今年度当所が重点的に進める研究分野として
(1) 宇宙通信及び人工街星の研究開発
(2) 宇宙科学及び大気科学の研究
(3) 情報処理,通信方式及び無線機器の研究
(4) 周波数標準に関する研究
(5) 周波数資源の開発
の5つを引き続いて取り上げることとした。
研究計画の主要な事項については以下に簡単に記す。
標準電波の施設整備の必要性が認められ,今年度から
3年計画で実施することとなった。
CSについては,将来の実用衛星の長期運用に資する
ため,引き続き所要な実験を行うと共に中継器特性等の
測定を行う。またCS-2を用いてパイロット実験計画
を実施する。
衛星用マルチビームアンテナについて,昨年度まで得
られた多くの研究成果をもとに研究開発を更に進める。
衛星を利用した航空,海上通信技術の研究開発では,
ETS-Xに搭載する移動体通信実験用ミッション機器
並びに地上システムの開発及び通信システムの研究開発
を行うとともに実験計画についても具体的な検討を進め
てゆく。
超長基線電波干渉計(VLBI)については日米共同
予備実験に引き続き本実験を開始する。また国土地理院
とは技術協力を続けてシステムレベル実験を行い,緯度
観測所とはVLBIシステムの情報交換を引き続き進め
る。
テレビジョン同期放送システムについては野外実験に
も着手する。
周波数資源については,40GHz以上の電波伝搬研究,
スペクトラム拡散地上通信方式の研究,ディジタル移動
通信の研究及び光領域の研究開発を引き続き進める。
中層大気国際協同観測計画(MAP)では,標準電波
ドップラ法による大気波動の観測等を引き続き実施する。
電磁環境は昨年度新設が認められた研究室において本
格的な研究を行う。
科学技術振興調整費により,高性能レーザセンシング
システムに関する研究及び豪雪地帯における雪害対策技
術に関する研究,また国立研究機関公害防止等試験研究
費(環境庁)によりオゾンの三次元分布測定用搭載レー
ザ・レーダの高性能化の研究,航空機搭載映像レーダに
よる油汚染の広域監視技術の研究を進める。
本省からの研究調査依頼事項は継続12件,新規6件を
実施する。なお,宇宙開発事業団,文部省の極地研究所
及び宇宙科学研究所,大学,他省庁と共同研究や協力を
行う。
CS,BS,ETS-U/ECS,ISS-b等の衛
星計画に伴うビッグプロジェクトが峠を越えて以来,研
究予算額の大幅減少は回復せず,ひとつの転機を迎えて
いる。
本年度は,衛星計画発足に伴う大幅機構改革から16年,
電波監理局の3局体制発足に伴う行政と研究のかかわり
等を含めて,当所の今後15年位の長期にわたる研究方向
について全所的に真剣に検討して行きたい。
今年度の研究調査計画の一覧表を次に示す。
(企画部第一課)
電波研究所研究計画一覧1
電波研究所研究計画一覧2
昭和59年度一般会計予算の規模は,前年度比0.5%
増の50兆6,272億円であるが,そのうち一般歳出は,32
兆5,857億円,前年度比0.1%減と2年連続のマイナス
となり,昭和30年度以来の低水準で,極めて苦しい国の
台所事情を反映した超緊縮型予算となっている。
電波関係の予算額は,228億2,826万4千円で,前年度予
算額に対し3億6,774万8千円(1.6%)の増となっている。
さて,当所の予算額は,44億6,548万1千円で,前年
度予算額に対し,1億3,449万(3.1%)の増となっている。
事項別内訳は別表のとおりであるが,その特徴として,
1 新規事項として標準電波施設整備の取替整備が認
められたこと,
2 標準予算及び入当研究費については,前年度統一
的に5%の査定減がなされたまま,今年度も前年度
と同額におさえられたこと,
3 予算額には,航空・海上衛星技術(移動体衛星通
信実験システム)の研究開発に係る昭和58年度の国
庫債務負担行為の歳出化分3億7,052万円が含まれ
ていること,
等であり,相当厳しいものとなっている。
また,言うまでもなく国の財政事情は非常に苦しく,
昭和60年度の予算についても,今年度以上のマイナスシ
ーリングを行う考えが伝えられており,これに伴って当
所の予算の増加は当分期待できそうもないと考えられる。
なお,重要施策事項の概要は次のとおりである。
1 通信衛星の実験研究
CS-2によるパイロット計画が前年度に引き続き
認められた。
2 航空・海上衛星技術の研究開発(移動体衛星通信実
験システム)
航空機地球局設備の開発及び海岸地球局端局装置が
国庫債務負担行為として認められた。
3 衛星用マルチビームアンテナの研究開発
マルチビームアンテナ特性解析装置が昭和59,60両
年度で開発されるが,昭和59年度分として,簡易電波
無反射室,プローブ操作装置の製作及び軽量アレーパ
ネルの試作費が認められた。
4 宇宙電波による高精度測位技術の研究開発
日米共同実験に必要な経費が認められた。
5 テレビジョン同期放送システムの研究開発
高安定周波数同期装置(主局部)及び同期放送測定
システムの開発費が認められた。
6 周波数資源の研究開発
(1) 40GHz以上の電波伝ぱんの研究
伝ぱん実験システムによるデータ取得及びデータ
解析を進めるための経費が認められた。
(2) 光領域周波数帯の研究開発
可視,近赤領域における通信方式の研究のための
機器の一部が認められた。
(3) ディジタル移動通信方式の研究開発
昭和60年度に完成する全施設の今年度分として,
基礎ディジタル通信実験装置(伝ぱん整合処理部)
等の経費が認められた。
7 機構及び要員の確保
1名の増員が認められた。
(総務部会計課)
中村 健二
降雨レーダは雨の観測用として良く知られている。今 でこそテレビの天気予報には「ひまわり」の写真がでる が,以前は富士山レーダの写真が良く出ていたことをご 記憶の方も多いことだろう。この降雨レーダを多周波化, 或いは多偏波化して,降雨に関する情報をより幅広く集 めようとする試みが盛んになってきている。これは multiparameter radarと呼ばれている。従来のレーダでは1 観測点について受信電力が1つだけ得られたが, multiparameter rardarでは1観測点について2つ以上の情報 が得られ,これにより降雨の状態がより詳細にわかると いうわけである。
図1 実験システムの概要
解析例として降雨減衰を用いた降雨強度の推定を示そ
う。二周波として雨域故乱計のX-バンドとKa-バンド
を選ぶ。第一近似として降水粒子による散乱は
Rayleigh散乱と仮定すると両者の受信電力の差は主にKa-
バンドの降雨減衰によるものとみなすことができる。適
当な雨滴粒径分布を仮定すればこの降雨減衰の大きさか
ら降雨強度を求めることができる。一周波のレーダの受
損電力から降雨強度を求める通常の方法は適当な雨滴粒
径分布,或いは経験式を使って受信電力を降雨強度に換
算する方法であるが,降雨減衰から求める方法には以下
の二つの利点がある。第一点は,降雨減衰の測定では受
信電力の差をとることにより,システム定数や補正係数
が消去されてしまうため,それらの影響が無いこと,第
二点は各雨商の降雨減衰への寄与と降雨強度への寄与と
は似ているため,雨滴粒径分布の変動による降雨強度推
定の誤差が小さいことである。
降雨減衰から得られた降雨強度と,X-バンドの受信
電力から通常の方法で得られた降雨強度の時系列の比較
を図2に示す。大きな変動については,両者の相関が良
く降雨減衰から降雨強度を推定する方法の実用性を示し
ている。しかし,細かく見るとかなりの差が見られる。
差の中でも,1分以下の細かい変動は散乱が多数の粒子
によっていることで説明できる。また1分から数分の時
間スケールの変動は,C-バンドの降雨レーダによるド
ップラ観測からRayleigh散乱では記述できない大きな雨
滴からの散乱に起因することがわかっている。
図2 降雨減衰から求めた降雨強度とX-バンドの受信電力から求めた降雨
強度の時系列(1982月7月7日)
その他,降水粒子が氷晶等がら水滴へ変化する融解層
と呼ばれる層の観測,雨域散乱計の偏波切替え機能を用
いた偏波観測実験等も行った。
Multi-parameter radarは各種の国際会議で特別にセ
ッションが作られ議論されているように,非常にアクテ
ィブな分野となっている。ちなみにインテルサットでは
偏波レーダによる1年間の降雨観測実験を募集している。
現在日本ではこの方面の研究を行っているところは電
波研究所だけであることを考えると,当所の責任は大き
いものとなろう。
本実験は衛星計測部を始めとする関係各部の協力によ
って成されたものであり,関係者各位に感謝すると共に,
今後の御支援をお願いする次第である。
(鹿島支所 第一宇宙通信研究室 主任研究官)
企画部
郵政省は4月6日,電気通信関係研究機関長連絡会議 の第1回会合を開いた。この会議は,郵政省が目指す有 無線を一体とした総合的な電気通信政策の展開に役立て るために,行政部門も含め電気通信を所掌とする研究所 相互が素直に意見交換を行う場として発足した。会議に は,当所のほかNTT武蔵野,横須賀,茨城および厚木 の電気通信研究所,KDD研究所,NHK総合技術研究 所および放送科学基礎研究所の各所長と行政部門から電 気通信政策次長,電波監理局審議官,無線通信部長お よび監視部長が出席した。
第一回会合(4月6日)
郵政省は,規制官庁として安閑としていて良いわけで
はなく,政策官庁として研究所の皆様方にも補完してい
ただき,総合的電気通信の幕開けに対処していきたい。
今後,電電公社が民営化された場合のプレミアムを,一
般会計に繰り入れて赤字の穴うめ等に使うという話もあ
るが,全部はともかく一部については電気通信の発展の
ための施策に用いられるべきものであると考えている。
これに関しても研究者サイドの声をまとめ,国会審議等
にも反映させていければと思っている。
また,研究資源の共同利用も重要であり,このことを
目指して研究機関の自主性を保ちながら,情報交換を進
めていくことが大事であると考えている。この会議は,
行政と研究の一層の発展を願うものであり,ここでの議
論が我が国の電気通信の健全な発展に大きく寄与するで
あろうことを期待している。」
このあいさつを受けて,第1回会合の座長となった当
所の若井所長は,「研究開発は技術行政の基盤となるも
ので,研究機関は行政をリードする役目も持っている。
自由な議論の中から問題点を抽出し,また研究所からも
行政からもお互いに注文を大いに出すことが必要である。」
と発言した。
この会議は,今後継続して開催されるが,研究開発の
長期展望,研究者等の人材養成,国際技術協力,その他
研究管理に関することを議題として取りあげることにな
った。今年度は,さらに6回の会合で
(1) 各機関における研究開発体制
(2) 電気通信分野における技術の現状と将来方向
(3) 共同研究開発体制
(4) 研究開発環境の整備
(5) 研究開発における国際関係
(6) 行政との連携
等について検討し,まとめる予定になっている。
本年7月1日からの郵政省電気通信行政機構の三局体
制移行や電電公社の民営化等に見られるように,電波・
電気通信界は大きな転換期を迎えているが,本会議を通
じて各研究機関和互並びに研究機関と行政部門との間の
連携が深まり,各研究機関の特色を生かした研究開発が
一層促進されることが期待されている。
また,この会議には幹事会が設けられたが,当所から
企画部長が出席する。次回会合は,5月23日の予定。
(企画部長 塚本 賢一)
佐分利 義和
中国科学院の招待と科学技術庁の専門家派遣費の補助 を頂き,昨年の10月6日より3週間,中国へ出張する機 会を得た。目的は時間・周波数標準及び超長基線電波干 渉計(VLBI)に関する4項目の講議,施設見学及び 共同研究の打合せであり,上海天文台,上海計量管理局 研究所,陜西天文台(西安郊外),北京天文台及び計量科 学研究院(北京市内)の5機関を訪問した。
北京天文台朱愛 嬢と万里の長城にて
日曜日,早朝からの観光も,歴史の長い国だけに素晴
らしいものばかりで,欧米とは異なった印象深いもので
あった。上海の国際都市の趣きに対して,西安の紀元前
250年から1000年以上も続いた古都の風格,また北京の
500年以上の首都としての偉容と巨大なスケールの近代
都市化は興味深かった。陜西天文台は西安より車で約1
時間の農村にあり,近くに秦の始皇帝陵や数千体の兵馬
桶などの遺跡があるが,ここでの宿泊は楊貴妃が玄宗皇
帝と住んだ温泉付の華清池宮殿内であった。柳に囲まれ
た池が小雨に煙ると,何んともロマンチックな風情であ
り,人気も全くなく,物音一つない夜の静けさのなかで,
毎晩温泉に一人つかっていた一週間は一生の想い出とな
ろう。4000年前の遺跡に始まり,万里の長城,秦時代や
唐時代の文化,明及び清時代の故宮や広大な頤和園など,
すべて歴史の重みを感ずるものばかりであったが,一方
この巨大な国が近代化のなかで躍動し始めたとの感じが
した。終りに,中国訪問を実現させて戴いた中国科学院,
科学技術庁及び郵政省の関係の方々に感謝致します。
(総合研究官)
去る4月19日,佐分利義和総合研究官は,昭和59年度
研究功労者として科学技術庁長官賞を受賞した。本賞は
昭和50年に創設され,科学技術の進歩に大きく貢献した
研究者に対し贈られるもので,科学技術功労者表彰の受
賞は当所から初めてのことである。
表彰の対象となった研究テーマは「原子時計による超
長基線電波干渉計の研究開発」で,原子時計の高安定化
を達成し,これを基盤に超長基線電波干渉計(VLBI)
の研究開発を推進し,我が国独白の高精度システムを完
成して,史上初の日米大陸間精密距離測定に成功したこ
とによるものである。
高精度VLBIシステムの開発と実用化は,プレート
運動,地殻変動の測定と地震予知への応用,国際時刻比
較,衛星軌道の決定など,その利用面は極めて広い。同
氏はこれらの科学技術の新たな発展に努力し,国内及び
国際的に多大の貢献をした。