将来の衛星通信・放送のミッション研究について


飯田 尚志

 通信技術衛星(ACTS-E)構想が,当所の次の実験 衛星計画として,本年度の宇宙開発計画見直し要望に提 出された。以下では,ACTS-E構想の基礎となってい るミッション研究の手法を中心として記述する。

 ACTS-E計画は,世界で最初のミリ波衛星通信実験 を目指したが遂に実現しなかった実験用静止通信衛星 (ECS)の後継としてのECS-II計画,衛星間通信を含 むマルチビームアンテナ研究の基礎である通信技術衛星 ACTS-G構想,22GHz帯衛星放送実験を目的とした実 験用放送衛星.EBS構想を受け継いで,これらのミッシ ョンを統合した実験衛星として検討を開始したもので あるが,当初その進め方について次のようなディスカッ ションが行われた。第1に,単に1個の実験用衛星に限 定した検討を行うのではなく,将来の衛星通信技術の課 程において検1寸すべき技術課題を把える視点を持つこと とし,1990年代初頭の実現を目指す近未来指向の実験衛 星の研究を主眼としつつ,21世紀に向けての衛星通信技 術を考える遠未来指向の研究をも行っていこうとしたこ とである。
 第2に,近未来指向の実験用衛星を考えるとき,ハー ドウエアの開発のみを考えて衛星計画を立てるのではな く,1990年代の衛星通信・放送ミッションをまず考えて, これをスタートポイントに据えようとしたことである。
 第3に,ミッションを考える際には,現実的なミッシ ョンをいきなり考えるのではなく,まず自由な立場で将 来ミッションを考え,その後,そのミッションを現実的 なものにするためのミッションモデルを設定することに したことである。

 ここで注目すべきことは,将来の衛星通信・放送サー ビス需要(needs)の増大の裏には,図1に示すようにサ ービス要求の多様化があることである。ただし,今サー ビス要求の調査を行って,多様化した要求を探ることは 困難であることから,図1に示すように,将来の衛星通 信・放送サービスの技術の提案(seeds)を行うことによ って,需要を掘り起し将来の多様なサービスに対応して いく方法をとることとした。


図1 将来の衛星通信/放送サービス要求への対応

 以上の方針を,所内の宇宙開発計画検討委員会ミリ波 通信衛星・実験用放送衛星(当時)合同小委員会で確認 した後,「将来技術衛星ミッションに関するシンポジウム」 を開催した(昭和58年5月18日開催,本ニュースNo.87参 照)。このシンポジウムでは,1990年代初頭に打上げる静 止衛星を対象としたミッション52件が所内関係者から発 表された。
 

将来衛星通信ミッションの特徴
 このシンポジウムの成果をもとに,将来の衛星通信・ 放送ミッションを,現在進めている第一段階の検討では 表1に示すような37項目に整理した。表1の中には,内 容について,タイトルのみでは明らかでないものも含ま れるが,今後に検討を詰めることにしている。主なミッ ションは,次のとおりである。@電子郵便/電子新聞, Aパーソナル通信,Bポケットベル/遭難通信,C医療 通信(遠隔地医療/喉頭癌スクリーニング/心電図伝送), Dアジア・オセアニア地域サービス,E周波数/時刻同 期分配,である。その他,移動体通信,衛星放送(高精 細度テレビ,地域別放送)等のミッションも考えられて いることはいうまでもない。これらのミッションから, 将来の衛星通信ミッション要求の特徴として,衛星通信 の多様化とパーソナル化の二つの要素を抽出した。前者 は衛星通信要求が通信容量の増大ばかりでなく,多様な サービスに対応する必要のあることを意味している。後 者は公共的サービスから始まった衛星通信が,ビジネス サービスに応用されるまでに拡大された今日,次のステ ップとして論理的に予測できるものであるが,衛星通信 のパーソナル化の研究はまだ行われていないものである。

 さらに,表1のミッションについて回線設計を行い, 将来ミッションの技術的動向を探った。その結果,将来 ミッションでは,地球局の小型化が要求される一方,周 波数,伝送速度については,高い方ばかりでなく,低い 方にも要求があることが分かり,技術的要求も多様化す ることが明らかとなった。

1. 郵便局送受信型電子郵便
2.各戸受信型電子郵便
3.各戸受信型電子新聞
4.総合移動体通信システム
5.走査/可変ビーム小規模ユーザ通信システム
6.マルチチャネルSCPCデータネットワーク
7.高効率小容量通信システム
8.スペクトル拡散再生中継器付き衛星通信システム
9.ミリ波パーソナル衛星通信
10.超小型地球局を用いたパーソナル衛星通信
11.衛星ポケットベルシステム
12.衛星利用遭難信号通信システム
13.陸上移動体監視システム
14.衛星利用沿革故障診断システム
15.遠隔監視システム
16.データ収集システム
17.心電図伝送システム
18.僻地医療サービスシステム
19.喉頭癌スクリーニングシステム
20.総合データサービスシステム
21.衛星利用エキスパートシステム
22.全国民的情報提供サービスシステム
23.画像情報伝送システム
24.非常災害時通信ネットワーク
25.全国/地域別衛星放送システム
26.可変マルチビーム通信/放送システム
27.遠隔地通信システム
28.移動体テレビ送受信システム
29.地域情報伝送システム
30.ミリ波利用蓄積交換データ伝送システム
31.高速・大容量データ伝送システム
32.即時世界ニュース分配システム
33.光−ミリ波利用衛星間通信システム
34.光利用衛星通信システム
35.同期MCPCシステム
36.標準周波数/時刻分配システム
37.地上不法無線局位置測定システム
表1 将来の衛星通信・放送ミッション

 

要素技術の抽出とミッション研究
 これらの要求と,将来の技術的進歩の推移を調査した 上で,将来の衛星通信・放送のキーテクノロジーとして 「新周波数帯の開拓」と「小型地球局の開発」をとりあ げた。
 これらの要素技術とミッション要求の特徴を組合わせ ることにより,さらに多くのキーテクノロジーが導出で きる。
 以上を踏まえた上で,表2に示すような,1990年代初 頭の衛星通信・放送ミッションを選定した。表2のミッ ションはどれもかなり内容の豊富なものであるが,一歩 一歩ミッション研究を進めている。次に,ミッション研 究の例を簡単に述べる。

ミッション周波数目 的
固定通信50/40GHz帯超高速・大容量衛星通信システムの開発
14/12.5GHz帯サービスエリア可変型衛星通信システム
放送27/22GHz帯新周波数帯における新しい衛星放送方式(地域別放送、高精細度テレビ等)の開発
14/12.5GHz帯サービスエリア可変かつ衛星放送/通信の利用促進を図ることを目的とする
移動体/小規模地球局50/40GHz帯パーソナル通信等の新しい形態のサービスの開発
マイクロ波総合移動体通信システム特殊通信サービス等の開発
表2 1990年代初頭の衛星通信・放送の候補ミッション

 まず,衛星利用ミリ波パーソナル通信システムの例を 述べる。このシステムは,50/40GHz帯において直径30 cm程度のアンテナを有する半固定小型地球局を用いて、 64kbps程度の伝送速度の通信を行うことを当面想定して いる。ミリ波を選択した理由は、未利用の帯域の広い周 波数であるため、パーソナル的な需要に適することと、 ミリ波の欠点である降雨減衰の大きいことに対しては, パーソナルサービス等の簡易なサービスヘの利用により, 対処可能と考えたからである。このようなパーソナル通 信という要素を導入することにより,従来のミリ波の研 究開発手法に対して,利用方法からの新しいアプローチ が可能になると期待される。第1段階のミッション研究 によると,東京周辺で98%の回線信頼度を仮定して,1990 年代までに開発されると予想される素子を用いると,地 球局のアンテナ直径が30cm,衛星アンテナには直径2m のものが要求されることが分かった。したがって,開発 すべき技術が多いのは勿論であるが,実際にはどのよう に利用されるかについてもある程度想定して,今後の研 究を進めていく必要があると思われる。

 もう一つの例として,アジア・オセアニア地域の衛星 放送サービスシステムの研究を挙げる。このシステムは, 日本からの海外放送を衛星放送に替えるものではなく, アジア・オセアニア地域の放送実施想定国固有の番組を 放送する,いわば,放送衛星の共用システムである。こ の研究では,まず,アジア・オセアニア地域の放送の現 状の調査・分析を行った。その結果,テレビ放送未実施 国,放送時間の短い国,およびテレビ受像機普及率の低 い国が10数か国存在することが明らかになった。そこで, これらの国に対する衛星放送の検討を行った後,放送実 施国として,アジア地域7か国,オセアニア地域8か国 を想定し,14/12.5GHz帯を用いる共聴受信方式で,東 経125度に放送衛星を置く場合の衛星パラメータ,トラン スポンダの構成を検討した。このミッション研究は,昭 和58年度の(財)国際協力推進協会の学術奨励論文に応募 し,1席に入選した(本ニュースNo.97参照)。

 以上のようなミッション研究は,従来の工学的研究の 枠を超え,新しい研究たりうるものと考えられる。それ は,社会,医療,文化等多くの学問領域と協同すること により始めて,生み出される成果が多いと思われるから である。ここで,我々にとって重要なことは,そのよう なミッション研究から,将来の技術的要求は何か,そこ にどのような技術的問題があり,どのように解決するか を探ることであると思われる。換言すれば,このような ミッション研究には,研究のシーズ(seeds)がたくさん 包含されていることが期待できる。

 ACTS-E構想は,以上のミッション研究から,1990 年代初頭に打上げる実験用衛星ミッションとして,ミリ 波帯通信ミッション,22GHz帯放送ミッション,マイク ロ波帯移動体通信ミッションを搭載した衛星として提案 しているものである。

 最後に,次の2点について、簡単に言及したい。第1は, 遠未来指向のミッション研究についてである。この研究 は,21世紀をにらんだ技術的調査が主となるが,注目し ているのは,大型衛星,静止プラットフォーム,クラス タ衛星,宇宙基地関連の技術である。これらについては, 今後引き続き,調査,問題点の抽出を進めていきたいと 考えている。
 第2は,ここで述べたミッション研究は,必ずしも当 所のみで進められるものとは考えられず,関係の機関及 び民間の方々と共同で研究を進めることにより,より高 い成果が,効率的に得られることが期待できることであ る。このため,今後とも,協力関係を続けていきたいと 考えている。一層の御理解をお願いするものである。

(衛星通信部 第二衛星通信研究室長)




海氷の電波リモートセンシング


岡本 謙一

 

はじめに
 近年の北極海領域の石油資源の開発,及びそれに伴う 船舶の航行の安全確保のため,北極海に面する海岸線を 有するカナダやソビエトにおいては海氷の監視が極めて 現実的かつ緊急性を帯びた問題となっている。また最近, 我が国においても南極地域観測隊を派遣する砕氷艦の科 学的データに基づく効率的な氷海航行を確保するために, 雪氷理学,砕氷船舶工学,砕氷航行技術の三分野を組織 的に総合した科学,技術的知識の必要性があらためて痛 感されている。またこれら実用目的と共に,全世界の海 洋表面の約13%を占める海氷の監視は地球物理学的観点 からも重要な問題である。例えば,海氷は冷たい大気と 暖かい水面の間の有効な絶縁体として働き(開水面より の熱損失は,厚い海氷をとおしての熱損矢よりも100倍も 大きい),熱放射エネルギーの収支に大きな影響を与える。 更に極域より外部への海氷の移動は潜熱の形をとったエ ネルギーの移動であり気候変化の要因の一つとなる。人 間が定常的に生活することが困難な,長期間の夜間があ り,また雲,霧,吹雪等によって覆われる機会の多い極 域という自然条件の中で海氷の分布状況,分類等の信頼 性のあるデータを得るため,人工衛星や航空機等からの マイクロ波を中心とする電波リモートセンシング技術の 研究が北極海を中心にここ20年来行われている。海氷の リモートセンシングの対象としては,(1)海氷域の広がり (海氷域の海洋面に占める割合),(2)海氷の種類,年齢, それらの分布についての情報:多年氷(少なくとも一度 の夏期融解期を生き延びた海氷の総称)と一年氷の区別 及びその位置と分布を調べることは,多年氷がしばしば 海難の原因になるので重要であるばかりか,海氷の厚さ を推定する上で重要である。(3)海氷の表面状態の粗さ, 特に一年氷等にみられるridge(氷丘脈,風圧等の圧力に よって海氷の間に形成される砕氷の壁の列)の形状と大 きさを知ることは,ridgeがしばしば海難の原因となるた めに必要である。(4)海氷の厚さの分布,(5)氷山の監視: 氷山は航行や沖合の石油開発にとって最も危険なもので あり,そのタイムリーな監視は必要である。(6)海氷のダ イナミックスの調査:海氷の移動速度は0.2km/日〜50km/ 日位であるが,船の航行能力は海氷の厚さと共に,海氷 の圧力によって影響されることが多く,海氷の動きの監 視は重要である。(7)海氷の生成及び融解の割合,(8)海氷 を覆う雪の層:雪の層は海氷の成長に影響する断熱材の 役割を果たす。等の項目がある。
 

海氷の物理的性質
 海氷は,淡水氷,ブラインと呼ばれている濃い塩水, 結晶水を含んだ各種の固体塩分及び空気の気泡の混合し た複合媒質である。海水中に含まれるブラインは小さな, ほぼ円柱状又は楕円体の形をとる。海氷が成長するにつ れ,ブライン間に生ずる排水路を通じて,ブラインは海 氷の外へ排出される。このプロセスはとりわけ夏期の融 解期においては海氷上の積雪等の融解した水によって海 氷が洗い流されるので顕著である。このためブラインを 含む割合は海氷の成長と共に減少し海氷中の塩分濃度は 減少する。海氷中に含まれるこのブラインのため,海氷 の誘電的性質は,淡水氷のそれと異なってくる。マイクロ 波帯においては,淡水氷の複素比誘電率は,水の複素比 誘電率に比べて小さく淡水氷は比較的損失の小さな媒質 であるが,ブラインの影響により,多年氷を除いて海氷 は通常損失の大きな媒質となる。したがってマイクロ波帯の 電磁波は海氷の表面よりわずかしか侵入することができ ない。マイクロ波センサで観測しているのは海氷の表面 近傍の散乱特性,放射特性であることがわかる。一方, 積極的に海氷の厚さを測定しようとするならば少なくと も1GHz以下の周波数を用いねばならない。実際には観 測領域の水平距離分解能を上げるためには(特に航空機 搭載のとき)あまり低い周波数を用いることができない ので0.1〜1GHzの周波数を用いることになろう。
 

海氷測定用各種電波リモートセンサ
(1)海氷表面の計測:海氷表面の計測は主にマイクロ波 センサによって行われる。海氷の表面の粗さも海氷の電 気的性質と同様,年と共に変化する。誕生後間もない海 氷は一般的に滑らかな表面を持つが,厚さが増加するに つれて風圧によってridgeやrafting(のしあがり,圧力を 受けて氷塊が童なり合うこと)を生じ表面も粗くなる。 また年とった海氷ではridgeは融解と風化によって項上が 丸みを帯びてくるようになる。海氷の複素誘電率の変化 及び海氷の表面の粗さの変化と共に海氷のマイクロ波故 乱係数及びマイクロ波放射率は変化し,このことを利用 して各種海氷のマイクロ波リモートセンサによる分類が 可能となる。ニンバス5号搭載の19.35GHzマイクロ波放 射計により南極地方の海氷の輝度温度分布の季節変化が 観測されており有名なウェッデル海のポリニア(氷湖, 氷で囲まれた海水面)等も観測されている。航空機に搭 載した多周波マイグロ波放射計による北極海海氷の観測 例によると,一年氷のマイクロ波放射率は多年氷のそれ よりも大きい。また地上,へリコプタ及び航空機搭載の 多くの周波数の散乱計による偏波や入射角を変えた海氷 の散乱係数の測定が行われており,多年氷の散乱係数の 方が一年氷のそれよりも大きいことが報告されている。 これらの観測から一年氷と多年氷を識別することができ 安全な航行に有効なデータを得る。人工衛星シーサット や航空機搭載の映像レーダによる海氷映像の有効性につ いては言うまでもない。映像に現われた海氷の表面粗さ に起因する海氷の散乱係数の差及び海氷の外的形状の差 により,一年氷,多年氷,氷山等を識別することが可能 である。また氷山,氷島等のダイナミックスの調査がで き,船舶の安全航行のために有効なデータを提供するこ とができる。

(2)氷厚の測定:レーダ技術を利用した能動型電波リモー トセンサで海氷の氷厚を測定するためには,海氷の表面 及び底面からの反射エコーの戻ってくる時間差を計測す るのが一番単純な方法である。但し海氷中の電波の伝搬 速度が真空中の約半分であることに注意せねばならない。 この方式の典型例はバルスレーダ及びFM-CWレーダで ある。前者はパルスの戻ってくる時間差を計測する。後 者は,送信と受信のビート周波数が距離に比例すること を利用して測距する。いずれも氷厚測定精度を上げるた めに,送信帯域幅を広くとらねばならず(30cmの分解能 を得るためには,3ns位のパルス幅,300MHz位の帯域 幅が必要),搬送波の周波数が高くなり,海氷の減衰を強 く受けることになり実用的ではない。しかし淡水氷の減 衰は海氷ほど大きくないので,航空機搭載の2.86GHz, パルス幅1nsのパルスレーダにより,60cm位までの厚さ の五大湖の氷厚を測定し,五大湖の船舶の安全航行に役 立てている例もある。具体的観測結果によると,精度の よい測定のためには氷の誘電率を何らかの方法で並行し て測定する必要があること,海氷の表面と底面間の多重 反射の影響を考慮する必要があること等の指摘がある。

 インパルスレーダは搬送波を伴わない高電圧の短いパ ルス(1ns程度)を送信する方式のものであり,多くの 周波数成分を有するが,送信アンテナの帯域幅による制 限を受けた周波数成分のみが放射され,そのうち海氷の 減衰の影響を受けない低い周波数成分のエコーのみが受 信される。インパルスレーダは,土中あるいは水中の金 属パイプの識別,川や湖の淡水氷の厚さの測定,南極大 陸の陸氷下の岩盤の様子を調べるためにその有効性を発 揮している。インパルスレーダの欠点は受信エコーが複 雑で解析が面倒なこと,ビーム幅が広く水平距離分解能 が悪いことであるが,最近は合成開ロレーダと類似の受 信信号処理技術を応用して水平距離分解能を上げようと する試みも行われている。

 カナダ,トロント大学の飯塚教授が氷厚測定用に開発 したHISSレーダはユニークなレーダである。このレー ダの測距原理は,遅延時間に基づいてレーダとターゲッ ト間の測距を行うのではなく,適当な間隔を置いて配置 された各々の受信アレーエレメント上の散乱信号の振幅 と位相を測定し,受信アレー上の散乱波の位相分布を記 録すること(散乱波の曲率半径を計るのに等価)によっ て測距を行なう。具体的には,やはり適当な間隔を置い て配置された各々の送信アレーのN個のエレメントから 順次送信し,海氷からの散乱波をM個の受信エレメント で受信したN×M個の複素散乱電界(これをホログラム マトリックスと呼ぶ)を測定する。このホログラムマト リックスを用いて離散的フーリエ変換を施し,特定の鉛 直下方向の距離の点に焦点を結ぶような処理を行うこと によって,氷の表面と底面近傍の点からの強い散乱波を 再生することができ氷厚測定が可能となる。HISSレーダ はパルスレーダやFM-CWレーダのような広帯域を必要 としないこと,アレーが位相器等を必要とせず単純なこと, 実時間でデータ処理ができること等の長所を有するが, 測距の分解能を上げるためには長いアンテナが必要となる。 この欠点を補うため最近やはり飯塚教授により送信周波 数を階段的に変化させ多くのターゲットからの受信波の 位相を多くの周波数で測定し,離散的フーリエ変換を施 すことにより特定の距離の点に焦点を結ぶような処理を するステップ周波数レーダが提案されている。250MHz〜 750MHzの範囲を15.625MHz毎に32段階に階段状に周 波数を増加させることにより,原理的には,4.8mの厚さ の海氷を15師の精度で測定できる。同レーダはコンパクト で航空機搭載が可能であることから,航空機に搭載して 海氷の氷厚測定実験を行うことに期待がかけられている。
 

おわりに
 海氷の表面状態及び氷厚のリモートセンシングの研究は 我が国ではほとんど行われてこなかったが,南極海域での 科学的氷海航行のための二ーズが出現したことを契機に今 後我が国で活発に研究を進めるべき分野であると考える。

(鹿島支所 第一宇宙通信研究室長)




外 国 出 張


IGARSS'84に出席して


 8月27日から30日まで,IEEE主催の1984International Geoscience And Remote Sensing Symposiumに出席す るためフランスに出張した。シンポジウムはフランス・アル ザス地方の国際都市ストラスプルグのCouncil of Europe で行われ,25のセッションにおいて合わせて約180件の 論文が発表された。各セッションは,現在または将来の システムとプログラム,陸域観測,海洋観測,大気観測, 地球物理,マイクロ波センサー,海洋・大気汚染及びデ ータ処理関係等に分類され,聴講者に便利であった。当 所からは招待論文も含めて3件の発表を行った。またこ のほかに日本から4件の発表があった。注目を集めてい たのは,1988年に打ち上げられるESAのリモートセン シング衛星ERS-1号に関するセッションで,シンポジ ウムの最終日にもかかわらず超満員の盛況であったのは 印象深かった。

(衛星計測部 第一衛星計測研究室 主任研究官 尾嶋曲 武之)



第35回国際宇宙航行連盟(IAF)大会に出席して


 昭和59年10月8日から13日まで,スイス,ローザンヌ 市で開催された第35回IAF大会に出席した。毎年開かれ るこの大会では宇宙関係の科学,工学,医学,法学を含 む広汎な分野にわたる論文が多数発表されている。今年 は61セッション,490件の講演が,34か国1,000名に近い 参加者(日本からは30件,25名)を得て行われた。筆者 は衛星通信のセッションで,当所からの3件(ACTS-E のミリ波ミッション,CS-2パイロット計画,EMSS 計画の概要)を発表した。本セッションでの聴講者は50名 程度であったが,宇宙基地関係のセッションでは着席で きない人もおり,また論文の別刷りの売行き状況からも, 宇宙基地への関心の深さが伺い知れた。Current Event (特別講演)では,スペースシャトルによる衛星の回収, 修理,ソ連の宇宙実験室などの宇宙活動の模様が,女性 飛行士の出席を交じえて紹介されていた。貴重な体験を させていただき感謝します。

(衛星通信部 第二衛星通信研究室 研究官 島田 政明)



中国武漢大学に滞在して


 武漢大学(湖北省武昌)に招待されて,昭和59年10月 25日から約1ヵ月間,同大学空間物理学系において,地 上ミリ波伝搬,マイクロ波リモートセンシング,衛星地 上間電波伝搬について講義した。講義の対象は同学系の 大学院生であったが,受講者の過半数は,中国各地の大 学,研究所から派遣されており,11機関から20数名が参 加した。14回の講義の内1回は学部学生向けの講義であ って,映画“動く大地−地球を測るVLBI実験−”の上 映とSIR-B計画への当所の参加の紹介を行った。この 外,中国科学院武漢物理学研究所の電離層観測及び周波 数標準関係部門,河南省新郷にある中国電波伝搬研究所, 上海郵電部第一研究所などを訪問する機会があり,研究 交流を行った。どの機関も進取の気風に富み,熱心な質 問に出会った。

(電波部 超高周波伝搬研究室長 古濱 洋治)



第1回NASA地殻力学プロジェクト会議に出席して


 昭和59年10月17,18日,標記会議がNASAのゴダード 宇宙飛行センターで開かれた。地殻力学プロジェクトは, VLBI,SLR(衛星レーザレンジング),GPS(測位衛星.) システムという新技術を結集し,地殻プレート運動,地 球回転,極運動等の研究を行うもので,NASAが全世界 的規模で進めているプロジェクトである。参加者は100名 程度で,各機関の現状,将来計画等が報告されていた。 筆者は当所で開発したK-3VLBIシステムを用いて,59 年1,2月に行った日米共同VLBI実験結果について報告 したが,VLBI関係者より大きな関心が寄せられた。米 国のアクティビティの高さと協力関係にある各機関の競 争意識が印象深かった。
 会議後,海軍研究所Richmond局(フロリダ)およびMIT のHaystack観測所(ボストン)で,VLBIによる時刻比 較実験,相関処理に関する調査を行った。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 黒岩博司)






「お経」について


塚本 賢一

 私は敬虔な仏教信者でもなければ,特に仏典・仏教哲 学を勉強したわけでもない。たまたま日中科学技術者交 流の話題に花が咲いた酒席で,遣唐使にまで話が遡った 際,若き日に渡唐して真言密教をもたらした五筆和尚こと弘 法大師の伝記を得意になって喋ったことが仇となって, 表題の随筆を書かされる羽目に陥ったものである。現代 の一般の日本人にとって,仏教或はお経とは何であろう か。大抵の家には仏壇があり,いずれかの宗派の檀信徒と なっているが,宗教活動と云っても葬儀・法要等で寺に 詣り,或は家に坊さんを迎えた際に,お経に接するだけ というのが一般ではなかろうか。私にとってもお経とは, 訳の判らない退屈なもので,徒らに足の痺れるものであ るが,ただ何となく有難いもので,じっと我慢して神妙 に聞いているだけで功徳の授かるもの位にしか感じてい なかった。判らない乍らも木魚と共に響く坊さんの読経 に頭を垂れ,数珠を片手に瞑想の真似事をする一時は, 俗事を忘れ静寂な気持になれて好きである。私が多少と もお、経に興味を抱くようになったのは,数年前両親を亡 くして仏事にかかわることが多くなってからである。

 仏教は紀元前五世紀頃,インド北部ネパールに近いカ ピラ国の王子釈迦牟尼によって説かれ,インドからセイ ロン・東南アジア一帯に広まり,また西域・中国を経て 六世紀中棄に日本に伝えられた。この間多数の先哲によ って教義が分派精選編集されて,今日見られる膨大な量 の教典群と無数の壮大絢爛たる仏教美術・建築物を残し ている。多少の曲折はあったにせよ,過去二千数百年の 間,ほとんどアジア全域にわたって人類に生きる光明を 与えて来た功徳の原動力は何であったのであろうか。現 代は科学万能の時代である。論理的に或は物理的に実証 出来ないものは信ずることが出来ないのが,現代人の感 覚であり,その故にまた自然科学が発達したものであろう。

 宗教と科学は相容れないものであろうかの素朴な質問 に答える必要はないと思うが,一口で云えば仏教教義は 人生哲学であり,科学的認識とは別次元のものである。 四千数百万字を超えると云われる仏教教典のうち,一般 人が接し得るのはそのごく一部に過ぎず,私も毎年4月 1日に催される大般若経転読の儀に列席して,一部六百 巻から成る経巻をパラバラとめくってゆく様子を眺めて, その量の膨大きに驚嘆するのみで,実際に暗記している のは坊さんから貰った修證義という小冊子のうちのわず かに般若心経のみである。般若心経は極めて可愛い短い お経であるが,その中には素晴しい尊い仏教の真髄が秘 められている。その教えるところによれば,人間の心身 を形成している五つの要素である色(物質性),受(感受 作用),想(表象作用),行(形成作用),識(識別作用) の五蘊はすべて空である。人生は苦悩に満ちているが, これから解脱するには,物質界,精神界を支配する因果 応報の理をわきまえ,あらゆる執着を断ち切って空に生きる ことにあるという。色即是空,空即是色と云うが,森羅 万象すべて空であるとは如何なることであろうか。世の 中の物質はすべて相対性原理・万有引力の法則によって 運動し,Maxwellの方程式によって電波は伝わり,生物 は遺伝の法則に従う。空と云ってもこれらの科学的法則 は厳然として存在する。依って科学者は実存するものは 普遍的原理のみで,無常と見られる現象もこの原理の中 で移ろうのみであると観ずる。普遍的原理或は物理的法 則を研究把握しようとする心は,そのまま仏教の云う因 果応報の理を追究する心と相通ずるものがある。

 電離層の乱れは無線通信の障害をもたらす。太陽活動を因 とし,太陽地球間物理(STP)現象の法則に基づけば, 果としての通信擾乱の予警報は可能であるという立場で, 電波研究所では予警報業務を遂行すると共に,適中率の 向上を目指して,太陽観測・STPの研究を推進している。 十万億土の遥か彼方の準星からの微弱電波を受信し,超 長基線電波干渉計(VLBI)技術を利用して地殻変動を 観測すれば,地震長期予知に結びつけることが出来ると いう発想で,現在VLBI技術確立に向けて研究開発が進 められている。これらはすべて因果応報の理に基づくも のであり,仏の道にかなう研究であろう。仏の道は自利・ 利他を願い実践することである。国家・社会の福祉向上 を願って,電気通信技術の発展,電波利用技術開発に向 けて日夜精進している電波研究所職員の活動は,そのま まお、経の道にかなうものである。お経の意味を十分理解し なくても,お経を毎朝読誦しなくとも,真心を以て社会 に貢献すべく努力する姿はそのまま菩薩行に通ずるもの であり,般若波羅密多を行ずることであり,そのまま成 仏への道であると思う。

(企画部長)


短   信


第10回日本−ESA行政官会議開催さる


 標記の会議が,11月12日,13日に東京で開催され,宇 宙開発に関する情報交換の他,技術協力の進め方等につ いて話合いが行われた。当所からは塚本部長,中橋部長 を始め関係者が6名出席した。通信系分科会では,当所 から,ETS-V/EMSS,マルチビームアンテナ及び将来 の衛星通信技術に関する研究概要を紹介し,通信政策局 からは,CS-2,BS-2の運用の実状,CS-3,BS-3 計画の報告があった。ESA(欧州宇宙機関)側は,ヨー ロッパの衛星計画の全体的な説明に加え,衛星航法シス テムの開発に当っては是非とも国際協力が必要であるこ とを強訓し,我が国とも国際協力を進めたいと要望した。 この件に関して,運輸省は基本的には協力の必要性を認 めるが,具体的な対応の仕方は今後検討することとした。
 また,地球観測分科会では,当所の報告事項はなかっ たが,ESAが進めているLASSO(レーザを用いた 静止衛星の軌道同期)計画に当所の研究者を派遣する形 で参加したい旨の要望をした。



国際MAPシンポジウム京都で開催


 地球環境を国際協力により観測する事業の一つとして, 中層大気国際協同観測計画(MAP,1982〜1985)が現在 進行中である。その成果を発表討議するため,国際MAP シンポジウムが,1984年の11月26日から30日までの 5日間,京都の新都ホテルの会場において,外国(11ヵ 国)から約60名,国内から約100名が参加して開催された。 口頭発表では,(1)中層大気の気候学(大気循環,大気構 造等),(2)大規模波動力学(潮汐,成層圏昇温等),(3)大 気重力波・乱流(電波・光による波動観測,理論等),(4) 大気微量成分の輸送(火山活動とエアロゾル,衛星観測, 輸送モデル等)及び(5)南極のMAP(昭和基地観測等)の 5つのセッションの順に,約90編の発表があった。また, ポスター・セッションでは約60編の発表があった。対流 圏と電離圏の間に介在する中層大気は測定手段に乏しい ため未知の領域であったが,レーダ,ライダ,人工衛星, 気球等による観測技術の進展により,着々と研究が進み つつある。



第6回日加科学技術協議開催さる


 標記の会議が12月3日から5日にわたって,東京で開 催され,当所が関係する分野に関して,次のような対応 をした。( )内は対応者名。
〔宇宙・通信〕通信・放送衛星…引続き情報交換と研究 者の交流を進める(飯田室長)。電離層観測衛星… 当所は1986年3月までカナダのISISの運用を継続し MAP等の電離圏の観測に資する(相京室長)。
〔地球科学〕カナダ側から新規提案のあった地殻プレー ト運動等の共同観測については前向きに対応する(川 尻VLBI副本部長)。
〔北極海輪送〕船舶システム等による氷海検出の研究につ いては,引続き研究協力の可能性を探る(猪股室長)。 なお,標記の会議に出席するため来日していたカナダ 通信省のBlevis博士他1名が,12月10日,当所を訪問し, 研究施設の見学を行うとともに,いくつかの研究テーマ について意見交換をした。



通信放送衛星機構との第1回技術打合せ開催さる


 標記の打合せが,12月7日,通信・放送衛星機構君津 管制センター今井所長以下,当所から同機構への出向者 全員8名を迎えて行われた。当所からは,上田次長を始 め宇宙通信関連の研究者約20名が出席した。この打合せ は,両機関の宇宙通信関速の研究及び運用業務の情報交 換を通じて,研究活動等に役立てることを目的としてお り,今後は定期的に開催することを目指している。今回 は,第1回目と云うことで,機構側の出席者の一人ひと りの業務内容や活動状況の報告もあり,それぞれの持場 で積極的に活躍している様子を知ることができた。活発 な意見交換が続き,打合せは予定の時間を約30分も超え てしまった。
 打合せの後,若井所長を迎えて親睦会を催したが,久し 振りの対面で話題も断えず,時間を惜しみながら,再会 を約束して閉会した。次回からは,通信・放送衛星機構 に限らず,外部機関への出向者が全員出席できるような 会合を開くことを計画している。