成層圏無線中継航空機実験計画


森  弘 隆

  

1 はじめに
 近年の経済、社会活動の発展に伴い、自動車電話 や業務用MCA(マルチ・チャネル・アクセス)無線 等の陸上移動通信の利用が急激に増加している。移 動体通信は、いつでも、どこでも、だれとでも、簡 便に通信できることが究極の目標であるが、そのた めには、小型軽量の携帯端末を用いた移動体通信シ ステムの実現が求められる。一方、現在の移動体通 信は、小高い丘の上などに設置された基地局を中心 に、直径数10qの範囲で行われているが、利用範 囲が拡大するにつれて、より広域圏内を対象とする 通信システムの開発が必要となってきた。
 成層圏無線中継航空機は、これらの要請に応える ために、高度約20qの成層圏に空中通信基地を実 現し、地上のシステムよりも広い範囲をカバーし、か つ、宇宙通信システムを構築する場合よりもはるか に経済的な移動体通信の実現を目指すものである。
  

2 成層圏無線中継航空機の特徴
 成層圏無線中継航空機は、地上からマイクロ波に より送電する電力を動力源とし、高度約20q上空 のほぼ固定位置に、数か月から数年間無着陸で飛行 できる無人航空機である。
 成層圏下部の高度20〜25qでは、気温はあまり 変化せず、大気の流れも最も遅く、安定している。成 層圏無線中継航空機は、なるべく少ないエネルギーで 長期間停留飛行する必要から、この高度が選ばれた。
 図1は、首都圏を例にとって、東京上空の高度と サービスエリアとの関係を示したものである。この 図から、成層圏無線中継航空機が飛ぶ高度20qか らは、関東一円が十分サービスエリアに入ることが わかる。これだけの広さがあれば、成層圏無線中継 航空機5、6機で日本全土をカバーすることも可能 であろう。


図1 東京上空の気体高度とサービスエリア

 図2は、成層圏無線中継航空機の多方面への利用 を示す予想図である。成層圏無線中継航空機を通信 の中継基地として利用した場合、電波の伝搬損失は 自由空間値に近い値となるために、地上間の通信に 比らべて大幅に軽減される。しかも、都市建造物に よるマルチパスフェージングなどの電波障害も軽減 されるので、ポケット型のような超小型端末によ る、簡便で高品質の広域移動通信システムの実現が 期待される。また、中継・放送機器が空中に設置さ れるごとにより、地震などの大規模な地上災害に よって破壊されることのない防災放送・通信システ ムが実現できる。さらに、将来実用化が見込まれる ミリ波、または光衛星通信回線とも成層圏高度で接 続すれば、直接地上局と接続する場合に問題となる 雨や雲などによる減衰の心配がいらなくなり、世界 規模の効率的な通信システムを構築するごとができ る。このほか、高精度の電波監視や移動体の位置標 定、高層気象や大気汚染の定常観測、大気に影響さ れない宇宙観測等、様々な利用が考えられる。


図2 成層圏無線中継航空機の利用予想図

 成層圏無線中継航空機は、地上からの指令により いつでも着陸させることができるので、搭載機器の 修理、交換などの保守が容易なことも大きな特徴の 一つであろう。
  

3 研究の背景
 当所の陸上移動通信分野の研究に関しては、最近 10年程の間に、フェージングに強いディジタル通信 方式の研究、新周波数帯の開発を目指す準マイクロ 波帯電波の伝搬実験、衛星を用いた移動体通信実験 のための衛星搭載用中継器の開発等、多方面にわ たって行われている。成層圏無線中継航空機にのよ る移動通信システムの実験研究は、これらの成果を 踏まえて実施される。
 成層圏無線中継航空機システムの要となるマイク ロ波電力伝送技術の研究は、1950年代から米国を中 心に進められた。1968年にグレイサーにより提案さ れた太陽発電衛星構想では、宇宙で発電した電力を マイクロ波で地上に伝送する方式がとられている。 当所においても、電波及び大気物理に関する研究部 門が中心となって、大電力電波伝搬に伴い予想され る電磁環境への影響についての広範な調査研究を 行った。以後、大電力施設周辺の電磁環境測定等、 関連の研究を行っている。一方、地上から航空機へ の送電技術に関しては、1977年に、米国で薄膜状の 軽量で高効率のマイクロ波電力受信 アンテナ(レクテナ)が開発され、 実現へ向けて大きく前進した。現 在、当所においても、新しいアイデ アに基づくレクテナの基礎研究を 行っているところである。
  

4 研究の課題
 成層圏無線中継航空機の飛行高度 の空気密度は、地上の7%に過ぎない。 この中を対気速度100q/h以下の 低速で長期間飛行し続けるために は、思い切った構造重量の軽減と、 自動的にエネルギー消費を極小化す る飛行管理技術の開発など、多くの 克服すべき課題がある。
 無線中継器などの搭載機器につい ては、小型、軽量、低消費電力化はもとより、希薄 な空気と-60〜-50℃の極低温の環境に長期間耐 え得るものでなければならない。
 成層圏無線中継航空機の動力は、地上からのマイ クロ波送電により賄われる。図3の概念図に示すよ うに、地上でマイクロ波に変換された電力は、大型 の送信アンテナによりビーム状に航空機に向けて送 信され、航空機下部に取り付けられたレクテナによ り受信される。レクテナは、アンテナと整流器が一 体となったもので、ここでマイクロ波は直流電流に 変換され、安定化電源を経由して、プロペラを駆動 する電気モータへ導かれる。マイクロ波の周波数に 2.45GHzを使用すると、レクテナが数10kWの電力 を受信するためには、直径50〜100mの送信アンテ ナを用い、数100kWの送電を行うことが必要とな るであろう。研究課題としてはマイクロ波ビームを 航空器に自動的に指向させる技術の開発及び基本波 やスプリアス波の周辺への放射が極力少ない送信ア ンテナやレクテナの開発などにより、生体系に対し て安全で、既存の通信システムや電子機器等へ障害 を与えないシステムを作り上げることである。その ためには、システム周辺の環境の変化を、精密に、 かつ組織的に測定できる電磁環境観測システムの開 発も、重要である。


図3 マイクロ波送電の概念図

  

5 実験計画
 成層圏無線中継航空機システムの研究開発課題を 大別すると、航空機の機体の開発、マイクロ波電力 伝送システムの開発、電磁環境測定システムの開 発、無線中継システムの開発及び電波監視、環境観 測等の搭載機器の開発から成っている。このうち機 体の開発は、共同研究機関である科学技術庁航空宇 宙技術研究所が主となって実施し、そのほかの課題 は当所が実施する。これらの開発研究は、互いに関 連し合う要素も多分にあるので、全体として能率的 に計画が進行する様に、実験計画を、T.基礎実験、 U.スケールモデル実験、V.成層圏飛行実験、の3 期に区分し、期毎に各課題の開発の進み具合を確か めながら、歩調を合わせて実施して行く予定である。 各期間の実験研究の概略は、以下の通りである。
 第T期は、機体構造、推進系、飛行制御系、マイ クロ波電力伝送系の要素技術の開発を行うと共に、 へリコプタを用いたフィールド実験を行い、システ ム設計に必要な通信波の伝搬特性、マイクロ波伝 送、受信アンテナの特性に関する基礎データを取得 する。
 第U期は、実験機の数分の1のスケールモデルに よる低高度の飛行実験を行い、電力伝送機能や通信 機能等のシステムの基本的機能の確認及びシステム の電磁環境効果についての研究を行う。この結果に 基づき、電力伝送システムを完成させる。さらに、 成層圏環境のシミュレータを開発し、搭載無線中継 器、電波監視装置、環境測定器等の開発研究を行う。
 第V期は、実験機を成層圏高度に飛行させ、長期 間停留実験、無線中継システムの実証実験、電力伝 送システムの電磁環境効果に関する実験等を行っ て、システム実用化のための評価を行う。
 各期間の研究が3〜4年のペースで順調に進め ば、21世紀を待たずに、成層圏無線中継航空機が実 現することになるであろう。
  

6 おわりに
 成層圏無線中継航空機が実現すれば、様々な分野 への利用が考えられ、その波及効果は計り知れな い。同様の開発計画は、米国、カナダ等でも進めら れており、21世紀には、宇宙と共に成層圏の利用も 大いに進むことが期待される。

(電波部 電波媒質研究室長)




画像通信と符号化


鳥山 裕史

  

はじめに
 まんがの世界では、すでに20年以上前から「テレ ビ電話」が登場しています。相手の姿を見ながら通 信するというのは、電話などに比べてむしろ自然な 通信形態だといえるでしょう。
 ところが現在に至っても、まだ、まんがの世界に 出てくるような「テレビ電話」は実用化されていま せん。この一番の理由は画像の持つ情報量の多さに あります。画像は音声の1000倍以上の情報量があ り、簡単には送れないからです。
 同じ画像通信の中でも、すでに実用化され大成功 をおさめた例があります。
 いうまでもなく、ファクシミリです。最近では、 小さな商店や一般の家庭にまで普及しはじめていま す。電話で長時間話していてもさっぱりわからな かったことが、ファクシミリで送られてきたら、一 目でわかったということもよくあります。
 このファクシミリも、出はしめのころはA4版1 枚送るのに6分もかかり、画質も満足のいくもので はありませんでした。現在のファクシミリは、符号 化を行なうことによって伝送時間も20秒程度にまで 短縮され、画質も随分良くなっています。ファクシ ミリ成功のカギは符号化技術にあったといっても過 言ではないでしょう。
 テレビ電話、画像データベース、カラー写真伝送 など高度な画像通信を普及させるためには、さらに 効率の良い符号化方式の開発が必要となってきま す。
 本文では、画像の符号化にどのような手法が使わ れているかを簡単に述べたいと思います。
  

ファクシミリの符号化
 最初に登場したファクシミリはG1規格と呼ばれ るアナログ方式のものでしたが、現在使われている G3規格のものでは、原稿は黒(1)、白(0)のディ ジタル信号として読みとられ、電話回線に送り出さ れるまではすべてディジタル信号として処理されま す。
 A4版原稿ですと、たて2376ドット、よこ1728 ドットの2値画像として読み取られますから、1枚 当たり、約4メガビットの情報量ということになり ます。電話回線で送れる情報の量は、たかだか9600 ビット/秒程度ですから、このまま伝送すると7分 以上かかることになります。
 この膨大な情報をできるだけ小さくし、伝送時間 を短縮するのが符号化の役目です。
 まず、簡単な符号化を考えてみましょう。
 図1の画像をそのまま送ると、256ビットの伝送 が必要です。ここで、となりあった2画素をまとめ て、図2に示す符号を割り当てると、170ビットの 伝送で済むようになります。


図1 サンプル画像


図2 符号表

 この場合、不等長な符号がべたづめで送られるわ けですが、受信側で図3のようなグラフ(復号木) をたどることにより*、符号の切れ目を間違うこと なく復号を行なうことができます。たとえば101 10という符号が送られてきた場合、まずStartか ら1(右)、0(左)とたどり、●●という復号出力 を得ます。この位置から、さらに下へたどる枝はあ りませんから、再びStartに戻り1(右)、1(右)、 0(左)とたどり、誤りなく復号が完了することに なります。


図3 復号に用いるグラフ(復号木)

 この例ではたいした圧縮率は得られませんが、少 し考え方を変えて、白16個、白16個、白1個、黒14 個、白1個、……というように連続する同じ色の画 素をまとめ、その長さ(ランレングス)だけを伝送 することにすると、それほど符号の数も増やさずに 効率良く符号化することができます。
 G3ファクシミリで用いられているMH(モディ ファイドハフマン)方式は、この考え方が基本に なっており通常の文書で1/20程度に圧縮することが できます。
  

モデル化と符号化
 たとえば、コインを投げて表が出たか裏が出たか を人に知らせる場合、1ビットの情報を伝達する必 要があると考えられます。
 ところが、このコインに細工がしてあって表がで やすくなっている場合、必ずしも1ビットを伝送す る必要はありません。極端な場合、表しか出ないの なら情報を送る必要は全くないわけです。
 このような、最低限伝送しなければいけない情報 量をエントロピーと呼び、piを、それぞれの場合 の出現確率とすると、


で求めることができます。**
 このコインの例では、p0=p1=0.5のとき最大値 H=1となり、確率がどちらかにかたよるほどエント ロピーは小さくなります。(図4


図4 出現確率とエントロピー

 一般に生起確率のかたよりがある場合、エントロ ピーはみかけの情報量よりも小さく、適当な符号化 を行うことにより、そのエントロピー近くまで圧縮 することが可能になります。
 エントロピーはどのような確率モデルを使うかに よって変わりますから、できるだけエントロピーが 小さくなるようなモデルを用いることが、圧縮率を 高くするためのポイントとなります。
 画像符号化の場合、近傍の画素との相関が強いと いう統計的性質がありますから、となりあった2個 の画素x、yの同時生起確率p(x、y)、となりの画 素がxである場合のyの条件付き生起確率p(x|y) などをもとにしたモデルを用いると、より圧縮率の 高い符号化が実現できることになります。
 画像符号化で、モデルと並んでもう一つ重要な部 分が符号化ユニットです。この部分はモデルにした がってそのエントロピーに近い符号長で実際に符号 を生成するためのものです。このエントロピーと実 際の符号長の比を符号化効率といい、この値が100 %に近いほど優秀な符号化ユニットだということに なります。
 従来、符号化ユニットには、ハフマン符号などの ブロック符号が多く用いられてきました。これらの 符号でも、モデルによっては100%近い効率が得ら れますが、モデルとの相性が悪いと効率が著しく低 下する場合もあり、また、条件付き確率を使うよう なモデルと組み合わせることができないなどの制約 があり、モデルを作るときの大きな障害となります。
 これに対し、算術符号などの非ブロック符号では このような制約がほとんどなく、任意のモデルと組 み合わせて、100%近い効率を得ることができます。 この場合、最良のモデルを制約無しに使うことがで き、全体として圧縮率の高い符号化方式が実現でき ることになります。
 また、画像の階層的符号化、カラー画像の符号 化、動画像の符号化など、高度な画像通信に対応す るためには、さらに複雑なモデルを用いることが必 要となってきますが、従来のブロック符号ではこれ らに対応することは困難です。このようなことか ら、今後、算術符号の重要性はますます高まるもの と考えられます。
 ただ、算術符号は比較的新しい方式で、まだ解決 しなければならない問題点もいくつか残っています が、当研究室も含め各所で研究が進められており、 近い将来解決されるものと期待できます。
  

非可逆符号化
 ここまで、「画像の劣化を許さない」ことを前提 に述べてきましたが、ある程度の劣化を許容した場 合、さらに大きな圧縮率を得ることができます。こ のような符号化は、受信側で完全には元の画像が再 現できないということから非可逆符号化と呼ばれて います。
 動画の伝送などでは、非常に高い圧縮率が要求さ れますので、非可逆符号化でないと実現困難です。 実際、最近使われ始めたディジタル伝送のテレビ会 議システムは、すべて非可逆符号化が用いられてい ます。
 非可逆符号化の場合、画像はまず前処理によっ て、ある種の確率モデルで効率よく圧縮できるよう に変換され、その後は可逆符号の場合と同様に符号 化されます。前処理としては、できるだけエントロ ピーを小さくできるもので、かつ、できるだけ画像 の劣化が少ないものが望ましいわけです。
 通常、送られてきた画像を見るのは人間ですか ら、人間にとってあまり気にならない部分の情報が 欠落していてもそれほど画像の劣化にはつながりま せん。このような情報を見つけ出し、積極的に削除 することができれば非常に効率の良い符号化が実現 できることになりますが、現在の技術では、これを 機械的にうまく行なうのは困難です。
 究極的には、人間の視覚メカニズム、さらには画像 認識メカニズムまで踏み込み、これらの動作をうま く模倣することが必要となると考えられています。
 また、このような分野ではニューラルネットなど が威力を発揮するものと期待されており、これらを うまく利用する方法についても研究が必要です。
  

おわりに
 本格的な画像通信を手軽に利用できるようにする ためには、「高速な通信回線を安く提供する技術」 とともに、「画像情報を効率良く伝送するための符 号化技術」が不可欠です。また、この符号化技術は 効率よく画像データを蓄える技術としてそのまま利 用することができます。
 解決しなければならない課題は数多くあります が、信号処理研究室では「脳機能モデルを用いた符 号化」「算術符号」などを中心とした、基礎的分野 の研究を進めています。
 今後、画像通信の需要が増加するにしたがい、電 気通信技術全体の中でこのような符号化の重要性は ますます高まるものと考えられ、今後も精力的に研 究を進めて行きたいと考えています。

(通信技術部 信号処理研究室 研究官)

−−−−−−−−−−−脚 注−−−−−−−−−−−
* 簡単な有限オートマトンで実現できます。
** 厳密には、情報の生起がエルゴート的なマルコフ過 程であるという仮定が必要です。




≪外国出張≫

ヨーロッパ陸上移動通信


角川靖夫

昭和63年10月2日から28日までの約1ヶ月間、科学技術庁中期在外研究員としてヨーロッパ4ヶ国の9ヶ所の研究機関等を訪問した。主な目的は発展のテンポが速い陸上移動通信の研究開発についての動向調査である。

雨が続く東京から24時間後に到着したストックホルムは人口70万、青々とした空が広がり、暖かな感じさえした。スウェーデン電気通信省(STA)は電話、放送、無線等の全てを5万人弱で担当し、全収入に対する人件費は3割、施設投資費は4割とのこと。無線研究所(STR)は市の南20kmにあり、9月に高さ約30mの六角形型の建物に移転したが、機器類はまだ搬入中であった。建物はこの国の有名な建築家の設計で、エレベータや廊下と居室の一部は広い中庭に面し、総ガラス張りに近く一見ファッションビル風である。女子職員には人気があるが、落ち着いて研究するには少し時間がかかるだろうとの話しであった。エリクソン無線会社では先導的な研究開発こそ世界の市場をリードできると強調していた。

西独のダルムシュタットは人口15万の古い歴史を持つ街である。駅に近い郵電省(FTZ)の移動通信部門では、廊下に堂々と国内大手通信機メーカーの開発した製品のポスターが貼ってあり、両者の結び付きが強いことが察せられた。ミュンヘンのシーメンス社では、900MHz帯汎欧州ディジタル自動車電話方式の研究開発グループに、他社を少しでもリードしようとの意気込みが感じられた。

フランスはパリ近郊の2か所を訪問した。TRT社はフィリップス系で約30年前に設立され、国策に近いものを手がけていた。フランス電力公社(EDF)では、故障に伴う大都市の移動無線の活用状況等について話し合った。

イギリスでは貿易産業省に属するウォータールーブリッジ駅前の古い8階建の電気通信局(200名弱)を訪ねた。五つの部は色別で示され、新方式を担当する特別グループが結成されていた。経済性がかなり重視されているとのことであるが、近年、主な収入源である免許料収入の大半を人件費が占めるに至り、思うほど高価があがらないと言っていた。知日家でもあるセルネット社のイブラヒム博士からは、競争なくして進歩なし、自分の社がいかにして高度な技術を駆使し、周波数利用効率を高め、需要を満たし、料金を低簾化するか等についての私見を聞き、大いに参考になった。

今回得た貴重な体験をまとめると、
@1992年のEC市場統合化を睨んだ、世界初の900MHz帯汎欧州ディジタル自動車電話方式の取り組みは、自国企業の育成と保護等がからみ各国で異なるが、在欧の大手メーカーはかなりの力をつけ、1991年の商用開始に間に合わせる自信を深めている。
A次世代の方法は欧州、北米、日本の3本立てになりそうである。
B第3世代で始めて世界的に調和のとれた方式が生まれてくるだろう。

本出張に際し、科学技術庁はじめ所内外の関係者の御厚意を受けた。感謝します。


ダルムシュタットの旧市街

(総合研究官)






≪職場めぐり≫

星を見ながら地球を測る


鹿島支所第三宇宙通信研究室

 当研究室は電波天文の応用に関する研究を鹿島支 所の大型アンテナ施設を利用して進めています。世 の中に物理学としての電波天文学を研究している機 関は数多くありますが、我々のように理学と工学の 接点としての電波天文「応用」を看板に掲げている 研究部門は世界でも数少ないものと自負していま す。研究テーマは多岐にわたっていますが、まず電 波伝搬の問題があります。古くから天文観測の嫌わ れものであった大気の揺らぎや水蒸気による伝搬遅 延の問題が精力的に研究されています。大気の揺ら ぎに関しては川口室長が、水蒸気遅延については黒 岩主任研究官が米国JPLでの長期在外研究も含め て担当しています。電波天文の測地応用(VLBI)を 考える時、電波星の位置が重要になります。電波星 を基準「点」として地上の位置を計測するのです が、電波星はたとえ数十億光年も離れていても数学 的な「点」ではなく広がりと構造を持っています。 準星の超高速ジェット現象などはその典型的な例 で、放っておくと見かけの位置が変化してしまいま す。高橋研究官はこの星の位置に関する研究を進め ています。星の位置が分かり、途中の伝搬上の問題 が片付いたとしますと、あとは電波星からの微弱な 電波をいかに捕らえるかという問題になります。近 藤主任研は微弱な信号間の相関を検出するソフト ウェアの開発などVLBI観測データの処理に関する 研究の外、木星デカメータ波の研究にも取り組んで います。浜研究官は高密度磁気記録装置や相関処理 装置の開発を進めていますが、同時に国際時刻比較 の研究にも取り組んでいます。雨谷技官はアンテナ ・受信系の研究を行い超小型VLBI局の開発を行い ました。現在、このシステムを日本各地に移設して 日本列島を測りまくっています。木内技官はこれま での常識を覆す水晶発振器によるVLBI観測の研究 や、「波面同期時系による観測」という新しい発想 の研究を大胆に進めています。さて、これらの装置 で星の観測を行うと局位置が正確に測定されるわけ ですが、それから先は日置研究官の出番です。彼は 超高精度で測られた局位置変化からプレート運動の 研究を進めています。局位置変化の異常な振舞いか ら新しい地球物理的知見を得ようとがんばっていま す。今年度からは、古くからお世話になった26m アンテナの外に新しく34mアンテナが開発され、 この新アンテナと共に新しい研究世代と新しい研究 テーマが育ちつつあります。高羽研究官はミリ波 VLBIやバルサ、星間分子の研究に取り組んでいま す。また小山技官はスペースVLBI衛星を重力セン サとして地球の重心を計測する研究を開始していま す。以上紹介したメンバの外に、観測業務を陰で支 える野口嬢や、現在第30次南極観測隊に参加し昭和 基地に11mアンテナを建設しようと頑張っている 栗原技官もVLBIを支える重要なメンバです。こう して当研究室では、最先端の新技術を駆使した「地 球」の計測を目指して研究を進めています。

(川口 則幸)


後列左から 木内、近藤、黒岩、日置、高橋、野口
前列左から 雨谷、小山、川口、浜、高羽



短 信



石川晃夫元所長勲二等瑞宝章受賞する


 天高く、菊薫る11月3日、郵政事業、電気通信関係の 功労者として、石川晃夫氏は勲二等瑞宝章受賞の栄誉に 浴されました。同氏は、電波研究所の第5代所長とし て、昭和48年5月から同49年7月迄の間当所に在職さ れ、電波研究の指導と育成に当たられ、同年7月以降電 波監理局長として宇宙通信の重要性を認識し、その卓抜 した手腕により宇宙通信の企画及び開発に尽力され、多 大の功績を上げられました。
 また、同氏には、昭和52年に退官された後も、宇宙開 発事業団理事、日本科学技術情報センター常務理事等を 歴任し、今なお電波技術協会会長として活躍中であり、 同氏の受賞は当研究所としても誠に欣快とするところで あります。改めてこれからも元気で、末長く活躍される ことを期待します。



科学技術庁フェローシップ第1号


 科学技術庁は、今年度から先進諸国の若手外国人研究 者を年間約100名我が国の国立試験研究機関等におい て受け入れ、研究者の国際交流を促進するためのフェロ ーシップ(国際流動基礎研究)制度を発足させた。当所 におけるフェローシップ第1号として、カナダ国立リモ ートセンシングセンタ(CCRS)のホーキンス博士とその 家族が6カ月の滞在予定で11月11日に来日した。同博士 は航空機や人工衛星搭載の合成開口レーダを用いた地球 環境のリモートセンシングの研究の専門家で、現在は、 合成開口レーダの較正法の研究を行っている。当所でも 同分野の研究はSIR-B実験に参加することによって始 まったが、今後はSIR-Cを初め数多くの宇宙からの合 成開口レーダ、映像が取得されることが予想され、同博士 との研究交流に期待がかかる。同博士は、当所の研究者 と研究以外の面でも積極的に交流することを希望してお り、双方にとって有意義な滞在となることを期待した い。



第30次南極地域観測隊出発


 11月14日午前11時、第30次南極地域観測隊54名を乗 せ、物資を満載した観測船「しらせ」は東京晴海埠頭を 出港した。「しらせ」はオーストラリア西海岸のフリマ ントル港に寄港した後、一路南極に向かう。当所から越 冬隊員として、電離層定常観測に山本伸一、宙空系研究 観測隊員に栗原則幸、木村健一の3名が参加している。
 電離層定常観測は、今まで永年にわたりアナログデー タを中心とする観測を実施してきたが、今次隊よりデー タはすべてディジタルで記録するよう準備を行った。
 宙空系研究観測では、オーロラ観測衛星(EXOS-D)受 信等を行う目的で直径11mの大型パラボラアンテナの 建設作業を行う。このアンテナは、南極大陸初の大型ア ンテナであり、人工衛星からのテレメトリー信号受信等 に用いるとともに、将来行われる予定の南極VLBI実験 の準備としてのアンテナ特性測定や電波星の基礎観測が 実施される。南極VLBI実験が日本人の手で世界で初め て行われる日も近い。


木村、栗原、山本隊員



日豪移動体衛星通信実験


 11月17日、郵政省と豪・運輸通信省は技術試験衛星X 型(ETS-X)を用いた通信実験を共同で行う覚書を交換 した。本覚書は、日豪間で移動体衛星通信分野の情報交 換を行なうと同時に、豪国内の移動体衛星通信技術開発 のため、ETS-Xを用いて豪国内で日豪共同実験を進める ことをうたっている。実験実施機関として、日本側は通 信総合研究所、豪側はAUSSAT(オーストラリアの通信 衛星の運用を目的として設立された政府持株会社)が指 名され、両機関の間で共同実験協定が締結された。
 来年2月には、当所が民間との共同研究で開発した 携帯型メッセージ通信機と車載局がAUSSATへ送られ豪 国内で各種の通信実験が行われる予定である。
 AUSSATは、1992年からの第二世代(AUSSAT-B)で 現在の固定衛星通信サービスに加え、主に陸上移動を対 象とした移動体衛星通信サービスの導入を決定してお り、実用化へむけ各種機器の開発と実験評価を行う。今 回の共同実験は、当所が進めているETS-X衛星を用い た移動体衛星通信実験の研究成果と実績が国際的にも高 く評価されたものといえる。



機関長会議開催


 12月1日に第15回電気通信関係研究機関長連絡会議が 当所で開催された。この会議は郵政省関連の電気通信関 係研究機関相互の連携強化、情報の交換等を行い、さら に行政部門と研究部門との意志の疎通を図ることを目的 に昭和59年に設置された。これまで会議の構成メンバー は郵政省大臣官房審議官はじめ幹部、NTT、KDD、 NHK、ATR、CRLの各研究所長及ぴ幹事であっ たが、今回からは、郵政研究所が正式メンバとして、ま たテレコム先端技術研究支援センターがオブザーバとし て参加することになった。今回は、「電気通信における 国際共同研究」と「電気通信分野における研究開発の進 め方」をテーマに各研究所が抱える課題や現状について お互いに紹介するとともに、熱心な意見交換を行った。



中田美明元第二特別研究室長の死を悼む


 元第二特別研究室長中田美明氏は、去る11月7日午前 1時直腸がんのため逝去されました。享年74歳でした。
 同氏は昭和18年9月文部省電波物理研究所に入所し、 中田研究室長、電波研究所電離層研究室長、第二特別研 究室長の要職を歴任し、昭和49年6月に退官されまし た。この間、電離層観測技術の開発を行うとともに電離 層諸現象の理論的解明並びに人工衛星電波受信観測等に 先駆的な業績を上げられました。なかでも昭和32年10月 に打上げられた世界初の人工衛星「スプートニク」のビ ーコン電波受信にいち早く成功されたことは国際的に有 名であり、衛星追尾技術の開発等、我が国の電波物理学 の発展に多大の貢献をされました。
 同氏が、我が国の電波研究の発展に尽力された御功績 に対して昭和59年秋の叙勲で勲四等瑞宝章受賞の栄誉に 浴されました。また、同氏の研究に対して昭和25年日本 地球電磁気学会から田中館賞、33年には前島賞、49年に は長谷川記念杯が送られています。
 故人の御冥福をお祈りするとともに、御遺族に心から お悔やみ申し上げます。