雨 滴 に つ い て


小口 知宏

 雨は自然現象の中でも最も我々に身近な存在である。 それは或る場合には詩や音楽の対象であり,また,洪水 や農作物の生育との関わりなどから実際に我々の関心を 引く対象でもある。雨の成因など物理現象としての雨に ついては昔から数多くの気象学者が研究を重ねてきた。
 雨はどの様にして生成され降ってくるのであろうか。 雨滴の生成に関して現在二つの過程が考えられている。 その一つは水滴間の衝突である。雲は細かい霧状の水滴 から成っている。雲粒が凝結により生長し或る程度大き くなって,だんだんと落下してくる。この時はまだ非常 に小さい水滴であるが,落下中に他の水滴と衝突を重ね ることによって雨滴程度の大きさに生長すると云うもの である。もう一つは上空での細かい氷の結晶(氷晶)に 関係するものである。上空数q以上では夏でも氷点下の 温度になっている。この様な所にある雲の中では雲粒は 氷晶だけでなく過冷却の水滴のままでいるものも多くあ る。氷晶と過冷却水滴とが共存する場合,周りの水蒸気 との釣合に差があり,過冷却水滴はどんどん蒸発し逆に 氷晶は生長して行く。この様にして出来た大きな氷晶が 雷となって落下するうち,0℃層以下で雨に変ると云う のである。0℃層以上に達する高い雲では二番目の過程 により,低い雲では一番目の過程により雨が生成される であろう。
 雨滴の大きさは小は霧粒の様なものから大は半径数o まであり,小雨の時は比較的小さいものが多く大雨の時 には大きな粒もまざる様になってくる。雨滴の大きさ分 布に関しては多くの実験的,理論的研究がある。落ち始 めたばかりの若い雨滴は比較的小さな同じ程度の大きさ のものから成るであろう。第一の過程で述べた雲粒の凝 結と衝突,これに大きくなった雨滴の分裂の過程を輸送 方程式と云う式に入れて数値計算を行うと,時間の経過 とともに色々な大きさの雨滴が出来てくることが理論的 にも示される。いま述べた大きな雨滴の分裂に関しては, 後で述べるような大きな雨滴が自然に分裂することだけ でなく,雨滴同士が衝突することによって分裂する機構 も考えられる。この時は衝突した親の雨滴はそれ程大き さが変らずに半径80ミクロン程度の非常に小さな子供の 粒子を幾つか作ることが知られている。実際,雨滴の大 きさ分布で小さい雨滴が非常に多くあることが分ってい るが,いま述べた二つの雨滴の衝突による小粒子の生成 が重要な役割を果しているらしい。図1の折線は雨量 225.55o/hの場合について雨滴の大きさとその雨滴が空間 の単位体積当りとの位あるかをYoungが計算したもの である。直線は多くの実測値から求めた Marshall and Palmerによる実験式で同一雨量の場合を示している。 線の勾配がかなり良く似ていることが分るであろう。な お,雨量が少い時は線は左の方につれ,勾配もさらに急 なものとなる。


図1 雨滴粒形分布の計算信値(雨量255.55o/h)

 次に雨滴の大きさ分布の実測について述べよう。1943 年,Laws and Parsonsは平らな盆の上に小麦粉を薄く 敷いたものを雨の中に短時間さらし,雨で固まった小麦 玉の大きさを測ることにより雨滴の大きさ分布を求めた。 分布形は同じ雨量でも雨ごとにかなり変るので,彼らは 多くの雨について平均した分布形を雨量ごとに求めた。 この40年も前にしかも極めて原始的な方法で求められた 分布が,米国,日本,ヨーロッパなど中緯度地方の雨, 一部対流性の強雨をも含めて平均的な分布を良く表わし ているとして現在でも用いられている事は注目に値する。 現在では光学的方法,電気音響的方法など進んだ方法が 用いられている。しかし,前に述べた極めて小さな雨滴 の数はこれらの進んだ方法をもってしても神々うまく測 れない。上智大学の鵜飼教授はこれに関してユニークな 方法を考案した。シャーレの中にひまし油を満たしたも のを雨中に短時間さらし,油の中に浮いている雨滴を写 真撮影し大きさを測るものである。油の粘性をうまく選 ぶと油の層に雨滴が入る時,分裂しないで油の中で球形 を保つ様に出来る。この方法はかつての小麦粉法の現代 版かも知れない。前に図1に関連して述べた雨滴分布形 は空間の単位体積中にある雨滴についての分布を述べた ものであり,一方実測値は地上の平面上での分布である。 この平面上の分布から空間分布にもどすには雨滴の落下 速度を用いて換算しなければならない。空気中を落下す る雨滴の速度は空気の抵抗を受けて大きさごとに一定の 値となる。当然小さな雨滴は落下速度が小さく大きな雨 滴は大きい。したがって,地上で測った分布にくらべ, 空間分布は小さな雨滴の割合がふえ大きな雨滴の割合が 減ることになる。落下速度は雨滴半径が1oを越えると 増加傾向が減り,半径2.5oくらいで最大値の9m/sec 程になる。さらに雨滴が大きくなると逆にわずかではあ るが落下速度が減る。これは後で述べる雨滴の変形が関 係しており,もし雨滴が完全に球形であれば落下速度は 更に増加する。
 落下中の雨滴は良く絵に表われる様な涙形であろうか。 答は否で,小さな雨滴は球形に近いが大きい雨滴は供餅 の形をしている。小さな雨滴では周りの空気の流れは層 流になっているが,雨滴が大きくなると雨滴背後で空気 の流れが剥離し,小さな空気の渦が生じてくる。また, 大きい雨滴の中には空気の流れに引っ張られて水の流れ が生じてくる。Pruppacher and Pitterは雨滴表面での 内外圧力,表面張力のバランスの式を近似的に数値的に 解いて雨滴形状を計算した。図2には計算した雨滴形状 を示す。なお,垂直軸まわりには対象な形となる。当研 究所,超高周波伝搬研究室に於ける写真測定でも落下中 の水滴形状はこの計算値に極めて近いことが示されてい る。半径が数oになると雨滴は流動力学的に不安定にな り分裂する。この分裂に関しては底のへこみ,或いは雨 滴の振動が関係している様である。図3は風洞実験に於 いて半径4.7oの水滴が分裂する瞬間をとらえたストロ ボ写真である。


図2 落下中の雨滴の形状(理論値)、数字は実効半径


図3 風洞実験における水滴の分裂

 さて,上述の雨滴形状は,乱れのない静かな空気中を 落下する際の理想的な形を述べたものである。実際の空 中では風や乱流の影響で雨滴は傾いたり振動したりする であろう。雨滴の傾きに関する理論について以下に紹介 しよう。いま水平方向に風が一様に吹いている場合,雨 滴がもし風速と同じ速さで流されているとすれば,雨滴 には水平方向に力がかからず,したがって雨滴は傾かな い。ところで風速は地表では地物の影響で遅く上空に行 くにしたがって速くなる。落下中の雨滴は刻々水平方向 速度の異る状態にさらされるわけで,自身の質量のため 雨滴はこの速度変化に追従できず,雨滴には落下による 縦方向の力に加え横方向の力がかかることになる。この 合成力方向に雨滴が傾く。これが平均的な雨滴傾き角で あり,例えば半径1.5oの雨滴の場合,地上10mで風速 が15m/secであれば傾き角は約10°となる。高度が高く なるにつれて傾き角は小さくなり,また同一高度では雨 滴が大きい程傾き角は大きくなる。しかし雨滴半径が1 oを越えると傾き角の増加は少くなり,半径2o以上で はほぼ一定値になる。更に水平方向風速の高さ変化に, 風の息つきによる細かい風速変化をも加味して雨滴の平 均落下角だけでなく,その周りの角度分散をも求める理 論も提案されている。これら理論結果は実際の雨滴落下 角の写真観測結果をかなり良く説明出来る様である。特 に平均傾き角方向と風の方向との関係は理論の示す通り であることが分っている。
 落下中の雨滴は振動を伴っていることが多い様である この雨滴を振動させる様な局所的な空気の乱れは,他の 雨滴が落下中に生じさせるものであろうと考えられてい る。図4には風洞で観測された水滴の振動の様子を示す この振動による非対称な変形も雨滴の傾きとみなされる かも知れない。


図4 落下中の水滴の振動

 最後に,電波工学に携わる筆者らが何故この様な雨滴 の微細な性質に関心を持ち調べているのかとの疑問にお 答えしなければならぬであろう。今まで述べて来た雨滴 の微細な性質は,実はすべてマイクロ波やミリ波の地上 伝搬や衛星通信に深い係りがあるのである。マイクロ波 が雨によって散乱吸収され減衰することは昔から知られ ていた。この事を理論的に説明するには雨滴の大きさ分 布が重要であるが,雨滴は球状でも別に大きな間違いは 起らない。ところで近年の衛星通信の発展など通信量が 飛躍的に増加するにつれ,周波数を有効に利用する必要 が生じて来た。このため,同一の周波数で直交する二つ の偏波に別々の信号をのせ,偏波間の独立性を利用して 実質的に二倍のチャン ネル数をとる方式が用 いられる様になって来 た。このとき,雨滴が 変形し偏波方向に対し 傾いていると雨滴によ る散乱を介して一方の チャンネルから他方の チャンネルに混信を起 してしまう。この理論 的説明や混信を除去 する上で雨滴の変形, 傾き角に関する詳細な 知識は基本的なものな のである。この外にも 変形した雨滴を含む空 間は電波に対し色々と 面白い性質を示すこと が分って来たが,更に まだ隠された面白い性 質がある様に筆者には 思われる。

(第三特別研究室長)




ラ ジ オ メ ー タ


尾嶋 武之

 ラジオメータとはウェブスターの辞典によれば「放射 エネルギー強度を測定する機器」とある。従って,マイ クロ波に限らず,光や赤外領域においても,被測定対象 物から放射される電力を測定しようとするもので,その 放射電力は一般に雑音性スペクトラムを持つものと言え る。光,赤外領域のラジオメータもマイクロ波に劣らず 使用されており,原理的に同じであるので,ここではマ イクロ波ラジオメータについて述べる。
 マイクロ波ラジオメータと言ってもいろいろな型のも のがある。先ず,最も基本的で,かつ使用受信機当り最 も小さい最小検出感度を有するトータルパワーラジオメ ータがある。これは図1に示すように,通信でもよく用 いられる通常の受信機に2乗検波器と積分器を加えたも ので,受信電力を直流にして出力する。受信機雑音に相 当する直流出力Vdを補償するために,直流電圧-Xd が印加される。受信機に利得変動がないものとすると, この直流出力のゆらぎは,検波前の帯域幅Bと積分器時 定数τとの積の平方根に逆比例し,システム雑音温度に 比例する。このゆらぎと等しい雑音信号がS/N=1の場 合に相当し,最小検出感度と言われる。トータルパワー ラジオメータは各種ラジオメータの中で最も感度が優れ ているが,受信機の利得変動の影響が直接出力に現われ るのが最大の欠点で,利用は極めて限定されている。こ の受信機利得の変動の周波数スペクトラムは周波数が高 くなるにつれて急激に小さくなるので,利得変動の無視 できる高い周波数で,受信機入力側をアンテナと基準信 号とに交互に切換えて差をとることにより,受信機雑音 による直流出力Vdを除くことができる。これがディッ ケラジオメータで,そのブロック回路を図2に示した。


図1 トータルパワーラジオメータ


図2 ディッケラジオメータ

 ディッケラジオメータでは図2に示すように,受信機 入力側に被測定信号と安定な基準雑音源を正確に交互に 切換えるスイッチ回路を構成し,その切換信号で,2乗 検波後の信号を同期検波して積分するものである。従っ て,ディッケラジオメータでは,入力側の差に比例した 成分のみが直流出力として得られ,受信機雑音による出 力は現れない。それ故,受信機雑音より小さい雑音電 力が検出でき,高感度と言われる所以である。
 一般にラジオメータの最小検出感度儺は次式で与え られる。

 激しい数式

ここで,Bは検波前のバンド幅,τは積分時間,Ksは受 信機形式による定数およびTsはシステム雑音温度であ る。例えば,バンド幅200MHz,積分時間1秒,システ ム雑音温度1000Kのディッケラジオメータ(Ks=2)の 最小検出感度は上式から,0.14Kとなる。すなわち,ラ ジオメータのシステム雑音温度(アンテナ雑音温度+受 信機雑音温度)の約1万分の1程度の微弱な信号を検出 できることになる。因みに,1K相当の電力は1グラムの 水を1℃上昇させるのに約5000万年も要する電力である (バンド幅200MHz)。
 ディッケラジオメータの欠点は利得変動の影響を受け ることで,図2でアンテナ雑音温度と基準雑音温度Tc が等しい時(バランスしている時)のみ出力は雲となっ て,利得変動の影響は受けないが,一般にはそれらは等 しいとは限らない。この欠点を補う方法として考えられ たのが零バランスラジオメータで,その一例を図3に示 した。


図3 零バランスラジオメータ

 図3において,アンテナ側と基準雑音源Tcとの差に 相当する雑音電力を雑音発生器から注入してバランスさ せ,積分器出力を常に零になるように制御すると,雑音 発生器出力またはその制御信号はアンテナ雑音電力に比 例するので,この信号をラジオメータの出力とする。従 って,零バランスラジオメータの出力はラジオメータ受 信系の利得変動の影響を受けない。その代り,被測定雑 音温度の範囲が制限されたり,サーボ系の導入により最 小検出感度が多少劣化する等の欠点もある。このラジオ メータでは太陽のような高輝度の観測はできないことに なる。しかしながら,利得変動の影響を受けないという 長所はラジオメータの較正を簡素化し,近年この種のも のが増えていると云えよう。また,その他いろいろ工夫 されたラジオメータがあるが一長一短があるようである。
 例えば,ディッケスイッチが基準雑音源側になった時 のみの信号をサンプリングし,その出力を一定に保つよ うに自動利得調整(AGC)を行うといった工夫や,ディ ッケスイッチを3段階にして,2つの基準雑音源を設け て較正を自動化するなどのことも行われている。また, 2系統の受信系を用いたグラハムラジオメータや相関形 ラジオメータもある。
 尚,ラジオメータが受信機雑音よりはるかに小さい雑 音信号を検出できるということは,S/Nが1よりはるか に小さい信号の検出に相当するいかにもマジック的な高 感度を有する様にみえるが,これは積分するからであっ て,通常の通信の方でいえばバンド幅が例えば1Hz位に なればスレッショルドははるかに小さくなり,高感度に なるのは当然と言うことになるのであって,それ程驚 くこともないと言うことになる。
 さて,当研究室ではラジオメータを用いたいくつかの 実験を行って来た。まず,地表から大気の輝度温度を測 定して,大気減衰や大気による等価伝搬遅延長を求めた。 また,航空機搭載ラジオメータでは航空機上から雨域の 観測等も行って来た。図4は地表から微分輻射測定法に よってラジオメータで測定された晴天時の天頂方向の減 衰量(黒)を,館野における午前9時と午後9時のラジ オゾンデデータから計算された値(中空)と共にプロッ トしたものである。正方形印は20.3GHz,丸印は31.4 GHzである。これは,大気による輻射(輝度温度)と大 気吸収が強い相関を持つことを利用したもので,さらに 大気吸収のうちの水蒸気による吸収から大気中の水蒸気 量を抽出することもできる。図5は大気中の天頂方向の 全柱状水蒸気量(s/u)をいくつかのアルゴリズムを 用いて求めたもので,白丸印はラジオゾンデからの計算 値,黒印が水蒸気量である。黒丸印は水蒸気による等価 伝搬遅延長から換算したもので,黒の三角印は輝度温度 (20.3GHz)の値から換算されたもので,黒の四角印は 大気減衰量から水蒸気量を求めるアルゴリズムによった ものである。

(第一衛星計測研究室 主任研究官)


図4 ラジオメータで測定した晴天時の天頂大気減衰


図5 ラジオメータから求めた天頂柱状水蒸気




NASAゴダード宇宙飛行センターに滞在して


高橋 冨士信

 昭和57年8月1日より昭和58年5月31日まで科学技術 庁長期在外研究員として,米国航空宇宙局(NASA) ゴダード宇宙飛行センター(GSFC)に滞在し,日米 共同VLBI実験の準備,米国Mark-Vソフトウェアの 分析・調査,VLBI遅延量に及ぼす電離層の効果の研 究等を行ってきたので,滞在中の主要な作業や出来事を 報告する。
  ゴダード宇宙飛行センター
 米国の首都ワシントンDCの北東約20qのメリーラン ド州グリーンベルト市に私の滞在したゴダード宇宙飛行 センター(以下GSFCと略称する)がある。GSFC はNASA附属の研究機関としては最大の規模を誇り, 政府職員だけで2500名,その他多数の会社から派遣され ているコントラクダから構成されている。私が滞在した 研究グループは,NASA地殻力学プロジェクトの中の VLBI研究グループである。このプロジェクトは, NASA本部の地球力学プログラムを実行するものであり GSFCの研究グループはNASA本部と密接に連絡し ながら,事業を進めている。
 GSFCというと,スペースシャトル等の華々しい宇 宙飛行プロジェクトを思い浮かべる人の方が多いであろ う。NASAはこうした人工飛翔体プロジェクトで築き あげてきた大型地上施設の活用のための研究プロジェク トを検討しており,地殻力学プログラムは大型アンテナ の有効な利用例として注目されてきた。70年代半ばより, NASAは,それまでのVLBIに関するノウハウを集 大成したMark-Vシステムを開発してきており,現在に 至っている。
  迫る日米共同実験への準情
 昭和59年1月より,日本とアメリカの2つのアンテナ 間の距離をセンチの精度で決定する日米共同VLBI実 験が開始される。日本側は鹿島支所の26mアンテナ,米 国側はハワイ,アラスカ,カルフォルニア等の数ヶ所の アンテナが実験に参加する予定である。この実験は少な くとも5ヶ年間にわたり継続され,プレート運動・地球 回転及び地殻変動の超精密測定がなされることになって いる。日米間の距離約1万qをセンチの精度で測定する ことは,10^-7から10^-8の精度を意味しており,10^-8セン チ,つまり1オングストロームの直径の分子を直視でき る最新電子顕微鏡の倍率に匹敵するものである。この実 験が成功すれば,1年間に数センチづつ移動していると 予想される大陸移動つまりプレート運動が,地球的規模 で実証されることになり,特に大地震の予知に役立つも のとして,国際的に強い関心を集めている。
 こうした超精密共同実験を首尾よく成功させるために は,日米両者で使用するハードウェア・ソフトウェアに ついて厳密な互換性又は両立性が必要となる。我が国で使 用するK-3システムは日本の最新エレクトロニクス技 術を駆使した純国産化されたハードウェアと,世界で初 めて完成したVLBIのための統一データベースを基盤 とした大規模ソフトウェアから構成される。いかに優れ たハードウェアでも,強力かつ柔軟なソフトウェアの支 援が無ければ単なる「機械」で終わりがちである。
 この総合的K-3システムと米国Mark-Vシステムとの 間で,夥しい数の両立性確認の必要な項目がある。この 確認試験の一部が,私の滞在時の重要な業務であった。 NASA側の契約問題に巻き込まれるというハプニング があったが,概ね必要な確認を終えて,NASA側と技 術面で合意することができた。


カリフォルニア州オーエンズバレー40mアンテナと筆者

  米国VLBI関係機関を訪問して
 首都ワシントンは政治の中心であると共に,科学技術 の面でも重要な地位を占めている。このワシントンの近 郊に滞在した絶好の機会を利用して,米国東部のVLB I関係機関を訪問してきた。また帰国時には西海岸の JPLほか関連の研究所を訪問してきた。
 私の滞在したメリーランド州には,GSFCの他, NGS(National Geographic Survey),Maryland Point の2つの関係機関がある。ワシントンDCには, NASA本部,NRL(Naval Research Laboratory), USNO(U. S. Naval Observatory)がある。先に述べた Maryland PointはNRLに属している。バーシニア州シャーロ ットビルにはNRAO(国立電波天文台)本部,ウェ ストバーシニア州にはグリーンバンクのアンテナ施設が あり,Mark-Vハードウェアの開発援助をしてきている。 又,マサチューセッツ州には,Haystack及びウェスト フォードのアンテナ施設と,MIT(マサチューセッツ 工科大学)やSAO(スミソニアン天文台)の中に VLBI研究グル-プがある。カルフォルニアではJPL( ジェット推進研究所),CIT(カリフォルニア工科大学) が主要な研究機関である。これらの研究機関を訪問する 中で,多くのVLBI研究者と交流する事ができた。そ して我が国の最新K-3システムの宣伝や説明に努めたが, 日本のエレクトロニクス技術の,特に信頼性の高さは, 米国内では有名であるため,K-3システムに対して強い 関心を示した研究機関が多かった。そしてハードウェア の信頼性だけでなく,K-3システムは強力なソフトウェ アを有した総合システムであることを強調してきた。
 VLBIを精密計測に応用する研究について米国内で は,2つの潮流が鮮明になってきている。第1は NASAの地球力学プロジェクトの流れであり,第2は NOAA系統の研究機関と海軍系統の研究機関の密接な協力体 制による流れである。特にNGS(NOAA系)が責任 をもつPOLARIS観測の解析処理はこれまでのGSFC からNGSへ移管されたことと,海軍系のUSNOのア ンテナがPOLARISに提供される代りに,このデータ処 理のための強力プロセッサの設置場所がUSNOに決定 されたことなど,この2つの潮流が並存し始めているこ とを示す。
 各機関を訪問して感じる事は,理論面でも技術面でも 更には,データベースの交換においてさえも,相互交流 が一段と進んでいることである。これはVLBIの研究 が本質的に他機関との密接な連携を必要とすることによ るためと思われる。私の滞在した東海岸の各機関の相互 協力ぶりは全くうらやましい限りである。日本の VLBIの精密応用研究が,米国に伍して,成長発展するには, 日本国内における関係機関の協力関係を一層深めなけれ ばならないと思われる。
  帰国まぎわに日米で強い地震
 私がワシントンを離れる少し前(5月10日)にカルフ ォルニアのフレスノ市付近を震源とするM6.7の地震が 発生した。平行移動するプレートの境界として有名なサ ンアンドレアス断層をモニターしてきたNASA地殻力学 プロジェクト担当者は色めきたち,早速臨時観測の計画 がつくられていた。本年2月にも観測がなされており, 興味深い結果が出てくる可能性がある。
 この地震の約2週間後には日本の方でも秋田沖を震源 とする大きな地震と津波があったことを米国に居て知っ た。VLBI技術が直接,地震の予知に利用できるかど うかは不明であるが,少なくとも地震発生のエネルギー 源といわれるプレート運動を解明することができるので, 日本でも,早く米国の様に日本各地でVLBI観測がで きる時代が来ることを期待したい。
  雑 感
 GSFCに滞在中,様々な人々と出会うことができた。 ある日,私が日本人研究者であると知って,日本語を教 えて欲しいと私のオフィスに年配の男性が来た。私が鹿 島から来たと説明すると,その人は本当に驚いた様であ った。電波研究所と関係の深かった人Jim Baker 氏であった。その日から毎朝の様に私を訪ねてこられ, 片言の日本語でなつかしそうにATS-1時代の思い出話 された。私はRRL-NASAのVLBI共同実験計画 が順調に運んできたのは,衛星実験や宇宙空間研究での これまでのNASAとの交流の積み重ねあればこそと幾 度か実感した。米国において,改めて電波研究所の歴史 の重みと国際的重要性を再認識した。
 また,ある日オフィスへアメリカ女性が日本語で書か れた日記と住所録を持って来た。彼女の母は日本人であ り,彼女が1才半の時病死していた。そして彼女の父も また,一年前に病死して身寄りがなく,自分の日本での ルーツを探し求めていた。私は日本語の日記と住所録か ら,彼女の日本の叔父の住所を探し出すことに成功した。 その住所は,全く偶然に,私の出身地のすぐそばであっ た。驚きと共に,戦後はまだ終っていないと感じた。彼 女は既に叔父と連絡をとることができており,私として も大役を果たせてほっとしている。
 その他,米国で出会った人々,お世話になった人々の 思い出は多い。研究面をふくめて,こうした人間関係こ そが,今回の滞在で得た最大の財産だと考えている。
 最後に,この様な機会を与えて頂いた,科学技術庁の 関係各位と,当所の関係の方々に深く感謝の意を表しま す。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 主任研究官)




原子標準研究室の近況


周波数標準部原子標準研究室

 当研究室の最近のトピックスから紹介すると,まず, 小形高性能な超長基線干渉計(VLBI)用水素メーザ 2台の完成を祝い鹿島支所への移動の安全を願うために 8月26日,関係の方々を招待して壮行会を催し,9月5 〜6日,無事鹿島へ送り届けたことである。この水素メ ーザは短期安定度で10^-15,長期の1日当りの安定度で, 10^-14 を実現できるもので,VLBIシステムでの最も 重要な装置の1つとなっている。次に9月2日から5日 にかけて中国の杭州市で開催された“1983年時間と周波 数に関する国際シンポジウム”に中桐が参加し,“電波研 究所における原子周波数標準器の開発”について発表し た。これは,昭和41年世界で3番目に発振に成功して以 来研究を続けている水素メーザ標準器の最近の成果及び 昭和50年以来開発を進めているセシウムビーム形一次周 波数標準器の昨年度の確度評価実験の予備的結果を中心 に報告したものである。我々の水素メーザの種々の成果 は国際会議で胸を張って発表できる。中国でも熱心に実 用化研究が進められており様々な質問を受けた。今後も 実用水素メーザの先進研究所としての役割を果す必要を 感じた。又,セシウム標準器は,当初予算が少ないため 一括発注ができず年ごとに各部に分けて研究室で慎重 に自作してきた実験装置であるが,その総合成果が外国 より羨ましがられたことは,意外な喜びであった。一次標 準は一度作ってしまうと,その方式と装置性能で結果が 決ってしまう面が多くあり,理論的な追求,解析が難し くなる為であろう。そして新方式原子標準として注目さ れているイオンストレージ方式,光ポンピングセシウム ビーム方式についても報告したが,主要国も標準器とし ての段階までは進んでおらず,例えばNBS(米国)な どは次期標準器としてはどちらとも決めかねているとの ことで,我々もこの分野で貢献する必要を感じた。
 これらの成果は,昭和26年のアンモニア吸収形原子標 準器の研究に始まる諸先輩の努力のたまものであって, 長い歴史の上に立っているものである。より安定で高 確度な周波数標準器の開発には様々な困難を伴うが,そ れから得られる精度はその国の科学水準のバロメータで あり,この進歩により物理学や工学上更に精密な計測が可 能になり,新しい発見につなかったり新しい応用が開拓 されることになる。
 従来方式である水素メーザ,セシウムビーム形標準器 の性能がほぼ限界に近づくにつれて新しい方式の研究が 世界各国で精力的に進められている。当研究室も数年前 から調査を始め1年程前からイオンストレージ,光ポン ピングセシウムビーム方式の基礎実験を進めてきた。今 後この分野で寄与するために,まず光ポンピングセシウ ムビーム標準器を目ざすことにしている。御存知のとお り昨今の国家予算はマイナスシーリングという言葉に代 表されるように厳しいものがあり,今後とも皆様の御理 解と御協力を期待するところである。
 最後に我々の研究室の雰囲気について少し触れてみる と,特徴的なことは,原子標準器の開発研究が主な仕事 なので物理から電気まで広い専門知識,経験が要求され るため,室員相互の情報交換が盛んで遅くまで一緒に議 論することである。このことは仕事を遂行する上でも役 立っている。仕事の主たる分担は,セシウム標準器を中 桐,渋木,水素メーザ標準器を森川,太田,新方式のイ オンストレージを占部,光ポンピングセシウムを梅津, 赤外半導体レーザのヘテロダイン検波を石津としている。 趣味としては森川を除く全員がテニス,森川はフルート が上手で奥さんのチェロとの合奏は聞き応えがあり,独 身の梅津,石津はそれぞれ水泳,スキーにも熱心である。


研究室メンバー(前列左から太田,中桐,占部
後列左から梅津,渋木,森川,石津)

(中桐紘治)




CISPRにおける最近の問題


杉浦 行

 テレビを見たり,ラジオを聞いている時,附近をオー トバイが通ると,しばしば雑音が入り,不愉快な思いを する。また最近では,パソコンによるテレビに対する妨 害が問題になっている。この様に,我々の身の回りにあ る様々な機器・設備から発生する不要な電磁エネルギー によって,放送などの受信が妨げられるため,各国では, この妨害波に関する測定法や許容値などの規格を定め, 規制を行っている。一方,製造業者も,妨害波低減対策 を行い,規格を満足するために努力している。しかし, 規格が国によって異なると,貿易を行うことが困難にな るので,各国が知識・経験を出し合い,意見を交換し, 統一した規格を検討することが必要になり,このために 国際無線障害特別委員会(CISPR)が作られた。最 初の会議は1934年にパリで開かれており,来年がちょう ど50周年に当る。日本からは,最近約10年間連続して10 名程度の代表が会議に出席し,積極的に貢献してきた。 このCISPR会議での審議結果は,我が国では郵政省 電波技術審議会において検討され,主なものは答申され てきた。今年は6月にノルウェーで会議が開かれたが, この会議の報告も兼ねて,以下では,最近CISPRで 問題になっている幾つかの事項について,簡単に説明す る。
 組 織 CISPRの現在の組織は,今から10年前に 定められたものであり,総会,運営委員会,小委員会及 びこれに附属する作業班によって構成されている。この 内,小委員会(Sub-Committee)は,図1のように,対 象とする機器・設備に従ってAからFまで作られており, それぞれ,許容値及び測定法の審議を行っている。例え ば,B小委員会はISM機器(工業用,科学用及び医療 用機器)やコンピュータを,またF小委員会は家庭用電 気機器を担当している。ところが,最近のようにマイコ ン内蔵の家庭用電気機器がはん濫し,半導体制御装置な どが広く使用されるようになってくると,これらの新し い機器をどの小委員会が担当し,また許容値をどうする かが問題になって来た。


図1 CISPRの各小委員会と対象搬器設備

 ISM機器からの妨害波に関する許容信 1979年に 開かれた主管庁会議(WARC)会議において,ISM 機器用に五つの周波数帯が新たに割当てられたが,これ と共に,ISM機器からの妨害波の許容値に関する全面 的な見直しが要請された。ISM機器の許容値について は,従来からCISPRのB小委員会で検討されてきた が,このWARCの要請を受けて,CCIR(国際無線 通信諮問委員会)もIWP(中間作業班)1/4を作り, CISPRと協力して許容値の審議を行うことになった。 アンケートの結果,ISM機器によって引き起されたと 見なされる障害事例が各国とも極めて少なかったこと, また国によって許容値に対する考え方が異なることなど から,今後許容値に関して各国の合意を得るには,相当 の時間を要するものと思われる。
 コンピュータからの妨害波に関する規格 近年コン ピュータなどのディジタル機器から発生する妨害波によっ て生じる障害が多くなってきたため,これに関する許容 値及び測定法の検討を行っている。コンピュータからの 妨害波は,モータなどと異なり,図2のスペクトルのよ うに顕著な周波数成分を含んでいるため,狭帯域妨害波 をも考慮した規格が現在審議されている。


図2 妨害波のスペクトル例

 電波研究所は,日本代表の一員として,これまでA小 委員会を主として分担し,測定器や測定法に関する多く の寄与をCISPRに対して行ってきた。例えば,コン ピュータからの妨害波の測定法として,平均値型妨害波 測定器の使用が検討されているが,この測定器の実際の 特性は不明であったため,今回この特性を詳細に示した。 また,サイト・アッテネーションや反射箱による測定法 などについてはCISPRにおいて重要な役割をこれま で果してきた。当所がCISPRに積極的に参加し始め てからはや6年たつが,やっと欧米諸国と肩を並べられ るようになってきたと思われる。

(通信機器部電磁環境研究室長)


短   信


ラスレーダに関する共同実験

 大気境界層の気温・風を遠隔測定する技術として当所 が開発したラスレーダを,筑波の気象研究所に移設して 気象庁と共同実験を実施している。実験の目的は,気象 観測用鉄塔によって収集される気温・風のデータとの比 較によりラスレーダの性能評価をすることである。
 8月29日から9月1日まで実施された共同実験では, ラスレーダのデータ収集に合わせてゾンデ,係留気球に よる観測が行われたほか,気象研究所が関与する音波レ ーダ開発委員会が推進しているトップラソーダを用いた 風を遠隔測定する『上空気象リモートセンシング装置』 による同時観測も実施された。現在,データの整理中で あるが引続き,音波の大気減衰の大きくなることが予想 される12月から1月下旬の間に共同実験を実施する予定 である。