新年のごあいさつ


所長 塚 本 賢 一

 明けましておめでとうございます。昭和62年の新 春を迎えるにあたり,一言御挨拶申し上げます。

 今年は兎年であります。干支にあやかって職員一 同大いなる飛躍の年であることを期しております。 関係各位の変らぬ御支援をお願い申し上げます。

 当所は,電波・電気通信の研究をとおして学術振 興に貢献し,国家的政策推進に寄与することを使命 としておりますが,特に電気通信行政をつかさどる 郵政省所属の唯一の国立研究機関という位置づけに あります。電気通信界はここ数年,国内的にも国際 的にも自由・競争の原理にのっとって大きな転換を 遂げつつあり,世の中は技術先導の高度情報社会構 築に向けて目まぐるしく進展しております。こうし た社会情勢の中にあって,国家意志を反映して研究 開発を推進していくべき当所の責務には極めて重い ものがあります。国際的な広い視野に立って,社会 のそして時代の求めるものを正しく見極め,積極的 に重責を果たしていかなければならないと存じます。

 さて,年末に決まった昭和62年度政府予算案の概 要は次のとおりです。予算総額は40億3,700万円で, 対前年度比97.8%,本年度要求額に対しては99.7% 認められたことになります。項目的にも,わずかな 査定はありましたが,要求項目のほとんどが認めら れました。すなわち,重要事項として掲げたCS-2 パイロット計画,ETS-X/EMSS計画,衛星用マ ルチビームアンテナ,VLBIによる高精度測位技術, ETS-Y計画に向けての衛星通信技術,TV同期放 送システム及び周波数資源開発がすべて継続事項と して認められ,また,皆減皆増の経費として要求し た諸項目,標準予算系統の要求項目もほとんど認め られました。こうしてみますと数字の上では,ほぼ 満額に近い予算案となったわけでありますが,何と いいましても新規事業を掲げることなど到底考えら れないほど厳しいシーリング下での要求であったわ けでありまして,昭和62年度予算執行はかつてない 極めて深刻な状況に置かれております。よほど心を 引き締めて効率的な運用を図らなければ,EMSS計 画を始めとする重要な研究プロジェクトの遂行が困 難となります。

 全体として悲観的な予算状況の中にあって,2点 明るい材料があります。その一つはEMSS計画への 増員要求2名に対して1名が認められたこと,二つ に統合通信網研究室の新設が認められたことであり ます。特に後者の組織要求が認められた意義は大き なものがあります。昭和60年4月に施行された機構 改革の際,意図した重要な構想の一つである有無線 一体の総合電気通信システムの研究開発に対して, 名実共にGOがかかったことになります。機構改革 が行われてからほぼ2年が経過しますが,この間, 更に地方観測所の会計機関廃止を含む総務部内部組 織の改編,電波予警報業務のテレホンサービス化も 行われ,またイオノグラム,ウルシグラム情報,図 書管理等の自動処理化も着々と進み,業務の効率化 の実が次第にあがってきております。しかし緊縮財 政下,時代の要求に則した研究課題をより効果的に 推進していくための体制整備を更に押し進める必要 があります。支所・観測所の業務内容の見直しを中 心に早急に検討を行い,一連の機構改革の総仕上げ を達成しなければならないと考えております。

 昭和62年度に実施する個々の研究プロジェクトの 詳細は,これから審議され,年度研究調査計画とし て本ニュース4月号で紹介されますが,大筋は以下 のとおりです。当所にとって本年最大の課題は8月 打ち上げ予定のETS-Xによる航空・海上移動体衛 星通信実験の開始であります。関係機関との連係を 密にして,各種地球局整備,実験実施計画に万全を 期し,世界に先駆けての総合移動体衛星通信システ ム確立のための実験を成功りに進めるべく最善の努 力を傾ける所存であります。宇宙関係では,この外 CS-2パイロット計画の継続とともに,新たにBS -2利用実験もスタートします。また,昭和67年度 に打ち上げ予定のETS-YによるSバンド,ミリ波, 光領域での衛星間通信技術開発実験のための搭載ミ ッション機器開発も本格化します。宇宙基地計画に 対しても,大型アンテナ構築技術開発を中心に参加 協力して参ります。昭和59年度から始まった日米V LBI共同実験5か年計画は,順調に進ちょくし4 年目を迎えます。昨年予備実験に成功した日中VLBI 実験も,上海天文台の新規25mアンテナの完成をま って,昭和62年度早々から本格的な共同実験段階に 入る予定であり,国土地理院との国内共同実験も更 に進展致します。GPS利用簡易精密測位技術の開 発も民間との共同研究べースで進められます。

 地上では4年計画で始められた準マイクロ波帯陸 上移動通信の研究開発が2年目に入るのを始め,40 GHz以上の電波伝ぱん,光領域周波数帯の開発研究 等を精力的に継続して参ります。我々を取りまく電 磁環境の評価・測定の研究では,生物体と電磁環境 のかかわりについての調査研究も対象としていくべ きものと考えております。

 電気通信と並んで,リモートセンシングを中心と する電波の多様な利用技術開発も当所の重要な研究 分野であります。合成開口あるいは実開口レーダに よる地表・海表・大気の2次元観測,散乱計・放射 計による上空よりの降雨観測,レーザによる大気環 境汚染観測及びミリ波センサ等の技術開発を引き続 き実施します。宇宙科学の分野においても,ISIS及 びDE-1衛星の観測データの受信及び解析による電 離圏,磁気圏の研究やEX0S-D衛星への搭載ミッ ション機器開発の共同研究も引き続き進めて参りま す。

 申すまでもなく,電離層及び太陽観測と電波予警 報,ウルシグラム放送,電離層世界資料C2センタ ー業務,無線機器の型式検定・較正及び性能試験, 標準電波発射業務等は重要な定常業務として継続実 施して参りますが,特に周波数標準の精度向上と, GMS,GPSを始めとする各種人工衛星利用による 国際時刻比較実験も積極的に実施して参ります。

 当所の今後の研究は,基本的には昨年6月郵政省 設定の「電気通信技術に関する研究開発指針」の精 神に沿って実施されますが,特に昭和62年度の研究 活動指針として,研究の創造性重視と研究交流促進 による活性化を掲げたいと思います。創造性豊かな 研究成果は,優れた研究者の資質に負う所大であり ますが,人材確保と育成に留意するとともに,研究 評価のあり方も含めて,研究所全体に独創性尊重の 風潮を更に高めていくことが大切と考えます。当所 は従来から外に開かれた研究所として,国内的にも 国際的にも公的機関との共同研究,研究協力を活発 に行ってきましたが,昨年制定施行の運びとなった 研究交流促進法や,当所の共同研究規程を反映して, 民間をも含めてのより積極的な研究交流を展開して 研究活動の活性化を図りたいと存じます。以上年頭 に当たり,所感の一端を述べましたが,当所の研究 活動活性化のため,一層の御支援を賜りますようお 願い申し上げます。




宇宙光通信の研究開発動向


荒 木 賢 一

  

はじめに
 電波研究所におけるレーザの宇宙への応用研究は, プロジェクト「レーザを利用した飛翔体の高精度姿 勢決定に関する研究」(昭和49年から60年)として早 くから進められてきた。その間,人工衛星を精密に 追跡でき,同時にレーザ光(波長0.5145μm)も伝送 できる衛星追尾光学装置を昭和56年度に完成させた。 この装置を用い,昭和57,58年度は高度1000qの周 回衛星である技術試験衛星V型「きく4号」へのレ ーザ光伝送と衛星姿勢決定に成功し,また,昭和58 年12月には静止気象衛星ひまわり2号へのレーザ光 伝送に成功した。これらの実験は,地上と移動衛星 あるいは静止衛星とを結ぶ超遠距離の光通信回線の 実現への第一歩をしるしたものといえる。
 当所では前記のようなレーザ応用技術の実績及び 長く携わってきているRF帯衛星通信,並びに衛星 管制の技術等を背景に,地上−衛星間に限らず広く 宇宙空間を対象とする「宇宙光通信」の検討を進め ている。その代表的なものに周回衛星から静止衛星 へ,あるいは静止衛星間の光による大容量データ中 継がある。ここでは,宇宙光通信の意義や世界的な 開発動向について概説する。
  

宇宙光通信の特長と要素技術
 広大な宇宙空間を高速で運動する人工衛星や惑星 探査機,このような移動体と地上間あるいは移動体 相互間の超遠距離通信に光を用いることは,昭和35 年のレーザ出現以来大きな期待をもって考え続けら れてきた。すなわち,強力な単色光であるレーザ光 は,周波数が非常に高い搬送波として大容量通信へ の利用が可能であり,また光領域では手ごろな大き さで損失が小さく面精度の高い鏡面やレンズが従来 から容易に得られ,これらは小型・軽量で指向性の 鋭いアンテナやビーム処理伝送系部品に使える。鋭 い指向性によって混信や干渉の問題が無くなると同 時に,より遠距離の通信が可能となる。さらに,光 ビームの伝搬に関して宇宙空間(対流圏外)では地 上とは違って大気中粒子や気象の影響が無視でき, 光ファイバにおけるようなパルス幅拡がりの問題も ない。このように多くの利点があるので,コンパク トな宇宙光通信システムの開発実用化は非常に魅力 的なテーマとなっている。しかし,実際に宇宙応用 システムを開発するには,表1に示すような多くの 技術的問題がある。これらのうち,光ファイバ通信 やRF帯衛星通信と共通の要素技術は宇宙光通信シ ステムへの転用が可能である。宇宙光通信で特徴的 なものは,レーザと追尾・ポインティングの問題で ある。

1.レーザーと光検出器を中心とする光デバイス技術
2.宇宙環境下の高信頼度化技術、素子選別・評価技術
3.光アンテナ、自動追尾、ビームポインティング等の光伝送技術、回線保持技術
4.符号化方式、変復調方式等の信号伝送技術
5.光部品、機構部品の固定技術、組立て技術
6.熱制御技術、宇宙線シールド技術
7.冗長系技術、素子交換技術
8.オンボードコンピューター技術
9.姿勢測定・制御技術
10.RFシステムと光システムとの整合技術
表1 宇宙光通信の要素技術

 通信に必要なレーザ出力は,通信距離,波長,送 信及び受信アンテナ口径の4要素から決まる伝搬減 衰,送受光学系損失,通信マージン,それに受信感 度に依存する。受信感度,すなわち所要の伝送速度, 品質等の通信に最低限必要な搬送波の平均受信電力 は,光検出器とそれに続く前置増幅器の特性,変復 調方式,背景光電力に依存して決まる。通信能力を 上げるには,伝搬減衰を少なくし,レーザ出力を上 げ,受信感度を高めればよい。実際にどの要素を伸 ばすのがより効果的かは,現在の技術水準及びシス テムの小型化や信頼性向上の面から検討していく必 要がある。これに加えて,相手局の速やかな捕捉と 自動追尾,光行差を補正したビームポインティング などの高度な回線形成・保持技術は通信立上がり時 間の短縮や光ビームの効率的な利用の面で重要であ り,更にシステムの信頼性向上にもかかわってくる。
  

開発の動向
 過去の開発例として,距離が数万qの衛星間通信 を目指した米国航空宇宙局(NASA)の先駆的なCO2 レーザシステム(波長10.6μm),米空軍(USAF)の Nd:YAGレーザシステム(波長0.53/1.06μm)が良 く知られている。NASAは昭和50年に300Mbps送受 信装置を完成させており,USAFは昭和54年に捕捉 追尾と1000Mbpsの通信に関する地上実験(距離2.1 q),翌年には航空機−地上間通信実験(距離50q) を行っている。これらはいずれも,主として財政的 な理由から宇宙での実験には至らず,開発は中断し ていた。しかし近年になって,衛星を利用したより 高度な通信やデータ中継への需要が21世紀に向けて いやが上にも高まってきており,米国は開発を再開 し,各国の関係諸機関も1990年代前半の宇宙実験そ してそれに続く実用化を目指し本腰をいれて取り組 んでいる。
 最近では,NASAとMIT-LL(マサチュセッツ工 科大学リンカン研究所)の共同で近赤外光半導体レ ーザによる衛星間通信の研究が進み,ACTS衛星(昭 和65年打ち上げ予定)での実験が計画されている。 欧州でも欧州宇宙機構を中心に研究が進んでおり, 西独では1000Mbps以上の通信能力を持つCO2レー ザシステムを開発中であり,仏とオーストリアでは 半導体レーザシステムを提案し,シミュレーション 実験で性能評価を行っている。いずれも1990年代前 半の宇宙データ中継実験に向けて意欲的に取り組ま れている。商業衛星関係として,INTELSATと COMSATは半導体レーザを使った静止衛星クラスタ 間の通信,Nd:YAGレーザ又はアレイ化で高出力に した半導体レーザによる長距離中継回線の構想を立 てている。この外,NASAジェット推進研究所の金 星や火星等の惑星探査で,光通信を行う計画がある。 金星探査の場合(昭和64年打ち上げ予定),金星周回 軌道から500mWのNd:YAGレーザを用い収集したデ ータを地球へ4Mbpsで送る計画である。また,1990 年代に建造が予定されている有人宇宙基地ではその 複雑多機能なシステムを維持するために,室内通信, 実験モジュール間のLAN,実験機や軌道連絡船との 通信等に光を利用することが考えられている。ソ連 の開発状況については,最近のある宇宙関係雑誌に 有人宇宙船サリュート7号の舷窓に光通信装置を取 り付けたという記事があるが,それがどのような装 置なのか明らかにされていない。
 日本では,技術試験衛星ETS-Y(昭和67年打ち 上げ予定)を利用した衛星間光通信の基礎実験が実 施されることになっており,これに向けて当所を含 めた関係諸機間で検討が進められている段階である。 国内のレーザ応用技術,光通信技術,光デバイス技 術及び半導体技術など世界的に最先端の関連基礎技 術のレベルの高さを考えると日本における開発能力 は高く,今後の急進展が期待される。
  

おわりに
 世界的な開発の動向としては,西独のCO2レーザ を別として,半導体レーザや固体レーザを用い,よ り小型高性能で信頼性の高いシステムを追究してい く方向にある。これは,半導体レーザでは1Gbps以 上の高速の直接変調が可能であることに加えて,高 出力化と高性能化が進展していることによる。今後 の技術的問題としては,半導体レーザのアレイ結合 による高出力化,発振スペクトルの高純度化とコヒ ーレント通信の実現,半導体レーザと固体レーザ媒 質を組み合わせた直接変調光増幅などがある。これ らに加えて,光ファイバ通信にはない空間ビーム形 成技術,捕捉・追尾・ポインティング技術の高度化, 更に宇宙環境下での信頼度を高めるための素子選 別・評価技術等の一層の進展が必要である。

(通信技術部 物性応用研究室 主任研究官)




指宿・山川の正月風景


山川電波観測所

 九州の南端から謹んで新年のごあいさつを申し上 げます。

 鹿児島県は地理的に南北に長く,本土だけでなく 南西諸島に沿って大小の島々が点在し,その範囲は 延々と600qに及んでいます。したがって,熱帯魚 の見られる南の与論島から,深い雪にとざされる日 もある県北部まで,風土・気候の違いが大きく,そ こで営まれる人々の生活様式も多様であります。各 地方に伝承されてきた四季の行事も,もともとは地 域色豊かなものでしたが,最近では衰退の一途をた どっているようです。ここでは主に指宿,山川地方 に伝わる正月行事を新旧とり交ぜて紹介します。

  

指宿,山川の風土

 薩摩半島の南端部には,九州一の深さ,面積をも つ池田湖をとり囲むように指宿市,山川町,開聞町 の三つの市や町が隣接し,そこに約5万の人が住ん でいます。この一帯は周りを鹿児島湾,東支那海の 波が洗う霧島屋久国立公園の主要地を占め,豊かな 温泉群と景勝地に恵まれた観光地として全国に知ら れています。

 この地方は指宿(阿多)カルデラ内にあり,火山 の博物館といわれます。その中心をなすものが池田 湖とその湖面に美しい姿を映す開聞岳で,共に当地 方のシンボルです。狭い地域内には多種の形態をも つ小火山帯がひしめき,更には池底−鰻池−成川− 山川港と続く爆裂火口が北西から南東にかけて並ん でいます。静寂なたたずまいの鰻池も,成川の町も, 天然の良港もすべて火口跡なのです。およそ5万年 前,壮大な天地創造のドラマがこの一帯でも活発に 繰り返されたのです。指宿の地名は「豊湯宿」に由 来し,泉源が700を超す豊富な湯量を誇り,また山 川町にも七つの温泉が湧出しています。世界唯一と いわれる指宿の天然砂むし温泉は,美容と健康に効 果があると,最近,若い女性の人気を集めています。

 地域の歴史も古く,古代追跡も多くみられます。 なかでも200余体の人骨が出土した山川町の成川遺 跡が有名で,山川観測所の敷地内にも弥生時代の貝 塚があるのをご存知の方は少ないでしょう。

 ここ南薩一帯の気候はすこぶる温暖多雨で,年平 均気温は18度,年平均降水量は約2250oであります。 1月でも平均気温が8度以下に下ることがないため, 海岸部では霜をみることもありません。したがって, クロマツや常緑広葉樹が主に植生し,亜熱帯植物の ソテツやビロウが自生し,カイコウズ,ブーゲンビ リア,ハイビスカスなど原色の花が四季を通じて咲 き競い,南国の風情を楽しませてくれます。

  

正月行事

 トシトイノバン(大みそか)は年越しそばならぬ スンカン(里芋,アゲ,コンブ,ニンジン,大根等 をしょうゆか味噌で味つけしたもの)を一家そろっ て食べるのが習わしでした。

 元旦はもよりの神社に初詣での外,開聞岳,大野 岳,魚見岳の頂上で初日の出を拝む人が多いようで す。「若コナイモシツロ」,「若コナシタロ」,「若コナ イヤシタ」などが,年輩の人々の間でいまでも交わ される正月のあいさつです。

 元旦の朝食はもちの雑煮がほとんどですが,サト イモンスモン(里芋の吸物)を会食する家も多かっ たようです。伝統的な鹿児島のオセチはダイコン, ニンジン,里芋,ゴボウ,コンニャク等の煮しめ料 理を中心に,縁起もののコブ巻やカズノコ,ナマス などが加わり,正月料理として受け継がれてきまし た。最近はほとんどの家庭が現代風に様変りしてい ます。

 一般に元旦を自宅で祝い,ケネヂュウ(家内中) そろって親元や兄弟,ヤウッ(親戚)の家を回り, 会食するショガッデ(正月礼)は2日以降幾日もか けて行われていました。ショガッデは年とともに派 手さがなくなり,町で酔っぱらいの姿をみかけるこ とも少なくなりました。

 1月6日から7日にかけてはムカドシ,ナンカン セッ(7日正月)と呼ばれました。七草がゆは万病 を払い邪気を除くといい,南九州一円に広がるこの 習わしは,子供の成長を祈念する重要な新年行事で した。7歳を迎える子供をもつ家庭では,この日の 朝ナンカンズシ(七草がゆ)を作って祝い,重箱を 持って親戚や知人宅7軒を訪問し,ズシモレ(ズシ は味噌味の雑炊)をしていました。

 県内ではこの地区だけといわれるサンコンメは, 山川町の長崎鼻周辺の地区に伝わる無病息災を祈る 7日の日の行事です。5円から100円までの硬貨を詰 めた,長さ約2mのモウソウ竹を若者が担いでぐる ぐる回り,道路に投げつけます。やがて割れた竹か ら飛び散るお金を子供らが競って拾い合います。

 同じ7日の夜,上記地区の2か所にいまもウネッ タッ,オネンノヒ(鬼火たき)の風習が残っていま す。鬼火たきは,竹のはじける音で鬼を追い払うと いい,ここでは共にモウソウ竹を海岸に埋め,その 周囲に各家庭から持ち寄った門松等を積んで燃やし ます。昔は若者たちの勇壮な火祭りでしたが,最近 は規模が随分小さくなったと聞きます。

 1月14日になると山川町内の池田湖に接した地区 でダセチッが行われます。嫁が早く子宝に恵まれる ようにと祈る行事で,部落中の子供らが「ダーセン, ダーセン……」とはやしながらダセ棒で地面をつき, 帰りには持参した袋いっぱいお土産をもらいます。

 古い話ですが,正月2日から15日にかけて各地で 15歳になった若者のニセ入り式がありました。いま でいう成人式です。鹿児島独特の郷中教育で,若者 たちはこの日から一人前と認められ,部落の警備, 祭事への活動義務を負わされました。素朴で何とも ユーモラスなニセ入り式は戦後とだえました。

 悪魔や疫病を退散させるという山川町利永のメン ドン(面殿)は1月16日部落民総出で行われます。 祭りの主役は,部落の若者数人が女装あるいは奇妙 ないでたちをし,顔に面(オカメ,ヒョットコ,鬼, 天狗等)をつけたメンドンです。行列のご神体をく ぐり,ご飯をもらい,メンドンから大根につけたヘ グロ(スス)を塗られた人は,その年災難から逃れ るといい,陽気な笑い声が一日中絶えません。

 ちょっと変った風習ウナッメイ(鰻参り)が行わ れるのもこの日です。16日は俗に地獄の釜のふたが 開く日といわれ,過去1年以内に不幸のあった家族 は,連れ立って鰻池のほとりにある鰻地蔵にお参り をし,線香をたきます。

 1月中旬の日曜日(今年は1月11日),指宿では全 国のトップを切って指宿,菜の花マラソンが開催さ れました。今年で6回目を数えるこの大会は,有名選 手こそいませんが年ごとに盛況を加え,今回は参加 者が5,000人を超す九州最大のロードレースに成長 しました。遠く北海道をはじめ全国各地から集まっ たジョガー(選手)達は,開聞岳の麓を走り抜け, 菜の花の咲き乱れる池田湖岸を巡る42qのコースに 挑み,明るい陽光を浴びながら健脚を競います。菜 の花マラソンは南薩地方の春を告げる使者でもあり ます。

(観測所長 大山 治男)


山川町のメンドン(1月16日)




新年の抱負

40年間の総決算をこの1年で


小泉 徳次

 還暦を迎える年まで,業務の大半を電離層の資料 関係にたずさわって40年間を経過したが,積年の不 勉強がたたり“デンリソウ”のデの字しか知識を持 ち合わせないまま馬齢を重ねてしまった。しかしこ のデの字(電離層観測資料の読み取り)のみでも, 国際的統一基準に準処し,多くの上司,先輩の蓄積 された資科と知識を基にして,読み取り方法の決定 版と観測資料の変遷なるものをまとめたいと念願し ている。40有余年の長きにわたった研究所への御衣 奉公もあるし,小輩のライフワークをこの一点に濃 縮して,貧乏暇なしでもよい,閑 居して不善をなすことを防止した い。本卦帰の齢など吹飛ばす。



亀さんのように!


太田 安貞

 時の移り変りが年々早く感じられる。多忙でとい うよりは,力不足で時間ばかりが足早に過ぎ去って ゆく。急速に発展する社会への順応性に欠けている のか,落ちこぼれの感が強い。これは常日頃の向学 精神の欠如のゆえか。しかし時ばかりは待ってくれ ない。こんな中,いかに対処し充実した日々を過す かは,一にも二にもやる気!これっきゃない。しん どいけれど為せば成る。一念発起。体力の続く限り。 時間の許す限りただ前進あるのみ。人生重荷を負う て山坂を登るがごとしというではないか。亀さんの ようにゆっくりでよい,着実に緩 みなく大地を踏みしめての前進の 年でありたい。




先んずれば…


吉本 繁壽

 新年あけましておめでとうございます。めでたい 亀と卯年に因んでお話を一つ。もしもし亀よ、かめ さんよ…,と「もしかめ」を剣玉で何時間もやると ギネスものです。何でも長く続ければいいというも のではないが。ところで,イソップの兎は亀に先ん じて走ったのに勝てなかった。なぁ〜んでか。それ は,亀が「人」でなかったから!? 前置きが長くな りましたが,現実の世界でも着実さは必要ですし, 兎の瞬発力も必要。寝た兎(と)を起こして,守りか ら攻めに転じて,公私とも充実していく転機の兎年 にします。高齢独(長く続けてい る)…,六日のあやめ(凝り性, 泥縄)…の別称返上か。



北海道一周


野尻 英行

 月日が立つのは早いもので,稚内に来てから1年 半が過ぎてしまった。来た当時,折角の機会なので 是非北海道を一周し,雄大な自然を満喫しようと計 画したが,予想以上に広くいまだに半分程度回った だけである。そこで今年は,残り半分を回り有名な 温泉にもつかりたいと思っている。それにできれば 稚内から数十q北にあり,現在はソ連領となってい るサハリンにも行ってみたいと思っている。その外 には,自分の健康管理のために昨年から始めた献血 (採血のあと検査表が送られてくるから)を今年も続 けたいと思う。






米国コーネル大学に滞在して


丸 山   隆

 科学技術庁長期在外研究員として,昭和60年10月 1日から1年間,米国ニューヨーク州に在るコーネ ル大学に滞在する機会を得た。ニューヨークと聞く と,摩天楼と治安の悪さを思い浮かべる人も多いが, コーネル大学の在るイサカ市はニューヨーク市から 西へ約400q入った湖の点在する丘陵地帯に位置し ている。人口は3万人ほどで,最寄の都市までは車 で1時間(約100q)離れており静かな町である。この 付近の湖は,どれも幅2〜3q,長さ数10qの南北 に細長く延びた形をしており,Finger Lakesと呼 ばれている。その中の一つカユガ潮の南端から湖 を見下ろす位置に740エーカー(300万u)のキャンパ スがある。

 コーネル大学はEzra Cornellの創始した私立の 総合大学で,筆者の滞在したのは工学部の電気工学 科である。その中に,彼等がSpace Plasmaと呼ん でいるグループがあり,3人の教授と3人の上級研 究員を中心に主として電離圏,磁気圏の研究を行っ ている。主な研究手段は非干渉性散乱レーダ(ISレ ーダ)とロケットである。ISレーダは電離圏研究の ための極めて強力な手段であるが,大規模な送受信 設備と,電波障害を防ぐための広大な敷地が必要で ある。そのため,世界中に数か所の施設があるにす ぎない。その中で,Space Plasma Groupの関与し ているのは,ヒカマルカ(ペルー),アレシボ(プエ ルトリコ)及びサンダー・ストルム(グリーンランド) の各レーダである。ロケット実験はこれらのレーダと の同時観測が中心となっている。これらの実験を行 うための研究費は年間,約100万ドルで,その大半は 米国科学基金(NSF)及び米国航空宇宙局(NASA) からの補助金である。研究費からはレーダ運用費(電 力代,実験旅費,現地スタッフの給料)の外,研究 補助員の名目で大学院学生への生活費の補助と,授 業料も支払われている。

 滞在中の研究テーマは,赤道域の電離圏不規則構 造に関するものであったから,磁気赤道直下に在る ヒカマルカの観測データを解析した。ヒカマルカは ペルー国立地球物理学研究所に所属するが,実質的 にはコーネル大学によって運用されている。

 米国滞在中に,実験スタッフに加わってヒカマル カ電波観測所を訪れる事ができた。レーダはペルー 共和国の首都リマ市の郊外にある。アンデス山脈の 西側は雨が少なく,レーダ施設の周辺はほとんど砂 漠である。飛行機の格納庫を思わせる観測棟と300m ×300mのアンテナは威容を誇ってはいるが,老朽化 はかなり進んでいる。敷地内は散水しているため, かろうじて緑があり,蜂鳥などが飛んで来ていた。

 最後に,出張に当たってお世話いただいた多くの 方々に感謝します。

(電波部 電波媒質研究室 主任研究官)


ヒカマルカ電波観測所




外国出張報告


地震前兆の電波の受信による地震予知
−61年度日ソ文化交流報告−


 日ソ文化交流研究員として昭和61年9月19日から1か 月間ソ連邦科学アカデミ地球物理研究所及びグルジア共 和国科学アカデミ地球物理研究所に滞在し,地震前兆の 電磁波に関する研究を行った。両所は地震予知では世界 をリードしている著名な研究所である。従来,電波の受 信による地震予知は,鯰の動きによる予知程度の評価し か受けていなかったが,ソ連において,昭和61年は電波 受信による地震予知が他の手法を追い越した記念すべき 年となった。すなわち,地震前兆の電波の発生・伝搬の モデルの作成・検証に成功するとともに,人工雑音等を 完全にシールドした地下500〜1000mの洞窟内で,地震の 約2週間前から発生する電波のうちの1〜100kHzを受信 し,そのスペクトル変化から,地震前兆の電波を地震(本 震)及び余震に伴う電波と弁別することに成功した。ま た,筆者が鋼管深井戸をモノポールアンテナとして地中 の長波を観測したときのデータ・方法を紹介したところ, ソ連にも深さ3.5qの観測井があるので早速同じ方法で 観測を始めるとのことであった。

(第二特別研究室長 高橋 耕三)



1986超伝導応用会議に出席して


 昭和61年9月28日から10月3日まで米国メリーランド 州ボルチモア,ハイヤットホテルで開催された標記研究集 会に参加した。2年ごとに開催されるこの会議は超伝導 技術関連の最大の国際集会であり,超伝導発見からちょ うど75年目に当たる今回の会議では複数のノーベル賞受 賞者の講演を含む記念のシンポジウムが開催されたが, その場に居合すことができたのは大きな喜びであった。 ポスターセッションにおいて,@直列のジョセフソン素 子における高調波の異常な高効率発生現象及びANbN 薄膜のジョセフソン素子でのミキシング動作,の2件に ついて発表を行った。いずれも新しい現象を含んだ実験 結果であったので,それぞれ多くの関心を集めた。ポス ターセッションの個別で自由な型の議論において,物理 現象として一見特異な実験結果とそれらの解釈について 大方の研究者の同意が得られ,結果に対する確信を得る ことができたのは大きな成果であった。

(通信技術部 物性応用研究室 主任研究官 松井敏明)



IEC/TC12無線通信関係会議に出席して


 IEC(国際電気標準会議)の第50回大会は昭和61年 10月1日から9日まで,西ベルリンで開催された。欧州 の大都会ベルリンでの開催は73年ぶりという。筆者の出 席したTC12(無線通信),SC12F(移動無線)など18 の技術委員会が総会,理事会とともに開催され,36か国 と3国際機関から約600名が参加した。
 12Fの成果として,移動無線用データ受信機の性能測 定法が,当所が行った実験の結果に基づく日本の大幅修 正案に沿う形でまとまったことである。また,ディジタ ル音声通信に対応するWG3,4を新設するなど組織の 再編を進めた。TC12についてもいえることだが,ディ ジタル時代に対応する組織が必要になっている一方,主 要メンバーの引退が相次ぎ,転換期であるとの印象を持 った。その前週オランダのハーグで開催されたWG1会 議が空転し,長い歴史を閉じたのも,柔軟性を出しきれ なかった議長に負うところ大であることを考えると,組 織を生かすのは,結局人なのである。

(企画調査部 国際協力調査室 主任研究官 久保田文人)

第37回IAF(国際宇宙航行連盟)会議に出席して


 昭和61年10月4日から11日まで,“SPACE:New Opportunities for all People”を主題に標記の会議がオー ストリア国インスブルック市で開催された。インスブル ックは冬季オリンピックで日本にもなじみの深い,中世 の面影の残る小じんまりとした清潔な観光都市である。
 IAFは宇宙航行に関する全分野をカバーしている。 本年の会議は61の分野に分けて行われ,約40か国から約 1,300名が参加した。このうち,衛星通信に直接関係のあ るのは3分野で,22件の発表があった。筆者は,固定衛 星通信及び放送衛星の分野で,CS-2のパイロット計画 及び実利用の状況について報告した。ヨーロッパの次世 代の衛星通信計画として,より高度な準ミリ波帯の利用 に関する発表も2件あり,日本が世界に先がけて開発し 実用化に成功したこの周波数帯の衛星通信が世界的な市 民権を得て,今後技術開発が急速に進展するであろうとの 印象を受けた。我が国でも一層の研究開発が必要であろう。

(鹿島支所 第二宇宙通信研究室長 山本 稔)





短 信



総合考査の実施


 昭和61年12月1日から5日までの間,郵政省首席監察 官室による総合考査が,4名の考査官によって昭和56年 以来5年ぶりに実施された。
 今回は,「積極的に業務を推進,運営していくための 体制が確立されているか」及び「研究計画の策定と実施 が適切に行われているか」といった点を中心に,業務運 営全般について考査が行われた。
 引き続いて12月16日には首席監察官及び上席監察官に よる講評が行われ,業務推進体制,研究の計画と実施, 研究成果の評価と利活用,特許の管理,定常的に行って いる業務及び事務部門の運営の各項目について言及され た。結論として,改善を要する点について若干の指摘は あったものの,全般的に重大な非違事項はなかったとさ れた。今後とも当研究所が全所一体となって業務の積極 的な推進を図り,立派な成果を上げるよう期待する旨述 べられて,約1時間半にわたる講評を終了した。



基礎研究強化について五研会開催


 恒例の五研会(電波研究所,通産省電子技術総合研究 所,日本電信電話株式会社研究開発本部,日本放送協会 放送技術研究所,国際電信電話株式会社研究所)の昭和 61年度後期の会議が,12月3日,幹事機関となった日本 電信電話株式会社の茨城電気通信研究所において開催さ れた。
 会議には,五研究機関の所長,本部長等構成メンバー 15名が出席した。
 議題は,五研究機関共通の重要課題としている「基礎 研究強化のマネジメント」であり,基礎研究の強化に向 けて,その推進の基本理念,活性化を図るための施策及 び推進方策,創造性・独創性の発揮のための施策につい て,それぞれの研究機関から研究管理の現状,留意して いる点,方策等について報告がなされ意見交換が行われ た。また,会議終了後には,メンバー一同,同所の研究 施設を見学した。



第2回SLARによる海上油汚染観測実験


 電波計測研究室では,環境庁による国立機関公害防止 等試験研究費により,海上の油汚染監視を主たる目的に した航空機搭載実開口レーダ(SLAR)を開発し,昭和 61年8月の実験に続いて第2回の実験を同年11月13,14, 16日に行った。13日は前回と同様に風速6〜7m/sの海 上に異なった広がりや異なった膜厚のオレイルアルコー ルによる擬似油汚染領域を作成し,映像データの取得及 び各種の入射角,方位角での散乱特性の測定を行った。 14,16日の両日には海上保安庁の協力を得て,実際の油 汚染情報を入手して,その領域の観測を行った。14日は 紀伊水道上の極めて薄い油汚染を観測し,また,フライト 中に大量の赤潮を発見したので観測したところ,SLAR で赤潮が十分検出できるという副産物も得られた。16日 は大阪湾内の3個の小さな油汚染観測を行った。これら 実際の油汚染の詳細なデータ処理は現在進行中であるが, 擬似油と同様に実際の油汚染でも十分検出できることが 確認できた。



オゾン測定用航空機搭載DIAL


 当所では,異なる波長で発振する参照用と測定用の2 台のCO2レーザを搭載している航空機搭載型DIAL(参 照光と測定光の差分吸収からオゾンを測る方式)の開発 を行っている。昨年夏の飛行実験は光化学スモッグ発生 時のオゾン測定を目指して,7月上旬より準備されてい たが,梅雨が長引き夏にも雨が多かったため,9月にな ってやっと飛行実験を実施することができた。飛行実験 は,調布飛行場から東京相模湾にかけて行われ,航空機 搭載DIALは,満足に動作し,初めてオゾンの高度分布 を航空機上で求めることができた。しかし現在のシステ ムは,データ処理系の処理速度が遅いため,約1時間の 飛行においてのレーザの総発射数が少なく,航路に沿っ てオゾンの2次元分布を出すにはさらに改良が必要であ る。今後この点を改良し,地上観測や航空機実験を重ね, さらに詳細なオゾンの高度分布データの取得を目指して いる。なお,この研究は,環境庁の公害防止等の試験研 究費を受けて実施されたものであることを付記しておく。