通信総研1.5m望遠鏡による宇宙観測


廣 本 宣 久

  

宇宙からの微弱光赤外線の撮像の研究
 1609年、イタリアでガリレオ・ガリレイが世界で 初めて望遠鏡を作り、木星等を観測して以来、人類 は望遠鏡によって遠い宇宙の姿を明らかにしてき た。
 1980年代に入って、半導体集積回路技術によって 生まれたシリコンのCCD撮像デバイスを用いた高 感度カメラが望遠鏡に取り付けられ、非常に暗い天 体の観測に使われるようになった。更に、現在では 目に見えない赤外線に感ずる2次元アレイが開発さ れ、宇宙の赤外線画像が目の当たりに見られるよう になってきた。赤外線カメラによって可視光の届か ない暗黒星雲の中や、光を出さない低温の天体の姿 が明らかにされてきている。更に、宇宙論の解く鍵 である原始銀河や見えない質量、太陽系外惑星系の 発見も期待されている。
 通信総研では、1988年主鏡口径1.5mの日本第二 の大きさの望遠鏡建設と合わせて、HgCdTe半導体 の128×128素子の赤外線カメラと読み出し雑音7.8 電子という低雑音のシリコンCCDカメラを導入し、 立ち上げを進めてきた。両者とも世界最先端の装置 であり、二つの撮像装置で、0.5〜2.5ミクロンの波 長域をカバーできる。これらの装置を1.5mφ望遠 鏡の視野回転を補正するためのディローテータ付き のナスミス焦点板に取り付け(写真1)、宇宙から の微弱な光・赤外線の撮像の研究を行なっている。


写真1 通信総研1.5mφ望遠鏡と赤外線カメラ
(A),高感度CCDカメラ(B)

 更に、大気のゆらぎによって数秒角にぼけた像か ら、1.5m鏡の回折限界で決まる角分解能(波長2 ミクロンで0.2秒角)の赤外線画像を得るための赤 外線2次元スペックル干渉計の研究を現在進めてい る。その次のステップとしてこの分野では、大気ゆ らぎ等によって乱れた光の波面をリアルタイムに補 正して回折限界を実現することにより、暗い天体の 高分解能撮像を可能にするアダプティブ光学系の研 究が重要になると考えられる。
 以下では1.5mφ望遠鏡と赤外線カメラおよびCCD カメラを組み合わせて進めている宇宙の観測的研究 の一端を紹介する。
  

赤外線で見た銀河、惑星
 写真2に波長2ミクロンの赤外線で観測した銀河 (M82)を示す。天の川と同様渦巻銀河を真横から見 たところであるが、透過性の良い赤外線の特徴に よって、可視光では顕著な銀河面の吸収帯があまり 見えず、銀河の主たる構造を決定する星の分布が明 確に現れる。銀河の研究のために、青木哲郎(東大 理、大学院)、高見英樹(宇宙技術研究室)らによっ て、これまで100以上の銀河の赤外線画像が観測さ れている。


写真2 赤外線で見た銀河(M82)

 写真3は、木星とその衛星イオの波長2.2ミクロ ン(a)と1.6ミクロン(b)での赤外線画像である。波長 2.2ミクロンで木星が(イオと比較して)暗いのは、 木星大気中のメタン等の吸収による。メタン等のガ スの木星表面の分布を反映して、縞模様が顕著に観 測される。


写真3 木星と衛星イオの赤外線画像

  

月周回衛星のロケットの火炎の赤外線観測
 文部省宇宙科学研究所が打ち上げた月スウィング バイ衛星「飛天」が、孫衛星「羽衣」を月周回軌道 に投入する際の12秒間のロケット噴射の火炎を、本 年3月19日早朝赤外線カメラを用いて観測した。火 炎の位置はたまたま恒星の位置(写真4aの矢印)に 近接していたが、この観測により写真4b、cに示 すように(b、cでは、変化を見るため、2枚の画 像の差を表示しているので星は消えている。)、波長 2.2ミクロンの赤外線での検出は確実ではないが予 想よりもかなり暗く、宇宙空間で火炎が急速に冷却 することが結論される。


写真4 月周回衛星のロケットの火炎の赤外線観測

  

静止衛星軌道の衛星、デブリの観測
 暗い天体の撮像に適した高感度CCDカメラの特 徴を生かして、有本好徳(衛星間通信研究室)らに よって光学追跡による静止衛星の精密位置校正法の 研究が行なわれている。これまで、CS-2a,2b、 CS-3a,3b、JCSAT-1,2、BS-2b、ETS-X等を 観測した。写真5に静止衛星の撮像例を示す(斜め 線になって写っているのは星である)。CCDカメラ の検出限界は20等級程度であり、静止衛星軌道の微 小な物体も検出可能であるので、使用済みの衛星、 破片や残骸等の人工物体(デブリ)の観測も進めて いる。

(電波応用部 光計測研究室 主任研究官)


写真5 高感度CCDによる静止衛星の観測




研  究  管  理  職


宮 崎   茂

 研究職俸給表を参照すると、研究管理職とは特に 高度の知識経験に基づき広い範囲にわたる研究の調 整、指導、統括等を行なう室長、部長等の地位であ る。当然ながら管理職には一般行政その他もあり、 研究管理職というのは特殊な分野であるかもしれな い。

 そもそも管理職とは何か。労働基準法によれば業 務の遂行を指揮命令する職務上の地位にある者をい う。勿論指揮命令する力はその地位に座っただけで は自然に生ずるものではなく、それにふさわしい素 質、能力を伴わなければならない。即ち深い業務上 の知識、広範な社会的知識に裏付けられた指導力、 判断力、合理性豊かな計画力、説得力、不測緊急時 の対応力、行動力、交渉力等々である。

 従って、次のような者が管理職になっては困るの である。即ち、能力に関して、専門知識が貧困であ る、関連知識が狭い、適切な指導が出来ない、常識 に欠ける、総合的なとらえ方が出来ない、その人に 頼る必要がない、技能がない、決断力に欠ける、判 断力に問題がある、企画力、独創力がない、先見性 がない、変化への対応が鈍い、人を評価する尺度が 狂っている、統率力がない。

 また、仕事への態度に関して、対話が不足する、 会議や会合を嫌がる、決断が不明確である。人材の 活用が適切でない、積極性に欠ける、責任感に乏し い、実践力がない、非協力的である、寛容の精神に 欠ける、柔軟性に欠ける、部下と競争する、侮辱す る、細かい仕事まで自分でかかえこむ、部下に権限 を与えないで一人で忙しがる等々。

 女性初の管理職(元労働省婦人局長)になった赤松 良子氏は次のようなことを述べている。「管理職に なると、修業時代と違って、自分自身がしこしこと 勉強したり仕事をすればよいというのではなく、他 人に気持よく働いてもらい、大勢の仕事の成果に よって、始めて自分の責任が果たせるということ、 自分の言動が他人を傷つけることのないように、そ れまでのように毒舌を奪って得意になるべきでない こと、型破りの面白さよりバランスのとれた判断が より重要であることなどを感得した。鋭さよりも包 容力、攻撃よりも忍耐力、理論的正しさよりも妥協 点を見いだす老獪さなど、これまで軽蔑の対象でし かなかったことにも価値を見いだすようになった」。 実に管理職の本質一面を見事についている。

 人は活気に満ちた組織の中で、積極的に学問、仕 事に取り組み、種々の苦難を乗り越えて問題を解決 し、幅広い人間関係を築き上げつつ優れた人材へと 成長していくと言われている。この成長をより効率 的に促進するよう諸般の環境を整えたり、指導した り、学問及び仕事や自己啓発へと動機づけすること が人材育成上、極めて大切である。

 仕事は基本的には、あくまで他人の為にするもの である。組織の為、或いは生活の糧というのはあく まで第二義的なものである。ましてや趣味と違って 自分の為ということは絶対にない。従って仕事の目 的及びその成果や影響は他人にとって先ず好ましい もの、役にたつもの、理解されるものでなければな らない。

 管理職にとっては仕事を単に行なうだけでなく、 その位置づけを考えねばならない。その例として、 かの有名な義経腰越状を紹介したい。これによると 義経は成程天才的な戦術家ではあったが、それ以上 の戦略家ではなかった。もっと大きなところで政治 がどう動き、自分が今どんな立場にあるのかにまで 目が及ばなかった。即ち管理職たる者は、先の先、 上の上、更に裏の裏をも読まねばならない。

 さて愈、研究管理職について考えるのであるが、 その前に少し、研究及び研究者について述べよう。 まず研究とは辞典によれば「物事を学問的に深く考 え、調べ、明らかにすること」とある。その研究の 手法に関連してパラダイムという概念が使われてい る。これは研究の規範とか研究手法上の一定の手順 とかいう意味である。また、それは研究の伝統、思 想の流れであって、一連の仮説を推進し、現象にど んな仕方でアプローチすべきか、また現象をどんな 言葉を使って考え、分析するか、そのどんな影響を 求めるべきか、どんな型の実験を行い、どんな方法 を使うか等について、科学者達のグループを指導す る。それは、問題の見方を教え、どんな技術が適切 か、どんな回答を受け入れられるかを規定する。例 えば細菌学におけるコッホパラダイムといわれるも のである。一つの新しいパラダイムが生まれると、 暫らくそれに従って研究が進められる。しかし場合 によっては、また往々にして、そのパラダイムでは 解明、解決出来ない事象に当面することがある。即 ち従来の観点と全く違ったアプローチをするか、根 本的な変革を要する場合がある。これこそ正にブレ ークスルーを必要とする所以である。ここで物事を 考え出す力、独創的、創造的能力が求められる。

 次に情報理論によれば、当然のことながら、ある 情報から、それをどんな操作をして加工しても、そ こから得られる情報には本質的に新しいものは生ま れない。そして人間の脳といえども情報を作り出す ことは出来ない。即ち無から有は生まれない。むし ろ操作、伝達の過程で詳細が失われ、劣化し、消耗 していくものである。このことは既存の情報収集、 蓄積、加工のみからは、それ以上のものは得られな い。新しい知見を得るには新しい情報が必要である ことを示している。新しい情報が入らなければいつ までたってももとの情報は増加しない。むしろ忘却 等によって減少する。研究とは常に新しい情報の追 求である。

 さて研究管理職は研究の内容を理解していること は当然であるが、所謂、俗に言う研究のころがしか たに通じていることが肝要である。どこをどうつっ ついたら研究費がでるか、人的、物的資源をどのよ うに整えるか、当該研究分野の流れを的確に把握し ているか、その研究について問題意識を持っている か、如何に研究者を組織の中で成長する努力をさせ るか等々。そして研究の結果、成果について適切な 評価をなしうる能力が必須である。さらに研究成果 の外部への効果的な反映のさせかたに精通している ことも大切である。

 以上はかなり概念的、抽象的に述べたが、具体的 なイメージとしては、科学研究者執務ハンドブック (乾 侑)を参照すると、研究管理職には下記の事 項の一つ以上に該当するような者が望ましい。

1) 権威ある内外の学術誌、学会誌に掲載された論 文数が比較的多いこと。

2) 国内外の著名な学術賞を受賞したことがあるこ と。

3) 国際研究集会での招待発表や座長等の依頼、ま たは外国の機関からの招待講演や客員研究員、 教授等の委嘱をうけたことがあること。

4) 国際学術団体の役員を務めたことがあること。

5) 入会に際し資格審査のある外国のアカデミーや 学協会の会員であること。

6) 学問上或いは産業上の有用性が高い特許発明を 行ったこと。

 さらに志が高く理想をもっていること、野望、向 上心、競争心が旺盛なこと、そして人間味があるこ とが要望される。

 一方、研究リーダーの研究計画の曖味さと、研究 管理の不徹底さは研究の不首尾や遅滞を招く、そし て研究リーダーとして資質のない精神的高齢研究者 の下に若手研究者をおくと若手がくさってくる。

 研究管理職というのは、ある意味で最も人間的な 仕事であるといえる。先に述べた如く、仕事は他人 の為にするのであって、決して自分の為にするもの ではない。研究も所詮自分自身の為ではなく、人類 の進歩発展の為、人類福祉、人間社会向上の為、人 類の共有する知識の増大の為に行なうべきである。 そして多数の研究成果は人類社会の経済的且つ精神 的な進歩発展に資するという究極の目標に収斂され ることが必要不可欠である。

 終りに、研究者にとっても、研究管理職にとって も常に心すべきは学術会議が1980年に採択した科学 者憲章であると思う。一瞥を薦める。

(次長)


≪外国出張≫

英国NPLに滞在して

掘   利 浩

 科学技術庁長期在外研究員として、昭和63年11月 1日より、平成2年1月31日まで、英国テディン トン・ミドルセックスにあるNPL(国立物理研究 所)の電気科学部に滞在した。滞在の目的は、 J.R.Birch氏のサブミリ波研究グループで、薄膜型ジョ セフソン接合の動作特性の測定実験を行うことで、 具体的な課題は、将来の周波数ミキシングのために どの周波数にまで接合が電磁波応答を示すかを明ら かにすることであった。私はこの実験の中で、測定 に必要とされる出力と安定性を持つ遠赤外レーザを 組み上げる担当となった。初めて研究室に通されて 驚いたことは、個室を与えられてデスクワークはそ こでするように言われたことである。日本では一つ の大部屋を区切って仕事をしていたのに、NPLでは 講義室を除けばグループ全員が会する部屋はなく、 各自が独立に室を持っていた。また実験室も各自が 一つづつ持っている。このため個人的な研究には長 所となって働き、集団作業には不向きだと思われる。

 実験室にあった装置は、オシロスコープ等の一般 市販品は米国製や日本製が随分と幅をきかせていた し、評判も良いようであった。私の使用した遠赤外 レーザ、マイケルソン干渉計等は英国製であった。 英国製品は見た目には不細工であったが、がっしり と作ってあり実際に動作させてみると良い性能を 持っていることがわかった。どちらが良いと言うこ とではなく、英国製と日本製とは製品自体やサービ スに関して基本的に考え方に違いがあるように感じ られた。また、各種ミリ波発振器、校正済みパワー メータ、リーク検出器、各種ガス、真空排気系部品 等の装置類も充実しており、実験でトラブルや方針 変更が生じたときに大変に役立った。

 NPLで仕事をして感心させられたのは、まず一つ の仕事をこつこつと続けていることである。私の所 属したグループは25年以上も同じ分野で研究を続け ている。このためその間に彼ら自身により取られた 各種材料の誘電率、減衰率のデータは、かなりの量 に上っている。次にデータをできる限り定量的に扱 おうとする考え方が強いことである。期待に反した データが出てきても再現性があるかぎり測 定装置を駆使して、状況や原因を把握しよ うとしていたし、測定器自体がない場合に はそれ自体を製作しようとしていた。それ と文献検索、図面トレース等のサービス が、充実していたのも印象に残っている。

 総じてNPLでの研究は、決して派手で はないながらこつこつと実験を積み重ね て、データを取っている印象をもった。

 このような有意義な機会を与えて頂いた 通信総合研究所、本省や科学技術庁関係各 位に深く感謝します。

(関西支所 超電導研究室 主任研究官)


英国NPLの正門



短 信




第35回前島賞受賞



 角川靖夫総合研究官は、平成2年3月13日東京郵便貯 金会館において(財)逓信協会から第35回前島賞を受賞し た。本賞は逓信事業の創始者・前島 密氏の功績を記念 し、逓信事業等の進歩発展に著しく貢献する業績等が あった者に贈られるもので、当所の受賞者としては15人 目に当たる。
 受賞の理由は、陸上移動通信の周波数有効利用につい て、新手法や新方式の研究を率先して行い、優れた研究 成果を挙げ、その成果は国際無線通信諮問委員会(CCIR) の第一研究委員会(SG1)にも認められ、また、電 気通信技術審議会専門部会の各種委員会の委員長等も務 め、我が国をはじめ、世界の電波・電気通信の発展に多 大の貢献をしたことによる。



電子情報通信学会篠原記念学術奨励賞受賞


 平成元年度第5回電子情報通信学会篠原記念学術奨励 賞の贈呈式が、3月20日春期全国大会中に行われた。今 回、当所から総合通信部通信系研究室大鐘武雄技官が受 賞した。
 今回の受賞対象論文は、「アダプティブアレー技術を 適用したGMSK/TDMAシステムの開発−概要−」である。 本研究では、アダプティブアレー、蓄積一括復調、ディ ジタル信号処理によるGMSK同期検波等の技術を組み合 わせたディジタル移動通信用TDMAシステムを開発し た。



鹿島センター25周年記念行事開催


 鹿島宇宙通信センターは、昭和39年5月1日発足か ら、平成元年で25周年を迎えた。これを記念して3月2 日、3日に25周年記念行事が盛大に行われた。2日はあ いにくの雨となったが、約1時間、移動体衛星通信実験 施設と新34mφアンテナの見学を行った後、会場を「サ ンロード鹿島」に移し、記念式典と栗原元所長による 「わが国の宇宙通信の黎明期」と題する記念講演が行わ れた。また、講演の後の記念パーティには、約200名の 参加者があり、それぞれ旧交を温めながら楽しい一時を 過ごした。
 翌3日は、当センターに対するこれまでの町の協力に 感謝し、当所の研究を一層理解してもらい、また、子供 達に宇宙についての興味と夢を育んでもらおうと、日本 人宇宙飛行士の毛利衛さんと司会にNHKキャスター青 山佳世さんを招いて、一般の人を対象とする記念講演会 を鹿島町教育委員会と共催で開催した。まず、手代木セ ンター長が「鹿島で生まれ育った宇宙研究25年」、毛利 さんが「宇宙にかける夢」と題して講演した後、回答者 に両講師の他、畚野所長も加えて「宇宙質問教室」や正 解者の中から抽選で宇宙食等が当たる「宇宙クイズ」を 行い場内一体となって楽しんだ。会場の鹿島勤労文化会 館は参加者が600名を越すという盛況ぶりで、当所始まっ て以来とも言える今回の催しは大成功を収めた。