音声符号化技術の動向


中津井 護

  

はしがき
 最近,音声符号化技術の動向について,所外から の問い合せがとみに増えている。そのうらには,実 は,音声符号化技術をめぐる環境の激変があって,シ ーズが未成熟のままニーズが先走りしているという 事情があり,さらに,その変化は新しい電気通信体 制に端を発している。したがって,ここでは,このよ うな大きな環境変化とその背景に焦点をあてて,音声 符号化技術の現状と動向を述ベ,あわせて当所の音 声研究の一端を紹介する。
  

通信自由化の波
 高度情報社会を迎えるための新しい電気通信体制 について,例えば,政策官庁への脱皮をうたった郵 政省の改組,インフラストラクチャとしての電気通 信のあるべき姿をめざした電気通信事業法の制定, 電電公社の民営化等のニュースが紙面をにぎわし茶 の間にも伝えられたのはつい1,2年前のことである。 現在では,新たな参入をめざす第一種電気通信事 業の準備が着々と進められ,サービスが開始された。 特に,NTTより借りた高速ディジタル回線の一部 分をリース(又貸し)ないしリセール(切り売り) するという商売が現われるなどは旧体制では思いも よらないことである。
 ここでの主題である音声符号化技術をめぐる環境 の激変は,昭和59年11月の旧電電公社による高速デ ィジタル回線のサービス開始を震源としている。こ の高速ディジタル回線は最大6Mb/s(メガビット/秒) の情報伝送容量をもち,単位情報量当たりの伝送コ ストが格安で,どのようなメディア情報をどのよう な形で回線に乗せるかはユーザの自由であるなどの 今までにない特徴を持つ。したがって,ユーザは各 各の多様なニーズに応じたマルチメディア多重化装置 (音声,画像等をディジタル化し,更にデータ等と あわせて一本の回線に乗せる装置)を導入し,専用 の情報通信ネットワークを構成することができる。 このような方法によって,従来のメディアごとに用 意された回線を利用する場合に比べて,通信コスト が数割削減され,さらに,初期投資もこれにより2, 3年で回収できることが報告されている。
 ところで,当時の主要な情報通信ユーザの通信費 に関する調査によると,図1に示すように,電話料 がそのほぼ半分を占めている。そこで,前に述べた 多重化装置において,情報圧縮技術を用いた音声符 号化(ディジタル化)方式を採用すれば,通信費用 を更に削減することができる。これが,最近,音声 符号化技術に熱いまなざしが注がれている理由であ る。初期の多重化装置ではビットレート(情報伝送 速度)64kb/sのPCM(パルスコード変調)符号化 方式が主流であったが,最近では32kb/sのADPC M(適応差分PCM)方式等がほとんどの装置に採 用され,さらに,16kb/s以下の方式を採用するもの も現われている。しかし,16kb/s又はそれ以下の低 ビットレート方式の品質は必ずしもユーザに満足さ れていないようであり,その辺の事情を以下に概説 する。


図1 1企業当たりの通信費の内訳:
   主要504社の平均

   (日経コミュニケーション 1985.10.7号より)

  

音声符号化技術の現状
 音声をディジタル回線を用いて伝送するためには, 音声信号を符号化する必要がある。ディジタルオーデ ィオ等でなじみのPCM方式は通信の分野でも広く 用いられており,64kb/sのものが国際的に標準方式 とされている。しかし,前にも述べたように回線を 効率的に利用して経済性を追求する場合や,移動通 信のように有限な電波資源を有効に利用するために 狭帯域化が至上命令である場合には,音声の情報圧 縮技術を活用して,PCMよりも符号化のビットレ ートを大幅に低くする必要がある。
 音声符号化は音声認識や音声合成と同様に,一般 の音声処理技術を基礎とし,その発展とともに高度 化してきた。図2は音声処理の階層性を示したもの で,左側が分析・認識の流れ,右側が合成の流れを 示し,下へ行くほど高度の処理となる。左端が各段 階の音声情報の表現方法を表わす。横方向の流れが 各段階の音声伝送(符号化)方式を示し,その上に ビットレート,下に代表的な方式名を付記した。符 号化方式は,波形符号化,分析合成,準言語単位伝 送の順に発展してきたが,認識結果である言語単位 を伝送する方法が究極的な形態と考えられ,更に進 んで概念を仲介とすれば自動翻訳電話にも通じる。 各方式の現状はおおむねに示すとおりであり,準 言語単位伝送は基礎研究の段階である。安定な固定 回線に比べ種々の障害のある移 動回線では実用へ向けての適用 段階が一歩遅れており,不特定 多数の利用者を対象とする公衆 回線に対して,閉じた利用者の 自営回線では半歩進んでいるこ とに注目されたい。


図2 音声処理の階層性と伝送(符号化)方式


表 音声符号化技術の現状(PCMを除く)

 第1世代の波形符号化方式は, 音声波形の統計的性質(振幅分 布や標本値間の相関)を利用し て情報圧縮を図るもので,AD M(適応デルタ変調)やADP CM(適応差分PCM)がその 代表例である。ある程度の品質を保つためには,情 報圧縮率がPCMの1/3程度(24kb/s)までが限 界であった。当所では昭和58年に,ディジタル移動 通信用の16kb/sのCADM(複合適応デルタ変調) の研究開発に着手した。その成果は,先に述べた高 速ディジタル回線利用のシステム用として注目され,

写真で示すようなVLSIによるハードウェアとし て実現された。本来の目標である移動通信には,本 年夏に打ち上げ予定の技術試験衛星X型による移動 体衛星通信実験で実証実験を行う予定である。


CADMのアルゴリズムを焼き込んだ信号処理VLSI

 第2世代の分析合成方式はボコーダとも呼ばれ, 音声波形の分析(主にスペクトル分析)によって得 たパラメータの時系列を伝送して音声波形を合成す る。LPC(線形予測符号化)がその代表例である が,部分的に波形符号化を併用して高品質化をねら ったRELP(残差駆動LPC)やAPC(適応予 測符号化)なども提案されている。先に述べた情勢 の変化により,最近ではほとんどの関連機関におい て研究開発が活発化しており,我々としては研究の 対象を第3世代に移した。
 第3世代の準言語単位伝送方式は,パラメータ時 系列を言語的単位に準じる時間区分(セグメントと 呼ぶ)に分割し,その類別情報を伝送するもので, 送信側では音声認識の一歩手前までの処理を行う。 図3は当所で研究を開始した半音節を単位とする時 間区分の例であり,スペクトル変化の谷にあたる縦 実線で自動的に区分したものである。日本語の音節 は仮名文字に対応し,半音節はそれを半分に分割し たものなので,音声の伝送のみならず,認識や合成 にも有望な処理単位として期待している。


図3 半音節単位への自動区分の例(単語「函館」)

  

むすび
 実用間近な第1,2世代では,方式の最適化に よる品質の向上と低コストのハードの実現が鍵であ る。第2,3世代の方式では,ベクトル量子化と呼 ばれる手法を併用することによって,情報圧縮率が 格段に高くなることが注目されている。なお,図3 の結果は,田中良二音声研究室長との共同実験によ ることを付記する。

(企画調査部 企画課長)




衛星電波とMUレーダによる
電離圏不規則構造の同時観測計画


皆越 尚紀

  

電離圏不規則構造とは
 電離圏の電子密度は通常生成(電離),消滅(再結 合,付着),輸送(拡散,電磁力)の作用が平衡する ように分布するものだが,時おり何かの原因で平衡 が乱れて,大きさや形について固有な分布(空間ス ペクトル)をとることがある。電離圏不規則構造と はこのような平衡状態から乱れた分布を意味し,そ のスペクトルは非常に広く,それぞれのスペクトル 特性によって,電波伝搬に様々な現象を起こす(図 1)。


図1 電離層不規則構造の空間スペクトルと電波
   観測(Booker,L. Atomos. Terr.
   Phys. ,Vol.41, p.501, 1979年)

 近年人工衛星の利用が広がる中で,衛星電波の強 度や位相に変動(シンチレーション)を引き起こす 10^-2〜10^-4mの大きさの不規則構造が電波伝搬や超 高層大気物理学の分野で関心がもたれるようになっ た。ここでは衛星電波のシンチレーション観測から 見た日本付近の中緯度不規則構造の性質と生成機構 モデルを紹介し,これらを解明するための観測計画 について述べる。
  

中緯度不規則構造の性質と生成機構モデル
 中緯度不規則構造は赤道地域と高緯度の二つの活 動域の緩衝地帯のようにいわれて,最近まであまり 注目されていなかったが,赤道地域の研究が一段落 した後の新課題として取り上げられようとしている。
 当所ではETS-U(130°Eに静止)の136MHz電 波を利用して,シンチレーションとファラデー回転 の長期観測を実施し,日本付近の不規則構造や全電 子数の性質を明らかにしてきた。図2(a)に東京で観 測したシンチレーションの発生頻度,(b)に太陽黒点 数の推移を示す。これによると不規則構造は主に 夜間に発生し,その頻度も時期によっては非常に高 いことが分かる。季節として夏季に最も高く,太陽 黒点数の上昇につれて低下する傾向が見られる。日 本で観測したシンチレーションの発生頻度が中緯度 にしては高い値を示すのは,伝搬路と地磁気方向と の交差角が小さい(約15°)ためと考えられる。とい うのは不規則構造は一般に磁力線方向に伸びた形を しており,交差角が小さいほどシンチレーションが 大きくなるからである。また,シンチレーションと ファラデー回転の同時観測により,強いシンチレー ションの発生時にはファラデー回転にも変動が起こ ることが明らかになった。ファラデー回転は伝搬路 上の全電子数に比例するから,このことは小スケー ルの不規則構造の発生と大スケールの不規則構造が 強く関係していることを示唆している。


図2 (a)東京で観測したシンチレーションの発生頻
    度(シンチレーション指数Sl≧3.0dB)
   (b)太陽黒点数(直線:12か月移動平均値)

 不規則構造の生成機構についても多くの研究が行 われているが,中緯度の場合はその要因が確として おらず,まだ定説がない。今までに静電場の寄与の 仕方で異なるモデルが提案されている。その一つ, E×B不安定は静電場の向きに電子密度の勾配が存 在すると,密度分布のわずかなゆらぎが増幅されて 不安定になるという説である。もう一つのモデルは Parkins理論である。これは夜間F領域の平衡状態 を維持している東向きめ電場に,南北方向の電場が 加わると,水平方向の密度勾配がなくても不安定に なるという説である。その外に中性大気の内部重力 波やプラズマ圏からの熱フラックスを要因とする考 えもある。
  

不規則構造の同時観測計画
 静止衛星電波による電離圏観測は長期連続観測が 容易なので,統計的性質を調べるのに適しているが, 高度に関する情報が得にくい。それに対して,レーダ やイオノゾンデによる観測では電離圏の各種物理量 の高度分布が測定できる。我々は京都大学のMU レーダ(Middle and Upper Atmosphere Radar) が共同利用施設として運用を開始されたのを機に, 本文題目の課題で共同研究に参画した(図3)。M Uレーダではインコヒーレント散乱エコーから電子 密度,プラズマ温度,イオンドリフトなどを推定す ることができるし,電子的にビームがスキャンでき るので,送信ビームを地磁気磁力線に直交させれば, 沿磁力線の不規則構造を観測することもできる。当 所の本所(小金井)と山川電波観測所において,E TS-U136MHzのシンチレーション及びファラデ ー回転の観測並びにイオノゾンデによる電離圏観測 を定常的に行っている。これらの観測結果と京都大 学信楽観測所のMUレーダ及びイオノゾンデによる 電離圏観測結果とを総合的に解析する。不規則構造 と背景にある電離圏状態の関係から,中緯度不規則 構造の性質の,より正確な解釈と生成機構の解明の 手がかりが得られることを期待している。

(電波応用部 電磁波利用研究室長)


図3 不規則構造の同時観測配置図




≪外国出張≫

フランス地球惑星環境物理学研究センター滞在記


吉 門  信

  

経 緯
 昭和60年10月1日から1年2か月の間,フランス 政府の給費制度“Allocation pour Sejour Scientifique de longue duree(科学研究のための長期 滞在給費)”により滞在費を,また,科学技術庁から 旅費を支給されるパートギャランティ研究員として, 在外研究の機会を与えられ,フランス地球惑星環境 物理学研究センター(略称:CRPE)に出張した。 これは,昭和58年ごろ,当時の衛星計測部長とCR PE所長との間で始められた,日仏科学技術協力の 一環としての研究者相互派遣のための交渉の結果で あり,CRPEからは,A. J. Levy氏が来日して 当所に3か月間滞在されたことは,本ニュース1986, 8,No.125に掲載のとおりである。また,CRPEには, 私以前に数名の当所職員が,同様にフランス政府給 費留学生として滞在したことがある。
  

出張の日的と概要
 CRPEの組織の性格,構成等については,本ニ ュース1983,12,No93で,猪木誠二研究官(当時)に よって詳しく紹介されているように,国立通信研究 センターと国立科学研究センターの両方に属する研 究機関であるが,個々の職員の所属はそのどちらか 一方である。その名称どおり,人類をとりまく環境 の幅広い領域を研究の対象とする六つの部から構成 されており,その中の低・中層大気部に属して海洋 表面の電波リモートセンシングに関する研究を行う のが,私に課せられた仕事であった。
 CRPEは土壌水分,海洋波浪等のリモートセン シング研究を目的として,ヘリコプタ搭載Cバンド (5.33GHz)FM-CWレーダを開発しており,既に 大量の海洋観測実験データが取得されている。デー タ解析を担当されているR.Bernard氏は,観測地点 の局地的な風とは無関係に,遠方から伝搬してくる 長波長のうねりによって,海面からの電波後方散乱 係数が変調されている観測例を示し,これを説明す るモデル計算等を私に勧められた。ここでは,CR PEのやや旧式の計算機にとっては,かなり時間が かかる三重積分等を含む計算をくり返した後に,一 応もっともらしい結果が得られたことだけを報告し ておく。
  

感 想
 フランスはいろいろな面でばらつきの多い,つま り,分布の幅の広い国であると,国民の身長の分布 等を例にとって言う人がいたが,フランス人から見 ると日本の文化的指標のばらつきなどは,フランス の比ではないに違いないと感じた。広々とした自然 の美しさはいうまでもなく,都市部の緑の豊かさな ど,やはり総合的に見てよく調和のとれた,住みよ い国である。最後に,このすばらしい機会を与えて 頂いたフランス政府,CRPE,科学技術庁及び当 所の関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

(企画調査部 企画課 主任研究官)


CRPEがリモートセンシング研究用に開発した
FM-CWレーダを搭載するヘリコプタ




外国出張報告


リッチモンド局における局内遅延較正実験


 昭和61年10月6日から11月2日までUSNO(米国海 軍天文台)リッチモンド観測局(フロリダ)に出張した。 当所はリッチモンド局との間でVLBIを用いた時刻比 較実験を行ってきたが,局内遅延の正確な値が不明であ ったため絶対時刻比較はできなかった。今回の出張は, リッチモンド局の局内遅延を当所で開発した基準受信装 置を仲介として測定することを目的としていた。この実 験には,基準受信装置をアンテナの上に据え付けるとい う難作業も含まれていたが,米側スタッフの協力により, すべての作業は滞りなく行われた。今回の実験により, 精密時刻比較では避けて通れない局内遅延の問題などに 関し,貴重なデータを得ることができた。また,米国の 多くの研究者と実験を共にすることで,彼らの日常生活 や研究に対する意気込みなどを垣間見ることができ,貴 重な体験となった。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 技官 木内 等)



IAU,CDP会議に参加して


 昭和61年10月6日から11月2日まで,絶対時刻比較基 礎実験の実施と二つの国際会議での発表のため,米国に 出張した。ここでは,二つの国際会議について述べる。
 10月15,16日にワシントン市のゴダード宇宙飛行セン ターで開催された地殻力学計画(CDP)会議に出席 した。世界各国から地殻力学・地球物理に関係する研究 者が100人以上参加していた。筆者は,Trans-Pacific 実験(太平洋プレートの運動を詳細に測定しようとする 日米VLBI実験)の中間報告を行った。
 10月20日から24日まで,ワシントンから200q離れた ウエストバージニアの保養地クールフォントで,第128 回IAU(国際天文学会連合)シンポジウムが,目のさ めるような紅葉の中で行われた。筆者は,VLBIで観 測した電波源の位置の推定結果などについて発表した。
 VLBIをはじめとする世界最新の研究活動について の知識を得ることができ大変有意義な出張であった。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 研究官 高橋 幸雄)



韓国標準研究所を訪問して


 当所は最新の宇宙技術を使い,総合的な時刻比較シス テムを構築しているが,二国間科学技術協力協定の枠内 において,これと関連して韓国標準研究所(KSRI) と衛星による時刻比較に関して共同研究を行っている。 今回韓国側の招待により昭和61年11月17日から10日間, KSRを訪問し,GMS及びGPSによる時刻化 較について,技術協力と実験の打ち合わせを行った。 KSRIはソウルと釜山の中央にある大徳研究学園都市 にあり,時間,長さ,質量等の基本物理量の標準はもと より,温度,電圧,放射線強度など様々な標準の研究を 行っている。創立は1975年で歴史は浅いが,研究者の研 究意欲は高く将来が期待される。韓国の生活様式,風土 等は日本と似ている面も多く,親しみを感じたが,滞在 中には金日成主席の暗殺が報道され,南北対立の一面を 見せられたりもした。

(標準測定部 周波数・時刻比較研究室 主任研究官 森川 容雄)



日米共同降雨観測実験に関する業務引継ぎ


 当所の開発した航空機搭載レーダによる降雨観測実験 が,現在当所とNASAとの共同で進められている。こ れは衛星搭載降雨レーダの開発を目的としており,第1 段階の実験(昭和60年から61年)には鹿島支所中村主任 研が実験実施担当として参加した。次期の実験(昭和63 年)は熱帯の降雨,特にハリケーンの観測をカリブ海で 実施する計画であるが,その実験には筆者が参加する予 定である。そのため昭和61年11月22日から17日間, NASAの要請によりゴダード宇宙飛行センターを訪問し業 務引継ぎを行った。主に,実験遂行に不可欠な機器の据 え付け,調整,操作及び取得データの一次処理等につい て引継ぎを行うとともに,次期の実験に必要となる機器 の改修計画をたてた。また,本実験を推進するNASA 関係者の面識を得,今後の実験計画等に関して議論を行 うことができた。その中でNASA側が本レーダにより 取得されるデータに強い期待を持っていることが感じら れた。

(電波応用部 電波計測研究室 主任研究官 古津年章)



GLOBECOM'86に参加して


 昭和61年12月1日から4日まで,米国テキサス州ヒュ ーストンにおいてGLOBECOM'86が開催された。 初日を除く3日間で52の技術セッションがあり,それに 並行してIEEEの各種技術委員会も開催された。筆者 は,「コヒーレントマッチドフィルタを用いたスペクト ル拡散通信装置の開発」を「スペクトル拡散システムの 最近の開発状況」についてのセッションにおいて発表し た。また,アジア太平洋委員会や通信システム技術委員 会(CSEC)にも参加し,かなり多忙なスケジュール であった。今回の会議ではスペクトル拡散関係で三つの セッションがあり,このうちの二つに出席したが,聴講 者も多くこの分野の研究が盛んになっている印象を得た。 発表内容は,米国の研究者からは耐干渉性に関するもの が多く,米国以外からは変復調方式や符号化方式につい ての発表が多かった。筆者の発表論文に関しては,聴講 者からアドバイスや情報が得られ,非常に有意義であっ た。

(宇宙通信部 移動体通信研究室 研究官 鈴木 龍太郎)



第18回PTTl出席及びNRC訪問


 昭和61年12月2,3日にかけて米国ワシントンで開催 された,第18回精密時刻及び時間間隔の応用と計画会議 (PTTI)に出席し,「電波研究所における時間と周波 数に関する研究成果」及び「電波研究所セシウムビーム 一次周波数標準器のビームオプティックス」の2件の発 表を行った。今回のPTTIには7か国13の政府機関か らの活動報告があり,当所が行っている研究の重要性及 びその使命を改めて認識する機会にもなった。
 原子標準関係の発表は改良研究に関するものが多かっ たが,当所からの発表は基本設計に関するものというこ とで興味を集めた。また,会議の合い間には,多くの関 係者と意見交換を行うことができた。帰途,オタワのカ ナダ国立研究院(NRC)を訪れ,物理部基礎標準研究 所の時間・周波数標準と光標準研究施設及びヘルツベル グ天体物理学研究所の宇宙物理研究室を見学し,旧知の 研究者との討論を行うことができた。

(標準測定部 周波数標準課長 中桐 紘治)





短 信



超小型VLBI局の開発


 銀河系外の電波源を座標の基準点として地球上の任意 の地点間の距離を数pという超高精度で計測するVLB I技術は,現在多くの分野で利用・応用されはじめてい る。特に最近では離島の位置決めなどに有効な可搬性の 高い小型VLBI局へのニーズが高まりつつある。しか し,VLBIで観測する電波源は数億光年以上も遠方に あり,地球に到達する電波は極度に微弱である。そのた め固定基地局のアンテナが大開口径であっても相手局ア ンテナを超小型にすることは困難であった。現在稼動中 のVLBI局で最小のアンテナでも直径が5mである。 当所のVLBIグループではアンテナ開口径の不足を周 波数帯域や観測方法で補うことを考え,世界最小の3m アンテナから成る超小型VLBI局の開発を進めてきた。 現在,アンテナ・駆動系が完成し,鹿島支所構内で26m アンテナと組み合わせた予備実験を行い,80mという近 距離ながら2pの測距精度を得ている。さらに,受信系 等を整備することで本所(小金井)や離島への移設実験 を行う外,次世代VLBIシステムや新しい応用分野の 開発に活用する予定である。



MUレーダ利用RASS実験


 第二特別研究室では,昨年暮れに冬期3回目のMUレ ーダ(中・高層大気探査用レーダ)利用RASS(電 波音波共用隔測装置)実験を行った。RASSは,音波 面からのレーダ・エコー(RASSエコー)のドップラ ー周波数から音速を求め,それから気温を算出する装置 である。今回の実験目的は,偏西風が強い冬期の高高度 の観測と,その連続観測の可能なことを実証することに あった。
 実験は,高度10q付近に風速60〜70m/sの偏西風があ る状態で行われ,高度範囲4.5〜9qのRASSエコー を30分ごとに約4分間観測する方法で,43時間の連続観 測を行った。今回の実験で得られたRASSエコーの最 大高度は,11.6qに達し,冬期の世界記録を更新した。 また,対流圏上部の特定した空間を連続観測(ゾンデで は風で流されるため不可能)するのは,今回が世界最初 であり,気温の短期変動の検出に有効と考えられている。 今回の実験の成功によりRASSの応用面が一層拡大さ れた。



周波数標準計測システムの更新


 当所における周波数標準計測システムが12年ぶりに更 新された。旧システムは,昭和47,48年度に標準施設移 転を目的として整備されたもので,昭和49年から24時間 連続で稼動してきた。このシステムは周波数・時間の標 準及び標準時を決定し,これを維持するためのもので あり,当所のセシウム原子時計相互及びJJY送信所の セシウム原子時計の比較,国内外関係機関との時刻比較 並びにこれらデータの集録と公表月報の作成などに用い られている。
 今回のシステム更新は,昭和59年から3か年計画で進 められ,上記業務の外に原子時計全体の加重平均による 合成原子時の計算や,これを基準に発生される協定世界時 UTC(RRL)の制御,GPSによる時刻比較で確度 の改善された国際比較データの利用及び衛星利用の時刻 比較や標準供給実験に必要な衛星の軌道計算など,多く の機能が追加されている。これらのソフトウエアはすべ て当所担当者の開発によるもので,昭和61年10月1日に 所期の計画どおり新旧システムの切り換えが行われ,現 在,順調に運用されている。