1. はじめに
来たるべき21世紀に向かって,人類の宇宙への進
展は目を見張るばかりであり,太陽系全体にその活
動領域を広げようとしている。宇宙への人類の大き
な発展を実現していく上で,情報機能の中枢を担う
宇宙通信は非常に重要となってきている。この重要
な宇宙通信において,宇宙光通信は,大容量データ
伝送が可能で,小型軽量,干渉がないなどの他の手
段では実現し得ない特徴をもち,将来の宇宙通信の
主役になることは確実である。このため,21世紀か
らの完全な実用化を目標に,米国(NASA),欧州
(ESA)各国ともに,しのぎを削って研究開発を
進めている。宇宙光通信はその手法や技術において,
研究の進んでいる,地球や宇宙の光学計測と共通し
た面が多く,先進諸国での技術開発をより促進させ
る要因となっている。
こうした世界のすう勢に歩調を合わせ,国際的な,
研究を行っていくための我が国の中心的な施設とな
るべく「宇宙光通信地上センター」が昭和62年度の
補正予算で認められた。昭和62年度末に完成し,運
用を開始する予定で現在,電波研究所(小金井市)
の構内に建設が進んでいる。電波研究所ではこれま
で,口径50pの望遠鏡を持つ光学装置を用いて衛星
追尾やレーザ光伝送を行い,衛星の位置や姿勢を高
精度に決定する研究を行ってきた。これを発展させ
て,本地上センターは口径1.5mの望遠鏡システム
を中心とするもので,種々の装置を備え,宇宙光通
信の外に天体観測等多目的に利用できる世界でもま
れな優れた施設となる。ここでは,この施設の概要
を紹介する。
2. 研究の目的
この新しい光学施設「宇宙光通信地上センター」
の目玉となる望遠鏡システムは,主鏡の口径が1.5m
で国内では東京天文台(岡山)の1.88mの望遠鏡に
次ぐ口径であるが,その特色は,天体望遠鏡の機能
の外に,高速・高精度に宇宙飛翔体を追尾できるこ
とで(高速のスペースシャトルも容易に追尾できる),
静止衛星等の高高度衛星の位置も高精度に観測でき
る機能を有する。
本センターは,以下に述べるような多目的研究
(研究の概念図を図1に示す)を目標としている。
図1 研究(多目的)の概念図
(1)衛星の高精度位置決定:超高感度のテレビカメラ
や赤外線カメラで衛星の位置を高精度に観測(赤
外CCDカメラの使用により昼間の観測も可)す
る。レーザ測距(〜1pの精度)を行い,測地・
測位の研究に資する。
(2)光通信実験:衛星(EGS等,将来はスペースシ
ャトルも対象とする)を利用した光通信の基礎実
験を行う。昭和67年に打ち上げられるETS-Y
では衛星−地上間の双方向光通信実験を計画して
いるが,固定地上局として使用する。
(3)天体観測:赤外線波長での天体の高分解能撮像観
測及び分光観測。更に宇宙光通信に必要な宇宙の
背景光雑音の測定。
(4)レーザ・レーダ観測:炭酸ガスレーザ等を用いた
大気成分の観測,大気の運動の観測(風の測定等)。
(5)ラジオメータ観測:太陽や惑星からの赤外放射光
をレーザ・ヘテロダインラジオメータにより検出
し,惑星(含地球)大気の温度・気圧,組成,運
動を観測する。
3. 装置の構成と性能
建物は1階の屋舎に11mのド-ムを取り付けた構
造になっており,ドームには屋舎の床とは独立にピ
アの上に固定された望遠鏡本体が入る。1階は三つ
の部屋から成っており,中央がクーデ室,両側は,
各制御部/コンピュータが配置されたコントロール
室と関連の測定等を行う実験室になっている。
本センターの中心となる望遠鏡システム(米国コ
ントラバス社製)は,経緯儀式マウントをベースに
して,(1)日径1.5mのカセグレン反射望遠鏡,(2)ロ
径20pの送信望遠鏡(オフアクシス反射望遠鏡,レ
ーザ光の送信用),(3)口径20pのガイド望遠鏡(シュ
ミットカセグレン,衛星捕捉やアライメント用),の
3個の望遠鏡で構成される。図2,図3に望遠鏡シ
ステムの外観図を示した。焦点は,仰角回転軸上の
ナスミス焦点2か所,これと直角なベントカセグレ
ン焦点2か所,カセグレン焦点(通常は使用しない)
及び1階のクーデ焦点,と合計6か所に持たせてい
る。天体観測用としてインクリメンタル・ディロー
テータ(方位角AZ,仰角ELを回転しても像の方
向が回転しないための装置)をナスミス,ベントカ
セグレン及びカセグレン焦点に装備している。さら
に,2次鏡にはチョッピング機構がついている。
図2 望遠鏡システムの外観図
図3 望遠鏡システムの概略図
ナスミス,ベントカセグレンの各々2か所計4か
所への焦点の切り替えは3次鏡を90°づつ回転させ
ることによって行われる。一方,クーデ室ではイン
ストラメントセレクト鏡の回転により,光通信シス
テム,レーザ測距システム,ライダー,ラジオメー
タ及びフーリエ分光器等種々の送信,受信/検出装
置へ切り替えることができ(図3参照),多くの目的
に使用できる。超高感度(ISIT)テレビカメラ
は,1.5m望遠鏡のベントカセグレン焦点とガイド望
遠鏡との2か所にあり,衛星や天体の捕捉追尾を行
う(後者は広視野)。光通信用の受信機や可視,赤外
用のCCDカメラ,一般の分光器はナスミス及びべ
ントカセグレン焦点に取付けられ,高分解能分光器
や残りの多くの装置は上述のように1階めグーデ室
に置く構成になっている。
望遠鏡システムの主な性能を
表1に示した。1.5
mの望遠鏡の主鏡のFは1.5で非常に明るいにもか
かわらず,空間分解能は良い(85%の入射光が1
秒角以内のブラーサイクルに入る)ことが特徴で
ある。経緯儀式マウントの,AZとELの直交度
は0.1秒角で,エンコーダの分解能は0.0001°であ
る。高精度の測角に加えて高速追尾(AZで最大
15°/sec)が可能であることも本望遠鏡の主要な性能
となっている。ソフトウエアも十分整備されており,
例えば,恒星を追尾して装置の誤差を求め補正する
機能や,主要な衛星,惑星,恒星がカタログとして
軌道要素等と共に入力されており,任意の衛星及び
天体を追尾できる機能をもたせている。
表1 望遠鏡システムの主要性能
個々の測定・解析装置の性能の詳細についてはこ
こでは省略するが,例えば赤外CCDカメラは128
×128画素の素子を用い,レーザ測距の精度は〜1
p,光通信用には光行差補正機構を備え,赤外分光
用のフーリエ分光器の分解能は0.01p^-1以内,レー
ザ・へテロダインラジオメータの分解能は5MHz以
内(惑星大気分子の吸収線プロファイルを十分分析で
きる)等といずれも世界最高級の性能をもたせ,ト
ップレベルの研究ができるようになっている。
4. ETS-Y衛星を用いた実験
昭和67年,技術試験衛星-Y型(ETS-Y)が
静止軌道に打上げられる。いくつかの通信ミッシ
ョンが計画されているが,その中の一つがLCE
(Laser Communication Equipment)で,波長
〜0.8μmの半導体レーザを搭載し,地球との間で双
方向リンクを構成し,光通信の基礎実験を行う。将
来の衛星間光通信に向けての1ステップである。本
センターは,この実験の固定地球局としても使用さ
れる計画である。NASAではACTS(Advanced
Communication Technology Satellite)で衛星
間光通信実験を計画しており,ESAでも同様の計
画が進んでいる。このような世界情勢の中で,ET
S-Y及びこれに次ぐ我が国の衛星間光通信の研
究開発が待たれており,本センターの意義は大きい。
5. おわりに
当所で現在建設中の宇宙光通信地上センターは,
宇宙光通信の外に赤外天文学等多目的に使用できる
施設であるので,国内の多くの研究者から有効に利
用していただければ幸いである。
宇宙光通信は当面,地球周辺の宇宙空間がターゲ
ットとなっているが,21世紀に向かって将来は深宇
宙通信(例えば地球と惑星間)にも使用されること
が予想される。従来以上に大きな空間・時間を対象
とする通信は,通常の通信の概念とは異なった新し
い手法が必要になり,また,天文学的な要素も加わ
った新しい分野となり得る。光速が有限であること
が大きなポイントとなるし,フォトンひとつひとつ
も重要視されるであろう。宇宙空間と同様,宇宙光
計測・通信の研究テーマは果てしないように思われ
る。
(電波応用部 光計測研究室長)
公開実験は,12時30分より1時までは報道関係者 を対象とし,宇宙通信開発課長の概要説明のあと中 山郵政大臣が,会場に設置された船舶地球局(アン テナ部分は屋外)からETS-X経由の回線で接続 された電話機で郵政広報レディーと通話を行った。 引続き,郵政大臣は,ETS-Xを見通せる屋外に おかれた乗用車に搭載された通信装置により電波研 究所鹿島支所長と通話された。音声品質は良好で非 常に小型のアンテナで通話可能なことに対して大臣 は感嘆の声をあげられていた。さらに,メッセ-ジ 通信機の公開実験を視察され,大臣からの「実験成 功おめでとう。中山郵政大臣。」のメッセージを鹿島 地球局あてに送信したところ数秒後に通信機の液晶 表示部には「大臣の御視察に感謝いたします。鹿島 支所長。」の返答が浮かび上がった。これらの車載局 とメッセージ通信機には高い関心が寄せられ,TV カメラなどを持った多くの報道関係者が通信機の回 りを取り囲み,衛星からの信号を遮へいしないよう 整理するのがたいへんなほどの人気であった。
引続き1時から5時まで一般の見学者を対象に公 開が行われた。参加各機関は趣向を凝らしてETS -Xを用いた実演や展示物の説明等を行った。電波 研究所では,前述の陸上移動局とメッセージ通信機 の実演と船舶地球局搭載用アンテナ,航空機搭載用 アンテナの展示を行った。さらに,航空機と船舶の 実験風景を記録したビデオが紹介され大きな関心を 呼んだ。NTTは,前述の船舶地球局の外に超小型 移動局の実演及び船舶搭載用アレイアンテナ等の展 示を行った。KDDは,4月からETS-Xを用い て実験を計画している画像通信装置の実演などを行っ た。報道関係者及び一般の見学者の,合わせて1,000 名を超える参加者があり,350部用意した配布資料 もすぐになくなるほどの盛況で関係者にとっては嬉 しい誤算となった。
電波研究所では日本航空のジャンボ機に搭載され た航空機地球局も用いて,太平洋上空を飛行中の航 空機からの電話及びファクシミリ伝送の公開実験も 予定していたが航空機の運航上の理由により中止と なったのは残念であった。
本公開実験で披露した電波研究所の各地球局は昨 年の11月より実験に使用されている。船舶地球局は 北海道大学水産学部の漁業練習船「おしょろ丸」に 搭載され,シンガポールを寄港地とする南方航路に おいて,約70日間の通信実験が行われた。航空機地 球局は前述のようにジャンボ機に搭載され成田−ア ンカレッジ間で既に6回の通信実験が行われている。
来年度はこれらに加えて陸上移動の通信実験も本
格的に開始され,世界初の総合的な移動体衛星通信
の実験成果が期待される。
(宇宙通信部 移動体通信研究室 主任研究官)
公開実験通話中の中山郵政大臣
このため,発振器の基本的な特性5項目を選択し, 実施可能な項目から順次受託することにして昭和59 年12月から較正業務を開始した。この度,短期安定 度の測定装置の整備が完了したことにより,周波数 標準器の全項目の較正が受託可能となった。
較正項目は,周波数確度,再現性,温度特性,長 期安定度,それと短期安定度の5項目である。
周波数確度は最も基本的な較正項目で,搬入され た発振器の発生する周波数の絶対値を較正するもの であり,較正確度1×10^-12を保証している。また, 周波数調整も可能である。
再現性は発振器を24時間停止し,再び動作させた 場合の周波数がどのように変化するかを調べるもの で,停止前の周波数を基準に相対値で表わしたもの である。したがって,頻繁に電源を投入したり停止 したりする使い方をする場合や,また,測定器の中に 組込んで基準発振器として用いる場合に有効である。
温度特性は5℃〜30℃までの範囲内で委託者が指 定する温度における周波数偏差を表わすもので,発 振器を管理する環境を決めたり,逆に設置条件から 信頼限界を求める際の目安となる。
周波数安定度は「発振器が単位時間内に発生する 周波数の一致度を表す尺度」で,発振器自身の性能 を評価したり,出力周波数を利用する上で重要な特 性の一つである。しかし,長期,短期の明確な定義 はなく,ここで言う長期安定度とは経過日数と共に 変化する周波数ドリフトを指し,短期安定度は平均 化時間,数ミリ秒から数十秒を対象としている。
長期安定度は当所の周波数標準と約1か月間比較 し,エージングレートを計算する。セシウム標準器 にはこの項目は必要ないが,水晶発振器やルビジウ ム発振器にとっては重要である。たとえば,1か月 あたり-1×10^-12のエージングを示すルビジウム 発振器を±1×10^-11の確度をもった周波数基準と して用いたい場合は,確度較正で+1×10^-11にセ ットすればよい。これによって約20か月間は希望す る周波数を維持できることになる。また,高確度で 維持する場合は長波標準電波やテレビジョン信号仲 介等の方法でモニタすることが望ましい。
短期安定度を精度よく測定するには安定度の優れ た基準発振器を必要とする。幸い,当所にはすでに VLBI等で実績のある水素メーザがあり,2台の 水素メーザで10^-15の安定度が確かめられている。 測定装置は図に示すように,DMTD(Dual Mixer Time Difference)法を予定している。被較正発振 器の代わりに水素メーザを共通入力とし,システム の安定度を十分に評価した上で業務を開始すること にしている。また,将来は対象周波数帯の拡大と周 波数領域での較正も検討して行く予定である。
(標準測定部 周波数標準課 主任研究官)
図 短期安定度測定装置ブロック図
科技庁振興調整費国際共同研究による
日豪精密周波数・時刻比較実験を実施
(標準測定部 周波数・時刻比較研究室 主任研究官 森川 容雄)
米国地球科学連合(AGU)
1987年秋期総会に出席して
(電波応用部 光計測研究室 主任研究官 石津美津雄)
タイ王国モンクット王工科大学ラカバン
拡充計画実施協議調査団に参加して
(情報管理部 電子計算機室 主任研究官 川村眞文)
赤外・ミリ波国際会議(第12回)に出席して
(通信技術部 物性応用研究室 主任研究官 堀 利浩)
ミリ波帯電波の散乱実験