レーザによる人工衛星の姿勢・位置高精度決定


有賀 規

  はじめに
 人工衛星等の飛翔体の運動は物理学的には剛体の運動 として取扱うことができる。剛体には6個の自由度があ り,6個のうち3個は剛体内の代表点(重心にとるのが 便利である)のある基準座標系上での位置を表すもの であり,残りの3個はこの点の回りの回転角を表すも のとなる。これらの6個は独立変数であり,これらの6 個が定まれば,剛体の状態が一意的に定まることになる。 質点状態が位置を表わす3個の変数(例えばx,y, zの3個の座標)だけで表されるのに対して,剛体の 状態を表すには回転を表す3個の変数(例えばオイラー の回転角)も必要である。人工衛星は地球の回りを周期 的に運動するので,前者の位置は時間変化も考慮して軌 道として取り扱われる。後者の3個の回転角が姿勢を表 す要素である。
 人工衛星を迫尾する場合,電波を利用して人工衛星が らのビーコンを受けて電波アンテナで追尾する方法のほ かに,光を利用する方法がある。この方法では,光学ア ンテナ(望遠鏡)で太陽光に輝く衛星を追尾したり,コ ーナキューブ搭載衛星に対してはレーザ光の反射光を検 出したりする。光学的手段による方法では電波による方 法よりも高い精度で衛星の軌道を測定できるという特徴 がある。特にパルスレーザを利用したレーザ測距は世界 的に行われており,コーナキューブ・リフレクタを搭載 した衛星を追尾し,地上局と衛星間の距離を測定して測 地学等へ応用するものである。
 衛星の状態を表す姿勢が軌道とともに重要である理 由は,一般に,電波の送受信をするアンテナの方向や観 測装置の方向が姿勢によって定まるからである。特に, ミリ波や光波で指向性の鋭いアンテナを用いた衛星−地 球間通信を行う際,目的とする方向にアンテナを向け効 率良く通信を行うために,衛星の高精度姿勢決定が必要 となってくる。さらに,通信のみならず静止衛星等の高 々度衛星から高分解能で地球を観測する場合や,エネル ギーを伝送したりする場合にも,地球上の絶対位置校正 用の基準点や高い指向精度が要求され,いずれの場合も 姿勢決定を高精度に行わなければならない。
 ここでは,光学技術を利用して衛星追尾を行って衛星 の位置を正確に測定する方法,さらにレーザを利用して 姿勢を高精度に求める方法について,当所で研究・開発 を行った点を中心に簡単に紹介する。
  衛星位置の高精度決定
 後で述べる「レーザ光を利用した衛星の姿勢決定」を 行うため,あるいは測距のためレーザ光を衛星に送信し なければならない。このためには高い精度で衛星の方向 が分っていなければならない。しかし現段階では衛星か らの光ビーコンが無いので自動追尾は非常に困難で,衛 星の軌道をあらかじめ計算しておいて迫尾するいわゆる プログラム追尾の方式が用いられている。衛星軌道は一 般に電波によるレンジングデータをもとに計算され予報 値が出される。一般に1000q位の高度の衛星に対しては 元期(軌道決定時)から1週間以内では0.05°〜0.1°以 内の予報精度がありレーザビーム照射は大略可能だが元 期から2週間以上たつと一般に予報が悪くなりレーザビ ームが衛星に当たらなくなる。元期に近い場合でも予報 が悪い場合やビーム幅が狭い場合はレーザビームは衛星 に当たらず,不便なことが多い。従って一般のレーザ局 では予報が悪い状態の時測距をあきらめている。そこで 衛星の軌道予報改良の方法を考案し,シミュレーション を経て実際の衛星追尾実験を行い本方法の有効性を実証 した。
 まず衛星追尾を精度よく行うためには装置そのものの 精度が良くなければならない。装置の精度のうち必然的 に生しるのは装置の設置誤差である。追尾装置の設置誤 差(例えば垂直軸の水平面の法線に対する傾きなど)を 恒星追尾によって求め,これを補正して約0.001°(20μ rad)の精度で衛星追尾ができることを確認した。このこ とにより光学追尾装置の方向を約0.001°の絶対精度で天 球の任意の方向に向けられることになった。このことは 極めて重要でいかに高精度の装置を製作しても,こうし た設置誤差の補正なくしては高い絶対方向の精度を出す ことはできない。
 衛星の位置を測定する場合,(距離,方位角,仰角)ヘ の3要素が用いられる。距離についてはレーザ測距によ って高精度に求められ,この技術は確立されているので 他書にゆずることにし,ここでは衛星の方向(方位角と 仰角)を高精度に測定するため当所で開発した方法を紹 介する。従来,衛星の方向(天球上の位置)は、天体望 遠鏡で恒星を背景にして写真をとり,既知の恒星の天球 座標をもとにして正確に求める方法がとられている。し かしこの方法は刻々と位置が変化している衛星を追尾し 軌道を正確に測定するには適当とは言えない。そこで, 望遠鏡と超高感度のテレビカメラ(SITカメラ)とを 組合わせて衛星を観測し,手動の微調整を行い,衛星が 望遠鏡の視野の中心に入った時,信号を計算機に送り, 後でこの時のデータをサンプルできるシステムを開発し た。時刻信号も同時に計算機に入っており,前述のよう に光学追尾装置は約1/1000度の精度で絶対方向の補正が なされているので,この精度で,ある時刻における衛星 の位置が分かるという仕組みである。
 地上から衛星に向けてレーザ光を送信するためには衛 星の方向の精度が問題になる。衛星が地上から見える時 (1000q高度の衛星では日没後数時間観測が可能である) には方向が分かるので狭いレーザ・ビームを衛星に送信 することは容易であるが,衛星が見えない時は軌道予報 値に従って衛星を追尾するしかない。しかし既に述べた ように軌道予報値の精度は一般に十分ではないので,上 記のようにして光学観測から得られた正確な衛星位置の データ(追尾データ)をもとに予報値の精度を上げる(軌 道予報値の改良)ことを試みた。人工衛星の軌道要素を 微小に変化させた時,ある地上局から見た衛星の方向が どの程度変化するかは理論的に数式化できるので,衛星 の追尾データをもとに衛星の実際の方向が予報値に対し てどの程度ずれていたかを一つの軌道に対して求め,逆 に,このずれから軌道要素の誤差分を推定しようとする 方法である。計算機シミュレーションを経て,実際の衛 星(ビーコンC,ETS-Vを利用した)の追尾実験によ り,1000q高度の衛星の場合,軌道予報値の誤差が大略 1°以内であれば,光学観測によって軌道の予報値の改良 をした後,約0.005°〜0.01°の精度で追尾が可能である ことか分かった。
  衛星の姿勢の高精度決定
 衛星の姿勢は一般にロール,ピッチ,ヨー角の3個の 回転角で表わされる。衛星の姿勢を検出する方法として は,従来主として次のようなものが用いられてきている。 <地磁気センサ>地球磁場を磁力計で検出し,地球磁場 の方向と衛星の基準軸とのなす角を測定する。<太陽セ ンサ>太陽光を光検出器で検出し、太陽の方向と衛星の 基準軸とのなす角を求める。<地球センサ>10μm前後 の赤外線で地球を見るとほぼ球面になるのでその中心の 方向を検出する。<スターセンサ>恒星の方向と衛星の 基準軸とのなす角を検出するもので,太陽に比較し星は 点光源に近くなるので高精度が得られる。RFセンサ> 地球から電波を出し,電波の到来方向を検出するもので ある。スターセンサを除くセンサの精度は高々0.2°くら いであり,最も精度の高いスターセンサも星は地球に固 定された座標系に対して動くという問題がある。これら の姿勢センサは個々のセンサたけでは姿勢を一意的に決 定する(三つの角を決定する)ことができないので,種 々のセンサを組合わせて使用するのが一般である。
 当所で提案し開発してきたレーザ光を用いる新しい 方法は姿勢の三要素を同時にしかも高精度に求めること ができるという特徴をもっている。地球上の1点から直 線偏光したCWレーザ光を衛星に照射し、衛星上でこの レーザ光を検出する。宇宙からレーザ光送信点を見ると 星のように1点が輝いて見えるのでレーザ光の光たけを 通すような光学的バンドパスフィルタを使用してこのスポ ット像を撮像装置で検出し,画面に現れたスポット像の 2次元座標からロール、ピッチ角に相当する角度を求め, ヨー角はレーザ光の偏光方向を利用して三つの角を求め ようとする方式である。この方法ではロール,ピッチ角 に対しては0.005°以内,ヨー角に対しては0.1°以内の精 度が容易に得られることが理論的にもまた地上でのシミ ュレーションからも見込まれている。
 室内実験や地上での基礎実験の段階を経て,実際に衛 星を利用して実験するための衛星追尾光学装置を製作し た。一方宇宙開発事業団では,国産の技術試験衛星-V 型(ETS-V)にビジコンカメラを搭載する計画があ った。本衛星は三軸姿勢制御の試験を主目的とした衛星 でビジコンカメラは地球の表面を観測し,衛星の姿勢 を定性的に監視しようとするものである。このビジコン カメラで当所から送信されるアルゴンレーザ光の検出が 可能であることが見込まレたので,実験を計画し,昭和 57年9月衛星が打ち上げられて以来、光学観測や地上 衛星のレーザ光伝送実験を行ってきた。実験は夕方か ら夜にかけての時間帯に行われている。従ってレーザ光 の送信時には衛星の光学観測も同時に行うことができ, 高精度に衛星の方向を観測し、このデータを姿勢決走 に用いている。地上からのレーザ光は,ビジコンカメラ の画面上にはっきりと(十分のSN比で)スポット像と して検出される。ビジコンカメラは偏光を検出する手段 を有しないので偏光を利用してヨー角を求めることはで きないが,5秒おきに地表の写真を撮っているので、画 面上をスポット像が5秒おきに動き,その軌跡の傾きか らヨー角を求めることができる。ヨー角が求まれば,ロ ール,ビッチ角はスポット像の画面上の2次元座標から 求めることができる。
 結果の例を図1,図2に示した。図1は5秒おきに撮 ったレーザ光スポット像の連続写真の一枚を示し,図2 は5秒おきに求められたETS-Vの姿勢(紙面の制限 のためピッチ角のみ)を示す。ロール,ピッチ角の精度 は0.01°,ヨー角の精度は0.1°である。この図に示される ように,レーザ光を利用したシステムによって衛星の姿 勢が高精度に、さらに飛行中の姿勢の微小変化も検出で きることが実証された。尚,ETS-Vを利用した実験は RRL/NASDA共同実験として行われた。


図1 EST-Vのビジコンカメラで撮ったレーザ 光スポット像の例(カメラの視野の約1/3×1/3の部分を示している。)


図2 レーザを利用して求めたEST-Vの姿勢の 例(5秒おきのピッチ角の変化が示されている: 横軸は時間軸に相当する)

  おわりに
 地上の一点での光学追尾によって衛星の方向は0.001° 〜0.002°くらいの精度で決定できさらにコーナキュー ブ搭載衛星についてはレーザ測距によって10p以内の精 度で距離も測定できる。従ってこうした光学技術を用い ることによって衛星の位置が非常に高精度に決定できる。
 レーザを利用する新しい姿勢決定法により従来の姿勢 検出精度が約2桁良くなる。ETS-V衛星を利用して このシステムの有効性が実証されたが,レーザを利用し ての人工衛星姿勢測定実験の成功は国の内外を通して初 めてである。将来静止衛星にこのシステムを利用すれば, アンテナや観測装置の方向を地上で1q以内の正確さで 制御したり,地球を高分解能で観測する場合の絶対位置校 正にも使用可能となるなど多方面への応用が期待される。
 このように人工衛星の光学観測や地上−衛星間のレー ザ光伝送の研究は将来,通信,地球観測,測地学等への 新しい応用の道が開けており波及効果が大きい。地上− 衛星間のレーザ光の伝送については特に多くの応用が可 能であるが,衛星一衛星間も含めたこうした長距離の光 伝搬については未だ研究すべき点も多く残されているの で,今後の重要な研究課題である。

(通信機器部 物性応用研究室 主任研究官)




物つくりの記


新井 幸一

 試作係ではどんな物を作っているのですか,とよく聞 かれるが、一寸返事に困ってしまう。こんなものを作っ ています,といえるようなまとまった物は,完成すると すぐに研究室とか実験場所などに運ばれてしまうし,現 在設計中のものや製作中の物は完成した形を想像させに くい。そこで「きちっとした話としては,研究所が必要 とする機器で技術的,時間的,経済的に外注困難なもの を試作開発することになっていますが、よく煮つめてみ ると時間的余裕とか予算があれは外注はできるので最終 的には技術的に外注困難なものということになります。 事実これ迄の仕事をみましても,間に合わせや簡単な修 理は10%程度で他の大部分は試作開発となっています。 まあ,今迄の目ぼしい試作品の写真を御覧下さい」 と10冊程のアルバムを引っ張りだすことになる。数多い アルバムの写真は,一寸見ると単に試作品の側面を示し ているたけのようですが,もっと深く見つめてくれる人 には,その物に秘められた物つくりの数々の物語りを話 しかけてきます。
 研究所の物つくり達がねじ一本をつくる。歯車をつく る。各種駆動装置を,測定装置を,発振器を,共振器を アンテナを,その他さまざまなものをつくる。気軽そう に楽々と,あるいは精魂こめて物をつくる。そしてどん な場合でも物つくりは物をつくるとき本物をつくりたい と思う。それが物をつくる者の誇りであり,本物をつく る喜びを知っている者の願いであり,また物をつくる苦 しみをはね返す支えでもある。
 明快な思想のバックボーンが支配する中で、すべての 部分が計算しつくされ,すべての材料,部品が選択され すべての部分加工,組み立てが行われたとき,新たに創 造された物は生き生きと輝いて見えます。
 いつもそんな物がつくりたい。たとえそこに至るまで の道がどんなに遠く,どんなに厳しくとも……。
 物をつくる最初の工程は抽象を、形と重さと運動との 枠内に閉し込めることから始まる。それはある映像に, 思想と理論と情熱のエネルギーで生命を与える,詳細な 方法を完成することです。簡単なものとか現実に類形的 なものがあればコンピューターで自動処理することも可 能です。しかし本格的な試作品の場合,決定的なものが あるはずもなく,確かな原形を求める遍歴へと旅立たさ れてしまいます。
 過去の集積をつめ込んたポケットをかき回してみたり, 手つるとなりそうな文献の行間をさまよってみたり,ま たは夢の中の幻想を捕えてみたりして,ものになりそう な形があれば理論のノミで大よそを形づくってみる。部 分から部分ヘ,そして全体へと形がまとまる。また全体 から見直した各部を形つくる。繰り返しを重ねる毎に全 体像は鮮明となり大筋決定は近い。
 だが挫折は突然やってくる。理論がある部分の弱みを 突いたとき,これ迄の虚像は一瞬に崩れる。また出発点 に帰りこれならばと思うものを拾い上げる。また出発点 に帰る。そしてまた同じ繰り返し。空しい繰り返しが続 き完成の約束期限も気になる。ある声がささやく。
 「今迄だれもが手がけなかったことを切り開くとき, 完全でなくて当たり前,むしろうまくいったら偶然なのだ。 たとえ不完全でもある程度まとめたらやってみる。欠点 は改良すればよい。試作設計は機能を満足させることが 重点だ。試行錯誤,失敗しながら一つ一つ改良して行く。 そのねばり強さと勇気が開発を支える力なのだ」
 そしてまた別の声がいう。
 「安易な妥協が恥ずかしくないか,改良とか改造とか で切れぎれになった思想のものに,だれが物つくりの誇 りを込められよう。理論の連続しない形がなんで生き生 きと輝くものか。それとお前は自分の力で物をつくりた そうともがいているが,つくるのではない,結局は闇に 埋もれた確かな像を探しているだけなんだ」
 物つくりは厳しい遍歴の中で無力感に打ちのめされ、 たたきつけられながらも立ち上る過程で自信と勇気が鍛 えられ,たくましく成長して行く。幾度となく操り返す 遍歴は、埋もれた像の部分部分を念入りに検証している ことにもなる。ある時期が過ぎると今堀り起こしつつあ るものに自信が湧いてくる。
 「これは各部とも筋が通っているし,論理の弱点もな い。また未知の確かな物へのおそれは残るが,これも確 かな物の一つだ。よし,これで行こう」
 決断を支えるものは遍歴のなかで拾い集めた,かかえ 切れない程の検証の積重ねである。
 大筋が決まればもう胃を痛める程のことはない。工作 法,材料など不確定部分は予備テストで切り抜けよう。 類形的に処理できそうな部分は今迄の理論の延長として 片付けよう。既成部品を信頼することだ。そして材料, 工作法,理論計算,さらに製作コストの評価を突き合わ せて何回か修正すれば部分は決定する。心臓部から未端 部への構成,さらに全体から見直した細部設計へと,集 中力,根気,高揚した流れが進行を早める。
 設計完了は不思議な状態である。一山越えた安らぎの 中に何か不安が残る。主要部分からビス一本まで目を通 している,見直しにも充分時間をかけているし間違いは ない,ときめ込んでも,完成したこの数十枚の図面に まぎれ込んだミスは到底見つかりはしない,とも思う。 以前の失敗作なども思い出す。とにかく大きなミスの出 ないことを祈り材料加工の工程に入ろう。
 物を加工製作する枝術は「ノウハウの固まり」だとい われています。形が単純,小型で材料もありふれたもの なら加工万法に問題はなく,コンピューター利用の工作 機械でも加工はできるんですが,高精度加工とか,複雑 な形とか,材料などが問題になると状況は一変します。  まず高剛性運動の見本みたいな工作機械ですが,精密加 工の目でみると、すきまだらけで伸び縮みはするし,簡 単にねじれたり曲ったり,全くだらしないやつなんです。 それと,おとなしそうな顔の材料,これがまた内部にひ ずみというひねくれ者を飼っていて,一部分を加工する と全体が変形する,すぐに変形しなくてもじわじわと変 形する。厳しくいうと長期間の精度保持に耐えられる材 料はほんの一部なんです。
 物つくりは物を作る方法の開発を気安く日常的な事と しているが,現実に工作機械,刃物,材料などが「生き 物」といわれる程に人の制御を離れて行く新しい精密加 工法の開発は,未知の切り立った山のりょう線を,カン を頼りに一人で縦走するようなものです。
 「切削とか成形とかのさまざまな理論は足元の深い谷 の中だ。このりょう線は小石一つ踏み違えただけで転落 することは確かだが,これが最善の道の一つだ,と結論 づけてきた。思い切って行ってみよう」
 材料に余裕がなくテストが制限されるとき,加工ヘの スイッチを押すのは神に祈る一瞬でもある。
 それでも高精度加工は一度で成功することはほとんど ない,二度,三度,四度,あるいは設計変更してさらに 何度でも,方法のある限り試みる。
 やがて執念が道を開き加工は進行する。そして最初の 設計とは似つかない形の加工方法優先のものが作りださ れ,設計はヘリ下った席で沈黙する。
 「高精度試作品の初期設計はポンチ絵なんですね」
 工作機械が快調なリズムを繰り返しているときは,鼻 歌まじりで作業をしても,出来上りは良いものがそろう し,仕事はどんどんはかどるし,気になることは何もな い。天国の仕事というのはこんな時でしょう。
 機械加工がいくつかの山を越すと全体の完成が近い。 後は気を引きしめ簡単なミスをしないことだ。何日間も 手をかけた完成寸前の部品に,ねじ切タップ一本を折り 込んだだけで,その作り直しを何日間も夜遅く迄やった こともある。物が完成に近づく程失敗へのプレッシャー も大きくなるが,作業にも気合が入り進行も早い。
 物が完成するときはよいものです。部品製作中や組み み立ての段階で主要な点はチェックして行くので、まず 問題なく出来ているとは思うものの絶対ではない。組立 て完了。駆動してみる。円滑に動く。たしかに,正確に 動く。湧き上るものを押え,何となく冷静そうに各部を のぞいてみたりしながら,また一つふえた小さな記念碑 となるもののあらましを心のひだに刻み込んで行く。い くつかの事が脳裏をよぎる。こんな時はささやかな完成 祝いのビールが格別の味となります。
 またお祝いもされない小物でも,物つくりの小さな歴 史にしたたかな足跡を残したやつのときは,完成した姿 をあかずに見つめていたりもします。
 ふと気づいてみると,まだ話し足りない物達が写真の 中でかすかに揺れている。

(企画部 第二課 試作係長)


最近試作したアンテナ特性測定装置




観測所長の雑感


城 功

 “最北の地稚内” これが最近の椎内観光用パンフレ ットのキャッチフレーズである。
 寒々としたさいはての町の淋しさを感しさせるこの言 葉のイメージとは異なり稚内は水産業の町として,すこ ぶる活気がある。2年余り前の7月,高温多湿のうだる 東京からわずか3時間余り,片道切符の空の旅を終えて 茫ばくとした原野の片隅にある終着駅稚内空港に降り立 った。原野の彼方に最北端の宗谷岬を,さらに遠く樺太 を望見したとき,やっと到着した安堵感と,さいはての 町に一人で降り立つ不安,更には新しい職場での未知に 対する緊張感が交錯した復雑な気持ちであった。
 辛い北海道という広々した土地とその雄大な自然環境 の中でのんびりした生活環境が相和して素朴で親密な 人間関係を造り上げていて,今や職場でも日常生活でも この申し分ない環境にすっかり溶け込んでいる。
 大都市周辺での騒音や環境公害,多様化して目まぐる しい社会,最近益々管理社会化する職場環境の真只中か らの地方赴任は突然静寂が来たかのようで職場はもとよ り私生活においても刺激がなく,頭が空っぽになるよう な数ヶ月を送ったが,段々馴れるにつれてこれ程落着い て恵まれた職場環境は地方以外では得られないのではな いかと感じるようになった。
 わずか6人という世帯構成の割には研究施設は充実し, 雑務に追われないことなどを考え合わせると,かつて若 い研究者が自からの研究課題に取り組み,優れた科学者 として大きく羽ばたいていったこの地方観測所が今もな お前途有望な若者の絶好の研究の場であり得ると信ずる。
 しかし,観測所の現状や将来について悩みも少なくな い。ひとつは情報の流通が極めて悪いことで,特に研究 業務には欠かせない技術情報を始め,いろいろの情報収 集には苦労することが多い。学会や技術講演会等も割合 多く開催されてはいるが,度々参加出来るほど予算は潤 沢でないのが現状である。
 先頃企画部において“研究所における研究の将来像に ついて”と題して若手・中堅職員を対象に自由な討論や 広くアンケート調査等を試みたと聞くが,その調査結果 によると,地方観測所の現状や将来像については極めて 手きびしい評価がなされていた。
 地方観測所では電離層定常観測という国際協同事業の 一環を担った業務を行っているが,これが仕事の全てで はなく部内協同研究プロジェクトも並行して行っている。 しかるに電離層観測業務以外の研究プロジェクトに対す る評価は低く,当事者としては極めて不本意であるが又, 大いに反省させられる面もある。
 長い年月にわたる電離層の定常観測は組織分業の体質 を定着させた。分業の原点は業務運営上のルールの確立 でありルールを忠実に実行することにより運営をスムー ズにし,成果を生むことになる。しかし,ルールを守り 続けているうちに守ること自体が仕事(目的)となり, 消極的体質を生む結果となったのではなかろうか?
 電離層の観測データ読取りを計算機処理に委ねて省力 化する動きもあると聞くが、地方の体質改善の一策とし て大いに期待するものであり,地方としても積極的に参 加し早期の実現を望みたい。
 単純作業はできるだけ省力化し,協同研究等で取得し たデータを解析,活用し,地方研究者に主体性を持たせ た研究結果として発展させる一方,地域性を考慮した独 自の研究課題を模索し,検討を進めることが今後の地方 観測所に与えられた課題であろう。
 近年の技術革新に伴う社会の変化は我々の生活環境や 職場の研究体質も変えてきた。この傾向は今後益々加速 されるであろうし,研究の質も一層の向上が求められる であろう。このことは地方も例外ではあり得ない。
 地方においても研究者として生きようとするならば, 新しいものに柔軟に対応しようとする意欲と,その能力 を身につけるための自らの不断の努力が肝要である。しか しそのためにはやはり中央の優れた指導と親身になった 力強い援助が不可欠である。日常の協同研究でも決して 地方を使いすてるようなことをしないようお願いしたいく その努力の第一歩として地方研究者に対する研修制度な どの採用を提言したい。
 最後になるが,私も昨今はやりの「○チョン」生活を 2年近く体験した。日課としての家事(炊事)は日頃や りつけていなかったこともあって気分的な負担感も大き いが又結構楽しいものでもあった。稚内は漁業の町でも あり,海産物は豊富で安く,副食の主流である。「稚内 に来て初めて魚の味を知る」これが私の稚内生活の感想 である。

(稚内電波観測所長)




ヨーロッパにおけるフェーズドアレーアンテナの研究開発


手代木 扶

 少々古くなってしまったが,筆者は昨年6月13,14の 両日,オランダのノートヴァイクにあるESTEC(欧州宇 宙技術センタ)で開催された標題の会議に参加する機会 を得た。WorkshopというのはESA(欧州宇宙機関)が 毎年宇宙開発における重要技術の中からテーマを選び, 欧州全域からその分野の専門家を集めて行う研究会議で, ここに若干海外の専門家を招待している。
 今年のWorkshopはEC(欧州共同体)との共催でフェ ーズドアレーアンテナがテーマであった。参加者は80名 余り,ほとんどはESTEC,欧州各国の企業,大学からで あるが,その他に米国のベル研から2名,インテルサッ トから1名,日本から1名が招かれた。筆者はこの Workshopに招待されたただ一人の日本人という大変な光栄に 浴することになった。招待のきっかけは、1年前米国アル バカーキで開かれたIEEEのアンテナ・伝搬国際シンポ ジウムでESTECのDr. A. Roedererと知り合い,彼が 当所のマルチビームアンテナに非常な興味を示したこと に始まる。その彼が今会議の企画委員会のメンバーの一 人だったのである。彼から,当所のマルチビームアレー だけでなく,日本のフェーズドアレーの研究をレビュー するよう求められた。東工大の後藤先生にこの話を持ち かけた所,大変喜んでくれて,全面的に協力して頂く ことになった。二人の連名で“Recent Phased Array Work in Japan”という題名の論文を書くことにしたが, 出来る限り日本の独創的研究に重点を置いた内容とする よう努めた。かなり広範な内容を含んだため個々のテー マにはあまり詳しい点まで言及できなかったのは致し方 なかったが,取上げた内容と研究開発機関は次のとおり である。
 マルチビームアレー(電波研),アレー給電反射鏡マル チビームアンテナ(東工大),双焦点アンテナ(KDD),移 動体用マイクロストリップアレー(電々公社,日本無線, 電波研),MLS(Microwave Landing System)用アン テナ(東芝,日電)とその新設計法(東工大),ミリ波 5素子合成望遠鏡(東京天文台,三菱),MUレーダ(京 大),フェーズドアレー用デバイス(三菱,東芝,日電)。
 筆者の発表に対しては一番質問が多かったようだ。特 にマイクロストリップアレー,マルチビームアンテナ, MLS用アンテナの設計手法については質問がなかなか 途切れず,質疑応答が15分にも及んだ。
 欧米からの発表で特に興味を引いたのは,CNET(仏) の超広帯域マイクロストリップアンテナ,ESAの20/30 GHzマルチビームアンテナ,西独の干渉除去アレー給電 反射鏡アンテナ,ESAの19ビームMAM(Multibeam Array Model)等であった。また,ベル研のReudinkの 複数の走査スポットビームシステム,インテルサットの Bornemannによる超低サイドローブを狙った数百素子の 衛星用アレーアンテナ等は非常にスケールの大きい研究 である。
 一般に欧州の研究は米国に比べ堅実なのが多いようで あるが,それでも108個の成分ビームで欧州全域を覆う, ESAの20/30GHzマルチビームシステムのように,スケ ールの大きい研究開発も着々進められておリ,NASAを 意識したESAの意気込みがうかがえる。ESTECはアン テナの分野だけでも考えられるほとんどすべての将来技 術につき研究開発を進めている。これには本当に驚かさ れたが,同時に日本との差を感じない訳にはいかなかっ た。
 このWorkshopに参加して筆者が強く感じたことがあ る。それは,ESAは研究を非常に重要視し,多くの投資 をしていること,新しい技術・知識・情報等目に見えな いものに高い価値を認め,それを得るのに相応の投資は 当然と考えていることである。それ故にこそ,自動車や VTRの集中豪雨的輸出で経済摩擦の原因を作り出してい る相手国からも,金を出して人を呼ぶのである。我が国 では海外に出かける人は年々増えているが,逆に海外か ら来る人は10分の1ぐらいだそうである。海外から人を 呼ぶことの直接・間接的効果は測り知れないものがある。 是非経済大国日本も文化の面でも大国になって欲しいと 願っている。
 オランダは本当に美しいお伽ばなしのような国である ノードヴァイクヘの途中通ったライデンの街並の美しさ は生涯忘れ得ないものとなるだろう。
 今回の訪欧は筆者にとっては初めてであり,すばらし い経験であった。招待してくれたESA,EC及び出張の実 現のためお骨折りいただいた関係各位に厚くお礼を申し あげたい。

(衛星通信部 第三衛星通信研究室長)




外国出張


第3回国際会議移動通信及び航行管
制のための衛星システムに出席して

通信機器部海洋通信研究室長 三浦 秀一

 昭和58年6月7日から9日まで,ロンドンで開催され た表記の会議に出席した。会議は英国電気学会主催,国 際海事衛星機構共催により開かれ,参加19か国,188名 によるもので,現用海事衛星システム,干渉と伝搬,衛 星技術,船舶地球局,変復調及び符号化,移動体通信シ ステム,陸上地球局,遭難通信及び航法システム等につ いて,64件の論文発表が行われた。筆者等は,我が国の ETS-X/AMES計画について,衛星システム概要,搭載 中継器及び船舶地球局の開発状況,伝搬特性及びフェー ジング除去アンテナ,航空機用フェーズドアレイアンテ ナ等について発表を行ったところ,中継器の大電力をあ つかう事に起因する非直線歪の発生に関する有益な提言 を得ることができた。今後の移動体衛星通信の重点課題 として,衛星搭載マルチビームアンテナ及びディジタル 通信方式の導入が大きな課題となっている事が本会議を 通して浮きぼりにされた。



URSI-Fシンポジウム,CCIR/IWP会議に出席して

電波部 超高周波伝搬研究室 主任研究官 井原 俊夫

 国際電波科学連合F分科会(URSI-F)の主催する「波 動伝搬とリモートセンシング」に関するシンポジウム及 び国際無線通信諮問委員会(CCIR)の中間作業班(IWP) 5/3会議がそれぞれ昨年6月9日から15日,6月15日か ら17日の間,ベルギー国ルーベン・ラ・ヌーブのルーべ ンカソリック大学にて開催され,日本からは筆者と松中 氏(KDD)の2名が出席した。同シンポジウムにおいて 筆者は,ミリ波帯の電波の窓領域にて測定した降雨,霧, 水蒸気による減衰特性について報告した。KDDからは 街星伝搬に関する発表が行なわれた。IWP5/3会議では 中間会議AHブロック(昨秋開催)へ向け所掌レポート をどのように見直すかということを中心に審議が行なわ れた。特に,IWP5/2から当IWPへ寄せられていた多く の質問及び要請に対する回答をどのようにすべきかが上 記レポート見直しに関する実質的な議題であった。



第1回カナダ衛星通信会議に出席して

通信機器部 通信系研究室長 猿渡 岱爾

 昭和58年6月14〜17日の間,カナダ、のオタワ市で開催 されたThe First Canadian Domestic and International Satellite Communication Conference(SCC-1983) に出席した。SCCは,初めてカナダで行われた衛星通 信の国際会議であり,学術・技術分野から利用・法制分 野までを含む29のセッションで構成されていた。会議に は,17か国から約650名の参加があり,約200件の発表 が行われた。発表の大部分は,各国の衛星システムの紹 介的なもので,カナダからはANIKシリーズを中心に, MSAT,RADASAT等の発表があった。これらの発表か ら,同国が衛星産業に国をあげて力を入れていることを 感じた。日本セッションが設けられ,当所から,CSに よる小形地球局実験に関する発表を行った。発表後CRC の衛星試験施設の見学会があり参加した。



第18回IUGG総会に出席して

第二特別研究室長 松浦 延夫

 昭和58年8月15日から27日まで西独のハンブルグにお いて,79か国から約3000名の参加のもとに開かれた第18 回国際測地学地球物理学連合(IUGG)総会に出席し,筆 者は地磁気超高層物理学協会(IAGA)第二部会リポータ として「熱圏の構造と力学」についてのレビュー報告を行 うとともに,関連会議及び研究集会に参加する機会を得 た。当所が進めている測地用VLBI技術に関連して測地 学協会(IAG)の国際電波干渉探査(IRIS)小委員会新設 に関する会議に出席,同小委運営委員として当所鹿島支 所の川尻研究調整官を推薦し承認された。URSIの電離 層観測網諮問グループ(INAG)会議に出席し,当所で進 めている電離層斜め観測を紹介した。1984年パリのSTP ワークショップに関する打合せ会議にも出席した。打合 せで,当所のC2センタを含めデータセンタ機能の近代化や 電子計算機リンク導入に関する促進要請があった。




短   信


科学技術週間所内施設公開の御案内

 当所では例年,科学技術週間中に所内の主要施設を公 開しているが,本年も4月19日(木)午前10時より午後4 時まで一般に公開することになった。今回の公開はや や専門的な方々を対象としており,小中学生,一般の方 々を対象とした全所の公開は,例年通り夏休みの時期に 計画している。
 公開項目はCSによるコンピュータネットワーク実験, マルチビームアンテナ,50GHz帯伝送実験,スペクトラ ム拡散通信システム,航空海上技術衛星システム,レー ザ光を利用した高精度粘度衛星姿勢決定実験,スペースシャ トル協同実験,VLBI実験,セシウム原子標準,電波音 波共用レーダ装置等を予定しており,この機会に沢山の 方々の来所をお待ちしている。



VLBI日米共同予備実験の実施

 昨年11月5日,当所のVLBIシステムの性能を確認す るために行われた日米共同試験観測は,期待通りの成果 を収めた(概報)。次の段階として,システムの総合精 度の評価と日米大陸間距離を数pの確かさで測定するこ とを目的とした日米共同予備実験が予定通り実施される こととなった。
 第1回目は,米国モハービ局との間で,1月23日9時 〜24日9時の24時間にわたって合計13個の電波星をス ケジュール通り観測することに成功した。受信チャネル は試験観測と同しく,Xバンド8ch,Sバンド6chで,各 電波星を1回につき6分40秒づつ合計152回の観測を 行った。実験を担当したVLBIセンターでは,このため 3〜4人の班を4班組み,徹夜の観測体制を敷いて万全 を期した。データは米国側からのテープの到着を待って 日本側でほぼ全て処理する予定である。
 第2回の予備実験も、2月25日4時〜26日4時にわた って実施された。参加局は鹿島局,モハービ局,ハッ トクリーク局の3局になる他は,第1回目とほぼ同し条 件である。試験観測に成功して以来,センターの担当者 は全員自信に満ちており,余裕をもってこれらの予備実 験に対処している。本年夏期の第1回目の本実験に向け スケジュールの具体化が着々と進行している。



GPS衛星の受信に成功

 周波数標準部で開発中のGPS(Global Positioning System)衛星を利用した時刻比較用受信機がほぼ完成し, 2月初めより衛星電波の受信実験を行っていたが,2月 4日同衛星の測距信号の受信同期に成功した。
 GPS衛星は米国が開発中の測位用衛星で,最終的に は18個の衛星が周回軌道上に打ち上げられる予定である (現在5個運用中)。各衛星からは搭載された原子周波 数標準器を基準とした測距用信号等が常時送信されてお り,3〜4個のGPS衛星の信号を受信することにより 受信点の位置をメートル単位で決定できる。
 当所で開発した受信機は,GPS搭載標準器を仲介と して地上の遠隔地点に置かれた時計間の時刻差を測定す るためのもので,今後受信安定度等の基礎データを取得 した後,当所で維持している周波数国家標準と諸外国の 標準との比較やVLBI国際時刻比較実験等に使用する予 定である。



ARPAの型式検定試験について

 本年2月20日,船舶に設置する無線航行のためのレー ダに関する無線機器型式検定規則の一部改正が行われ, 自動レーダプロッティング機能装置(以下「ARPA」と いう)が新たに追加され,3月1日から施行されること となった。この装置は,本年9月1日以降総トン数10,000 トン以上の船舶に設置が義務付けられる。ARPAとは, 船舶用レーダをセンサとし,物標の位置情報を装置に内 蔵されているマイクロプロセッサにより判断する自動衝 突予防援助装置である。
 型式検定試験は,昨年7月愛知県知多半島におけるレ ーダ性能調査実験で得たレーダ映像録画信号及び船舶エ コー信号等のデータ並びに当所で開発したシミュレーシ ョン装置等を用いて実施する。
 型式検定の申請は、3月中に数社が予定されている。