光通信に関する最近の動向


林 理三雄

  

1.はじめに
 光通信の発展のきっかけは,1970年にほぼ時を同 じくして,損失20dB/qの光ファイバ及び室温で の連続発振半導体レーザ開発の発表があってからで あろう。それから10年余り経た現在,光ファイバは 次々と低損失化や長尺・量産・低廉化に成功し,ま た,半導体レーザも寿命数万時間以上の高品質・高 信頼化が進み,実用期に達している。光通信と言え ば光ファイバ通信(光有線通信)と思える程である。
 光空間伝送通信(光無線通信)は,当初マイクロ 波の十万倍も高い周波数を利用するため,超広帯域 通信が可能と思われた。しかし,光領域は大気の影 響が大きく,またシステムを支える光素子も十分で なかったので実用化は遅々としていた。だが,拳本 装置である発光素子,受光素子の急速な発展に伴い, 次第に空間伝送通信も見直される結果となってきた。
 最近の光通信の動向を見るとき,有無線を問わず 二つの方向に分化して動いているように見える。す なわち,一つは基幹通信回線など高度なシステムを 対象とするものであり,もう一つは,構内データリ ンク等簡易なシステムを対象とするものである。ま た,光回路部品について共通する技術動向は,機能 の複合化,集積化が挙げられる。
 ここでは,光有線通信及び光無線通信についての 高性能化に関する最近の研究開発の動向に主眼を置 き,2,3紹介してみたい。
  

2.光ファイバ通信
 光ファイバ通信の研究で究極的なねらいは,大容 量化,中継間隔の増大にあろう。すなわち,電話か ら画像へ,単方向から双方向ヘ,より高精細テレビ へなどできるだけ無中継で長距離への大容量情報伝 送を可能とすることである。そのため,光ファイバ の低損失化及び広帯域化を図ることが重要である。 現段階で,すでにマイクロ波無線伝送システム並み の中継間隔50qは可能であり,銅ケーブルでは考え られない値である。更に伝送可能な情報量は2〜3 桁も多くなっている。
 光ファイバは,図1に示すように,(a)短波長側で はレーリー散乱による損失が大きい,(b)長波長側で は材料の分子振動吸収による損失が大きくなる。こ の外に,(c)光ファイバの形の不完全さによる損失が あり,これら(a)(b)(c)により低損失化の理論的限界が 決まる。


図1 石英光ファイバの特性概要

 石英光ファイバでは,当初は材料中に不純物(主 にOH基)が多く,そのため波長で0.85μmあたり に低損失の谷(〜3dB/q)が見られた。しかし, 不純物除去技術が進み 1.3μm帯の谷(0.5dB /q)が分ってきた。更 に理論限界と見られる 最も低損失な1.55〜1.6 μm帯の谷(0.2dB/q) を使用できるまで に開発が進んだ。実に 当初の光ファイバに比 べれば100倍もの低損 失化である。
 現在は更に低損失化 を図るため,長波長側 の吸収が材料によるこ とに注目し,長波長で 吸収が少ないフッ化ガ ラスを利用して,2〜 4μm帯の0.001dB/ qを目指した開発とそ れに必要な半導体レー ザの研究が進められて いる。
 広帯域化に対しては,伝送路として多モード光フ ァイバから単一モード光ファイバの利用へと変わり, 石英光ファイバでは信号伝送速度で1Gbpsから100 Gbps(q当り)へと広帯域伝送が可能になった。こ れは,多モード光ファイバより更に細くした光ファ イバ内を伝わる単一モードレーザ光を利用し,多モ ード光ファイバの場合に起こる受信側での伝送波形 のゆらぎや歪み(モード分散)をなくしたものであ る。その外,広帯域化で重要なことは,光ファイバ 材料自体により光を乱す効果(材料分散)と光ファ イバの屈折率構造による構造分散がある。これらを 取り除ければ更に広帯域化が可能である。図2のよ うに材料分散と構造分散は屈折率構造をうまく造る と逆特性にできる可能性があり,これを利用すると, 全分散がほとんど零にできる波長域が現れる。すな わち,超広帯域光伝送が可能となる。そのため,現 在低損失域でしかも単一モード利用の様々な形の屈 折率分布を持つ光ファイバの研究が進められている。


図2 単一モード光ファイバ(W型)の分散
  Δ1:n3+1%
  Δ2:n3-1%

 単一モード光ファイバは,その外に偏光に関する 改善も進められている。例えば,偏光面を保ちつつ 光伝送ができれば,高感度ヘテロダイン通信が可能 となるが,現在まだ実用域に達していない。その要 因の一つとしてレーザ光の不安定さが挙げられ,改 善のための研究が進められている。
 通信システム構成上必要な基本装置の内,発光素 子,受光素子は0.85μm及び1.3μm帯のものは実績 があり,ほぼ実用の域に達している。また,1.61μm 帯もほぼ実用レベルと言える。しかし,2〜4μm帯 についてはこれからという所である。注目されるの は発光素子,受光素子とFETなど電子増幅器を組 み合せIC化した回路などの,より多機能半導体光 素子や光ファイバの中の一部に光増幅機能をもたせ たアクティブ線路の研究が進められていることであ ろう。
 以上のように,光ファイバの開発を中心に発光, 受光素子技術の研究開発が進められ,それを基盤と して多重化方式や多芯ケーブルの開発,ケーブル接 続技術,変調方式等多彩な研究が進められている。
 一方,光ファイバ技術は完成期とはいえ実用実績 はまだ日が浅く,海底ケーブルなどのように10年に 1回の故障率を本当に確保できるのかなど,経年変 化に対する問題をまだ残している。
  

3.光空間伝送通信
 光無線通信は伝送媒体として空間を利用する。地 表では光波長と一致する大気中分子の吸収線が数多 く,さらに大気中の粒子(雨,ちり,水蒸気等)に よる反射,散乱があり伝送する光の減衰,ゆらぎが 大きい。光における損失特性は可視光を中心に比較 的よく研究されているが,広帯域化に必要な特性は まだ多くの課題を残している。
 地表での主な利用形態は簡易システムとしての活 用である。例えば,ビル間,川,谷,道路,鉄道な どをまたぐデータ伝送,室内回線(コンピュータ端 末との接続用),また,航空機間の簡易で混信妨害の ない装置として活用が進みつつある。
 宇宙での利用は,大気による吸収・散乱等の空間 特性を考える必要がなく,原理的にはどのような波 長の光でも利用でき,光無線通信に最も適した空間 と言える。しかし,鋭いレーザ光ビームを利用する のが前提であり,衛星間など超遠距 離では光行差を含めた効率的な初期 捕捉(アクイジション),追尾,ポィ ンティングなどの技術開発が必要に なる。同時に装置(特にレーザ)の 高出力,高能率化が大きな問題とし て残されている。
 深宇宙を含む探査衛星では伝送す べき情報量の飛躍的な増大(約10G bps以上)が見込まれ,現用電波では 伝送不可能なためサイトダイバシテ ィ方式のレーザによる衛星−地球間 伝送が考えられている。また,将来 の宇宙ステーション間の通信は光り ンクで行うことや,衛星から海中移 動体及び航空機への通信など多くの 提案と検討がすでに行われている。
  

4.むすび
 光通信の利用形態は多種多様であり,とても全体 像及び動向はつかみきれない。しかし,現在の光通 信は広大な光領域周波数帯のうちほんの一部を利用 しているに過ぎないことだけは確かである。そのよ うな見方をすれば,ハードウェア,ソフトウェア両 面ともまだまだ研究開発の余地のある分野と言うこ とができる。
 光通信の発展は高度情報社会の構築に向け大きく 一歩を踏み出すきっかけを作った。1970〜1980年の 10年間に光ファイバの情報伝送容量が約1000倍に, 時を同じくするように計算機用素子ではその集積化 が10年間で1000倍以上になっている。これら技術の 結合が社会や個人生活に与える影響は計り知れない ものがあるように思われる。
 ハードウェアの基礎研究があってのことながら, 今後は,人間生活にこれら光通信の技術をどのよう に活用するのが望ましいのかなど,人間の思想も含 めたソフトウェア面での研究比重を大きくする必要 がある。

(通信技術部 物性応用研究室長)




最近における科学技術政策の動向


内田 国昭

  

1 はじめに
 昭和59年11月科学技術会議は,今後10年間におけ る我が国の科学技術政策の基本に関する第11号答申 を行った。また,本年7月22日には,臨時行政改革 推進審議会(行革審)は,総合調整機能等の充実方 策,地方の自主性・自律性強化方策及び民間活力の 発揮・推進方策を盛り込んだ答申を内閣総理大臣に 提出した。これら二つの答中は,国立試験研究機関 の今後の方向のみならず民間を含む我が国の科学技 術全体に少なからぬ影響を与える内容を含んでいる。
  

2 科学技術会議第11号答申の骨子
 科学技術会議は,昭和34年に制定された設置法に 基づき総理府に置かれたもので,科学技術に関する 政策の樹立,研究目標の設定等について審議する。 これまでの主な科学技術会議答申の流れを図1に示 す。第11号答申の骨子は,以下のとおりである。

(1) 基本的方向:21世紀に向け科学技術の総合的な 発展のための基本的方向として,@先導的技術等 独創性登かな科学技術の振興,A人間及び社会と の調和ある科学技術の振興,B国際化の進展に即 した対応力の強化の三点を基軸にする。

(2) 研究開発資金:当面対国民所得比3%,長期的 には3.5%程度をめざす。我が国の研究開発投資 の3/4以上を民間が負担しているが,基礎的・先 導的研究等の分野に対する政府の投資の充実を図 るとともに,民間活力の活用を図る。

(3) 人材:創造性豊かな研究者の育成,確保に力を 入れるとともに,国全体として調和のとれた研究 開発の展開のため,特に基礎的部門における人材 の充実が必要である。

(4) 研究開発の推進体制:諸情勢の変化を考えなが ら,研究機関の性格や研究内容を適時に見直し, 常に研究開発機関の側からも意識的・主体的に組 織を変化させ,社会及び経済からの要請に対する 対応力を強化させることが重要。また,公的部門 において,研究者の若返り等を含めて人事,会計 制度等の在り方そのものにまで立ち返った見直し を行い,活性化と効率化を図ることが必要である。

(5) 以上のような振興施策に併せて,今後10年間の 重要研究課題が抽出された。

図1 科学技術会議の主な答申の流れ

第1号答申(35年10月)
「10年後を目標とする科学技術振興の総合的基本方策」について
<時代背景>国民所得倍増計画達成
<ポイント>科学技術水準の全般的向上、欧米先進国との格差縮小
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102課題提示(41年8月)
「科学技術振興の総合的基本方策に関する意見」
<時代背景>開放経済体制への移行
<ポイント>日本がめざすべき102課題、人当研究、筑波等
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第5号答申(46年4月)
「1970年代における総合的科学技術政策の基本について」
<時代背景>環境問題深刻化
<ポイント>テクノロジーアセスメント、ソフトサイエンス、ライフサイエンス、対国民所得比2.5%
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第6号答申(52年5月)
「長期的展望に立った総合的科学技術政策の基本について」
<時代背景>エネルギー対策重要化
<ポイント>代替エネルギー開発、アプロプリエート・テクノロジー
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第11号答申(59年11月)
「新たな情勢変化に対応し、長期的展望に立った科学技術振興の総合的基本方策について」
<時代背景>世界経済の停留、貿易摩擦、社会の高齢化、産業構造の変化等
<ポイント>基礎的・基盤的研究の重視、社会・人間との調和、国際協力、対国民所得比3%

  

3 行革審答申(科学技術行政の在り方)の骨子
 行革審は昭和58年6月25日に発足し,臨時行政調 査会の五次にわたる答申に関連して諮問された事項 と行革審の発意で検討した提言について審議し,本 年7月22日に答申を行った。行革審答中のうち科学 技術に関する内容は,合計25回の会合を開いた科学 技術分科会で主に検討された。「科学技術行政の在 り方」は,答申の第T部総合調整機能等の充実方策 に盛り込まれているが,その骨子を以下に述べる。

(1) 基本的な視点:@我が国のこれまでの研究開発 は,専ら応用,開発段階を重点にした「追いつき 型」が主であったが,今後は創造的な基礎的研究 を重視した体制へ転換する必要がある,A今後と も民間部門は大きな役割を担うことになろうが, 研究開発に向け得る資源が無限でないことから, 全政府的観点から総合的,効率的に科学技術の振 興を図り,公的部門は公的部門でなければできな い分野等に重点を置き,活性化させることが重要 である,B教育制度の在り方は科学技術振興にと って極めて重要であり,臨時教育審議会において 高い見識に基づく提言がされることを期待する。

(2) 「科学技術政策大綱(仮称)」の制定:科学技術 会議の第11号答申を踏まえて,重点研究分野,長 期的な研究目標,目標達成のための方策等を内容 とする「大綱」を閣議決定する。また,重点研究 分野ごとに基本計画を決定する。

(3) 科学技術会議の強化:政策審議機関として十分 機能するように強化し,大規模プロジェクトの評 価,国の研究機関の在り方等についても意見具申 する。また,政策委員会の強化,専門部会の見直 しが必要である。

(4) 科学技術庁の内部組織の改正:現行の計画局, 研究調整局及び振興局を廃止して再編成する。 (注.最近の新聞報道によれば「総合政策局」,「振 興国際局」及び「研究開発局」となる模様)

(5) 国立試験研究機関の活性化:極力民間能力の活 用を図り,行政上の必要に基づく研究,基礎的研 究や大規模研究開発のうち民間に期待し難い分野 等の研究を重視する。また,各省庁はおおむね3 年以内を目途に,必要性が低下したものの整理, 小規模機関の他との統合等を基準に所管研究機関 の整理合理化計画の策定・実施を図る。併せて, 創造的な基礎的研究等新しいニーズに対応した重 点的な整備・充実,研究公務員の高齢化に対する 人事管理の適性化を行う必要がある。

(6) 産学官等の研究交流の促進:「研究交流促進法 (仮称)」を制定して産学官の研究組織を超えた共 同研究開発の促進を図り,研究公務員の兼業,、勤 務時間の割り振り等についても柔軟な取扱いがで きるようにすることが必要である。
  

4 おわりに
 現在「行政改革」に対する様々な立場からの意見 や評価が聞こえてくる。当所においても研究者から 発案された独創的な研究テーマが,昨今の予算シー リング等に抑え込まれていまだに陽の目をみること ができない例がいくつかある。しかし本年4月に実 施された当所の大幅な組織改正(本ニュース4月号 参照)やかねてから検討中であり「基盤技術研究円 滑化法」の施行を契機に本格的に調整が行われてい る民間を含む共同研究制度の整備等に見られるよう に,総合的電気通信と多様な電磁波利用技術に関す る創造的・先導的研究開発に向けて新たな発展が期 待されている。

(企画調査部 通信技術調査室長)




「最近十年間の歩み」発刊について


西崎 良

 電波研究所創立30周年を記念した年史「最近十年 間の歩み」が本年3月刊行された。当所は昭和57年 8月1日で創立満30年を迎え,その記念事業の一環 として,既に発行されている「電波研究所二十年史」 に続く,その後十年の歩みを編集刊行することにな ったもので,所内に「30周年記念年史編集委員会」が 作られたのが昭和57年6月29日のことである。

 編集委員会は次長を委員長に,総合研究官を副委 員長に,各部長,特別研究室長並びに支所長が委員 となり,事務局は企画部が担当することになった。

 第1回編集委員会は7月6日に開かれ,57年度中 に原稿を作成し,58年度に印刷,刊行することを目 標に,目的の大綱,用語の統一,各章の取りまとめ 担当者及び執筆担当者の割りふりなどが決定されて いる。奇しくも当日付けで上島委員長が転出され, 後任の金田次長が在任期間中編集委員長として,大 変なご苦労をされることになる。年史全体の構成は, 前史と一貫性をもたせるということで編集方針を引 き継ぎ,文体等も同じにするよう注意が払われたが, 近年における科学技術の進歩発展は目をみはるもの があり,当所における研究分野における比率も逐次 変ってきたことから,若干の見直しが行われ,その 結果“対流圏伝搬の研究”の章に替り,“電波計測” “地上通信及び電磁環境”の二章が加えられた。取り まとめは,各章ごとにそれぞれ関係の深い委員が担 当し,執筆者は所長から直接担当者まであるが,主 に室長,主任研クラスが中心であった。何回となく 編集委員会が開催され,スケジュールキープへの努 力が払われたが,結果的には58年度内での刊行は無 理となり,翌年度に持ち越すことになった。作業の 遅れには某部長さんの所が大いに貢献したと聞いて いるが,退官のとき「大山さんはきびしいからなァ」 の一言を残して行かれたそうです。年史発行の発端 は30周年記念行事になにをやったら良いだろうかと, 当時の鈴木一課長と担当の大山主任研が話合ってい るときに出てきたと聞いている。20年史の前例があ るとは言え,当時を知っている人はいなく,また, 記録も残っていないので,どういう手順で作ってい くものか苦労したようです。執筆,取まとめ,編集, 校正へと進んでいったが,後世に残るものとあって, 若井所長は毎晩遅くまで,更に土,日も返上して全 編を何度となく目をとおされ,丹念に朱筆を入れて 下さったと聞いている。更に数々の問題点,疑問点 について,金田次長が取まとめ担当者の意見を聞き ながら校正するという形で作業が進められたわけで あるが,58年7月に事務局を担当していた大山主任 研が,転出して,その後を私が引き受けることにな った。一応区切りのところまで整理してくれるとい うことで,ダンポール箱2杯分の資料を,一度山川 観測所に送り,そして20日程で整理されて送られて きた。しかしその後もいろいろ朱筆が入り,ほとん ど原形をとどめない原稿も数多く,発行が、59年度に ずれ込んだことを幸いに全編,事務局の手で清書す ることになった。題字は20年史にならって当時郵政 大臣であられた箕輪登先生の書で,若井所長が自ら 出向いて,いただいて来たのでありますが,半紙に 書かれたものをそのまま縮少したのでは文字が小さ くなってしまうので文字の間隔だけを極力つめさせ ていただきました。本史のために元所長からの寄稿 をはじめ,実に多くの方々にお世話になり,紙面を 借りて厚くお礼申し上げます。本史が明日の電波研 究所の発展のためにいくらかでも寄与できることを 願って筆をおきます。

(企画調査部 主任研究官)




》職場めぐり《

コンピュータと情報通信


総合通信部情報通信研究室

 「必要な時に必要な情報が欲しい,しかもできるだ け便利に使いやすく」。これは人類の悲願でもあった。 私達の先輩は,その都度いろいろとアイデアを出し 解決してきた。古くは,のろし,飛脚,早馬などが 情報伝達の役割を果していた。その後,江戸時代末 の黒船の伝来等により西洋文明が流入し,明治にな ってからは郵便,電信・電報等が整備され,明治23 年頃には電話も出現した。その頃にあっては新しい 通信手段であった。

 しかし,今日いわれている黒船に相当するものは, かつてのメディアが,情報を処理・加工するに当っ て,人間の直接的な介在によって,はじめて可能と なったが,今や人間にとって代わるコンピュータが, 各種通信手段と融合し,従来のものとは全く異なっ た情報通信を提供しようとしている。それらは通信 手段の側から見れば光通信技術及び衛星通信技術等 の最先端技術によって生み出され,人間側にとって は大規模集積回路技術の飛躍的発展に負うコンピュ ータ技術とその利用技術の進歩にある。すなわち, コンピュータはより人間の思考方法に接近しつつあ り,対話機能,推論機能,知識データの蓄積及び処 理の高速化に向かっている。さらに通信網を形成す る,光ファイバケーブル,通信衛星等で,高速かつ 大量の情報が有機的に相互通信可能となりつつある。

 さて,そのような状況の中で,当研究室では現在 通信衛星「さくら2号」を利用して,小型地球局に よるコンピュータネットワークの研究開発を行って いる。それは通信衛星「さくら」を使って,ネット ワーク形態,通信プロトコルなどの実験研究をへて, 多元接続衛星パケット網の研究開発へと発展してき た。この網で衛星を最大限に活用し,様々な情報交 換ができることをねらいとしている。たとえば,ビ デオテックスとパソコンを含む複合端末をその網に 収容する情報通信が可能である。研究開発は衛星通 信と地球局に関しては宇宙通信部に協力頂き,衛星 回線への多元接続方式,コンピュータ間通信処理手 順等を中心に研究開発を行っている。

 さて室員は総員5名であり,機構改革前からのパ イロット計画のプロジェクトを中心に研究を行って いる。コンピュータによる情報処理はブラッグボッ クス化しないという立場で,全員が一致しプロトコ ルの実装に実験にと努力している。伊藤主任研は, システム設計から実装作業の室員の指導等に精力的 に当り,他方,登山や囲碁に活躍している。新人の 藤井技官は,自然現象のホログラフィが専門であっ たが,現在ではコンピュータに関しハード,ソフト 共に玄人はだしである。松本技官は,季報等の出版 経験,プログラミング,ワープロの技術を持ち,ま た登山にもよく出かけている。坂上技官は,プログ ラミング,イラスト等を特技とし,気くばりのある 日本的若い女性である。最後に,柿沼は他のプロジ ェクトと関連する作業にいつも多忙の毎日を送って いる。

(柿沼 淑彦)


後列左から松本、坂上、柿沼
前列左から伊藤、藤井




》随筆《

播 搬 論 争


若井 登

 一体何の話かと思われるでしようが,多少とも電 波に関係している向きは,「ハハーン」と察しがつく と思います。そうです,電波は伝播するか,伝搬す るか,そして伝播の読み方はデンパかデンパンか, についての論争のことです。

 随想とは,あまり仕事に関係のない事について, 思いつくままに記すという意味だとすると,私がこ んなテーマを選んだのはルール違反かも知れません。 しかしこの論争は古くて新しいもので,かねがね気 になっていた事柄です。そこでちよっと調べた結果 を加味して,この機会に披露させて頂きます。

 まず,大低の人は伝播をデンパンと読んでいます が,これは正しくありません。漢和辞典によると, 播の字は音読みではハであって,ハンという読み方 はありません。電波は発見されてからたかだか百年 位しか経っていないので,それ自身新しい言葉です が,伝播という言葉はもっと古いはずです。私の推 測ですが,海の波や人の噂が,伝わってひろがって ゆくことは,“伝播”すると表現されたと思います。 電波も波の一種ですから,やはり“伝播”すると表 現され,二十世紀初頭から用いられています。

 しかし,もし“デンパ”と読まれていたとすると, 電波と伝播は,同じ発音になり,その上しばしば同 時に使われるために,区別しにくく,大変具合が悪 かったようです。そして誰いうとなく,電波伝播を デンパデンパン,伝播形式をデンパン形式のように 読んで同音反復や誤解(デンパ形式と読むと,電波 形式と紛らわしい)を避けてきたのでしょう。この 辺の事情を,難波捷吾,前田憲一両大先輩に伺って みると「長岡半太郎(1865〜1950)先生が,伝播をデ ンパンと読むのは間違いだから,デンパと読むよう に,と当時の若い人達に説教していた。しかし若い 研究者達は,大先生の言いつけを守らず,デンパデ ンパンのように常用していた」とのことです。こう して次第にデンパンが定着してきたのだと思います

 これに似た例として,消耗(ショウコウ)をショ ウモウと慣用したり,病膏肓(コウコウ)に入るを, ヤマイコウモウニイルと誤読したりするなどは,す でにご存知の通りです。しかし長く使われてくると, 間違いだからといって簡単に直せないのが言葉とい うものです。

 伝播もデンパンで通用しているうちに,戦後の漢 字制限により播の字がなくなり,ハンの音を持つ意 味の近い字として,搬が代役をつとめることになり, 電波伝搬という新造語が生れたのです。

 では本家の中国ではどうかといいますと,電波伝 播は現用されており,簡体字で

 波 播,その発音 はローマ字表記で,dianpo chuanbo(ティエンポー  チュアンポー)であって,日本語のように同音の反 復とはなりません。

 ところが伝搬の搬の字には,ひろがるという意味 が全然ないから誤りであるというのが伝播支持派の 意見です。その人達のもう一つの根拠は,権威ある 電子通信学会の中に,アンテナ伝播研究会があるで はないかということのようです。その点については, 真偽の程は定かではありませんが,「昔アンテナ伝 播研究会を作ることになった時(もっと以前の電波 伝播研究会だったかもしれない),委員長の某博士は, 伝搬は伝播と意味が違うから俺は嫌いだといってき かなかった。播の字は当用漢字から消えてしまい, 従って用語としては伝搬が正しいと定めている学会 側は困ったが,地名・人名のような固有名詞として ならよかろうということになり,研究会名に限って 伝播の字を使ってよいこととした」という話が残っ ています。しかしこれはあくまで,電子通信学会限 りのとりきめであることを忘れてはいけません。

 最後に,私なりに論争に判決を下します。今でも 伝播が意味上正しいと主張し,使っている人がいま すが,播の字は常用漢字にはないし,またもしあっ たとしても,伝播をデンパンと読むのは誤りである し,さりとてデンパと読むと,電波と同音であるた め,日常的に不便や誤解を生ずるので,やはり電波 に関しては,すでに定着し,発音上の誤解も少い伝 搬を使うべきです。これにて閉廷。

(所長)



短 信



成層圏を捕えたMUレーダ利用のラスレーダ


 第二特別研究室は,昭和60年3月に行った1回目のM Uレーダ(京都大学超高層電波研究センター)利用のラ スレーダ実験に続き,2回目の実験を8月1日から3日 間行った。
 結果は,高度6qから21qに達するエコーを受信し, 対流圏と成層圏を分ける気温の逆転分布の測定に成功し た。測定高度は,前回の最高高度8qを13qも上回って おり,ラスレーダで測定した気温高度分布の世界最高の 記録である。
 この成果は,前回の実験結果を基に音波出力の増大と MUレーダの送信パルスをコード化することによる出力 増大の改善を行ったこと,風の穏やかな夏期に実験を行 ったこと,その上,最も重要な事は,電波ビームを走査 し音波面を追跡する方式を採用したことである。今回の 実験で対流圏・成層圏の気温高度分布を遠隔測定できた ことの意義は大きく,対流圏・成層圏の研究に貢献する ことが期待される。



スペクトル拡散野外走行実験


 総合通信部通信系研究室では,先に開発したスペクト ル拡散移動通信実験装置(電波研究所ニュースNo.89及び 102参照)を用い,当所を中心とする都市内における野外 走行伝搬実験を実施している。受信電界強度対ビット誤 り率(BER)特性の測定に引続き,昭和59年11月に, 1局干渉時(遠近問題)の特性測定を実施し,希望局及 び干渉局を走行させて,基地局で受信した。干渉局の電 界強度が希望局より約25dB大きい場合でも,BERは 1×10^-2であり,本方式が遠近問題に有利であることが 確認された。また,本年3月及び6月に,6台の装置を 同時に運用して,多元接続時の特性を測定した。すべて の装置を走行状態にすることは困難であるので,希望局 1台及び干渉局4台を固定的に配置した。受信局のみを 移動することによって,受信機入力点の各信号のフェー ジングは完全に独立であり,多元接続時のデータを取得 できた。現在,実験データの詳細な検討を行っている。



第5回電気通信全国野球大会
−鹿島チーム初優勝−


 電気通信レク連盟主催による第5回電気通信全国野球 大会が7月31日,8月1日の両日,東京・浜田山三井グラ ンドで開催された。大会には全国から15チーム200名を 超す選手が参加した。大会前夜は交流会をかねた抽選会 が本省において盛大に行われた。大会当日は開会式のあ と30度を超す炎天下の中,熱戦が展開された。鹿島チー ムは各選手がのびのびとプレーし,2回戦で北陸チーム を,3国1戦では優勝候補の1つにあげられている九州チ ームを接戦の末下し,チームのだれもが予想しなかった 決勝戦へとコマを進めた。決勝は共に初優勝を狙う鹿島 チームと関東チームとの対戦となった。決勝戦は大観衆 の見守る中で行われ,鹿島チームが研究所の大きな声援 をうけて初回に5点を入れ,その後も追加点を重ね9: 1で関東チームを下し,念願の初優勝を達成した。また, これと並行して,40歳以上の精鋭を集めた全国ソフトボ ール大会も開催された。



第69回秋季研究発表会の御案内


 当所では,毎年春秋の2回研究発表会を公開しており, 本年は11月6日(水)9時30分から当所4号館大会議室に おいて開催します。
 研究発表会は,当所員の研究活動とその成果を紹介す るもので,今回は,宇宙・大気科学に関するものを始め, 周波数標準,総合電気通信,宇宙通信及び電波計測の広 範囲にわたる研究活動が取り上げられました。また,そ れらのうち日本列島の位置や地殻変動を知ることができ るVLBI(超長基線電波干渉計)の実験報告は,特に電 波計測の研究に関心を持たない方でも興味深いテーマで あると思います。
 なお、発表題目等については新聞,市報,ポスターを 利用し広く周知するとともに,関係機関には案内状,プ ログラムを事前に送付します。
 当日は多数の参加を切望しています。