電波星と電波研究


川口 則幸

  

まえがき
 自然現象を克明に観察しその原理を理解し人間の実生 活に役立てるというのが科学技術であるとすれば,天文 学がまさにその始まりと言える。四千年の歴史を持つ天 文学は,まず肉眼で見える星々の運行を観則し,その規 則性から季節や時間を定め農耕に役立てることから始ま った。その後ガリレオによる望遠鏡の発明で光の天文学 は急速に進展し,今日までに銀河系内の無数の星々の運 行やその誕生と死,銀河系外の星雲等について多くの事 が明らかにされ,様々な分野で利用されている。一方, 電波天文学は50年程前に誕生した天文学の若い分野で, 1932年にベル電話研究所のジャンスキーが,無線電話回 線に妨害を与える空電の研究を行っている際偶然に銀河 中心核から到来する電波をキャッチしたのが始まりとさ れている。その後アンテナや微弱電波の受信技術の向上 に伴って様々な発見がもたらされ,今日の隆盛を迎えて いる。特にペンジアスとウィルソンが1965年に発見した 3Kの宇宙背景雑音(アンテナをどこに向けても一様に 受信される雑音電波で黒体が絶対温度3K(-270℃) の時に輻射する雑音に相当する。)は現在の膨張宇宙論の 基礎となっている。この発見も彼らが衛星通信用に開発 された高感度受信機と高性能アンテナを持っていたため 初めて可能になったのである。更に現在では超高安定な 周波数標準の出現で,それまでは数十kmが限界であった 電波干渉計のアンテナ間距離を数千kmにまで延ばすこと が可能になり(超長基線電波干渉計;VLBI)光の望 遠鏡の角度分解能をもはるかにしのぐ超高分解能が達成 されている。このVLBIの出現は光天文学における望 遠鏡の発明に匹敵し,電波天文学の位置天文学への応用 を初めて可能にした。つまり数億光年以上も遠方にある 電波星を基準にして地球上の任意の地点を数cmの精度で 位置ぎめすることが可能になった。

 このように基礎的な電波研究と新しい電波技術が電波 天文学を支え,逆に電波天文学の様々な成果や知識が新 しい電波利用技術を生み出している。ここでは太陽から 始まる種々の天体電波源とそれを利用した電波研究のう ち当研究室にかかわりの深いものを重点に紹介する。
  

太陽系内電波源と電波研究
 星といって連想されるものは何といっても夜空を飾る 星々,つまり恒星であろう。これらの恒星はその温度の 高い順から0,B,A,F,G,K,M,R,N,S, と分類されている(Oh,Be A Fine Girl,Kiss Me Right Now.Smack!と憶えるそうである)。太陽はG型 の恒星で電波で見える唯一の恒星,“電波星”である。他 の多くの恒星は遠すぎて電波では見ることができない。 一般に言い習わされている“電波星”は,後で述べるよ うに太陽よりもはるかに激しく大規模な宇宙現象で電波 を放射している。いずれにしろ太陽は身近かに観測でき る唯一の恒星であることから,電磁波スペクトルのあら ゆる領域で詳しく研究され,そのエネルギー発生メカニ ズムが明らかにされてきた。核融合による原子力発電な どはこの知識に基づいて地上に“小さな太陽”を作ろう とする試みであると言えよう。太陽面で起る爆発的現象 が地球の電離層に擾乱を引き起こし短波回箋に障害を発 生させることから,当所平磯支所ではVHF帯からミリ 波帯の太陽電波の観測も行い障害発生の予警報に利用し ている。鹿島支所では,太陽が衛星放送の受信に障害を 与えることから,いつどの程度の障害が発生するかの正 確な予報を与える研究がなされた。

 太陽系内の惑星のうち金星,火星,木星はミリ波大口 径アンテナの絶対利得測定の基準としてよく使われる。 これらの惑星は太陽からの光で暖められた熱で熱雑音を 放射しており,熱雑音の強度は周波数が高くなる程大き くなるのでミリ波帯のアンテナ測定に都合が良いのであ る。このうち金星は地球に一番近い高温の星で特に強く 受信できる。鹿島支所の32GHz帯10mアンテナ,20GHz 帯13mアンテナの絶対利得はこの金星の観測からも求め られた。また金星は厚い二酸化炭素の大気と硫酸や塩酸 の雲におおわれていて光ではその固体表面を見ることが できない。そのため電波による観測が行われる1962年ま では金星の自転速度は未知のままであった。高出力の送 信機と高感度の受信機から成るレーダーで金星表面が観 測されて初めて,金星の自転速度が他の惑星の数百倍も 遅いことが明らかにされた。その自転速度が公転速度よ りも遅いことから,金星に降り立った人間は太陽がゆっ くり「西から登り」4ヶ月もかかってゆっくり「東へ沈 む」のを見るだろう。1965年にはシャピーロがレーダー の技術と精密時刻比較技術を使って地球から金星までの 電波の往復時間を正確に測定した。その結果,金星が太 陽に接近するとこの往復時間が長くなる,つまり太陽の 重力場で周囲の空間が歪められ電波の通路長が長くなる, ということを見出し,アインシュタインの一般相対性理 論を実験的に裏づけた。

 木星は太陽になりそこなった巨大惑星で,温度135K に相当する熱雑音を放射しているが,異常に強いデカメ ータ波も放射している。これはプラズマレーザーと呼ば れる増幅機能,つまり木星の極域に磁力線に沿ってぶり そそぐ荷電粒子がプラズマ波動を引き起し,増幅し,増 幅されたプラズマ波が電波に変換されて放射されること によるものと考えられている。木星はこのような電波放 射のメカニズムをさぐるうえで格好な実験場となってお り,鹿島支所でも木星からのデカメータ波を受信し,V LBIの技術を利用してその研究を進めている。

 太陽系内電波源の最後に月電波についてふれよう。月 電波は月本来の熱で発生する熱雑音に,太陽からの照り 返しの電波が加わったもので,月齢に応じた強度変化を する。月は約0.5°の視直径を持っているが,これより広 いビーム幅の小開口径アンテナ(開口径/波長比が150 以下)の絶対利得の測定に月電波は有用である。月は地 球に近いので利得が低い小口径アンテナでも十分強く受 信できるからである。逆に準ミリ・ミリ波帯大口径アン テナのビームはほとんど月の視直径の中に含まれてしま うので,受信される等価雑音温度は月の輝度温度とほと んど等しくなるはずである。もし観測値がこれより小さ くなればそれはアンテナ給電部の損失によるものにほか ならない。アンテナ給電部の損失は,アンテナに入射す る電波強度の絶対値を知るうえで欠かせないデータであ るが,アンテナ系に組み込んだ状態で直接測定すること は極めて困難である。しかし,この原理を利用すれば用 電波を受信するだけで給電部損失が測定できる。鹿島支 所の20GHz帯13mアンテナの給電部損失をこの方法で測 定し補正することでアンテナの外からやってくる3Kの 宇宙背景雑音の存在を実際に確認することができた。ま た月と太陽の視直径がほとんど同じ事から,局と太陽を 交互に観測し強度比をとれば,ビーム効率の補正なしに 太陽の輝度温度を月を基準にして測定できる。12GHz帯 13mアンテナによる太陽観測では,この方法で太陽面輝 度温度の絶対値が測定された。
  

銀河系内電波源と電波研究
 電波の目で銀河を見ると,無数の恒年はその姿を消し てただぼんやりと広がった帯状のものが見えるだけであ る。この帯は射手座の方向で急に強度を増す。これはジ ャンスキーがはじめてとらえ,電波天文の始まりともな った銀河中心核からの電波放射である。しかし丹念に調 べると牡牛座とカシオペヤ座に2つの輝く点が見出され る。前者は1947年にシドニー電波物理研究所のジョン・ ボルトンによって発見された電波源タウルスAで,後者 はグラハム・スミスによって位置が同定された電波源カ シオペヤAである。この2つは“電波星”の代表で,マ イクロ波アンテナの利得測定や指向角度の基準として用 いられてきた。しかし,文字通りの電波を出す“星”と いうわけではない。電波で見えるタウルスAの方向を光 で見ると,そこには星はなく星雲が広がっている(かに 星雲,表紙写真左)。しかも良く見ると何かが爆発して残 骸が四方に飛び散っているように見える。これは中国の 古書にその記録が残されている1054年に爆発した超新星 の残骸なのである。またライルが電波干渉で描き出した カシオペヤAの電波地図を見ると爆発の衝撃波が四方に 拡がっている様子が見てとれる(写真1)。つまりこの2 つの電波源は,超新星爆発の際に放出された高エネルギ ー電子が磁場にからみついてら旋運動する時に電波を放 射する,いわゆるシンクロトロン放射のメカニズムで電 波を放射している。しかし星間磁場が極めて小さい(10^-5 ガウス)のでその放射のピークは100MHz以下のところ に現われる。従ってマイクロ波以上の高い周波数では急 速に強度が低下し,ミリ波帯のアンテナの較正には不向 きである。そこでミリ波帯ではオリオン星雲がよく観測 される。オリオン星雲は,オリオン座の短剣を表わす3 つ星のまん中にあり,誕生したばかりで高温のO型恒星 が軸射する強力な紫外線で電離された水素イオンが電波 を熱放射している(フリー・フリー遷移放射)。この放射 メカニズムでは高い周波数でも強度が低下することなく ほぼ一定なのでミリ波帯アンテナの較正に都合が良いの である。


写真1 超新星爆発による電波源カシオペアA

 銀河系の中にはこの他に種々の線スペクトルを発生す るメーザ電波源がある。水素メーザ源が1951年3月にユ ーウェンとパーセルによって発見された。水素メーザは, 中性水素原子の持つぽんのわずかな差のエネルギー準位 間の量子遷移で電波を放射する。この放射は波長21cmの 狭い帯域内に限られているので,ドップラ効果によるこ の波長の偏移を観測することで銀河内の水素雲の運動と そこまでの距離が測られた。天体の水素メーザ電波源は この地上において人工的に作り出され現在では超高安定 な水素メーザ原子周波数標準器として利用されている。 ここにも電波天文と電波研究の深い関わりを見ることが できる。
  

銀河系外電波源とVLBI
 我々の銀河系はさしわたし10万光年もの広がりを持っ た巨大な円盤状をしている。しかしこれも宇宙全体から 見ればちっぽけなもので,我々の銀河と同じように一千 億個もの星を持つ銀河がこの宇宙の中には更に一千億個 もあると言われている。これらの銀河の中には強力な電 波を放射するものがあって“電波銀河”と呼ばれている。 これらは我々の銀河の外のはるか遠方にあるため,銀河 系内電波源が数分角の大きさを持っているのに対し,数 秒角と小さく,特にビーム幅の狭い大口径アンテナの測 定に適している。この代表的なものとして白鳥座のシグ ナスAと乙女座のヴァーゴAがあげられる。特にシグナ スAは10億光年のかなたにあるにもかからわず強力な電 波を地球に送り続けている。その大きさが約10秒角と小 さいので単一のアンテナではとても分解できないが,電 波干渉計による開口合成法という手法で内部構造が調べ られた。その結果,シグナスAは2つの強力な電波放射 域を持ち,それらが中心から引きちぎられ飛び散ってい る様子が明らかにされた。銀河全体が大爆発を起こし, その際放出される莫大なエネルギーがこのように強力な電 波放射の原因になっているのである。シグナスAの10秒 角の大きさは,まだ光学望遠鏡の分解能の範囲に入って おり,ひき、ちぎられてゆく銀河の様子を目で見ることが できる。しかし,光の大望遠鏡を持ってしても分解する ことのできない強力な電波源が1960年代に入って発見さ れた。星のように点でしか見えないが恒星ではないこれ らの電波源は準星(クェーサー)と呼ばれ,30億光年か ら百数十億光年のかなたにあることが分ってきた(表紙 写真右)。このようにコンパクトな電波源の観測はVLBI の独壇場でもある。世界各国の協力によるVLBI観測で, 大きいもので数十ミリ秒角という準星の内部構造が次々 と明らかにされつつある。当所でも昨年から国際VLBI 網の一員として観測に参加し,大きな成果をあげつつある。
  

おわりに
 ここまでに電波星と電波研究の概要を駆け足で見てき た。特にVLBIでは準星を基準「点」として数千届の距 離をcmの精度で測定することができる。これはまさに新 しい「位置電波天文学」の誕生であると言える。大海のま っただ中の孤島の精密位置測定やその移動量から海洋プ レート運動を実測したり,地球回転軸や回転速度のわず かな変化から地球奥底の流体核の粘性係数を測定する等 大きな可能性を我々にもたらした。微弱電波の受信技術, 超高安定な周波数標準の技術,高度な信号処理技術とそ れらの総合であるVLBI技術をもつ当所の,宇宙研究に おいて果すべき役割は極めて大きく,新しい応用分野の 開拓も含め更に研究を進めてゆきたい。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 主任研究官)




最近のデータ暗号化技術


松本 和良

  

はじめに
 最近,オフィス・オートメーション(0A),ローカル エリア・ネットワーク(LAN),VAN(付加価値通信 網)という言葉に代表される情報処理と通信の融合した システム,そしてCATV,キャプテン・システム, INSなどのニューメディアがクローズアップされている, これらは,コンピュータ技術,電気通信技術,マンマシ ン・インタフェース技術等を総合した情報通信システム である。
 ところで,これらのシステムの発展にともない,コン ピュータ犯罪のような人為的不正介入がすでに発生して いることから,システム内で取り扱われる種々のデータ の保護の重要性が認識されるようになり,安全性(セキ ュリティ)という言葉も定着して来ている。将来,情報 通信システムは社会の中枢神経としての地位を占め,そ の安全性がますます重要となるであろう。特に,衛星通 信の場合,全国津々浦々から自由に通信できる特質の代 償として,自由に盗聴,妨害,無断使用が発生し得ると いう大きな弱点を持っている。そこで,情報通信システ ムの安全性確保の為の手段として,データ暗号化技術 の検討がクローズアップされてきている。
 データ暗号化とは,後に述べるように,古代からある 暗号方式による文章の暗号化と区別し,コンピュータシ ステム内のディジタル・データの暗号化を意味する。つ まり,コンピュータ間でデータを伝送したり,恒久ファ イルに長期間にわたりデータを蓄積させる場合に,それ らのデータを暗号化(当事者以外には理解できない乱数 に変換すること)し,伝送または記録させ,当事者のみ が復号化(元のデータに復元すること)できるようにす ることである。

 古代の暗号は,送信者と受信者のみが知っている特殊 な方法(例えば,棒に紙をらせん状にまきつけ,棒の軸 方向に文章を書く)で暗号文を作った。この方式では, 大量の文章の暗号化や多数の仲間へ暗号文を送ることは できなかった。近代の暗号は,転字((文章中の文字の 順番を入れ替る)と換字(アルファベットを別のアルフ ァベットに対応させる)を多重に施す機械暗号で,転字 ・換字の組合せの指示を鍵として秘密にしておくもので あった。これにより,多数の仲間へあらがじめ暗号機械 と鍵を秘密裏に配布することで,大量の暗号文を希望す る正当な相手へ送信できるようになった。しかし,暗号 化処理が不十分であったため,同一鍵で大量の暗号文を 作ったり,同一文章を複数の鍵で暗号化したり,原文( 平文と呼んでいる)とその暗号文が同時に第三者の手に 渡ったり,暗号機械が第三者の手に渡ったりすると,そ れ以後の暗号文は解読(不当な第三者が読み取ること) される危険性が増大する。現在の暗号は,多数のコンピ ュータに接続できる互換性を有し,ディジタル・データ を暗号化し,コンピュータによる暗号解読に耐える必要 がある。
  

現在のデータ暗号化技術
 米国NBSがコンピュータ用の暗号として,データ暗 号標準DES(Data Encryption Standard)を発表して いる。これは最近の超大規模集積回路(VLSI)技術 の利用を想定した,64ビットの鍵により,64ビットのデ ータ(処理の基本単位で,さらに長いデータは64ビット 毎に分割する)を多重に転字・換字の処理を施すアルゴ リズムである。そして,DESの内部構造(第1図)を 完全に知っていても,鍵を知らなげれば暗号文を解読で きないくらいに暗号化処理を転字・換字の処理を16回に わたって行うことにより複雑にしている。したがって, このDESを大量生産して不特定多数の利用者に販売し ても,暗号通信したい送受信者だけが知っている鍵をそ れぞれ割当てることで,不特定多数の利用者が各々希望す る相手と自由に暗号通信ができる。この不特定多数の利 用者が使用できる暗号を,DES以前の暗号と区別して, 公衆暗号と呼んでいる。DESの処理能力はすでに14M bpsに達しており,コンピュータの通信回線に簡単に挿 入できる製品も販売されている。


図1 DESのアルゴリズムの概要

 さらに現在では,より革新的な暗号が開発されている。 これは,暗号化鍵と復号化鍵が同一でなく(DESは同 一である),復号化鍵は秘密にするが,暗号化鍵や暗号ア ルゴリズムは多数の利用者に公開してしまう暗号である。 これを公開鎚暗号と呼び,以前のDESを含めた暗号 (慣用暗号)と区別している。慣用暗号では,相手方のい くつもの鍵を秘密に保持する必要があると共に鍵を秘密 裏に配送しなければならない。これに対し,公開鍵暗号 では,利用者は各自の復号化鍵だけは自分で秘密にして おくが,対応する暗号化鍵の方は利用者全員に公開する。 したがって,秘密裏の鍵配送が不用になる上に,秘密に すべき鍵は自分の復合鍵のみで良い。これが公開鍵暗号 の革新的なところである。この前提としては,相手が公 開している暗号化鍵でつくられた暗号文を相手の持って いる秘密の復号化鍵以外では解読できず,公開されてい る暗号化処理アルゴリズムや暗号化鍵で平文を暗号文に 変換した結果を解析しても秘密の復号化鍵を見い出せな いことである。

 この公開鍵暗号を実現したアルゴリズムは多数発表さ れているが,現在のところRSA法(発明者三人の名前 の頭文字)が最も有望視されている。この原理を以下述 べる。第2図に示すように,文章を分割し十進200桁 程度の整数で表現し,その整数の乗算の結果を法と呼ぶ 整数nで割った後の余りの整数におきかえる合同乗算を 用いることを基本にしている。平文と暗号文の整数表現 を各々M,Cとすると,暗号化処理は公開された暗号化 鍵e,nにより平文Mをe回乗じた合同乗算C≡M^e (mod n)であり,復合化処理は秘密の復合化鍵dとnに より合同乗算M≡C^d(mod n)となる。そして,M≡C^d (mod n)≡M^exd(mod n)より分るように,暗号化と 復号化は逆演算となっている,ここで,受信者が選んだ 二個の素数p,qを用いて,n,e,dを作り,p,q, dは受信者の秘密とし,e,nを外部に公開する。以上 のアルゴリズムについて,あらゆる解読法が検討された 結果,最終的にはnを素因数分解してp,qを求める必 要があり,十進200桁の場合は現在の超高速コンピュ ータでも109年程度の処理時間が必要であると言われて いる。しかし,ごく最近の研究によると,p,q,d, eの選び方によっては短時間で解読される場合があるこ とがわかり,慎重な利用が必要となった。処理速度は専 用のハードウェアでも50kbps程度であり,一層の開発が 待たれる。ところで,このRSA法は鍵の役割を逆転で き,秘密の鍵で暗号化し,公開の鍵で復号化できる。こ の性質を利用すると,送信者を確定するためのディジタ ル署名の機能が得られる。


図2 RSA方式公開鍵暗号

  

おわりに
 データ暗号化技術については,RSA法がもっとも有 望であるが,処理速度がまだ遅い。このため,DESで データを暗号化し,RSA法でDESの暗号化鍵を秘密 裏に配送することとディジタル署名を行うMIX方式が 郵政省から発表されている。しかし,これらの安全方式 が将来にわたって十分に安全であるとは言い切れず,一 層の研究が必要である。今後の問題点としては,暗号通 信の観点からは,通信プロトコルとの整合性,鍵管理, 衛星通信での同報性に適合した暗号方式などがある。さ らに,通信の安全性の観点からは,暗号通信のみならず, システムそのものの安全性の強化,データヘアクセスす る人の資格と動作の正当性チェックなどがある。

(情報処理部 情報処理研究室 研究官)




ジェット推進研究所での滞在記−JPLの日常的通信情報


鹿谷 元一

 筆者は科学技術庁長期在外研究員として米国ジェット 推進研究所(JPL)のMission Information Systems Engineering Sectionに1983年10月1日から10か月間滞 在した。JPLの組織等は塩見氏の滞在記として本誌第 92号に載っているのでここでは筆者の仕事と日常の通信 情報を中心にJPLの事情を紹介したいと思う。
  

スペース・データ・ネットワーク(宇宙データ網)
 所属したSectionでは宇宙開発の情報系を担当し,例 えば探査機ボエジャーの通信データ様式や,将来の宇宙 基地計画での情報通信のあり方等を検討している。筆者 は,最近その動きが活発になってきた宇宙データ網の標 準化計画の作業にMacMedan氏のもとで従事した。この 計画はNASAを中心に推進されており,宇宙関係のデ ータと伝送を世界的に標準化し相互運用・利用の促進と 投資効率の向上を図ることを目的としている。現在,電 波研究所にはこの種のデータ網の利用計画が無いので関 心は薄いが,将来の宇宙データ網の根幹をなす重要な計 画である。
  

電話・秘書・文書配送システム
 「ハロー,こちらは鹿谷氏のオフィスです。私は鹿谷 氏の秘書のメアリーです。何か御用でしょうか。」筆者 の留守中に電話をするとこんな女性の声がいつも返って くる。−鹿谷さんは個室にいて,しかも専任秘書もいる のだな−と相手は想像するが実際は次の通り。
 居室は個室が原則だが,相部屋の場含もある。電話は 一人一台が徹底している。面白い事に会議室には電話は ない。秘書は共有が普通で数人に一人が付けられる。そ の仕事振りは能率よく,頼んだ仕事は確実にやってくれ た。机の上には電話中継器があり,電話がかかると中継 器も鳴る。数回鳴り続けると秘書は留守と判断して前記 の様な対応をし,伝言をメモして渡してくれる。
 文書配送システムは封筒に宛名とメイルストップを書 き,専用ポストへ置けば配送される。一日に数回の定期 集配である。メイルストップは郵便番号の様なもので, 例えば,123−450号ピルの4iにある部屋番号である。 Foothill等の支所や母体のCaltecにも配送される。
  

ポータブルコンピュータと電子メール
 コンピューターのキーポードを打ちながら仕事をして いる情景が普通である。机の上には書類はなく,整理さ れたフロッピーディスクとコンピュータだけがある事も 多い。よく使われているものはアタッシュケース位の大 きさで片手で持てる。小さくても,キーボード,CRT ディスプレー,8インチフロッピーディスクがついてい る。ワードプロセッサーとして,センターの大型コンピ ュータの端末として,あるいは電子メール端末等として 多様に使われている。移動が手軽で,自宅に持ち帰る人 も多い。電話回線を通じ24時間稼動のセンターコンピュ ータを使うこともできる。電話代はJPLが支払う。こ の場合の労働時間は勤務時間に含めることもできるらし く,一部では在宅勤務も認められているそうだ。
 電子メールにより殆んどのワードプロセッサーやコン ピュータ端末間で伝言,メモ,文書の交換ができる。入 力メッセージは電子郵便箱の中に蓄えられ適宜読み出せ る。複数の宛名で多数に配布したり,公衆回線を通じて TelemailやTelexと接続することもできる。
  

ローカル・ネットワーク
 JPLのローカル・ネットワークはアイラン(ILAN :Institutional Local Area Network)とよばれる。筆者 の滞在中はまだ未運用で,机に同軸線が引かれてきたと ころであった。ILANはUngermann-Bass社のNet/0ne によって0ak Groveの本部と情報処理センター, FoothillおよびCaltechを結ぶ通信情報網である。利用者は同 軸線にNetwork Interface Unitを介して端末機器を繋ぐ だけで任意の端末間でデータの交換ができる。
  

おわりに
 日本への関心は強かった。頼まれて,「日本の宇宙開発 計画:開発機関と概要」というセミナーをもったが,多 数の出席者と多くの質問があった。特に標準化計画を推 進している人達には日本の宇宙開発の仕組みを理解する のに役立った様で,後日にわざわざ筆者の部屋にお札を 述べに来てくれた人もいた程である。
 単身赴任であったので,寂しい思いをした時もあった が,大変親切にしていただき多くを学んで帰ることがで きた。滞在中にアマチュア無線の免許を取ったが,運用 する機会がなかった。今後赴く時には是非運用したい。
 貴重な留学の機会を与えていただいた科学技術庁及び 郵政省の関係者の方に厚くお礼を申し上げます。

(情報処理部 情報処理研究室 主任研究官)




諸 悪 の 根 源


上田 義矩

 昨年12月21日,当所有志による上田弘之氏喜寿,中田 美明氏古希(叙勲)のお祝いの会が催されたことは,本 ニュース1月号(No106)に紹介されたが,その折,上田 元所長は,お礼の言葉の中で要旨つぎのようなことを言 われた。

 「人類が自然を汚染し,破壊し始めたのは産業革命以 来の僅か200年足らず,今や人類は地球の王者のように 振舞い,自然を破壊しているだけでなく,東西に分かれ てお互に核による軍拡競争をし,いがみ合っている。一 寸した過ちによって地球は一巻の終わりとなる状態にあ る。これが数千年に及ぶ人類の知恵かと思うと情なくな る。現在,人類は48億,今世紀末に60億,21世紀中頃に 100〜120億の人口に達すると考えられている。しかも現 在人類の3分の1は飢えに苦しんでいる。もっと自然を 大切にし,人類の永続を考えることに真剣にならなけれ ばならないのではなかろうか。」

 日頃,最近の世の中の流れを苦々しく思っていた小生 は,大先輩のお言葉に深い感銘を受け,触発されて偏見 (?)をご披露する気になったが,不遜をお許し頂きたい。

 「宇宙船地球号」が唱えられてもう10年になろうか。 地球の資源が有限なことが,石油ショックによって世界 各国で再認識されたことは事実である。しかしその後, 特にわが国では,無資源国であるにもがかわらず,喉元 過ぎれば熱さを忘れるとばかりに,忘却の彼方へ葬り去 られようとしている。

 産業革命以前は,比較的短いサイクルで再生される資 源によって人類は生活してきた。それは今考えれば確か に不便であったかも知れない。しかし,消費,再生のバ ランスがとれたものであって,長期的には地球上から資 源は決してなくなるものではなかった。これに対し,石 炭石油に代表される化石燃料は,何万年,何億年という 時の産物であって,人類の歴史からみれば再生不可能と みなされる。そして涸渇することも目にみえているにも かかわらず,人類はそれを食い延ばす努力を殆んどして いない。子孫に対してこれで申訳が立つであろうか。

 更に問題なのは,こうした燃料の大量消費により,C 02が急激に増加しているのに対し,何らかの手を打と うとしていないことである。それどころか,C02を減ら してくれる緑を破壊してさえいる。C02の増加は,その 温室効果によって地球の気温を上げると言われている。  それにより極地の氷が解けて陸地が減るという心配もあ り,また,動植物の生育のパターンを変えれば,今でさ え世界的に不足している食糧を一層不足させることにな らないだろうか。

 衣食足りて礼節を知ると昔の人は言った。今の日本は どうか。住については全く不十分と思うのでそのせいで あるかも知れないが,礼節を知るどころか,衣食足らぬ ときより人の心は殺伐としている。なぜこうなったのか, 主因は競争にあると思う。先端技術を競うことは確かに 必要であろう。特に無資源国日本では,今後は技術立国 しかないので,この方面の競争はせざるを役ないと思う が,何も幼稚園の頃から競争をし始めることはなかろう。 心にゆとりのある教育をしなければ人間台無しになる。 競争の欲望に追われているばかりでは,安らぎがなくなるば かりか,目先のことに気を奪われ,人類全体とか,地球 規模といった観点に立ちにくくなる。

 こうした悪い状態を招いた元凶は何か。色々と原因は あろうが,小生の持論では人口問題である。動植物一般 の世界では,種の大繁殖の後の滅亡というパターンは枚 挙にいとまがない。人類がその轍を踏まないためにも人 口の抑制は最も大切である。中国,印度における抑制策 は,非人道的だという声も聞かれるが,人類生き残りを 考えれば止むを得ぬ手段である。人口密度が高いにもか かわらず,児童手当まで出して更なる人口増を図ってい るどこかの国とは対象的である。

 日本の適性人口はどの位だろうか。徳川時代から明治 初期まで位であれば,何とゆったりしたことになろうか。 地価もそう上がらず,住宅も安くなり,人々はもっとま しな暮しができる。そして,太陽の恵みを十分利用して 化石燃料の消費を抑えられる余地も生れる。人が減れば 産業の成長がないと考えておられる方もいるようだが, 要はGNPを人口で割ったものが増加すれば成長である。 過大な成長は,資源の浪費を招く。

 ひるがえって我々の携わっている電波電気通信に関す る研究が,こうした論点の中でどんな評価をうけるか。 論を待つまでもない。その意味からも我々は大変な果報 者と言える。

(次長)

(脱稿後関連記事発見,「郵政」60.1 p.10〜,p.16〜)



君 津 だ よ り


森河 悠

 内房から外房へ抜ける国道,姉ケ崎−鴨川線清水トン ネルより田代林道を登ること約1km,わずかに開けた山 あいに,パラボラアンテナの林立する施設が突如として 現われる。通信・放送衛星機構,君津衛星管制センター (以後「センター」という。)は,南房総のほぼ中央,静 寂な山々に囲まれた自然あふれる環境の中にあり,実用 の通信衛星(CS-2),放送衛星(BS-2)の管制を行っ ている。

 センターは,通信及び放送衛星の一元的管理を行うこ とを目的として設立された通信・放送衛星機構の衛星管 制センターとして,昭和57年8月に開設され,58年5月 からCS-2を,59年4月からBS-2の管制を開始しユー ザの方々の利用に供している。
 センターが実施している主要な管制業務には,軌道及 び姿勢の維持管理,テレメトリデータの解析評価という ハウスキーピング:,中継器動作状態の監視,イベント( 蝕,センサ干渉等)の予報等がある。特に,年間90日に 及ぶ蝕の期間は,衛星が厳しい環境下に置かれるため, 緊張した空気の中で管制が行われる。これらの業務は, 管理部門を除く2部5課で分担され,効率よく処理され る。管制卓は,CS-2,BS-2に対しそれぞれ2人一組 5チームの輪番勤務体制がとられている。

 宿舎は,センターから北へ約20km久留里の町にあり, 職員全員が集団で生活している。宿舎からセンターへは 2台のマイクロバスで通勤するため傘やコートは不用で あるが,朝寝坊をすると輪番勤務者送迎用の車を利用し て2時間の年休か,マイカー(禁止されている)を飛ば しての出勤となる。残業の場合,他に手段がないためタ クシーを利用している。宿舎は世帯用と単身,独身用が 用意され,両者とも十分な広さがありゆとりある生活が できる。この広い空間を利用すればゴルフの練習も可能 で,畳を犠牲にしてのダウンブローの特訓で90台前半の 腕前に達した人もいる。


 センターや宿舎のある君津市東部は,南房総とはいえ 冬寒く夏暑い内陸性の気候で多少住みにくいが,自然は 豊かで名花「安房千鳥」(野性ランの一種)の自生する地 である。早春から晩秋にかけて,蕗のとうに始まりわら び,ぜんまい,茸,山蕗等の山莱取りや山芋堀り等々の 実利を兼ねた楽しみがある。センターには時折野猿や野 兎が訪れるが,夏期には蝮が出没するため山歩きには十 分な注意を要する。山ばかりでなく海への便もよく,海 水浴や四季を通じての釣が楽しめる。一方,センターに は厚生施設は皆無で,宿舎の隣りにある市営のテニスコ ートを利用するか,近くにあるゴルフ場へ出かけること になる。センターには公式,非公式各種のコンペがあり コースに出る機会に恵まれている。


センターの全景

 さて,最後に出向者の近況(筆者の独断による)を報 告する。村永孝次(所長)単身で先日着任,久留里の水 にも慣れ仕事も順調にすべり出している。大橋一(デー タ処理課長代理)目に入れても痛くない愛娘との散歩が 日課,有本好徳(同課主査)近々お嫁さんをもらう予定, 早々と世帯用宿舎へ引越完了。村田一夫(CS管制課主 査)釣に熱中,先日40cm1約1.5kgのメジナとクロダイ数 尾の釣果で増々エスカレート古津年章(BS計画課長代 理)仕事一筋,早朝テニスクラブの主要メンバー。竹内 誠(BS管制課主査)大型,大型特殊等の免許取得,電 波研からの出向者唯一の独身となる予定。森河悠(CS 計画課長)付き合いで始めたゴルフ,ミイラ取りがミイ ラになる感あり。鈴木良昭(本社課長代理)本社への出 向のため正確な近況は不明,3号系衛星への移行及び管 制に必要な施設の検討を行っている。


安房千鳥

 春の蝕を間近に控えた君津衛星管制センターより。


出向者一同(左から竹内、森河、古津、大橋、有本、村永、田村)

(通信・放送衛星機構 君津衛星管制センター 通信衛星計画課長)


短   信


研究プロジェクトのヒアリング調査行われる


 2月6日から20日にかけて,総務部と企画部を除く全 ての部,支所,観測所のブロジェクトのヒアリング調査 が行われた。
 今回のヒアリング調査は,60年度の機構改革による新 組織で取上げる研究プロジェクト(案)を策定するため のもので,新組織を踏まえ,現行プロジェクトの見直し を行うものである。したがって,ヒアリングの形も従来 と異なり,資料は例年の計画書ではなく,プロジェクト の目的,必要性,成果の活用方策等を中心とした調査書 とした。また,所の幹部に加え,全ての部長も出席して, ヒアリングを行ない,今日の限られた予算,要員のなか で,組織改正の目的を充分達するために,広い視野に立 った検討がなされた。



冬期航空械観測実験


 衛星計測部では,航空機搭載マイクロ波散乱計/放射 計による(1)油汚染観測実験及び(2)豪雪・観測実験を2月9 日から21日の期間で実施した。(1)は,昨年10月にSIR-B 実験の際に浜松沖で実施したものに次ぐものであり,今 回は潮岬沖合で行った。前回と同じ漁船(和歌山県大島 港が基地)及び航空機(大阪八尾空港が基地)に当所職 員が乗り組み,オレイルアルコールを散布して作成した 擬似油汚染海域について,前回とは異なる条件(前回の 風速10m/s以上,今回3m/s程度)のマイクロ波散乱特 性を得た。これらのデータは,環境庁等の後援を得て開 発を進めている油汚染監視用実開口映像レーダの基礎と なる。(2)は,科学技術庁振共調整費による「雪害対策技 術の開発に関する研究」の一環として,豪雪時の降雪構 造の解明を目的に実施したが,昨冬問題になった程の豪 雪には上記期間内ではめぐりあえなかった。



NOAAマッケロイ長官補来所


 同長官補は,宇宙からのリモートセンシング専門家会 議(先進国サミット関連)に関する意見交換のため,2 月14日から16日の間に,日本の関係機関を訪門した。同 長官補はCOSPAS/SARSATシステム(周回衛星によ る捜索救難システムで,1984年から運用フェーズに入っ た)の米国の責任者でもあり,数年前当所が同システム による実験参加を検討した時の米国側の窓口を担当して いた。
 今回(2月16日)の当所訪門の目的は,同システムに ついて意見交換を行うことであり,所長を始め所幹部, 関係者が対応しCOSPAS/SARSATの現状と将来の展 望,当所が今後実験のために同システムを利用するとき の条件等について話合った。その結果,捜索救難業務の 主官庁である海上保安庁の対応がある程度関係するもの の,条件が整えば同システムによる実験が可能なことが 分った。今後,所内関係者で検討を進め所の方針を決定 することが必要と考えられる。



高杉室長CCIR事務局へ


 調査部国際技術研究室高杉敏男室長は,このほどIT U(国際電気通信連合)へ国際公衆員として勤務するた め,去る2月27日にジュネーブヘ向けて出発した。同氏 はITU/CCIR専門事務局参事官としてCCIR( 国際無線通信諮問委員会)事務局に在籍し,CCIR活 動に参加する。この職務は従来から我が国も確保して来 たもので,今回前任者と交替したものであるが,電 波研究所から出向くのはこれが初めてである。当所も CCIRへの関心と寄与は少なくないので同氏のジュネー ブ勤務で現地の状況が伝えられれば大いに参考となろう し,折にふれこのニュースにも寄稿されれば幸である。 同氏によれば,日本人がこの様な職務に進出する余地は 大いにあるとのことであり,国際人として仕事をする人 が増えてもよいのではあるまいか。
 ともあれ,同氏の健康と世界の無線界の中枢での活躍 をねがう次第である。




昭和59年度共同研究一覧