調 査 部
はじめに
図1 世界コミュニケーション年推進体制
なお,WCYは,国連決議により設定された“国際年”
である。国際年は,世界の多くの国が関心をもち,優先
的に解決を要する世界的問題の解決に向けて,国際的な
協力を行うことを目的に設定されている。最近の国際年
としては,国際児童年(1979年),国際障害者年(1981年)
がある。
また,コミュニケーション・インフラストラクチャと
は,コミュニケーション(人間が言語,文字その他,視
覚,聴覚等を介して行う情報の伝達)の手段となる電気
通信系メディア(電話,放送等),非電気通信系メディア
(新聞,出版,映画等)及び各種のデータベース等を包
括した総称である。
世界コミュニケーション年の背景
コミュニケーションは,人間関係における最も基本的
な要素であり,社会,経済,文化,人間生活にとって極
めて重要な役割を果たしている。
このコミュニケーションを国際連合が国際年のテーマ
として取り上げた背景には,世界もしくは各国における
コミュニケーションの流通とインフラストラクチャにかかわ
る問題,及び高度に発展したコミュニケーション社会へ
の対応に関する問題がある。そして,全世界がともに,
コミュニケーションの在り方と発展について考察し,対
策を講じようとするものである。
1970年代の初め,発展途上の南の国々は,世界の新聞
情報が先進国である北の一部の通信社に独占され,その
流れは北からの一辺倒であり南の独自の文化や社会をゆ
がめている,これを是正せよと激しく訴えた。この主張
には,北,特に自由主義諸国にとって受け入れ難い多くの
問題はあったがUNESCO(国連教育科学文化機関)が
取り上げ,コミュニケーション問題国際委員会を設置し
解決策の検討を開始した。UNESCOは,ITU等と共に,
経済,社会,人道上の問題を検討するECOSOC(経済
社会理事会)に属する専門機関である。1978年,
UNESCO総会は,情報流通の均衡と報道の自由を重視する
マスメディア宣言を採択したが,その理想は簡単に達成
しうるものではなかった。
UNESCOでの検討は,ITUの示
唆もあって新聞メディアのみなら
ず電気通信系メディアを含めたあ
らゆるインフラストラクチャの問
題に及んでいった。表1は,その
報告(1980年)によるインフラス
トラクチャの地域格差の一例であ
る。ついでながら同報告によれば,
アジアにおいては,人口5%に過
ぎない日本が新聞発行部数の66%,
ラジオ46%,TV63%,電話89%
を占めている。基礎的ともいえる
インフラストラクチャのこのような格差は,情報流通の
不均衡是正など及びもつかないことを物語っている。南
北の文教格差を加えれば,さらに厳しいものとなる。こ
うした発展途上国は,国際連合加盟約160か国の80%に
も及び世界人口の3/4を占めている。
表1 コミュニケーション・インフラストラクチャの地域格差(1,000人当り)
コミュニケーションの流通,インフラストラクチャの
格差は,南北に限ったことではない。共に先進国である
東と西の関係にも,同じ東,西の中にも存在する。わが
国と西欧とくに米国の新聞に掲載される相手国記事の量
には,大きな格差があるといわれ,情報流通に関する限
り日本は南に近いといわざるを得ない。わが国との経済,
貿易摩擦の遠因であるともいえよう。こうした問題を分
析,検討することもWCYの目的の一つである。
反面,コミュニケーションの発展に伴って到来する情
報化社会における脆弱性,情報の氾濫等について充分な
対策を講ずることも重要である。金融,販売,交通,医
療さらには行政管理等の分野に導入されつつある各種の
情報化システムにおける機能の安全性,プライバシーの
保護,データベースの在り方など社会に大きな影響を及
ぼす問題である。ニューメディアとしての双方向CATV
(有線テレビ)は,豊富なデータベースの中から加入者
の選択するニュース,料理,娯楽,教養など各種の情報
を提供するとともに,ホームショッピング,ホームバン
キング,座席予約等を可能にするのは勿論,各家庭の視
聴調査や生活環境設備の監視,管理(ハウスキーピング)
まで行う集中管理システムとしての機能も備えている。
しかし,このようなシステムに収集,記録された情報が
因となって家人の生活状態や視聴した番組が他に筒抜け
にならないという保障はない。ハウスキーピングの面で
は,システムの故障が心配になろう。また,増大する情
報,価値観の多様化に備えたデータベースの在り方など
についての考察も重要である。
以上に触れたごく一部の問題の他にもコミュニケーシ
ョンの普及に不可欠なインフラストラクチャの標準化,
電波や静止衛星軌道の使用などに関する重要な問題が山
積している。
WCYは,このような様々な背景のもとに,ECOSOC
が問題の分析と解決のために行った勧告(1980年)が端
緒となって,国連の決議に至り実施されている。
コミュニケーション問題の解決は,相互理解の心を込
めた情報とそれを伝える充実したインフラストラクチャ
にかかっているといえよう。WCYのシンボルマーク(図
2)は,いみじくもこれを象徴している。東西南北を相
互に結んだ線は,コミュニケーションのネットワークを,
そして,それらの線が形作る四つのハートは,コミュニ
ケーションによる世界の人々の心と心の結び付きを表し
ており,コミュニケーションが人類と平和的な社会,経
済の発展に役立つことを示している。
図2 世界コミュニケーション年のシンボルマーク
世界コミュニケーション年事業の推進
WCY事業は,図1に示した国連,国内の両レベルが各
々策定した活動計画に基づいて推進されている。
国連レベルの活動は,主としてWCY事業の最大の効
果が期待される国内活動に対する支援である。
わが国では,政府にWCY推進本部が,そして,本部と
連携をとりうつWCY事業の実行に当る民間代表主体の
WCY国内委員会が,それぞれ昨年秋に設置された。現在,
関係各界の協力のもとに活発な運動が展開されている。
WCY推進本部が決定した推進方針に盛られた事項は,
次のとおりである。
◎啓発活動
(1) 各種のWCY記念集会の開催
(2) WCY推進本部によるWCYの声明の発表
(3) WCY記念切手の発行
(4) コミュニケーション発展のための各種のセミナ
ー,シンポジウム,会議等の開催
(5) コミュニケーション発展のための各種の展示会
等の開催
(6) 国,国内委員会,政府関係機関及び民間による
各種の広報活動
◎コミュニケーション発展のための施策
(1) 技術開発の推進
・素子技術の開発
・光ファイバ通信技術の開発
・ディジタル通信技術の開発
・宇宙通信技術の開発
・情報処理技術の開発
(2) コミュニケーション・メディアの整備・発展
・ディジタル通信網の構築
・ビデオテックス,文字放送,衛星放送等のニ
ューメディアの開発・普及
・コンピュータ・ネットワークの構築
・公共的データベースの形成
(3) 情報化に伴う問題等の解決
・データ保護,プライバシー保護のための対策
の確立
・国際的情報流通の不均衡に伴う諸問題の解決
・情報システムの安全性の確立
◎国際協力
(1) コミュニケーション・インフラストラクチャの
開発促進協力
・発展途上国に対する開発調査団の派遣
・要人の交流
・専門家派遣,研修生受入れ,要員の養成等
・アジア・データベースの形成
・コミュニケーション・インフラストラクチャ
発展のための開発プロジェクトに対する経済
協力
(2) 先進諸国との産業協力等
なお,国内委員会は,図3のようなアイドルキャラク
ター(愛称コミちゃん)を制定し,国民の関心の高揚に
努めている。
図3 日本のWCYアイドルキャラクター
世界コミュニケーション年と当所とのかかわり
コミュニケーションのインフラストラクチャの中でも
主要な電波にかかわりをもつ当所は,古くから多くの研
究成果を関連の国連機関や内外の各分野に反映させ直接,
間接にコミュニケーションの発展に貢献している。
とりわけ,電気通信の国際的な普及,発展を任務とす
るITUに対しては,傘下のCCIR(国際無線通信諮問委
員会),ARC(無線通信主管庁会議)及び各種セミナー
等を介し活発な寄与を行っている。電波利用技術を研究
し勧告するCCIRに対しては,最近の10年間だけでも約
130件の寄与文書を提出した。また,電波や静止衛星軌
道の国際的な分配,規則の制定等を行うARCに対しても
研究成果の反映に努めている。
しかしながら,ITUには,まだ数多くの複雑な問題が
残されている。最近では,世界共有の地球的資源であり,
かつ有限な電波や静止衛星軌道の分配,使用について南
北問題はいうに及ばず,各国の主張に大きな格差があっ
て,その調整は難航を極めている。政治的な要素を秘め
ているともいえるこれらの問題の技術的解決もしくは調
整を可能とする寄与が望まれるところである。
コミュニケーションの発展に伴う電波の需要増大に備
えた既利用周波数帯の利用効率向上技術,未利用周波数
帯の開発,コミュニケーションの高度化に備えた情報処
理,伝送技術等に関する研究,寄与も必要であろう。ま
た,電気,電子技術分野の標準化を検討するIEC(国際
電気標準会議)に対しても寄与の継続が望まれる。
当所としては,かかる経緯からWCY活動に積極的に
参加するとともに,これを契機に改めてWCYの目的を
念頭にした研究を推進し,その成果を世界のコミュニケ
ーションの発展に反映させることが必要であろう。
おわりに
政治,経済,社会,文化を異にする国々,そして世界
におけるコミュニケーションの問題が, WCY事業によ
って直ちに解決されるものではない。1983年を世界のコ
ミュニケーション元年として,世界全体が一つの目標に
向って活動を継続して行くことに意義があるものといえ
よう。WCYのシンボルマークに象徴された心の触れ合
うコミュニケーションと,それを伝えるインフラストラ
クチャが発展,充実し,WCYの理想に到達する日の近
いことを祈るものである。
(国際技術研究室長 澤路 和明)
電 波 部
はじめに
スポラディックE(Es)層による異常伝搬
このEs層の発生機構・形態は地域によって大きく異な
り,高緯度,中緯度,赤道地方などに特有の型がある。
本報告の主題の場合の中緯度Es層は夏に最も発達し,そ
の発生機構についてはWind-Shear理論が有力である。
すなわち,風の東西成分のシャー(風速が高度により異
なる)のためローレンツ力による自由電子の集束が生じ
るという。Es層の水平方向の拡がりは数十mから数千q
の範囲になり,鉛直方向の厚さは水平方向の大きさの
10^-1〜10^-2倍程度である。
さて,このEs層は他の正規E層と同じようにその臨界
周波数(f0Es)に応じて電波を反射する。この場合1回
反射で到達できる最大距離は約2400qで, 2回反射は地
表面による遮蔽効果のため著しく弱くなる。伝搬モード
は層内電子密度不均一分布による散乱モードと鉛直方向
の急激な電子密度勾配による反射モードに大別される。
一般に等価周波数 (運用周波数をf,入射角をiとして
f・cos iで定義される)がfbEs(遮蔽周波数;鉛直上方に
発射され,Es層を透過してF層に届きそこで反射される
電波の最低周波数で,Es層の透明の度合いを示す)より
小さければ反射は鏡面反射的である。等価周波数が
fbEsとf0Esの間にあるとき,反射は;巨視的な電子密度
分布構造;平面層上の微細構造;ブロッブ状の微細構造
等、に依存すると考えられるが,いずれのモードが卓越す
るかはいまのところ不明であり,この問題は本研究の重
要なテーマの一つである。さらに注意すべきことは入射
角iは対流圏屈折率分布によっても左右されるため,Es
層伝搬般は対流圏の気象条件と無関係でない可能性がある
ことである。Es層伝搬に及ぼす対流圏屈折率分布の影響
の調査も重要な研究課題である。
Es層の発生は時間・空間的に不規則であるから,その
発達状況は統計的にしか把握できず,したがって極端な
言い方をすれば,Es層伝搬特性も統計的な評価しか意味
をもたない。
元KDDの宮氏が実験的に求めたEs層反射損失は運用周波
数のf0Esに対する比及び送受信点間距離のみに依存する
(反射損失の距離依存性は複雑であるが,反射係数の入
射角依存性と地表面による遮蔽減衰効果を反映して,反
射損失は1500q付近で最小になるp混信障害発生はこの
ような反射損失の距離特性と無縁でない)。したがって国
線パラメータが与えられ,f0Esの確率分布が観測からわ
かれば,電界強度を確率的に求めることができる。
混信障害発生の予測
回線の受信電界問値に対応して反射損失,したがって
f0Esが一意的に決まることを利用して,Es層伝搬に起因
する混信障害の発生予測について検討してみる。NHK技
術本部が調査した障害のうち継続時間の長いものについ
て,f0Esとの関係を調べたところ,f0Esが14MHzを超え
るとき,障害が発生することがわかった。実験結果によ
ると本邦付近でf0Esが14MHzを超える時間率は5〜8月
の昼間で約2%である。つまり受信条件が悪く障害を起
こしやすいところでは5〜8月の間に約30時間障害が発
生することが予測される。ヨーロッパ,北米大陸でf0Es
が14MHzを超える確率はそれぞれ0.04,0.1%であり,こ
れらの地域でEs層による混信障害が起こる可能性は非常
に小さい。
おわりに
今では夏の季語と化しつつある“Eスポ受信障害”と
関連して,電波研が実施しているVHFの電波のEs層伝搬
の調査について述べた。
日本を含む東アジアはEs層活動が地球上で最も盛んな
地域で,我が国ではこの地の利を活かして多くの先駆的
研究がなされてきた。しかしこの混信問題の対策を得る
ためには未だ解明すべき点が多く残されている。特にEs
層の発生機構の問題はこの混信障害の予知と関連して究
明すべき重要な課題であり,これは現在電波研究所も参
加して実施中の中層大気国附協同観測計画(MAP)の重
要なテーマでもある。VHF帯電波のEs層を介しての伝搬
についても多くの研究成果が蓄積されているが,残念な
ことに,これらの研究の大部分は50MHz以下の伝搬般デー
タを用いて行われたため, これらの結果を100MHz付近
に敷衛できるかどうか検討を要する。1966年,それまで
のE3層伝搬の集大成としてKDDの宮氏によって確立され
た電界強度計算浅法(1978年CCIRによっても採用された)
についての検証が本調査のテーマの一つになっているゆ
えんである。今後資料の蓄積をまってこの問題を検討し,
より高精度の実験式を導きたいと考えている。
この調査の目標はこの混信障害に有効に対処するため
の伝搬資料を取得することにあり,この資料にもとづい
てD/Uの改善,あるいは混信波の除去について研究調査
を行う計画である。
(電波伝搬研究室長 石嶺 剛)
小坂 克彦
はじめに(鹿島支所 第二宇宙通信研究室長)
Sheraton Bal Harbour
佐分利 義和
本号から研究には直接関係のない記事も掲載して,コ ミュニケーションの輪をより拡げたいとの企画一課の考 えを聞かされた。支所,観測所からの地方の香り豊かな 便り,いろんな方の貴重な体験,見聞,感想など,など, 形式ばらずに書いてもらえば,楽しいものになろうと思 った。新たな試み,まずは総論賛成。ここまではよかっ たが,その後,第1号の原稿をと要請される破目となっ た。編集日程,その他の事情があるようであったが,私 自身,筆のまにまに随うといった才能はないし,つねづ ね「我以外は皆吾が師」を心がけている立場を説き,防 戦これ努めたが,徳至らず,刃折れて,ついに前座を務 めさせられることとなった次第である。こんなわけで, 本文にこりず,次号以降を乞御期待とお願いしたい。(総合研究官)
▲観測作業中の五十嵐・倉谷両隊員
1年間の越冬生活を終えた第23次南極観測隊(星合孝
男隊長以下33名)は成田着の日航機で3月21日全員元気
に帰国した。一方,観測船「ふじ」は一足遅れて4月20
日晴海埠頭に入港し,観測の結果を持ち帰った。
1980年の昭和基地は暖冬に見舞われたが,1981年の第
23次越冬では一変して, 9月4日に零下45.3℃と昭和基
地開設以来の低温を記録し,年間のブリザード回数も4)2
回と今までの最高を記録した。第24次隊と交替時の1月
は例年になく晴天が続き空輸は順調であった。当所担当
の電離層部門は定常観測3項目の他,研究観測として新
たにMAP計画の一環であるVHF ドップラレーダ観測
を実施した。これを可能にしたのは計算機の導入であり,
レーダ制御と多量のデータ処理が実時間で行えるように
なった。MTに集録されたデータはこれから再生解析さ
れるが,その結果を期待したい。
ETS-V/AMES計画推進本部体制
▲香住高校実習船但州丸
▲実験風景(中央右 EPIRB,中央左 波高計)