太陽地球系数植シミュレーション

田中 高史

太陽地球系物理学

 歴史的に見ると、宇宙空間の研究は電離圏から始 まった。電離圏では日変化や年変化のような規則的 変動と共に、短期間だけの激しい変動、すなわち擾乱 が観測される。我々が直接観測できる宇宙空間の領 域が電離圏だけであった時代には、そこでのさまざ まな観測から、変動の原因となるはずのもっと上空 の領域、すなわち今日磁気圏と呼ばれる領域やさら に上空の惑星間空間に関していろいろな予測が行な われていた。その後飛翔体観測の進歩により、磁気圏 や惑星間空間が実際に観測されるようになり、それ らの領域の特性が理解されるようになると、電離圏 擾乱は磁気圏や惑星間空間の現象と密接に関連して おり、電離圏内だけでは理解することはできないと する考えが一般化された。これにより、電離圏と磁気 圏は一体として電磁圏とも呼ばれるようになった。

 惑星間空間を満たし、電磁圏擾乱のエネルギー源 となる太陽風の源は太陽にあるので、擾乱の原因は 結局太陽に行き着くことになる。今日では太陽から 電離圏までの領域は一体として扱われるようにな り、この領域を研究する学問は太陽地球系物理学と 呼ばれるようになった。

数値シミュレーション

 物理学においては、宇宙で起きている現象はすべ て基礎法則から導き出されなくてはならない。もち ろん素粒子や統一場のレベルまで記述する完全な基 礎法則は知られていないが、基礎法則は問題のレベ ルに応じて近似的であってもよい。一般に物理学で は問題の本質をできるだけ純粋な形で表わす系が扱 われ、そこで基礎法則との関連が研究されることが 多い。これに反して、太陽地球系物理の研究では現 にそこにあるただ一つの例が研究されたため、純粋 にあるプロセスだけを取り出すことはできない。さ らに大きな特徴は、全く性質の異なった領域が相互 に結合して互いに影響しあっている系を扱う点であ る。たとえば太陽風発生の問題においては太陽面と 惑星間空間の結合が重要であり、オーロラ物理学に おいては磁気圏と電離圏の結合が本質的役割を果た している。これらのことから扱う対象は極度の複合 系となり、しかも大抵の場合非線形となるので、基 礎法則の適用といっても概念的になってしまうこと が多く、理論物理学のように厳密に基礎法則を適用 した議論を行なうことは困難となる。しかし物理学 の基礎法則からすべてが説明されなくてはならない とする点を放棄しては学問は成り立たない。

 このような複合系においても基礎理論を基にした 正確な議論をできる可能性を持つのが数値シミュレ ーションである。数値シミュレーションが初めは構 造力学や流体力学の分野で研究されていたが、近年 の計算機の発展に伴いその研究領域はあらゆる分野 に拡大している。また古くから数値シミュレーショ ンの重要性を認め、研究を進めてきた分野に気象学が あり、ここでは重力のある回転系における熱流体力 学が扱われる。今日では天気予報は数値シミュレー ションによって出されている。この分野での研究の 手法は太陽地球系の数値シミュレーションにおおい に参考となる。太陽地球系ではその主要な構成要素 は磁場とプラズマであるので、基礎法則は電磁流体 力学となる。

上流化スキーム

 数値シミュレーションの基本は、空間格子を用い て物理法則を表現する微分方程式を差分方程式で近 似し、これを解くということであるが、方程式の数 学的な性質によって解法は異なってくる。微分方程 式を差分化して解く方法は有限差分法といわれてい る。一般に差分化された系での解法手順をスキーム と呼ぶ。一例として、電磁場の分布を求めるときに 出てくる楕円形方程式では、差分方程式を解くこと は一次方程式を解くことになる。今日ではこのよう な一次方程式は共役勾配法で解かれる。共役勾配法 には共役残差法、双対共役勾配法、平方共役勾配法 などの各種変形や前処理付きの方法など多様な派生 形がある。楕円形方程式の解法は次に述べる双曲形 方程式を解く途中にも必要となることがある。

 双曲形方程式の代表例としては圧縮性流体の方程 式があるが、電磁流体方程式も同じく双曲形であ る。この形の方程式の数学的定義はヤコビ行列の固 有値がすべて正となることであるが、物理的には波 動が伝搬する系であり、数値シミュレーションでは 差分方程式を用いた時間積分を行なうことによって 解かれる。ところが、双曲形方程式を近似する差分方 程式は時間積分に対して不安定であって、これを安 定化するためのなんらかの付加項が必要となる。通 常この付加項は拡散項の形をしており、数値拡散項 あるいは人工粘性項などと呼ばれる。このような付 加項を加えることにより、計算の安定性は確保され るようになるが、計算精度は低下するので、粘性項 は必要最低限であることが望ましい。

 双曲形方程式の解は系を伝搬する波動の重ね合わ せとして表現される。波動の特性曲線にそって差分 計算を進め、これによって等価粘性を得て計算を安 定化する方法を上流差分法といい、これを高精度化 すると必要最低限の粘性に近いスキームが得られ る。このとき高精度化しても安定性が矢われないご とが重要であり、そのための一つの方法が解の単調 性の保存条件であるTVD(Total Variation Diminishing.) 条件を考慮したスキーム、すなわちTVDスキー ムである。この他にも高精度化された上流スキーム は数多く開発されているが、これらは最近の数値流 体力学の進展を支えている最も大きな要因である。

有限体積法

 差分法の改良と並んで任意の形状を扱える計算法 の開発が数値シミュレーションの大きな課題であ り、工学の分野では実際の設計に数値シミュレー ションを応用するのに不可欠な要素である。太陽地 球系物理では大きく性質の異なった領域が結合した 系を扱うので、格子構造は領域ごとに密度と形が 異なったものが必要となる。リーマン幾何に基づき 曲線上で差分を計算する一般化座標を用いるのが一 つの方法であり、この場合差分系で保存則を満たす ため、リー微分が導入される。一般化座標では座標 のトポロジーは依然としてxyz系であるが、トポ ロジカルにも任意の格子形状を扱えるスキームとし て有限要素法がある。この方法は解を要素関数の結 合で表わし、結合の係数を決めて問題を解くもので あり、特に楕円形方程式に有効である。有限要素法 は双曲形方程式に対しても適用されているが、上流 化の点ではまだ有限差分法に及ばない。

 有限要素法と同じように任意形状を扱えるスキー ムに有限体積法がある。これは微分方程式を差分で 近似するという考えでなく、微分方程式の基になっ ている保存則を差分表現することから得られる。こ の方法では任意のトポロジーを持つ格子を扱えると 共に、有限差分法で開発されている上流法に基礎を おく各種の高精度解法が適用できる。物理学におい ては保存則の根本には対称性があり、これが最も基 本の指導原理であることはよく知られている。この ことから当然の結果として、流体や電磁流体の方程 式は空間回転に対して不変となっている。この空間 回転に対する不変性をうまく使うと、有限体積法に 上流化を適用することができる。

計算例

 上流化された有限体積法を用いる電磁流体シミュ レーションスキームは太陽地球系シミュレーション への応用に適している。このスキームが実際に稼働 することを示すため、導体球回りの電磁流体を計算 した例を図1に示す。流れは球の表面近くで大きく 変形されるので、格子の密度はそこで高密度になっ ており、また球面に沿って格子を並べるためにトポ ロジカルにもxyz系に一致しない格子配置を用い ている。これらにより効率がよくかつ精度の高い計 算が実現される。図1に示したのは球面上の流れと 磁場分布であり、磁気圧勾配のため流れは上下で速 くなっていること、球の後方で反流に巻き込まれた 磁場が複雑な形状を示し尾を形成していることなど が分かる。赤道面近くでは磁場張力のため流れは減 速されている。

図1 上流化された有限体積法による計算例

 以上のように太陽地球系シミュレーションのため の新しいスキームを開発したが、今後はもっと実際 の問題への応用を進めていく。

(電波部 電磁圏伝搬研究室長)


曲がった時空を測る

細川 瑞彦

1. 時空は曲がっているか

 時間空間という全ての物質の「容れもの」が互い に無関係ではなく、「時空」という統一された存在 であることが1905年、アインシュタインによって明 らかにされた。が、その時空が曲がっている、と言 われても、ほとんどの人にはピンとこないだろう。 ではその間接的な証拠が300年以上も前から知られ ている、と言われたらどうだろうか。ガリレイの落 体の法則からニュートンの万有引力の法則に到る一 連の発見がその証拠なのだが。

 万有引力の法則は次のように2段階に分けられる。

. 質量を持った物質は周囲に重力場をつくる。

. 重力場中で物質は質量に比例した力を受ける。

 この第2段は、やはりニュートンの運動の法則と 組み合わせると次のように言い直せる。

'. 重力場中で全ての物質はその大きさ、質量、 形状などに関わらず、初期の位置と速度さえ等し ければ同一の軌跡を描いて運動する。

 落体の法則はこのよい例となっている(図1)。 このように見てみると万有引力(重力)というのは 電磁気力などとは違って、物体に力が働く、という よりは物体の存在する時空そのものが曲がっている 証拠、と見る方が自然なのではないだろうか。しか し当時は曲がった空間を扱う非ユークリッド幾何学 も知られておらず、この問題の解明にはニユートン より2世紀半の後、やはりアインシュタインの登場 を待たねばならなかった。

図1 落下体の法則

 アインシュタインが有名な自由落下するエレベー ターの着想から最終的に得た方程式は次のように表 わせる。

 時空の曲がり方=エネルギー、運動量の分布

 この方程式は、彼の有名な公式E=mc^2と組み合 わせることで弱い重力場、遅い速度、という条件の もとではニュートンの万有引力の法則を再現する、 より深く広い適用範囲を持ったものとなっている。

2. あまりに僅かな「曲がり方」

 ここで一つ疑問が生じる。時空が曲がっているな どという重大(?)なことに、アインシュタイン以 前には誰も気がつかなかったのは何故だろうか。こ れには、「時空」の曲がり方が非常に僅かでしかな いため、という答えがしばしば返ってくる。が、こ れにはこう問い返したくなるだろう。月や地球は円 軌道を描いているし、石を投げればその軌跡ははっ きりと曲線になるではないか。重力が時空の曲がっ ている証拠だというなら、もっとはっきりとそれが 万人に感じられるはずだ、と。しかしもう一度よく 考えてみてほしい。軌道が円だの、軌跡が放物線だ というのは、物体の時空内での運動を、時間を無視 した空間上に投影したものに過ぎない。時間の長さ を空間の長さと比べるには、換算率として光速度を 用いる必要がある。つまり1秒という「長さ」は、 空間の30万qに相当する。地球を例にとると公転 直径3億qに対し周期は1年、これは長さにする と1光年〜9兆qである。数字が大きいとピンと こないから適当に縮尺してみよう。直径1p、長さ 300mの円柱の棒がある。これに一回だけ巻きつく ようにして端から端へ糸を張る。この糸の曲がり方 が地球の公転で示される時空の曲がり方である。確 かに底に投影すれば円形だが、側面に張られた糸自 身はほとんど曲がっているようには見えないだろ う。地球を公転させている「時空の曲がり」はこの 程度のものである(図2)。では、時空の曲がり方 を直接に知るには、時間と空間をどれくらいの精度 で測ればよいのだろうか。これは結論だけ言うと次 の2条件の兼ね合いで、時空の曲がり方が測れるか どうかが決まってくる。

図2 時空内での地球軌道の曲がり方

a. 高精度で距離と時間が測れる。

b. 重力が大きく違うような複数の観測点を持つ。

 一例を挙げるとa. が10桁以上の精度なら、b.は 地球表面からの高度差数千q以上、ということに なる。一方がより良くなれば他方は少々悪くなって もよいし、双方良くなればもちろんより詳しく時空 の曲がり方を知ることができる。

3.CRLと時空計測

 ここまでくると、あれっと思う方も多い筈であ る。当所の時間、周波数標準は13桁から15桁という 高精度のものだし、VLBI、SLRといった測距技術 は1万qに対し誤差1p程度、これは9桁の精 度であと一息のところまで来ている。一方、観測点 はというと、世は宇宙時代、高度数百〜数万qの 軌道に人工衛星がひしめいていて、今後も続々と打 ち上げが予定れている。その中にはもちろん、当所 が関わるものも少なくない。

 こうして見ると、今までは限られたごく少数の例 でしか見られなかった時空の曲がり方を直接、自由 自在に測るということが夢でなく現実のものとなり つつあることがわかる。そしてその実現への最短距 離にあるのが当CRLである、ということも。この ような状況下で時空計測プロジェクトが進められ、 今年度よりその推進委員会が発足した。まだまだ始 まったばかりではあるが計画は着々と進められてい る。'93年ETS-Y、'95年VSOP、'98年JEMと、 次々に打ち上げられる衛星を用いてのスペースVL BI計画に対する準備も進められているし、各場所 ごとに時間の進み方が異なるというやっかいな状況 の中で、太陽系には三つだけ地球表面と同じ時間の 進み方をするような衛星軌道が存在する、という興 味深い事実を、幸運にもごく初期の理論的検討の中 で発見することが出来た。

 可能性はわかったけれどどういう必要性、実用性 があるのか、と問う方もいるだろう。これに答える には他に適任者もおられようし、紙数も尽きている ので想像を少しだけ。相対論の検証、位置天文、電 波天文という純学術的なところから、ロケットの正 しい軌道計算、宇宙での高速通信を誤りなく送受信 するという実用面まで様々な点で、今後は時空の曲 がり方の情報が求められるようになるのではないだ ろうか。あるいは時空の曲がり方を測定するなん て、まさにアインシュタイン・ロマンじゃないか、 というのも必要性ではないけれど、動機にはなろう。

 曲がった時空の問題を一つの課題として含めて、 時空計測プロジェクトは既に始まっている。曲がっ た時空に関して言うならば、まず相対論的にも見易 く、標準の精度も高い時間、周波数への影響を検出 し、次いで空間の曲がり方を測定し、それらを総合 することで我々が進出しつつある舞台、太陽系の時 空のこれまで見ることができなかった素顔(どんな エクボがあるのか)を明らかにしていけるのではな いだろうか。

今、時空計測が面白い!

(関西支所 超電導研究室)


詩 吟 と 私

乾 能彦

 人にそれぞれ趣味があるように、私にも幾つかの 趣味がある。囲碁、絵画、音楽、読書、旅行、草花 いじり、パソコン等。特にパソコンは、私の育つこ ろには無かった楽しい宝石箱で、どんなに疲れて 帰っても必ず一度は触らないと寝つきが悪いほどの 拘(こ)りようで、現にこの原稿も静かにBGMを流 しながらワープロ代わりにパソコンで書いている。 だが、少年時代から続いている趣味となると、やは り詩吟である。

 私の詩吟との出会いは、小学校、正確には国民学 校の4年生のときに始まる。当時、ランニングシャ ツのよく似合う体育担当の薄井満先生が詩吟も師範 クラスで、朝夕よく手ほどきをうけた。その結果、 上級生に混じって県の大会に出場したり、出征兵士 の家に頼まれて餞(はなむけ)けに朗詠させられた り、灯火管制の敷かれている暗夜に街頭放送を通じ て朗詠させられもした。しかしながら、終戦と共に 価値観が一変し、また、時代の混乱と共に私自身朗 詠することも極めて少なくなっていった。

 成人してからの詩吟との出会いは、先ず、北海道 へ転勤になったときである。札幌市では、4月にな ると、創成小学校の教室を利用して成人学校なる教 養講座を開設する。期間は6カ月で、英・仏等の語 学、書道、絵画、民謡その他多数のコースが設定さ れている。私は単身赴任で夜は暇なので、何かを修 得したいと考え、少年時代に習っていた詩吟を学ぶ ことにした。指導師範は清宮岳永(社)日本詩吟学院岳 風会理事で、発音、発声の基礎から指導を受け、終 了後は、この卒業生で結成されている札幌創吟会へ 入会して、仕事とは全く関係のない方々と詩吟を通 じて親しくなり、今でもお付き合いをしている。ま た、名古屋へ転勤の際は、北海道でお世話になった 清宮先生の紹介で、岳風会愛知連合会の飯田岳彰会 長、成田巷岳師範に指導をうけ、コロムビア全国大 会予選にも出場できるまでになった。更に、東京へ 帰ってきた現在は、自宅の近くにある玉峯吟詠会武 蔵野教場に所属して、山崎穂岳師範のもとで週に1 度朗詠を楽しんでいる。

 少年時代に体操が好きだったのが縁で詩吟を朗詠 することを覚え、現在再び吟道に励んでいるのには 私なりに理由がある。と言うのは、社会人になった 当初は仕事も簡単なものが多かったが、歳を経るほ どに困難な仕事をまかされると、先達の手本もなく 考えがまとまらず、時間的な焦りも手伝って精神的 に落ち込み、もがけばもがくほど蟻地獄のように更 に落ち込んで行くことが多かった。その様な時に は、よく旅に出て、海辺で、あるいは山路に分け 入って、腹の底から声を出して詩吟を朗詠した。そ うすることにより、壁にぶち当たってクヨクヨして いる自分を、まるでもう一人の自分が眺めているよ うに冷静に見つめることができ、開き直りの心がム クムクと頭を持ち上げ、ときにはすばらしい解決策 すら見いだせ、いつの間にか陽気な自分に戻ってい た。朗吟によって落込みから救われていたのであ る。そういえば、詩吟の教本の見開きに次のような 詩が書かれている。

 朗吟は邪穢(じゃあい)を蕩滌(とうでき)し、 飽満(ほうまん)を斟酌(しんしゃく)し、血脈を 動盪(どうとう)し、精神を流通し、其の中和の徳 を養って気質の偏を救うものなり。吟道は、気を養 うの道なり。人の生や気なり。気竭(きつ)くれば死す。 気は以て養わざるべからず。正風六合(せいふうり くごう)に洽(あまね)く、一声士気高し。吟じ終 わりて清風起こる。一吟天地の心。

(総務部長)


ISDN放送のコストについて

元次長 鈴木一雄

 昨年“「ニューメディア産業」と「電気通信事業」の 将来を読む”と題して所内講演をさせていただいた。こ こで産業と言ったのはいろいろな具体的事業を総称した ものと考えていただきたい。この紙面を借りて私見を少 し敷衍(ふえん)してみたい。

 数年前、信学誌に“私のニューメディア論”を発表し た。将来(といっても20〜30年単位の)、現在の地上テ レビ放送は衛星放送とISDNによる放送と2極分化に向 かうであろうとの論旨である。事実今日その様な方向に 進んでいるのではなかろうか。大切なことは結果論では なく、どんな原理に基づいてその様な予想をしたかとい うことである。

 研究というものは本来大いに楽しくやるものだ。実用 化など全く考えず、思う存分やった研究がやがて大きな 実を結ぶことになるであろう。但し、ニューメディアや 電気通信の産業に直接からむ研究は、本質的にそうはい かない。基礎研究は別として、その市場原理、収支構造 を考えない研究はいくらやっても実を結ばない。市場性 を持つ為には、理論に裏づけられた完成度の高い技術性 をもっていなければならない。その逆に技術性に優れて いるからといって市場性があるとは限らないのが難しい ところである。

 さて、放送2極論であるが、地上放送は効率、経済性 の上から言って衛星放送にはかなわない。また一方、プ ログラムの多様性においてもISDN放送にかなわない。 同じ有線でもCATVの方は、一世帯当たりの設備コスト (伝送コスト)があまりにも高く、その経営には相当の 工夫が必要であろう。しからばCATVよりはるかに伝送 コストの高いISDNがなぜ成り立つかというと、一つは エリアの広さであり、もう一つはそのベースとなる電話 事業の抜群の収益性にある。百年間かかって築き上げら れた電話網の上に積み上げるところにISDN放送の事業 としてのずば抜けた強さがある。

 講演後、さる研究室長の方からISDN放送のコストに ついての御質問のお手紙を戴き、たいへん嬉しかった。 このコストの点はまさにISDN放送の眼目だからであ る。

 質問の要旨は、広帯域ISDNによるテレビ伝送を各世 帯で受けたときの料金の問題であって、仮に1日3時間 視聴したとき、料金は現行の電話と同じく3分10円とし ても、1日600円、月18,000円にもなる。ましてビット 数からいってもはるかに高額となるであろうから、広帯 域ISDNによる放送というのは、料金の上からいって非 現実的なのではないか、というものである。

 NTTの前社長山口開生氏の近著にも述べられている が、NTT2015年までに広帯域ISDNを完成、全家庭に光 ファイバーを引き込む計画である。これにより全世帯に 対し、電話線(テレビ線というべきか)によるテレビ放 送が可能になる。その設備投資は総額20〜30兆円とあ る。25年間に30兆円とすると年平均1兆2千億円とな る。この設備投資額はNTTが現在まで電話即時網建設 のため投下しつづけてきた建設費よりずっと少ない。ち なみに平成3年度のNTTの設備投資予算は1兆8千億 円である。即ち現在の電話網の設備更新の中で広帯域 ISDN網ができあがるということになる。一方、NTTは現 在電話のサービスだけで年5千億円の黒字を出してい る。広帯域ISDNによるテレビ伝送を行っても、現行の 電話網以上のコストを掛けているわけではないから、電 話収人だけでテレビの方は無料でも黒字経営ができる。 但し、テレビ伝送は電話の設備の上に成り立つのである から、料金体系を変えて、電話とテレビ合わせて現行の 収入に見合うようにすればよい。要するにNTTが現在 と同程度の収入を得るものとすれば、平均的に考えて各 世帯の伝送路に対する負担額も現行以上にはならないと いうことである。

 参考に試算してみると、平成2年度のNTTの電話収 入は約5兆円で、現在日本には約5千万回線ある故、1 回線当たりの年収は約10万円となる。これは事業用と家 用を合わせてである。この両者はほぼ半々とのことであ るから家庭用の電話収人を2兆5千億円として、4,000 万世帯で平均すると月当たり5,200円となる。これが我 々の家庭用電話代の実感であろう。これとさらに高額と なる事業用電話代がNTTの莫大な設備投資を支えてい る。繰り返すが、広帯域ISDNが完成し、テレビ伝送が 行われてもこの現在の電話収入の中で経営ができるとい うことである。

 最後に、通信総合研究所がその名にふさわしく、理論 研究にも事業化研究にも強い、スケールの大きな研究所 に育っていくことを、研究所出身の一人として期待して いる。

(現 九州朝日放送取締役)


南 極 越 冬 記

佐藤正樹、大高一弘、川原昌利

 我々は1989年11月14日晴海を出港し、1年間の越 冬生活を終え、今年3月末に無事帰国した。

 大高は電離層定常観測を担当し、佐藤は宙空系研 究観測を担当した。川原はCRLでは初めて、「あす か基地」で越冬し宙空系の観測全てを1人で全うし た。

 隊全体では観測計画の遂行はもとより、自称“第 31次清掃隊”とし肥大化した昭和基地の環境保全に 務め、大量のごみを持ち帰った。

 往路は初っぱなから台風にからかわれ、暴風圏で は、しらせは45度も謡らされ、南極の玄関では氷の厚 さに悩まされた。復路でも氷が厚くチャージング (氷が厚く船が前進出来なくなると数百メートル後 進し勢いをつけて砕氷する)を繰り返し、なんと 3000を越える回数を記録した。

 南極での思い出作りに、先人が考えた氷上ソフト ボール、氷上サッカー、氷山流しそうめん等が有名 であるが、何故か我々はこれらを1度も実行しな かった。全員での室内何とか大会というのも開催さ れなかった。国内同様、現在の南極においても全体 で何かを行うというのが難しくなっている。ミッド ウィンタ祭もなんとなく義務でしてしまったような 感がある。これらの“遊び”を真面目にやらなかっ たので神様が怒り氷を厚くし素直に帰させてくれな かったのだろう。

 CRL(電波研を含む)南極越冬隊員は我々を含め 約70人にもなり、南極の話も珍しくなくなった。そ れでも本人からみれば、やはり南極は南極であり、 現地では必死で生活する。オーロラや氷山には素直 に感銘し、ペンギンやアザラシとも戯れる。

 3人とも初めての越冬であるが、寒さに対しては さほど苦労していない。越冬を、はじめ少し寒いと 感じたが終了交代時には暑いと思うほどに慣れた。

 同じ釜の飯を食べる生活では無形の沢山の財産を 得た。越冬隊は多機関からの寄せ集め集団であり、 人それぞれ専門の担当を受け持っている。調理、通 信、電気、車両、パイロット、医者、各観測の研究 者、職場環境の異なる職場から一癖も二癖もある人 たちが、1年以上も毎日一緒に暮らすのだから面白 いし勉強にもなる。いろいろな人に混じってCRL を客観的に冷静に見るのにもよい機会だった。

 帰国した我々をみて殆どの人達が、「もうそんな 時期かと」、月日の経つのが速いのに驚いている。 自分の人生を長い目でみると、たかが1年とちょっ とぐらい南極で生活するのもよいのではないだろう か。終わってしまえばたいしたことはない。

 ビールのラガーは古くなると、味が変わりまずい が、生はいつまでも美味しく飲めた。

 “たかが南極、されど南極”。このような、すばら しい越冬の機会を与えてくださった関係者の方々に 感謝します。

(第31次南極越冬隊員)


短 信


春の叙勲

 風光る「みどりの日」、当所元総合研究官村主行康氏 には、郵政事業の電気通信関係功労者として勲四等旭日 小綬章を受賞されました。

 同氏は、昭和22年7月逓信省電波局に入省されて以来 電波研究所第二部標準課標準係長、機器課調査係長、通 信方式研究室長、鹿島支所長、通信機器部長、情報処理 部長、総合研究官等を歴任し、国家標準としての周波数 標準の維持と研究、テレビジョン放送の高品質化及び宇 宙利用通信技術の研究開発等に尽力されました。

 昭和55年に退官された後には、富士通株式会社で通信 とコンピュータの技術開発に指導的立場で参画し、昭和 62年からは株式会社テレマティーク国際研究所の研究本 部長として電子図書館の研究開発の指導に当たってい らっしやいます。

 これまでの同氏の業績は、我が国の放送技術と電波行 政の推進に貢献するのみならず、高度情報社会における 国民生活の向上に大きく寄与するものであり、この度の 受賞は当所としても誠に欣快とするところであります。

 これからも、益々お元気にご活躍下さるようお祈り申 し上げます。

逓信記念日表彰

 4月22日第58回逓信記念日に際して、当所関係では大 臣表彰として、業務優績個人表彰1名、団体表彰1、永 年勤続功労者として11名が表彰された。また、所長表彰 として、個人3名、団体1が表彰された。

大臣表彰 業務優績(個人)
「関東支所長 猿渡 岱爾」
 周波数の有効利用のための準マイクロ波帯陸上移動 伝搬特性を解明し、準マイクロ波帯MCA方式の実 用化に導く等電気通信技術の発展に寄与した

大臣表彰 業務優績(団体)
「南極VLBI実験グループ」
 超長基線電波干渉計による世界初の南極プレート精 密位置測定実験を成功させる等電波応用技術の発展 に寄与した

大臣表彰 永年勤続功労者
 畚野 信義、宮田 ひさゑ、永山 幹敏、
 野田 紀子、塚田 藤夫、小島 信男、
 本橋 章正、磯辺 光子、大山きよ子、
 寺島 良子、川尻 矗大

所長表彰 業務優績(個人)
「関西支所電磁波分光研究室長     占部 伸二」
「関西支所電磁波分光研究室主任研究官 渡邊 昌良」
「関西支所電磁波分光研究室研究官   今城 秀司」
 非線形光学結晶を用いての真空紫外域における最短 波長コヒーレント光連続発振に成功する等電気通信 技術の発展に寄与した

所長表彰 業務優績(団体)
「標準測定部周波数標準課」
 実用標準の確度向上を図る等周波数及び時刻の国家 標準の高精度維持供給に寄与した