知覚機構研究宝における音声・画像情報処理研究


野田 秀樹

  

はじめに
 関西支所知覚機構研究室における研究内容を紹介 する。当研究室のメンバーは全員、CRL在籍2年未 満であるが、21世紀をめざして基礎的・先端的研究 を行う電気通信フロンティア研究計画のバイオ・知 的通信技術分野において、従来から手掛けてきた研 究を基に新たな展開を計ろうとする人、あるいは全 く新しい研究テーマに取り組む人等から成る。
 ここでは、知覚機構という研究室名とのマッチン グが比較的良い二つのテーマ、「神経回路網の自己 組織化に基づく音韻識別」と「MRF(マルコフ・ラ ンダム場)モデルを用いた画像セグメンテーショ ン」について紹介する。これらの研究は着手したば かりであるので、本稿は上記研究の開始報告とす る。この他に、当研究室では、話者認識(音声によ る個人識別)、コンピュータグラフィックにおける 3次元形状モデリング、神経回路網による連想記憶 等に関する研究も行っているが、これらの紹介は別 の機会としたい。
  

神経回路網の自己組織化に基づく音韻識別
 我々は、情景や音などの外界の情報を目や耳など の感覚器官を通して脳に送って情報処理を行ってい る。脳における情報処理機構はまだほとんど解明さ れていないが、感覚情報処理の初期段階については かなり明らかにされている。例えば、大脳の視覚野 では、網膜上の各場所との位置関係を保持したブ ロック構造が形成され、しかも一つのブロック内で は方向選択性を持つ細胞が角度順に並んだ微細構造 を有していることが知られている。また、体制感覚 野では、皮膚刺激が体表面の位相関係を保持して写 像されるような構造が実現されている。我々は、多 次元の外界の情報を、2次元の大脳皮質の層状構造 中に表現していると言える。
 このような構造は、人工的な神経回路網モデルで も実現できることが知られている。ある神経素子が 興奮した場合は、その素子を興奮させるように働い た経路に沿って信号が伝わりやすくなること、及び ある素子が興奮すると、その近傍の素子は興奮しや すくなるが、それ以外の素子は興奮しにくくなると いった規則を適用することによって、特別な教師信 号なしに、入力情報に応じて各神経素子がある特定 の入力パターンに特異的に興奮するようになる(自 己組織化)。その際、近くの素子は類似したパター ンに興奮するような構造が実現される。
 我々は、このような神経回路網の自己組織化に基 づく音声の音韻識別方式を検討している。音韻と は、言葉を構成する基本単位で、例えば、「はい」 という言葉におけるh、a、iのそれぞれを指す。 音韻識別とは、音声波形のある区間がどの音韻であ るかを識別することである。ここでは、20ミリ秒程 度の区間から求めた音声の短時間スペクトル及びそ の時間変化を入力として、自己組織化学習を行わせ た。神経回路網は、入力層、出力層から成り、出力 層のいずれの神経素子も入力層の全ての素子とつな がっている。入力層の素子数は12(短時間スペクト ルを12個のパラメータで表したことに対応)、出力 層の素子数は10×10とした。10名の男性話者の発声 した20単語から求めた約20,000の短時間スペクト ル、及び短時間スペクトルの時間変化をランダムに 与えて学習を行わせた結果を図1に示す。図1の(a) は、短時間スペクトルを表現する12個の入力パラメ ータの内の一つに対する100個の出力素子の興奮特 異性、即ち、各出力素子がどのような入力パラメー タの値に対して最も興奮するかを、パラメータ値を 5段階に分類して表している。(b)は、短時間スペク トルの時間的変化に対する同様な結果である。他の 11個のパラメータについても同様な結果が得られて おり、これから、各出力素子が入力パターン(短時 間スペクトル)に対する興奮特異性を持ち、近くの 素子は類似した入力パターンに興奮するように自己 組織化が実現されていると考えられる。


図1 音声を用いた神経回路網の自己組織化の例

 今後、どの音韻かが既知の短時間スペクトルを用 いてトレースを行うことにより、各出力素子がどの 音韻に興奮するかを知ることができ、未知のスペク トルの音韻識別が行えるようになる。この神経回路 網モデルでは、一定時間毎の音韻候補の系列、例え ば、「はい」という音声に対しては、“hhhaaaaeiiiii” のような誤りを含んだ時系列が得られるにす ぎない。これはこれで立派な音韻識別と言えるが、 我々の目標は、自動的なセグメンテーションを包含 した音韻系列“hai”の生成にあり、これを行うこ とができる神経回路網モデルについて現在検討中で ある。
  

MRFモデルを用いた画像セグメンテーション
 本研究の目指すところは、いろいろな模様(テク スチャー)からなる画像を、同じテクスチャーの領 域毎に分割(セグメンテーション)する方法を確立 することである。具体的には、例えば図2の(a)のよ うな二つのテクスチャーをもつ画像が与えられた場 合に、それぞれのテクスチャー(b)、(c)を表現できる モデルのパラメータを推定すると同時に、(d)のよう な領域分割を行う(ことができるモデルパラメータ も推定する)ことである。人間はこのようなセグメ ンテーションをいとも簡単にやってのけるが、機械 には極めて困難な仕事である。ここでは、テクス チャー画像の確率モデルとして、ある画素の状態 (濃淡レベル)が、その近傍の状態だけに依存するとす るMRF(マルコフランダム場)モデルを用いている。 このモデルは並列処理性に優れ、また人間の初期視 覚過程を説明できる可能性があるモデルとして注目 されている。


図2 テクスチャー画像のセグメンテーション

 現在までに、MRFモデルを用いたテクスチャー画 像の生成を、トランスピュータ(並列処理装置)を 用いた並列処理により実現し、また画像からのモデ ルパラメータの推定方法についても検討してきた。 現在、最終目標に対する予備的課題として、各領域 がある一定の濃淡レベルをもち、それに領域毎に異 なる(分散を持つ)ランダム雑音が重畳されている画 像のセグメンテーションの研究に取り組んでいる。
 最終的な課題は、領域自体を表現するMRFモデ ルのパラメータ推定と、各領域毎のテクスチャーを 表現するMFRモデルのパラメータ推定とを同時に 行うことである。そのためには、現在、音声認識の 分野で多用されているHMM(隠れマルコフモデル) の2次元への拡張に相当する手法を確立する必要が あり、その成功の見通しは不透明であるが、精力的 に研究を進めていく予定である。

(関西支所 知覚機構研究室長)




ラージループアンテナによる妨害波測定


篠塚  隆

  

はじめに
 電子機器等の電気を使う機器からは、多かれ少な かれ、他の機器にとって邪魔な不要電波(妨害波) が放射されている。妨害波の許容値や妨害波の測定 法は、国際無線障害特別委員会(CISPR)が審議を 行い規格を定めて勧告している。30MHz以下の妨害 波を測る従来からの方法は、周囲に障害物がない野 外の測定場(オープンサイト)において、供試機器 から一定距離(3m、10m、30m)離れたループアンテ ナで妨害波を測定するというものである(図1)。 これに対し、1987年のCISPR会議において、オラ ンダのPhilips社がラージループアンテナを用い た9kHz〜30MHz帯の新しい磁界測定法(Loop Antenna System:LAS法)を提案した。この方法は、 その後各国で検討が行われ、1990年9月英国ヨーク 市で開催されたCISPR会議で基本的に認められ、 現在、新しい測定法として採用する手続きが進めら れている。


図1 従来の測定方法:オープンサイト法

  

測定システムの構成と特徴
 LAS法は従来の方法と比べて次のような特徴があ る。従来の方法が供試機器と測定用アンテナをグラ ンドプレーン上に離して配置していたのに対し、 LAS法では、鳥が鳥かごで囲まれているように、供試 機器が互いに直交した三つのラージループアンテナ で周囲を囲まれている(図2)。さらに、従来の方 法は、測定用アンテナと供試機器を回転して受信機 出力の最大値を探し、それを供試機器の妨害波レベ ルとしているのに対し、LAS法は、三つのラージル ープアンテナで各方向の磁界成分を同時に測る。


図2 ラージループアンテナによる方法

 従って、LAS法は従来の方法に比べて、
@供試機器とアンテナとの距離が近いため、妨害波 を感度良く受信できる。
A供試機器から放射される全ての磁界は必ずいずれ かのアンテナと鎖交するため、供試機器やアンテ ナを回転させて最大放射方向を見い出す手順が不 要であり、測定に要する時間が短縮できる。
B比較的狭い場所で測定が実施できる。
等の優れた特徴がある。
 妨害波測定法としては次のような特性も考慮する 必要がある。妨害波源が供試機器のどの部分にある かは未知である。従って、供試機器の配置によって 測定結果が大きく変化する測定システムは、妨害波 測定法としては好ましくない、また、供試機器から の妨害波の測定を妨げる放送波等の外来波の影響が 少ない測定法が望ましい。
 ラージループアンテナの出力が波源の位置によっ てどのように変化するかを図3に示す。波源は、周 波数1MHz、直径2mのループ面に垂直な磁気ダイ ポールあるいはループ面に平行な電気ダイポール (その強さは従来の10m法で測った場合に同じ磁界 強度を示す磁気および電気モーメントを持つ)と 仮定している。


図3 妨害波源の位置に対する出力特性

 波源が磁気ダイポールでラージループアンテ ナの中心から0.5〜0.6m以内にあれば、測定 値の偏差は3dB以内である。すなわち、直径 1m程度の供試機器であれば、配置状況によらず 3dB以内の精度で測定できる。換言すると、直 径1mより大きい供試機器は2mのLAS法で は正しく測れない。さらに、供試機器をアンテナ に50p以内に近づけてはいけない。
 ループの中心に置かれた電気ダイポールは、 ループに鎖交する磁束が打ち消し合うため、ラ ージループアンテナの出力には寄与しない。 従って、供試機器への電源線等電気ダイポール と仮定できるものは、アンテナの中心に這わせ れば、これらの影響を除くことができる。
 さらに、波源がループの外にある場合、ラー ジループアンテナの出力は著しく低下する。す なわち、周囲の壁や天井から反射された供試機 器からの妨害波や外来波による影響は少ない。 このように、LAS法は供試機器に対しては感度 が高いが外来波等のようにループの外側にある 波源に対しては感度が低いという妨害波測定法 として望ましい特性を持っている。
  

従来の方法との関係
 図4はLAS法による測定結果を従来のオー プンサイトでの測定結果に変換するための係数 を示す。


図4 LAS法から従来法への変換係数

 従来の測定法は、30MHz以下の周波数帯にお ける電波利用形態が主に垂直偏波(磁界は水 平)を利用していたため、水平方向の磁界成分 しか測らない測定法を採用していた。すなわ ち、従来の方法では、妨害波源を磁気ダイポー ルと仮定した時、波源の全てのベクトル成分は 測れない。しかし、LAS法は3軸全ての方向の 磁界を測っているため、波源の全てのベクトル 成分を測ることができる。
 以上述べたように、LAS法は妨害波測定法として 優れた特性を持っている。今後、機器のEMC対策 に有効に使われるであろう。

(総合通信部 電磁環境研究室 主任研究官)




オーケストラと適応信号処理


三瓶 政一

  

はじめに
 オーケストラの演奏は、1人の指揮者と100人近 くの演奏家が、指揮者のタクトのもとに一つの音楽 を創り上げる芸術であり、適応信号処理という機械 的響きのある言葉とは全く正反対のものに感じられ る。しかし、このように大人数の、しかも個性が全 く違う人間が一つの曲を作り上げるという過程に は、変化の激しい指揮者のタクトにいかに合わせる か、演奏中、突然あるパートが演奏し忘れるなどの アクシデントに対して、いかに被害を最小限に食い 止めるかなど、信号推定、ロバスト制御などの分野 においてピントとなることが多く含まれている。

 著者は、学生時代、大学というよりオーケストラ に長年籍をおいていたこともあるので、本文では特 に奏者はいかにして指揮者のテンポの変化を察知し 演奏に反映させているかということについて、自分 のこれまでの経験の範囲内で説明し、適応信号処理 の分野との関係について述べる。

  

オーケストラにおけるテンポの決定要因

 オーケストラの演奏を見てまず気が付くことは、 指揮者のタクトの動きと実際の音楽のテンポ(音楽 の速さ)は完全には一致しておらず、特に、テンポ の変化の激しいときにこの傾向が顕著となることで ある。オーケストラの各奏者は、このように複雑で 一見不可解な指揮者の動きから音楽の流れを見いだ し、かつ、各奏者と呼吸を合わせて演奏している。 ただし、これらのことは実力のあるオーケストラの 場合に当てはまることであり、この能力がオーケス トラの実力を判断する重要な要素の一つとなる。

 では、オーケストラの各奏者は、どのようにして 指揮者の意図を判断し、各奏者間で呼吸を合わせて いるのであろうか。また、有能な奏者と下手な奏者 の差はどこに現れるのであろうか。

 まず、音楽には必ず楽譜がある。楽譜には、音楽 の平均的なテンポ、あるいは大筋のテンポの変化が 作曲家によって記されている。指揮者は、楽譜を詳 細に研究し、自分なりに曲を解釈し、その曲の全体 的流れ、テンポが変わる部分の変わり方などについ て、リハーサルで奏者と打ち合せる。これらは、制 御理論でいうと事前情報(a priori knowledge)に 相当する。当然、リハーサルにおける打ち合わせ は、できるだけ綿密な方が良い(ただし、指揮者の 指示があまりにも細かく冗長な場合は、奏者は嫌気 がさす場含もある)。

 しかし、実際の演奏においては、指揮者や奏者の 心理状態(興奮状態)、アクシデント、その場の雰 囲気などにより、リハーサルとは違ったテンポとな る。その場合に、指揮者と奏者あるいは奏者同士の コミュニケーションがかわされ、テンポがコントロ ールされる。

 このテンポのコントロールのためには、一言で言 えば奏者のセンスが必要となる。では、このセンス とは一体何であろうか。

 まず、奏者は常に楽譜及びリハーサルによって得 られた事前情報から、この先どのようなことが起き 得るか、そのことは更にその後の旋律にどの様にか かわっていくかを想定している。更に特筆すべき点 は、その想定に幅を持たせあらゆる状態に対処でき るようにしていると共に、時々刻々変化するわずか な情報(指揮者や各奏者の状態、音の変化など)を 活用して、その想定をより確実なものにしている点 である。

 また、テンポの変わり目において、自分が受け 持っているメロディーをどの様にまとめ次の人に受 け渡すのかという方向性を、音、体の動き、ときに は目や顔の表情に含めて、主体的に各奏者及び指揮 者に伝え、あるいはそれに答えている。

 このように、実際の演奏においては、将来起こり 得ることを冷静に想定すると共に、テンポの変化等 本来音楽にとって最も重要である感情的要素を、指 揮者と奏者あるいは奏者間で、活発なコミュニケー ションを行うことにより、音楽に反映させているの である。

 従って、奏者のセンスの中で最も重要なのは、 「その先に起きることをいかに適切に予想できるか」 ということと言える。良い奏者ほど、時々刻々得ら れるわずかな情報(指揮者や各奏者からの信号)を 冷静に判断し、演奏の流れの変化に柔軟に対処し、 かつその中に自分独自の音楽を反映させているので ある。一方、下手な奏者は、一生懸命テンポの変化 に付いて行こうとするが、音楽の流れの変化を読み 切れないため、テンポの変化に過剰に反応したりあ るいは遅れたりする。また、時には、自分がタクト に忠実に従っているのだから、他の奏者が間違って いるのだと主張したりもする。

オーケストラの演奏風景

  

適応信号処理への応用

 オーケストラ奏者に必要な音楽的センスの一つと して、将来起こり得ることへの推定能力があること を述べた。これを信号推定・制御の分野に当てはめ て考えてみる。例えば、陸上移動通信の分野では、 同期検波における搬送波再生用PLLは、フェージ ング変動には十分追随できず、確率的に同期がはず れることが知られているが、これは正に、下手な奏 者が将来のことを余り想定せず、目先の変化にとら われすぎた結果演奏不能となることに相当してい る。

 従って、適応信号処理において適応性を向上させ る最大の鍵は、事前情報及び時々刻々得られる情報 から、将来起きることをいかに適切に、かつ柔軟に 予想し、系の変動に追随するかであると言える。

 近年、ディジタル技術の進展に伴い、実際に得ら れた信号を一旦メモリーに蓄積できるようになって いる。この蓄積機能の最大の特徴は、推定に遅延を 許容することによって、等価的に未来の状態まで把 握した後、信号推定を行うことができることであ る。これはテンポの流れに柔軟に対処できる奏者 を、工学的に模倣した一つの例と言える。

 筆者は、先に、陸上移動通信において、周期的に 送信された既知のパイロットシンボルにおけるフェ ージング変動を内挿することにより、フェージング 変動全体を推定し、補償する多値QAM用フェージ ングひずみ補償方式を検討した。内挿という考え方 は、まさに遅延を許容して未来の信号を把握し処理 するものであり、実際、PLL等のフィードバック制 御系より精度良くフェージング変動を補償できるこ とが確認されている。

  

むすび

 オーケストラというある限られた世界において も、工学のヒントとなることが隠されているという 私見を述べた。近年、人間の生体機能を工学に応用 するという研究が盛んに行われているが、実はもっ と身近なところにもまだ意外な宝が隠されている可 能性は大きいと考えられる。

(通信技術部 通信方式研究室 主任研究官)


5年半のCCIR勤務とジュネーブの生活(2)

高杉 敏男

  

スイスというところ

 北海道をはるかに越えた北緯約47度に、首都ベル ンを置くスイスは、総面積4.1万q^2で、日本の約 1/10、四国の形を1回り大きくした九州程度の大きさ を持っている。人口は約680万人で筆者がCCIRに 勤務した昭和60年より約40万人増加した。言語はフ ランス語、イタリア語、ドイツ語、それにラテン語 に近いロマンシュ語を話す人もいる。フランス語 は、レマン湖畔及びフランス国境付近の人口の約 19%に相当する130万人によって話され、イタリア 語はイタリア国境付近の人々10%約68万人、ドイ ツ語は残り70%の470万人によって話されている。 しかし近年ドイツ語圏の勢力が強く、次第に他の言 語の領界に進入しつつあると聞いている。

 また、約24万人の外国人労働者が、スイス国内で 働き、その約半数はフランス人が占めている。さら に夏のバカンスシーズンには季節労働者によってそ の割合を増している。

  

スイスの教育

 言語が大きく三つに分かれているため、スイスの 子供達は義務教育の終了する中学3年までに、これ ら3か国語を勉強する。エコール・プリメールと呼 ばれる学校は1年生から6年生、中学校(シークル ・ドリオンタシオン)は7年生から9年生、10年生 から13年生までの4年間は高等学校(コレージュ) に通う。1年生から9年生が義務教育で高校の13 年生は大学入学資格(スイスではマチュリテと呼ば れる)試験の準備のために設けられている。各学年 は9月に始まり6月末で終了する。年齢は5歳半か ら学校に通い始め、18歳半で、通常、高校を卒業す る。高校はラテン系(文系)、サイエンス系(理工)、 ゼネラル(一般)、コメルシャル(商業)に分かれ、 中学の成績や文系、理系の得意、不得意によって初 めの二つに振り分けられる。商業系は高校卒業と同 時に就職する生徒に設けられている。マチュリテ取 得には3か国語の内、2か国語の試験があるが、日 本の入試に較べて比較的高い成功率である。このマ チュリテを取得した学生はスイス国内のどの大学で も入学できる資格があるが、フランス語圏を卒業し た学生は主にフランス語圏の大学、例えば、ジュネ ーブ大学、ローザンヌ大学に進学する。また、ジュ ネーブ大学の翻訳科、神学科、医学部、フリブルク 大学の神学科は競争率が高いため、マチュリテ以外 に入試が実施されている。

 義務教育機関でも飛び級がある代わりに落第もあ る。日本では一家で夜逃げでもしかねない落第組の 親達も「もう1度同じところを勉強してくれるの で、よく判るようになるからよい」とおおらかに考 えている。全然、恥とは思っていない。先生も赤点 の課目があると落第を生徒に薦める。そのため、中 学にでもなるとクラスの生徒の年齢はバラバラにな る。特にジュネーブのように外国人の子弟が多いと ころでは、その傾向は顕著である。ジュネーブで は、中学3年までの生徒の半数は外国籍をもつ。し かし、スイス人と差別することなく、学費はなく、 授業に必要な教科書や文房具いっさいを無料配付し てくれる。授業は50分で10分、または、20分休憩す る(義務教育期間は日、木が休みで土曜が半日、高 校になると土日休みとなる)。始業のベルがなると、 先生は教室の鍵を開け生徒を中に入れ、授業が始ま ると、ドアを閉めてしまう。遅刻した生徒は中には いれない。宿題を忘れたり、ふざけていたりする生 徒は教室から出されてしまう。しかし、一般にスイ スの学生はまじめである。やはり頭をモヒカンやパ ンクにした一握りのグループはあるが、それは彼ら の自己主張に過ぎない。このグループが他の生徒を 脅かしてお金を巻き上げる等という話は聞かない し、先生も普通の学生と同じ様に付き合っている。 授業のベルがなれば素直に教室にはいる。校舎はガ ラス1枚割れていない。スカート丈が長い、髪を染 めてはいけない、化粧をしてはいけない等、そのよ うな校則は存在しない。禁止がない限り全て自分の ことは自分で責任を持つ姿勢である。

  

スイス人の性格

 ここジュネーブに生活して見て驚くことは、社会 資本の充実さに目を見張る。道路、公園等、公共の 施設が、どんな小さい村でさえ整備され、また、そ れらの保守のために多大な資金が投入されている。 雑草が生えている場所を見つける方が難しいと感じ るくらいである。これはジュネーブばかりでなく、 スイスのどの町へ旅をしても感ずることである。あ る人は「余りにも作られ過ぎて落ち着かない国」と 表現した人もいるが、著者には豊かさの象徴に見え た。

 電気ガス、水道等の公共料金は日本の1/3、一家 の平均所得は700万円といわれ、物価は安定し、著 者が17年前、フランス滞在の途中訪れたときのジュ ネーブのバス料金と、今回生活したときの科金が全 く同じ1.2スイスフラン(最近1.5SF(150円)に値 上げされた)であった。

 これらの豊かな環境、生活や自国の国民を守るた め、数々の制度が用意されている。

 例えば、各家庭、アパート、公共の建物さえ地下 に核シェルターと3か月の食糧備蓄が義務づけられ ている。スイス1国だけ未来の核戦争にも生き残ろ うとする根性である。また、道路工事やゴミ収集等 一般に人が嫌がる仕事はアラブ系、ラテン系、アフ リカ系の人々に割り当てられ、自分達はその上から の華麗なスタートとなる。外国人がスイスで商売を する場合、外国人1人につき3人のスイス人を雇わ なければならないという制度もある。また、外国人 の家賃とスイス人の家賃は2本立てとも言われてい る。1986年の国連加盟の拒否投票は、永世中立の基 盤を揺るがすための反対と考えるより、国連への拠 出金1億円が惜しかったためと世間では言われてい る。国内を通過する45t以上の外国籍の大型トラッ クを、しばしば、国境閉鎖で締め出す、一方、自国 の車は45t以上も隣接する国へ自由に出入りする 等、自国中心の考え方も平気であった。言葉がうま く、その場を取り繕う言い訳が自然に出、金銭に渋 くて自分、自国、自分の環境を脅かす者はすぐ訴え られ、警察がすぐ連絡してくる。これも昔、雇用兵 としての出稼ぎ程度しか収入の道がなく、山多き自 然はむしろ厳しい環境を与えていた時代で、自然が 観光資源として考えられない、まだ貧しい生活を強 いられていたとき、頼れる物はお金だけという思想 に培れた精神が今につながっていると思われる。

サボア公国軍を打ち破った12月12日を記念して
毎年行われるジュネーブのエスカラード

  

ジュネーブの日本人

 ジュネーブは現在、赤ん坊を含めて1,000人を越 した程度の日本人が生活する。その内、40%が国連 代表部(大使館は首都ベルンにあり、ジュネーブは 代表部と呼ばれる。因みに、スイスには駐スイス大 使、国連代表部大使、軍縮大使の3人の大使が赴任 している)と国連職員の家族、30%が商社関係、30 %が国際結婚組、その他に大別できる。日本語補習 学校もあり、幼稚園から高校3年までの子供達、約 200人が週1、2回、2時間程度、国語(日本語)、 算数、理科、社会を学ぶ。子供達の1/3はハーフ で、れっきとした日本氏名を持つ青い目の、しかし、 紛らわしいハーフも数多く日本語を学んでいる。

 さて、ジュネーブで生活してみて、日本がまだま だ開発途上国並であると感ずることが一つある。そ れは、精神面での未熟さである。外国手当故に国内 より数倍の収入と生活が可能となり、そのため有頂 天になる婦人方を多くみた。歪んだ日本型発達の一 面を見る思いがする。一方、心のゆとりが、収入に 大きく依存している事を考えると、日本の給与水準 はまだまだ開発途上国並と言わねばならない。1987 年(1スイスフラン=100円の時)のスイスの平均 給与を100とした時、日本はその70%、物価は家賃 なしで150%、家賃を含んで200%と統計が示して いた。スイス人の税金は中年層で30%程度が課せ られると聞くが、十分なバカンスも取り、10数% の消費税が課せられている商品も安く感じ、スキー、 旅行等レジャー費は安く、それでいて、その従業員 の給与が我々より高いという事実はどういう制度な らできるのか今もって理解出来ないところである。 90%以上のスイスの家族が、現状の生活に満足して いるという統計もある。

(企画調査部 通信技術調査室長)




AC・Netの発足


関西支所

 本年9月14日に神戸市内の六甲荘において情報通 信技術研究交流会(AC・Net)の設立総会、及び発 足記念講演会が約150名の参加のもとに行われた。 本交流会は、当所が関西地区の大学、民間企業、自 治体等に呼びかけ、設立の発起人として、大阪大学 の熊谷総長、兵庫県、大阪府、京都府、奈良県の各 知事、近畿電気通信監理局長、関西地域の大手企業 の研究開発機関の代表者等の方々のご賛同を得て発 足したものである。

AC・Netの組織辿・役員(平成2年度)
会長
森永規彦大阪大学教授
副会長
羽根田博正 神戸大学教授
小滝敏之 兵庫県企画部長
古濱洋治 ATR光電波通信研究所社長
福井徹 松下電器株式会社中央研究所次長
顧問
熊谷信昭和 大阪大学総長
貝原俊民 兵庫県知事
高木繁俊 近畿電器通信監理局
日裏康弘 ATRI社長
畚野信義 通信総合研究所長
運営委員会
運営委員長 猪俣英行 通信総研関西支所長
運営副委員長 吉田進 京都大学助教授
運営委員 大学、民間、通信総研の研究開発担当者、若手研究者で構成
理事 塚本賢一 SCAT専務理事

 関西地域の情報通信分野の研究開発については、 当所関西先端研究センター、それに先立つATR4社 の設立に加え、首都圏企業の研究開発部門の関西進 出が続き、研究開発活動が活発化してきているが、 学会活動、各種研究会の開催等新たな情報の発信源 は首都圏に集中しており、研究のホットな情報の入 手の困難さ、産学官の研究者、技術者間の交流の機 会の少なさといった問題が指摘されている。本交流 会は、関西地域における情報通信分野の産学官の研 究者、技術者の組織の枠を越えた交流、情報交換の 場として機能し、官界、学会、産業界の新しい研究 動向、技術動向等の最新の情報を提供し合うことに よって、ヒューマンネットワークを強化していくこ とを目的に設立されたものである。今後、情報通信 の技術分野全般を対象に、月1回の定期的会合・懇 親会、シンポジウム等の企画、ニュース発行等の活 動を行っていく計画である。現在、約60団体の加人 があり、大学等の個人会員を含め二百数十名の参加 者を得ている。平成2年度の交流会役員は図に示す とおりで、初代の会長に森永大阪大学教授が就任さ れた。


 9月14日の設立総会においては、発起人代表とし ての当所畚野所長の挨拶、会則の承認、役員選出、 森永会長挨拶、2年度の活動、予算計画の承認が行 われた。また発足記念講演会では、宇宙開発事業団 の石沢禎弘計画管理部長による「我が国の宇宙開発 の現状と動向」と題する我が国の宇宙開発に関する 総括的講演、大阪大学の一岡芳樹教授による「光コ ンピュータ」と題する光技術を用いたコンピュータ 方式の現状と将来の可能性についての講演、早稲田 大学の中村桂子教授による「生命科学から見た情報 社会」と題する生命科学の考え方を交えたソフトな 語り口による魅力ある講演が行われた。その後懇親 会が行われ参加者の交流を深め盛会のうちに終了し た。
 初めての試みとしてAC・Netが発足したが、今 後は参加する各研究者が自分の研究に役立てるため に、如何にこの組織を利用してヒューマンネットワ ークを形成し、自主的に活動していくかということ が本交流会の発展の大きな鍵になると思われる。



短 信




科学技術特別研究員制度発足


 科学技術庁は、平成2年度から新たに科学技術特別研 究員制度を発足させた。この制度は、国内の創造性豊か な若手研究者を国立試験研究機関に受け入れ、独創的な 基礎研究を推進するとともに国立試験研究機関の活性化 に資することが目的で、外国の研究者を招へいする制度 であるSTAフェローシップのいわば国内版に相当する。
 この制度の応募者には原則35歳未満の年齢、博士号取 得又は同等の研究能力、非常勤職員としての勤務等の制 約があるものの、大学院修了後の若手研究者に比較的良 い給料で最長3年間の自由な研究活動を保証するという 利点がある。通信総合研究所では、将来有望な若手研究 者を育成するとともに研究所全体の活性化を図るため、 今後もこのような制度を有効に活用していく。
 なお、平成2年度には曽我真人研究員が「認知心理学 的考察に基づく類似図形パターン検索に関する研究」で 関西支所知的機能研究室に、片坐宏一研究員が「微弱赤 外線源の高精度撮像技術の研究」で電波応用部光計測研 究室にそれぞれ配属され活発な研究を進めている。



第2回電気通信フロンティア研究国際フォーラム開催


 10月23日、24日の両日、郵政省と財団法人テレコム先 端技術研究支援センター主催の「第2回電気通信フロン ティア研究国際フォーラム」が、郵政省飯倉分館にて開 催された。この国際フォーラムは、郵政省が昭和63年度 から推進している「電気通信フロンティア研究開発」の 国際研究交流の一環として開催されるもので、昨年秋に は各国の政策担当者や先端分野の研究者を集めて第1回 フォーラムが開催されている。今年度の第2回フォーラ ムは電気通信フロンティア研究開発の3分野のうち、超 高速通信技術分野にテーマを絞って開催された。
 フォーラムでは、川崎郵政政務次官、熊谷大阪大学総 長の挨拶、IBMフェロー江崎玲於奈博士の特別講演の 他、国内・国外の第一線研究者による15件の一般招待講 演があった。参加者は特別講演で400名、一般講演で200 名以上にのぼり、質疑応答も活発に行われた。
 来年度以降も引き続き分野毎に絞ったテーマで国際 フォーラムが開催される予定である。



平成3年1月1日 うるう秒挿入


 標準電波で通報する日本標準時(協定世界時UTCを 9時間進めた時刻)は、来る平成3年1月1日午前9時 00分(JST)の直前にうるう秒を挿人し、時刻を1秒遅 らせる事になった。
 現在世界で使用されている時刻は、原子時系に基づく 協定世界時UTCであるが、地球の自転を基に決定され る世界時UT1との差を修正するために、時刻調整が行 われるもので、その差は0.9秒を超えないこととされて いる。最近のUT1のUTCに対する傾向は、1日で約 0.002秒の遅れ、1年では約0.7秒の遅れとなっており、 今年1月1日に次いでうるう秒を挿入する事になった。 時刻調整の実施は国際地球回転事業(IERS:中央局はパ リ)の決定通知により全世界一斉に行われるもので、19 72年1月1日に制度が発足して以来16回目である。
 うるう秒調整の実施は1月1日又は7月1日を第一優 先日、4月1日又は10月1日を第二優先日とされてお り、これらの日のUTC零時の直前に行われるので日本 時間では午前9時の直前となっている。