宇宙技術を用いた時刻比較


今江 理人

まえがき
 近年、遠隔地点に置かれた時計相互間の時刻比較の分 野においても人工衛星などの宇宙技術の利用開発が進め られている。
ここではその背景や必要性、並びに電波研 究所における開発の現状について紹介する。

原子時の国際時刻比較
 現在、周波数及び時間の基準はセシウム原子の遷移周 波数に基づいて定められており、原子周波数標準器の確 度(周波数絶対値の正確さ)は1×10^-13、長期的安定度で は10^-14台のものが実現されている。また、時刻は原子周 波数標準器(原子時計)からの信号を積算することにより 決定される。この時系は原子時と呼ばれ、私たちの日常 生活における時刻も原子時に基づいている。各国の標準 時は、このような原子時計を維持する機関で決定され、 我が国では当所がその任務を遂行し、また短波(JJY)、 長波(JG2AS)標準電波により周波数及び時刻標準を供 給している。

 このように各国で独立に運用されている原子時計を相 互に比較し、その平均値としての統一的時系−国際原子 時(TAI)−がフランスに設置されている国際報時局(BIH) により決定される。TAI決定のために参加する機関は20 数機関、原子時計の台数は百数十台に達するが、各機関 相互間の時刻比較を行う際の比較手段の精度によってTAI の確度や安定度が抑えられてしまう。従来はこの比較手 段に航行用測位システムであるロランC電波を仲介とし たものが主流となっていたが、比較精度が0.1μs程度、 比較可能な距離も2000km程度(地表波の受信範囲)といっ た値であり、原子時計の性能向上などにも伴い十分な値 といえなくなっている。

 そこで地理的に広い範囲で利用できかつ時刻比較精度 の高い方法として人工衛星などの宇宙技術が注目され、 各国の標準機関などで精力的に研究開発が進められてい る。

 また、科学技術の進歩に伴い、基礎科学(天文学や相 対論の検証など)、測地、測位(船舶や航空機の位置決め)、 地震予知、深宇宙探査、通信(高速ディジタル通信網の同 期など)といった幅広い分野において、精密時刻比較に 対する必要性がますます高まっており、その必要精度も ns程度が要求されるようになってきている。

衛星による時刻比較法
 時刻比較に人工衛星を利用する場合、その利用形態に よりいくつかの方法が考えられ、根本的な原理は地上の 通信回線や電波を利用する場合と待に異なる点はないが、 大きな特徴としては次の2点があげられる。

 (1)地球的規模の範囲で比較が可能
 (2)電離圏透過型伝搬路であり影響が少ない。

 地上の電波伝搬の場合長距離では電離圏反射のため大 きな影響をうけるのに対し、衛星回線の場合電離圏透過 型であるため影響が小さく、又その評価もしやすいため 高精度の比較を可能にする。
 逆に衛星の場合、新たな誤差要因として信号の中継点 又は送信点である衛星自身の位置がたとえ静止衛星とい えども地球に対して運動しているため、伝搬時間が変化 する。そこで精密時刻比較には衛星位置を高精度に決定 するか、運動の影響の受けにくい方式を採用する必要が ある。

 衛星を用いた時刻比較方式としては、使用する衛星の 種類、信号伝送法や必要精度に応じいくつかの方式が考 えられているが、基本的には次の2方式に分けられる。

 (1)衛星中継による双方向伝送(two‐way)法(図1(I))
 (2)衛星送信信号仲介法(図1(II))


図1 衛星による時刻比較法

 衛星中継two‐way法は、時刻比較を行う両局から時刻 比較用信号を伝送し合うもので、送受信設備を必要とす るため利用者の経費は大きいが、伝搬路上の影響や衛星 の運動の影響を受けにくくnsレベルの高精度比較が可能 である。また、衛星自体に特殊な機器を搭載する必要は なく、単に中継器を搭載した通信衛星等の利用が可能な ため、実験例も豊富である。後述の当所におけるCS、C S-2による実用化実験は本方式にあたる。

 (2)の衛星送信信号仲介法は、地上におけるロランC電 波仲介法やTV信号仲介法と同様のものである。本方式で は衛星から受信点までの信号の伝搬時間を別の手段で評 価する必要があり、高精度比較のためには、衛星軌道の 精密決定、電離圏での遅延時間等の精密評価を行う必要 がある。ただし、利用者の設備としては受信設備だけで よく、一般に経費は安価である。また仲介とする信号も 特に時刻比較用信号である必要はなく、放送衛星のTV 信号等の利用が可能である。当所におけるGMS-3(気 象衛星)の測距信号仲介法、BS-2のTV信号仲介法が 本方式に相当する。また、現在地球を周回する測位用衛 星の中にはNNSS(Navy Navigation Satellite System) やGPS(Global Positioning System)のように衛星に 時計を搭載し測位のための測距信号を伝送しているもの がある。この信号を受信することにより、地 上の時計と搭載時計との時刻比較を行い、こ の搭載時計を仲介とした時刻比較が可能とな る。この場合搭載時計の安定度が誤差要因と して生じるが、GPS衛星では搭載時計にセシ ウムやルビジウム原子周波数標準器が使用さ れ、高安定化を図っている。

 この他にもESA(欧州宇宙機構)等で計画 しているレーザパルスを利用し衛星上で到来 パルスの時間間隔を測定し時刻比較を行うも の(LASSO計画)、NASA等で計画している ものであるが、スペースシャトルに高安定水 素メーザ型周波数標準器を搭載し地上の時計 と比較するもの(STIFT計画)などの計画が予定されて いる。

 また、衛星を使用するものではないが、VLBI観測に よる時刻比較が宇宙技術利用時刻比較法としてあげられ る。これはVLBI観測を行う両局の時計の時刻差及び周 波数差を未知パラメータとして観測を行い、相関処理を 行うことによりこれらの値を決定するもので、VLBIの 高精度性からnsレベルの比較が可能である。

伝波研究所の時刻比較システム
 当所での宇宙技術、特に衛星を用いた時刻比較法の開 発研究は、原子時の国際比較を目的として10数年前から 米国の応用技術衛星(ATS-1)や航行技術衛星 (NTS-1)を用いて実験が進められてきた。その後CS、BS計画 においては、それぞれnsレベルの高確度時刻比較実験や、 短波標準電波に代わる新しい周波数及び時刻の高精度供 給法開発のための予備実験が行われた。

 図2は、現在当所で開発が進められている時刻比較 及び供給に関する実用化システムを図示したものである。


図2 当所の時刻比較システム

これらはその目的により、次の3種類に分類される。

(1)汎世界的時刻比較を目的としたもの
     −GPS衛星、VLBI観測
(2)アジア・オセアニア地域を対象としたもの
     −GMS-3衛星
(3)日本国内での比較を日的としたもの
     −CS-2、BS-2衛星
これらの概要と特徴を表1に示す。

また、それぞれの方式についての経緯、計画は次のとおりである。

表1 当所の時刻比較システム概要

利用衛星等方式使用周波数帯比較精度及び確度比較範囲
GPS測距信号受信による
衛星搭載時計仲介
1.575GHz
(拡散変調信号)
〜10ns, <100ns全世界的
VLBI電波星観測による
遅延時間差測定
8GHz及び2GHz〜0.1ns, <100ns全世界的
GMS-3測距信号同時受信1.684GHz
(トーン方式)
数10ns, <100nsアジア及び
オセアニア地域
CS-2スペクトル拡散方式
によるtwo-way法
30GHz/20GHz1ns, 1ns日本国内
BS-2TV同期信号仲介12GHz数10ns, <100ns日本国内


 GPS衛星によるものは、ロランC電波仲介法による比 較法に代わる今後の定常的な原子時の国際比較法として 各国の標準機関で整備が急がれているものであるが、当 所では受信システムを自主開発により完成させ、本年8 月よりBIHに受信結果の送付を開始した。また、国内メ ーカ製の試作装置を用いた受信も行っているが、本受信 システムの白主開発に対する反響は大きく、国内各メー カ等からの問い合せが多い。

 VLBIシステムは、地殻プレート運動の観測等を目的 に鹿島支所が中心となり昨年末に完成したものであり、 この開発には周波数標準関係の技術も大きな貢献を果たし た。本システムによる応用実験として精密国際時刻比較 が米国海軍天文台(USNO)との間で昭和60年1月から月 1回程度の割合で定期的に行われる。この観測には、今 後各国のVLBI観測網の参加が予定されており、アジア 地域では上海天文台(SO)が1986年頃から参加すること が予定されている。VLBIによる比較は上記の頻度で行 われるが、その高精度性からGPS衛星による定常比較 の較正手段として大いに成果が期待されるものである。

 GMS-3利用は当所及びオーストラリア連邦産業研究 省(CSIRO)で受信システムの開発が進められ、両者の 間での実験が開始されようという段階である。また他に も韓国標準研究所(KSRI)、上海天文台でも受信システ ム開発を進めており、当所はこれらの機関に対して政府 間レベルの協定のもとで技術協力を行っている。

 CS-2利用では、小形車載局とスペクトル拡散方式時 刻比較装置を使用し1nsレベルの高確度、高精度比較を実 現しており、今後の超高精度時刻比較の要請に対する実 用化システムとしての完成をめざしているものである。 BS-2実験では、衛星中継器の不具合の関係から標準 の供給面での計画は現在中断しているが、地上のTV信 号仲介と同様の比較が日本全土に対して可能であり、北海 道大学や緯度観測所等との間での実験計画が進行中である。

おわりに
 近距離はともかく、数百kmを超える遠距離の精密時刻 比較において人工衛星等の利用は不可欠になった感があ る。当所は標準時を維持決定する機関として、原子時の 国際比較をはじめとする国内外の機関との時刻比較、並 びに供給法の開発、整備を行う必要がある。今後より正 確な時刻決定のため、周波数標準器の性能向上に関する 研究とともに、ここに記したような時刻比較法の確立、 並びに一般に対する安価で精度の高い供給法の実用化に 向けた研究を進めていく計画である。

(周波数標準値研究室 研究官 今江理入)




微弱電波機器とその動向


杉浦 行

はじめに
 近年、エレクトロニクスの急速な発達により、アナロ グICやデジタルICなどが極めて安価に製造されるよ うになってきたため、電波を利用した各種の便利な無線 機器が、我々の日常生活でしばしば用いられるようにな ってきた。電波法によればすべての無線機器は、それ を運用しようとする場合には、原則として電波監理局 に届出て、免許を取得しなければならないことになって いる。したがって、昨今流行しているパーソナル無線も、 免許が必要である。ただし例外もあって、発射する電波 が著しく微弱な無線機器の場合には、免許無しで利用す ることができる(微弱無線局)。例えば、100mの距離で15 μV/m以下の強さの電波であれば、その無線機器の運用 には免許を必要としない。カラオケ用のワイヤレスマイ ク、子供のラジコン玩具やヤングに人気のあるミニFM 放送局も、この免許の要らない微弱電波機器の例である。 この様な微弱電波機器は、免許が要らないため、大変使 いやすく、便利な無線機器として、各種の用途に使われ ており、その市場規模も年間200億円と推定されている。 今後も、家庭・事務所・工場内でのエレクトロニクス化 ・オートメーション化が進むにつれて、より一層需要が 拡大するものと考えられている。

微弱無線局の許容値と測定法
 既に述べた免許を要しない微弱無線局に関する許容値 は、中波放送の受信保護の立場から昭和32年に定められ たものである。当時は、まだ無線局の数も極めて少なく 全国で3万局程度であり、テレビジョン放送が始まって 間もない頃であった。したがって、この許容値は、その 後の無線局の飛躍的な増加、通信方式の多様化、さらに 無線機器の高性能化などの電波利用状況の著しい変化に 対応していない。そのため、昭和58年度に郵政省電波技 術審議会はこの微弱無線局に関する許容値の見直しを行 い、図1の新しい許容値を答申した。なお、この許容値 は、各周波数帯における無線局の利用形態、一般の無線 局または放送受信機の受信レベル、混信保護比、内部・ 外部雑音レベル、調整距離などを考慮し、さらに微弱電 波機器の利用実態をも勘案して定められたものである。 この許容値に従って現行の許容値が将来改正された場合、 無線機器からの放射波の強度が図の許容値以下であれば、 その機器は免許が要らないことになる。


図1 微弱無線局に関する許容値

 無線機器が微弱無線局に関する許容値を越えているか、 否か、の判定をするための具体的な測定法については、 ごれまで何ら規程が定められていなかった。このため、 電波技術審議会では、許容値の審議と並行して、測定法 の検討も行われた。電波研究所では、昭和32年から今日 に至るまで、微弱電波機器に関する測定法の研究を断続 的に行って来たが、特に近年、微弱電波機器が著しく普 及してきたため、より簡単で再現性が良く、諸外国の規 格との整合がとれた測定法に関する研究に、力を注いで きた。その結果、無線機器から距離3mにおける電磁界 強度測定法が最も適当であるとの結論に達した。この電 磁界強度測定法は、電波技術審議会で審議され、微弱無 線局に関する新しい許容値と共に、それに付随する測定 法として答申された。なお、測定法の詳細な規程は、昭 和58年度電波技術審議会答中第3編に示されている。

微小電力無線設備の需要
 微弱無線局は、@免許を必要とせず不特定多数の人が 利用でき、A双方向通信、多チャネル通信など用途に応 じて自由なシステム構成が可能、B周波数を適宜変更す ることにより混信回避が可能などの利点を持っているが、 一方、@混信からの保護がなく、A電波が著しく微弱で あるため通信距離が非常に短いなどの欠点も持っている。 このため、用途別に特定の周波数が用意され、より高い レベルの空中線電力の使用が認められ、かつ、簡易な手 続で利用できる、微弱電波機器に関する別の新しい制度 に対する要望が、業界などから強く出されてきた。

 このような状況を踏まえて電波技術審議会は、微弱無 線局の許容値を越える約10mW以下の微弱電波機器(微 小電力無線設備)を対象にして、今後5〜10年間の需要 動向について、関係工業会の協力を得て調査を行った。 その結果の一部を表1に示す。この表では、特に重要と 思われる、将来の需要規模が100,000台1年を越える機器、 及び人命の安全にかかわる機器に関する調査結果が示さ れている。以下に、その主な機器を紹介する。

(1)家庭用リモコン:家庭内で、テレビ・オーディオ機器、家 電機器のON/OFF、チャネル、音量などを無線で遠隔制御 する。但し、誤動作、赤外線リモコンとの競合が問題。
(2)レジャー用・自動車間通話用トランシーバ:野外レ ジャーの連絡用無線として小型・軽量化が課題。将来は 双方向通信が有望。通話距離がやや短い。
(3)一般用ワイヤレスマイク:現在最も広く使用されて いる微弱電波機器であるが、出力の大きいものは、ホー ル・劇場などの業務用機器に適している。
(4)コードレステレホン:従来のコードレステレホンと 機能的には同じ。病人や高令者による電話利用に便利。 誤動作・悪用・不正使用の防止が課題。
(5)セキュリティテレメータ:家庭内及びビル内の火災、 ガス漏れ、盗難などを検知・通報する。
(6)医療用テレメータ:現在も病院等で使用されており、 心電図、呼吸曲線、血圧・体温のデータを伝送。
(7)個人・商品・車両識別用IDカード:個々の商品等 に取り付けられた小型送信機から発信されるIDコード によって、商品の自動識別、自動仕分けなどを行う。

 なお、他の機関の調査結果によれば、この表に示され ていない機器で、大きな需要が見込まれるものとしては、 玩具用のラジコンと家庭用のオーディオ・ビデオの無 線接続用機器などがある。

表1 5〜10年先の微弱電力無線設備の需要予測

用途別分類無線機器・システム名将来の最大需要規模
(台/年)
使用周波数帯域幅
(kHz)
チャネル数
(ch)
遠隔制御家庭用リモコン1,500,0001630
機械・クレーン・ロボット等リモコン100,000HVUS400100
連絡通信レジャー用トランシーバー1,000,000HVU16100
自動車間通話用トランシーバー600.000HVU16100
業務用トランシーバー170,000HVU16100
ワイヤレスマイク一般用ワイヤレスマイク600,000HVU40
コードレス電話コードレステレホン600,000HVU16200
コードレスインターホン 500,000HVU16200
コードレス自動車電話端末100,000HVUSE16200
ページング
(呼び出し)
構内ページング200,000HVU1620
データ伝送コンピュータ、OAのデータ伝送100,000HVUS10050
パソコン端末の無線接続100,000HVUS16
テレメータセキュリティテレメータ100,000HVU1650
医療用テレメータ10,000(H)VU20,00015
無線標定個人・商品・車両識別用IDカード100,000HVU16
遭難者位置通報等30,000HVU16
その他390,000HVUS
総 計6,200,000

使用周波数 H:HF V:VHF U:UHF S:SHF E:EHF

今後の動向
 これまで述べてきたように、昭和58年度電波技術審議 会は、免許が要らない微弱無線局について、その許容値 と測定法の答申を行なった。また同時に、この許容値を 越えるが、空中線電力が約10mW以下の微小電力無線設 備について、その将来需要の調査も行った。したがって、 近い将来に、これらの答申に基づいて微弱無線局の現行 の許容値は変更され、また、測定法も何らかの形で明文 化されるものと考えられる。さらに簡易な手続によって、 より高出力の微小電力無線設備を利用できるようにする ための新しい制度の具体化が望まれる。

 このように、微弱電波機器は今後飛躍的に利用される ことが予想されるが、他の一般無線局に妨害を与えてはな らない。このためには、様々な微弱電波機器についてその 技術基準と試験法を的確に定める必要があり、これらを 研究することが当所の今後の任務の一つと考えられる。

(通信機器部 電磁環境研究室長 杉浦 行)




CPM-ORB-85に出席して


小坂 克彦

CPM-ORB-85
 筆者は昭和59年6月25日から7月20日までスイスのジュ ネーブ市で開催されたWARC-ORB-85に対するCCIR準 備会議(CPM-ORB-85:conference preparatory meeting orbit)に参加した。CPM-ORB-85は、昭和60年及び 昭和63年に予定されている静止衛星軌道の使用及びこの 軌道を使用する宇宙業務の計画作成に関する世界無線主 管月二会議(WARC-ORB)に対して技術情報を提供するこ とが目的であった。

 WARC-ORBは、すべての国のために静止軌道及びこの 軌道を使用する宇宙業務に分配される周波数の公平な 使用を保証することを目的としている。しかし、この背 景としては先進国による宇宙開発が進み既に実用域に達 している一方、開発途上国が自国の将来の権益に対して 危惧を抱いていることがあげられ、開発途上国のこのよ うな考えがWARC-ORBとして具体化されたとも考えら れる。

審議の概要
 会議は総会のもとにWG-A〜Eの5つの作業グループが 設けられ運営された。作業グループのうち南北の意見の 対立の大きい問題をかかえているWG-Bには日本の村谷 (KDD)代表が選出されている。本会議中最も困難な作 業を成し遂げた同代表は賞賛に値するであろう。なお、 実質的な作業はA〜DのWGが行い、これらのWGにはサブ WGやドラフテンググループが設置された。

 WG-Aは、放送衛星業務(BSS)を除く各宇宙業務の技 術基準に関し主にCCIRテキストに含まれる情報をとり まとめた。WG-B及びWG-Cの審議結果に関連する部分 (プランニング及びBSSのフィーダリンク周波数関係) を除き、比較的スムーズに審議は進行した。

 WG-Bは、プランニングの原則と方法及びこれに関連 する技術事項をとりまとめた。プランニングの方法とし ては、詳細な固定的(3〜10年及び10〜20年)プランニン グ、10年以内の不定期な間隔で必要に応じ改定し予測さ れない要求のために予備を残しておく方法、そして現行 の調整(多国間及び2国間)を主体とする方法に大きく 分けられる。
 開発途上国は、現在採用されている「調整」を主体と する方法は、静止軌道と周波数を先着順に使用するもの で、公平さを保証していないとして、長期固定プランの 作成方法を主張する一方、先進国は特定のプランニング の方法について議論することを避けて、プランニングの 方法全体をごく概念的にとらえて記述するよう主張した。

 WG-Cは、BSSとそのフィーダリンクについて審議し た。12GHz帯のBSS用フィーダリンクについては、 WARC-ORBの第一会期においてプランニングすべき周波数帯 及び技術的特性を決定することとなっているため、より 具体的な審議が行われた。この周波数帯の選定に関して は、17GHz帯が望ましいとする先進諸国側の考え方も記 載されたが、多くの開発途上国は14GHz帯が望ましいと の意見を述べていた。
 WG-Dでは、用語と伝搬、各業務間、各地域間の共用 基準、BSSのフィーダリンクに使用可能な周波数帯に対 する共用基準等について審議した。作業内容がCCIRの 研究結果及びその他の技術情報をまとめることが主体で あったため、審議は全般的に順調であった。

雑感
 CCIRの会議に参加するのは初めての経験であった。 経験者から聞いたところでは、中間会議や最終会議に比 べて政治的内容(プランニング)が含まれているせいか 開発途上国からの参加が多くまた発言も多かったようで ある。しかしその発言内容に技術的問題を含むものは少 なく、技術的問題を扱うドラフテンググループではほぼ 先進国主導のもとに進められたようである。しかしプラ ンニングに関する部分に関しては、激しい意見が述べら れ先進国側はむしろ押されぎみだったように感じた。開 発途上国のこのような姿勢は、現在世界が抱えている南 北問題の一つの現れであろう。開発途上国の意見をその まま受け入れることは我が国として国益を損なう面が少 なからず存在するが、押さえつけることは不可能である。 今後は開発途上国の考え方を理解するとともに、種々の 機会に意見を交換し相互の理解を深めることが重要と考 えられる。

(鹿島支所 第二宇宙通信研究室長)




夏 夜 閑 話


大塩 光夫

 電波界の業界紙が研究室に回覧されて来る。それの第 1面は電波立法・行政の誠にお堅い記事で充満されている が、最終面はテレビ・ラジオの番組予告に当てられている。 当紙が週2回の刊行紙である事から、当然の事であろう が、その予告は1週間から10日位先の放映・放送予定のも のである。殊に週1回の連続物では、1か月位先の分迄の 梗概と解説が記載されているので、有用で重宝している。 この8月の最初の号の最終面第1記事は、「核戦争が起こ ったら」という視点からの2日間に亘る特集もので、第1 部「地球炎上」及び第2部「地球凍結」の放映予告であった。

 これを観る予定に入れて、目を移すと、8月の「衛星ス ペシャル」と銘打って、世界名作映画を2本放映する予告 が目に入った。その一つが「劇映画「未完成交響楽」(8111 衛星@後11・55〜前1・24)」であった。これはフランツ・ペ ーテル・シューベルト(1797〜1828)の伝記映画である。こ れは1933年オーストリア製の白黒画面であるから、その 命脈を保つ事、実に半世紀、しかも東洋の東端の国にお ける何度目かの放映である。私はこれを最近今年の元日 にも新たな感銘を以て鑑賞しているが、何度観ても美し し旋律と甘美な感傷に満ちた画面の運びは、名画の名に ぶさわしく、心を揺さぶる。しかし、離島へ行って迄! そして、たとえ行っても、宿で私に独占させて呉れるテ レビ受像機が、この5月12日に始まったばかりの衛星放 送体制で、果たして潤沢にあるであろうか、等と勝手な 想像をしては苦笑して、家路へと歩を進めた。

 その翌日であったであろうか。ふと新聞の放映番組欄 に目を遣ると、何と東京でその晩同じものを通常放映す るではないか。私は小躍りした。たとえ、第23回夏季五輪 ロサンゼルス大会第7日(現地8月3日)の成果を伝えて 呉れる松平定知さんに今宵会えなくても、7か月ぶりで、 あの名優ハンス・ヤーライに、純情可憐な質屋の娘エンミ ーに扮するルイゼ・ウルリッヒに、そして慎ましやかに装 うが内心おきやんな箱入り娘、エステルハツィ伯爵令嬢 カロリーネ(実在の人、彼女等の音楽教師として、シュー ・ベルトは1818年及び1824年に伯爵邸の在るハンガリーの ツェレスへ赴いている)に扮するマルタ・エゲルトに遇える から。更に音楽的には、交響曲(交響楽は古称)第八番ロ 短調「未完成」(1822年)の、その名の由来となっている第 3楽章のスケルツォ冒頭の9小節が聴けるから。ここで 令嬢の心ない哄笑が芸術家の心を傷つけ、この曲を未完 成たらしめている劇作の運びにこの映画はなっている。

 楽想が閃くや、シューベルトは物に憑かれた様に、ピ アノの上に置いてある五線紙に、「ト長調だ!ト長調だ!」 とせわしげに何度も繰り返しつつ、音符をもどかしげに 走り書きするが、あの哄笑が脳裡を横切り、創作が進展 しない描写は、芸術家の創作過程の一斑を訴えて、私の 胸に迫る。

 同じ長調でも、何故ト長調でなければならないのか。 その必然性は?凡愚の私には分からない。移調は幾らで も出来るのに。ト長調における唯一の派生音嬰へ(fis)を、 シューベルトはどうしても出したかったのであろうか。 内容的には、この曲の趣が極めて清純で、豊富な、憂愁に 彩られた美しい旋律と甘美に包まれた抒情に満ちている ため、聴き手の感性はこの曲に容易に共鳴するであろう。

 さて、シューベルトをして音楽史上、空前絶後の光輝 ある巨峰を築かしめたものは、何と言っても歌曲の分野 であろう。彼の手に触れる凡ゆる詩は忽ちにして卓絶し た歌曲となった。彼には旋律の泉が溢れて、尽きる事が なかった。彼は生来の抒情詩人であった。詩の内容を音 楽的に表出する卓越した一手法は、彼の絶妙な転調の用 い方であろう。例えば、歌曲連集「冬の旅」(1827年)の第 六曲「溢るる涙」において、文字通りその心情に襲われる のは一人私のみであろうか。

 創作は、それが芸術、科学、はたまた技術の分野であ れ、何と素晴しい人間の所産である事か。人類が何千年 かに築き上げて来た真善美の世界が、罷り間違えば核戦 争によって滅亡せんとする危機に、現世は直面している。 私共はこの暴挙の萌芽を断固殲滅しなければならない。 「永遠に女性的なるもの、これ吾人を高みへと惹き付くる 也」、とファウスト(1831年)の最後の部分でゲーテ(1749〜 1832)が語った美しい言の葉の内容に、人類が常に憧憬を 有する世界が続く事を、8月の前半を迎えるに当たって、 反芻希求するのである。

(電波部 主任研究官)


短   信


東海大学との共同実験

 この共同研究の目的は災害時の救急医療において、衛 星を使った遠隔診断(Tele-consult)の基礎実験を同大学 医学部と共同で実施し、将来の衛星利用の救急医療通信 システムの開発に役立てることである。

 実験は本年10月に開始され、前半と後半の2回に分か れた。前半は本所(2m局)と東海大清水校舎(1m車載局)、 後半は東京赤坂(2m局)と清水港(東海大望星丸2世号) との間でCS-2を介し、各種医療情報の伝送実験を行っ た。実験内容は電話2チャネル分の回線を使用し、レン トゲン写真、患部の写真、腹部エコー、心音等を静止画 と音声で伝送するものであった。前半は電波研究所が主 として回線品質と画像との関係についてデータを取得し、 後半は東海大が中心となって医学関係者による評価実験 を行った。この実験でかなりの遠隔診断ができると言う 見通しを得たが、今後はさらにこの救急医療実験を拡大 し、動画による遠隔診断へと発展させる予定である。


▲望星丸での情報伝送実験




伝波研究所親陸会の総会開催さる

 第13回電波研親ぼく会総会並びに懇親会が、昭和59年 10月27日(土)午後3時から電波研究所で開催された。当日 は、さわやかな秋晴れに恵まれ、OB93名(内女性5名) 現職員39名(内女性3名)が参加し、盛会であった。
 総会は、島田幹事の司会で進行し、上田副会長の開会 のことば、若井会長のこの一年間の電波研究所の動向に ついての話と、新任幹事の指名紹介が行われ、引き続き 山下代表幹事から電波東京友の会網島会長からのメッセ ージの披露と経過報告が行われ、総会は終了した。その 後当所制作の映画「動く大地・地球を測るVLBI実験」(25 分もの)が上映され、初の日米大陸間精密距離測定の内 容は、OBの方々に深い感銘を与えた。このあと4号館を バックに記念写真撮影ののち、会場を講堂に移し、高野 幹事の司会で懇親会が始まった。会場には盛り沢山な数 々の料理が並び、焼きとりとおでんのにおいが一ぱいに 漂いのどが鳴る。

 上田元所長の乾杯の音頭でさらに気分が盛り上り、互 いに旧交を暖め合いおいしい料理に舌鼓を打ちながら、 飲むほどに話がはずむ。6時30分河野元所長の乾杯の音 頭で再会を約した。名残りを惜しむOBの多くは、別室に 設けられた二次会場で夜おそくまで昔話に花を咲かせた。




第61回研究発表会開催さる

 第67回研究発表会は11月7日、外部から約140名の来 聴者をお迎えし、当所4号館大会議室で行われた。午前 の部は音声符号化技術、自動レーダプロッティング装置、 セシウム一次周波数標準器及びうめ2号のデータによる 電離圏不規則構造の4件、午後の部は雲、霧、雨中の光 パルス波伝搬理論と、CCIRに提案した降雨時における ミリ波、準ミリ波の干渉量の新しい計算法及び3名の講 演者による衛星利用パイロット計画の実験速報の3件で、 今回はいずれも時宜を得た講演内容で、特にパイロット 計画に対する熱心な質問は予定時間を30分以上オーバー して続けられた。また昼休み時間を利用して自動レーダ プロッティング装置とセシウム一次周波数標準器を公開 した。発表はすべてスライドを使って行われたが、ほと んどの画面が鮮明で講演内容についても「大変良かった」 というアンケートが圧倒的に多かった。




中波小伝力中継局について

 郵政省放送行政局では、小規模で簡単に設置すること のできる小電力中継局を導入し、中波放送の難聴改善を 図ることに伴なう技術的問題、需要動向などについて調 査研究を行なうため、今年5月、学識経験者、放送事業 者等で構成される中波小電力中継局調査研究会を発足さ せた。調査研究期間は2年を目途としている。電波研究 所からは、電波予報研究室長が委員として参加している。

 研究会は手はじめに小型アンテナの能率について実験 調査を行うことになり、電波研究所、電離層観測棟の南 側に高さ20mの自立アンテナを建設し、これに3Wの送 信機を接統した実験局を設置した。実験には、630、1026、 1557kHzの周波数を用い、アンテナ接地方式をラジアル アースにしてその線密度、面積を変えた場合、深堀りア ースの場合及びその組合せの場合の輻射電界を、アンテ ナから半径1kmの円周上の12点で測定して、アンテナの 能率を求めている。




文化展

 秋季レクリエーション行事の一環として、文化展が去 る11月6日、7日の2日間講堂において開催された。今 年は初の試みとして、支所・地方観測所の職員からも作 品を募集し、また開催日を研究発表会に合わせて実施し たため、研究発表会に出席した支所、観測所の職員及び 外部の参加者にも観覧できるように行った。このため、 今までにない多数の観覧者で会期中賑わった。作品は、 写真、絵画、書、植物、工芸品等が展示されたが、今年 は例年より多少出品作品は少なかったものの、内容の濃 い作品が多く、この中でとりわけ興味をひき多くの入の 足をとめた作品として、音楽を演奏するふしぎな「サボ テン」と「電子オルゴール」であった。文化展の観覧者に 対してアンケートをとったところ、作品に対する称賛の 声が多く寄せられ、また、開催時期の設定も良かったと いう意見が多かった。アンケートの結果については、今 後の文化展開催の際に反映させたい。ここに、出品者及 び観覧者のアンケートご協力に厚くお礼を申し上げます。




ソフトボール大会

 今年度も所内レクリェーションとして、ソフトボール 大会が10月8日から11月13日まで、昼の休憩時間に当所 グランドで開催された。初日は、アトラクションとして 幹部職員チームと女性チームの親善試合が行なわれた。 平素、トレーニング不足気味である幹部職員の面々では あるが、かっての名プレイヤーが揃い、その片鱗を公開 し、また老かいなプレーで見せ場をつくって昨年に引き 続き楽勝した。今年の大会は、各部から精鋭13チームが 参加し、トーナメント方式で連日熱戦が繰り広げられ、 庶務課チームのV3を阻止しようとする各チームの意気 込みが強かったが、結局決勝戦は予想どおり、二年連続 優勝の庶務課Aチームと圧倒的な強さで勝ち進んできた 会計課Bチームの総務部内同志の対戦となった。試合は、 決勝戦らしい好プレーが続き、4同まで庶務課チームが 2対1でリードしていたが、終盤に会計課Bチームは頭脳 プレーを駆使し、3対2で辛勝し庶務課の三連覇を阻み、 一ヵ月余にわたる熱戦の幕を閉じた。





第26次南板観測隊出港

 昭和59年11月14日午前11時、南極観測船「しらせ」は 第26次南極地域観測隊48名を乗せ、秋晴れの東京・晴海 ふ頭を出港した。観測船「しらせ」にとっては2度目の 航海となるが、昨年の実績を踏まえ、本格的に第3の基 地(セールロンダーネ)建設を行うための夏期建設作業が 計画されている。また南極MAP計画の最終年度でもあ るため、ロケットを始めとした諸観測も綿密に計画され ている。

 第26次隊には当所から電離層定常観測に前野英生、超 高層研究観測に小川忠彦隊員の2名が参加しており、定 常観測のデジタル入力化に加え、南極MAP計画の一環 として衛星航法装置を利用した全電子数の測定を行う計 画であり、VHFドップラーレーダと共に大きな成果が 期待されている。

オーロラの下へ

伝波部 小川 忠彦

 私は第26次南極地域観測隊の一員として、昭和基地で 電離層と中層大気の越冬観測を行うことになりました。 VHFレーダでオーロラ電離層の電子密度不規則構造と80 〜100km高度の中性風を観測すること及び航行衛星(N NSS)を用いて電離層の全電子数を観測することが主な 研究テーマです。12年前に入所してからオーロラ電離層 の研究を手掛けてきましたが、実は一度もこの目でオー ロラを見たことがありません。多分、実際のオーロラの 乱舞を見ると、今まで自分がやってきた研究がむなしく 思えてくることでしょう。せっかく南極まで出かけて行 くのですから、今後の研究に役立つ何かを発見したいと 思っています。


昭和基地へ向って

電波部 前野 英生

 観測船「しらせ」は、12月中旬南極のプライド湾に到 着し、セールロンダーネ山地に約80トンの物資を運び、 観測拠点を建設後昭和基地に向う予定です。私は電離 層定常観測の隊員として電離層垂直観測を始め、昭和基 地内郵便局食として郵便切手の売りさばき、記念消印等 の業務を行ってきます。