新しい遭難・安全システムGMDSS


市野 芳明

  

はじめに
 無線電信は、1895年マルコーニによって発明さ れ、その数年後には船舶にも搭載されるようになっ た。1912年のタイタニック号の悲劇を契機にして、 その年に第2回国際無線通信会議が開催された。そ して、それまでのマルコーニ通信会社の独占的体制 は解除され、同時に船舶への無線機の設置、遭難信 号の優先的な扱い、聴守、遭 難信号としてSOSの反復、 等が国際的に義務付けられる ことになった。
 以来80有余年、当時の精神 と無線電信・電話を主体とす る遭難・安全システムは、今 日まで脈々と受け継がれてき た。そして1988年11月に改正 されたSOLAS条約(海上に おける人命の安全のための国 際条約)においてその導入が 確定された「全世界的な海上における遭難安全シス テム」いわゆるGMDSS(Grobal Maritime Distress and Safety System)は、これまでに蓄積した 技術を総結集して、現在のシステムを根本的に変え ようとするものである。
  

GMDSSの導入まで
 表1は今日まで、船舶に搭載することが義務付け られてきた無線設備を、歴史的に並べたものであ る。1974年以降VHF帯の無線設備やレーダ等の機 器が加わっているが、基本的には従来の域を脱して いない。この間、無線通信に関する技術の進歩は著 しいものがあり、これを根本的に見直して新しいシ ステムを構築しようという機運が生まれてきた。


表1 搭載される無線設備の変遷

 GMDSS導入のための作業は、1970年代からIMO (国際海事機構)を中心とする関係各機関により着々 と進められ、1988年11月のSOLAS条約の締約国会 議において、それまでの集大成として、「1974年の SOLAS条約」の改正が行われた。また、これと並行 してGMDSSにおいて使用する周波数、遭難周波数 の聴守、システムの運用手順等についてRR(国際 電気通信条約附属無線通信規則)の規定の改正が、 WARC MOB-87(移動業務に関する世界無線通信主 管庁会議)においてなされている。
  

GMDSSの特徴
 GMDSSは国際航海に従事する旅客船及び総トン 数300トン以上の貨物船を対象としており、次に示 すような基本的特徴がある。
(1) 人工衛星による通信と位置検出機能、データ通 信機能の活用
(2) 自動化の徹底追求とモールス符号通信等の特殊 技能の除去
(3) 世界中のどの海域の遭難にも対応可能
(4) 陸上の調整機関が救助作業を調整し、船舶のみ に依存しないこと
 これらを実現するために船舶の航行する海域を以 下のように4つに区分し、区域に応じて搭載すべき 無線設備を定めている。
 A1区域:陸上のVHF海岸局の通信カ バレッジ区域(約25海里)内の 区域
 A2区域:陸上のMF海岸局の通信カバ レッジ区域(約150海里)内の区 域でA1区域を除く
 A3区域:インマルサット静止海事通信 衛星の通信カバレッジ区域(お およそ北緯70度から南緯70度) 内の区域でA1及びA2区域を 除く。
 A4区域:A1、A2及びA3区域以外 の区域
 表2は現在のシステムとGMDSSの特徴 点を対比させたものである。また、図1は 1個の海岸局から見た場合の海域区分の概 念図である。実際には、海岸局が複数存在 していることはいうまでもない。


表2 現在のシステムとGMDSSの特徴点の対比


図1 一海岸局から見た海域区分の概念

  

無線設備と通用の概念
 前述したような船舶が航行する海域毎に 搭載すべき無線設備を表3に示す。その中の3機種 について概要を紹介する。


表3 航空区域ごとに備える無線設備

*DSC
 ディジタル選択呼出装置(Digital Selective Call) と呼ばれ、モールス電信に代わって遭難時等の 呼出し、呼び出した理由等の情報を送出または受信 するための装置でVHF、MFあるいはMF/HF帯の 無線設備と組み合わせて使用される。

*NAVTEX受信機
 ナブテックス受信機(Navigation Telex)と呼ば れ、518kHzで送信される海上安全情報を自動受信 するための装置
*衛星EPIRB(Emergency Position Indicating Radio Beacon)
 406MHzのものは極軌道周回衛星であるコスパス ・サーサット衛星システムを、1.6GHz帯のものは、 インマルサット衛星システムを使用して遭難位置の 検出、確認等を行うためのブイ型の装置
 図2はこれらの無線設備を駆使した場合のGMD SSの運用概念図である。これらの運用は世界的規 模で行われ、新しいシステムをいかに有機的に活用 するかがポイントといえる。


図2 GMDSSの総合概念図

  

条約発効は1992年
 1988年11月に採択されたSOLAS条約の改正は、本 年2月1日をもって受諾されたものとみなされ、1992年2月1日 に効力を生ずる。その後は1999年2月1日 まで段階的な導入が行われることになってい る。郵政省においては昨年11月、RRに対応して、 DSCによる聴守義務、第1級から第3級までの海上 無線通信士の制定等、電波法の一部改正を行った。 今後は、無線設備の型式検定義務、無線設備の保守 の確保等について、本年末の通常国会に電波法改正 案が提出される予定である。

(標準測定部 較正検定課 主任研究官)




大型望遠鏡による衛星レーザ測距


国森 裕生

  

レーザ測距とは
 衛星レーザ測距(SLR:Satellite Laser Ranging) は、その名が示すとおり、地上の観測点から人 工衛星までの距離をレーザ光により精密に測るもの である。(図1参照)


図1 衛星レーザ測距システムの構成

 衛星レーザ測距の最初の実験は1964年、米国NASA (National Aeronautics and Space Administration) のGSFC(Goddard Space Flight Center) グループにより行われた。この時、測定精度は数m であったが、人類がはじめてレーザの発振に成功し たのが1960年であることを考えると、これは驚くべ き早さでのレーザの精密測地への応用実験であっ た。
 その後、1970年代のNASAの地球力学プロジェク トのスタートを機にSLRはVLBI(超長基線電波干 渉計)とともに精密測地技術の要として急速に発展 する。1975、76年に2基のレーザ測距専用衛星 (STARLETTE:仏、LAGEOS:米)が打ち上げられた。 レーザ測距専用衛星とは、ディスコ(ダンスホール ?)のミラーボールを思い浮かべるといいが、表面 にコーナキューブ(レーザ光を入射方向に反射する ようなプリズム)が張り付けてある球状の衛星で、 太陽電池や軌道制御などの機構を一切もたない。半 永久的に地球のまわりを自由落下している。86年に は日本による中高度(1500q)の測地専用衛星「あ じさい」が、89年にはソ達による高高度(20000q) の測地衛星2基(ETALON1,2)が打ち上げられ、測 距可能な衛星も次第に増えてきた。現在、地上局 は、北米、欧州を中心に世界に20局以上設置されて きており、日本では、海上保安庁の下里水路観測所 (和歌山県)で定常観測を行っている。測距精度は、 安定で出力の大きい短いパルスを生み出すレーザ装 置、リターンフォトンを検出増幅する高精度な光電 子増倍管の開発などにより、80年代に10pを切 り、最近では1pに達する装置も出てきた。これ はVLBIの基線決定精度に匹敵する。
  

SLRとVLBI
 SLRで得られる測定量は、地球重心のまわりを回 る衛星の力学的な運動に基づいており、無限遠の準 星等の位置に準拠した幾何学的な測定を行うVLBI とは本質的に異なっている。この意味でSLRと VLBIは、単に精密測地技術のライバルとしてではな く、異なる原理による測定結果をお互いに比較・補 完しながら発展すべき技術を利用した2大測地技術 としてとらえることができる。
  

通信総研のSLR装置
 通信総合研究所では、1988年小金井本所に設置さ れた宇宙光通信地上センター1.5m光学望遠鏡の観 測装置の一つとして、世界トップレベルの性能をも つ衛星レーザ測距装置を導入した。装置の外観を写 真1に示す。


写真1 通信総研レーザ測距装置の外観

 本装置を導入した理由は、VLBIに匹敵する精度 でのSLRにより、地上位置や地球回転の測定、衛星 の軌道決定の研究を行うとともに、VLBIやGPS (Global Positioning System)との同時運用による比 較実験、さらに、光パルスを用いた超高精度時刻伝送 の基礎実験等に利用するためである。
 衛星からの初リターンは、1990年1月29日、「あ じさい」から得られた。 この時は、田無タワーの 地上120mに取り付けた コーナキューブに対する 測距による光学系の調整 を終了した直後であっ た。また、夜間であった ためガイド望遠鏡による 「あじさい」の太陽光反 射フラッシュをマニュア ル追尾しながらのリター ン取得であった。
 その後、「あじさい」の 連続4回のパスでリター ンが得られた。また、 LAGEOS、STARLETTE そしてETALONからも リターンが得られた。
 図2にLAGEOSの測距値(30分間)の最小自乗 フィッティング後の残差とそのヒストグラムを示 す。(1点1点が測距値で左側の棒グラフがヒスト ラグラム。)1ショットの測距値のばらつき自体は RMSで5p程度であるが、2分間程度(約1200ショ ット)の統計平均値のばらつきは1p程度となる。


図2 LAGEOS測距値の残差プロットとヒストグラム

 また、ETALONは、他の測地衛星に比べて軌道が 高いため地球近傍の重力場やドラッグの影響を受け にくく、現在世界中でそのレンジングによる成果 が期待されている衛星である。このETALON衛星 からのリターン検出に日本で初めて成功したこと は、当所のSLR装置の能力を示すものとして注目 される。
  

おわりに
 今後、東アジア地域で最大能力をもつ本レーザ測 距装置の能力を発揮し、本SLR局の高精度位置、 地球回転パラメータの決定とVLBIとの比較、水路 部SLRとの同時観測、時系(UTC-CRL)結合等の 実験、研究をおこなっていきたい。

(標準測定部 周波数・時刻比較研究室 主任研究官)



短 信


施設一般公開を実施


 夏の恒例の行事である研究施設の一般公開を8月1日 (水)に午前10時から午後4時まで本所並びに各センタ ー、観測所において実施した。
 当日は天候にめぐまれ、多数の見学者でにぎわった。 特に、観測所は職員が少人数となっているため、説明 等、対応に昼食もとれない状況であった。
 本所においては、ほぼ全研究室が公開をおこなった。 時間前にも見学者が来所し、対応にあわてる一幕もあっ た。子供の見学者は例年になく少なかった。
 また、公開の前日7月31日に郵政記者クラブに対する 見学会が行われた。
  施設公開来所者数
 本所       :985名
鹿島宇宙通信センター:303名
平磯宇宙環境センター: 90名
稚内電波観測所   : 25名
秋田  〃     : 65名
犬吠  〃     : 40名
山川  〃     :173名
沖縄  〃     : 51名