移動体衛星通信実験(ETS-X/EMSS)成果


大 森 慎 吾

  

はじめに
 今日、衛星通信は私たちの生活に馴染み深い通信 手段となってきた。海外からのニュースは衛星中継 で即時に茶の間へ届けられ、国際電話も大半が衛星 経由である。最近では放送衛星によるテレビ放送が 各家庭で直接受信できるようになった。このように 通信技術の進歩はめざましいものであるが、科学技 術の粋を集めて華やかに飛ぶ国際線の航空機に乗る とどうであろうか?テレビはもちろん、電話すら不 可能である。高い信頼性と安全性を要求される航空 機が飛行中、地上との通信は旧態依然とした非能 率、低品質な短波通信に頼っているのが現状なの だ。多くの船舶についても状況は同じである。
 当研究所では、宇宙通信時代の恩恵から遠く取り 残されている航空機や小型船舶等の情報通信環境の 抜本的改革のため、航空機、船舶さらに自動車を含 む総合的な移動体衛星通信実験を世界に先駆けて 行っている。ここではその実験の成果の一部を紹介 する。
  

航空機実験
 日本航空の協力を得て、ボーインク747貨物機を 使い通信実験を行った。主な航空路は成田とアンカ レッジの間で、その他成田とシンガポール、ハン コック間でも行った。航空機に搭載する性能の良い アンテナが重要な研究開発課題である。今回の実験 では当所で開発したフェーズドアレーアンテナを用 いた。このアンテナはそのビーム方向を電子的に走 査して衛星を追尾することが可能である。
 実験の結果、多くの場合図1(a)に見られるように 当初予想していた以上に安定した回線が得られるこ とが判明した。しかし、図1(b)にあるように、衛星 の見える方向によっては受信電力に変動が観測され た。これは衛星から直接受信される電波に、主翼で 反射されてアンテナに到来する電波が干渉して発生 したものであることが明らかになった。また、航空 機は高速で飛行するためドップラー効果による周波 数偏移の影響が懸念されていた。図2には、航空機 の飛行中に3箇所の空域で測定したディジタル伝送 方式(24kbit/secのMSK)のビット誤り率を示す。 横軸は信号電力対雑音電力密度比である。ドップラ ー周波数偏移を図中冉で示してある。周波数は、 成田−アンカレッジ間では最大1.5kHz程度変化す るが、偏移量の時間変化は1分間に数Hz程度の ゆっくりした量であることがわかり、回線品質の理 論値からの劣化はほとんど認められなかった。


図1 航空機の飛行中に測定した受信信号レベル
 (a) ビーム方向が主翼方向と一致していない時
 (b) ビーム方向が主翼方向と一致している時


図2 航空機実験で測定されたビット誤り率特性の例
   (冉はドップラー周波数偏移)

 船舶や陸上移動衛星通信に比較すると飛行中の航 空機では受信電力の変動はきわめて小さく、信号伝 送特性もほぼ地上試験での特性と同じであった。
 この他にも、フェーズドアレイには送受信間で衛 星の追尾誤差があることが明らかになり、その対策 法が解明されるなど多くの貴重な成果が得られた。
  

船舶実験
 北海道大学の協力を得て、水産学部漁業練習船 「おしょろ丸」に船舶地球局を搭載し、北太平洋、 インド洋、南太平洋などで計4回の実験を行った。 衛星を見る仰角が低くなると、衛星からの電波が海 面で反射されて受信されるためフェージングと呼ば れる変動が受信電力に現れる。前述の航空機の場合 に比べて、変動の大きさも変動の速さも大きいた め、通信にはきわめて大きな影響がある。この船舶 地球局の特徴の一つは、当研究所の研究成果である 逆旋偏波を利用したフェージング除去装置を搭載し ていることである。その効果を図3に示す。受信電 力の変動も小さくなり、その結果ピット誤り率も小 さくなって通信回線の品質が改善されているのがわ かる。


図3 船舶実験で測定されたフェージング
  軽減効果とビット謀り率

  

陵上移動実験
 陸上移動(自動車)衛星通信では、木立や建物に よって衛星からの電波が遮蔽されることが大きな問 題となる。都市部での実験では、遮蔽による誤りの 無い通信の継続時間がほぼ6.5秒以下と極めて短時 n間であること、信号変動の時間的分布と空間的分布 が同じであること(図4)などが分かった。さら に、航空機や船舶の場合と異なり、信号は受信可能 が不可能かの二通りしかない、つまり伝送路を2値 化モデルで解析できることが解明されている。この 事実は田園地域ではそれほど深刻な問題にはならな いが、都市部では音声通信がかなり難しいことを示 している。


図4 陸上移動実験で測定された受信信号の累積分布

 また、鉄道での衛星通信利用の研究開発もすすめ ており、新幹線での実験を行いパンタグラフから発 生する電気雑音の影響などが解析されている。
  

外国との共同実験
 日本とオーストラリアとの関の科学技術協力協定 の一環として、オーストラリアのAUSSATと当所 でETS-Xを用いて、陸上移動実験を共同で行って いる。オーストラリアでは1991年に打上げ予定の第 二世代衛星で移動体衛星通信のサービスが予定され ており、当研究所の研究実績が実用化に大きく貢献 している。

写真は当研究所の研究員がオーストラリ ア(シドニー)で、メッセージ通信機の実験を行っ ている様子である。相手局は当研究所の鹿島宇宙通 信センターである。この装置は小型軽量の携帯型通 信機で、ポケットコンピュータを使ってメッセージ を伝送するもので、緊急災害時や通信手段のない山 間僻地で威力を発揮するものと期待されている。


写真 オーストラリア−日本間でのメッセージ通信
   実験風景(シドニーのAUSSAT屋上にて)

  

国内機関との共同実験
 船舶及び航空機実験では、北海道大学の医用情報 伝送実験に協力し共同で実験を行った。この実験は 移動局から画像、音声、心電図、血圧値などの医療 データを伝送する実験である。医療施設の専門医が 適切な指示を与えることができるような信頼性のあ るデータと明瞭な画像が伝送できることが求められ るが、実験の結果上記の条件を満たす医療情報伝送 が可能であることが確認された。飛行中の航空機や 船舶での急患に対する救急医療体制確立のための意 義ある成果といえる。
  

今後の実験計画
 新たに開発した実験車を用いて本格的な陸上移動 の通信実験を進めると同時に、通信・測位複合衛星 システムの実験を計画している。これは、音声やデ ータの伝送だけでなく、同時に移動局の位置の情報 を伝送する新しい衛星通信実験で、ETS-Xとイン マルサット衛星の2静止衛星が用いられる。現在装 置の開発を電波システム開発センターと共同で進め ており、今年秋から実験が開始される予定である。
  

おわりに
 衛星通信が身近なものになればなるほど、「いつ でもどこでも誰とでも」連絡したいというのが我々 の素朴な願望である。ここに紹介した移動体衛星通 信実験はまさにこの期待に応えるべく進められてい るものである。今後さらに多くの貴重な研究成果を 挙げ、一日も早い実用化へ貢献すべく努力したい。

(関東支所 鹿島宇宙通信センター 第二宇宙通信研究室長)




超小型VLBI局の国内移動実験 稚内から南大東島まで


雨 谷  純

  

はじめに
 昭和63年度、アンテナ口径3mの超小型VLBI局 (写真)を、小金井本所を皮切りに、稚内、沖縄、 南大東島に移動しVLBI実験を行った。小金井、稚 内、沖縄の各実験の主目的は観測点位置の高精度測 位であり、これらの各観測点はGPS衛星の精密軌 道決定実験に用いられる。南大東島実験は、現在第 三宇宙通信研究室で進めている西太平洋電波干渉計 計画の一環として、フィリピン海プレートの運動を 計測するための初期位置を取得する目的で行った。


写真 超小型VLBI局3mアンテナ(稚内移動)

  

実験の概要
 各実験ではそれぞれ異なった周波数標準を用い た。小金井実験では原子標準研究室で開発した高安 定の固定型の水素メーザを周波数標準に使用した。 遠距離の移動実験には当研究所と共同研究を行って いるアンリツ鰍フ移動型水素メーザを使用する予定 だったが、稚内は移動型水素メーザの完成が間に合 わなかったため、高安定水晶発振器とセシウム原子 標準を組み合わせた周波数標準を使用した。この周 波数標準では短期安定度を高安定水晶発振器に、長 期安定度をセシウム原子標準にそれぞれ受け持たせ ており、水素メーザに比べ多少測位精度は落ちる が、極めて安価、小型軽量で、VLBIの移動実験に 適している。沖縄実験は移動型水素メーザの完成を 待って実施した。
 VLBI実験においては星からの電波が通過して来 る伝搬媒質中の遅延を補正する必要がある。このう ち電離層による遅延の影響は、その分散性を利用し て、通常8GHz帯と2GHz帯の2周波を受信するこ とにより補正していろ。しかし、現在超小型VLBI 局には2GHz帯の受信機が装備されていないので、 電離層遅延の補正は、当研究所の各 電波観測所(稚内、小金井、山川、 沖縄)で取得しているデータ (f0F2データおよびETS-U電波のフ ァラデー回転データ)を用いて行っ た。
  

実験結果
 表1に小金井実験で得られた結果 と、以前に実施した国内実験の結果 の比較を示す。実効開口径で勝る5mφアンテナと ほぼ同等な基線決定精度が得られたのは、バンド幅 を広げた事によって遅延時間決定精度が向上したた めと考えられる。


表1 実験結果の比較

 表2に今回の移動実験の結果を示す。稚内実験で は水素メーザを用いていないので多少測位誤差が大 きいがプレート運動の監視に重要な役割を果たす水 平成分は3p程度の誤差に納まっている事が分か る。沖縄実験では、移動型水素メーザの輸送途中に バッテリーがダウンするトラブルに見舞われたた め、十分な安定度に達しないうちに実験を行う事に なってしまったが、固定型の水素メーザには及ばな いものの、数pの精度で基線決定を行う事ができ た。南大東島実験は現在解 析中である。


表2 各移動実験の諸元及び結果

  

おわりに
 現在第三宇宙通信研究室 では西太平洋電波干渉計計 画を進めている。鹿島の新 34mφアンテナを中心に、 南鳥島に10mφアンテナ、 南大東島には11mφのアン テナを設置し、上海天文台 と共同でVLBI実験を行 い、日本周辺の太平洋、北 米、フィリピン海、ユーラ シアの各プレートの相対運 動を測定する予定である。 今回決定される南大東島の位置を基に今後数年間に わたり西太平洋電波干渉計を運用する事により、日 本周辺のプレートの運動が精密に測定されると期待 されていろ。
 VLBI干渉計の出力である相関の強さは干渉計を 構成する各アンテナ素子の直径の積に比例する。今 回、鹿島のアンテナが26mφ、超小型VLBI局のア ンテナが3mφで先に述べた様な成果を上げる事が できたから、新34mφアンテナを相手局に使用すれ ば、超小型VLBI局のアンテナは2.3mφでも良い 事になる。日本の道路交通法では車幅の制限が2.5 mであるから、3mφのアンテナでは今回の様に分解 して斜めにトラックに載せないと公道を走れない が、2.3mφならば分解せずに運搬が可能である。超 小型VLBI局の開発で培った技術を基に、将来は に示す様な車載型VLBI局を作り、日本国内の多点 観測を行い、プレートの相対運動のみならず、各プ レート内の内部変形まで測定したいと考えている。


図 VLBI車載局予想図

 各移動実験を行うにあたり、稚内、沖縄の各観測 所の方々、南大東地方気象台の方々には大変お世話 になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

(関東支所 鹿島宇宙通信センター 第三宇宙通信研究室 技官)



短 信

施設一般公開の実施


 当所の施設一般公開を、8月1日(火)10時から16時 まで実施した。当日は台風の影響で稚内、秋田を除き一 日中雨であったため、見学者は例年より少なかった。 関西支所は研究室がまだ移転していないため本所にお いて公開した。
一般公開見学者数
 本所   :705名   観測所 稚内:23名
 関東支所           秋田:92名
    鹿島:186名       犬吠:32名
    平磯: 76名       山川:26名
                沖縄:69名