金星の電離圏と彗星のイオン・テール


丸 橋 克 英

  

1. はじめに
 昨年から今年にかけて76年ぶりのハレー彗星の接 近があり,彗星の研究が急激に活気づいた。今回の 接近では,ソ連,ESA,日本が飛翔体による観測 を行い,各種報道機関による観測結果の速報が一般 の科学的興味を刺激して,ハレー・フィーバーとも いえる情況が現出した。1910年のハレー彗星接近時 には人類滅亡の危機との噂がひろまったといわれる( この対比は宇宙科学,宇宙工学,情報伝達手段の発 達をはっきりと印象づけてくれる。
 スプートニクに始まる人工衛星,人工惑星の技術 の発達は宇宙空間の直接探測を可能にし,太陽系に ついての我々の認識を一変させた。惑星間空間は真 空のニュートン力学の場ではなく,秒速500qとい う超高速のプラズマ流(太陽風)で満たされたプラ ズマ物理の舞台になった。たびかさなる惑星探査は 比較惑星学という学問分野を醸成した。ここでは, 金星電離圏と彗星についての最近の話題を対比する ことにより,比較惑星学の一端を紹介したい。
  

2. 彗星の尾と太陽風
 彗星の形は千差万別だが,頭の部分(コマ)と尾 の部分をもつのが普通である。コマは彗星の中心核 から放出されるガスや固体微粒子の雲で,ガスの 部は太陽からの紫外線で電離されている。彗星が太 陽に近づくにつれて,太陽放射が強まりコマは発達 し,同時にその一部が太陽によって吹き流されたよ うに尾が形成される。彗星の尾はガスや固体徴粒子 が光るダスト・テールと,電離気体で構成されるイ オン・テールの2種がある。後者は時にフィラメン ト状の構造を示し,非常に活発な動きを見せる。
 イオン・テールの動きからこれに働く加速度を計 算し,秒速500〜1000qのプラズマの流れが常に太 陽から流れ出していると推論を下したのがドイツの 天文学者ビアマンである。パーカーの太陽風理論の 発表より7年前,ソ連の月ロケット,ルーニクの太 陽風の初観測に先んずること8年,彗星の観測から 太陽風の存在が予言されたわけである。
 彗星のイオン・テールの形成は現在では次のよう に説明される。太陽に近づくと彗星のコマの外縁は 非常に高い電離度に電離され,一種の電離圏ができ る。太陽風がこれにぶつかると,太陽風の中に磁場 があるために,太陽風のプラズマは彗星の電離圏に 侵入することが妨げられ,コマを包み込むように周 りをすりぬけていく。この結果,太陽風の磁場は図 1のように太陽と反対側に長い尾をつくる。コマの 電離気体の一部がこの磁場の尾に沿って流れ出せば プラズマの尾,イオン・テールになる。また,超高 速の太陽風の流れがコマにせきとめられる結果とし て彗星の前方に衝撃波が形成される。
 上の説明から容易に想像されるように,彗星のイ オン・テールは太陽風のふらつきに応じて向きを変 え,時には折れ曲ったりすることになる。しかし, イオン・テールの活動はこれだけでは説明しきれな いほど活発で,尾がちぎれるような現象もまれでは ない。このような激しい現象を説明する機構を金星 電離圏の探査結果から知ることができる。これがこ こに紹介する比較惑星学の成果の一つである。
  

3. 金星電離圏と地球電離圏の比較
 地球の周りに磁気圏が形成されていることはよく 知られている。これは地球の磁場が太陽風の流れを 妨げ,逆に太陽風が地球の磁場を有限の領域に閉じ 込める結果である。地球の夜の側(太陽と反対の方 向)には磁力線が太陽風に引きのばされて長い磁場 の尾をつくっている。この磁気圏がいわば惑星間空 間に浮かぶ地球の勢力圏である。地球の電離圏は磁 気圏内部のもっと地球に近い所に存在し,磁気圏の 境界を形成する上では重要な役割を果していない。 電離圏に対する太陽風の影響もまた間接的である。
 金星には地球のように強い固有の磁場がないので 太陽風は電離圏と直接に接して いる。この様子はまさに図1の 彗星の場合と本質的に同じであ る。太陽風の磁力線が昼側の電 離圏を包み込み,夜側には長く 尾を引くことになる。昼側の電 離圏が太陽風によっておし込ま れ,イオノポーズ(電離圏の終 端)と呼ばれる境界をつくって いる様子を図2に示す。金星電 離圏の尾が夜側でどこまでのび ているかは明らかではない。た だ夜側の電離圏は非常に変動に 富んでいることは多くの人達が 認めている。


図1 彗星と太陽風


図2 金星電離層圏のイオノポーズ

 金星の自転周期は約244日で ある。122日も続く夜間に電離 圏がどのように維持されるかという問題が金星電離 圏の第一の謎とされていたが,今日では昼側で生成 された電離気体が太陽風の影響で夜側へ輸送される ものとして基本的には説明がついている。また,金 星のゆっくりした自転が金星に固有磁場がないこと とも関係している。地球の中心にある流体の金属核 に流れる電流が地球の固有磁場の成因であることは よく知られている。金星にも同様の金属核はあるら しいのだが,自転速度が遅いために電流が十分に成 長しないものと考えられる。
  

4. 金星電離圏の穴と金星電離圏の尾
 1978年5月に打ち上げられたパイオニア・ビーナ ス(以下PVと略す)は同年12月に金星軌道に達し 以後金星の衛星となって電離圏の観測を続けた。P Vの電離圏観測で注目を集めたものの一つに「電離 圏の穴」がある。図3はO+イオンの密度測定でとら えた電離圏の穴の観測例である。衛星がイオノポー ズを横切って電離圏に侵入し,再びイオノポーズを 横切って電離圏から出るまでの間に密度の異常に低 い領域に遭遇している。


図3.金星の夜側の電離層の穴

 「電離圏に穴があいているように見えるのはPV が実際に電離圏の外に出てしまう結果である」と解 釈することはできないであろうか。筆者はこの考え でデータを整理しなおしてみた。この結果,太陽風 の磁場の方向から定義される座標系を用いると電離 圏の穴の発生場所が非常に系統的に分布することが わかった。したがって,その場所でイオノポーズに 多少の凹みがあればPVの軌道が電離圏の外に出て しまうことも起こり得ることが明らかになった。
 では,夜側のイオノポーズの凹みはどのようにし てつくられるだろうか。その回答は金星周辺の磁場 観測から得られた。磁場を詳しく解析すると,電離 圏にぶつかった磁力線は夜側へ引きのばされるだけ でなく,図4aに示すように金星の影の部分に流れ込 んでいる証拠が得られる。この結果,金星のイオノ ポーズは図4bのように夜側の横腹部で凹みを生じる ことになる。また尾は紙面に垂直な方向には頭部の サイズ程度の幅をもつ偏平なものになることが期待 される。このような偏平な構造の尾は彗星のイオノ・ テールによく見られる特徴であ り,金星の観測から彗星の偏平 なイオン・テールの形成の説明 が得られたといえる。さらに重 要なことには,図4aのような磁 場配位では尾の部分で磁力線の 再結合が起こることが期待され る。これに伴って尾がちぎれる ことが考えられるので,彗星の イオン・テ-ルがちぎれる現象 も容易に説明されるし,金星の 夜間電離圏の激しい変動性を説 明することも可能になる。


図4 金星周辺の磁場と電離圏の尾

  

5. おわりに
 彗星と太陽風の相互作用の領域を飛翔体によって 繰返し観測することはできないが,同等な物理現象 を金星において繰返し観測することができる。逆に 金星電離圏の尾の形を目で見ることは金星本体から の光が強過ぎるために困難であるが,彗星の尾をな がめてその姿を想像することができる。地球を含め て太陽系の惑星が彗星のように長い尾をもっている 姿を目で見ることができたら,惑星間空間は非常に にぎやかに見えることだろう。次の惑星探査の機会 には電波によるサウンディングによって惑星電離圏 の尾をとらえる計画で当所が参加できることを夢見 ている。

(電波部 電磁圏伝搬研究室長)




宇宙空間VLBI


塩見  正

   

宇宙空間VLBIとは
 このところVLBIがますます多くの人々の注目 を集めている。VLBI(超長基線電波干渉計)は, 何十億光年の彼方からやってくる宇宙電波を観測す る。そして,何千キロメートルも離れた観測局間の 距離を測り,1年間に数センチメートルという地殻 の動きが測定されるようになった。また,逆に天体 電波源(準星)の位置や強度分布(構造)を調べ宇 宙の歴史や構造を探ることも行われている。VLBI で用いられる電波望遠鏡は今までのところ,世界 各地の電波研究所や天文台,測地研究所など,いず れも地球上に設置されている。
 電波望遠鏡,すなわち,宇宙電波を受 信することのできる大口径のアンテナと 受信機を人工衛星にのせて,これをVLBI の受信局として用いるのが宇宙空間 VLBIである。
  

宇宙空間VLBIの特徴
 宇宙空間VLBIの最大の利点は受信 局間の距離,すなわち基線が長短いろい ろに,かつ比較的短時間にとれることで ある。図1に人工衛星と地上の電波望遠 鏡とで構成する宇宙空間VLBIを示す。 人工衛星の軌道を適切に選び,かつ地上 の受信局をたくさん動員すれば,いろい ろな局の組合せによる基線がとれる。ま た,人工衛星の動きによってそれらの基 線が短時間にどんどん変化することがわ かる。このことは,これらの基線で埋め つくされる面積をもつ超大口径の電波望 遠鏡で天体電波源を観測することに等価 である。とりわけ天体電波源の構造を高 い分解能で詳細に測定するのに,絶大な威力を発揮 する。また,地上の受信局では問題になる対流圏や 電離層の影響や,準星の可視時間が限られる(地平 線下の星は観測できない)という問題が,人工衛星 上の受信局では大幅に軽減されるという利点もある。


図1.宇宙空間VLBIの概念

  

宇宙空間VLBIの技術
 VLBIでは数ジャンスキ(1ジャンスキは10^-26 Watt/m^2・Hz)以下という弱い電波を数MHzから 数十MHz の広い周波数帯域にわたって安定に観測 する必要がある。そのために大口径の受信アンテナ と低雑音の受信機,高安定な周波数標準をもつ人工 衛星を打上げる必要がある。観測された大量のデー タを地上に伝送する回線も必要である。この回線は, 静止軌道上のデータ中継衛星を利用することによっ て最も効率よく確保されよう。高安定の周波数標準 は地上から伝送する方法もあるが,最も望ましいの は,例えば地上のVLBIで用いられている水素メ ーザ原子周波数標準器を小型化して人工衛星にのせ ることである。人工衛星の軌道を精度よく求めるこ とも必要である。衛星上のアンテナを正確に対象と する電波源に指向させることも当然重要である。
  

各国の計画
 アメリカとヨーロッパが共同してQUASATと 呼ぶ人工衛星を1990年代の前半に打上げる計画が具 体化している。この人工衛星は直径約15mのアンテ ナを備え,軌道は遠地点15000q,近地点4000qの楕 円で赤道面に対する傾斜角は約50度の予定である。 観測周波数は1.6GHz,5GHz及び22GHzが考えら れており,観測周波数帯域幅は20MHzである。衛 星受信機の局部発振信号は地上から高安定の周波数 基準信号を伝送して生成する。ソ連においても同様 の衛星計画があるといわれている。
 我が国においても,数年前から当所,宇宙科学研 究所及び野辺山宇宙電波観測所の関係者による研究 会がもたれ,やはり1990年代に独自の人工衛星によ る宇宙空間VLBIを実現させるべく検討が進めら れている。
  

TDRSを用いる宇宙空間VLBI実験
 現在,静止軌道上にTDRS(追跡・データ中継 衛星)が打上げられ運用されている。この衛星はデ ータ中継用の直径4.9mのアンテナを備えており, 地球周回衛星のテレメトリ電波を受信することがで きる。このアンテナで準星の電波を受信し,地上の 受信局とでVLBIを構成する実験が現在進行中で ある(図2)。この実験は米国ジェット推進研究所 (JPL)と当所を含む日本の関係機関の共同で行わ れているものである。TDRSはもともと宇宙空間 VLBI用として設計されたものではなく,衛星の アンテナは地球近傍にしか指向できず,軌道が静止 軌道で,必ずしも宇宙空間VLBIに最適ではない。 しかし,この実験は宇宙空間VLBIの鍵となる基 本技術を確立する上で非常に有意義であり,関係者 はその成果に期待し,万全を期して実施している。 観測周波数は2GHzで,今年の7月及び11月に2回 に分けて実験を行う。


図2 TDRSによる宇宙空間VLBI実験

  

おわりに
 宇宙空間VLBIは,天体物理学において重要な 天体電波源の位置や構造を明らかにする上で,画期 的な観測手段となる。ま た,その成果は天体電波 源を用いる測地目的の地 上のVLBIにとっても 重要である。さらに,深 宇宙の宇宙船の精密軌道 決定や,逆に宇宙からの 電波監視を行うような目 的にも応用面が拡大する 可能性がある。当所とし ても,関係機関と協力し つつVLBI装置やデー タ処理システムの検討を 進めたい。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室長)




南極越冬の思い出


前 野 英 生,小 川 忠 彦

 我々第26次日本南極地域観測隊(越冬隊35名,夏 隊13名)は,南極観測船「しらせ」に乗船し昭和59 年11月14日に職場の人や家族,友人ら多数に見送ら れ,東京晴海埠頭を出港した。途中, オーストラリ アのフリーマントルに寄港して食料等を積み込んだ 後,暴風圏を通り,一路南極へと向かった。

 今次隊はまず最初にプライド湾へ向かい,セール ロンダーネ地域(昭和基地の西方約670q)に新観 測拠点を建設した。2週間にわたる建設作業は順調 に進み,新観測拠点の名前は「あすか」と命名され た。その後,プリンスオラフ海岸にある昭和基地に 到着し,南極での生活が始まった。

 昭和基地では,1月の夏期間に仮作業棟の建設や ロケットランチャー,アンテナ等の建設作業が朝早 くから深夜まで毎日続き,身体がくたくたになった。

 「しらせ」が離岸し,越冬に入ると,専門の仕事 だけではなく,いろいろな仕事を手伝った。その中 には,オーロラ観測用のロケットや気象用のロケッ トの打ち上げ,大気球の実験等があった。中でも, オーロラ観測用ロケットのピンク色をした炎の飛跡 が同じ色に輝くオーロラに向けてまっすぐに突入し ていくさまは今でも脳裏に焼き着いている。冬の間 の生活用水を確保するための全員作業として,つる はしを使って割った氷山の氷を,2トンぞりで新発 電棟の130klタンクに入れる作業が週に1,2回あった。 水を使うにも大変な労力を要する南極の生活から, 水の大切さを改めて感じさせられた。

 昨年開催された筑波科学万博では,KDDのテレ コムランド会場と南極昭和基地の間で幾度かテレビ 静止画伝送実験が行われた。内容は,基地での生活 と仕事の話やクイズ,家族との会話等であり,2週 間に一度の交信を待ち遠しかったことが思い出され る。200発の花火の打ち上げで始まった真冬の祭典 「ミッドウインター祭」では,3日間にわたりフラン ス料理フルコース,スポーツ大会,カラオケ大会, 演芸大会,娯楽大会,模擬店などの行事が行われた。 中でも演芸大会では,1か月も前から極秘に練習し た演劇やコーラスなどが披露され楽しい一時であっ た。

 7月13日,太陽がふたたび顔を出し始めると生物 センサス,池の温度分布・水質調査,三角点測量調 査等が始まった。その中でも生物センサスは毎週行 われた。アデリーペンギンのルッカリー(集団営巣 地)に行き,産卵,子の成長を見ると南極の自然に生 きる動物の力強さを感じた。また,同時にペンギン やアザラシ達の可愛らしいしぐさは私達の心をいや してくれた。その外,誕生会,室内ゲーム,スポー ツ大会,新聞作り,南極大学等も南極生活を楽しい ものにしてくれた。南極越冬は,苦しい作業より楽 しかった体験の方がより強く思い出される。

(電波部 電磁圏伝搬研究室)


昭和61年1月の昭和基地


≫随筆≪

独創的研究の勧め

高 橋 耕 三

 研究とは,法則・現象,装置・手法等の発明・発 見を行うことだとすれば,独創性のない研究はない はずであり,上記の表題は不合理であるが,従来, 我が国では,外国技術の紹介・導入・移転が行われ, 今日の繁栄をもたらしたといわれている。理工学分 野の研究成果の指標としてノーベル賞受賞数がよく 用いられるが,我が国では国立研究所での受賞はい まだなく,貿易摩擦と相まって国立研究所の研究内 容が諸外国のそれと比較して議論されている。

 当所の場合にしても,研究に対する危機意識の欠 如を上げる外部の方が一部にいる。その理由は, 1 人当たりの論文(通常の意味の論文で,国際的に広 く読まれ,審査の厳しい学会誌に掲載された論文) の数が少ないこと,組織として取り組んでいるテー マ自体に独創性が乏しいものがあること,及び独創 的研究に必要な予算の割合が少ないことなどである。

 独創的な研究成果が上がらない原因として,私自 身の場合を含め,次の様なことが考えられる。第一 に,研究に必要な基礎知識・能力の不足。第二に研 究者としての基本的姿勢の欠如が挙げられる。研究 者の中には,行政官庁からの研究依頼が主体となり, 研究を行う暇がないという者がいる。また,研究を 行う時間がある場合でも外国で確立した技術による 観測データの取得,又はその紹介・改良に終始する 者もいる。しかも,国際学会に口頭発表したり,科 学雑誌に掲載されただけでその研究全体が評価され たと思って満足する傾向がある。研究者は,給料相 応の研究成果を発表しなければならないという基本 的考え方をもって努力すべきである。

 研究効率を高めるには,米国の大学附属研究所や 我が国のプロ野球球団と同じように,まず国際的に 秀れた人材を集め,雇用契約期間は1年程度とし, 予算は成果に応じて配分するのが有効といわれてい るが,上記の人事管理は現在の我が国の国立研究所 では法的に不可能なため,次善の策が必要となる。

 27歳といえば,我が国では,学生か,駆け出しの研 究補助者にすぎないことが多いが,世界的な独創的 研究を行ったときの研究者の年齢は27歳が最も多い とのことである。教育制度・内容の欧米との差を考 えて,当面では30歳以下の人を金の卵とし,この人 達が研究に専念できる体制とする。更に,評価を客 観的にするため,極論ではあるが,普通の意味の論 文のみを成果と数え,調査報告,紹介・解説記事, 及び科学雑誌の類は対象外とし,独創的研究を行わ ない限り研究者として留まることはできないように すべきであろう。現在の国立研究所の研究者の平均 給与は年間500万円以上であり,これだけ支給すれ ば,国際的に一流の研究者を雇用できるし,観測デ ータの取得,新技術の調査・改良ならば,民間委託 の方がより迅速に行える。一方,外国技術の導入は, 有償で民間企業や事業団が行っているから,国立研 究所の研究者は,独創的研究を志向すべきであり, 研究と称して外国の確立した技術の受け売りを続け るならば,禍根を末代まで残すことになろう。

 欧米では,研究者の夕食後の再勤務,休日出勤は 少ないが,教育制度・内容,研究体制が我が国より 独創的研究に適した国も多い。我々は外国語による 文献調査・発表のために多くの時間を必要とするこ とが多く,研究は人より先に発表してこそ意味があ るのであるから,欧米並みの努力だけでは成果が期 待できないことも認識すべきであろう。

(第二特別研究室長)


≫職場めぐり≪

VLF観測に澪つくし

犬吠電波観測所

 昨年放映されたNHK朝のテレビ小説「澪つくし」 によって銚子市の名は一段とポピュラーになったと 思われる。犬吠電波観測所(以下当所という)はド ラマの舞台となった銚子市街や犬吠埼を見下し,周 囲330度までを海面に囲まれて「地球の丸く見える 丘」の別名を持つ愛宕山に存在する。ここは標高73.6 mながら千葉県北総第一の高所であり,本州で最も 早く日の出を望める地としても知られている。元日 には近隣の善男善女が一刻も早い初日の出を拝もう と大挙押し寄せるために当所周辺の道路は車で埋め つくされる結果となる。このような景勝地であるた め,第二次世界大戦中は海軍の監視所等が設けられ ていた。戦争終結を迎え,電波の実験に絶好な場所 であるところから時の総理府逓信院がいち早く電波 測定所として使用することになり,その後多くの機 構改革を経て現在に至っている。従って電波研究所 が電離層観測網形成の目的で各地に開設してきた他 の4電波観測所と当所は生い立ち,業務の主題共に 異ったものになっている。初期の当所は主として超 短波,極超短波の伝搬実験を行って成果を挙げてい たが徐々に超長波(VLF)の伝搬特性に研究対象 が移行し,1965年から米国との研究協約による共同 観測を13年間にわたって実施した。その間の1972年 からは遂次開局されたオメガ電波の測定を順次追加 し,それらの観測資料及び研究成果によって当所犬 吠の名は広く内外に知られるようになった。VLF 使用のオメガはわずか8局で全世界をカバーする電 波航法の最終版であるとして登場した。しかし太陽 爆発現象(フレア)及びそれに伴う極域電離層の擾 乱現象,また,フレア以外の原因の位相異常等によ る測位誤差が予想以上に大きいことが判明した。こ れら一連の地球物理現象や伝搬上の諸問題解決のた めに観測を現在も引き続き行っており,また,毎日 の位相情報の伝達によって電波警報業務へ寄与して いる。VLF各波の観測以外には他の4電波観測所 等と共同で,短波標準電波の電離層変動による周波 数偏移(ドップラー)を測定することによって大気 波動を観測している。また,当所の地盤は固い岩石 から成り地震の測定に適していることから,地震に 伴う電磁波の検出を試みる測定も行っている。

 これらの観測に携わるスタッフの横顔を紹介する。 石井は,犬吠生え抜きのベテランで,本年4月転出 先平磯支所から復帰した。囲碁,釣りをたしなむ。 寺島は,園芸を楽しみ,「花木によっても職場に女性 らしい潤い」を与えている。川原は,パソコンを趣味 とするが,野球の正選手を目指し練習に励む,今年 成人式を迎えた。庶務担当の石澤は,研究所野球チ ームのエースであり休日には各地に出向き快腕を奮 っている。杉内は,通勤時間がゼロとなり,脂肪の つかぬよう努力をと思っているが何も実行していな い。以上5名がVLF観測に澪標たるべく身を尽し ている。(澪標は水脈つ串の意味で,水中に舟の水路 を知らせるために立てた杭のこと)

(杉内 英敏)


後列左から 川原、杉内、石井
前列左から 寺島、石澤



短 信



科学技術海外(総合計画部会)の
国立研究所所長意見交換会開催さる


 科学技術会議は,昨年12月に内閣総理大臣から出され た第13号諮問「国立試験研究機関の中長期的あり方につ いて」に対する答申案を62年初めごろまでに作成するた め,総合計画部会内に国立試験研究機関分科会(山 下勇主査)を設置した。同分科会はこれを受けて,国立 研究所の実態を把握するため,主要な国立研究所長との 意見交換会を実施することになった。6月20日に1回目 が日本原子力研究所(富国生命ビル)で行われ,厚生省, 運輸省,郵政省,科学技術庁の主要研究所長が出席し, 意見交換会が行われた。郵政省からは当所の若井所長が 出席し,当所の抱えている諸問題(予算,人材,所掌業 務等)についての説明を行い,その後,各委員との質疑 応答が行われた。この会合は7月4日に2回目が農林水 産省,通産省の主要研究所長との間で行われた。さらに, 7月17日に民間・大学関係者との意見交換会,今秋に行 政当局者との意見交換会が行われる。



第12回RRL/NASDA共同研究委員会開催


 標記委員会が6月26日,宇宙開発事業団(NASDA) 本社で開催された。当所からは若井所長ほか20名,NA SDAからは園山副理事長ほか22名が出席した。委員会 は,園山副理事長,若井所長の挨拶の後,昭和60年度共 同研究等の成果及び昭和61年共同研究等の計画案につい て審議を行った。
 今年度は共同研究として「大型アンテナ組立実験の研 究」が承認された。また,NASDAからの技術協力と して「MOS-1 MSRのアンテナパターンによる陸 域放射の影響に関するシミュレーション評価」及び「E TS-Uによる電波伝搬特性の研究」が,NASDAへ の技術援助として「測地実験機能部追跡データの取得」 が認められた。
 引き続き, NASDAからETS-Yの進捗状況につ いて説明があり,若干の意見交換を行って閉会した。



総務部門の組織改正


 昭和59年12月18日付電波研究所機構改革検討委員会の 所長への答申において,結論の得られなかった総務部門 の組織見直しについて,引き続き検討を行うこととされ た。総務部では,昭和60年5月28日「総務部門業務検討 委員会」を設置し,引き続き検討を行い,「電波観測所の 会計機関の廃止等に関する報告書」及び「総務部門の係 の名称及び分掌の見直しに関する報告書」を昭和60年12 月9日,所長に提出した。
  電波観測所の会計機関及び庶務係の廃止
 要員配置が極めて厳しい実状にあること,また,情報 伝達手段及び流通機構等が格段に発達してきた現状にお いては,本所において会計事務を集中処理することによ っても十分対応し得ると判断されることから,昭和61年 4月1日をもって会計機関及び庶務係を廃止した。
  総務部会計課の再編
 大型予算時代から緊縮型予算に移行しているため,当 分は現用施設の維持管理が主たる業務になるものと考え られること,また,各観測所の会計機関の廃止に伴って 会計課の事務量が必然的に増加したことなどから,各係 の業務量の平均化を図り,併せて定員削減に対処して効 率的要員配置を行うため,昭和61年7月1日に再編を行 った。


表 会計課再編新旧対照



第70回研究発表会開催さる


 昭和61年6月4日,標記の発表会を当所4号館大会議 室において開催し,午前,午後それぞれ4件の発表を行 った。来聴者の出足もよく,会場は最初の講演から満席 の盛況であった。講演者は創意工夫をこらし,分かりや すく説明していることもあって,活発な質疑,討論が続 出し,会場は活気に満ちていた。また,ユーモラスな話 しぶりに聴講者も笑う一幕もあって,講演者に落ち着き と余裕が感じられた。
 発表会は終日超満員で熱気にあふれ,会社,官庁及び 大学などからの来聴者が218名とこれまでの最高を記録 し,成功りに終了した。なお,来聴者全員に配布したア ンケートは半数以上の回答を得て,多くの感想や意見を 伺うことができた。主な意見は,“以前に比べ原稿が読み やすい”,“スライド作成が統一されていてよい”などであ る。特に,“質疑が活発であり,発表内容も分かりやすか った”という講演者の努力を認める意見も多かった。