地球環境の観測
−最強最新の武器:電磁波リモセン技術−

宮 崎 茂

  

21世紀最大の難問−地球環境問題
 「地震、雷、火事、おやじ」は、この頃のおやじ を別にしても、昔も今も怖いものの代表であろう。 現代ではこれに「オゾン穴、公害、核兵器」を加え たい。最近とみに地球環境問題が大きくクローズ アップされてきている。際どい絶妙なバランスで現 在の地球環境は存在している。人間を取り巻く環境 の変化はきわめて深刻であり重大である。最近マス コミをにぎわせているのはオゾン層破壊、酸性雨、 大気汚染、海洋汚染、ハイテク汚染、ダイオキシン 汚染、森林破壊、砂漠化、地球温暖化、産業公害、 それにスターウォーズ(SDI)等、枚挙にいとまが ない。これらの裏には多くの要因が複雑怪奇と思わ れる程絡み合って存在している。人口問題、貧困問 題、エネルギー問題、政治経済問題、農業・工業問 題、化学技術の超高度化、軍事問題等これまた枚挙 にいとまがない。

 1987年の世界人口白書は地球の人口が50億人を超 えたとされる1987年7月11日を「50億人の日」と定 め、人口増加に対する問題を提起した。1972年ス トックホルムで開かれた世界環境会議の事務局長 M.ストロングは、地球の収容能力を100億人とし た、又ある生態学者は360億人位が考えられる最大 だという。今世紀末の1999年には世界の総人口は60 億人を超えると推定され、そして21世紀には100億 人になると言われている。まさに人口爆発である。 この人口爆発に対して、食料、エネルギー、そして 地球環境はどうなるのであろうか。

 食料問題はさておき、エネルギー問題に少し触れ よう。1980年の時点でアメリカのエネルギー消費は 一人当たり9.7kWとずばぬけて大きく、日本は 3.4kW、開発途上国は平均0.65kWといわれる。開 発途上国の人々は、先進国の約10分の1のエネルギ ーで暮らしている。世界のエネルギー総消費量は石 炭換算で94億トンである。日本の総消費量は石炭換 算で3.7億トンである。これらのエネルギーのうち 水力及び原子力から得られるエネルギーは3%であ り残りの大部分は石炭、石油、天然ガス、植物等か らまかなわれている。従ってこれからエネルギーを 得る過程において、地球環境への直接の影響は多大 なものがある。

 核戦争がなければ、人類を滅ぼすのは地球環境の 破壊であるといわれる。地球環境に関連する要因は 複雑多岐にわたり、その解明は極めて困難であり、 又極めて長い時間がかかるものと予想される。地球 環境破壊は、21世紀最大の課題になることは確実と 思われる。これに対して解決の見通しはあるか否 か、人類の知恵が対処でき得るか否か。或いは世 紀末をとおり越して人類という種の絶滅という過程 を辿るのであろうか。

 話は変わるが災害という意味の英語にdisastarが ある。この原義はill-starredであり、即ち星の位 置の悪いことは古代、不吉、凶事の前兆とされ た。天災や戦争、事故さらに自分の運命を前も って知ろうとする人間の強い欲望が占星術を編み 出した。古代・中世の占星術師たちが地上に災いを もたらす悪魔の星として恐れた星がいくつかあっ た。それらを執拗に追いつづけた。これから現代の 天文学が発達したのは周知の通りである。しかし、 人間の業は如何ともしがたく、その後の科学技術の 進歩によりかかって現代の空には何百という軍事衛 星、スパイ衛星、原子炉衛星などが不気味に回るよ うになっている。

 次に軍事エネルギーについて触れよう。いま世界 中の核兵器の貯蔵量は、TNT当量で約800億トンと いわれている。この中に含まれる総エネルギーは石 炭換算で実に10兆トンにも及ぶといわれ、1980年の 全世界のエネルギー供給量で割ると、百数十年分に 相当するといわれている。もしこれが仮に平和民生 エネルギーになるものとすれば、21世紀はおろか22 世紀までもエネルギー問題は心配ないといえよう。

 地球に降り注ぐ太陽エネルギーは毎年1.7×10^21 kcalであり、人類のエネルギー需要の約3万倍もあ る。この太陽エネルギーの強さは最も条件のよいと きで、1u当たり約1kW、時間と場所で平均した地 表面では180W/uにしかならないが、もし陸地の 1%の面積でかつ1%の効率で太陽エネルギーが利 用できるとすると石炭に換算して1年間に約89億ト ンになり、現在必要とされるエネルギーの全消費量 が賄えると言うことになる。

  

電磁波リモートセンシング技術
 リモートセンシングは単に対象物を測定、計測す る定量的判定のみならず、対象物の特性に関する定 性的判定、認識、評価をも含んでいる広い概念であ る。従ってリモートセンシングは本質的に総合的、 系統的科学技術システムを内在している。その手段 として電磁波を使用するのが最も多い。古くから研 究が進められてきている、いわゆるレーダが代表的 なものである。現在では非常に高度化しており、そ れらの例として気象レーダ、船舶用レーダ、航空管 制レーダ、対空警戒レーダ、対潜哨戒レーダ、三次 元レーダ、OTHレーダ等が存在している。さらに映 像レーダといわれる実開口レーダ及び合成開口レー ダは極めて複雑精巧なものであり、24時間昼夜天候 に関係なく性能を発揮している。

 長波に関しては、その安定な伝搬特性のために、 測位、測距用として古くから航法計測に用いられて いる。短波に関しては海洋レーダ、流星レーダ、オ ーロラレーダ、イオノゾンデ、OTHレーダ等が用い られている。マイクロ波帯においては光のように直 進する性質がだんだん強くなってくる、所謂、準光 性が現れてくるので、目標物探知、及び対象物の性質 等を探査するのに適してくる。さらに波長が短くな り、準ミリ波、ミリ波帯になると、大気ガス、水蒸 気、水滴等による吸収、散乱が顕著になり、この性 質を利用して気象レーダ、大気微量成分を計測する のに使われる。もっと波長が短くなり赤外線、可視 領域に入るとレーザ光が利用され、それと物質との 相互作用が著しくなるので、この性質を使って大気 の微量成分の精密測定、長さの精密測定等に利用さ れている。そして位相、波長の揃った所謂コヒーレ ント光源が得られるので、原子・分子レベルの精密 測定に使われる。
  

通信総合研究所の研究活動
 当所は源流をたどると90年以上の電磁波研究の歴 史がある。電波の伝わり方の研究は当初から行われ ており、長波、短波からマイクロ波へと研究領域 を拡げ、電離層、磁気圏を含む地球超高層物理の研 究に関して有数の研究機関の一つである。スプート ニクが打ち上げられ宇宙時代を迎えて、宇宙通信の 研究が活発になり、そして電離層観測衛星計画が実 現して観測成果をあげて、電波リモートセンシング の研究が総合的、系統的に始まったのは昭和57年で ある。

 表1には最近の電磁波リモートセンシング及び測 定について周波数別における項目を示してある。長 波からマイクロ波、ミリ波、さらにレーザ光までの 殆ど全領域を網羅しており、測位、測距に関しては 地球上から宇宙空間の飛翔体まで、さらに陸域、海 洋、氷雪、そして気象現象、植生、超高層、宇宙空 間物理の対象をカバーしている。地球環境のみなら ず、宇宙環境の探査をも行っている。特に、マイク ロ波による雨域の観測、SIR-B(スペースシャトル の合成開口レーダ)の観測、SLAR(写真1)によ る油汚染、海洋面現象の観測、TRMM(熱帯降雨観 測衛星)(図1)計画、VLBIによる精密測距、電 波による超高層観測等は世界的に評価される成果で ある。

表1 CRLにおける電磁波リモセン研究(共同研究、調査、検討、関連研究を含む)


写真1 航空機搭載マイクロ波映像レーダ


図1 TRMM(熱帯降雨観測衛星)概念図

  

結 び
 地球環境の観測には電磁波リモートセンシング技 術が必須であり、かつ地球的規模での観測及び考察、 評価が重要である。リモートセンシング技術におい ては単に測定の精度、範囲の問題のみならず対象物 を評価、認識、分析することが極めて必要な視点で あるし従ってグランドトルース(Ground Truth)や シートルース(Sea Truth)等現場物体との関連測 定及び電磁波と物質との相互作用の詳細な知識が前 提である。そして多くのスペクトル範囲にわたって 観測をすることによって対象物の本質に迫ることが 要求される。また、膨大かつ複雑なデータを処理す る技術も極めて重要である。これにはハードウェア 的にも、ソフトウェア的にも適切な考察が求められ る。次に、地球的規模での観測は人工衛星が最も適 している。この人工衛星はすべて電磁波を縦横無人 に駆使することによって、その機能が支えられてい る。電磁波の高度利用が前提となって始めて所期の 目的が達せられる。

 近年のリモートセンシング技術の目覚ましい発達 によって地球的規模で観測システムが体系づけら れ、我々の住む地球における環境保全の重要性の認 識や地球資源の認識が深まっている。このために環 境の監視や資源の探査などの観測に人工衛星による 地球観測システムが世界各国で計画され、実現しつ つあることに我々は大きな期待をもっている。通信 総合研究所では重要な研究テーマの一つとして地球 環境のリモートセンシングを取り上げており、その 測定技術の確立、データ処理技術の高度化、そして 実際の観測を通して地球環境の正確な把握及びその ダイナミックスの解明に取り組んでいる。

(電波応用部長)




DE-1衛星データの遠隔無人自動受信


恩藤 忠典

  

はじめに
 本年8月から、本所のパソコンにより鹿島宇宙通信セ ンター(以下、鹿島と略す)の11mφアンテナを駆動さ せて、DE-1衛星からのテレメトリデータ受信を始めた ので、そのシステムを得られたデータについて紹介をす る。

 「電波研究所によるDE-1テレメトリ受信」は、1985 年5月にNASA(米国航空宇宙局)によって承認され、 同年8月以降、鹿島の18mφアンテナにより、プラズマ 波電界データ(650Hz〜40kHz)の実時間受信が行われて きた。DE-1衛星はNASAの地上追跡局から送信した2 GHz帯電波を受信し、これに位相同期した衛星の発振器 出力によってテレメトリ用の2GHz帯搬送波を作ってい る。従って鹿島からの視野内に衛星があって、いずれか の地上局が2GHz帯波をDE-1衛星に送信している時 に、鹿島でテレメトリ受信が可能になる。DE-1衛星の 観測データはバイコニカルアンテナによって送信電力 2.5W、2214.0MHzの直線偏波で地上へ伝送される。通常 DE-1衛星の観測データは、衛星搭載のデータレコーダ にディジタルデータとして16.4kbpsで収録され、この 8倍の131kbpsで地上へ高速再生伝送される。しかし、 鹿島では高速伝送データの受信装置がないので、アナロ グモードのプラズマ波(650Hz〜40kHz)で変調された 2GHz帯搬送波を実時間受信している。

  

DE-衛星データの遠隔無人受信
 DE‐1衛星のアナログモード信号は、主搬送波から± 13.5kHz離れたところに副搬送波を持つため、地上受信 機の位相同期ループが誤って副搬送波にロックし、観測 データが得られないことがある。これを避けるために、 テレメトリ信号の周波数スペクトルをスペクトル分析器 で取り、周波数シンセサイザで受信周波数を4kHzス テップで変化させて、主搬送波に位相ロックさせる計算 機制御方式を採用した。この方式により、楕円軌道のD E-1衛星からの2GHz帯波が受けるドップラーシフトも 自動的に補正される。鹿島ではこの方式により1986年7 月以降18φアンテナを用いてDE-1衛星の夜間無人自 動受信を行ってきた1987年11月に18mφアンテナを撤去 し、その跡地にVLBI用の34mφアンテナを建設するこ とになったので、以後は11mφアンテナで受信してき た。1989年5月の組織改正により、それまで運用を担当 してきた衛星管制課が廃止されたため、低コストのDE- 1衛星の受信方式として、本所と鹿島間の7.5GHz無線 回線用いて、パソコン通信による本所から鹿島のアンテ ナの遠隔制御方式が導入された。

 鹿島で受信した多量の観測データの磁気テープの本所 への郵送及び磁気テープのデータレコーダヘの脱着は簡 単な作業なのでパートタイマーに委託することにした。
 電話回線を利用するパソコン通信により初期モード、 オフラインコマンドモード、データ通信モード相互間の 制御により、コミュニケーションファイルを通じて本所 と鹿島間で少量のデータの送受信を行うことにした。本 所では、事前に衛星の予測軌道を計算し、これに基づい てDE-1衛星パスの受信時刻、受信アンテナの仰角、方 位角のデータを鹿島のパソコンへファイル転送する。衛 星パスの受信時刻になると鹿島のパソコンの時計に従っ て受信システムの電源が入り、データレコーダのスター ト、受信アンテナの駆動開始等の命令を鹿島のパソコン が行う。アンテナはファイルに入っているデータに従っ て、衛星の追尾を始める。周波数スペクトル分析器と周 波数シンセサイザは、パソコン制御により衛星からの2 GHz帯主搬送周波数に受信周波数を正確に一致させ、受 信機を位相ロックする。受信が終わると、鹿島のパソコ ンからの命令によりデータレコーダは停止し、受信アン テナの追尾は終了し、アンテナは元の天頂方向に戻る。
 受信アンテナとデータレコーダの動作状態を表す簡単 なメッセージは、本所のパソコンへその都度転送され、 本所のパソコン画面に図1のように表示される。図1 は、運用例として1989年8月27日15時43分UTから16時 13分UT(0043-0113LT)の間に、鹿島で受信されたDE- -1衛星パス時の動作状態を示している。最初の4行は 本所から事前に鹿島へ転送したアンテナ駆動データであ る。16時13分の方位角は+232.12°仰角は40.84°で あり、尾部のAは鹿島のパソコンが本所へ送ったアンサ ーパックである。アンテナコントロールユニット(ACU) OK!から始まる各メッセージは、その各時刻毎に自動的 に電話回線を介して本所側のパソコン画面に表示された ものである。このように本所のパソコンは受信アンテナ の駆動データを鹿島に送り、鹿島のパソコンはこのデー タに基づいて受信アンテナとデータレコーダに命令を出 し、その命令と受信機の位相ロック情報とを本所に送る ことを主な役割としている。従って、鹿島のパソコンの 時刻を正確に保つことが重要である。


図1 DE-1受信の管制データ例

  

DE-1衛星で観測された新しいプラズマ波
 DE-1衛星は遠地点高度23,289q(地心から地球半径 REの約4.5倍)、近地点高度568q、軌道傾斜角89.9度の 長円の極軌道を軌道周期410.8分で南北に回っている。 このようにDE-1衛星は上部電離層(電子密度が10^3〜 10^41p^3)から静止軌道の少し内側(10〜1/p^3)までを 飛んでいるため、上部電離層を南北に回っているISIS 衛星では観測されたことの無い新しい電波現象が得られ ている。図2は1986年9月12日13時13分50秒UT(KP=4 +)に、地心距離3.30RE、地磁気緯度11.8°N、磁気地 方時22時52分において、DE-1衛星によって観測された 2〜8kHzにわたる衝撃性雑音の例である。下の横軸の1 目盛りは1秒間を表す。対流圏では雷放電に伴って、衝 撃性電波雑音が発生するが、電離層内ではこの電波は地 球磁力線に沿って伝わり、低周波成分ほど遅れる分散特 性を示すホイスラになり、衝撃性雑音は観測されたこと がない。この時のDE-1衛星を通る地球磁力線は地表と 磁気緯度57.2°で交わり、通常なら濃密なプラズマ圏 内にあるはずであるが、図2の7.8kHzのZモードの下 限周波数から得られるプラズマ密度は3.4/p^3と低く、 DE-1衛星がプラズマ圏の外にあったことを示している。 9月11日18時UT頃から約1日問磁気嵐(Kp=9)が発 生しており、プラズマ圏外部境界がDE-1衛星軌道より 内側へ押し込まれていたと推測される。従って図2の衝 撃性雑音は希薄プラズマ内の現象と断定できる。また、 強い1kHzの狭帯域ヒスが見られる。磁気圏の低エネル ギー電子が赤道域でこのヒス波の電界ポテンシャルに捕 捉され、ヒスが磁力線にそって高緯度側へ伝わるにつれ て波の伝搬速度が増すために、捕捉電子が加速されて不 安定を起こし、広帯域の衝撃性雑音を起こしたと考えら れる。


図2 DE-1で観測された衝撃性雑音

  

おわりに
 1989年8月9日から27日の間、ソ連ハバロスクからの 500kWのVLF電波が磁気圏プラズマと相互作用して起 こす非線形現象を研究するために、豪州のキャンベラか らのアップリングにより、DE-1でVLF観測を行い、デ ータを鹿島11mφアンテナで受信した。図1はその時の 遠隔運用データである。これは、米国スタンフォード大 学、ソ連IZMIRAN(地磁気、電離層、電波伝搬研究 所)、当所間で企画された国際共同実験であり、その成果 発表が待たれる。DE-1衛星はEXOS-D(あけぼの:オ ーロラ観測衛星)の倍以上の超高空を飛んでおり、今後 も磁気圏希薄プラズマ内の新しい事実を提供してくれる ものと期待している。

(第一特別研究室長)

* DE-1(Dynamics Explorer):電磁圏観測衛星


≪外国出張≫

NASA/GSFC滞在記
日米共同降雨観l測実験に参加して


古津 年章

 筆者は、本研究所で開発された航空機搭載雨域散 乱計/放射計等を用いたNASAとの共同実験を行な うため、昭和62年7月より2年問NASAゴダード宇 宙飛行センター(GSFC)に滞在した。

 本共同実験は、衛星からの降雨観測システムの実 現を最終目標とした実験的研究であり、昭和60年よ り継続されている。第一次の実験はNASA P3A航空 機を用いた大規模なものであり、従来提案されてい た種々の降雨強度推定法等の検証の成果を生んだ。 しかし、この実験では、最大観測高度が航空機によ り制約され、雨域高度の高い対流性降雨の観測には 不十分であった。そのため、より高高度からの観測 等を目的とした第二次実験が計画され、筆者はその 実験遂行を主な任務として渡米した。

 高高度からの観測を充分行なうには種々の改造を 散乱計/放射計に施す必要があり、最初の一年は主 にこの機器改修に取り組んだ。使用した航空機は NASAワロップス飛行基地(WFF)にあるT-39と いう小型ジェット機であり、狭いキャビンに必要な 機器を収容するため、データ収集系を一本化し、従 来のシステムのうち不要の部分をできる限り切捨て た。一方、NASAの19GHzラジオメータ及び全シス テムのリアルタイムモニタ機能を付加することに成 功した。この機器改修段階では、GSFCの多くのエ ンジニアからの支援に負う所が大きい。

 実験は昭和63年秋及び平成元年初夏にWFF周辺 で行なわれ、強い対流性降雨の観測や雨量計ネット ワーク上空での観測等多くの重要なデータを取得で きた。データ解析では、雨量計データとの比較によ るレーダの校正、従来からの各種アルゴリズムの試 験の他、海面反射波の降雨減衰を用いた雨滴粒径分 布推定等の新しい試みもなされ、初期解析結果は IGARSS'89等において発表した。

 2年間、機器改修や実験に多忙であったが、NA SAのスタッフと冗談を言い合える雰囲気で仕事を 進められたのは、滞米生活を楽しいものとする一つ の要因となった。何回も往復したGSFCとWFFの 間は広大な米国の中ではほんの片隅であるがそれで も東京付近に比べると雄大な広さである。特にWFF 周辺の美しい自然は、実験の疲れを十分に癒してく れる。昨年秋の夕方、航空機での作業を終え、滑走 路をはさんだ遥かかなたの地平線から上がってきた 巨大な満月を見たときの印象は忘れられない。

 GSFCは航空機や衛星搭載のパッシブセンサにつ いては強力なスタッフを持っているが、アクティブ センサについては現在のところ人数が少ない。一 方、当所はアクティブセンシングに関して80年代初 期以来多くの経験を有している。これら両者の特徴 を生かした共同研究は衛星からの降雨観測の実現に 向けての大きな力となってきたが、今後もその実現 をめざし、努力して行きたい。

 最後に今回の渡米の機会を与えて頂き、滞在中ご 支援頂いた関係各位に深く感謝致します。

(電波応用部 電波計測研究室 主任研究官)

写真 T-39機と実験オペレータ(WFFにて)


≪随筆≫

尺八あれこれ

吉村 和幸

 尺八の音色に魅せられ、習い始めてから15年程に なるが、年季がものをいうこの世界では、まだ駆出 しに近い。非才のせいもあり、遅々として技量が進 まないのには閉口するが、続けていると人間関係が 広がり、また演奏会や研究会などに参加する機会が 月に一度近くあり、結構楽しむことができる。

 尺八は、7世紀に中国から雅楽用の6孔尺八がも たらされ、その後変遷を経て室町時代に現在と同じ 型の5孔尺八(普化(ふけ)尺八)になった。長さ は、標準が一尺八寸(筒音がD音=ハ長調のレ)で ある。5孔であるから、ただ穴を開閉したのでは5 音(とその倍音)しかでない。従って穴のふさぎ方 や顎の加減で他の音をだすので、アナログ的に音程 が変わって不安定になりやすく、正しい吹奏の習得 が難しい。なお、日本音階は5音音階である。

 上記のことは、音符によって音色や音量が異なる ことを意味し、洋楽的な意味のハーモニイを構成し づらい。しかし、逆に、単純な音階を奏でるだけで も結構音楽的になり、笹吹きという技法と相俟って 尺八音楽が時間的芸術といわれる所以になってい る。本来的に独奏楽器なのである。

 尺八の流派は、都山流と琴古流が主であるが、後 者は江戸時代に普化宗の黒沢琴古が、前者は明治時 代に中尾都山が興したものである。都山流は、都山 により沢山の尺八合奏曲や独奏曲などが作られてお り最も大きい流派である。いずれも普段は箏(こ と)や三弦との合奏活動が主体になる。

 箏や三弦との合奏では古典曲が中心であり、その 他宮城道雄などによる新曲が演奏される。尺八を含 めこれらの楽器はそれぞれ音色が異なる。そのた め、ハーモニイというよりも、これらの音色の違い をベースにして、時間的緩急、各パートの手の細か さの違い、掛合いなどにより曲の進行の中で妙味を だす。これらの楽器が陰陽を構成し、互いに呼吸の 合った対話をするといえる。尺八は男性、箏や三弦 はほとんど女性であり、女性は和服姿でなかなか華 やかなものである。

 尺八は、製管のよしあし、温度、吹き方などに よって音程が微妙に狂う原始的楽器である。また、 演奏者の手、顎、唇、息による微妙なアナログ的操 作によって曲の味わいをだすものであり、上達には 相当な年季と演奏経験が必要になる。

 ここで、パソコンによる作曲の話をしよう。IBM のVossが、クラシック音楽のスペクトル分析をし て、これがf^-1(フリッカ)になることを国際学会 (東京、1977年)で発表した。筆者は、研究でf^-1 の乱数発生プログラムをもっていたので、早速パソ コンでこれによる尺八曲を作り、二部合奏形式にし てある演奏会にだしたところ、大変反響があった。 これは、その後、f^-1の研究者でもある東工大の武 者教授が担当していた、「楽しいマイコン」という NHKのTV番組の最終講座でも演奏された(昭和58 年6月)。演奏は、私の師匠で、招待でスイスに演 奏旅行をされたこともある木藤真山師とその高弟松 下胡山師によりなされたが、高度な演奏技量のお陰 で、なかなかよかった。その後、このプログラムを f^0(白色)及びf^-2(ランダムウォーク)も混合で きるようにし、尺八音符による作曲がパソコンで自 動的にできるように整備してある。

 尺八の音色は、普化宗尺八の名曲にも示されるよ うに、禅の心を体現し、また日本人の心の原点につ ながっている。息の長い、辛抱強い積重ねが必要で あるが、軽薄短小・デジタル万能の時代に、この魅 力ある原始的アナログ楽器を楽しむのもよいもので ある。(都山流師範、竹号=勢山)

(標準測定部長)



短 信


通信総合研究所関西支所発足記念シンポジウムの開催


 当所は、電気通信フロンティア研究開発をはじめとす る21世紀の電気通信の基盤整備に必要な基礎研究を推進 する目的で平成元年5月に関西支所を設立した。これを 記念して、「21世紀の情報通信と電波科学」と銘打って、 シンポジウムを平成元年12月5日に神戸国際会議場で開 催する。
 シンポジウムの開催趣旨は同支所で本年秋から開始す る情報通信分野の最近の研究動向について、著名な研究 者による講演を行うとともに、関西地域の今後の研究開 発の在り方について意見交換をするというものである。
 本シンポジウムは池上拓殖大学教授による基調講演を はじめ、長尾京都大学教授、原島東京大学助教授、福島 大阪大学教授による情報通信技術各分野の動向について の講演、及び関西地域の産学官の研究者等によるパネル 討議から構成される。更に、電波科学を含めた当所の最 近の主要な研究内容をデモンストレーションやパネル等 により紹介する。



SLARによる油汚染監視機能の検証実験


 平成元年9月4日から11日まで、大阪の八尾空港を基 地として、上記の実験が行われた。今回の実験は小型・ 高性能化されたSLARの機能を中心に検証を行った。小 型船舶からオレイルアルコールを海上に散布して、擬似 油汚染領域を作成してそれを色々なパラメータで観測し た。また、この擬似油領域の近くに実際の油汚染が存在 していることが分り、両者共鮮明な画像として捉えると いう好運にも恵まれた。この擬似油を海上保安庁の赤外 センサでも共同して観測したが、この赤外センサでは擬 似油汚染を検出することが出来なかった。ここでもSLA Rの優秀さが示された。また、海上保安庁の協力による 実際の油汚染情報に基づく観測実験も計画されたが、あ いにくその情報が無く、高知沖のタンカールートに沿っ た観測を行った。この他、SLARアンテナの較正実験と して地上に設置したコーナーレフレクタと清浄海面の計 測も行った。機器のトラブルにも見舞われたが無事目的 を果たすことが出来た。
SLAR(Side Looking Airborne Radar)
 :航空機搭載マイクロ波映像レーダ