宇宙天気予報


丸橋 克英

  

はじめに
 アーサー・C・クラークのSF小説に「太陽からの 風」という短編がある。巨大な帆に太陽の光を受 け、光の圧力で宇宙を推進する太陽ヨットのレース の物語である。この夢のようなアイディアが実現に 向けて動き出している。地球から約5万q離れた 軌道をスタート地点として、月までの約38万qを 競う太陽ヨットレースの計画が、日、米、英、仏の 4か国の間で検討されているということである。ス プートニクの打上げから30年、スポーツ的な宇宙活 動が具体的な話題として登場するまでになったとい う事実は、この間の宇宙開発の急速な発展を象徴的 に物語っている。

 宇宙空間がスポーツやレジャーの対象として一般 化するのは、まだまだ先のこととして も、宇宙開発の産業化の動きを中心と して、人間の生活圏が宇宙空間へひろ がる時代は、確実に近づいている。今 世紀中には宇宙ステーションが実現 し、21世紀初頭には宇宙工場の建設も 考えられている。宇宙に多くの建造物 がつくられ、多数の人間が常時、宇宙 で生活するようになる時代には、宇宙 の自然環境は人間の生活にどんなかか わりをもってくるだろうか。

 地球大気圏の外側は、プラズマと呼ばれる電離し た希薄な気体と放射線の世界である。その環境条件 は、太陽の活動に応じて、地上の天気とは比べもの にならないほど激しく変化する。そして時には、人 体に直接の危険を及ぼしたり、宇宙機器の誤動作や 故障を引き起こしたりする。このような危険を避け るために、宇宙の自然環境の変化の予報が必要にな る。これが「宇宙天気予報」である。
  

なにを予報するか
 宇宙天気予報の目的は、宇宙で活動する人間の安 全を守ること及び様々な宇宙機器・システムの安全 な運用に必要な環境情報を提供することである。そ の予報内容は、図1に示すように、放射線予報とプ ラズマ流予報に大別される。放射線予報は、太陽フ レアに伴って発生する太陽X線と太陽宇宙線の予 報、ヴァン・アレン帯の名で有名な地球固有の放射 線帯の変動の予報に分類される。放射線帯の変動と プラズマ流量の変化は、磁気嵐に伴って起こされる ものである。


図1 宇宙天気予報で提供される予報の種類

 放射線が人体に直接の危険を及ぼすことは、誰も が知っている。地上では1p^2当たり1sという厚 い大気の層によって、放射線帯や太陽X線、太陽宇 宙線から保護されている。これに対して、現在使用 されている宇宙船や宇宙服の放射線に対するシール ドはどの程度のものであろうか。

 スペース・シャトルのシールドは、薄い部分で、 1p^2当たり2g相当、最も厚い底の部分で20g相 当の厚さである。船外活動用の宇宙服は、わずか 0.1gに相当する厚さしかもっていない。宇宙服の シールドは、作業性能の面から、あまり大きくする ことは困難なので、放射線帯での船外活動は、絶対 に避けなければならない。太陽フレアによって放射 される太陽X線、太陽宇宙線も、船外活動時に1〜 10時間さらされれば、年間被爆許容値に達するほど の強度をもつことは、まれではない。船外活動は放 射線帯の動きと、太陽X線、太陽宇宙線の予報によ り、安全なときに計画しなければならない。

 宇宙空間には、更にエネルギーの高い銀河宇宙線 が飛びかっている。しかし、これらの粒子は人体を らくらく貫通し、体内でエネルギーがほとんど吸収 されないので、その人体への危険は小さい。

 放射線は、人体に直接の危険を及ぼすほか、宇宙 機器の動作にも影響を与える。放射線が論理素子に 吸収されたとき、素子の内部を電離して、ビット状 態を反転させることがある。放射線強度が高い状態 では、これによる電子機器の誤動作が、宇宙機器や システムに致命的な損傷をまねかないよう、運用に 十分な注意が必要になる。また、放射線の電離作用 により、絶縁材料の内部に電荷が累積し、ついには 放電によって機器の破壊に及ぶこともある。これを 防ぐためには、絶縁物内の電荷クリーニングの技術 も必要になるかも知れない。

 宇宙のプラズマが宇宙機器に重大な影響を及ぼす 現象として、人工衛星の異常帯電が広く知られて いる。磁気嵐の際には、静止軌道の付近で数10keV 程度のエネルギーをもつプラズマの流量が急激に増 加する。人工衛星がこの流れに入ると、数万ボルト にも帯電し、電位分布の不均一から放電を起こし、 電子機器の誤動作や損傷の原因となっている。今 後、宇宙建造物の大型化に伴って、この問題は更に 重要になると予想される。この被害を防ぐために帯 電による電位差を小さくする作業が必要になる。こ のため、宇宙機器・システムの運用計画に、異常帯 電の原因となるプラズマ流の予報が必要である。
  

どのように予報するか
 すでに述べてきたように、宇宙天気予報は太陽フ レアと磁気嵐の予報が基本である。
 太陽フレアは、太陽黒点周辺の磁場にエネルギー が蓄積し、これが爆発的に太陽大気中に放出される 現象である。このとき発生する太陽X線、太陽宇宙 線の強度も、基本的には蓄積されたエネルギーに よって決められる。したがって、太陽フレアに伴う 太陽X線、太陽宇宙線の予報は、太陽黒点周辺に蓄 積されるエネルギー量と、その空間分布を常に監視 することによって可能になる。そのために必要な観 測は、太陽大気の構造と運動の観測、太陽面磁場構 造の観測、太陽黒点周辺領域の温度分布の観測であ る。

 磁気嵐は、太陽風と地球磁場の電磁的相互作用の もとでバランスしていた地球周辺のプラズマや放 射線帯粒子の分布が、太陽風の状態の大きな変動に 応じて、急激に変化する現象である。太陽風の状態 の変動は、太陽フレア、プロミネンス爆発、高速太陽 風の吹き出し口の出現の三つの原因で起こされる。 それぞれ、太陽の観測から、太陽風の状態変動が予 測され、これにより、磁気嵐の規模、地球周辺のプ ラズマ流の変化、放射線帯に起こされる変化を予報 することが可能である。

 図2は電波研究所が中心となって、西暦2000年頃 までに実施しようとしている宇宙天気予報を概念的 に示している。太陽の状態を常に監視しつづけるた めには、国外の観測データによって、日本の夜の間 の太陽の状態を知る必要がある。また、国内の観測 データも積極的にとり入れることによって、監視体 制は強められる。このためのコンピュータ通信によ るデータネットワーク、独自の太陽観測施設、予報 モデル運用のためのコンピュータ、予報を検証する ための放射線とプラズマ環境の人工衛星観測施設の 以上四つが宇宙天気予報システムの核である。


図2 宇宙天気予報の実施概念図

 宇宙天気予報の実施には、現在の地上の天気予報 とは少し違った注意が必要である。地上の天気予報 では、一般に利用者は天気の実況を知っている。こ れに対して、宇宙の天気は目に見えないので、必要 に応じて、利用者が希望する時に、実況を知る手段 が提供されていなければならない。この目的には、 宇宙天気予報センターの実況モニターを、常に利用 者との通信回線にのせておくか、利用者が自由に実 況モニターにアクセスできるようにしておくなどの 方法が考えられる。
  

おわりに
 西暦2002年は太陽活動の極大期に当たる。このと き、どんな宇宙天気予報が出されているか、地上の 天気予報風に想像してみよう。

 「10月19日世界時0時発令の宇宙天気予報をお知 らせします。はじめに概況です。18日6時にマグニ チュード6のフレアを起こした黒点領域250号は、 太陽面経度、西経45度にあって衰退中です。黒点領 域251号は東経15度にあって発達を続けています。 東経90度から、発達した黒点領域252号が現れてき ました。太陽活動は今後1週間は活発で、引き続き 警戒が必要です。次にフレア警報です。黒点領域 251号のエネルギー蓄積は、マグニチュード7級の フレア・レベルに達し、不安定になりつつありま す。今後3時間以内にマグニチュード7以上のフレ アが発生する確率は30%です。MX級の太陽X線、 太陽宇宙線を伴う見込みです。宇宙天気予報実況モ ニターに御注意ください。おわりに磁気嵐予報で す。昨日黒点領域251号で発生したフレアは、中型 の太陽風じょう乱を引き起こし、秒速1000qで地 球に向って接近中です。このため20日0時頃から中 型の磁気嵐が予想されます。20日6時から9時まで の間に、L5領域にプラズマ流の侵入があるでしょ う。放射線強度はL4より外側の領域で10倍程度に 上る見込みです。この領域を飛行予定の衛星、宇宙 船は警戒が必要です。以上で0時発令の宇宙天気予 報を終わります。」

(平磯支所長)




TRMM衛星搭載降雨レーダシステムの検討


岡本 謙一

 TRMM(Tropical Rainfall Measuring Mission :熱帯降雨観測)は、宇宙からの熱帯地方の降雨観 測を目的とした人工衛星計画である。本計画では高 度約300q、軌道傾斜角30°の軌道に1993年の打上 げを目指して、昨年末より日米共同で1年間の、 Feasibility Studyが実施されている。TRMM衛 星計画並びに当所が降雨レーダに関するFeasibility Studyを開始するに至った経緯については、本ニュ ース第120号及び第132号を参照されたい。
 同衛星には、AVHRR(Advanced Very High Resolution Radiometer:改良型超高分解能放射計)、 マイクロ波放射計とともに、二周波降雨レーダの搭 載が計画されている。図1に、TRMM衛星の概念 図を示す。AVHRR及びマイクロ波放射計につい ては、既に宇宙からの観測実績はあるが、降雨レー ダについては、今まで衛星に搭載された実績はな く、TRMM衛星搭載降雨レーダが最初の宇宙空間 における降雨レーダとなる。当所では、TRMM搭 載降雨レーダシステムについてNASA側の降雨レ ーダに対する要求条件(表1)に基づき、国内メー カーの協力を得てシステムデザインを本年初めより 実施してきた。降雨レーダについての概念検討は、 NASAよりの委託の形で、米国ジェット推進研究 所(JPL)でアトラス博士(本年3月、当所に1 か月間滞在した元NASAゴダード宇宙飛行センタ ー大気研究部長)の指導の下に当所とは独立に実施 されている。当所での降雨レーダシステムの検討結 果については、第2回及び第3回のTRMMのExpert Panel Meetingにおいて進ちょく状況を発表し てきたが、その都度、NASA、JPLの担当者と 相互に情報交換を実施してきた。


図1 TRMM衛星の概念図

表1 降雨レーダーの対する要求条件

 また、衛星と降雨レーダのインターフェースにつ いては、NASA側のミッション解析グループと連 絡を取りつつ検討を実施してきた。
 昭和62年6月15日から19日まで、NASA本部及 びNASAゴダード宇宙飛行センターにおいてNASA、 JPL及び当所より降雨レーダの検討結果を持 ち寄り相互に率直な意見交換の会合がもたれた。筆 者もこの会合にNASAの招待により出席した。最 初の1日半は、主にJPLが開発を計画している航 空機搭載降雨レーダの設計の評価が、アトラス博士 を議長として実施された。この降雨レーダは、TR MM衛星と同期して衛星パスの下を飛行し、TRM M衛星データとの比較のための降雨データを収集す ることを目的としている。
 残りの2日半は、TRMM搭載降雨レーダシステ ムについてアトラス博士、JPLのフック・リー博 士、NASAのメネギー ニ博士及び筆者を中心に した会合がもたれた。こ の中で、当所とJPLの システムの相違点、定義 の差、消費電力の見積り 根拠等の疑問点を明確に することや衛星全体のシ ステムパラメータの概要 についての大筋の打合せ を実施した。
 最終日は、NASAゴダ ード宇宙飛行センターで TRMM衛星全体の取り まとめを行っているキー ティング氏と降雨レーダ に割当て可能な消費電力 について打合せた。TRMM衛星は高度が約300q と低く、大気低抗の影響が大きく太陽電池パネルを 広く展開することができないため、降雨レーダに割 当て可能な電力は二周波で最大300Wであるとの ことであった。したがって、我々の降雨レーダシス テムの検討は、消費電力を極力少なくし、かつ、N ASAの要求条件を満たすという相反する条件の下 で最適設計を行うという困難な課題であった。検討 は図2に示すCase1〜Case3の三つの場合について 実施した。いずれの場合も、宇宙空間での使用に耐 える寿命の長い(少なくても3年以上)送信管(T WTA又はSSPA)を用い、パルス圧縮法により 実効的に大きなピーク電力、短いパルス幅、及びレ ンジ方向の独立サンプル数の増加を実現している。 Case1は、2個のプラナアレーとTWTAを組み合 わせたパッシブフェイズドアレーレーダ、Case2 は、2個のプラナアレーとSSPAを組み合わせ たアクティブフェイズドアレーレーダである。ま た、Case3は二周波で円柱状のパラボラアンテナを 共用するパッシブフェイズドアレーレーダである。 これらの三つの場合のシステムパラメータの例を表 2、表3に示す。また、Case1〜Case3の消費電 力の見積りを表4に示す。いずれの場合も、NAS A側の要求条件及び消費電力の制限条件を満たして いる。


図2 TRMM衛星搭載降雨レーダについての概念設計

表2 降雨レーダパラメータ例(Case1,Case3)

表3 降雨レーダパラメータ例(Case2)

表4 消費電力及び重量の見積り

 現在Case1〜Case3のトレードオフを実施してい る段階であるが、アンテナの 電気的特性及びマッチドビ ームの条件を考慮したとき、 各周波数で独立したプラナ アレーの方が優れていると 考えられる(図1のTRMM 衛星概念図のアンテナとは 異なる)。TWTAとSS PAについての選択は今後 の検討によるが、重量及び システム構成の単純さの点 ではTWTAの方が、ま た、信頼性の方は素子数の 多いSSPAの方が優れて いるように思われる。さらに、 アンテナ走査についても、 降雨の有無を判断し、降雨 領域のみのデータを収集す るアダプティブ走査方法の 概念を降雨レーダシステム に反映させ、消費電力、データレートの軽減及び独 立なサンプル数の増加を図ることも検計している。 本降雨レーダは最初の宇宙機搭載の降雨レーダであ り、当然のことながらシステム全体は可能な限り単 純な方が望ましいわけではあるが、現在の技術的限 界(送信ピーク電力等)を考慮し、パルス圧縮法 や、アダプティブ走査等の新しい考えも一部導入せ ざるを得ないと考えている。
 本年12月には1年間のFeasibility Studyの結 果を取りまとめ報告書を提出することにしている が、降雨レーダについても、それまでにはトレード オフを実施し、最適な方式に絞る予定でいる。当所 で研究を開始した宇宙からの降雨観測のプロジェク トが発足してから約10年になるが、ようやく行く手 に明りがかすかに見えてきたように思われる。国内関 係機関及びNASAとの国際協力の下で、ぜひTR MM計画を実現させたいと願っている。

(電波部 大気圏伝搬研究室長)




宇宙技術による精密時刻比較


高橋 冨士信

 近年、周波数・時間は計測の基礎となってきてい る。これは、これらの量が他の物理計測量に比ベ て、際立って精度の高い測定が可能であるためであ る。宇宙技術を利用すれば、遠隔地の時計の比較精 度を大幅に改善でき、さまざまな精密計測に応用で きるので、時刻比較研究の現況を紹介したい。
  

時刻を合わせるとは?
 遠く離れた2地点の時計を合わせることは、科学 技術の基本的課題である。有名なアインシュタイン の同時性に関する思考実験を考えてみよう。図1の 二つの時計M1,M2は座標系Sで静止しているとす る。4次元表現では、両方の時計は時間軸tに並行 な軌跡(世界線)を描く。ある瞬間に両点の真ん中 の原点からパルスを送信し、二つの時計をパルスで トリガーすれば、時計は「合った」ことになる。つ まりA1とA2は座標系Sにおいて同時である。と ころが座標系Sに対して運動している座標系S'か ら見たとき、座標軸は図1のx'軸、t'軸のように 傾くため(これをローレンツ変換という)、A1,A2 の両トリガー点は時間軸t'で見てずれが生じてしま う。このずれはおよそ運動速度÷光速×パルス伝搬 時間の値で決まる。例えば地球の赤道上での自転速 度463m/sで一方の座標系が運動しており、パルスの 伝搬時間が0.1秒の場合には150ナノ秒ものずれが生 じる。これはサニヤク効果とも呼ばれ、アインシュ タインの時代にはこの効果の検証は容易ではなかっ たが、現在の時刻比較技術では、十分な精度でこれ を測定することができる。


図1 アインシュタインの思考実験
   における時計と光の世界線

  

双方向衛星通信による時刻比較
 当所は双方向つまり各局から相手方へ同時に時刻 パルスを発射する時刻比較法の研究に力を注いでい る。この手法が高精度である理由を説明しよう。
 図2に示すとおり、A,B両点の時計のずれを儺 とし、両点間の伝搬時間を11°とする。Aでは時刻 t1にパルスを発射しBではt2に発射し、それぞれ の相手局からのパルスをt3及びt4の時刻に受信し たとする。A,B両点での時間間隔の計測結果をTa, Tbとすると、
   Ta=Tp+儺,Tb=Tp-儺……@
が成立するので、次式のとおり求める時間のずれ 儺は伝搬時間Tpと分離される。これが双方向方式 の高精度の理由である。
   儺=(Ta-Tb)/2,…………A
但し、A式は両時計が静止し、双方向伝搬経路が一 致している時にのみ成立する。時計が運動している 場合には、サニヤク効果を考慮する必要がある。


図2 双方向時刻比較における
   送受信パルスの時間的関係

 当所は米国の静止衛星ATS-1や我が国のCS、 CS-2両衛星を利用して双方向時刻比較(精度1 ナノ秒)の技術を確立してきた。また、国際度量衡 総会は、昭和62年10月に、「疑似ランダム信号を用 いた双方向衛星通信による時刻比較の実施を各国及 び国際的な責任機関が支援するように」との勧告を 決議した。そこで当所はインテルサット衛星などを 利用して、この方式による精密国際時刻比較実験を 実施していく計画を進めている。
  

GPSによる国際時刻比較
 GPSは米国の測位衛星システムであり、昭和65年 までに合計18個の衛星を軌道にのせ、3次元測位をす ることを目的としている。各衛星は原子時計を搭載し ており、国際報時局を中心に現在、GPSからの信号 を仲介とする方法が国際的な時刻比較に利用されて いる。当所は昭和59年までに受信機を自力開発し、G PS原子時と日本標準時の比較結果を国際報時局へ 送付している。現在の比較精度は約10ナノ秒である。
  

GMSによる国際時刻比較実験
 現在当所では、気象衛星(GMS-3)による時刻 比較実験を、豪州国立計量研究所、中国上海天文台、 韓国標準研究所との間で測距信号(1.684GHz:200 kHzで位相変調)を仲介として実施してい る。GMS-3はアジア・オセアニア地域 を広くカバーしているため、この地域の精 密時刻比較実験に大変適している。簡易な 受信機を使用しているにもかかわらず、3 点測距データなどを入手できるため、衛星 の位置を高精度に決定できるので比較精度 が高い。この方式では現在20ナノ秒の精度 を達成している。
  

VLBIによる時刻比較
 衛星によるものではないが、宇宙技術を 利用したものとして、VLBIによる時刻比 較が実現している。位置のよく決まった2 点間でVLBI測定をすれば両局の原子時計 の時間差を知ることができる。既に昭和59 年12月より鹿島支所と米国海軍天文台のV LBI局との間で毎月1回の実験を行ってき ている。VLBIによる時刻比較は、現在、精度0.1 ナノ秒を達成しており、超高精度の比較方法といえ る。しかし装置が大がかりである点と、局内遅延の 補正が必要なことが解決すべき課題である。後者に ついては、昭和61年10月にゼロ基線干渉法を日米両 局で実施し0.5ナノ秒の精度で補正に成功した。
 また、VLBI技術により原子時と地球の自転に 基づく世界時を直接比較することにも成功してい る。この成果を活用すれば、「うるう秒」の決定に 貢献することも可能であろう。
 以上の外、放送衛星を利用した文部省緯度観測所 などとの時刻比較実験を行っており、精度20ナノ秒 程度を得ている。当所の時刻比較技術を図3 にまとめた。


図3 電波研究所が実施している
   宇宙技術を利用した時刻比較方法

  

まとめ
 当所は周波数・時刻の元締めである日本標準時を 維持・決定し、広範な国民の利用に供している。以 上に述べた時刻比較技術は、日本標準時の利用を更 に高度化するのに役立つことが期待される。
 また、時刻比較は活発な国際協力の側面をもって おり、先進諸国との連携・協力と同時に途上国への 技術支援も当所に求められている課題である。

(標準測定部 周波数・時刻比較研究室長)




≪外国出張≫

ブレーメン大学に滞在して


増子 治信

 海洋のマイクロ波リモートセンシングに関する研 究を行うため、アレクサンダー・フォン・フンボルト 財団(在ボン)の援助を得て、昭和60年9月末より 約2年間西ドイツに滞在しました。最初の4か月間、 中部ドイツの大学都市ゲッチンゲンで語学研修を受 け、その後、北ドイツのブレーメン大学で研究を行 いました。ブレーメンでなじみ深いのは、グリム童 話のブレーメンの音楽隊ですが、その外、中世北ヨ ーロッパのハンザ同盟の雄としてリューベック、ハ ンブルグ等とともに栄えたことを記憶されている方 もありましょう。ブレーメン大学は30年ほど前、ド イツの大学生の増加に対処するため新設された、規 模も比較的小さな大学です。以前西ドイツで海洋の マイクロ波リモートセンシングを手がける唯一の機 関はハンブルグのマックス・プランク海洋学研究所 でした。そのチームリーダのヴェルナー・アルパー ズがリモートセンシング部門を率いてブレーメン大 学教授として移ったのはほぼ3年ほど前です。これ に従いまして筆者の渡独先もハンブルクからブレー メンに代わりました。アルパーズ教授は合成開口レ ーダによる海面の映像メカニズム等に関する理論的 研究で有名ですが、その外にこの研究室では北海の タワーでの散乱計実験(米国NRLと共同)、航空 機搭載Cバンド散乱計を用いた海洋観測実験等を手 がけています。この航空機実験はヨーロッパリモー トセンシング衛星(ERS-1)の基礎データの収 集が目的で、ESAが主催し全ヨーロッパ(カナダ を含む)的規模で行われています。筆者もイタリア シチリー島沖で行われた実験に参加し、航空機に搭 乗する機会を得ました。

 ブレーメン市は人口約60万人、市でありながらド イツ連邦共和国を形成する11州の一つとしてハンザ 同盟自治都市の伝統を色濃く残しています(ハンブ ルクも同じ)。町は北海からヴェーザー河を70q ほどさかのぼった所にあり、西ドイツ国内ではハン ブルクに次ぐ大きな港を持ち、輸入されるタバコと コーヒーのほぼすべてがここを通過しています。近 年では船舶の巨大化に伴いヴェーザー河の河口にブ レーマーハーフェンという港町(ブレーメン市の一 部)が発達し、日本から輸入される自動車の多くも この港で荷上げされます。このフレーマーハーフェ ンにはアルフレッド・ヴェーゲナー極地研究所があ り、西ドイツの極域研究の中心となっています。こ のように港湾都市としての伝統が強いため、近年の 海運不況の影響をうけ失業率は10%を超えています が(日本の失業率と単純比較はできません)、近郊 にはエアバスの製造工場や西ドイツのスペースプロ ジェクトD1の中心的役割を果たす企業があり、航 空と宇宙の町として脱皮を図っています。ドイツを 一言で言い表すなら、「美しい森の国」ということ になるでしょう。ブレーメンも例外にもれず、町の 中心を一歩外れれば市民公園の森が広がり、道路に は鹿(野生動物)に注意の標識が見られます。市民 公園がつきるあたり(大学はそこにあります)から 森と牧場そして畑が交互に連なりその間をクリーク が流れる北ドイツ特有の美しい風景が広がります。 残念ながらせっかちな日本人旅行者にはこの美しい風 景を楽しむことはできません。ドイツでは伝統的な 自治制度により、多数の人々及び機関が1か所に集 中することはありません。しかし、発達した交通と 通信網によって生活の不便を感じることはありませ ん。この分散した人口、それにより可能となる豊か な自然そして快適でゆったりとした生活は西ドイツ の人々の誇りです。

 有意義な西ドイツ滞在に援助をくださいましたア レクサンダー・フォン・フンボルト財団、ブレーメン 大学、アルパーズ教授ほかの皆様に感謝いたします。

(電波応用部 電波計測研究室 主任研究官)




≪随筆≫

レコードとの出会い


角川 靖夫

 先日、久しぶりにLPを整理する気持になり、改 めて一枚一枚手に取り、眺める機会をもった。その 当時、それぞれ相当の思い入れと期待をいだいて 買ったはずなのに、1回ぐらいしか聴かなかったも のが結構あるのには驚いた。そこで、なぜ物好きに レコードを集めようという気になったか、買うとき の選択はどのようにしていたか、気になりだした。

 収集のきっかけは、中学3年の初め頃にある。人 口一万余の富山の片田舎で西洋音楽とは無縁の生活 を送っていた。この年、クラスの編成替えがあり、 やせ気味で、非常におとなしく、むだ口をきかず、 好んで仲間に入ろうとせず、勉強にも特別興味を示 さず、それでいて何か数歩先を考えている風なM君 がいた。近所のちょっと屈曲した考えをもつU君と は性が合ったらしく、一諸に彼の家へ遊びに行こう と誘ってくれた。彼の部屋は2階の10畳ぐらいで、 窓の少ない陰気な感じがした。本棚には仏文学の本 も百冊ぐらいあり、その右横に当時としては珍しい 縦形の電蓄とSPが50枚ぐらい置いてあった。明るい 話し方ではないが、仏文学が趣味で、シャンソンやエ ディットピアフは本物の心で唱っているとか、ティ ノロッシのビロードの声は素晴らしいとか、その新 鮮な話題に大きなショックを受けた。その後でシュ ーベルトの、死と乙女(確か、ブッシュ弦楽四重奏 団だと思う)を聴いた。深刻ぶった顔付きをせず、 黙って聴いている彼には感心したが、音楽は先ず聴 いて自分自身で霊感を受ければそれで十分であり、 芸術は語るものではないというような意味のことを 喋ったのが今でも心に強く残っている。

 高校は別々になったが、1年生のとき巖本眞理弦 楽四重奏団の同曲の生演奏に接した。席も良かった が、初体験の感激でしびれたことをはっきり憶えて いる。

 大学生活は東京で過ごすことになり、NHKホー ルや東京文化会館の内外の演奏会に何十回も接し、 何回か感心したが、今だにそれを超えるものがな い。どうも耳がだんだん肥え、純粋無垢で素朴な気 持になかなかなれず、また、音符は読めないが、あ またの解説書や参考書で妙な知識が身につき、つい 分析したがるようになったためらしい。

 当然の成り行きとして、世界規模でもっと素晴ら しい感銘を与えてくれる演奏に接してみたい気持に かられ、LPに手を出し始めた。寮費を滞納して名 前を張り出されたりしたが、最低月1枚は買う目標 を立てた。貧乏学生に1枚3千円はこたえた。

 最初は本屋でレコード雑誌の今月の推せん盤欄を 立ち読みして買っていたが、2年の中頃から、聴い てみてどうも心がのらない盤にぶつかった。職業の 義務感めいた推薦盤もあることが分かり、聴くのは 自分であり、評論家や音楽家ではないということに 気付いた。そこで、二つの選択法を考えた。一つは 放送中のLPでこれはと感心したもの、もう一つは 自分の好みの評論家を見付け、他は参考にとどめる 方法である。時間の制約もあり、ある時期から後者 の方法をほぼ踏襲し、いつの間にかLPは優に千枚 を超えてしまった。

 ある日、録音源が同じCDとLPで音楽の好みに 違いはできるか気になり、幾つか聴き比べてみた が、私には変わりはなかった。オペラは知らない が、接した生演奏と録音盤についてもほぼしかりで あると感じている。ただ、VHDディスクでは視覚 情報が加わり、カメラワークも良いものが多いせい か、臨場的な一体感が強かった。

 このような体験を通し、かなり落着いた気分でレ コードを聴けるようになったこの頃である。

(総合通信部長)



短 信



電気通信フロンティア技術研究会が発足


 郵政省は、21世紀の高度情報社会における電気通信の 将来像を明らかにし、これを実現するための電気通信フ ロンティア技術に関する検討を行うため、「電気通信フ ロンティア技術研究会」を発足させることとし、その第 1回会合を10月14日に郵政省で開催した。この研究会 の要員は、学識経験者、電気通信事業者、メーカ、関連 分野の代表者から構成され、電気通信フロンティア技術 の研究開発を促進するために、産学官を含めた研究開発 体制の具体策、国際的な貢献を行うための国際共同研究 の在り方及び効率的、効果的な研究開発を促進するため の具体的方策等について2年計画で検討を行い、提言を 行う予定である。なお、電波研究所も、電気通信におけ るフロンティア技術に関する調査研究専門委員会の構成 メンバーとして、上記の研究会の検討に参画する。



準マイクロ波帯伝搬実験の開始


 総合通信部通信系研究室では、今後の陸上移動通信需 要に対処するための新しい周波数帯の開発の一環として 準マイクロ波帯陸上移動伝搬の研究を行っている。これ まで準マイクロ波帯陸上移動伝搬実験の準備を進めてき たが、昭和62年10月13日に準マイクロ波帯伝搬実験用無 線局の免許を受けた。
 京都大学池上研究室の協力を得て、都市内における電 界強度距離特性の第1回走行実験を10月19日から23日ま で京都市内で実施した。基地局送信機を京都大学構内に 設置し、移動測定車で京都市内の主要道路を走行した。 準マイクロ波帯の1.5GHz帯、2.3GHz帯及び2.6GHz 帯で貴重な伝搬データを収集した。特に、2.3GHz帯及 び2.6GHz帯の都市内伝搬データの取得は世界でも初め てであり、有意義な実験であった。詳細な特性は今後の 解析をまたねばならないが、従来固定系にしか用いられ ていなかった準マイクロ波帯を陸上移動通信にも利用で きる見通しが得られた。



第73回研究発表会開催される


 去る10月21日、当所4号館大会議室において標記の発 表会が開催され、塚本所長のあいさつのあと8件の発表 が行われた。
 発表会は、当所の研究成果を広く公開することを目的 に年2回(春、秋)実施しているもので、専門分野外の 人でも分かりやすい発表内容及びスライド作成を心がけ ている。
 来聴者は、68社(前回34社)の会社の方を含め、官 庁、大学、法人並びに個人としての参加者を加え234名 に達し過去最高であった。超満員の会場では活発な質 疑、討論が続出し、終日活気にあふれていた。また、ロ ビーにおいても多数の人がモニターテレビで聴講した り、聴講者と発表者との討論等も見られた。昼休みには 関係施設の見学、テレビニュースの録画撮りなどもあっ ていつになく熱気があふれていた。最後に佐藤次長から 閉会のあいさつがあり、発表会は成功りに終了した。
 なお、来聴者からはアンケートによる質問、意見を今 回も多数いただいており、これらを今後の発表会の発 展、充実に活用していく予定である。



SSLG第1回計画会合開催される
−TRMM、字宙天気予報など日米協力で推進−


 宇宙分野における日米間の国際協力は、SSLG(Standing Senior Liaison Group:宇宙分野における日米常 設幹部連絡会議)のもとで、各種プロジェクトが推進さ れている。このSSLGには、将来の協力活動について 実務者レベルによる広範な意見交換を行うという趣旨 で、宇宙協力活動計画会合が設けられている。この度、 第1回計画会合が10月26日から2日間箱根において開催 された。本会合には、米国からNASA宇宙科学応用局 長ほか十数名の実務者、日本から科学技術庁をはじめ当 所を含む関係機関の実務者、40名余りが参加した。
 本会合では、約30テーマの日米協力プロジェクトが合 意された。当所関連では、熱帯降雨観測計画(TRM M)、スペースVLBI計画、地殻プレート運動研究等 について引き続き推進することが合意された。さらに、 本会合に新規提案された宇宙天気予報計画についても、 米国側の賛同が得られ、昭和63年に予定されているSS LG本会合において日米協力の研究プロジェクトとなる 運びとなった。