通信総合研究所平成2年度研究調査計画


 昭和63年4月、当所は電波研究所から通信総合研 究所に名称を変更するとともに、その所掌に電気通 信の技術と電波利用の技術に関する研究及び調査を 追加した。また、特に将来の電気通信のニーズに応 え、技術の飛躍的発展の芽を育てることを期待し、 電気通信フロンティア技術の研究開発(以下電気通 信フロンティア研究と略記)をスタートさせた。
 平成元年度には、電気通信フロンティア研究に新 規研究課題を加えて6課題に拡充強化し、それらを 中心とする基礎研究の実施拠点として関西支所を新 設した。同時に、鹿島支所と平磯支所を統合して関 東支所とし、宇宙関連分野の研究実施体制を再編成 した。これらの一連の動きは、2000年代をにらんだ 研究体制整備の一環である。
 本年度の研究調査実施計画においては、基礎研究 重視の社会的要請に留意しつつ、21世紀を視点にお いた5つの研究分野の各課題をバランスよく推進す る。特に、電気通信フロンティア研究の推進のため に関西支所に新研究庁舎を整備するとともに、新た に2研究室を増設して、6研究室体制とする。

 5つの研究分野における研究調査計画の特徴は以 下の通りである。また、当所の研究調査計画の全容 を一覧表に示す。
○高機能知的通信の研究
 電気通信フロンティア研究として、高機能ネット ワーク技術の研究(2課題)を実施する。また、移 動通信技術の研究、成層圏無線中継システムの研究 等も継続する。

○人間・生体情報の研究
 電気通信フロンティア研究として、バイオ・知的 通信技術の研究(2課題)を実施する。また、生体 の電磁応答、ファジィシステムとその人間・自然系 への適用に関する研究等も継続する。

○有人宇宙時代通信の研究
 衛星による通信及び放送、移動体通信の研究、衛 星間通信の研究、光宇宙通信の研究、宇宙ステー ションにおける大型アンテナ組立技術の研究等を進 める。

○地球惑星系環境の研究
 宇宙天気予報の研究、超高層大気から地表、さら には地殻プレート、地球回転に至るまで広く地球環 境に関する基礎及び計測技術の研究を実施する。ま た、本年度新たに短波長ミリ波帯電磁波による地球 環境計測技術の研究を開始する。

○電磁波物性・材科の研究
 電気通信フロンティア研究として、超高速通信技 術の研究(2課題)を実施する。また、光領域周波 数資源の開発、超高分解レーザ分光技術に関する研 究等も継続する。

 なお、これらの研究の実施において、昭和62年度 の補正予算で整備された以下の施設を活用する。
・宇宙光通信地上センター
・大地震予知のための西太平洋大型電波干渉計
・超電導電磁波技術の研究開発施設
・周波数標準のための高性能分光システムの研究開 発施設
 また、国際共同研究や研究者交流(特に外国人研 究者の招聘)も活発に進めることとしている。

(企画調査部 企画課)







通信総合研究所平成2年度予算の概要


 平成2年度予算編成作業は、平成元年12月24日に 大蔵省原案が内示され、その後復活要求を経て12月 28日の閣議で政府原案が決定、国会に提出された。
 第118特別国会での予算審議は、平成2年1月末 に衆議院が解散され、総選挙が行われたため大幅に 遅れ、さらに、平成元年度補正予算案の審議採決を めぐって空転、年度内に成立できず昨年に引き続き 50日間の暫定予算を編成、その後19日間の補正予算 を編成するという昭和30年以来35年ぶりの異例の事 態となったが、6月7日に成立した。
 成立した当所の予算概要を以下に述べる。
 当所の平成2年度予算は総額44億6,763万9千円 で、前年度予算額に対して1億2,622万4千円(2.9 %)の増である。これを物件費と人件費に分けてみ ると、人件費は23億437万9千円で、前年度比7,482 万1千円(3.4%)の増、物件費は21億1,822万3千 円で前年度比4,455万4千円(2.1%)の増となって いる。
 事項別内訳を別表に示したが、その概要は以下の とおりである。

1 新規事項として以下の1項目が認められた。
 @ 短波長ミリ波帯電磁波による地球環境計測技 術の研究開発
   オゾン及びその生成と破壊等、地球温暖化に 重要な影響を及ぼす上層大気微量ガス成分の高 精度地上観測システムの開発を目的として、高 感度なラジオメーター/スペクトロメーターを 開発する初年度経費632万2千円が新規に認め られた。

2 組織・要員
 @ 関西支所に電磁波分光研究室、知的機能研究 室の設置が認められた。
 A 研究員3名の増員が認められた。

3 継続のプロジェクト
 @ 航空・海上衛星技術の研究開発では海岸航空 地球局の測位装置の開発が、VLBIでは日豪共 同実験、衛星間通信技術の研究開発ではSバン ド搭載機器の総合調整経費、宇宙天気予報シス テムの研究ではプラズマ動態観測システムの整 備費用が認められた。

 A 平成元年度に新規に認められた未開拓電磁波 技術の研究開発では、周波数混合実験装置等、 次世代通信のための高次知的機能の研究開発で は、高機能並列処理装置、ネットワークヒュー マンインターフェースの研究開発では、視覚的 対話言語開発装置が、また、成層圏無線中継シ ステムの研究開発では、アンテナ系スケールモ デルの試作が認められ、それぞれ前年度より予 算が増加している。

 B 成立予算の中には、衛星間通信技術の研究開 発、BCTS(放送及び通信の複合衛星)の研究にか かわる国庫債務負担行為の歳出化分として2億 5,063万円が含まれている。

 以上、平成2年度通信総合研究所予算の概要を述 べたが、本年度も平成元年度に引き続き関西支所の 整備等を考慮すると、依然として厳しい状態にある ことに変わりはない。
 当所の研究等業務を円滑に推進するためには、今 後も経費の効率的使用を計ることが必要で、所とし ても定常業務の簡素合理化をはじめとし、あらゆる 努力をはらっていくこととしている。

(総務部 会計課)




南極パラボラアンテナ建設記


栗原 則幸

  

はじめに
 第30次南極地域観測隊は1989年1月に南極昭和基 地に直径11m大型パラボラアンテナ(『大型アンテ ナ』と略す)と、それを暴風雪(ブリザード)から 守る直径17m球形レドームを完成させた。極地の 中でも比較的環境条件に恵まれた南極半島やその周 辺諸島を含めた南極地域全体でもこのような大型ア ンテナ建設の前例は無く、南極初の『大型アンテ ナ』が日本隊の手によって誕生したことになる。完 成後は超高層物理現象探査衛星(EXOS-D)、海氷・ 氷床を含む海洋観測衛星(MOS-1)からのデータ受 信や天体電波源観測がスタートした。南極での新た な研究観測の幕開けを告げた『大型アンテナ』建設 について報告する。


大型アンテナ組立て開始

  

なぜ南極に?
 -89.2℃、これは南極ボストーク基地で1983年7 月に観測された地球上での最低気温である。厳しい 自然環境の南極に大型アンテナが何故必要なのであ ろうか。この素朴な疑問にはいくつかの答えが用意 されている。その一つとして、我々の『地球を知 る』手段としての活用を強調したい。現在、地球規 模の広範な計測手段として、人工衛星などの宇宙技 術によるリモートセンシングが脚光を浴びている。 この新技術は、地上や氷雪上からの調査が極めて困 難な南極では特に有効な観測手段と言えるが、その 観測データは膨大な量となり衛星搭載のデータ記録 装置の記録容量を越えてしまう。このため衛星観測 データを現地で直接受信する必要が生じる。また、 オーロラ現象に代表される超高層現象を高々度から 衛星で観測し、現地でクイックルックする要求も高 まってきた。一方、最適設計によるアンテナ高効率 化や材料の軽量化等アンテナ工学関連の技術開発も 長足の進歩を遂げている。こうした観測手段や技術 発展を背景に、人工衛星からの観測データを南極昭 和基地で直接受信し、直ちにデータ処理を行う『多 目的衛星データ受信システム』の設置が計画され た。そのハイライトが直径11mの大型アンテナで ある。


レドーム組立用足場及び球形レドーム組立て

  

輸送開始
 昭和基地の短い夏は白夜の世界である。1988年12 月29日未明、年一度南極を訪れる物資輸送の定期便 『しらせ』が昭和基地沖に接岸した。あこがれの昭 和基地を目前に隊員は興奮する。しかし、感激に ゆっくり浸る余裕はない。直ちに海氷ルートからの 物資輸送開始である。大型物品やパネル材は船倉か ら引き上げられ、海氷上の大型ソリに積み換えられ る。『しらせ』と基地との間は大型ソリを引く雪上 車3台が忙しく往復した。日中の強い日差しは気温 0℃を越え、海氷状態を悪くする。太陽高度の下が る夜の時間帯を中心に2日間続いた氷上輸送は順調 に経過し無事終了した。一方、機内搭載可能な2ト ン未満の物資は、『しらせ』後部飛行甲板からヘり コプター2台で昭和基地へ空輸され建設現場へ分配 された。
  

仕事人登場
 大型アンテナ制作メーカーからは建設要員として 二名の夏隊員が派遣された。アンテナ駆動制御系を 担当する若いエンジニアと、組立手順を熟知したア ンテナ機構系の『専門家』である。しかし、二人だ けの力ではどうにもならない。そこで『仕事人』の 登場である。最初は仕事人の大親分。超高層ビル建 設で鍛えられた腕と人柄とを見込まれ、『棟梁』と 慕われた本物の鳶職人である。重い荷物を両手に狭 い高所を器用に歩く姿はさながら“生きた芸術”で ある。次の仕事人は地下足袋と黒い鳶服を身にまと い棟梁に絶対服従を誓った『鳶見習い』六人衆であ る。六人衆の横顔を紹介しよう。電鍵が命の通信 士、洋食なら天下一品のコックさん、超高層物理を 学ぶ大学院生、電工ドライバーを友とする機械電気 担当隊員、そしてヘルメットに逓信マークを付けた 当所の山本・木村の両隊員である。この他に忘れて ならないのが南極訪問6度目の大ベテラン竹内第30 次夏隊長である。鳶グループとのコンビネーション も巧みに地上でグレーン車と人とを操り続けたアン テナ建設に不可欠な仕事人であった。
  

11mφアンテナ完成
 「チョイ右、チョイ右」小気味よい棟梁のかけ声 が響き渡ったのが昭和時代が迎えた最後の新春1月 2日、アンテナ建設開始日である。素人集団が…不 慣れな南極で…短期間に…限られた機械力で…資材 再送不可能な状況下で…急変する極地の天候の中で …等々、口にこそ出さずとも胸の内には誰もが抱い た危惧の念である。出港前の暑い夏、日本で行った 組立訓練や往路の揺れる船内でのミーティングが思 い起こされる。精密ロボットの如く指示を連発する 専門家と経験と確かな感覚を持つ棟梁との指示は常 に的確であった。1年前の第29次隊が苦心して築い た基礎部の上にはアンテナの形が刻々と整えられて いった。アンテナ軸の鉛直度・フィード系アライメ ント・主反射鏡調整等、慎重に確実に作業を進め た。これまでの観測隊の常識を覆す棟梁の宣言「ア ンテナ関連の仕事は定時終了とする」結果として仕 事の能率を高めた。そして1月6日。砂塵舞う褐色 の地に白い反射鏡が輝く直径11mアンテナ本体が 無事完成した。


大型アンテナと筆者

  

レドーム
 昭和基地で観測された過去の最大瞬間風速は 59.2m/sec、年間のブリザード平均日数は60日近い。こ うした自然環境の中での大型アンテナ運用は困難を 伴う。機械強度、気密構造、鏡面劣化対策等を講ず る必要がある。大型アンテナ計画時にはこうした点 について多くの議論が交わされた。その結果、アン テナ全体を覆いながらも電波は透過させるレドーム 建設が決定された。現地ではアンテナ本体完成と同 時に、地上高16m、直径17mの球形レドームを建 設すべく『足場』の構築が開始された。寒い・高い ・狭い・揺れる足場を軽快に動き回る主役は先の仕 事人である。一方、足場構築と平行してレドームパ ネル組立もスタートした。昭和基地に滞在する第30 次隊全員が参加した。まさに『人海戦術』である。 それぞれが電動工具やトルクレンチを手に21種類の アルミフレーム付きゴム引布パネル570枚を組み上 げたのた1月15日であった。その後は人員を縮小し て、パネル間継目やボルト回りをシリコーンで埋め るコーキング作業を続けた。1月24日大型アンテナ を覆う球形レドームが完成した。この時期、真夜中 の時間帯に昭和基地から見える太陽は南の空の彼方 に姿を隠し始め白夜の世界は終わりを告げた。
  

アンテナから電波望遠鏡へ
 筆者はこれまで、『月』や『超新星』等の天体電 波源を利用したアンテナの特性測定や、天体電波源 が放射する『電波の絶対強度』測定、そしてVLBI 用アンテナ等の研究を行ってきた。これらの経験を 南極の大型アンテナ建設に役立てるべく観測越冬隊 員として参加をした。アンテナ仕様検討、多くの打 合わせ、組立リハーサル、船積み前の受け入れ試験 等多忙を極めた。現地でのアンテナ建設期間中は、 電卓とファイルを手に建設段階での特性測定やその 結果の分析、そして全体スケジュール調整に歩き 回った。そして、アンテナ完成後は天体電波源『オ リオン星雲』を利用したアンテナ特性測定を行い完 成したアンテナを評価した。また、大型アンテナは 天体電波源観測も考慮されていることから、アンテ ナ軸較正・AZ/EL絶対角度設定・プログラム追尾精 度向上等アンテナの持つ機能・性能が常に最大限発 揮できるように充分注意を払った。こうした結果、 昭和基地の大型アンテナは南半球最高緯度の『電波 望遠鏡』としてもデビューするに至った。
  

おわりに
 2月12日『大型アンテナ』を含めた『多目的衛星 データ受信システム』が完成した。黒い大きなレド ームは南極の自然には似合わぬながらも人工的な美 しさを際だてている。大型アンテナ計画段階から関 わりを持ち、現地での建設や実際の運用と6年もの 歳月が流れた。『物を創る』喜びに飢えていた筆者 にとっては、貴重な体験であった。我らが築いた自 慢の大型アンテナは、南極の新しい『サイエンス』 を生むことでしょう。1990年1月の日本と南極とを 結ぶ歴史的な『南極VLBI基礎実験』成功もその一 つと言えよう。最後に、1年4か月に亘る南極越冬 観測をサポートして頂いた関係者、そして2度目の 長期留守を耐えた家族に感謝しつつ筆を置きます。

(電波部 電磁圏伝搬研究室 研究官 第30次南極地域観測隊 宙空系研究観測 担当)



短 信




「電波の日」、「テレコム旬間」表彰について


 6月1日第40回電波の日及び第6回テレコム旬間にあ たり、当所の研究業績に貢献した次の団体に対し、所長 から表彰状が贈呈された。

1 「電波の日」の表彰
 (1) 日本電気渇F宙開発事業部
   標準電波施設整備に当たり、各種装置を設計製作 し、多機能・高信頼システムを完成させ、周波数 時刻の国家標準を供給する標準電波の発射業務に貢 献じた。
 (2) (財)国民休暇村協会 田沢湖高原国民休暇村
   クレバス探査レーダの研究開発における擬似クレ バスの観測実験に当たり、実験フィールドの提供及 び整備に協力し、研究推進に貢献した。
 (3) 屋久町立安房中学校
   対流圏及び電離圏シンチレーション観測における 衛星電波の連続測定に当たり、観測装置の設置場所 を提供するなど、大気科学の研究推進に貢献した。

2 「テレコム旬間」の表彰
   鹿島町役場
  当所鹿島宇宙通信センターの円滑な運営に多大の 協力を行うとともに、地域社会に対する電気通信の 啓もう、普及に貢献した。