電離層斜め観測


電 波 部

  はじめに
 電波研究所では,地球大気の一部である電離圏の状態 を知るため,国際的協調のもとに電離層の定常観測業務 を行っている。それは,中波から短波帯にかけて周波数 を掃引しながら,パルス状の電波を上空に向けて発射し, その周波数と高さの関係から電離層の電子密度の高度分 布を測定するものである。この方法は,電離層のリモー トセンシングの中でも最も基本的で,且つ有効な手段と して,現在広く世界中で使用されているものである。し かし,これによって得られる電離層の情報は,観測点の 上空だけに限定されるものであるから,短波通信の回線 設定,または電波の伝搬状態を把握する立場から見た場 合,煩らわしい計算によらなければ,その回線の最高使 用周波数,最低使用周波数及びそれらにはさまれた通信 可能周波数帯域が分らないという不便さがある。そこで, この解決方法の一つとして,上記の三者と,そのほかに 受信電界強度及びスポラディックE層(突発的に消長す るE層でEs層と略記される)の最高伝搬周波数が,直ち に分る電離層斜め観測の実施計画を立てた。その計画は, 各地方電波観測所で行っている定常電離層観測の電波を, 有効に利用して行うことを特徴とするもので,1つの観 測所の発射電波を離れた別の観測所で受信し,上記の垂 直打上げ観測だけによる欠点を補おうとするものである。 この計画は「短期電波予報警報のための電離層観測」の 一環として,短波通信回線の効率的利用を図るため,日 本近傍における即日的あるいは数日先までの短期電波予 報のための有力な基礎資料を得ることを目的とするもの である。このためのシステムが,昭和57年12月に完成を 見たので,そのあらましについて紹介する。
  斜め観測のシステム
 当所では,稚内,秋田,国分寺,山川,沖縄の5か所 で,電離層の観測を行っている。その際,電波は当然真 上に発射されるが,そのおこぼれが側方にも発射されて しまうことになる。このおこぼれ電波を別の観測所で, うまく受信できるようにしたものがこのシステムである。 電離層観測機は,周波数を1MHzから25MHzまで連続的 に変化させて電波を発射し,電離層からの反射波を受信 できるようにつくられた装置である。しかし,周波数掃 引において,各所の観測機の周波数変化の割合(冉/儺) は,正確に一致していない。そこで,離れた所で周波数 を掃引しながら発射する電波を都合よく受信するために は,最新の電子技術を用い,ステップ状の掃引を行い, この変化の割合を全所同一にしなければならない。また 送信パルスの繰返し数,並びに送受信の開始時刻(観測 開始時刻)の一致も欠せない条件である。こうした要求 をみたした装置からなるシステムを模式的に示したもの が図1であり,5つの電波観測所でネットワークを構成 している。また主要な規格は表1のようになる。


図1 電離層斜め観測システム


表1 主要諸元

 電離層の観測は上記5ヶ所の観測所で15分毎(毎時0 分,15分,30分,45分)に行われて来た。取得された観 測データは読み取り後,国分寺本所へ送られ,整理,配 布,保存されて来た。このシステムでは国分寺を除く観 測所の送信電波を国分寺で受信するため,各観測所の観 測時刻を順次30秒づつずらし,表2に示すようなタイム スケジュールで行うようになっている。すなわち,運用 は,従来の毎時零分の観測を例にとれば,最初,稚内で 59分06秒から30秒までの間に頭上の電離層の観測をし, 同時にそこから発射された伝搬可能な周波数の電波が国 分寺において受信される。次いで秋田からは59分36秒か ら60秒までの間に電波が発射される。以下同じように北 から南の観測所へ順次観測が移り変って行く。したがっ て,国分寺では2分30秒の間に,4つの観測所のそれぞ れ中間点の電離層の状態及び伝搬状態が,把握できるこ とになる。図2は,電離層観測機及び斜め観測をするた めに必要な付加装置を示したものである。この付加装置 は周波数の安定度が±1×10^-11/月であるルビジウム周 波数標準器(基準周波数と基準秒信号の原振)と送信周 波数の変化割合を正しく20kHz120msにし62MHz〜86 MHzの範囲の周波数を発生させる周波数シンセサイザが 主体をなし,同期信号を作る信号制御部を含んでいる。 付加装置でつくられた62MHz〜86MHzの周波数は,電離 層観測機内61MHzの周波数と混合され,その差成分であ る1MHz〜25MHzをパルス電波にし,電力増幅してデル タ型アンテナから発射する。国分寺には,斜め観測専用の 受信装置を設置し,各観測所ごとの回線自動切換器(伝搬 時間補正回路)を通して斜めイオノグラムを記録する。 なお伝搬周波数に対応した受信電界強度も同時に記録す る。また,ネットワークとして全観測所の観測機は同期 がとれているから,地方観測所では,自所の観測時間以 外は受信機だけ働かして,他の観測所の斜め伝搬波を受 信することができる。地方観測所で完全自動観測記録方 式を行うとすれば,斜め用の記録部と回線自動切換器が 必要になる。


図2 付加装置と観測機の結合


表2 観測タイムスケジュール

  斜めイオノグラム
 垂直打上げによる電離層観測で得られる反射波の周波 数と高さの関係を示す図は,イオノグラムと呼び,離れ た2点間で斜め観測装置によって得られる周波数と伝搬 距離(または時間)の関係を示す図は,斜めイオノグラ ムと呼ばれる。図3は,昭和57年12月20日12時15分の観 測記録の例であり,上段左が稚内−東京(国分寺)回線, 右が秋田−東京回線,下段左は 山川−東京そして右は沖縄−東 京の各回線の斜めイオノグラム, 中央は東京のイオノグラムであ る。これら斜めイオノグラムの 縦軸は,相対的(原点は示され ていない)な伝搬距離で100q /目盛になっている。それぞれ の斜めイオノグラムに現われて いる伝搬波の最も低い周波数は 最低使用周波数(LUF),最も 高い周波数は最高使用周波数 (MUF)と呼ばれ,その間の周 波数範囲が伝搬可能な周波数帯 域となる。これらは回線の長さ によって異なる値をとる。また各斜めイオノ グラムには,多数のトレースが現われている が,これらは下側から順に電離層のE層を1 回反射して到達したもの,F層を1回反射し て到達したもの,さらに2回,3回と反射し たものなどである。多重反射による伝搬波の ある周波数範囲も情報を伝送することは可能 であるが,多重波間の干渉が生じるので通信 の品質が低下する。ところが反射回数の最も 少ないトレースで周波数が高いところは,単 一伝搬波となるので,この周波数帯域を使用 すると,上記のような干渉がないから良好な 通信を行うことができる。斜めイオノグラム を使用すれば,回線の中点の真上の電離層の 状態を計算で求めることができるので,これ を地球大気科学の情報として利用すれば,も ともと電波観測所単独で得られるデータに加 えて,倍以上のデータが得られることになる。 また時々刻々変化する電波伝搬状態を把握す るために用いれば,実回線との条件の違いや, 割当てられている周波数などの制約はあるも のの,最適周波数を用いて信頼度の高い通信 を行うことができるようになる。最近Es層が 反射体となり,遠くで使用されている電波が, FM放送やTVの低いチャンネルに混信を与え るという障害が起ている。これまでは点とし てとらえざるを得なかったこれらの情報が, 各観測所のイオノグラムと,斜めイオノグラムによって, Es層の発生,発達状況,あるいはその移動方向など,面 としてとらえることができるようになったので,Es層に よる混信障害の有効な予知資料になることが期待できる。 今までの5観測点が,15観測点に増えたことにより,時 刻,季節,太陽活動によって変動し,地磁気嵐によって大き く影響される電離層伝搬情報を,さらに詳細に調べるこ とが可能になった。


図3 東京(国分寺)の垂直イオノグラム及び東京 稚内,秋田,山川,沖縄間の斜めイオノグラム

  おわりに
 当所が計画した電離層斜め観測のあらましについて述 べたが,このシステムの完成によれば,これまでは考え られなかった伝搬情報を,何時でも,誰でも,自由に利 用できるという訳である。それには若干の経費を伴うが, 同期型簡易受信機を用意すれば,国内5電波観測所から の電波を直接受信することができるからである。いわば 伝搬情報のオープンシステムができあがった訳であるか ら,電波科学の発展のため,あるいは電波の効率的利用 のために大いに役立つものと考えている。またこのシス テムは,垂直打上げ観測の装置を利用し,電離層斜め観 測をネットワークとし,しかも定常的に行うことができ るという世界でも初めての試みとして,国際電離層観測 網勧告委員会(INAG)の文書で広く紹介され各国から 強い関心が寄せられている。

(電波予報研究室 研究官 竹内 鉄雄)




CSによる応用実験


通信衛星実験実施本部


  はじめに
 CSの応用実験は基本実験実施機関以外の参加を得て 昭和55年度に開始され,CS-2aの打上げられた57年度末 を以ってほとんど終了した。残された項目はコンピュー タネットワーク実験のうち,電波研・東北大学の分であ る。この応用実験への参加機関の一部は,58年5月CS- 2における公共,自営のユーザとして準ミリ波衛星回線 の実利用を開始した。このことからCSの応用実験は, CS…2の実利用の発展に大いに役に立ったと考えられる 参加した機関は三年間の実験を総合報告としてまとめた ので,その一部を紹介しつつ参加機関の印象などを述べ てみたい。
   CS応用実験とは
 衛星通信の種々の利用形態に対する適用性を調べるた め,関係機関(NTT,KDD,通信衛星連絡協議会,電波 利用調査研究会衛星実験部会委員等)の協力を得て実施 項目を決め,各ユーザのその分野での衛星通信実験を実 施,体得しよようとしたものである。
 これらは国鉄,警察庁との公共業務用衛星通信システ ムの実験,新聞協会と電気事業連合会(電事連),東北大, KDDを含む準公共的な通信システムの実験,NTT独自の 将来のサービスに関する基礎実験に分けられる。


  応用実験の実施方法及び成果のまとめ
 CS実験と同じく実験実施計画書において実験内容の 概要,実験体制,実験システム,費用及び設備分担,実 験結果の評価公表等について明文化し,その後実験実施 手順書を定めた。その中ではCS基本実験の際と異なり 一項目一頁にまとめ簡潔に表現した。それに従って実験 を実施し,各々の機関との応用実験連絡会(NTTはCS 体制の中のCS実験連絡会)で評価検討し,後に報告書 としてまとめた。
  実験の内容の概要
 公共業務のように新しく衛星通信を経験する所は,ア ンテナの設置,局の運用を含む初期回線設定を重要視し, その上でその業務に必要な端末機器(TV,FAX,写真 伝送,データ伝送等)を用いた伝送品質の評価実験を行 っている。新聞協会並びに電事連は送受信系を電波研あ るいはNTTに依存したのでその場合は主として端末機器 の接続,伝送品質の評価が中心となっている。電波研や NTTは,前記のような地球局運用に関しては十分経験が あるので,応用実験として参加する項目には,サイト ダイバーシチのように自然現象に対処するための かなり高度な研究要素を持つものや,NTTの高機能画像 会議等のように将来の統合ディジタルサービスを目指し たシステムの具体的な評価を行うもの並びにネットワー ク制御のような詳しい制御プロトコル(データのやり取 りに対する取り決め的なもの)を開発するものなどがあ る。
  実験の実用的な成果と問題点
 警察庁はその業務の特殊性から非常災害時等の事件現 場からの情報を送る手段として,衛星通信を活用しよう としており,前述のように,局の運搬や地球局設定訓練 を東京,大阪,静岡,福岡,千葉等の主たる管区警察で 実施し,地区の関係者が衛星通信に対応できるように教 育を行うとともに,衛星利用に対し理解を深めようと努 力を行った。また,実験としては,TV,FAX等のSS(ス ペクトラム拡散方式)の実験とか電話交換機や超短波無 線機との接続実験を行っている。SS等は警察庁らしい 実験であるといえる。
 災害対策用衛星通信システムに関する実験は当所2局 (鹿島,山川)と警察庁2局(東京,福岡)が参加して 行われ,災害対策共通チャネル用付加装置を用いて,非 常時の共通チャネルの確保に関して割込通話等の模擬訓 練を行ない,運用上の問題を明らかにした。主な問題点 は, システムの運用手順に対する通話者の習熟度や,運 用の原則を徹底させることなどであった。これにより災 害発生時,パニック状態になる回線の中で共通チャネル を確保できることを証明したが,今後この方式はSSと 並んで災害通信に必ず取り入れられて行くものと考えら れる。
 国鉄も最近の新聞で報道されているように地震発生の 際の新幹線の安全対策としてCS-2を実利用しているが, 応用実験では国鉄技研が中心となって回線の基本特性, データ伝送特性,静止画,ファクシミリ等の伝送実験を 行ない,衛星通信利用の基礎技術を習得した。
 また,57年9月1日には国土庁−静岡間の防災訓練の 中で衛星ルートによる地震警報の通達,災害地への救援 活動の即時化等に関して大きな役割を果たした。以上の ような応用実験を通じて現在のCS-2利用の基礎が築か れて来た。
 新聞紙面伝送の実験は都合2回行われた。それらはD 回線規格相当(帯域幅3.4kHz)のFM-SCPC回線(当 所)を利用したアナログ方式による紙面電送実験及びI 回線規格相当(帯域幅48kHz) の衛星回線(当所はPS K-SCPC,NTTは準ミリ車載局の電話チャネル132回 線のうち12回線使用)を利用したディジタル方式による 紙面電送実験に分けられる。
 内容については当所ニュースでも紹介されたことがあ るので(No.74,1982.5),詳細は省き具体的な問題点につ いてふれておく。
 一回目の紙面電送実験では他の応用実験と同じく,基本 的な回線品質の測定の他に新聞社特有の回転ドラム式写 真伝送装置やデータ伝送機器を用いて鹿島と共同通信社 の屋上及び鹿島と読売新聞社の屋上との間で伝送実験を 行った。この中では各種のパラメータ(RF出力,モデル 出力等)をいろいろ変えて,それが伝送品質に与える影 響を細かく調べ且つ実利用に役立つデータが具体的な評 価とともに得られている。
 前述のように中間周波数帯以上は当所,以下は新聞協 会と言うことで,そのインターフェース条件の調整に苦 労した。
 信号がなかなか通らず,いろいろ点検した結果レベル が合っていなかったことがわかったというようなことも あった。当所内の実験の中でも端末をつなぎ換える時, 同様なトラブルが起っている。
 また2回目のディジタル紙面電送実験では,装置が大 がかりで動かせないため,当所とNTTの車載局が朝 日新聞社に行き,鹿島折り返し2ホップ及び車載局折返 しの実験を行った。この時の大きな問題としてBER(ビ ット誤り率)特性が10^-8よりよくならないと言う現象が あって,技術者一同苦労したが未解決のまま残った。も う少しスケジュールに余裕があれば,原因解明ができた と思われる。一つの推測としては,電源ケーブル,測定 用の信号回線等も既設の装置に合わせた無理な配線をし たためノイズを拾ったという可能性がある。
いずれも出来合のもののつなぎ合せと言うことで苦労し たが,今後は一体化されたものまたインターフェースの しっかりしたものを作れば問題ないと思われる。この紙 面電送に関しては上記のような問題も含めて実用にはま だまだ解決すべき問題があるのでCS‐2を利用した郵政 省のパイロット実験の中でさらにそれらの問題を解決し て行こうと考えている。
 電事連の実験は主として9.6kbit〜2.4kbit のデータ 伝送とFAX伝送の実験であった。実験は表向きは電力中 英研究所が窓口になり,FAXメーカーが協力してデータ を取得した。ここではFAX伝送信号が,9.6kbitでは 通信ができない事態が発生した。調査点検の結果FAX 特有のトレー二ング信号のやり取りで不具合が起こるこ とを発見し,機器を少し改良して解決した。これはFAX を実用的に衛星回線に使う時の一つの問題点を発見し, 解決した事例である。なお,当所やNTTが中心とな って行った応用実験については記述を省略する。
  応用実験終了に当って
 今まで述べて来たように参加各機関はその業務の特殊 性に応じた衛星回線利用実験を行い,警察,国鉄等は CS-2に向けて実利用の基礎を確立した。その際,応用実 験に使った装置を一部改修してCS-2への利用に供して いる。
 一連の応用実験が特に印象に残ったのは新聞協会との 実験であった。まず一つに技術スタッフが,しっかりし ていること,即ちそれぞれの担当者が現場に非常に許し い技術者であったため我々の方でもかなり専門的な対応 をすることができた。データ取得もパラメータをいろい ろ変えて測定する等かなり本格的な実験を行っている。 また,朝日新聞での実験の時に,新聞社内を詳しく見学 し, そのディジタル処理技術について認識を新らたにし た。新聞社がこのように先端技術を先行してどんどん利 用していることに驚くと共に我々もこの分野での衛星技 術の利用が,促進されるよう力を入れてゆきたいと感じ た。新聞社は,衛星利用の可能性は把握したものの,実 用に際しての利用コストや10^-10の誤り率の保証,さらに 降雨減衰による稼動率の低下と地球局の大きさ等の問題 を中心に衛星利用の導入に関して慎重に調査検討を進め ている。
 終りに応用実験の推進に当られた方々に感謝致します。

(衛星通信部 第一衛星通信研究室長 乙津祐一)




オーロラのなぞにいどむ国際協カ−NASA出張記−


巖本 巖

  はじめての外国出張
 初めてにしては少し荷の重い出張であった。NASAの ゴダード宇宙飛行センタで催されるOPEN計画会議に出 席するついでに,私の担当しているEXOS-D衛星を用い た磁気圏のイオン組成観測で国際協力をすすめるという のが私の任務であったからであるしOPENとはNASAが 音頭を取って地球近傍のプラズマの起源をさぐろうとい う衛星計画の略称で,日本もOPEN-J及びEXOS-Dの 2つの衛星をかかげてこの計画に参加している。EXOS -D計画は特にオローラ粒子加速のなぞにせまることを中 心目標として1988年打上げを予定している。今回の出張 は旅なれた東北大学の大家教授と同行で,行先には当所 の同僚が3人も居てくれるのでその点では気楽であった。 中曽根首相より一日遅れて1月18日成田を出発しその日 のうちにニューヨークに着くと,これでも旅客機かと思 うような小さな飛行機が待ちうけていた。一旦乗ったが これが幸にも故障してとばずにすみ他の便でボルチモア に着くと大家教授の友人で,金星ミッションでは当所も なじみのベンソン氏が丸橋さんと一諸に迎えに来てくれ た。両氏のおかげでセンタにスムーズに入ることができ た。


ゴダード宇宙飛行センターのゲート前に立つ筆者

  OPEN会議
 会議は宇宙研でよくやる設計会議のようなもので100 名程度が参加し,1日目には計画の進捗状況の簡単な報 告の後オーロラのイメージングについて集中的な議論が 行われた。発表者はよく準備していて説得力があり,特に 女性の弁舌は見事であった。多重波長でオーロラの撮像 を行う必要性などを説くために見せられたダイナミック エクスプロアラー衛星のオーロラの写真はすばらしいも のだった。日本の計画については特別にプログラムに追 加してもらって,大家教授が発表し,又中曽根−レーガ ンのシャトル利用に関する合意の一部が読みあげられた りして注目された。2日目はデータ処理についての議論 だったが,エイキン氏との約束で,センタ内の見学をし た。エイキン氏は前には我々と同じようなD層のロケッ ト実験をやっていたが,最近では成層圏の観測にくらが えしていた。特別に見せてもらったニーマン氏の質量分 析に関する装置は立派なもので,今はガリレオ計画(木 星探査を計画)の準備中とのことであった。門外漢でよ くはわからないが,紫外・赤外天文衛星のデータ解析を 楽しそうにやっているのを垣間見たりもした。
  日加協力の話すすむ
 国際協力の話では丸橋さんに手伝ってもらって,まず テーラー氏に会った。彼はベネット型質量分析器では我 々の大先輩で,協力には大いに乗り気であったが,測定 器については契約会社との合意が必要といった面倒な問 題があり,とりあえず情報の交換という程度にとどまっ た。本命のホエイレン氏が我々がNASAに居るというこ とでカナダからとんできてくれた。カナダでは近い将来 に科学衛星計画はないらしく,日本の計画に参加するこ とに非常に熱心である。同氏は我々が予定しているのと 全く同様の測定器を開発しており,日加政府間の包括的 協定を踏まえ,又日本のきびしい財政事情も考慮して, 結局,測定器の製作はカナダが担当し,データは対等に 使うという条件で共同実験をすることになった。帰国後 の話になるが,ホエイレン氏と他1名が来日して共同提 案の中味をつめ宇宙研へ提出した。
  おわりに
 今回の出張の機会を与えて頂いた大家教授及び西田教 授をはじめとする宇宙研・文部省の関係の方々,諸手続 を進めて下さった当所の関係の皆様,それに公私にわた って非常に御世話になった丸橋主任研究官に厚く感謝致 します。

(衛星計測部 第二衛星計測研究室長)




旅  情


桜沢 晃

 昭和52年8月の末,私は白っぽい夏の背広に身を包ん で'オスロの波止場に立っていた。日本の秋のような爽 やかな空気の中で,燦々と降りそそぐ陽光を浴び,海か らのそよ風に吹かれながら,オスロ・フィヨルド観光船 の出発時刻を待った。
 小島が重なり合った海の風景から向きを変えると,波 止場につづいた公園を隔てて市庁舎がそびえ,人や車の 往来が賑かであったが'それでも落着いた雰囲気であり, 街には木々の緑や華やかな花壇の色彩はあったが,それ でもその印象は,岩の上にあるといった硬質のものだっ た。
 8月の初め,日本を発ち,ホノルル,サンディエゴ' ワシントン,ロンドン,オスロと廻った,30日間の海外 出張の旅も今日で終りであった。
 オスロでの仕事を終えて,余裕が少しあったので,オ スロ市とその附近を見物した。王宮とその衛兵交替風景。 二つの塔をもつ市庁倉。オスロ大寺院とその前の広場の 花市場。中世の城砦で賓客用の宮殿でもあるマゲルスフ ス城。彫刻群で有名なフログネル公園。伝統的な木造建 築物の屋外博物館,バイキング船博物館。お姫様を盗み 出すのが大好きだが,頭が悪いので,直ぐ王子様や賢し こい羊飼いにとり返えされてしまう,奇怪な顔の巨人ト ロールの人形もお土産に買った。
 オスロは,こじんまりと整った,清潔な街だった。
 これからのフィヨルド観光を最後に,明日は日本に帰 えるのだと,波止場のベンチに腰をおろしながら,思っ た。それは,我が家にではなく,日本にであった。短い 期間ながら異った文化の国々に居て,明日はこれに別れ を告げて,もとの日本にもどるといという思いだった。


 陽を浴び,そよ風に吹かれて,ただそれだけに身を任 せているような思いの中に,ふと「旅人と我が名呼ばれ ん」という言葉が浮び出た。今の私の気持を表現するに は,この言葉が一番ぴったりした。仕事に伴う気苦労か らの解放と見知らぬ場所に独りで居る解放感。
 では,下の句をどうつけようかと考えていると,向う から若い女性が軽やかな足どりで歩いてくるのが目に入 った。確かに日本の人だ。こんな遠くに,観光シーズン も終りだというのに,若い女性の一人旅か。近づいたら 挨拶しようと,人恋しい気分になった。しかし,横の方 から若い,ノルウェー人らしい男性が,急ぎ足で現われ, 二人は腕を組んで,マケルスフス城の方へそれてしまっ た。


 淡い失望を覚えながらベンチに坐り直して,下の句に もどった。旅を棲処とした芭蕉は「初しぐれ」としたが, 私の場合は心象としても現実の風景としても「初しぐれ」 には無縁であった。他と関わりをもたないことから生ず る,解放感と哀愁のないまぜたような気持はあった。し かし,それは,落着くべき場所をもった人間のもつ安堵 感に支えられていた。このオスロの,乾いた,光った大 気のよう角透明さを帯びた哀愁は,どう言い表わしたら よいのだろうか。
 明るき陽ざしを浴びつつ,オスロ港にて詠める,
   旅人と我が名呼ばれん, ・・・・・・
と,苦吟しているのか,思考停止しているのか,わから ないままに時間は経ち,やがて,がっしりした, 3, 40人は乗れそうな観光船が,軽やかに桟橋に着いた。船 から出てきて,乗船を呼びかけた案内人は,15,6才に 見える,普段着の少女だった。

(前衛星計測部長)


短   信


秋田に巨大地震

 去る5月26日,12時18秒,秋田沖に発生したマグニチ ュード7.7の巨大地震(日本海中部地震)は,その直後 日本海沿岸に襲来した津波と重なり,多くの犠牲者と大 きな被害をもたらした。
 当時庁舎内で昼食を始めようとしていた職員は,地鳴 りと共に襲ってきた地震に,机をつかみ震動のおさまる のを待った。しかし,突然,雑誌架が烈しい音で倒れ, 続いて隣室の衝立が倒壊し,ガラスの割れる音,各部屋 の戸棚類,机,いす,各測定装置が踊るように動く音等 が一瞬に交錯し,ますます横揺れの震幅が増大するに及 んで,階段を,廊下を転げるように走り,玄関から外に 飛び出した。そして,構内に立つ高さ45mと30mの電離 層観測用アンテナのトラス柱が蛇のようにうねるのを見 上げ,その無事を祈り,見守った。
 地震は4〜5分ぐらい続いていたと思われたが,余震 の続く中で庁舎内外の被害調査を行った。被害,状況は次 のとおりである。
 各観測及び測定装置は定位置より0.5〜1m前後ばらば らに移動し,VHFレーダ装置を除き,電離層観測装置, 短波電界強度測定装置,長波電界強度及び位相測定装置, FM受信装置,ドップラ観測装置等全部故障或は再調整 を必要とした。各装置の復旧調整作業は断続的に続く余 震の中で行われ,地震発生後1時間45分で,ます、電離層 観測が再開され,その他の装置も順次再開された。
 室内の各書庫や保管庫類,机,いす,金庫等も定位置 から大きく移動したが,1部倒壊を除き被害は割合い少 なかった。
 庁舎外では,地盤沈下により庁舎周囲,車庫,ブロッ ク回障等との間に5〜15p程度の段差が生じたため,庁 舎の一部分に亀裂が入り部分的に破損崩壊し,更にブロ ック回障が道路側に若干傾斜した。
 今回の地震で東北地建による当所内外の被害調査結果 は,今後の地震対策上必要とされた整備計画に基づく特 別修繕費を含め,被害総額は約2000万円にのぼった。
 5月26日,12時18秒,そのときの恐怖感は,身をもっ て体験した者のみが知る自然の威力のすさまじさであっ た。


▲壁タイルの脱落


▲つい立やテーブルの倒れた実験室



郵政省の宇宙通発計画見直し要望

 本年の3月16日に宇宙開発委員会が決定した「宇宙開 発計画」に対する見直し要望が,別記の通り, 6月15日 に郵政省から同委員会へ提出された。昨年は,当所の研 究計画に直接関連する項目としては航空・海上技術衛星 (AMES)以外の要望を行わなかったこともあり,所内 では宇宙開発計画検討委員会が主体となって,全面的な 見直しを行い,内容については電波監理局宇宙通信企画 課及び宇宙通信開発課とも十分な協議をした。その後, NTT,NHK等の要望も含め,宇宙通信連絡会議の審議を 経て見直し要望が決定された。なお,実験用通信衛星( JECS)及び通信技術衛星(ACTS-E/ETS‐Y)につい ては,事前に関係機関の間で意見調整が行われた。当所 の見直し要望事項は上記の2項目の他,地球観測ミッシ ョン機器,電磁環境観測ミッション機器,レーザを利用 した静止衛星の高精度姿勢・軌道決定システム及び大型 宇宙アンテナの組立・測定技術の4項目である。



−宇宙開発計画の見直し要望−

               郵政省 58年6月15日
1 自主技術による宇宙開発の促進について
 我が国における自主技術による宇宙開発の促進を図る ため,人工衛星技術の開発に資するとともに,実利用に 供することを目的とする人工衛星の打上げ失敗により生 ずる人工衛星の利用者機関の損害については,政府とし ては,適切な救済措置を講ずる。
2 放送衛星3号(BS-3)
 我が国初の実用放送衛星である放送衛星2号(BS-2) による放送サービスを継続し,また,増大かつ多様化す る放送需要に対処するとともに,放送衛星に関する技術 の開発を進めるため,第二世代の実用放送衛星として, 放送衛星3号(BS-3)の六機を昭和63年度に,また, 予備機を昭和65年度に打ち上げることとし,開発を行う。
 なお,実利用の促進を図るという観点から,信頼性の 向上と利用者機関の経費負担の軽減については,十分に 配慮する。
3 実験用通信衛星(JECS)
 昭和60年後半に打上げが必要となる大容量通信衛星及 び移動体通信衛星に用いられるマルチビームアンテナ技 術,衛星内交換技術,アンテナ展開技術等の開発を目的 とする実験用通信衛星(JECS)を昭和64年度頃に打ち 上げることとし,所要の開発研究を行う。
4 通信技術衛星(ACTS-E/ETS-O)
 宇宙通信が宇宙開発の基幹的技術の一つであることに かんがみ,この分野の自主技術の確立を図るとともに, 将来の通信・放送需要の増大及び多様化に対処する必要 がある。このため,新しい周波数帯を利用した固定衛星 通信技術,移動体衛星通信技術,衛星放送技術等の開発 を目的とする通信技術衛星(ACTS-E/ETS-O)を昭和 66年度に打ち上げることを目標に,搭載通信機器の研究 を行う。
5 観測の分野の衛星搭載ミッション機器に関する研究
 (1) 地球観測ミッション機器
 多方面への応用が期待されている電波リモートセンサ に関して,データの解析技術の研究及び合成開口レーダ, 多周波マイクロ波放射計,マイクロ波雨域散乱計等の研 究を行う。
 (2) 電磁環境ミッション機器
 電波伝搬媒質の乱れ,衛星の異常帯電等による障害の 発生を予知・警報し,通信業務等の円滑な運用を図るた め,これらの主な原因である太陽活動が極大になる昭和 60年代中頃に電磁環境観測衛星(EMEOS-A)を打ち上 げることを目標に, そのミッション機器の研究を行う。
6 人工衛星の共通技術に関する研究
 (1) レーザを利用した静止衛星の高精度姿勢・軌道決 定システム
 静止衛星の軌道の正確な決定及び高精度姿勢制御を可 能にするレーザを利用した高精度姿勢・軌道決定システ ムに関する研究を行う。
 (2) 大型宇宙アンテナの組立・測定技術
 衛星搭載アンテナの大型化及び高精度化に必要となる 大型宇宙アンテナの組立・測定技術に関する研究を行う。



一般行政経費の節減を訴える

 年々厳しさを増す研究所の予算の現状を踏まえ, 6月 の研究談話会において「電波研究所の実行予算について」 という演題で会計課長の講演が行われた。異例の研究(?) 発表に,聴衆の数は国分寺約140名,鹿島20名の多くを 数えた。
 講演の内容は,実行予算の組立方,研究者に理解が得 られにくい一般行政経費及び節約の協力などについて, 57年度の実数字を用いた説明があった。
 逼迫した当所の予算状況や会計課長の熱弁に聴講者は 一層の節約の必要性を認識したが,具体的な節約となる と名案がすぐには思い浮ばないようである。講演後間髪 を入れず,企画部第一課長より各研究室へ節約の提案を つのる文書が配られた。今後の具体的提案が注目される ところである。



第9回RRL/NASDA共同研究委員会開催

 標記の委員会が6月27日,当所で開催された,当所か らは若井所長ほか22名, NASDAからは大沢副理事長ほ か17名が出席した。委員会は,若井所長,大沢副理事長 の挨拶の後,昭和57年共同研究等の成果報告及び昭和58 年度共同研究等の計画案について審議を行った。
 今年度は共同研究として(1)マイクロ波放射計のデータ 処理・解析法の研究,(2)レーザによる衛星姿勢検出法に 関する研究,(3)CS搭載用トランスポンダの機能性能チ ェックの3項目が,またNASDAからの技術協力として ETS-Uによる電波伝搬特性の研究が承認された。なお, 衛星間通信技術を用いた追跡管制及びデータ中継衛星シ ステムの調査研究は更に内容を検討して共同研究の方向 で協議を進めることになった。技術試験衛星N型 (ETS-X)と航空・海上実験システム(AMES)との整合性 の研究にっいては,今後のETS-X/AMES計画の開発体 制とも密接に関係するので,共同研究の枠組みに囚われ ず,どのような方法で協力体制を確立するのが良いかを 検討し,RRL,NASDAの両者で改めて協議することに なった。
 引続き,郵政省及びNASDAからの昭和58年度宇宙開 発計画の見直し要望について説明を行った後,宇宙基地 計画の進め方に関する若干の意見交換を行って,閉会し た。