新年のごあいさつ


所長  若井  登

 明けましておめでとうございます。
 さて例年ですと,大蔵省による次年度予算の内示を基 にして,新規研究項目の紹介を含めた,年頭の抱負などを 述べさせて頂きましたが,今年は多少状況が異なります。 そこで予算関連事項は次号にゆずり,ここでは今年の中 心的研究課題に限って紹介いたします。
 先ず長年の夢がいよいよ現実のものとなるVLBI(超 長基線電波干渉計)日米実験について述べます。昭和54 年以来,当所のトッププロジェクトとして鋭意整備を行 ってきたVLBIは,昨年9月に全システムが完成しま した。そしてそれを用いて行った10月の国内実験と11月 の日米予備実験に成功し,自信をもって来る1月23日の システムレベル実験に臨むことができるようになりまし た。この実験の相手方は,米国カリフォルニヤ州のモハ ービ局とハットクリーク局であり,13の電波星からの電 波を28時間にわたって受信するという本格的実験です。 太平洋を挟んで約8000q隔った2地点間の距離が,数p の誤差で求まる,つまり8□□□□□□□□±□pの□ が全部数字で埋まる,という画期的な実験を控えて,関 係者一同張切っているところです。
 国際的研究としては,昨年秋にきまった米国スペース シャトル計画への参加実験があります。今年8月に打上 げられる予定のシャトルには,合成開口レーダが搭載さ れますが,その実験計画(SIR-B)の一部に当所か らの提案が採用されたことから,この実験が急に浮上して きました。かねてから電波によるリモートセンシング技 術の開発を重視してきた当所としては,このSIR-B 実験に端を発する一連の研究に力を入れてゆきたいと考 えています。
 技術試験衛星N型(ETS-N)によって昭和62年度 に実現することになった,航空海上衛星技術の開発計画 (ETS-X/AMES計画)は,着実に進行していま すし,また通信衛星2号(CS-2)を用いたパイロッ ト計画も本格的な実施の年に入りますので,これらの計 画をより一層推進してゆく所存です。
 以上宇宙関連事項ばかり述べた形になりましたが,そ の他の研究分野においても着々と成果があがってきてい ます。財政的には厳しい状態が続きますが,新しい研究 の芽を一つでも多く育ててゆきたいと考えています。
 今年は行政改革の一環として,電波行政が3局体制で スタートする,いわば新時代の幕開けともいうべき年で す。行政ニーズを研究課題として受止めることを使命の 一つとする当所としても,当然その新体制に呼応する変 革が要求されます。その上急速に発展し,多様化する電 気通信技術の一層の開発を目指しながら,国立研究所と しての役割を果すためにも,大きな脱皮が必要です。そ れがどの程度大きくどのような形をとるかは,予測し難 いものがありますが,当所が電気通信全般を所掌する郵 政省の中にある以上,電波という枠の中だけに止まらず, 広い視点から21世紀に目標を置いた研究所に育ててゆか なければならないと考えています。今年は当所にとって 重大な意味をもつ年になることを所員一同肝に銘じ,使 命達成のため努力いたしますので,相変らぬ御支援をお 願い申し上げます。




沖 縄 の 正 月


沖縄電波観測所

 南国沖縄より,明けましておめでとうございます。
 亜熱帯の島“ウチナー(沖縄)”は,地理,気候風土, 生活習慣などが本土とは少々違った,異国情緒のあると ころです。そのような沖縄に昔から伝わる正月の行事と はどのようなものか,皆さんも興味があるのではないで しょうか。それではまず,沖縄の地理,気候,植物,動 物,続いて正月行事,正月料理についてご紹介しましょ う。
  沖縄の風土
 羽田空港から伊豆半島上空を経て太平洋上の飛行を続 けたジェット旅客機は沖永良部島上空でゆるく左に旋回 し,高度を下げ始めます。与論島(鹿児島県)沖を過ぎ, 1,600q余り約2時間40分の空の旅を終えて,機外に出 ると,そこは北緯26°亜熱帯の町那覇市です。沖縄の冬 は電気ごたつとカークーラーの季節です。
 九州の南端から台湾に至る約1,300qの海上に飛び石 のように配列された南西諸島のうち,ほぼ北緯27°以南 にある沖縄,宮古,八重山の三諸島が沖縄県で,全体とし て弧をえがいて散在する60余りの島です。沖縄本島には 93万3千人が住み,その内29万6千人が那覇市に住んで います。沖縄本島は面積1,211q^2,長さ135q,幅が最 大28q,最小1qの細長い島で,東は太平洋,西は東シ ナ海に面しています。
 沖縄の気候は亜熱帯の季節風気候で,年平均気温は那覇 22.3℃,石垣島23.7℃,で東京の15℃に比べて7℃ 高く,鹿児島と比べても5〜6℃高くなっています。最 暖月7月の月平均気温28.2℃は,本度の最暖月8月の東 京26.7℃,大阪28.0℃と比較してもそれほど高1くはあ りません。しかし,熱帯日(日最高気温が30℃以上の日) が,那覇84日,宮古90日,石垣107日,また,熱帯夜( 日最低気温25℃以上の日)が,那覇76日,宮古83日,石 垣96日と夏が長くなっています。最寒月1月の月平均気 温は16.0℃で,年較差は12.2℃と東京の22.6℃の約半 分しかありません。久米島で気温2.9℃(昭和38年1月 20日)の最低記録がありますが,10℃以下になることは まれです。
 夏は気温の格差が少なく,雨が多い気候です。日射は 強く,曇天でも明るく,夕立ちの後は直ちに照りつけま す。冬は北西の風が吹きつける乾季ですが,霧のような 細雨が降ります。冬の終わるころの寒の戻りを「ワカリ ビーサ(別れ寒さ)」,3月中旬ごろの台湾坊主などによる 強い季節風を「ニガチカジマーイ(二月風回り)」と呼び ます。4月の季節風交替期は天気の変化が激しく,急に 暑くなります。4,5月の比較的過ごしやすい季節を 「ワカナチ(若夏)」と呼びます。5〜6月の梅雨期を過ぎ, 「カーチベー(夏至南風)」が吹いて南東季節風に変わ ると,その後の4か月は台風の季節で,毎年多くの台風 が通過して被害を与えます。11月に「ミーニシ(新北風)」 が吹いて,北西季節風となり,冬に入ります。冬至のこ ろ,急に気温が下がることがあり,それを「トゥンジー ビーサ(冬至寒さ)」と呼びます。
  植物と動物
 一年を通じて花の絶えることがなく,冬でもハイビス カス,イソマツ,ウコンイソマツ,イソフサギ,キバナ イソフサギなどが花をつけます。
 沖縄本島では,集落の付近にガジュマル,アカギ,タ ケが多く見られ,北部については,山地にシイ,イジュ の樹木,集落に近い斜面にはソテツ,バショウ,集落の 周りにはフクギ,ガジュマル,海岸にはアダン,ユーナ が多く見られます。島内の街路樹にはヤシも多く使われ ています。
 石垣島は全島緑におおわれ,芝生のような牧場にリュ ウキュウマツ,ソテツのある風景は公園のようです。
 西表(イリオモテ)島はシイ,カシ,モッコクを主と する亜熱帯性原生林で,河口にはヒルギ林(マングロー ブ),海岸にはアダン,ヤシが多く見られます。
 農作物としてはサトウキビ,パイナップルなどが目立 つものですが,電照菊など花の栽培も盛んになっていま す。
 沖縄の動物としてイリオモテヤマネコ,ヤンバルクイ ナが有名ですが数はわずかです。また,猛毒のハブもよ く知られています。農作物に被害を与えるものではリュ ウキュウイノシシがおり,これはニホンイノシシより小 さいもので,対策としてシシ垣が作られています。10月 ごろから翌年5月ごろまでは渡り鳥のシーズンで,ツバ メ,シロハラ,ノビタキなどがやってきます。海岸や干 潟にはシギ,チドリ,カモ類の姿が見られるようになり ます。正月の空には,10月ごろ本土から南下してきたサ シバが舞っています。
  沖縄の正月
 沖縄の正月行事は旧正月に行ってきましたが,昭和31 年からの琉球政府の新生活運動が新正月運動に力を入れ たころから徐々に変り,ここ数年はほとんど新正月に行 われます。松飾りをし,回礼をすることは本土と同じで す。それでは,以前に行われていた伝統的な沖縄の正月 行事をご紹介しましょう。
 大正月,小正月を含む一連の行事のために,あらかじ め豚を飼育し,まきの準備から晴着の用意まで心がけま す。年末には正月豚をと殺し,すす払いをします。また, 火の神は12月下旬に昇天し,その家の年間の状況を報告 し,大晦日か正月の早い時期に下りてくるとして,その 祈願もします。大晦日には,門口に若松をさし,仏壇や 床の間には黄,赤,白の色紙,花米,木炭,昆布,お金 などを供えます。最近では門松,しめ縄のほか,火の神 や床の間に餅を供えます。また,松枝や菜の花を生花と し,仏前に農作物を供える村もあります。正月飾りの撤 去は七日の節供に行うことが多いのですが,14日,15日 あるいは二十日正月(1月20日)に行うところもありま す。大晦日には,農具を火の神の前に置きご飯粒をのせ たり,ネズミに夕食の残り飯を投げ与えて,農具やネズ ミの年取りを行います。大晦日の夜に寝たりすると,火 事になったり,魂をとられたり,不幸に見舞われるとさ れます。
 元旦には若水を泉からくみますが,男がくむのが普通 で,村によっては女がくみます。太陽が出る方向に向っ てくむのがよいとする村もあります。若水はお茶を入れ るなどして,火の神,仏前,床の間に供え,残りの水で 顔を洗い,主婦が指で子供たちの額につけるウビナディ (お水なで)をします。火の神,仏壇,神棚などへ祈願 し,家族の間で新年のあいさつをして,年始に行きます。 子供たちにはお年玉を与えます。年始回りは3日ほど続 きます。村では神役など中心に御嶽(ウタキ)への祈願 も行われます。農耕初めをハチバル(初原)といい,2 〜5日に形式的な畑仕事をします。出漁初めを船ウクシ ーといい,2日,船に若木,若松,菜の花,塩,酒など を供え,海上安全を祈願します。ハチジュリーという, 村人の新年宴会を2〜3日に行います。2日から13日ま でに各人の干支と同じ日にトゥシビー祝いをします。生 れ年の宴は特に盛大です。16日に墓参りをするところも あります。元旦から二十日正月までの一連の行事は健康 祈願が中心です。
 正月行事の際の料理は,本土が餅正月だとすれば,沖 縄は豚肉正月といってよいでしょう。大晦日には豚をと 殺し(ウワークルシーという),ソーキ汁(骨つきあばら肉 の入った汁)を作って年を越し,豚肉料理で正月を祝い ます。昔は正月用に豚を飼っておき,それをと殺してい ましたが,現在は肉屋で買うことが多いようです。おせ ち料理といったようなものはなく,地域によって献立も さまざまです。東道盆(トゥンダーブン=中国から伝わ った接待のごちそうを盛る盆),重箱,大皿に盛りつけて 出される料理には,花イカ,昆布巻,ごぼう巻,シシカ マボコ,てんぷら,山芋のから揚げ,ミヌダル,揚げ豆 腐など,膳料理には,赤飯,ルーイぞうめん(具を多く のせたそうめん),ナカミ(ブタの内臓)の吸物,昆布イ リチー(昆布のいためもの)ジーマーミドーフ(らっか せいで作った豆腐),ミミガー刺身(ブタの耳の酢物),山 芋デンガグ,サーターマーミ(砂糖豆)などがあり,茶 菓子にはコーグワーシ(もち米で作った菓子),ナットウ ンス(みそをまぜたもち)などがあります。新正月を祝 うようになるとともに料理も,雑煮やおせち科理,洋風 料理の折衷的なものが多くなりました。
 沖縄で家並みを眺める時,何か本土と違った感じを受 けるでしょう。青い空と強い日差し。でもそれだけでは ありません。シーザー(魔除けの獅子像)のある赤がわ らの屋根。いえいえ,丘の上などから眺めるとかわらぶ きの屋根はほとんど見えず,民家が立派な鉄筋コンクリ ートの建物であることがわかります。これは勿論,宮古 島での瞬間最大風速85.3m/秒の記録が示すように台風 の猛威から生活を守るためです。生活様式についても核 家族化の進行など本土風に変りつつあり,正月風景も特 に都市とその周辺では,神社や寺への初詣でと年始回り という日本中の都市で見られる一般的なものになってき ています。
正月が参りましたので 新年がきましたので
私は若返るように思う 羽が生えて飛び立つほどに思う
根干瀬(ニビシ)ダキ(=根を張る岩のように)
                    わが親よ
大瀬(ウブシ)ダキ(=大きな岩のように)わが母よ
宮古のある限りわが親よ 島のある限りわが母よ
         「正月のアヤグ(民謡)」−宮古地方

(観測所長 奥田哲也,技官 前野英生)




ランダム媒質中における電磁波の散乱と伝搬


伊藤繁夫

  はじめに
 ランダム媒質と言うと何か特別な媒質をさすのかと質 問を受けることがあるので,まず,この媒質について説 明し,次に,この媒質中における伝搬問題に関連した諸 現象について述べることにしよう。
 電磁波の散乱は,ある均質な媒質中に媒質定数の異な る物体がある時,この物体によって電磁波の再放射が行 われて生ずる現象と考えられる。この電磁波の散乱及び 伝搬の立場から自然界を眺めた時,自然界自体が,不規 則で複雑な変化をしていることに気付く。そして,媒質 の性質が大きく異なる境界面,また媒質の定数そのもの が(空間的あるいは時間的にも)不規則に変化していて, 簡単に記述するのは困難な場合が多い。仮に,それらの 実際の変化が記述できたとしても,散乱問題として解析 するのは,現実的に不可能に近く,散乱及び伝搬現象の 解明は,統計的手法に頼らざるを得ない。
 しかしながら,自然界と電磁波との相互作用は,主に 使用する波長によって大きく異なるので,自然界が不規 則に変化していたとしても,取扱う波長及び対象とする 空間的,時間的スケールとの対比から,滑らかで簡単な 形状と一様な媒質定数にモデル化することも可能となる。 この簡単化されたモデル下での散乱の解析は,非常に苦 くから行われてきている。ところが,周波数が高くなる につれて,自然界のランダム性が波動にも反映され易く なるので,積極的にランダム性を取り入れたモデル化が 不可欠となる。これによって,はじめてランダム性に起 因する諸現象が解明できるのである。
  ランダム媒質の分類
 ここで述べるランダム媒質とは,散乱体が多数存在し, ランダムに分布している場合,あるいは,媒質定数自体 が時間的,空間的に不規則に変化する場合において,こ れらの状態を統計的にしか記述できないような媒質をさ している。こうしたランダム媒質による散乱の特徴は, 次のように媒質を二つに分類すると,理解しやすいで あろう。即ち,ほこり,霧,雲,雨等のように粒子が空 間に離散的に分布する離散的ランダム媒質と,大気の乱 流に代表される屈折率が連続的に変化する連続ランダム 媒質である。前者では,粒子が存在するところで,屈折 率が鋭く変化するのに対し,後者では,その変化は緩や かである。従って,離散的ランダム媒質内においては, 1つの粒子による散乱は,後方散乱をも含め比較的広角 度の散乱パターンとなり,粒子による吸収,散乱の結果 生ずる波の等価的な減衰,偏波特性が問題になる。一方, 屈折率ゆらぎ等の連続ランダム媒質においては,ゆらぎ のサイズが通常波長に比べて大きいので,前方散乱が主 体となる。この場合,偏波面の変動は無視できるが, 振幅と位相ゆらぎ,到来色変動,シンチレーションなど が問題となる。また,これらの時間的変化が重要になる ことも連続ランダム媒質における特徴の一つである。
 ランダム媒質中の波動伝搬の研究は,多重散乱の問題 を含んでいるので,それ自体理論的に興味があるばかり でなく,ミリ波・光通信,大気のリモートセンシング等の 実際的な問題に密接に関連し重要である。従って,ある 時には,波動に反映されたランダムの影響をいかに軽減 し,またある時には,むしろそれをいかに積極的に利用 するかということになる。両者に共通する事は,ランダ ム媒質中における基礎的な散乱,伝搬特性を十分把握し, 媒質と波動との相互作用を深く理解することが大切であ るということである。以下において,解析手法を若干ま じえ,上記の分類にしたがって散乱と伝搬現象の紹介を する。
  乱流大気中の光波伝搬
 晴天大気中における屈折率ゆらぎは,光領域では主に 温度のゆらぎによって決まり,平均的屈折率からの偏差 は通常10^-6と極めて僅かの値でしかない。しかし,光波 伝搬に及ぼす影響は,伝搬距離の増加と共に,非常に大 きくなり,先に述べた現象の他に,空間的あるいは時間 的コヒーレンスの減少も問題となってくる。
 初期の段階において,乱流大気中を伝搬する光波の諸 特性の解明に大きな役割を果たしてきたのは,Rytov近 似を用いる方法である。この方法では,ゆらぎによる影 響をすべて波動関数の指数分布に入れてe^ψの形で表わし, ψについて摂動的に解こうとするものである。その結 果,対数振幅,位相変動等に直接関連した多くの物理 量が比較的容易に計算できるようになり,実験値をか なり良く説明することが出来た。しかしながら,Rytov 近似は,弱い散乱領域に対してのみ有効であり,光の強 度分散(シンチレーション指数)が,伝搬距離や媒質の ゆらぎの強度の増加に伴って,飽和してくるいわゆる多 重散乱の卓越する領域では,もはや適用できなくなるこ とが実験的理論的に明らかにされた。従って,光波領域 におけるRytov近似の適用範囲は,屈折率変動強度に もよるが,数十メートルから数百メートル内の伝搬距離 であること等非常に大きな制約を受ける。
 そこで,この飽和現象の解明を中心に,種々の多重散 乱理論が提案されるようになった。個々の理論の紹介は 省略することとして,理論解析の主要な結果について簡 単に述べておこう。まず,コヒーレント波(動の平均値)の振 幅は,後述のランダム粒子の時と同様に伝搬方向に指数 関数的に減衰していく。ビーム波の強度,相関距離,ビー ム幅の拡がり等はモーメント方程式より求まり,弱い散 乱領域ではRytov近似での結果を再現できる。次に, 強度の確率分布に関しては,現在おおむね受け入れられ ている事は,次の通りである。確率分布は,弱い散乱領 域では対数正規分布であるが,飽和領域に入ってくると, 対数正規分布から大きくずれてくる事,そしてゆらぎが 非常に強い極限状態において,指数分布になる事である。 なお,対数正規分布からのずれについては実験事実とも 合致している。
 図1は,乱流の影響を示す一例として,大気中を伝搬 した収束及び平行ビーム波のビーム軸上における平均強 度を伝搬距離に対して示したものである。実線は,乱流 がない時の値であり,収束ビーム波では,焦点付近(3 q)において,乱流の影響を強く受けて減衰が非常に大 きくなっている。また,焦点の2倍の伝搬距離では,収 束,平行ビーム波ともに同じ強度になる。


図1 ビーム軸上における収束(a),平行(b)ビーム波
  の平均強度の伝搬距離特性。
  波長=0.69μm,ビーム半径=10p,Cn^2は屈折率
  変動の強度に比例した定数

  ランダム粒子を含む媒質内の伝搬
 乱流大気中の伝搬問題では,媒質による吸収効果はほ とんど考える必要はないが,ランダム粒子による波動の 散乱では,必要に応じて考慮しなければならない。まず, コヒーレント波については,全断面積(σt=吸収断面積 σα+散乱断面積σs)を用いて表現でき,強度の減衰は exp(-τ)(τ=σtz,z:伝搬距離)となる。しかし,波動 の全強度は,インコヒーレント波の強度との和であるか ら,多重散乱が寄与してくる領域では,指数関数よりは るかに緩やかに減衰することになる。
 マイクロ波からミリ波帯にかけて,例えば,雨滴等に よる散乱では,吸収の影響が大きく,散乱によって伝搬 距離が実効的に長くなると,吸収による減衰もそれにつ れて増加するため,上で述べた多重散乱の様相は現われ にくい。ところが,可視光までくると,アルベド(σs/σt) は1に非常に近く,ほぼ純粋に散乱の効果だけが重要と なる。又,雲,霧等における粒子密度の増加とも相まっ て多重散乱の特徴が顕著に表われてくる。こうした場合 にも,帯域幅等は,大きな制限を受けるが,多重散乱波 までうまく利用した通信も不可能ではあるまい。
 インコヒーレント波まで含めた波動強度を求めるには, 輸送方程式等を解かなければならない。この式を解析的 に解くことは,一般に困難であるので,数値計算に頼る ことが多い。しかし、実際の問題がどのような散乱領域 に属するかという分類や,媒質の依存性を陽に表現し, 媒質と波との相互作用を見極め易くする等の点で解析解 の方に利点がある。勿論,適用範囲等に制約を受けるこ とも事実であるが,起こり得る多くの事柄が予想できる 事,また,現象を様々な角度から洞察できる事も解析解 の魅力の一つである。以下,近似解法の有用な場合を挙 げる。
 @粒子密度が極めて希薄である時は,単一散乱近似が 使える。これは,伝搬路上において,波は1回だけ粒子 による散乱を受けるというものである。
 A密度が更に高くなった時は,上の近似で求まる実効 伝搬定数をまず計算して,その伝搬定数と同じ値をもつ 媒質内における粒子による単一散乱を考えるもので,既 に減衰を受けてきたコヒーレント波が,1回だけ散乱さ れるものと仮定する。この方法は,レーダ,ライダ等の 応用面に広く用いられており,波長に比べて小さい粒子 に対しては,光学距離τは5くらい迄が適用範囲とされ ている。その他,
 B粒子のサイズaが波長λに比べてかなり大きい場合 (a≫λ)には,前方散乱近似が有効で,乱流の時と同様 な手法で解析できる。更に,
 C光学距離が増加する等(τ→大)で散乱波全体の散 乱特性が角度にあまり依存しなくなる領域では,拡散近 似を適用でき,解析解が比較的簡単に求められる。
 パルス伝搬
 これまでは,連続波の伝搬特性について述べてきた。 パルス波がランダム媒質中を伝搬した時の波形歪み,時 間遅れは,レーダデータの解析や高速通信システムにお ける等化技術等の応用面にも関連しており重要な問題の 一つである。
 パルス問題の解析では,例えば,送信パルスのスペク トルが搬送波付近の狭い帯域に分布している場合,通常 の時空間輸送方程式を解けばよい。この場合,屈折率ゆ らぎのスケール又は粒子の平均サイズが搬送波の波長に 比べて十分大きければ,前方散乱近似が適用でき,乱流 や降雨中の光パルス波が解析的に求まる。更に,雲,霧 等に対しては,光学距離τは短距離でも大きくなり(τ ≫1),アルベドも1に極めて近いので,拡散近似を使 うことができる。こうして求められている拡散方程式は, 時間と空間座標に関してそれぞれ1,2次の微分方程式 であるので,境界条件の下で,解析解が求め易い。
 表1には,30nsecのパルス波(ルビーレーザ)が雲を 通過した時に生ずるパルス幅の拡がりに関するBucherと Lerner による実験結果,及び当所で研究した拡散近似 による理論値との比較を示す。更に,Bucherが計算し た光子衝突モデルによるモンテカルロ法の数値結果も 合わせて記入してある。ここで,理論値に用いたパラメ ータは,平均余弦散乱角を0.87として,σα=0,σα/σs=1.3 ×10^-4の二つを選び計算している。σα/σs=1.3×10^-4の 方は,実験値を非常に良く説明できること,又σα=0の 時は,モンテカルロ法による結果とも良く一致すること がわかる。なお,拡散領域では,表からもわかるように, 非常に僅かな粒子による吸収でもパルス幅の拡がりに大 きな影響を与えている。


表1 BucherとLernerによるパルス幅の拡がりに関する実験結果とこれに対する当所で開発した拡散近似による理論値及びBucherのモンテカルロ法による結果との比較

 おわりに
 ランダム媒質中における波動伝搬の研究は,ここ十数 年来,著しい進展を遂げている。光波帯での散乱と伝搬 にまつわる現象を中心に,解析的手法も合わせて簡単に 述べたがここでは省略した海面波浪と海面風のリモート センシング等に代表されるランダム表面による散乱問題 も含め,ランダム性に起因する諸現象を解析する重要性 は,今日ますます増大してきている。自然界と電磁波動 との相互作用の認識を更に深めることが必要であろう。

(第一特別研究室 主任研究官)




フランス留学印象記


久保田 文人

 1982−83年度フランス政府給費技術研修生として,陸 上移動ディジタル通信方式の研究のため昨年8月から本 年8月までの1年間,フランスに滞在した。この留学制 度は,フランス政府が諸外国に対して毎年,文化系,科 学系,芸術系の各部門の留学生を公募するもので,この 30年間に恩恵を蒙った日本人留学生は相当数に上り,日 仏間の交流に大きな役割を果たしてきた。昨年度の場合, 科学部門(自然科学,農業,医学,工学)だけでも研修 生(1年間)24名,研究生(3年間)5名の計29名が渡 仏した。また数年前には科学部門の旧留学生の会 (ABSCIF)も発足している。この制度により,当所から これまで11名が留学の機会を得たが,本誌8,18,34, 48,61号に諸先輩の報告が掲載されている。
 フランス政府からは毎月の給費(筆者達の場合2,400 フラン)と帰国航空券が支給される。往路については, 国立試験研究機関の研究者は科学技術庁が負担する制度 がある。給費額はSMIC(法定最低賃金,約3,300フ ラン)よりかなり低いが,CIES(仏外務省国際学生 研修センター)の示した試算によれば,パリ地区以外の 田舎に単身で留学し,学生寮に住み,学生食堂を利用し 酒も煙草もやらずに慎しく生活すれば可能な額とのこと であった。
 研修生の場合は,CIESの保護のもとに置かれ,そ の指示に従って研修をすすめなければならない。空港到 着から語単研修先まで,毎日次々に到着する世界各国か らの留学生をフランス的流れ作業で振り分けてゆく CIESの受入れ体制には感心させられた。
 最初の2か月は,パリから南へ360q,仏中部の小都 市ヴィシーにある語学学校で仏語の研修を受けた。その 町は何といってもミネラル水で世界的に名高い。(筆者 はヘルシンキでフィンランド製のヴィシー水を飲んだこ とさえある。)天然の鉱泉を利用しての温泉治療が盛ん で,1級,2級の2つの大浴場を中心に色々な施設があ る。専門医の表札も多く見受けた。ヨーロッパの温泉地 につきもののカジノも、当然あり,市内を流れるアリエ川 に沿って様々なスポーツ施設が完備していて,有数の保 養地として特に夏は大変な振いである。人口3万5千人 だが毎年10万人以上が訪れるというから大変なものだ。 この町を歩いていると三種類の人間にぶつかることにな る。つまり,地元の人,保養客,そして語学研修生であ る。
 語学学校は視聴覚を多く取入れた教授法に目新しいも のはないが,課外に殆んど毎日各種の催しを企画し,仏 語の実践や生徒がフランスの文化,生活習慣,早く慣れ ることを狙っていた。住居の方も,長期滞在向のホテル や下宿が沢山あり,苦労しなくて済んだ。確かにヴィシ ーは田舎町の静かな佇いと,保養地らしい都会的センス の入り混った,独特の雰囲気を持っていて,留学生の研 修には最適の町であると感じた。
 ヴィシーを有名にしたもう1つのもの,それは第二次 大戦中に独軍協力政権が置かれたことである。しかし現 地に行ってみると,政府の置かれたカジノやペタン元帥 の住んだパルク館など昔のままでありながら,不思議に もその歴史を示す如何なる説明板もないし,人々の口に も上らない。まるでヴィシー政権など存在しなかったか の如くである。戦後40年近く経ったが,まだタブー視さ れている状況を見て,重い影を見る思いがした。
 さてヴィシーでの語学研修を終え,知り合いになった 様々な国の留学生と別れて研修先へ移った。筆者の研修 先はナンシー第一大学理学部電子工学研究室である。ナ ンシーはパリの東300q,ロレーヌ地方の中心都市で人 口27万人,現在は近くで採れる岩塩,石炭,鉄鉱石など をもとにした工業都市として,また大学都市として知ら れている。
 ナンシー大学は,郊外にキャンパスを分散させた理学 部,医学部,薬学部,歯学部など理科系の第1と,旧市 街にある文科系の第2とに分かれている。第1大学は学 生数約13,000人,うち理学部だけで3,600人を擁する。 理学部は外国人留学生も多く,アフリカ,中近東を中心 に800人にも上っている。従って大袈裟に言えば,学生 食堂での第二外国語がアラビア語という状況には少々驚 いた。筆者の属した研究室では,トセー教授以下主任助 手,助手,国家博士号取得課程の研究者,テクニシャン 及び各レベルの学生達の約120名で構成されていたが,ご 多分に漏れず外国人学生が仏人学生の倍もいて国際色豊 かなものであった。


ナンシー大学理学部

 当研究室ではTV信号のディジタル処理,通信,マイ クロコンピュータ,金属薄膜の物性,超音波,医用電子 工学などをテーマに研究をすすめている。筆者は移動通 信系におけるフェージングによる誤り率を改善する符 号化方式について,チャネルのモデル化,シミュレーシ ョンを行った。数週間毎に教授と通信関係の学生達を含 め,議論を重ねながら研究をすすめてゆく経験は非常に 貴重なものであった。研究室の毎日は朝8時すぎから, 先ず各人と挨拶を交しながら握手して回ることに始まる。 昼食は学生以外は皆家へ帰ってたっぷり2時間は休み, 午後は6時すぎまで,また夕方5時に“five o'clock tea” と称して紅茶を飲みつつ雑談するのが習いである。 時間は割合柔軟で,研究の進め方も競争的でなくマイペ ースの雰囲気がある。これは国民性のなせる業であると 同時に,例えば国家博士号を取得するには第3期専門博 士号取得後,更に最低6年は研究を重ねなければならな い学制のためもあろう。そしてこのことが,基礎研究の 層の厚さをもたらしている反面,競争による応用技術の 発展を阻害しているのかも知れない。
 ナンシーはヨーロッパの町としては比較的新しく,や っと14世紀にロレーヌ公国の首都として歴史に登場する。 旧市街はモーゼル川の支流,ミュルト川沿いの盆地状の 湿地帯に形成され,町並みを整えたのは最後のロレーヌ 公スタニスラスであった。彼はルイ15世の伯父に当る元 はポーランド王だった人で建築を好み,領内に沢山の 優美な建物を遺したが,ことにナンシーの中心をなすス タニスラス広場を取り囲む18世紀様式の建築群は有名で ある。
 彼の死んだ1766年以後ロレーヌは仏領に編入され,独 自の歴史の幕を下す。お隣りの北ロレーヌやアルザスと 違い,以後第2次大戦中の短い期間を除けば常にフラン スの勢力範囲であったので,土地の人は誇りを持ってい る。これに少し関係することであるが,ヴィシーの語学 学校でフランスの地形の話があった際年配の婦人の先生 が,「西はブルターニュから東はナンシーまで…」と無意 識に言われたのが印象的であった。
 工業の発達で19世紀から町は急速に発展した。ことに 万国博覧会を機に一世を風靡したアール・ヌーヴォー様 式の発詳の地として,その名を再び高からしめた。現在 のロレーヌ地方にはナンシーとメッスの2つの中心都市 があって,互いに対抗意識を持っている。ナンシー人に は誠に残念であるが,産業的にはメッスが優る。この対 抗意識は,単に隣町ということだけでなく,メッスが旧 ドイツ領で今も独語なまりの仏語が聞かれることに象徴 されるように,どうやら根の深いものがあるらしい。こ のことは,独仏の勢力争いの場となったアルザスの町々 を訪れる時,沢山の独人観光客や仏語,独語,アルザス 語を使い分ける土地の人々を見れば,嫌が応でも考えさ せられることだ。人間の行いは水に流せるものではない。 歴史とは何と重いものかと。
 さてフランス滞在中には,仏電気電子無線学会のディ ジタル移動通信研究会にも参加した。そこではCNET (国立電気通信研究センター)やメーカーの研究者により, CNETを中心に進められている研究開発の動向が紹介 され,熱心な討議が興味深かった。また,メーカーの見 学は果たせなかったが,後日CNETは訪問することが できた。加えて,IEC(国際電気標準会議)の移動無 線小委員会の会合に2度出席するとともに,帰路スウェ ーデン通信庁電波研究所とオランダ郵電省電波監理局を 訪問する機会があり,有益であった。
 この一年で非常に多くのことを学んだが,このような 貴重な留学の機会を与えられ,またお励まし下さった, 仏政府,在日仏大使館,科学技術庁,郵政省,ならびに 当所の関係各位に深く感射いたします。今後とも,一層 多くの方々が,在外研究の機会を得て,研究交流,国際 交流にあたられるよう切望するものです。


スタンスラス広場と市庁舎


短   信


カナダ氷海輸送技術調査団が来日

 W. Ellwood氏(カナダ運輸省)を団長とするカナダ 氷海輸送技術調査団との専門家会合が11月28・29日の両 日東京で開催された。同会合には,当所から第一衛星計 測及び第一宇宙通信研究室長が出席した。同会合は,日 加科学技術協力の一環として昭和57年6月のオタワ会合 以来数回開催されてきたものだが,氷海輸送船や氷海の リモートセンシング技術に関する両国のフィージビリテ ィ・スタディの進展状況及び今後の協力のあり方等につ いて討論された。同調査団は,11月30日当所鹿島支所の 施設見学をした。次回会合は,昭和59年秋東京で開催さ れる予定である。



第2回日豪科学技術協力合同委員会開催さる

 日豪科学技術研究開発協力協定に基づく第2回日豪科 学技術協力合同委員会が11月21・22日の両日,東京で開 催された。当所からは,VLBI共同実験,衛星利用に よる外気圏・磁気圏の研究及びRASSレーダによる上 層大気のリモートセンシングについての活動報告を行っ た。本委員会では,生物学,物理学及び海洋科学技術等 の分野にわたる個別協力テーマの多くが成功裏に進捗し ていることが確認され,さらにバイオテクノロジーと新 材料に関するワークショップの開催について討論された なお,本委員会には第三宇宙通信研究室長が出席した。 次回の合同委員会は,キャンベラで開催することが合意 された。



JPL議員SIR-B実験地調査のため来日

 当所は本年8月末に打上げ予定のシャトル映像レーダ 実験に参加するが,その主実験サイトの調査等にジェッ ト推進研究所(JPL)から職員が来日した。
 SIR-B実験計画責任者のElachi博士は急病(腎 臓結石)のため来日を取りやめたが,副責任者のCimino 博士と主任技師兼日本連絡担当のCurlander氏が昨年12 月10日から約1週間滞在した。12日は本所の関係施設を 視察した後,本所及び鹿島支所のSIR-B実験チーム のメンバーとTV会議室で実験計画の細部にわたって活 発な討論を行ったが,当所の実験チームの優秀さに強い 印象を受けたと述べていた。その後主実験サイトである 秋田に向い,旧秋田空港,大潟村米作地等の視察のほか, 秋月県庁,大潟村役場,秋田農業短大を訪問し協力の要 請を行った。8月の実験では当初予定した以上の軌道が 当所の実験に割り当てられることになり,実験の成果が 期待される。



秋の火災予防訓練実施

 昭和58年秋の火災予防運動の一環として,12月9日午 後2時から東京消防庁国分寺消防署の指導と協力を得て 予防訓練を実施した。訓練の状況は,次のとおりである。
 所内で火災発生を想定。火災報知機の非常ベルが一斉 に鳴りわたる。直ちに火災発生場所の確認とダイヤル 119番への通報。同時に所内放送による火災発生場所の 周知と避難場所へ誘導等の指示により行動に移る。
 避難場所として指定された3号館前庭においては,消 防署員により消火器,消火栓,放水等の取扱い説明及び 職員による実技訓練が行われた。また,ハシゴ車による 救出訓練では,3号館屋上からハシゴ車に飛び移る光景を見 詰める参加職員の表情は,真剣そのものであり現実さな がらであった。
 当日は快晴に恵まれ,初冬のこととて日射し弱く寒か ったが,途中で立ち去る者もなく訓練が終了するまで熱 心に参加した。