格差があっ て,その調整は難航を極めている。政治的な要素を秘め ているともいえるこれらの問題の技術的解決もしくは調 整を可能とする寄与が望まれるところである。
 コミュニケーションの発展に伴う電波の需要増大に備 えた既利用周波数帯の利用効率向上技術,未利用周波数 帯の開発,コミュニケーションの高度化に備えた情報処 理,伝送技術等に関する研究,寄与も必要であろう。ま た,電気,電子技術分野の標準化を検討するIEC(国際 電気標準会議)に対しても寄与の継続が望まれる。
 当所としては,かかる経緯からWCY活動に積極的に 参加するとともに,これを契機に改めてWCYの目的を 念頭にした研究を推進し,その成果を世界のコミュニケ ーションの発展に反映させることが必要であろう。
  おわりに
 政治,経済,社会,文化を異にする国々,そして世界 におけるコミュニケーションの問題が, WCY事業によ って直ちに解決されるものではない。1983年を世界のコ ミュニケーション元年として,世界全体が一つの目標に 向って活動を継続して行くことに意義があるものといえ よう。WCYのシンボルマークに象徴された心の触れ合 うコミュニケーションと,それを伝えるインフラストラ クチャが発展,充実し,WCYの理想に到達する日の近 いことを祈るものである。

(国際技術研究室長 澤路 和明)




VHF帯電波のEs層伝搬の調査


電 波 部

  はじめに
 このニュースがお手元に届く頃,日本列島はスポラデ ックE層(Es層)活動の最盛期を迎え,このEs層を介し て大陸からはるばる伝搬してくる電波によってテレビの 混信障害が発生する時節になる。
 毎年夏になると各地でテレビ画面に縞模様が入ったり, カラーテレビの色がつかなかったり,あるいはテレビの 音声やFM放送に外国語が混じるなどの受信障害が度々 発生し,世間の話題となる。そして場合によっては,珍 事というより社会問題にもなっている。
 テレビ,FM放送等に利用されているVHF帯電波は, 通常電離層を突き抜けて,地上にもどってこないが,Es 層が発達するとその部分の電子密度が急激に増大するた め,反射されて数千qもの先まで異常に伝搬することが ある。このため大陸のFM放送やテレビ電波がはるばる 日本までやってきて電波障害を起こすことになる。日本 を含む東アジアはどういうわけか地球上でEs層が最もよ く発達する地域として知られている。近年は近隣諸国の 発展が目覚ましく,電波の利用が増大しているため,こ の混信障害が益々目立つようになった。
 この問題は“電波権益”とからみ国際的なトラブルに 発展する恐れがある。我々はこの問題に対処するのに必 要な基礎資料を得るために,「VHF帯電波のEs層伝搬特 性の調査」と「Es層のレーダ観測及び理論的研究」を行 っている。ここではこの実験調査の概要について述べ, 解析結果についても若干紹介する。
  実験の概要
 混信障害のメカニズムや性質について的確な知識を得 るためには,妨害波のEs層伝搬特性を把握する必要があ る。そこで妨害周波数(100MHz前後)よりやや低いが, 既設の回線電波が利用できる80MHz帯について伝搬特 性を調査するため,地方電波観測所及び国分寺でFM放 送波の遠距離受信測定実験を昨年から実施している。こ の実験ではマイコン制御により周波数を自動的に順次切 り替えて伝搬距離が450〜2000qの範囲にある放送波 (昨年はのべ17周波,今年は24周波)の電界強度を測定 し,データはオンラインで1次処理してカセットMTに 集録する方式を採用している。この観測資科から受信時 間率,電界強度累積分布,フェージング特性,Es層の継続 時間及び水平方向の規模ならびにその運動特性を求めて いる。
 Es層伝搬特性を解明するためにはEs層の物理的特性に ついて充分知る必要があり,このためEs層のレーダ観測 を行っている。レーダ観測は秋田で送信し,国分寺で受 信するバイスタティック法を用いるもので,Es層・流星飛 跡散乱波を測定して,Es層の運動特性,下部電離圏の中 性大気運動,流星発生頻度等についてデータを得ている。 このバイスタティック法では世界で初めての試みとして ロランC信号をもとに作った信号により送受信同期を行 っている。
 さらにテレビ混信を引き起こす妨害波の電界強度閾値 を調査するために50〜100MHzの外国テレビ電皮の電界強 度測定の準備も進めている。
  Es層伝搬の特徴
 Es層は正規E層とほとんど同じ高さ,すなわち地上高 100q前後の領域に突発的に発生する非常に薄い(厚 さは数十m〜数q)層である。 この層は地上から 鉛直上方に発射された電波を全反射する場合と一部反射 する場合とがある。後者の場合この層を透過した電波は 上のF層(高度200〜300q)によって反射される。Es層 内の電子密度にムラがあるためにこのような部分反射・ 透過が起こるらしい。後でみるようにこの不均一分布は Es層伝搬において重要な役割を果たす。


スポラディックE(Es)層による異常伝搬

 このEs層の発生機構・形態は地域によって大きく異な り,高緯度,中緯度,赤道地方などに特有の型がある。 本報告の主題の場合の中緯度Es層は夏に最も発達し,そ の発生機構についてはWind-Shear理論が有力である。 すなわち,風の東西成分のシャー(風速が高度により異 なる)のためローレンツ力による自由電子の集束が生じ るという。Es層の水平方向の拡がりは数十mから数千q の範囲になり,鉛直方向の厚さは水平方向の大きさの 10^-1〜10^-2倍程度である。
 さて,このEs層は他の正規E層と同じようにその臨界 周波数(f0Es)に応じて電波を反射する。この場合1回 反射で到達できる最大距離は約2400qで, 2回反射は地 表面による遮蔽効果のため著しく弱くなる。伝搬モード は層内電子密度不均一分布による散乱モードと鉛直方向 の急激な電子密度勾配による反射モードに大別される。 一般に等価周波数 (運用周波数をf,入射角をiとして f・cos iで定義される)がfbEs(遮蔽周波数;鉛直上方に 発射され,Es層を透過してF層に届きそこで反射される 電波の最低周波数で,Es層の透明の度合いを示す)より 小さければ反射は鏡面反射的である。等価周波数が fbEsとf0Esの間にあるとき,反射は;巨視的な電子密度 分布構造;平面層上の微細構造;ブロッブ状の微細構造 等、に依存すると考えられるが,いずれのモードが卓越す るかはいまのところ不明であり,この問題は本研究の重 要なテーマの一つである。さらに注意すべきことは入射 角iは対流圏屈折率分布によっても左右されるため,Es 層伝搬般は対流圏の気象条件と無関係でない可能性がある ことである。Es層伝搬に及ぼす対流圏屈折率分布の影響 の調査も重要な研究課題である。
 Es層の発生は時間・空間的に不規則であるから,その 発達状況は統計的にしか把握できず,したがって極端な 言い方をすれば,Es層伝搬特性も統計的な評価しか意味 をもたない。
元KDDの宮氏が実験的に求めたEs層反射損失は運用周波 数のf0Esに対する比及び送受信点間距離のみに依存する (反射損失の距離依存性は複雑であるが,反射係数の入 射角依存性と地表面による遮蔽減衰効果を反映して,反 射損失は1500q付近で最小になるp混信障害発生はこの ような反射損失の距離特性と無縁でない)。したがって国 線パラメータが与えられ,f0Esの確率分布が観測からわ かれば,電界強度を確率的に求めることができる。
  混信障害発生の予測
 回線の受信電界問値に対応して反射損失,したがって f0Esが一意的に決まることを利用して,Es層伝搬に起因 する混信障害の発生予測について検討してみる。NHK技 術本部が調査した障害のうち継続時間の長いものについ て,f0Esとの関係を調べたところ,f0Esが14MHzを超え るとき,障害が発生することがわかった。実験結果によ ると本邦付近でf0Esが14MHzを超える時間率は5〜8月 の昼間で約2%である。つまり受信条件が悪く障害を起 こしやすいところでは5〜8月の間に約30時間障害が発 生することが予測される。ヨーロッパ,北米大陸でf0Es が14MHzを超える確率はそれぞれ0.04,0.1%であり,こ れらの地域でEs層による混信障害が起こる可能性は非常 に小さい。
  おわりに
 今では夏の季語と化しつつある“Eスポ受信障害”と 関連して,電波研が実施しているVHFの電波のEs層伝搬 の調査について述べた。
 日本を含む東アジアはEs層活動が地球上で最も盛んな 地域で,我が国ではこの地の利を活かして多くの先駆的 研究がなされてきた。しかしこの混信問題の対策を得る ためには未だ解明すべき点が多く残されている。特にEs 層の発生機構の問題はこの混信障害の予知と関連して究 明すべき重要な課題であり,これは現在電波研究所も参 加して実施中の中層大気国附協同観測計画(MAP)の重 要なテーマでもある。VHF帯電波のEs層を介しての伝搬 についても多くの研究成果が蓄積されているが,残念な ことに,これらの研究の大部分は50MHz以下の伝搬般デー タを用いて行われたため, これらの結果を100MHz付近 に敷衛できるかどうか検討を要する。1966年,それまで のE3層伝搬の集大成としてKDDの宮氏によって確立され た電界強度計算浅法(1978年CCIRによっても採用された) についての検証が本調査のテーマの一つになっているゆ えんである。今後資料の蓄積をまってこの問題を検討し, より高精度の実験式を導きたいと考えている。
 この調査の目標はこの混信障害に有効に対処するため の伝搬資料を取得することにあり,この資料にもとづい てD/Uの改善,あるいは混信波の除去について研究調査 を行う計画である。

(電波伝搬研究室長 石嶺 剛)




GLOBECOM,82に出席して


小坂 克彦

  はじめに
 昭和57年11月28日から12月5日まで米国に出張し, GLOBECOM,82における論文発表及びNASAとのCS を用いた伝搬実験に関する打合せを行ってきた。
  GLOBECOMの概要
 IEEE主催の電気通信に関する国際学会は毎年2回開 催されてきた。6月頃に開催されるものはICC (International Communications Conference),そして12月頃に 開催されるものはNTC(National Telecommunications Conference) と呼ばれていた。しかし,NTCにっいては, その名称から国内学会のように思われるため,今回から GLOBECOM(Global Telecommunications Conference) と呼ぶことになったと聞いている。
 GLOBECOM'82は,マイアミビーチ市にあるホテル (Sheraton Bal Harbour)で,11月29日から12月2日 まで開催された。ホテルの裏庭は,すぐにきれいな浜辺 と大西洋であり,多数の観光客が散歩,ヨット,海水浴 (海に人って泳ぐ人はあまり多くない)などで楽しんで いた。このホテルの料金は,支給される宿泊費,日当の 合計より高いため,私はかなり離れた場所にあるホテル に泊り,バスを利用し「通勤」した。
 学会参加者は15か国から総数1300名であり,そのうち日 本からは65名でアメリカ,カナダに次いで3番目である。 講演件数は267件であり,アメリカが139件,日本が36 件,カナダが21件である。つまり,講演件数では日本は 2番目であり,電気通信の分野にける日本の実力の高 さを示すものと考えられる。
  発 表
 当所から提出した三つの論文の発表を行った。これら の発表内容は発表順に以下のとうりである。
1. 降雨障害補償のための周波数切替え型TDMA装置
 同上装置とCSを使用した実際の降雨時における切替 え実験結果を紹介し,降雨障害に対し有効であることを 示した。
2. 海事通信におけるフェージング軽減法
 海事通信におけるフェージングが,アンテナに入力さ れる右,左旋偏波成分を適当に合成することにより大幅 に軽減できることを実験結果を含めて紹介した。
3. Kバンド中継器を用いる小容量国内衛星通信の検討
 一つのKバンド中継器を複数の機関が共用し小容量通 信を行うモデルを想定し,送信電力制御方式,チャネル 配列方法,中継器負荷の監視方法について検討し,若干 の実験及び計算結果を示した。
  NASAとの打合せ
 12月3日の早朝マイアミを出発し,ワシントンに向か った。ワシントンは7年前にも訪れたことがあり。なつ かしい思いであった。NASAの本部は国会議事堂(Capital) の近くにあり,そこで伝搬実験及び地上施設のManager のDr. Ippolitoと会い,CSを用いた伝搬実験に関す る技術的な打合せを行った。打合せの後,夕闇せまる議 事堂周辺を散策し,最後のホテルヘ向かった。
  あとがき
 日中は30度にもなり冷房の必要なマイアミから,暖房 の必要なフシントンへかなりハードなスケジュールでは あったが,今回の出張の目的は十分に果したと思ってい る。最後に今回の貴重な機会を与えて頂いた関係各位に 感謝します。

(鹿島支所 第二宇宙通信研究室長)


Sheraton Bal Harbour




網 球 雑 感


佐分利 義和

 本号から研究には直接関係のない記事も掲載して,コ ミュニケーションの輪をより拡げたいとの企画一課の考 えを聞かされた。支所,観測所からの地方の香り豊かな 便り,いろんな方の貴重な体験,見聞,感想など,など, 形式ばらずに書いてもらえば,楽しいものになろうと思 った。新たな試み,まずは総論賛成。ここまではよかっ たが,その後,第1号の原稿をと要請される破目となっ た。編集日程,その他の事情があるようであったが,私 自身,筆のまにまに随うといった才能はないし,つねづ ね「我以外は皆吾が師」を心がけている立場を説き,防 戦これ努めたが,徳至らず,刃折れて,ついに前座を務 めさせられることとなった次第である。こんなわけで, 本文にこりず,次号以降を乞御期待とお願いしたい。
 早めの菜種梅雨にみまわれた今年だが,やっと桜前線 も東京にたどりついた4月10日,ウインブルドン大会の 男子シングルスの五連覇達成などの偉業をなしとげたビ ヨルン・ボルグの最終試合が東京で行われた。この26 才の青年は「引退は人生の大きなステップであり,私に とって勝利です」とも言い,「人生で二つの大切なこと, それは健康と幸福」と話している。ひたすらに道を登り つめたあと,人生の深さと基本を語ったものと感じた。
 本所には部員70名を数える硬式テニス部があり,かな りのテニス狂が飽きもせず,楽しんでいる。私自身,小 金井町下山谷(現,緑町)の標準課のコート(都立小金 井北高等学校に変身)での軟式テニス,その後,硬式へ と今日まで,うん10年と続けている。所内各課対抗試合 などは若き日の想い出の一つである。各課とも,それぞ れ宿敵があり,絶対負けるなと,ボールを見るより相手 をめがけての強打であり,口うるさい応援のもと,実力 以上の成果をあげたり,あげられたりであった。
 当所へ硬式テニス(道具)を始めて持込んだのは俺だ, と栗原前所長は言われる。米国留学の土産だったようだ。 世の落着き,潤いの訪れとともに,その格好よさや珍し さも手伝って,その後,当所にも硬式が広まってきた。 所内に留まらず郵政部内,小金井や三多摩地区へと舞台 をひろげ,電波研チームとして,かなり名をはせるよう になった。盛者久しからずは現実となり,テニス・ブー ムの成果とみられる若き勢力の台頭により,わがチーム もしばしば蹴落される憂き目にあい,反省しきりの昨今で ある。
 長い間には,多くの人にコートで接し,心なごむ想い 出の増えることも楽しいものである。国際会議の合間に, ポーランドのハーン教授と国際試合をやって楽しんだヘ ルシンキでの週末。50にして再訓練をと入門したテニス ・スクールの校長先生が,新進女子プロの井上税ちゃん の祖父であったし,この先生の終焉を偶然にも見送るこ ととなった寒い冬の日のコ-ト。テニスの小父さんと慕 われ,相手を務めていた親戚の子が,中学,高校といく つかの大会に優勝,準優勝をはたし,インターハイ出場 権を獲得,わが事のように嬉しかったこと。息子の代理 で,オープン試合のシングルス戦に出場し,相手の若者 に驚きを与え,自分はあごを出した夏の日。など,など, 日焼けの色黒とともに,想い出はこれからも,まだまだ 積りそうである。
 試合といえば,初めの頃は,出ても必ず一回戦で完敗 し,乾杯というパターンが続いだものだった。長い間に は,技術もさることながら,集中力がいかに大切である かを味うことができた。何事によらず,「知る」,「好む」, そして「楽しむ」への道程は遠いものである。
 健康はすべてではない。しかし,健康がなければ全て がないとの諺もある。世間では,今迄になく健康への関 心が強く,健康食品や薬品のたぐい,一方,ジョギング, 大極拳,何々体操と数え切れぬ程のブームである。何事 によらず,要は長続きすることが肝要だし,そのために は楽しむゆとりが欠かせない,心の健康が土台となろう。 人生の張りが欠けた時には,いかなる健康法も効果は薄 れよう。
 健康な人はよき友としての資格に欠けるとまで言った 人がいる。健康な人には病人の気持は絶対に分らぬとい うのがその理由だ。最近の世相をみてもうなづけるよう に,心の健康さを欠いた健康人ほど迷惑なものはないの かも知れない。ひとりひとりが,生き生きとした気分で 働ける社会のなかで,人間的コミュニケーションの輪を 拡げることが真の健康を保つ基本ではなかろうか。
 表題の「網球」,当て漢字ではなく,れっきとした中国 語である。健康のため,棒球,足球もおおいに。

(総合研究官)


短   信


第23回南極越冬隊帰国


▲観測作業中の五十嵐・倉谷両隊員

 1年間の越冬生活を終えた第23次南極観測隊(星合孝 男隊長以下33名)は成田着の日航機で3月21日全員元気 に帰国した。一方,観測船「ふじ」は一足遅れて4月20 日晴海埠頭に入港し,観測の結果を持ち帰った。
 1980年の昭和基地は暖冬に見舞われたが,1981年の第 23次越冬では一変して, 9月4日に零下45.3℃と昭和基 地開設以来の低温を記録し,年間のブリザード回数も4)2 回と今までの最高を記録した。第24次隊と交替時の1月 は例年になく晴天が続き空輸は順調であった。当所担当 の電離層部門は定常観測3項目の他,研究観測として新 たにMAP計画の一環であるVHF ドップラレーダ観測 を実施した。これを可能にしたのは計算機の導入であり, レーダ制御と多量のデータ処理が実時間で行えるように なった。MTに集録されたデータはこれから再生解析さ れるが,その結果を期待したい。



う る う 秒

 標準電波の通報する標準時は,今年も昨年同様7月1 日,日本時間の9時0分の直前に,うるう秒のそう入 (1秒おくらせる)が行われる。
 現在の世界共通の標準時UTC(協定世界時)は,原 子の固有振動数で定義されたSI(国際単位系)の秒で 時を刻んでおり,同時に地球自転角に基づくUT1(世界 時)も0.9秒以内で近似するように,国際的に調整され ている。
 UT1は,地球自転速度の変動のため,UTCに対するお くれが,1974年から1979年頃まではほぼ年1秒,それか ら1982年までは年0.8秒まで減少してきた。このため昨 年は,次回のうるう秒実施は1年半後の1984年1月と予 想されていた。しかし,今年に入って,UT1のおくれは 再び年1秒の割合にもとっているので,今年も7月1日 実施がBIH(国際報時局,パリ)によって決定された。



ETS-X/AMES計画推進本部体制固まる

 長年にわたる関係者のねばり強い努力によって,航空 ・海上技術衛星(AMES)を,そのミッション機器を技 術試験衛星X型(ETS-X)に搭載するという形で開発 することが宇宙開発委員会で決定され,大蔵省予算も認 められ,実施可能となったので本計画の所内における円 滑な推進のために4月15日に本部体制が発足した(既報 :No. 85,短信)。5月23日付けで別表に示すように本部構 成員の指命通知が行われ,計画推進のための協力体制が 確立した。


ETS-V/AMES計画推進本部体制



CS-2パイロット計画開始

 本年2月4日CS-2aが打ち上げられ6月から離島通信等 の運用が開始される。郵政省としては,地上通信系の補 完的利用の他に,衛星利用に関心を有する関係者にCS- 2の一部を運用させる機会を提供し,これによって衛星 を利用するための技術や制度の問題を検討し併せて衛星 利用の促進を図ることになった。これを衛星利用パイロ ット計画といい当所もこれに協力することになり58年度 から5か年計画で予算要求を行った。
 この計画の基本方針作りには,本省宇宙通信企画課が 中心となって関係者の意見を反映させるための『衛星利 用パイロット計画に関する調査研究会』が設置され,当 所は本省と共にこの会の幹事として参画している。主 な実験テーマとしては,●同報通信●コンピュータネッ トワーク●総合ディジタル通信等があげられている。この ため当所は通信放送衛星機構との間でCS-2の中継利 用に関する契約を5月4日に結び,またCS用施設の一 部を改修してCS-2にも使えるように準備中である。無 線局関係の申請手続きも行い,5月下旬から初期回線設 定試験に入りその後本免許交付を受け6月下旬から実験 開始の予定である。
 計画推進のための所内体制として,CS実験実施体制 を解消し,新たに『通信衛星実験実施』体制を敷き両 衛星に対応できるようにした。



1.6GHz衛星EPIRBの海上実験

 当所では,スペクトラム拡散方式の非常用位置指示無 線標識(EPIRB)の研究を進めている(本ニュースNo. 63 及び第64回研発予稿参照)。KDD及び国際海事衛星機構 (INMARSAT)の協力を得て,1.6GHz EPIRBの インド洋衛星中継,山口海岸地球局受信の海上実験を, 本年3月14日〜18日に鹿島灘で, 4月22日〜25日に若狭 湾沖から山口沖の日本海で行った。鹿島灘での仰角は0.5 〜2°であったが, 日本海では,兵庫県教育委員会,香 住高校実習船但州丸の協力を得て,約500q移動し,仰 角6°〜10°でのデータを取得した。本実験から,INMA RSATシステム利用の1.6GHz EPIRBは,送信電力 (eirp)が1W程度でも,仰角2°以上,波高6m以下な らば,遭難通報が可能なことが明らかになった。


▲香住高校実習船但州丸


▲実験風景(中央右 EPIRB,中央左 波高計)



一般公開 7月29日にも実施

 例年,4月中旬に科学技術週間にちなんだ種々の行事 が全国的に催されている。本年から当所も参加すること を決め,去る4月19日に施設の一般公開を実施。今回は 内容を重点プロジェクトに絞り,50GHz帯簡易映像・音 声伝送実験など11項目を公開した。夏の一般公開と異な り,見学者の大半が専門家に限られたせいか,各展示室 とも熱心な質疑風景が見られ,関係者も説明に大わらわ であった。アンケートによると,当日は特に新しい陸上 移動通信,ラスレーダ,CS実験等に興味が集った模様。 雨の心配をよそに,見学者は200名を越えた。4月の公 開としてはまずまずの人出と言えよう。
 なお,夏の一般公開(創立記念日)はこれまでどおり 所内全施設の公開(一般者向)とし,下記により実施し ますので多数御来所くださるよう御案内申し上げます。
 公開日時 昭和57年7月29日 10時〜16時
 公開場所 本所,支所(鹿島,平磯)及び電波観測所
      (稚内,秋田,犬吠,山川,沖縄)



逓信記念日表彰

 4月20日の第50回逓信記念日に際し,当所関係では永 年勤続功労者として6名が表彰された。
 永年勤続功労者
本  所    中川建三,浦塚 誠,千葉 文
鹿島支所    山下不二夫
秋田電波観測所 来栖 齊
退職者     高比良昭