太陽じょう乱と地球


小川 忠彦

  はじめに
 太陽は誕延生以来40億年以上も輝き続け,膨大なエネル ギーを放出してきた。地球上に原始生物が現われ,それ が進化し,人類による現在のような高度文明社会が形成 されたのも,このエネルギーのおかげである。太陽はあ と50億年ぐらいは現在の姿を保つと見積られているので, 人為的な地球環境破壊が進まない限り,地球生命は何ら かの形で半永久的に生き続けられるであろう。地球上に 季節変化があり,緑が育まれ,そして食物が約束される のも,絶えることのない,ほとんど一定の太陽エネルギ ー放射のおかげである。まさに“母なる太陽”である。
 しかし,この穏やかな太陽も時として途方もなく荒々 しい顔を見せることがある。“荒れた太陽”は人間活動 に害を及ぼす。しかし電波研究所には荒れる太陽を研究 対象とし,太陽が荒れることに生きがいを見い出すグル ープが存在している。太陽と地球の関係を述べながら, 自己紹介しよう。
  静かな太陽
 静かな太陽に関する知識をまとめてみよう。銀河系に ある1000億個の星々の中で,太陽はごく標準的な星であ ると考えられている。地球と太陽の距離は約1億5000万 qで,太陽から出た電磁波は約500秒で地球に届く。太 陽の最も明るい部分(光球)の直径は140万qで地球の 108倍,重さは2×10^33グラムで33万倍もある。地球か ら見た太陽の自転周期は太陽赤道で26.9日,太陽緯度が 高くなるにつれてこれより遅くなる。このような回転を 微分回転と呼び,後述する太陽黒点の生成に重要な働き をする。自転方向は地球と同じである。南を向いて太陽 を見上げた時,光球の左(右)半分を太陽の東(西)と 定義しているので,太陽面の現象,例えば黒点は太陽の 東縁から顔を出し14日かかって西へ沈むことになる。
 光球の温度は5800度である。物理法則から,このよう な高温ガスは人間の目が感じることのできる波長域の光 を最も効率よく放出することが分る。これは偶然の一致 ではなく,地球生命誕生以来,太陽温度がほとんど一定 であったので,この波長に適合するように目が進化して きたのである。太陽表面を何十億年にもわたって高温に 保ってきた秘密は太陽中心での核融合反応にある。約1600 万度の中心部では毎秒6億トンの水素を絶えず費しなが ら核融合が進行しており,そこで生じた膨大なエネルギ ーが太陽表面へと運び出されていくのである。太陽望遠 鏡でのぞくと,煮えたぎった釜の湯のごとく,太陽表面 下からガスが沸き出し沈み込んでいくのが観察できる。 太陽中心からやってきた核エネルギーの一部はこの対流 運動に費されるが,大部分は電磁波となって外へ逃げて いく。地球生命が生まれ生きながらえるのは太陽中心に ある核融合炉のおかげである。
 今年6月11日のインドネシアでの日食のテレビ中継を 見た方も多いと思う。日食が始まってダイヤモンドリン グが瞬間的に輝いた後の皆既日食時に,光球をすっぽり と覆った月のまわりが,うすく,あやしげに光っていた のを記憶しておられるだろうか。あれを“太陽コロナ” と呼ぶ。皆既日食時には,非常に明るい光球が月に隠さ れるため,普段は光球に比べてはるかに暗いコロナが見 えるのである(図1)。では,このコロナは一体どこまで 延びているのであろうか。こんな疑問をもって,今から 23年前に研究したアメリカの学者は,太陽近くのコロナ から猛烈なスピードのガスが定常的に流れ出て,地球は おろか,はるかかなたの惑星にまで達っしているにちが いないと予言した。実際,1962年にこのガス流が人工衛 星で検知され,太陽から吹く風,すなわち“太陽風”と いう名前がつけられた。風といっても,地球付近では速 度400〜500q/秒,密度は数個/p^3であり,地上に吹く風 とは随分様子が違う。この風は太陽から4〜5日以上か かって地球にやってくる。
 地球は巨大な磁石で,その磁力線は宇宙空間に広がっ ている。実はこの磁石が太陽風の地球攻撃を防いている のである。強い磁石の同極同志をくっつけるには強い力 を必要とする。これは同極の磁石が反発力(圧力)をも っているからである。太陽風も圧力を持っているので, これが地球磁場と衝突すると,磁場の圧力と釣り合う所 で両者がぶつかり合うことになる。この場所は地球から 約60,000qほど太陽に近づいた所である。図1に示すよ うに,地球磁場は太陽風と吊り合って吹きながしのよう な形をした空間(磁気圏)に閉じ込められており,太陽 風はその外側を吹き抜けていっている。磁場がなければ 地球大気は吹き飛ばされて,とても生物の住める環境と はなり得ないであろう。太陽風が吹きつける空間に磁場 の鎧をまとってガードを固めた地球が浮かぶ姿は,まさ に“宇宙船地球号”である。
 静かな太陽からはX線から可視,赤外を経て電波に到 る幅広い電磁波が出て,穏やかな太陽風が吹いている。 X線や極紫外線などの短波長放射線は地球生命に有害で あるが,厚い地球大気のおかげで地表に到達しない。こ れらの放射線は上層大気を電離し電離圏を作り,私達に 短波無線通信というすばらしい遠距離情報伝達手段を与 えてくれる。
  荒れる太陽
 母なる太陽も怒ることがある。子供の地球がいたずら をするからではない。静かな太陽を維持しているメカニ ズムに変調をきたすからである。変調周期は長いもので 11年(黒点数周期;実際はもっと長周期のものもある) が知られているが,これは静かな太陽本来の姿であり, “怒り”の部類には入らない。荒れた太陽として電波伝搬 や無線通信,地球環境に大きな影響を及ぼすのはフレア (太陽面爆発),コロナホール,フィラメント崩壊という 3つの現象が最も重要である(図1)。


図1 荒れる太陽と地球付近の様子

 フレアと黒点は密接な関係にある。黒点は,太陽を南 北に貫く弱い磁場が,先に述べた微分回転により東西方 向に変形を受け,太陽表面のあちこちに黒いアバタとし て顔を出したものである。黒点の数は11年周期で増減す るが,この変化が規則正しいかというと,必ずしもそう でもない。最近では,1645年から1715年にかけてまった く黒点が観測されなかった。この時寺期に一致して,気温 は低くなり(小氷河期),ロンドンのテームズ川が凍り, ヨーロッパではペストが大流行した。太陽内部エネルギ ーが減少した結果,黒点生成機構が働かず,更に,地球 温度も下げたのだという説がある。こういう事は将来も ありうる。
 大きな黒点は必らず強い磁場を伴っている。磁場が黒 点付近のガスの運動で ねじられたとする。ね じれがある限界を越え ると磁場はひきちぎら れる。この瞬間に磁場 のエネルギーが周囲の ガスに移るので,ガス は明るく輝くとともに 猛烈な加速を受ける。 この一連の現象をフレ アと呼ぶ。図1に示す ように,大きなフレア が発生すると,この領 域から強いX線や特異 な電波が放出される。 X線は約8分後に地球上 層大気に到達し,無線通信を混乱に落し入れる。これを デリンジャー現象という。X線等は上層大気で吸収され るが,電波は途中で邪魔されることなく地上へ届く。こ の電波を捕えて分析すると,フレアの規模が分る。大フ レアでは,X線や電波以外に,非常に高いエネルギーの 粒子が数時間で太陽から地球の極地方に降り注ぐ。この 結果,極回りの伝搬経路を持つ無線通信に障害が発生す る。これについては電波研究所の先駆的な研究がある。
 以上の現象はフレア後数時間以内に地上や人工衛星で 検出できる。この他に,フレア領域からは巨大なガスの 塊が放出されることがある。このガスは静かな太陽風の 中を衝撃波を伴いながら,普通の倍以上のスピードで, 2〜3日かかって地球に到達する。地球の磁場鎧に衝突 すると,鎧は縮み,その情報は磁力線の振動としてすぐ さま地上に伝わる。衝撃波の背後にあるガス塊のエネル ギーは鎧の所々にあいた穴から磁気圏後部に侵入し,そ こに蓄積される。やがて,このエネルギーが地球を取り 巻くと,地球磁場が急激に減少し,極域にはオーロラが 乱舞し,電離圏が汎世界的に乱されることになる(地球 嵐)。台風(高速太陽風)のまっただ中で,波にもまれて 今にも転覆しそうな船(地球)を想像していただくとよ い。こんな時,無線通信は大きく乱れる(電離圏嵐)。 いつものように台風を乗り切った地球号は再び静かな太 陽の恵みを受けて航海を続けるのである。地球号が転覆 しそうになるほど太陽が荒れるのには,およそ11年の周 期があり,黒点数が最大時,あるいはそれより数年後の 間である。最近では,1957〜1958年(IGY),1972年8 月,そして1982年6〜7月がこの時期にあたり,大地球 嵐が頻発した。電波研究所が総力をあげて解析し,貴重 な研究成果をあげたことは言うまでもない。
 台風ではなく,発達した低気圧程度の風を地球号に吹 きかける現象として,コロナホールとフィラメントの崩 壊がある。前者は,文字通り,コロナにあいた穴である。 以前から,フレアが皆無なのに27日の太陽自転周期で地 球磁場が乱れて,電離圏嵐が起り得ることが分っていた (回帰性嵐)。何か未確認の活動領域(M領域)が太陽表 面にあり,これが地球を向いた時に地球じょう乱を誘起 するに遣いないと,当時の研究者は考えた。この事を見 事にとらえたのが10年前に打ち上げられたスカイラブ衛 星である。衛星が撮った太陽X線像に写し出された暗い 部分こそM領域,すなわちコロナホールだったのである。 その後,コロナホールから高速太陽風が舌状に吹き出て おり,これが太陽自転に伴って地球をなめる時に地球嵐 が発生することが分ってきた。フレアの発生予測は難し いが,コロナホールによる地球嵐の予測は,回帰性が あるので比較的やさしい。フレアほど派手な現象ではな が,地球号の安全航海にとっては見逃せないものである。
 太陽の縁を望遠鏡で眺めると,ループ状に明るく輝く ガスを見かけることがある。ループは光球面上ではみみ ずのような形をした暗いすじ(暗条;フィラメント)に 見える(暗く見えるのは光球がそれよりももっと明るい からである)。 比較的長いフィラメントが突然消えてし まい,4〜5日して磁気嵐が発生することがある。詳し いことは分っていないが,ループ状にガスを支えている 磁場配位が壊われて(フィラメント崩壊),ガスが勢いよ く宇宙空間に放出されるためであると考えられている。 平磯支所ではこの現象に注目して,衛星データを用い, 鋭意解析中である。磁気嵐の第3原因として認知される 日も近い。
  電波予警報・宇宙警報
 荒れた太陽から出る高速の太陽風が地球号に揺さぶり をかける原因であることを述べた。大磁気嵐になると, 高緯度地方ではオーロラの乱舞が目を楽しませてくれる が,停電,石油パイプラインの破壊事故が発生したりす る。伝書鳩が方向を失ったり,魚の回遊が異常になると いう話もある。無線通信や衛星通信,宇宙機器に障害が 出ることもある。当所における太陽地球擾乱の研究をひ もとくと,これらの障害発生を予知して被害を最小にく い止めるという目的をもって研究を進めてきた跡がうか がえる。今もこの立場は変わらない。いつ,どの規模の フレアが発生し,そして,どの程度の影響が地球に現わ れて通信が乱れるかという事を予測し,通信従事者に伝 えるのが電波予警報である。太陽活動を的確に予測する には不断の太陽面監視は勿論のこと,上述した諸現象の 発生機構や推移を物理的に詳しく研究しなければならな い。従来,私達は地上からのみ太陽活動を監視し,太陽 地球間で何が起っているのか夢想していた。しかし,地 球嵐の開始をいち早く捕える惑星間衛星,そして磁気圏 電離圏じょう乱の進行を監視する衛星が現実のものにな ると,荒れる太陽と地球の間には途方もなく荒々しい現 象が起っていることが分ってきた。太陽がある限り地球 は生きることが出来,そして又その風にもまれ続けるの である。しかし,揺れるメカニズムが分れば対策を立て ることができ,地球号の乗組員は安心して航海ができる。 電波予警報は単に電波伝搬の予警報だけでなく,こうい った地球環境の予警報へと発展する可能性を秘めている のである。

(平磯支所 超高層研究室長)




総合VLBIシステムK-3


鹿島支所

 電波研究所におけるVLBIシステムの開発はおよそ 9年前の昭和49年に開始され,ひたすら高精度化と汎用 化を目指して登り続けた道程も,K-3の完成を目前に して漸くゴールの見通せる所までたどりついたと言える。 ここでは昭和54年度から5ヶ年計画で進めて来て,5ヶ 月後に迫った日米実験用に開発されている総合VLBI システムK-3の高精度・汎用性について述べる。
1. 高精度,汎用性に必要な条件
 VLBIはVery Long Baseline Interferometerの頭 文字を取り超長基線電波干渉計と言われ,“同一電波源か ら輻射される電波を遠く離れた2点で独立に受信し,そ の到達する時間差(又はコヒーレンスと位相差)を精密 に測定する装置”と定義できる。この時間差(遅延時 間)の時間変動には地球の回転,星の構造や位置,観測 点の位置あるいは2局の時計の時刻差等の諸量の変動が 関与しており,地球物理学や天文学等広い分野への応用 が期待され,従って多くの研究者が容易に利用できしか も拡張性に富んだ汎用システムが要求される。
 近年エレクトロニクスの進歩はめざましく,遅延時間 の測定精度の限界は究極的には,電波が地球大気中を伝 搬する際に生じる伝搬遅延時間とりわけ水蒸気による伝 搬遅延時間の推定精度に左右されることになり,およそ 0.1ns(距離に換算して3p)となる。しかしながら このことは2地点間の距離に関係なく数pの誤差内でそ の2地点間の距離を求めることができることを意味し, 現時点では得られた結果を十分説明できる理論すらない 程の高精度であり,その実現は決して容易でない。 そこで以下に高精度,汎用性に必要な条件をまとめた。
 先づ高精度を実現するために必要な条件や作業は
 @2局で独立に受信しても2つの信号の相関が消滅し ないこと。すなわち周波数変換等の際に位相雑音が 混入しないこと。
 A観測期間中(少くとも数時間)2局の時刻が0.1ns 以上のランダムな変化をしないこと。
 B遅延時間を0.1nsの精度で測定するために必要な最 大周波数スパン数百MHz内に7〜28チャンネル(数 MHz帯域幅チャネル)を配置し,受信・記録・再生 を行うこと。
 C地球大気による遅延と局内遅延を精密に測定するこ と。
 D高速・大量データの相関処理及び各チャネル毎に得 られる相関々数を合成(バンド幅合成)して0.1ns の精度で遅延時間を決定すること。
 E現時点における最高水準の地球物理学及び天文学の 理論によるデータ解析を行うこと。
等です。次に汎用性については
 @できるだけ小型で,保守運用が容易であること。こ のためには計算機による自動運用及び診断が望ましい。
 A各種データを広い分野の研究者が利用できること。
 B地球物理学,天文学及び技術の進歩に対応できる拡 張性を有していること。
等が考えられる。
 K-3は上記の条件を満し,しかも日米実験に使用す るため米国のシステムMarkVと両立性を有する総合 VLBIシステムとして開発された。第1図はその概要を示 している。
2. K-3のハードウェア
 ハードウェアはアンテナ・給電部,フロントエンド部, バックエンド部,記録・再生相関部,較正部,水素メー ザ及びプログラム追尾系で構成されている。VLBIで 最も重要な装置の1つは水素メーザ原子標準である。こ れは周波数安定度が極めて良く(冉/f<10^-14)1節で述 べた必要条件@,Aを満しており,全システムにわたっ て位相雑音を数度以内に押え,VLBI局の標準時刻 も発生している。図1からも明らかなように水素メーザ からの基準周波数あるいは時刻は主要機器全てに供給さ れ,これを基準にしてVLBI局は運用されている。ア ンテナ給電部とフロントエンド部は,電離層による伝搬 遅延を補正するため2/8GHzの2周波を受信し100〜520 MHzのIFに周波数変換する。バックエンド部はIF分 配器,ビデオコンパータ,記録信号発生器及びデコーダ で構成され,IF信号を7〜28チャネルに分配し各チャ ネル毎の信号を記録可能な0〜2MHzのビデオ周波数帯 に周波数変換する。更にこのビデオ信号は1ビットサン プルされ,米国システムMarkVと同じフォーマットで デジタル信号に変換される。記録・再生相関部は広帯域 磁気記録装置(データレコーダ)と再生相関装置(相関 器)で構成されている。データレコーダについてはハネ ウエル社M96の駆動部以外のほとんどの部分にわたって 機能の追加・改造を実施し,4Mbpsの信号28チャネル を135ipsで同時記録でき,また往復記録も出来るように した。又倍速でしかも7チャネル受信の場合の2往復記 録を1往復で再生処理することにより,処理時間を米国 システムの1/4に短縮できる。日米両国で記録された 生データ(MT)は2台のデータレコーダで同期再生さ れ,相関器により極めて複雑な制御のもとで相関処理さ れろ。K-3相関器は世界で2番目のVLBI相関器と して現在試験稼動中である。


図1 K-3ハードウエアの概略

 較正系はシステム遅延時間較正装置と水蒸気ラジオメ ータから成っており,前者はフロントエンドに供給す る水素メーザからの基準5MHz信号のケーブルによる 遅延の測定(精度10ps)と各チャネル間の位相差を測る ためにパルス(パルス幅5ps,1μs周期)を給電部から 注入している。このパルスは観測中にも注入されており, 再生処理時にこの信号から各チャネル間の位相差を求め る。水蒸気ラジオメータは大気中の水蒸気による輻射雑 音温度を測定し,大気の水蒸気量を推定して水蒸気によ る遅延を約1pの精度で求める装置である。
3. 計算機とK-3ソフトウェア
 VLBIにおけるソフトウェアの役割は,ハードウェ アで得られた相関関数から遅延時間を精密決定すること やこれらから地球物理・天文学的諸量の推定はもとより, 目的に沿った最適観測スケジュールの作成,スケジュー ルに従った500項目を越える機器の計算機制御,更に日 米両国のソフトウェアの使用を可能にするデータの変換 機能やデータベースの管理等極めて広いものである。K- 3ソフトウェアは機器制御を目的とした自動運用ソフト ウェア(KAOS)とそれ以外のデータ処理・解析ソフ トウェア(KLEVR)の2つに大きく分けられる。
 KAOSはフロッピーディスクに記録されたスケジュ ールに従って全VLBI機器を制御するソフトウェアで あり,VLBIは複数の局で同時にしかも同一の方法で 観測を行う必要があることから,実験そのものの成否に 拘る重要な役割を持っている。KAOSは汎用性を考慮 して機器の制御をASCII文字列で行う簡潔な体系と なっている。又インターフェースとして全て現在最も多 く使用されているIEEE-488バスに統一して,簡単 なマイクロコンピュータで単体試験が行えるようになっ ている。
 データ処理・解析ソフトウェア(KLEVR)は,観 測スケジュールの作成,相関器制御,バンド帳合成,デ ータ設定, 日米データの変換,物理モデルによる遅延時 間とその変化率の計算,物理量の推定を行う8つのソフ トウェアからなる。これらのソフトウェアはいづれもフ ォートランを使用し,その規模は数万ステップを越える 全ソフトウェアデータベースと結合されており,保存デ ータ(各研究者が利用できる)の形態も,日米の両立性 を考慮し,必要な全てのデータを含む汎用計算機用ディ ジタルMTにしているため国際的にも通用する。
 VLBIシステムの開発は全所を上げたプロジェクト として実施されており,関係各位の御支援を期待する次 第である。

(第三宇宙通信研究室長 河野 宣之)




衛星ビーコンによる地球環境研究ニューデリーシンポジウムに出席して


新野 賢爾

 今年2月7日〜11日にインド首都ニューデリー市の国 立物理学研究所(National Physical Labratory;NPL) で開催された「衛星ビーコンによる地球環境研究」と題 する国際シンポジウムに出席することが出来た。本集会 は国際電波科学連合(URSI)をスポンサーとする衛 星ビーコン研究グループの第6回目のシンポジウムとし て開催されたもので,今までの開催地及びわが国からの 出席状況について表に示しておく。
 インド国外からの出席者は米国13名を筆頭に17ヶ国か ら44名,国内研究機関,大学から56名,合計100名,日本 からは私だけであった。NPLの本部ビルの裏側の講堂 で会合のすべてが行なわれ,昼食もこの建物内でviking 式に用意され,coffee breakは講堂前庭芝生の上で終 始なごやかに,スムーズに運営された。
 研究報告は下記の9分野に区分され,それぞれ半日単 位で合計約80編の論文が紹介された。
 1. Ionospheric Modelling
 2. Equatorial Scintillation Studies
 3. Scintillation Studies
 4. TEC(Total ELectron Content)
 5. TEC Effects at Low and Midlatitudes
 6. TEC Correlations and Morphology
 7. High Latitude Ionospheric Effects
 8. Artificially Modified Ionospheric Effects
 9. The Future Satellite Beacon Studies
 そのほか,赤道,極域シンチレーション,日食,移動 性電離層じょう乱など12のReviewと太陽,宇宙線,地 磁気,電離層についての4つのLectureが行なわれた。 また1957年Sputnik衛星打上げ以来四半世紀を記念して 6つの主要国(米,欧,豪,ソ,日,印)の研究活動の 報告があった。この件については,事前に日本における 25年間の研究活動の講演依頼があったので,中田美明博 士等による初期の研究及び1977年ETS-U打上げ以来 再開された日本の研究について紹介した。いずれこれら の報告はまとめられて「25 Years of Satellite Beacon Studies」 と題してRadio Science誌に掲載すること になっている。私はこの報告のほか,一昨年行った ETS-U衛星の静止位置移動による衛星電波の沿磁力線効 果の実験について発表した。


表 開催シンポジウム一覧

 インドにおけるこの分野の研究はATS-6実験に伴 ない米国NOAAのDavies博士や米空軍地球物理研究所 のAarons及びKlobuchar両博士の協力とNPL所長 A. P. Mitra博士や地磁気研究所長Rastogi博士等の推 進によって国内に6ヶ所の衛星ビーコン観測所を持ち極 めて活発である。もともとインドは電離圏研究の伝統も あり,多数の若手研究者がこのシンポジウムに参加した。 彼等の研究成果は正直なところ特に目新らしいものはす くなかったが,その講演や質疑応答には,なみなみなら ぬ熱気が感じられた。
 開催地NPLは,その規模は電波研究所の数倍の大き さである様だが,ほぼ似通った研究部門をそなえている 研究所である。一歩研究室に入れば,かなり厳しい経費 で運営されていることが感じられた。構内には2月とい うのに美しい花が咲きみだれ日本の4月の陽気であった。

(第一特別研究室長)


会場となった国立物理学研究所講堂




ICAP '83に参加して


福地 一

 英国電気学会が主催する第3回アンテナ・伝搬国際会 議(ICAP '83)が英国ノリッヂ(Norwich),東アング リア大学で,世界22ヶ国から約300名の研究者を集めて 4月12日から15日まで開催された。講演件数は一般講演 153件,ポスターセッション31件であった。筆者はこの会 議で,CS・BS伝搬実験結果について発表する機会を 与えられ,公私を通じて初めてである海外へ勇躍出発す ることとなった。
 英国には4月11日成田正午発のソビエト航空機(エア ロフロート,モスクワ乗り換え)で出発した。ソビエト 航空については,出発前に搭乗経験者も含め,何人かの 方からその評判を伺ったが,その噂を聞けば聞くほど不 安が募るばかりであった。結局“モスクワで乗り継ぎに 失敗し,自分の発表に間に合わなくても,個人の重大な 過失がない限り責任は問われないだろう”と楽観主義に 徹することとした。
 結果的には,モスクワでの乗り継ぎも順調にいき,ロ ンドンにはほぼ予定通り11日夜に到着した。しかし,こ こからがまた大変。筆者の講演発表が12日午前に予定さ れているため,ロンドンから約200q東北のノリッヂに 急行せねばならないのである。そこで空港から地下鉄で リバプール駅ヘ,そこから夜行列車でノリッヂへ向かっ た。結局ノリッヂの宿泊施設には12日午前3時に到着し た。このようにして,目的地にはたどりついたが,時差 ボケや心労でベストコンディションとは言えない会議初 日となってしまった。しかし,会期中は初めての海外と いうこともあり,赤ゲットぶりもさることながら,会う 人,見る物,聞く音,食べる物,飲む物すべてに感動し ながら,寝不足も忘れて研究発表及びそれに伴う各種の 催し物に没頭していた。
 筆者は,本会議で,CS・BS伝搬実験結果のうちの 衛星回線準ミリ波交差偏波識別度(XPD)特性につい て発表した。発表は順調にいき,ブラッドフォード大学 の研究者等からコメントや質問が出され,発表の手応え も十分あったように思う。他の発表に関しても,正鵠を 射た質問とはいかぬまでも,若千の質問,コメントを述 べた。特に,OTS(Orbital Test Satellite)を用い た12/14GHzの上下回線XPD相関特性に関する報告では, 日本のKDDによる4/6GHzでの測定結果を例に出して コメントしたところ,米のAllnutt,英のWatsonらによ り熱のこもった議論が展開された。ここで痛感したこと がひとつ,自分が最初にある意見を述べることは比較的 易しいが,議論の最中で相手の言うことを理解しながら 再コメントすることは非常に難しいということ。巷間流 布されているように,ヒアリング能力が重要といったと ころか。
 会期初日の晩には,ノリッヂ市長夫妻主催の歓迎晩餐 会が町の中心にある古い城で開かれ,古風な衣装に着飾 った市長夫妻が我々を迎えてくれた。写真はその時の模 様を撮ったものである。城内は暗い照明にむき出しの石 壁,中世ヨーロッパを彷彿させる古井戸や数々の展示物 に,芳醇なワインも手伝って雰囲気は盛り上がっていた。
 会議終了後,再びロンドンに帰り,短い時間ではあっ たがロンドンを見物することができた。そこでは,国会 議事堂,セントポール寺院の贅を尽くした建築を目の当 たりにし,夜には,これらが,節電もなんのその,明る く照明に照らし出されているのをウォータールー橋から 見て,「黄昏のロンドン」,「英国病」等,斜陽の英国を 評するこれらの言葉が筆者の頭の中から払拭されてしま った。
 外国に行って初めて得た日本観や,帰りの機内で乗り 合わせた岡田嘉子さん,伏見康治氏など,まだ想い出も 尽きないが,紙面も尽き筆を置くこととする。おわりに, 出張の機会を与えて下さった科学技術庁の関係各位に感 謝するとともに,手続 等でお世話になった当 所関係各位に感謝いた します。そして,行き の機内で知り合い,ロ ンドン到着後も,何か と戸惑っている私に親 切にアドバイスをして 下さったロンドン在住 の或る日本人女性にも 感謝いたします。

(鹿島支所 第一宇宙通信研究室)


市長夫妻主催の観迎晩餐会 のひとこま




宇宙通信から脱皮中


鹿島支所 第一宇宙通信研究室

 昭和39年5月に鹿島支所が開設されると同時に第一及 び第二宇宙通信研究室(以後一冊及び二研と略記)が発 足した。30mアンテナの建設及びそれによる米国のRelay 衛星,ATS等との通信実験に代表される我が国宇宙通 信創世期のパイオニアとしての役割を一研が果した。そ の後宇宙通信は一般社会の要請に支えられて発展し,50 年には衛星管制課が,また52年には現在の二研が(従来 の二研は三研になった)独立し,一研は「ETS及び ECSによりミリ波利用の研究」を担当することになった。
 ETS-Uによる衛星伝搬実験では,所内関係者のア イデアを結集して整備した鏡面精度の高い10mアンテナ による3周波の衛星ビーコン波受信施設,ミリ波の伝搬 特性を左右する降雨状況を詳細に調べる降雨レーダ,伝 搬路直下の雨量を測定するネットワーク等により世界に 誇る成果をあげることができた。そして,自信をもって 本命のECSによるミリ波衛星通信実験に臨んだ。とこ ろが,54年2月と55年2月に打ち上げられたECSは, 1号,2号ともに地上からの制御およばぬ宇宙の塵と化 してしまった。技術開発に失敗は付きものとは言え,世 界に先駆けて宇宙通信へのミリ波利用の可能性を明らか にしようとした日本の宇宙開発にとって,特に,実験及 び解析のための完壁な準備を完了していた一研にとって 誠に大きな痛手であった。
 ECS実験に代わる研究として昭和55年度に,CSを 用いてのサイトダイバーシティ通信実験,及び平磯から 送信して鹿島で受信するミリ波降雨散乱実験をスタート させた。前者では衛星通信回線に二つのルートを設け, 降雨減衰に応じて両者を切り替える実験を行い,雨に弱 いミリ波でも使いこなせる可能性を明らかにした。後者 では,雨に弱いミリ波なら他の局へ与える干渉も問題な かろうという“常識”に対して,孤立した雨域によって 散乱される場合の干渉が無視できぬことを実測データで 示した。
 57年度からは,「衛星電波伝搬並びにリモートセンシ ングに関する実験研究」のもとで仕事を進めている。標 題の前半ではETS-U実験以来の広範な伝搬データを 有機的に結びつけた解析を目ざし,後半では国家的プロ ジェクトとして整備された衛星実験用の諸施設を活用し ながら電波計測に必要な基礎技術を開発していく。この 関連で,今後の一研の一つの柱とすべく,短波レーダに よる海洋観測技術の必要性を科学技術庁及び環境庁に理 解してもらおう(お金を出してもらおう)と努力中であ る。
 上記の実験研究を担当する一研の室員は5名である。 支所では最少人数であり,しかも粒ぞろいである。即ち C,X,ku,ka各バンドのレーダの同時観測で得たデー タを駆使して降雨の構造解明に取り組む中村健治主任研 究官。ランキング2位の硬式テニスを初めとするスポー ツ愛好者であり,亜希子ちゃん(〜1歳)との入浴で一 日が終わる。ミリ波,準ミリ波降雨散乱実験データの解 析から散乱波受信電力推定法の確立へと着実に成果をも のとする阿波加純研究官。コミックブックへの造諧が深 く,薫陶を受ける他の研究室の若者も多い。衛星伝搬実 験の膨大な量のデータ解析を一手に引き受け,今春英国 で開催された国際会議で世界の研究者の仲間入りを果し た福地一研究官。その感激を胸に仕事の意欲に燃える独 身。衛星通信実験で培った,ぬきんでた計算機応用力を リモートセンシングの分野に向わせつつある峯野仁志技 官。花の独身貴族,但し関西弁の自炊派。伝搬実験のデ ータ収録済MT6千余巻を2台のマシンを操りクリーニ ングしてくれた永森則子さん。アマチュア無線が趣味で, 在籍した約半年間支所のハムクラブの活動が高揚した。 そして,明日どうあれば一研の出力が増大するか?を毎 晩欠かさずビールに問う猪股英行。子供らとの対話とい う肴があるとき最も良い反省が得られる。

(猪股英行)


    ミリ波10mアンテナと一研室員
(左から峯野,福地,中村,阿波加,猪股,永森)


短   信


施設一般公開の実施

 7月29日(金)10時から16時まで,恒例に従い本所並 びに支所,観測所の施設を一般公開した。
 本所では梅雨明けの好天に恵まれ,また夏期休暇中の こともあって,早朝から特に若い人が多く,各会場とも 熱気に溢れた。今年はマンガ風の説明図も多く,見学者 からわかり易かったと好評であった。熱心な見学者が終 了時刻間際まで続き,その数は本所だけで900名を超え 成功裡に終了した。また支所,観測所も含めた延び人員 はこれまで最高の2,200名を超えた。
 本所   : 931名  観測所 稚内:  41名
 支所 鹿島: 666名      秋田: 108名
    平磯: 161名      犬吠:  38名
                山川: 178名
                沖縄: 122名




電波研究と共に

 去る7月4日,京都大学名誉教授前田憲一氏による 「電波研究と共に」と題する講演会が,当所大会議室にお いて催された。同氏は,昭和21年から23年まで,当所の 前身である文部省電波物理研究所の所長として勤められ ると共に,戦時中から終戦後に至る激変の時代を,文字 通り電波研究と共に乗り切ってこられた方である。当日 は,研究所の用地選定の経緯,米軍進駐に伴う電離層研 究の存続及び地方観測所開設の裏話など,従来の記録に 残っていない部分について,ユーモアたっぷりに話され た。また更に語って,昭和7年から16年にわたる逓信省 電気試験所平磯出張所(現当所平磯支所)在勤中の話に 及び,昭和9年の南洋ロソップ島での皆既日食の際の電 離層観測の苦心談など,貴重な写真を交えて非常に有意 義な講演会であった。電波部が中心になってすすめてい る,我が国の電離層観測の歴史のとりまとめに,今回の 講演会が大きな役割を果すことが期待される。



NHK中波放送所(菖蒲・久喜)付近の電界強度調査

 国鉄東北線東鷲宮駅(埼玉県北葛飾郡)で,今春,停 車中の電車のドアが閉まるという故障が発生したが,そ の原因が放送電波によるものであるという新聞報道があ った。それによれば,国鉄の調査の結果,菖蒲久喜から 発射されているNHK中波放送の電波によって,ある系 統の電車のドア安全装置が誤動作したものであることが わかったという。このため,電磁環境研究室では,無線 局から発射される電波による電磁環境の実態を把握する 調査研究の立場から,急きょ放送所近傍地域の電界強度 測定を行った。この結果は第2放送(周波数693kHz, 出力500kW)の場合,アンテナから250mの地点で最大 151dBμV/m,東鷲宮駅(距離5.2q)で130dBμV/mで あった。この外,数地点についても測定し,距離特性を 得たが,いずれも計算結果と4dB以内で合致した。
 なお,来年度本格的な調査を実施する予定である。



ARPAの試験法開発のためのレーダ性能調査

 1984年9月に発効予定である海上における人命の安全 のための国際条約(SOLAS条約)の一部改正では,国 際航海に従事する大型の特定船舶に自動レーダプロッテ ィング機能(ARPA)の搭載が義務づけられることにな った。これに対応して検定規則の改正が準備されており, 通信機器部機器課においても型式検定の試験法及び試験 設備の整備を急ぎ進めている。
 ARPAは,レーダから得られる目標の位置情報を内蔵 のマイクロプロセッサにより判断することにより,従来 は観測者に頼ってきたレーダの映像解読を自動的に行う 装置である。型式検定試験では,シミュレータにより室 内で定量的試験が実施できるように準備を進めているが, その一環として般用レーダを用い実際の船舶や岸壁等を 観測して,そのエコー信号を強度,波形及び標本用の映 像の録画などシミュレーションに必要な資料を得るため に,愛知県の知多半島西岸の伊勢湾海域において7月19 日から29日まで実験を行った。



陸上移動用スペクトラム拡散通信装置の開発

 通信機器部通信系研究室では陸上移動通信に適したス ペクトラム拡散方式の研究を進めているが,これまでの 成果をもとに,新たな小形,高性能な車載用周波数ホッ ピング装置6台を開発した。主な特長は誤り訂正符号化, 8周波FSK,最尤判定法,変形遅延ロックループ回路 などの高度なディジタル信号処理技術を取り入れて大幅 に性能を向上させた点にある。
 今後,これらの装置を用いて野外走行伝搬実験を行う 予定である。


▲陸上移動用スペクトラム拡散通信装置