はじめに
我が国のテレビ第1〜第3チャンネルの電波に外
国の放送波が混信することによる受信障害が近年各
地で夏になると発生し注目されている。この混信は,
我が国に隣接する諸国においてVHF帯電波利用が
急増し,放送局の増設または増力が進められた結果,
外国の電波が電離圏のスポラディックE(Es)層反
射を介して我が国に盛んに伝搬してくるようになっ
たことによるものである。同時に,我が国のVHF
帯放送波もEs層反射を介して隣接諸国に伝搬し,
混信障害を起こしているものと考えられる。このよ
うな混信の自然要因となるEs層とはどのようなも
のであるかを紹介する。
垂直入射電波とEs層
地上の送信点から真上のEs層に向けて電波を垂
直に入射したときの反射について述べよう。地球の
超高層大気中には,大気の分子・原子が電離して生
ずるイオンと自由電子が比較的多量に分布している
領域すなわち電離圏が存在する。電離圏の電子密度
は1a図のような高度分布を示し,E層,Es層,
F1層,F2層とよぶ複数の電離層構造を呈する。Es
層は高度100km付近に突発的に現われる電離層であ
る。1a図の電離層に対して,地上からパルス電波
を垂直入射したとき,電離層からの反射エコーは1b
図の見掛けの反射高度対周波数の曲線のように得ら
れる。1a図のEs層ピークに対応する反射波の周波
数が1b図のfoEsである。1b図のfbEsをしゃ
へい周波数とよび,それ以下の周波数の電波はEs
層またはE層で完全に反射されてF層には到達でき
ない。fbEsとfoEsの間の周波数帯の電波につい
ては,Es層反射波とF層反射波が共存し,Es層が半
透明の性質(1a図の破線部分)をもっていること
がわかる。
1図 (a)電離層の構造と(b)イオノグラム
世界中に分布する垂直入射の電離層観測網の観測
結果によれば,Es層は赤道域から極域に至る広い範
囲で発生する現象である。しかし,Es層の出現特性
は緯度範囲によって著しく異なり,極光(オーロラ)
型,中緯度型,磁気赤道型の三つに大別されている。
極光型Es層は,年間を通して夜間に発生確率が高
く,磁気赤道型Es層は,年間を通して昼間に発生
確立が高い。我が国の上空に発生するような中緯
度型Es層は,夏季(北半球では5月〜8月,南半
球では11月〜2月)の日中から夕方過ぎにかけて発
生確率が高くなっている。
当所の稚内(W),秋田(A),国分寺(K),山川
(Y),沖縄(0)の各電波観測所における電離層観測
から得られたfoEsの累積発生頻度分布を2図に示す。
縦軸は横軸の値を超えるfoEsが観測される時間率を
示している。
2図 各観測所におけるFoEsの累積発生頻度分布
斜入射,波とEs層
地上の送信点から発射した電波がEs層に斜入射
したときの反射について述べよう。斜入射電波の簡
単なモデルを3図に示す。高度100kmにあるEs層の
1回反射で伝搬できる最大地表距離は約2200kmとな
り,このとき体Esが、20MHzであるとすると,正割法
則から約114MHzまでの周波数の電波がEs層で反
射されることになる。一方,これと同じ地表距離
を高度300kmにあるF2層の1回反射で伝搬する電波
の周波数は,foF2が夏季の最大値10MHzであるとす
ると,約30MHz以下となる。したがって,この場合
30MHzから114MHzまでのVHF帯電波はEs層反
射のみによって約2200kmnを伝搬することになる。
3図 Es層反射、F2層反射の概念図
Es層反射波による混信の影響を考慮する際に,
反射波の受信強度すなわちEs層の反射係数または
反射損失を知る必要がある。Es層の斜入射伝搬に
ついては,VHF帯電波が利用されはじめた昭和20
年代後半から,当所をはじめ関係研究機関において
実験・研究が盛んに行われており,その成果は当時
の周波数割当計画に反映された。我が国およびヨー
ロッパにおけるEs伝搬実験の結果を基に,Es層
反射損失と送受信点間距離(または入射角)および周
波数との関係がCCIR報告書にまとめられている。
放送等におけるVHF帯電波の送受信は通常水平
偏波成分を用いて行われている。水平偏波で送信さ
れた電波がEs層で反射された後の水平および鉛直
両偏波成分を検出するための受信実験の結果による
と,Es層反射後の水平,鉛直両偏波成分の強度は
ほぼ等しいことが報告されている。Es層反射波の
交差偏波成分の発生は,Es層内を伝搬するときの
偏波面のファラディ回転の効果によるものと考えら
れる。
当所では,Es混信障害への対処として,Es層の
動態および発生予測に関する研究を進めるため,電
波部電磁圏伝搬研究室と各電波観測所との共同によ
り,国内FM放送波受信観測を昭和57年度から実施
している。受信観測により得られたFM東京(80M
H2)放送波の各観測所(稚内,秋田,山川,沖縄)
における受信時間率の日変化は正午頃および19時頃
にピークを示している。
Es層の生成
Es層の構造,成因を調べるため,電離層観測に
加えてロケットや高出力の非干渉性散乱レーダ(I
Sレーダ)による観測が行われている。4図はロ
ケットによってEs層の電子密度分布を直接測定し
た例を示したものであり,高度102.5km付近に厚さ
1km弱,最大電子密度3.5×10^5cm^-3のEs層が観測
されている。ロケット観測と電離層観測の比較が
ら,一般にロケットで観測されるEs層の最大電子
密度はEs層のしやへい周波数fbEsに一致している。
このことは,foEsに対応する更に電子密度の高い電
離雲は斑状になっていて,そこヘロケットが突入す
る確率が小さいためと考えられる。先に述べたEs
層の半透明の性質もこれによって説明される。
4図 ロケット観測によるEs層電子密度分布
Es層の三種類の型のうち,極光型Es層は,オー
ロラ源となる粒子による電離作用およびオーロラ
にともなう強い電流と関連して発生する。磁気赤
道型Es層は,昼間磁気赤道に沿って流れる強い電
流と関連して発生する。両者ともに高度100km付近
のE領域における高速の電子流によって生ずる電子
密度ゆらぎがEs層反射の原因と考えられている。
一方中緯度型Es層は,極光型あるいは磁気赤道
型のEs層とは異なった機構で生成される。中緯度
では,地球磁場の方向が水平から傾きをもっており,
地球磁場の傾きとE領域における大気の東または西
向きの風との作用によって,イオンと電子は鉛直方
向に上または下向きに運動する。したがって,ある
高度を境にして風が上側で西向き,下側で東向きに
吹くようなずれ(shear)があると,その高度にイオ
ンと電子が集積して密度の高い薄い層が形成される。
このようなwind shearの説が現在最も有力である。
ただし,Es層のように密度の高い層がwind shear
で生成されるためには,イオンと電子が結合して消
滅する再結合反応の遅いイオンすなわち金属イオン
が集積することが必要である。実際ロケット観測に
よって金属イオン(Fe^+,Mg^+,Si^+等)がEs層中に
多量観測されており,Es層生成の有力な手がかり
となっている。金属イオンは流星起源と考えられ
るが,流星活動とEs層は単純には関連していない。
Es層出現の不規則性はwind shear発生あるいは金
属イオン分布の不規則性によるものと思われるが,
その予測は現在のところ困難である。
おわりに
VHF帯放送におけるEs層反射の混信障害対策
として,信号波と混信波を電波工学的に分離する手
法がNHK技術研究所で研究されており,その実用
化が望まれるところである。Es層反射は,VHF帯
およびHF帯の電波伝搬にとって影響が大きいにも
かかわらず,まだ充分に把握されていない点が多く,
FM放送波受信観測をはじめ種々の観測を総合して
Es層発生予測の道を開くための努力を続けてゆく
必要がある。
(電波部長)
第1表 委員会構成
諮問番号 | 委員会名 |
第1号 | CCIR委員会 |
第2号 | CCITT委員会 |
第3号 | CISPR委員会 |
第4号 | 電気通信網高度化委員会 |
第5号 | 光通信委員会 |
第6号 | 通信衛星利用技術委員会 |
第7号 | 移動体衛星通信委員会 |
第8号 | 静止プラットフォーム委員会 |
第9号 | 宇宙/地上周波数共用技術委員会 |
第10号 | 航空無線通信委員会 |
第11号 | 海上無線通信委員会 |
第12号 | 端末無線設備委員会 |
第13号 | 無線呼出業務用無線設備委員会 |
第14号 | 文字放送委員会 |
第15号 | ファクシミリ放送委員会 |
第16号 | 高精細度テレビジョン委員会 |
第17号 | 衛星テレビジョン有料方式委員会 |
第18号 | 衛星放送データ伝送委員会 |
第19号 | 電磁妨害問題委員会 |
第20号 | 推奨通信方式委員会 |
第21号 | 電波監視技術委員会 |
第22号 | 航空機無線電話委員会 |
第23号 | 自動車無線電話通信委員会 |
第2表 CCIR委員会の専門委員会
従来の電波技術審議会はその歴史も古く,昭和27
年にそれまでの電波監理委員会が廃止されたのに伴
って,郵政大臣の諮問機関として設置されたもので,
戦後の目覚ましい電波技術の発展と共に我が国の電
波行政に対してはかり知れない重要な役割を果して
きたものである。CCIRの研究調査事項を審議す
る第1部会は勿論のこと,一般無線を扱う第2部会,
電波障害に関する事項を扱う第3部会,放送関連の
第4部会,電波利用将来システムを扱う第5部会と,
いずれの分野に対しても極めて精力的な審議活動が
展開されてきたものである。
今回,新審議会へ提出された諮問事項は,上記電
波技術審議会各部会あるいは,電気通信審議会技術
部会で審議されてきたものの継続事項と,新規諮問
事項から成っており,当所からも多数の専門委員並
びに調査研究員が指命されている。
これまで当所職員は,主として電波技術審議会の
部内専門委員という形で参画し,多大の貢献をなし
てきたが,今後は同じくこの4月に実施された当所
機構改革の主旨に沿い,総合電気通信並びに電波利
用技術の研究開発を背景にして,新発足審議会に向
けてより一層の貢献をして行こうとするものである。
機構改革に伴って,電波研究所諸規定の改訂作業が
行われているが,電気通信技術審議会への寄与に関
しても,所として有効かつ組織的に対処すべく体制
の見直しが行われているところである。従来,CC
IRへの寄与文書等に関する電波研究所の方針,電
波技術審議会への寄与すべき事項のうちCCIRに
関すること並びにその他所長が必要と認めた事項に
ついて円滑に取りまとめを行うために次長を委員長
とする「電波研究所CCIR等対策委員会」が設置
され,重要な役割を果たしてきたが,審議会の改組
に伴い,全諮問事項に対してより積極的に寄与し,電
気通信行政の展開に貢献するため,上記委員会を廃
止し,新たに「電気通信技術審議会等対策委員会」
を設置すべく検討が進められている。CCIRは周
知のごとく無線通信に関する技術や運用の問題につ
いて研究し,意見を表明することを任務とするIT
U(国際電気通信連合)の常設機関であり,13のS
G(研究委員会)によって運営されているが,通常
4年毎に開催される総会を来年5月(第16回)にひ
かえ,今年は9月から11月にかけて最終会議が開か
れる重要な年である。現在のCCIRの研究活動の
主な事項は,周波数スペクトラムの有効利用,電波
天文,月以遠の深宇宙研究,地球探査衛星,通信衛
星,放送衛星,静止衛星軌道の有効利用,電波伝搬,
世界標準時,移動無線システム,自動車公衆電話,
ポケットベル,ディジタル無線中継方式,高品位T
V,ディジタルTVなど極めて広い分野にまたがっ
ている。特に周波数並びに静止衛星軌道のプラン化
の問題は微妙な国際的南北問題と絡んで深刻であり,
このための世界無線通信主管庁会議(WARC-ORB)
が1985年及び88年の2回に分けて開催されることと
なっている。この重要な時期に主管庁所属の研究所
としての役割を十分に果し得るよう早急に所内の体
制を整備することが肝要である。
(企画調査部長)
春は一面にたんぽぽの黄色。これが綿毛に変る頃 は,一斉に春女苑の白い花がとって代る。この花は 近づいてみると,ほんのりと薄紅をさしていて名に 背かない色気がある。何れも帰化植物で,在来種の たんぽぽは,西側の塀際にやっと小数が生き残って いるのが見られる。五月晴れの昼休みに,小綬鶏の 派手な声を聞きながら歩いて見ると,日当たりの良 い所に,庭石菖やぶでりんどうが咲き広がっている。 庭石菖も,明治の中頃渡って来た北アメリカ産の帰 化植物という。
この赤松疎林は,面積は小さいものの,電波研が 誕生した頃は唯の畑跡の草地だった所で,風で飛ん で来た実生のみによって生成した全くの自然林で, 「この地方の第一次自然林は赤松林であった」とする 説を首肯させる。構内北側は,武蔵野の代表的風景 を構成していた檪を主体とする雑木林で,これが薪 炭を採るために開拓民が造成した林の名残りである のに対して,赤松疎林は,その一代前の租風景を今 に見せてくれていることになる。もっとも雑木林の 方も,今は生活から完全に切り離されて,甲虫の遊 ぶ自然林となっている。
いずれにしても,このような林は,周辺の宅地化 が進むにつれて,貴重な風景となっているが,小鳥 にとっても同じらしく,五月の下旬から6月にかけ ての気持の良い朝には,郭公の鳴き声が聞かれるよ うになった。昔にはとんと記憶にない事なので,最 近,遠い南国から飛来して来た時の中継休息点にこ の林を選ぶようになったと思われる。理由はとも角 「かっこう」と聞えて来る時の爽やかさは格別である( 郭公の初音を日記を繰ってみると,一昨々年から, 6月18日,6月10日,5月28日,そして今年が5月 17日と,なぜか年と共に早い日付けに繰り上ってい る。本当にこの林を通過する日が早くなっているの か,あるいは郭公を待ちわびる気持が毎年強くなっ て,今まで聞き逃がしていたものを耳に捕えるよう になったものか,はっきりしない。
東側は東京学芸大学で,その4階建の校舎群のス カイラインを更に突き抜いて円錘形の樹形が見える( 西側の住宅地にも,二階の屋根よりはるかに高く同 じ樹形が一本見える。生きている化石と呼ばれるメ タセコイヤである。この木は,化石が近畿地方で発 見され北米の巨木セコイヤに似る事から名付けられ たのが昭和16年。現存樹は2年後の1943年,中国四 川省境の湖北省で神木として祀られているのが発見 された。戦争動乱を縫った中国と米国の学者達の努 力によって,種子が米国に持ち出されたのが1948年 年1月。日本には,なんと翌年の昭和24年に献上さ れて皇居に植えられたという。その後瞬く間に日本 中に広がったと記録されている。電波研の中庭にも 若木が一本,さりげなく植えられている。このよう に生長力のある木がなぜ日本で絶滅したのだろう?
標準測定部では,我が国で最も正確な時計である
周波数一次標準器を維持している。10^-13〜10^-14とい
う通常の生活レベルでは考えられないような高精度
なので,判り易く「2台の原子時計が1秒ずれるの
に数十万年以上かかる」というような表現で,一般
の人々にその度合を理解してもらおうとしている。
今,更に1〜2桁改良する研究を始めている。「数百
万年一数千万年後に1秒」とこの表現を言い直す日
が一日も近い事を祈っている。
(標準測定部長)
さて今回の機構改革であるが,研究の現状に合わ せるためにまず入れ物である組織を改革したと私は 考える。将来に向けての改革はテーマ,運営方法, 意識といったソフトウェアであり,今後も続けて行 がねばならない。私は工学の分野にいるのでこの分 野の研究開発について考えるが,思いおこすのはあ のエジソン(1847−1931)である。
彼の偉大さの4つは組織的研究開発の手法を用い たことである。それまでは個人の能力と活動に負う 研究室の大きさの研究活動であった。米国の活力の 源は自由主義に加えて,様々な能力の人々を組織化 して成果を得るシステムにあるように思える。組織 的すなわち管理は自由と相反するとして特に研究所 においては嫌われる雰囲気にあるが,管理のない社 会はなく両者のほど良い融合は見出せるはずである。
ここまで書いてみるとやはり第1打は力が入って ボールは右に曲ってしまったようだ。
さて,我が衛星通信研究室の所掌はというと通信 衛星と放送衛星の両方を含み広い。この分野の研究 は非常に実用に近い。従って常にシステムという事 と実用という事を念頭に置き社会に使ってもらえる ものを目指さねばならない。システムの中の要素技 術の研究をすべて室内で行うことは出来ないので他 の研究室の支援を必要とするが,室内にも何らかの 要素技術のエキスパートを育てたいものである。
さて室員の紹介に移ろう。我が研究室員の特徴は 皆,外の社会を味わってきていることである。
土屋はNASDAにおいて,初の静止軌道投入の
大変な時期を過ごした。趣味のはり絵を文化展で見
られた方も多いであろう。山崎は南極越冬の経験を
持つ室内で唯一人の紳士であるがスキーは一級を持
っている。長は現在北海道大学へ国内留学中である。
自転車競技のトレーニングを続けていることであろ
う。吉本は通信・放送衛星機構,君津衛星管制セン
ターで通信衛星の方を担当した。嫁さんの仕様はか
なりきびしいように見えるが,仕様変更にすぐに応
じる気配もある。興味の範囲は広く,何が趣味がよ
くわからない。村田も君津センターで通信衛星を担
当した。彼は鹿島支所でも君津でもアマチュア無線
のクラブ局を設立している。つりの方は海,湖両刀
である。新人の川又は2年の社会生活を経て電波研
へ入ってきた好青年である。さて次は6月初めに復
職した西田である。彼は海での事故で頸椎を損傷し
下半身不随である。しかしその強い意志で電波研に
もどってきた。むずかしい問題もあるが各方面の御
協力をお願いしたい。最後の私も衛星機構を経験し
ている。社会人の気くばりを皆が持ちあわせており,
大変良い雰囲気にあると思っている。
(橋本和彦)
左より 村田、土屋、山崎、吉本、川又、西田、橋本
米沢 利之氏叙勲
うるう秒の調整
MUレーダ利用のラスレーダ実験速報
第1回日米VLBI本実験の成果
中国のVLBI研究者の滞在
標準電波で通報する標準時(協定世界時:UTC)は,
今年7月1に,2年ぶりにうるう秒そう入の調整が行わ
われる。これは,うるう秒の制度が昭和47年に発足して
から13年経過し,今回で13同目の調整となる。この間,
調整の間隔は最初が半年,その後1年が7回,1年半が
1回入ってまた1年が2回続き,今回の2年の間隔は初
めてのことである。この理由は,いずれもうるう秒の調
整が,地球自転時である世界時(UT1)の変動に対応
したためで,最近のUT1のUTCに対する傾向は,1
日で約1.5ミリ秒の遅れ,1年では約0.6秒の遅れとな
っている。
うるう秒調整を行う日時は,日本時間で1月または7
月の1日を第一優先日,4月または10月の1日を第二優
先日とし,これらの日の9時(UTC零時)の直前とさ
れており,パリの国際報時局(BIH)が実施の決定を
行う。
第二特別研究室は,当所で製作したパルス音波発生装
置と京都大学超高層電波研究センターのMUレーダを組
合せた対流圏・成層圏を探査するラスレーダ実験を昭和
60年3月に行った。結果は,高度4〜8km上空からのエ
コー受信に成功しラス・エコー高度としては,これが世
界最初である。原理は,上空へ発射したパルス音波をM
Uレーダで追跡しドップラー効果を利用して音速を測る。
音速は,音速が絶体温度の平方根に比例する関係式を了吏
って絶体温度Kに換算される。従って,ドップラー周波
数偏移の時々刻々の測定から気温高度分布が求まる。測
定した気温高度分布は,気象庁の潮岬,輪島,米子測候
所のゾンデで得られたデータと比較された。測定値はM
Uレーダのある信楽に最も近い潮岬のデータと逓減率,
絶体値とも1℃程度の誤差でよい一致がみられた。これ
らの結果は,測定高度での風速40m/s下の値であり,こ
れにより成層圏における気温測定の可能性が強まった。次
同の実験は,風の比較的弱い夏期に予定し準備中である。
電波研究所は,米国航空宇宙局(NASA)と協力し
て昭和59年7月から9月まで第1回日米VLBI本実験
を実施した。この実験には,日本(鹿島局),米国のほか,
カナダ,西独及びスウェーデンの計5簡国,20のVLB
I局が参加しており,電波研究所鹿島局は太平洋に面
したフェアバングス(アラスカ),モハービ(カリフォル
ニア),カウアイ(ハワイ),クェゼリン(マーシャル群島)
等を含む環大平洋観測網と,ウェッツエル(西独)のほ
かフェアバンクス,モハービ,へイスタック(マサチュ
ーセッツ)を含んだ北極を囲む観測網に参加した。
この実験により得られた主要な成果は,@鹿島局と参
加各局とを結ぶ6本の基線長を3cm以下の誤差で決定し
たこと,A鹿島−モハービ間基線長が半年前のシステム
レベル実験の結果と1cm以下の差で一致したこと,B日
本列島の位置の,現在地Plに使用されている日本測地座
標系からのずれが860.88mであることがわかった。これ
らのことから地殻プレート運動の実測が可能となった。
本年2月25日より3月31日まで,中国上海天文台の呉
準教授が電波研究所の主に鹿島支所に滞在し,日中
共同VLBI実験のための打合せや,日本のVLBIシ
ステムに関する調査を行った。当所と上海天文台とは「
日中科学技術協力協定」により,日中間でVLBI実験
を行うことで合意しており,この実験を推進するための
専門家の交換として呉準教授の当所滞在が実現した。この
滞在期間中に鹿島の各担当者と呉準教授との間で日中共同
実験へむけての多くの有益な討論を行うことができた。
鹿島の若い担当者と夜おそくまで話し合ったり,卓球を
楽しんだりして,英語や筆談により大いに交流が深めら
れた。呉準教授の滞在により,中国の事情や,日中両国間
の差異について学ぶことができ,中国が非常に身近に感
じられるようになった点も大きな収穫であったといえる。
日中共同実験は本年9月に試験的観測を実施し,来年
度より本格実験に入る予定である。