準マイクロ波帯陸上移動伝搬実験結果


守山 栄松

  

はじめに
 陸上移動無線局数が近年著しく増加している。昭 和40年には約8万局であった陸上移動無線局は昭和 50年には100万局に達し、現在は400万局を越えてい る。今では消防、警察通信等の公共性の高い業務の みならずタクシー、MCA(Multi Channel Access) 無線、自動車電話、放送事業、パーソナル無線等に 幅広く用いられ、使用周波数帯も、60MHz帯から 150MHz帯、400MHz帯、800MHz帯と、より広い帯 域の確保できる高い周波数帯に拡張されてきた。
 このように日常生活に密着した陸上移動通信の需 要は、高座情報社会の進展と国民生活の多様化に伴 い、今後も一層増加するものと予想されている。
 一方、現在の陸上移動通信の主流は音声を中心と したアナログ方式の通信であるが、今後、データ、 ファクシミリ、画像等、またはこれらを複合した通 信を可能とするため、ディジタル通信の需要が増え ると予想されている。このため陸上移動通信にも ディジタル通信方式を本格的に導入する必要がある と考えられている。
  

準マイクロ波帯開発の必要性
 これらに対処するため、各種の研究開発が行わ れ、その成果の一部は実用化されてきた。その結 果、使用周波数帯の拡張と、割当周波数帯域幅の狭 帯域化による周波数の効率的利用が可能となった。
 しかし既存の周波数帯の利用だけではこれ以上の 対処は困難となったため、陸上移動通信のために通 称「準マイクロ波帯」と呼ばれる1GHzから3GHz の周波数を利用するための研究開発が、現在急がれ ている。
 郵政省では昭和59年度から調査研究を開始し、昭 和62年度に「電波資源開発利用に関する調査研究 会」の下に「準マイクロ波帯開発部会」を設置し た。この下部組織織として「準マイクロ波帯実験実施 連絡会」を設置し、この連絡会で実験を行うに当 たっての連絡調整を行っている。
 当所では、準マイクロ波帯陸上移動伝搬測定実験 計画を作り、これに基づき実験地域に東京都、京都 市、茨城県那珂湊市平磯、山梨県甲府市を選び、種 々の伝搬実験を行った。
  

陸上移動電波伝搬の特徴
 これまでのMCA、自動車電話等ではアナログFM 変調方式を用い、電波の到達距離が数q以上であ るため、基地局のアンテナは全体を見渡せるよう周 囲の建物よりも高いところに設置されている。準マ イクロ波帯でもこのようなシステムの早期実現に対 する要望が強いが800MHz帯に比較して準マイクロ 波帯では電波伝搬データが不足している。このた め、ここでは基地局のアンテナ高が周囲の建物より も高い場合の伝搬損失の実験結果について述べる。
 陸上移動通信では直接波のみが受信局に到達する ことは稀で、常に反射、回折により時間遅延のある 複数の電波が受信局に到来する。このため伝搬路 は、多重伝搬路となる。
 この多重伝搬路がディジタル信号を高速に伝送す るときの符号誤りの原因となるため、多重伝搬路の 実態を詳しく調べる必要がある。そこで準マイクロ 波帯でも多重伝搬路特性測定実験を行い、統計処理 により多重伝搬路の平均遅延時間、相関帯域幅を求 めた。
  

伝搬損失測定実験結果
 測定に用いた移動測定車を写真1に示す。走行経 路を正確に求めるため、移動測定車に車速パルス信 号発生器を備えた。受信用のスリーブアンテナは移 動測定車の屋根上に設置し、アンテナからの信 号は低雑音増幅器を介して受信機に入力した。


写真1 実験に用いた移動測定車

 送信基地局を郵政省飯倉分館(送信アンテナ 地上高26.4m、海抜高53.4m)に設置し測定実 験を実施した。東京駅と銀座周辺の比較的道幅 の広い道路(片側3車線)を測定コースとし た。図1は1.5GHz帯の伝搬損失の中央値であ る。横軸の伝搬距離は送信局から受信局までの 直線距離を示す。伝搬距離が3q付近までは 秦式*の値に近い値となっているが4q付近で は測定コースが内幸町にある高層ビルの陰とな るため秦式*からの値よりも15dB以上伝搬損 失が増加している。今後の高層ビルの増加によ り秦式からの値よりも伝搬損失の大きな場所が 増えるものと予想される。


図1 伝搬損失中央値(1.5GHz帯)

  

多重伝搬路特性測定実験結果(送信アンテ ナ地上高26.4m、海抜高53.4m)
 測定にはスペクトル拡散方式による時間分解 能が0.2μsの多重伝搬路特性測定装置を用い た。送信基地局は郵政省飯倉分館に設置し、伝 搬損失測定実験とほぼ同一の測定コースを走行 した。
ア. 平均遅延時間
 図2に、775MHz帯、1.5GHz帯及び2.3 GHz帯の平均遅延時間を示す。図2から、ど の周波数においても平均遅延時間の分布)状態 がほぼ同じであることと、平均遅延時間が測 定場所により1〜7μsと大きく変化し、伝 搬距離が大きいほど大きくなる傾向にあるこ とがわかる。


図2 各周波数帯における平均遅延時間

イ. 相関帯域幅
 相関帯域幅は、情報伝送を行う際の最大伝 送速度を決める目安となる値で、値が大きい ほど高速伝送可能である。図3に平均遅延プ ロファイルから求めた相関値が0.9及び0.5と なる相関帯域幅(B)の累積分布を示す。相関 値0.9の時のBの平均は21.0kHz、標準偏差 は13.6kHzである。相関値0.9では、測定コ ースの90%の場所でBが9.7kHz以上、50% の場所では17.3kHz以上になる。


図3 1.5GHz帯における相関帯域幅の累積分布

  

おわりに
 以上、送信アンテナ高が高い場合の伝搬損 失と多重伝搬路実験結果について述べた。伝 搬損失、多重伝搬路特性は地形地物により大 きく影響を受ける。そこで今後は蓄積した伝 搬損失と多重伝搬路のデータと地形・地物と の関係について詳細な検討を加える予定である。
 また携帯通信の実現、周波数の有効利用を考慮す ると送信アンテナが周囲の建物よりも低い場合の電 波伝搬研究の必要性が現在以上に高まると予想され ている。そこで今後は準マイクロ波帯での低送信ア ンテナにおける伝搬測定と室内での伝搬測定を多重 伝搬路測定も含めて行い解析を進めていく予定であ る。

(総合通信部通信系研究室 主任研究官)

*秦式:グラフ形式の伝搬カーブを簡単な関数で近似し定式化したもの。



絶海の孤島南烏島のVLBI局完成


三木 千紘

  

はじめに
 平成元年は当所にとって関西支所設立という久し ぶりの快挙に沸いた年であったが、もうひとつ、当 所の施設が日本の領土の最東端である南鳥島に新た に設置された年でもある。図1のとおり稚内、沖縄 そして南鳥島、この三点を結ぶと日本領土内ではほ ぼ最大の三角形が出来上がる。この大三角形が当所 のこれからのスケールの大きな研究を支えるものと なることを期待したい。


図1 日本列島周辺の地殻プレート構造

 南鳥島は、図1から解かるように日本領土の中で 太平洋プレートにある唯一の島である。日本の領土 内で太平洋プレートの運動を測定するためには、南 烏島にVLBI局を設置する以外にない。1辺約1.5 qの三角形をした島、南鳥島は東京から約2000q 離れた絶海の孤島である。
 我々は、同島が貴重な観測点であることを重視 し、後述するような様々な困難を乗越えて、同島に VLBI局を完成させ、第1回実験を成功させること が出来たのでその苦労話のいくつかを紹介したい。
  

計画の発端
 昭和62年5月、補正予算の要求として、鹿島、南 大東島、南烏島からなるVLBI計画が提案された。
 ところが太平洋プレート測定の要である南鳥島に ついては情報が非常に少ない。とにかく同島へ行っ て調査をしてみようということになったが、行くと 行ってもそう簡単ではない。この島の関係機関をな らべると、大蔵省関東財務局、防衛庁、防衛施設 庁、関東施設局、気象庁、林野庁、米国沿岸警備隊 (C/G)など、それに、実験用無線局を同島に設置す る必要から郵政本省、関東電気通信管理局、KDD、 国際通信施設鰍ネどがある。これらの各機関の関係 も、はじめは何もわからず、あちこちの情報から少 しづつ探り当てていく状況が続いた。各機関とも大 きな組織のため業務は細分化されており、関係する 担当者一人ひとりに本計画の意義の説明と支援の依頼 をして回る毎日が始まった。協力を得るための文書 の作成、交換は修正の上に修正を重ね、関係者へ何 回も足を運ぶ日々が続いた。ようやく昭和63年1月 当所職員3名と業者1名が同島へ調査に行くことが 可能となった。
  

調 査
 そしてついに南鳥島に第一歩を踏み入れた。
 C/Gの管理する高さ110mのロランCアンテナ と、島の端から端まで延びた1400mの滑走路ばか りが目立つ島である。台風の芽が発生する海域にあ るこの島は、亜熱帯性気候で、気温は21度より下が ることはない常夏の島である。明治時代、日本人水 谷信六は、同島に椰子油、鳥ふん会社を設立し住み 着いたことが根拠となり昭和52年、小笠原諸島と同 時に返還となった。現在は民間人は住んでいない。 率直なところ、この悪条件の島にアンテナが立つの か不安にかられたのを覚えている。
 気象庁および海上自衛隊の日本の施設は島の北東 の端にこじんまりとまとまっている。
 調査はロランCや各種無線機器からの混信の影 響、アンテナ建設場所の設定、電気、水、食料、宿 泊などの生活環境の把握などであった。持ち帰った 調査結果からアンテナ建設場所を選定し、気象庁、 防衛庁と繰り返し打ち合せを重ねたのち、アンテナ設 置の了解を得ることができた。
 昭和63年12月、最終的な位置決定に必要な測量の ため再び同島を訪れ、正確な平板測量図面を作成し た。
  

資材輸送
 南鳥島への交通は、週1回硫黄島経由の定期便 YS-11があり、ほかに月に1回の特別便C-130輸送 機による直行便と、年2回、燃料等の危険物を運ぶ 船便がある。
 当所の輸送資材は全体で200Rトン(重量または 大きさいずれか大きい方で数える)である。同島は 滑走路が短いため輸送機で1回に運べる重量は10ト ン程度、とても輸送機では運びきれない。船舶であ れば問題はないが、同島には接岸できる港が無い。
 当所のみの力では実現できなかったであろうこの 状況の中で、運良くC/Gの隊舎建て替え工事が昭 和63年度中に予定されていた。荷物の陸揚げ用大型 クレーン、ブルトーザなどの建設機器も持ち込むと 言う。まさに千載一遇のこの期に便乗することと なった。この話は実にありがたかった。防衛庁、防 衛施設庁に支援協力をお願いし、平成元年早々から 輸送資材の梱包を開始した。便乗ということはすべ て相手のスケジュールに合わせなければならない。 折悪しく運搬船の出港が年度の変わり目で会計手続 きは困難を極めた。船の出港日は天候次第で定まら ず、予定は毎日変り、会計課の方々には大変な手数 をかけることとなった。
  

建 設
 ほそぼそと、そして力強く根を下ろしているトゲ ミウドの木を払い、ブルトーザは珊瑚ばかりの地を 均し、5月いよいよ工事は開始された。
 南鳥島には3種類の時刻系がある。ひとつは日本 時間、もうひとつの海上自衛隊時間はそれより1時 間早い。それにC/Gタイムはさらに1時間早い。 工事の人たちはC/Gタイムで生活し、朝5時仕事 開始、15時終了。この時間のずれは常に念頭に入れ ておかなければなかった。
 工事は天候に恵まれ予定どおり順調に進んだ。そ して、7月、多くの困難を乗り越え、ついに西太平 洋VLBI実験南鳥島局10mφアンテナは完成した。 現地の人達からは、これ程迅速に郵政省がやり遂げ るとはと感嘆の声が上がった。調査の時に感じた不 安を思い出すと感無量であった。
  

島の印象
 南鳥島の周りの海に潜ってみると、色鮮やかな熱 帯魚、珊瑚礁は、まるで水族館の中かと錯覚する。 リーフの外での釣りは豪快で、まぐろ、さわら、あ じなどの大型の魚が捕れ、生きの良い刺身をご馳走 になった。住み着いている鳥は少ないが、3月ごろ から産卵にやってくる背黒あじさしの群れは浜を覆 い尽くすほどである。日差しは強く屋外での作業は まさに汗が滝のごとく流れ、日焼けに弱い人は悩ま される。一方、娯楽は少なく、自衛隊、気象庁、C/G の3チームが週1回対戦するソフトボールぐらい である。テレビも電話も無く、文明社会から忘れら れてしまった感じである。
  

おわりに
 完成後ただちに第1回目の実験を実施し、見事に 成功させることが出来た。今後この実験を繰り返す ことにより、日本は自力で太平洋プレートの運動を 測定し、地震予知の研究に貢献できるであろう。ア ンテナの完成および実験の成功は、ここには書きき れなかった防衛庁、防衛施設庁、気象庁、大蔵省財 務局、理経、NESIC、鹿島建設、郵政本省、それ に、一丸となって強力な態勢を整えてくれた当所各 部門の諸関係者の皆様のご支援、ご協力の賜であ る。心より感謝する次第です。

(標準測定部 周波数標準課 主任研究官)


写真 完成した10mφアンテナ




≪外国出張≫

シドニーに滞在して


鈴木 龍太郎

 当所とオーストラリアのAUSSATは、日豪科学 技術協定に基づき、技術試験衛星X型(ETS-X)を 使用して陸上移動体衛星通信の共同実験を行ってい る。筆者は、その実験実施のため昭和63年7月より 1年間シドニーに滞在した。シドニーは、人口300 万人を擁するオーストラリア最大の都市であり、オ ペラハウスとシドニーハーバーブリッジの景観で有 名である。毎日2階建ての通勤電車でハーバーブ リッジを通りオフィス街にあるAUSSATに通った。 AUSSATでは、1992年にAUSSAT-B衛星を打ち上 げて、陸上移動体衛星通信の実運用を開始する予定 であり、ETS-Xでの通信実験はAUSSATに貴重な 実験データを与えるものである。

 AUSSATの移動体通信部門は10数名のスタッフで あり、共同実験担当メンバーは、女性チーフの Dr. Dinhと筆者を含めて4人のみであった。まず、ハ ブ局の建設からスタートし、ビル屋上の4.6mアン テナ設置以外は、給電部の配線、RF系の設置、配線 作業等全て3人の男手によって組み上げた。

 最初の実験は、昨年秋のテキサス大Dr. Vogelの グループによる電測実験であった。Dr. Vogelの一 行二人は約1か月間の実験予定で渡豪したが、船便 で送られたテキサス大の電測車がシドニーの港湾労 働者のストライキのため2週間も船から出てこない 事態となり、スケジュールが大幅に変更される一幕 もあった。このような時も慌てることなく悠々と到 着を待つ人々を見て、ライフスタイルの違いを痛感 した。この実験で得られたデータは、Dr. Vogelと 彼の研究室に滞在している長谷主任研(関東支所第 二宇宙通信研究室、科技庁長期在外研究員)の手に よって解析されており、今後のAUSSATの実用シ ステムの設計に役立てられる。

 今年3月には、大森第二宇宙通信研究室長を迎 え、当所の実験装置を搬入して通信実験が行われ た。陸上移動実験用にマイクロバスを改造しRF系 と発電機を搭載した測定車に、当所の装置を含めて カナダのSKY WAVE社の装置、ブリストル大方式 の装置と3種のACSSB装置を搭載して音声品質の 評価実験を行った。この実験を通じて得られたデー タの評価結果は各装置の改良に役立てられる。当所 の装置の評価結果もまずまずであった。

 通信実験に平行して電測システムの整備も行っ た。筆者は、伝搬データの測定系及びフェージング シミュレータの開発を担当した。ハードウェアと基 本データ収集ソフトウェアについては、ほぼ完成 し、後任の若菜主任研(関東支所第二宇宙通信研究 室)が引き続き測定及びデータ解析を打っている。

 AUSSATは事業者であるため、移動体のスタッフ にもマーケッティングのメンバーが含まれており、 ユーザーの開拓から需要見込みの分析などを担当し ている。ロータス123を使ってラップトップコン ピュータで市場予測を行うのを見て、ビジネスマン の仕事の進め方が少し理解できた事は有益であっ た。

(宇宙通信部 移動体通信研究室 主任研究官)


AUSSAT歴上のハブ局アンテナ(直径4.6m)と実験メンバー



短 信


大石千八郵政大臣当所を視察


 大石千八郵政大臣は、8月31日午前本所を視察のため 来所された。
 畚野所長から当所の沿革及び研究概要について説明を 受けられた後、主要な研究施設並びに研究状況を視察さ れた。特に、VLBIの観測で地震予知の可能性の説明で は静岡出身の大臣として、東海大地震との関係などにつ いて質問されていた。
 視察後は、当所幹部との懇談の後、国立市にある郵政 研修所へ向かわれた。




ボイジャー2号の海王星観測に協力
 アメリカの惑星探査機ボイジャー2号は、平成元年8 月25日に海王星とその衛星トリトンに大接近し、様々な 観測や調査を行った。日本では、宇宙科学研究所がジェ ット推進研究所と協力してボイジャーの送信電波を用い た海王星掩蔽観測を実施したが、当所は観測データの処 理に要求される精密な観測局位置の測定という形でこの 観測に貢献した。
 ボイジャーの海王星による掩蔽現象を観測するために は、海王星の裏側にいるボイジャーから送信され、海王 星の大気の中を回り込んで伝播してくる極めて微弱な電 波を検出しなげればならない。この微弱な信号を検出す るため、長野県臼田とオーストラリアで同時観測が行わ れ、そのデータは観測後の処理によって合成されること になっている。ところがこの信号処理を行うためには、 臼田観測局の正確な位置を知ることが必要である。そこ で、当所はボイジャーの海王星接近に先立って平成元年 8月2日にXバンド1周波による測地VLBI実験を実施 し、臼田局の位置の測定を行った。
 さらに当所では、ボイジャーの海王星接近のとき、鹿 島宇宙通信センターにある直径34mのパラボラアン テナによるボイジャーの信号の受信を試み、約44億q もの彼方からのXバンドの電波をとらえることに成功し た。このことは、鹿島の34mφアンテナの感度の高さ を実証したものと言える。

 掩蔽(えんぺい):恒星や惑星、人工衛星が月や他の惑星のかげにかくれて見えなくなる現象