小容量衛星通信システム


浜本 直和

  

はじめに
 昭和58年に実用通信衛星「さくら」(CS-2)が 打ち上げられ,国内通信も本格的な衛星通信の時代 を迎えつつある。そのような中で最近注目を集めて いるものに小容量衛星通信システムがあり,その一 例として当所で行っているパイロット計画が挙げら れる。現在、パイロット計画に参加している民間企 業の地球局は20局以上もあり,通信システムの開発 が行われている。またパイロット計画以外にも,国 鉄,警察,電事連,消防庁等が専用自営回線として CS-2を利用している。
 このように小容量衛星通信が普及するにつれ,利 用者の数は増大し,また利用形態も多様化してくる。 ここでは,そのような小容量衛星通信の特徴,利用 分野,実現のための技術について紹介したい。
  

小容量衛星通信の特徴
 衛星回線は,広域性,同報性,回線の安定性,広 域移動通信の可能性等の特徴を持っているが,その 外に利用者が自由に同線網を構築できるという利点 がある。これは,今までの有線系の公衆回線では実 現が困難であったものであり,小容量衛星通信が注 目されている大きな理由の一つであろう。すなわち, 利用者は必要に応じた通信システムを持つ地球局を 用意するだけで,さまざまに応用できる。また,車 載局のような移動地球局を用意すれば,非常災害用 ばかりでなく,通常の回線として使用することによ り,利用者の活動範囲を大きく広げることが可能と なる。
 さらに衛星回線の場合には,地上マイクロ回線の ような中継施設を必要としないため,保守費を含め た通信コストが通信距離に依存しない。このことは, 各地に点在した事業所を持つような事業体等には有 利な特徴となる。
 一方,衛星搭載中継器を使用する小容量衛星通信 にもいくつかの問題がある。特に大容量通信用に設 計されたCS-2のような広帯域の中継器では,同 一中継器を多数の利用者が独立に使用するため,中 継器利用効率が低い。また,利用効率を向上させる ためには,複雑な回線制御システムが必要になる。
 また,利用者側が負担しなければならない地球 局コストや衛星使用料が高いといった基本的問題が あるが,これは将来の需要の増大,衛星の大型化等 を待たねば解決できないと思われる。
  

衛星回線網の形態
 小容量衛星通信では,回線網の自由な構築が可能 なため,利用分野も多様なものが考えられる。それ らを回線網の形態から見ると,既存電話的な形態と ネットワークシステム的形態とに分類できるであろ う。既存電話的な形態では,図1(1)に示すような1 対1の通信を基本とする極めて単純な回線網を構成 しており,利用者間の電話連絡や2局間のデータ, ファイル転送等がこれにあたる。このような形態で は,衛星回線における耐災害性及び広域移動通信の 可能性といった特徴が発揮される利用形態である。 一方,ネットワークシステム的形態では,各利用者 グループ内あるいはグループ問において図1(2)〜(4) に示すような回線網が構成され,多種多様な通信が 行われる。これらの回線網では,1対多数,多数対 多数,あるいは両者が複雑に組合さったものがあり, 組織内等の自営専用回線や同報通信システムとして 利用され,組織の情報伝達や処理に重要な役割を果 す。このような形態は,衛星回線の網構成の柔軟性 や同報性を積極的に利用したものである。


図1 衛星回線網の形態

  

利用分野
 既存電話的な利用分野としては,地上無線系で行 われているパーソナル無線やMCAシステムを衛星 回線に応用したものが考えられる。これらは,何ら かの制御のもとに衛星回線による個人間通信を可能 とするもので,地球局の超小型化,軽量化が達成さ れれば,広域性,可搬性の点で利用価値は大きい。 また,1対1のデータやファイル転送の利用としては, 銀行や企業等のデータベース問の高速転送や地上回 線網に対するバックアップシステムとして有効である。
 ネットワークシステム的利用では,企業等組織内 データネットワークシステム,紙面伝送システム, データ収集及びテレコマンドシステム,ニューメデ ィアヘの応用等が考えられる。
 企業等組織内データネットワークシステムでは, コンピュータや端末を複数接続したLAN(Local Area Net-work)を衛星回線に応用したものや,高 速ファクシミリ伝送,電子メール,TV会議システ ム等が考えられる。これらのシステムを統合的に一 つのシステムとしてまとめることにより,効率的な ネットワークシステムが可能になる。
 紙面伝送システムは,衛星回線の同報性を利用し て新聞紙面の原版を本社から各支社の印刷システム へ供給するものである。この場合,高速で高品質の 伝送が可能である。また紙面伝送を行う時間率はそ れ程高くはないので,あき時間を利用したデータネ ットワーク回線としての利用も可能である。さらに, 紙面作成がコンピュータによる自動化システムで行 われるようになると,紙面伝送システムというより も,コンピュータ間をつなぐ高速データネットワー クシステムに発展することが考えられる。
 データ収集及びテレコマンドシステムでは,山間 僻地に点在する気象観測装置やダム,河川等の水位, 水量観測器からのデータを中央で収集したり,逆に 観測器や水門,バルブ等の遠隔操作等を中央からの 指令で行うようなシステムである。このような回線 は非常に低速であるが回線数が多い。また,データ収 集システムの応用として,各家庭の電気,水道,ガ ス等の自動検針システムも考えられるが,都市部で は地上回線網が十分に発達していることや,各家庭 からのデータ量はそれ程多くないことから,衛星回 線を利用するメリットはあまりないといえる。
 ニューメディアへの応用としては,CATV,双 方向CATV,画像や文字による情報サービス等が ある。これらは地上回線網を主体としたものである が,衛星回線の高速性,同報性,双方向性を積極的 に利用することにより,さらに便利なシステムにな る可能性がある。
  

小容量衛星通信用地球局技術
 以上述べてきた小容量衛星通信の利用分野を実現 するためには,経済的でかつ利用目的に適した地球 局や通信方式を開発しなければならない。
 地球局の開発は,二つの方向がある。一つは衛星 回線をパーソナル化するための超小型化であり,も う一つは,ビル屋上等に設置できるような簡易固定 局のタイプである。前者の超小型化は,人が手で楽 に運搬できるところまで進まないと実用的な価値は ない。そのためには,アンテナの小型軽量化,ある いはフェーズドアレイタイプのアンテナが必要であ る。また,送信機,受信機の固体化,高効率化も必 要である。但し,超小型化では,送信機出力は1W もあれば十分であろう。また低速伝送では,周波数 の安定度も重要な課題であり,振動や温度条件の厳 しいところでも高安定な発振源が必要となる。さら に重要なものとして,電源を確保するための小型軽 量で容量の十分大きなバッテリーが必要である。こ のような超小型局を用いた通信では,相手局が常に アンテナを衛星に向けて待ち受けているわけではな いので,超小型局同士の対向通信には運用上制限が ある。そこで,このような通信形態では基地局を用 いた蓄積交換方式が一つの運用方法として考えられ る。


図2 超小型地球局想像図

 簡易固定局タイプの地球局は,自営専用回線やデ ータ収集システム用中央局に用いられるもので,ビ ルの屋上等に設置される場合が多い。このようなタ イプのアンテナは軽量でかつ耐久性が要求される。 また直径が5mくらいになると自動追尾機能も必要 になる。逆に2m程度のアンテナではビーム幅が広 いため,精度の良い追尾機能は不要で,ビーム形状を 仰角方向に広くして衛星の日周運動に対応しただけ のものもある。送受信機は固体化が望ましいが,伝 送容量,信号数の増大に対処するため,20W級の電 力増幅器が用いられる。この場合,複数の信号によ る相互変調積成分の発生を押える工夫として,リニ アライザーによる非線形補償技術が開発されている。 自営専用回線等では,回線の安定性も重要な課題で, 特に準ミリ波帯以上の周波数を用いる場合は送信電 力制御のような降雨補償対策が必要となる。また, 多数の簡易固定局タイプの地球局から,種々の伝送 速度,変調方式の信号が,一中継器に入力される場 合,お互いの信号間の干渉を最小にしつつ,中継器 電力や帯域を有効に使う技術が必要となる。例えば SCPC方式では最適チャネル配列の設定をどうする か,中継器動作点をどこに設定するかといった問題 を解決しなければならない。また独立した利用者が, それぞれ独自のシステムを構築するよりも,一中継 器に用いられる通信方式を標準化し,各利用者がそ の標準システムに参人するような形態も考えられる。 このような標準システムとしてどのようなものが最 適であるのかは今後研究していかねばならない。
 最後に,当研究室で検討中の準ミリ波帯を用いた 超小型地球局の想像図を図2に示す。このシステム は,基地局対向を主とした通信システムで,100bps 程度の伝送速度で音声認識,音声合成技術を用いた 簡単な会話ができるものである。このようなスーツ ケースタイプの地球局を持ち歩ける日が来るのも, それ程遠いことではないであろう。

(鹿島支所 第二宇宙通信研究室 主任研究官)




EMSS海上ディジタル通信実験


長谷 良裕

  

はじめに
 昭和62年に打上げられる予定の技術試験衛星V型 (ETS-V)を用いた移動体衛星通信実験システム (Experimental Mobile Satellite System:EMSS)の 計画が当所を中心に進められている(計画の概要に ついては「電波研究所ニュース」No.101の記事を参 照)。このシステムでは,静止衛星を使って30トン 程度の小さな船との通信を考えており,船に積む通 信装置はなるべく小型・軽量にする必要がある。ア ンテナを小さくすると,衛星から直接来る電波と海 面で反射して来る電波とが干渉し合う(フェージン グ)ため,通信の品質が劣化してしまう。この劣 化は,ディジタル回線の場合(EMSSでは電話の 音声もディジタル化して伝送することを考えている) データの誤りとなって表われる。そのため,実際の 通信システムを作り上げる前に,現実の海では,ど れ程のフェージングによって,データの誤りがどの 程度起こり,そのためにハードウェアの性能はどの 程度のものを用意すれば良いのか,符号化方式はど の様なものが良いのか,等を事前に検討しておく必 要がある。そこで,海上でのディジタル通信実験を 昨年12月に行ったので,その概要を簡単に紹介する。
  

実験の概要
 実験は,福井県三方郡美浜町の若狭湾で行った。 この場所では,昭和55年にも,電波伝搬特性(フェ ージング量等)の測定を中心とした実験を行ってお り,実験の準備はスムーズに出来た。実験は1.5GHz 帯の電波を用い,写真に示すごとく,対岸の山頂 (標高約300m)・に送信装置を置いて実施した。受信 はEMSSで使用が予想される直径40pのショート バックファイア(SBF)アンテナと現在インマルサ ットで使われている直径1.2mのパラボラアンテナ を使い,それらを鉄塔に取付け(送受信距離3.8q, 仰角4.5°),ウインチにより高さを変えられる様にし てある。測定した項目は,2つのアンテナのそれぞ れの受信電力及び受信信号間の位相差,復調した信 号のビット誤り率,誤り発生パターン等と電波の反 射点付近の海面上に波高測定用ブイを設置して波浪 のデータも同時に取得した。なお,伴せて,9GHz 帯での電波伝搬特性の測定も行った。


実験の様子

  

実験結果
 図1に実験結果の一例を示す。上からSBFアン テナの受信電力,パラボラアンテナの受信電力,両 アンテナ間の位相差,それにSBFアンテナで受信 した信号のビット誤り率の変化で,横軸は時間の経 過(単位は秒)を示している。このデータは,比較 的波の少ない状態のデータであるが,SBFアンテ ナでは8dB程度のフェージングを生じており,変動 は受信電力,位相差共にゆっくりとしていることが わかる。受信電力が低下した時に対応して,ビット 誤り率が増大しているのが良くわかる。図2は,受 信電力とビット誤り率の相関関係(動特性)をグラ フにしたもので,図中の実線は実験室での測定値 (静特性)を示す。海面反射でのフェージングでは, 静特性と動特性の差が小さく,システムの設計の際 に動特性をそれ程考慮する必要のないことを示して いる。このほか,誤り発生パターンやバースト誤り に関する解析も進めている。


図1 実験データの一例


図2 受信電力とビット誤り率

  

おわりに
 今回の実験により,今後のEMSS計画にとって 色々と参考になるデータが得られた。しかし,実験 期間中は,予想に反して暖かく穏やかな日々が続き, 波の高い時のデータが得られなかったのが残念であ った。今回測定した誤り発生パターンを用いて,今 後,誤り訂正符号の効果を確かめる実験等もやって みたいと思っている。
 EMSS計画では,船舶用の通信装置の製作を今 年度に予定している。実際の船で受信する場合は, 波浪だけでなく,船の揺れによる変動も加わり多少 事情が複雑になるが,基本的には今回の結果が参考 となるので,この実験を装置の設計に役立てたいと 思っている。
 最後に,今回の実験に御協力いただいた関係各位 に感謝すると共に,今後のEMSS計画に対しての 御理解及び御指導をお願い致します。

(宇宙通信部 移動体通信研究室 研究官)




アンテナの近傍界測定(NFM)システムの開発


手代木 扶

  

はじめに
 電波の利用形態が複雑化しアンテナにも高度な技 術が導入されるようになると,放射特性の測定にも それに応じた高い精度が求められるようになってく る。特に,マルチビームアンテナのように大形化, 多機能化,高性能化する今後の衛星用アンテナ開発 のためには,精度と信頼性の高いアンテナの試験・ 解析法の確立が不可欠である。
 アンテナの近傍界測定法(NFM)はアンテナ近傍 の電界(又は磁界)分布を測定し,厳密な電磁界理 論に基づいて遠方放射特性(指向性,利得等)を計 算で求める方法で,比較的狭い電波無反射室内でも 大口径アンテナを高い精度で測定でき,しかも天候 や電波干渉,伝搬媒質の影響を受けずに安定した測 定が可能である。
 わが国においては,特に大都市周辺では十分な広 さと周囲の環境に恵まれた屋外試験場を確保するの は容易でなく,実用的で経済的なNFM技術の開発 と測定法としての技術基準の確立が強く求められて いる。
 このようなことから当所では,アンテナ研究基盤 整備の一つとして,55年度から続けている「衛星用 マルチビームアンテナの研究」のプロジェクトの中 で,平面NFMに基づく「アンテナ特性解析システ ム」を3年間で開発することとし,59年度,整備に 着手した。
 NFMには平面,円筒面,球面の3つの走査方式 がある。このうち平面走査は指向性の鋭いアンテナ に適していること,アンテナ及びマウントを固定し たまま測定できること等の外,アンテナの励振分布 の欠陥を見つける,いわゆる「アンテナの診断」が 容易に行えるので,設計者はそれに対する処方箋を 書くことができるという長所がある。また,このシ ステムはアンテナの試験・解析の外に電波の散乱や 回折の研究にも役立つことから,できる限り走査範 囲の大きい平面NFMシステムとすることにした。
  

アンテナ特性解析システムの概要
 システムの検討は旧第三衛星通信研究室が中心に なって行っていたが,58年度に,所内の各研究室や 特に実験に興味を持つ個人を対象にアンケート調査 を行い,提案された要望を開発するシステムに反映 させるようにした。
 最終的に選定したものは水平ボアサイト方式でX -Y走査の平面NFMシステムである。プローブを 走査するスキャナは,必要な走査精度を確保する見 通しが得られたので,コストの面から有利なタワー 形を採用した。スキャナの走査範囲は今後の宇宙用 アンテナの大形化を考慮して4m×4mとすること とし,また,周波数は60GHzまで使用できるように, スキャナの平面度誤差の目標を0.1oとしている。 下限周波数は主に電波吸収材料の特性でほとんど決 るが,このシステムでは300MHzまでカバーするこ とにしている。図に本アンテナ特性解析システムの 構成を示す。


アンテナ特性解析システム構成図

 測定はシステム制御計算機に走査範囲,走査速度, サンプリング間隔等を入力すると自動的に行われる。 すなわち,プローブはプローブ駆動制御装置を介し て制御され,被試験アンテナ近傍の開口平面上を走 査する。プローブの位置はマグネスケールを用いた 位置検出装置で読みとられ,定められたサンプリン グ点に達すると,プローブ駆動制御装置がら割込み 信号を発生し,この信号で受信機のデータを取込む。
 近傍界データは一般に膨大な量であり,且つ近傍 界/遠方界変換の計算機処理も大がかりな計算とな るので,当面は収集した近傍界データを磁気テープ に記録し,最終処理は共通大型計算機ACOS850/10 で行うことにしている。
 スキャナは前述のように経済性に優れたタワー形 である。これは構造が単純であるため設計や組立て 工数が少ないことによる。ただし,この方式の欠点 はタワー上部に行く程剛性が弱くなり,プローブ位 置精度の劣化が心配になる。特にプローブで受信し た信号を伝送するケープルを保持するためのケーブ ルガイドアームによってタワー部に力が加わるのが 問題である。そこで,カウンタウェイトを用いて, プローブに力が作用しないスキャナを現在開発中で ある。
  

電波無反射室設備
 開口の大きいアンテナはNFMで測定せざるを得 ないが,小さなアンテナは遠方界測定の方が簡単で ある。このため本システムでは両方の測定を併用で きるようにしてある。すなわち,電波無反射室はN FMを行うためのA室(幅11m,奥行き6.5m,高さ6 m)とこれにつながるB室(4.5mの立方体)とで T字を構成するようになっており,遠方界測定では 7mのアンテナ間距離がとれる。電波吸収材として はランテッグ社のEHP-24 とEHP-18の2種類を使っ ている。
 精密な測定ではスキャナの 熱変形が問題となるので,電 波無反射室は大形の空調装置 で温度制御するようにしてい る。
 大形アンテナの搬入・搬出 のためB室に幅3m,高さ3.5 mの大扉が設けてある。また, この入口からスキャナまでレ ールが取付けられており,被 試験アンテナはごの上を台車 に載せて運ばれる。
  

研究計画
 現在,敷地最南端に実験庁 舎及び電波無反射室の一部が 完成している。今年度中に4mスキャナやシステム 制御系を整備し,全システムは61年度の早い時期に 完成する予定である。
 通信装置研究室では,今後,上記ハードウェアの 開発と並行して
 (1) NFMデータから遠方放射特性を決定する計 算機プログラムの関発
 (2) 各種アンテナ(マルチビームアレー,展開ア ンテナ,航空機搭載フェーズドアレー等)に よるNFM法の実証
 (3) NFMの測定精度の研究と技術基準の確立
を当面のターゲットとして取組む計画である。
 更に,NFMシステムはアンテナ測定以外に,電 波ホログラフィや各種散乱体による電波散乱等電波 に関する様々な実験研究に強力な手段を提供するも のであり,より幅広い利用の開拓を求めて,大きな 発展が期待される。
 早期完成のためにご支援をお願いする次第である。

(通信技術部 通信装置研究室長)




南極越冬報告


電離層定常観測


山本 伸一

 第25次南極地域観測隊電離層定常担当として約一 年間昭和基地に滞在し,今年3月25日帰国した。基 地では電離層棟と呼ばれる建物で各種観測を行った。 電離層棟は16.8m×6mの床面積を持つ高床式の建 物で,観測機器,居住空間,暗室等が効率良く配置 されており,ブリザード等の悪天候時に孤立するこ とを考え,簡単な調理道具や寝泊りできる設備も備 わっており,居住性は大変良い。観測は,電離層観 測をはじめオーロラレーダ,リオメータ,オメガ, 短波電界強度測定,VHFドップラー,NNSSの 7項目で,25次では1名でこれら全ての観測と機器 及びアンテナの保守を行った。棟内での仕事は,温 かく比較的楽であるが,屋外の厳しい寒さの中での アンテナ保守は大変である。また,仕事場と住居が 同じ場所なので確固たる意思を持って自分の時間を 作らないといつも仕事をしているようになってしま う。この様に書くと南極は大変な事ばかり,と思わ れてしまうが,その反面楽しい事も数多くある。先 ず,夜空を乱舞するオーロラの美しさ,プラネタリ ウム並みの星の数にも驚かされた。また,天の川が 本当に川の様に見えたのは 生まれて初めての事であっ た。ペンギンやアザラシも 愛嬌があって何時間見てい ても飽きることがない。
 最後になりましたが,こ のような機会を与えて下さ った関係各位に深く感謝致 します。

(電波部 電波媒質研究室)



密群氷帯で難航する“しらせ”

通 信


藪馬 尚

 このたび,25次南極地域観測隊の通信担当及び隊 長付として越冬隊に参加する機会を得た。
 思いかえすと,11年前に14次隊で,超高層物理部 門の隊員として越冬したとき,多少,通信部門の手 助けをした覚えはあるが,本格的に通信を仕事とし て業務についたのは,昭和30年頃の漁船の通信士時 代以来,約30年ぶりということになる。越冬中に知 命(50歳)を越えた自分としては,最早,かつての北 洋漁場や南太平洋での,鱈や鮭鱒,或いは鮪や鰹を 追っての漁船同士のはげしい暗号合戦,すさまじい 混信通信の緊迫感等は,遠い日の夢の中の出来事の ように,時折“ふ”と思い出すぐらいのもので,ま さか,この年になって,現業で電鍵をたたける日が 今一度やってこようとは思ってもいなかった。本当 に久し振りに,南極圏の外国基地や日本との交信を 充分に楽しませてもらった。
 越冬中,厳寒期に向かわんとする昭和59年5月に, 昭和基地開びゃく以来の本格的な雨に見まわれ,雨 については,全く対策のほどこされていない基地の 建物が随所で雨漏りを生じるという珍事があった。 また,7月には,火災で作 業棟,工作棟を全焼し,厳 しい冬期間,雪上車等の整 備を外で行なわなければな らなくなる等,天災人災と もに大きな出来事が続いた。 通信もさることながら隊長 付の職務にもなにかと忙し い1年間であった。

(宇宙通信部 移動体通信研究室)



短 信



電波の日表彰について


 6月1日第35回電波の日に当り,スペースシャトルに よる日米共同実験の成功と,技術試験衛星「きく2号」 による電波伝搬実験の成功に多大の貢献をされた次の4 関係者に対し,電波研究所長から表彰状ならびに感謝状 がそれぞれ贈呈された。
「表彰状」昭和航空株式会社専務取締役 北原国治:航 空機搭載マイクロ波散乱計を用いた各種飛行実験に当り, 危険で困難な飛行を優秀な技術,豊富な経験,沈着な判 断をもって遂行された。
 元秋田県立農業短期大学教授 平野哲也:スペースシ ャトル映像レーダ計画の遅れに対応し,稲の収穫時期の 調整に協力された。
「感謝状」鹿島町立高松中学校,神栖町立神栖第二中学 校:技術試験衛星「きく2号」による電波伝搬実験用雨 量計及びデータ伝送装置の設置場所を多年にわたり提供 された。



第30回 前島賞受賞


 6月7日,古濱洋治電波部大気圏伝搬研究室長は,逓 信協会から第30回前島賞を受賞した。本賞は逓信事業の 創始者前島密の功績を記念し昭和30年度に創設され逓信 事業の進歩発展に著しく貢献した者に贈られるもので, 毎年約十数名が受賞している。今回の受賞は,当所から は第27回の小口第三特別研究室長に続いて10人目である。
 表彰の対象となった研究は「ミリ波帯電波利用の開発」 である。古濱室長は,昭和52年度より本研究に従事し, 長期間にわたる伝搬実験を通して降雨減衰特性を解明す るとともに,無線通信の回線設計に必要とされる降雨減 衰推定法を開発するなど,ミリ波開発に大きく貢献した。 また,短距離区間において音声,データ,映像情報など を簡単に伝送するための50GHz帯における小型・軽量の 無線通信システムの開発を行い,その有効性を実証した。 本研究は,無線通信の分野においては最先端の研究とし て高く評価され,周波数有効利用の面で国内はもとより 世界的にも多大の貢献をした。



SIR-B実験の初期成果発表


 59年10月に,本所衛星計測部を中心に四つの支所・観 測所及び多くの関連機関の協力を得て実施したシャトル 映像レーダ(SIR-B)実験において,当所が提案した 三つの実験項目(1. 標準反射体による映像レーダの較正 実験,2. 稲作地帯観測実験,3. 海洋の擬似油汚染観測実 験)についての貴重なデータとともに我が国の陸と海に 関する興味ある映像が多数得られた。SIR-Bデータ と,各実験サイトで取得した実況データとを合せて解析 を進めており,このほどその初期結果をとりまとめた。 NASAと当所で取り交わしたSIR-B実験参加条項 に基づき,5月13日から米国JPLで開かれた報告会に 先ず発表し,6月12日の当所研究発表会で成果の詳細を 公表した。6月4日の記者発表では,記者の関心が上記 三項目の実験結果以上に,副産物として得られた我が国 土のマイクロ波映像に集まり,翌日の新聞,TV等で瀬 戸内海で工事中の本四架橋の映像を中心に広く報道され た。今後,宇宙開発委員会懇談会,電子通信学会等で発 表の予定。