短波海洋レーダの開発計画


上 瀧 實

  

はじめに
 VHF帯以下の電波の海面後方散乱の機構を実験 的,理論的に最初に解明したのはCrombie(1955年) であった。以来約30年の歳月を経た今日,各国で短 波海洋レーダ技術の研究開発が進められている。
 短波レーダには,空間波を利用するものと地表波 を利用するものがある。
 ここでは,沖縄電波観測所で昭和61年度よりスタ ートした,地表波を利用した短波海洋レーダの開発 計画を紹介する。
 

2 短波海洋レーダの原理
 海面反射波がドップラーシフトを生じる原因は, 海洋波浪エネルギーの大部分を占める風成重力波と 海面近くの表面流の合成による反射面の運動にある。
 観測対象とする波の 波長数m〜数十mの波 浪は,常時吹いている 洋上風で十分に発達し ており,波長,伝搬方 向とも様々な波浪成分 が混在している。ここ にレーダの波長λの電 波が入射すると,図1 のようにLcos△=λ/2を満足する,波長Lを持つ波 浪により効率的に散乱される(Bragg散乱)。また, ほとんどグレージング入射(△0°)なので,電波 の波長のちょうど半分の長さを持つ波浪成分から最 も強い散乱波が帰ってくる。この条件(L=λ/2) を満たす波浪には,レーダサイトヘ近づく成分と遠 ざかる成分があり,散乱波のドップラースペクトル は,図2のように,ドップラー周波数Oにほぼ対称 な正負のドップラー周波数のピークが存在する。


図1 海面によるブラッグ散乱


図2 海面反射波のドップラースペクトルと情報

 波長Lの風成重力波の伝搬速度Vpは



で決まる(gは重力定数)ので,電波の波長λを決 めればピークエコーのドップラーシフト量fBは



となる。実際には,風成重力波の外 に表面流の運動が加わるので,ピークエコーの位置 は上記fBよりわずかにずれる。このずれ△Hzを知る ことにより表面流の視線方向の速度が求められる。
 結局,短波レーダの実験は反射波のドップラース ペクトルを得ることが第1段階である。このスペク トルから図3のような表面流地図を作成する外に, 洋上風の方向と速度,rms波高値,波浪スペクトル などが得られる。


図3 表面流地図の例(仮想図)

  

3 開発の背景
 海に囲まれた地域特性を生かすために当所で海洋 のリモートセンシングを研究テーマの一つとして取 り上げた。予算,要員の制約から,直ちに実用に供 し得る最新の装置を開発することが不可能なので, 将来の実用可搬型短波レーダの開発への準備として, ソフトの研究開発,基礎データの取得を目的に昭和 61年度より本計画をスタートした。なお,送受信装 置は流星レーダ装置を改造,整備して使うこととし た。
 現在各国で開発が行われている短波レーダシステ ムは狭ビーム法と広ビーム法に分けられる。
 狭ビーム法は受信アンテナを大型にし,鋭い指向 性を持たせたもので,英国,フランス,オーストラ リアで開発が進められている。長さ数百mのブロウ ドサイド・アレーアンテナを使い,電気的にビーム を振って必要とする海域の情報を得るものである。 ビーム幅が狭いので,電力効率が良いこと,必要と する海域以外の方向からの雑音を排除できることな どの利点があるが,大型アンテナのため可搬型には 不向きである。
 広ビーム法は,米国やカナダで開発されているシ ステムで,送受信アンテナが小型で指向性が広い。 しかし,信号処理により一度に各方向の情報を識 別処理し,短時間で広域の情報が得られることから, 可搬型実用装置にむいている。当所では,この広ビ ーム,可搬型レーダの開発を目指している。
 変調方式の主流はパルス変調であるが,FM-CW方 式も狭帯域で良いこと,したがって雑音に強く,ま た送信電力も小さくて良いことなどの利点があり, 英国などで使われている。我々は流星レーダ装置の 有効利用を図るので,パルスレーダ方式を採用した。
  

4 短波海洋レーダの概要
 図4に当所のレーダシステム(OSWOR:沖縄短 波海洋レーダ)のブロック及び表1に主な諸元を示 した。


図4 レーダシステムブロック図

送信周波数37.46MHz
送信尖頭出力10kW(平均出力30W)
パルス幅10μsec
繰返し周波数300Hz
変調方式パルス変調
受信方式2重スーパーヘテロダイン方式
探知距離4.5〜63.0Km
距離分解能1.5Km
表1 OSWORの主な諸元

 シンセサイザ部で37.46MHzのRFパルスを作り, 送信機部へ送る。送信機部では尖頭電力10kWのRF パルスを発生し,垂直偏波特性をもつ八木アンテナ へ送る。
 海面からの反射波を受信するアンテナは3本の垂 直ホイップアンテナで,お互い半波長以下の間隔で 海岸線に平行に並べる。各アンテナ出力の位相差よ り角度方向の識別を行う。
 受信されたRF信号は,受信機部で増幅,周波数 変換され,最終的にドップラー情報を含んだIF信 号となり,計算機に送られる。計算機で平均化など 統計処理を行い高速フーリエ変換操作により図2の ようなスペクトルが作られる。
 1回の観測は256秒で終わり,最終的には探査海 域の表面流地図を作成するが,更にスペクトルより, 先に述べたような各種の海洋情報を得る。
 OSWORの距離分解能はパルス幅で決まり,1.5q である。誤差はA/Dコンバータのトリガ時間及び サンプリング時間によるが,最大でも150m程 度である。角度方向の分解能は1度であるが, 誤差はS/Nで決まり,60q先で3度程度の誤 差となる。海流の速度分解能はドップラー分 解能が0.004Hzなので,3p/秒となる。
  

5 開発スケジュール
 研究開発は昭和61年度より2か年計画でス タートした。
初年度は送受信装置の改造整備及び制御, データ収集,解析用計算機の導入を行う。ま た,各種ソフトの研究開発を行う。
 昭和62年度には実験データの取得,ドップ ラースペクトルの作成及びレーダ視線方向の 海流地図の作成を行う。これらの外に次の各 実験を行う必要がある。
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6 おわりに
 沖縄にとって海は豊穣さそのものであり,琉球文 化を育てた大半が海とのかかわりであった。こうし た歴史文化を背景に当観測所で電波を利用した海洋 のリモートセンシング技術を開発することの意義は 大きいと考える。短波海洋レーダは,海難救助捜索, 漁業,海洋科学,石油や赤土の流出による海洋汚染 対策など多方面に大きく貢献できるものである。
 今回紹介した開発計画が,多くの関係各位の御理 解と御支援を賜わり,今後の実用可搬型海洋レーダ の本格的な開発に結びつくよう努力したい。

(沖縄電波観測所長)




≪外国出張≫

JPL滞在報告


杉 本 裕 二

 私は,科学技術庁の宇宙関係長期在外研究員とし て,1985年10月1日から10か月間,アメリカ合衆国 カリフォルニア州パサデナ市にあるカリフォルニア 工科大学(Caltech)付属ジェット推進研究所(J PL)に滞在した。JPLでは,従来になく高速処 理が可能な,“BlockU”と呼ばれるVLBI(超長 基線電波干渉計)用再生相関処理システムを開発中 であり,これについて研究した。BlockUは現在 Caltechで調整中である。

 JPLはロサンゼルスの北東約15qのベッドタウ ン,パサデナ市の郊外に位置する。1936年にCaltech のKarman教授がロケットを打ち上げて以来, 現在5000人以上の巨大な研究所になっている。ここ では,Voyager計画等宇宙開発関係の多岐にわたる 研究がなされている。

 JPLでは2人部屋のオフィスが与えられ,同じ 研究グループの人と同室であり,Caltechにもオフ ィスを用意してくれた。研究に必要な事務用品,部 品,コピー,図書,計算機の使用等は,他の職員と 同様自由である。JPLは様々な分野で一流の研究 者が研究を行っているので,視野を広めるのに良い。

また,外国からの客という特別の扱いはされず,他 のグループの人たちやかなり高い地位にいる人でも ファーストネームで呼び合い,気軽に話し合える。

 私は,妻と子供(長女7歳,長男5歳,次女2歳) を同伴して滞在した。家族全員,解放的なカリフォ ルニアで,生活になじめ楽しく過ごした。長女は小 学校2年生,長男は幼稚園で,共に公立学校の義務 教育なので費用はほとんどかからない。仲の良い友 人もでき,いつの間にか友人と話したり,先生の話 が理解でき,すばらしい発音をするようになってい た。

 アメリカでは,大都市周辺と田舎とでは物価,特 に家賃の差が非常に大きい。パサデナ周辺には家賃 が安い地区もあるが,治安が悪く事件が多い。私は Caltech周辺の比較的治安の良いアパートを月750ド ルも出して借りたが,それでも周辺に比べ安かった。 家や車を捜すのに電話は必需品であり,初めのうち は電話による会話で少し苦労した。

 パサデナを含む大ロサンゼルスは,自家用車を交 通手段に考えられた町なので,公共交通機関は不便 なバスしかなく,町のど真ん中以外で,道を歩いて いる人は極めてまれである。南カリフォルニアは年 中気候が良く,「去年のクリスマスは異常低温で,海 水浴ができなかった」という程である。しかし1日 の寒暖の差が激しいため,注意が必要である。多民 族国家なので「外人」ということが気にならず交際 がし易く,知らないもの同士でも目が合うと,「ハー イ」と声を掛け合う気さくさが楽しかった。

 最後に,このような素晴らしい経験の機会を与え て頂いた,科学技術庁研究調整局,郵政省,電波研 究所の関係各位,及び御世話になったJPL,Caltech の方々,元電波研究所の川尻矗大氏,河野宣之 氏に深く感射します。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 主任研究官)


元旦にパサデナで催されるローズパレード




外 国 出 張


CISPRサンディエゴ会議について


 様々な機器・設備から発生する不要電磁波(妨害波)に よる受信障害をなくすために,CISPR(国際無線障害特 別委員会)会議がほぼ毎年開催され,妨害波の許容値及 び測定法に関する国際規格の検討を行っているが,今年 は米国サンディエゴ市に関係16か国103名が集まって昭 和61年9月6日から13日まで開催された。日本からは今 会議に筆者を含め11名が参加した。今回は,作業班のみ の会議であったため,重要な決定は次回にまわされたが, トピックとしては,最近話題になっているディジタル機 器からの妨害波を扱うG小委員会ができ,コンピュータ などの通常の機器や,電話回線に接続されるディジタル 機器の妨害波,更に,これらの機器のイミュニティ(耐 妨害特性)を担当する三つの作業班が設置されたことで ある。このG小委員会の今後の活躍が各方面から期待さ れている。なお,当所では妨害波の測定法を担当してい るが,これに関しては,自動測定及びこれに伴う測定誤 差などについて検討が行われた。

(総合通信部 電磁環境研究室長 杉浦 行)



SEIIMワークショップに参加して


 昭和61年9月8日から14日まで,SEIIM(太陽現象と その惑星間空間媒質への影響)に関するワークショップ に出席のため,米国コロラド州に出張した。会議はNO AA/SELが企画し,NASAのSMS関連予算とSE Lの予算で運営され,94名の科学者が12か国から参加し た。参加者は,フレア,CME,太陽風の三つの研究班 に分かれ,各グループ独自の円卓形式の討議と,2グル ープの合同討論を併用する形で討議が進行した。筆者が 参加した太陽風のグループでは,地球近傍で観測される 太陽風の擾乱を太陽の彩層,コロナの構造と結びつける 諸性質を明らかにすることが主要な話題となった。ここ で討議された諸問題の多くは,筆者が発見した太陽風磁 気雲の磁気ロープ構造と太陽磁場の関係により,大きく 解決へ向かうことが確認でき,意を強くした。会議後, SESCの予報に磁気ロープモデルを取り入れる計画が 個人的に知らされたことは最大の喜びであった。

(電波部 電磁圏伝搬研究室長 丸橋 克英)



第23回レーダ気象学会議


 昭和61年9月22日から26日まで,標記の会議が米国コ ロラド州スノウマスの会議センターにおいて開催された。 今回は並行して雲物理会議も同じ日程で開催され,初日 及び最終日を除く3日間は両会議の合同セッションとい う形での運営がなされた。筆者は「波長および二波長の 手法を用いたレーダによる降雨観測の相互比較」という 題目の論文を,「降水の定量的測定」のセッションにおい て発表した。同じセッションにおいて,当所とNASA/ GSFCが共同で実施している降雨観測実験の結果をR. Meneghini氏が,また,当所から出されていた雨滴粒径 分布の推定及びその応用に関する論文について共著者で あるGSFC滞在中の中村健治主任研究官が発表した。 二偏波降雨レーダの研究発表が多数行われたほか,その 重要性が認識されて「航空機/衛星搭載レーダによる測 定」というセッションが設けられ,合成開口レーダ法な どについての発表がなされた。

(鹿島支所 第一宇宙通信研究室長 藤田 正晴)



EXOS-D データ処理に関する日加協議


 昭和61年9月16日から10月1日まで,第12号科学衛星 EXOS-Dに日加共同で搭載するイオン組成観測装置 (SMS)のデータ処理方式検討のためカナダ国オタワに ある国立研究会議(NRC)所属ヘルツベルグ天体物理研 究所を訪問し,打ち合せを行った。当所とヘルツベルグ研 究所は同じ型のコンピュータを持つ事となり(カナダ 側は既に購入済),極めて具体的なデータ処理の検討を行 う事ができた。会議は主として電波研究所側で用意した エクスペリメンタテープ様式の討論を行い,それをふま えたカナダ側の提案,新たに発生した討議事項を持ち帰 るという方式で行われた。また,衛星位置から主として 磁場パラメータ等を算出して作成するWorld Map作成な ど,情報処理関係について,他の研究機関(宇宙科学研 究所,大学)の主エクスペリメンタを含む合同会議を早 期に開く事を要請され,私もその必要性を強く感じた。

(電波部 電磁圏伝搬研究室 主任研究官 渡辺 成昭)





短 信



データ中継衛星システムに関する
日本−ESA事門家会議開催される


 昭和61年10月23日から27日にかけ,将来のデータ中継 衛星システムに関する日本とESAの相互協力を推進す るための専門家会議が郵政省において開催された。会議 にはESAからE.Ashford氏ら6名が,日本側からは郵 政省宇宙通信開発課,電波研究所,科学技術庁,宇宙開 発事業団,及びその他の機関の関係者が出席した。
 会議では,特に日本が昭和67年度に打上げる技術試験 衛星ETS-Yで計画しているSバンド,Kaバンド及び光 領域における衛星間通信実験システムとESAのデータ 中継衛星システム(1991年ごろ試験衛星を,1994年ごろ 最初の実用衛星を打上げる計画)との適合性と共同実験 の可能性についての意見交換が中心となった。とりわけ 焦点となったKaバンドの衛星間通信周波数については, 日本側は23/32GHzを,ESA側は25/27GHzをそれぞ れ使用することを主張し,合意は得られなかったが,今 後も調整を続け可能な限り適合性を図っていくことが確 認された。



第71回研究発表会の開催


 昭和61年11月5日,第71回研究発表会が当所4号館大 会議室において開催された。降ったり止んだりの空摸様 であったが,会場は満席の盛況で,塚本所長のあいさつ のあと発表会が始まった。
 会場では,若い人,女性,年配の方など熱心に聴講し ている姿が見受けられ,発表会の進行につれ,きたんの ない意見,質問が多く出された。特に,最後の発表“G PSによる高精度測位システム開発計画”では,大学, 会社,官庁関係の多くの出席者から質問が殺到し,時間 超過のため質問を打ち切る程であった。
 来聴者165名の参加を得た発表会は,最後に立野次長 の閉会の辞があり成功りに終了した。
 なお,今回も多数の来聴者からのアンケートによる質 問,意見を頂いており,これらを発表会の発展,充実に 活用していく予定である。



第2回出向者等技術打合せ会議開催


 昭和61年11月7日,当所大会議室において標記の会議 が開催された。出席者は通信政策局,宇宙開発事業団, 通信・放送衛星機構,国際電気通信基礎技術研究所の4 機関11名と当所からは塚本所長を始め関係部課室長18名 であった。所長あいさつの後,出席者全員の自己紹介が 行われ,その後,当所を皮切りに出向先の最近の動向に ついて報告があり相互に認識を深めた。会議は17時に終 了,場所を講堂に移し,出向経験者も含め懇親会を行っ た。懇親会では出向者全員が日頃の苦労話し等,本音の 意見交換があり,笑いと拍手がわき起こる中,次回の会 議を約束して終了した。



第28次南極地域観測隊出発


 昭和61年11月14日午前11時,第28次南極地域観測隊星 合隊長ら52名は,観測船「しらせ」に乗船し東京晴海ふ 頭を出港した。昭和32年につくられた昭和基地は,62年1 月でまる30年を迎える。今次隊では,「あすか」新基地を完 成させ越冬観測を開始する。そのため南極用物資の総輸 送量の約3分の1にあたる300トンを「あすか」まで輸 送する。
 第28次越冬隊には当所から電離層定常観測に稲森康治 隊員,研究系観測に向井裕之隊員の2名が参加している。 今回定常観測では,新たに45MHzのリオメータアンテナ の建設及びリオメータ受信機の交換を行う。また,研究 系観測では,昭和基地における電磁環境の調査を行う。 両隊員はその外,新基地開設のための建設,輸送要員と しても活躍することになる。




文化展


 秋季レクリェーション行事の一環として,文化展が11 月4日,5日の2日間講堂において開催された。今回も 前回と同様に,研究発表会に時期を合わせ実施した。今 回の観覧者は151名,出展作品は,絵画16点,写真35点, 書7点,生花7点,その他11点の合計76点であった。観 覧者及び出展数は前回を下回ったが,個々の作品は優れ たものが多く,観覧者の中には,じっくり作品を見入る 人や再度見に来る人もおり,内容的には大変好評であっ た。