関西支所に新研究庁舎完成


塩見 正

 関西支所は、国として情報通信に関する基礎的・ 先端的研究を推進するための関西における拠点とし て、各方面の支援と期待を受けながら、平成元年に 神戸市と明石市にまたがる岩岡地区に設立された。
 関西支所は、郵政省が昭和63年度から開始した情 報通信に関する21世紀を展望した産学官の連携によ る基礎的・先端的研究計画(電気通信フロンティア 研究計画)の中心としての役割を担うと同時に、関 西地域における産学官の連携による研究の中核とし ても位置づけられている。発足と同時に情報系及び 物性系の4研究室で研究を開始し、研究組織の整備 を図り、平成3年度にはバイオ系を加えた3分野8 研究室に充実した。
 一方、平成2年度に建設にとりかかった新しい研 究庁舎がこの9月に竣功し、約50名規模の研究者が 勢ぞろいして、本格的な活動を開始している。
  

新研究庁舎
 新しい研究庁舎は、総工事費約14億円をかけて、 建設省近畿地方建設局の設計・監理により建設さ れ、小高い丘の上の敷地中央部に、鉄筋コンクリー ト3階建て、のべ床面積約4,600平方メートルの偉 容を現した。建設にあたっては、当時耕地整理を 行っていた地元の協力を得て用地交換等の措置をす すめ、市道からの進入道路を新たに設置することが でき、正門から新庁舎にいたる構内道路も含めた整 備が行われた。


関西支所正門

 進入道路を進むと、3列に立ち並ぶ斬新な設計の 正門に「関西先端研究センター・Kansai Advanced Research Center」と金属プレートが白い輝きを見 せている。研究庁舎は、周辺の大地の緑と空の紺と の間にあって伸びやかな青系統の色調の、約100メ ートルの切れ味鋭い巨体からなり、基礎研究の深さ と先端研究の発展を象徴している。


▲関西支所庁舎全景

 玄関に入ると、3階までの吹き抜けのホールが解 放感を与えるとともに、寄贈の抽象画やタペストリ (壁掛け)がそれとなく知的で創造的な雰囲気を醸 し出している。庁舎内部の構成としては、1階に受 付や展示室、支所長室、さらに主として共通実験施 設等を、2階と3階に各研究室の居室と個別の実験 室、セミナー室、さらに大会議室や図書室等を配し ている。また、研究者の休憩・談話のコーナも設け られている。

▼関西支所玄関ホール

 研究分野が情報、物性、バイオの3分野であり、 それぞれ実験設備等の性格も異なるため、電源、空 調、ガス、水道、電灯等について各分野の多様な要 望を取り入れている。
 物性系の実験室では、塵を通常の室より1桁以上 少なくする防塵装置を設置したレーザ実験室、主と して超電導デバイス研究施設のため防塵性能をさら に高めたグリーンルームなどに特徴がある。情報系 では、人が計算機などの高度の情報機器を使う際に どのように振る舞うかを観察し、データを収集する ためのプロトコル実験室、人の知覚能力や知的機能 を調査・模擬するための聴覚実験室、また音響関係 の実験のための無響室(内装整備は今後)等を設置 している。また、バイオ系では、磁気シールド実験 室や電磁シールド実験室を備え、微弱な生体磁気や 生体イオンの計測などの実験が行えるようにしてい る。


各階平面図

  

関西支所の発展をめざして
 関西支所の現在の敷地面積は、約53,000 平方メートルであるが、岩岡地区の郵政省の 敷地全体は約88,000平方メートルである。 関西支所は今後、屋外実験等も含めた多面 的な研究を推進してゆくため、今後も、敷 地全体の利用を含め、研究態勢をさらに充 実してゆくこととしている。
 研究庁舎が整備され、既に、外国籍の研 究者やフェローシップ制度による内外の研 究者、さらには民間等との共同研究による 研究者なども含めて多彩な顔ぶれで研究が 行われているが、今後、研究者の充実を一 層精力的に進めることが重要である。
 また、関西支所は産学官の研究交流の要 としての活動として、情報通信技術研究交 流会(AC-net:Human Network for Researchers toward Advanced Telecommunications) を運営しており、関西地域の情報 通信分野の研究者、技術者がそれぞれの組 織の枠を越えて交流・情報交換することを 目指して、月1回程度の講演会等の例会や 催しを実施している。
 さらに、関西支所では、新庁舎完成に伴 う本格的な研究開始を機に、兵庫県を始め とする地元自治体及び情報通信研究関係団体、産業 界等の幅広い協力を得て、国際シンポジウム「情報 通信先端技術シンポジウム/関西」を11月25日と26 日の両日、神戸で開催する。このシンポジウムにお いては、内外から第一線で活躍している研究者、指 導者を招き、情報通信先端技術の研究開発の最新動 向を探るとともに、情報通信に携わる研究者及び広 範な関係者が交流する場を設けることを目的として いる。


関西支所の組織(平成3年度)

 関西支所が、研究面でも、産学官及び国際連携・ 交流の面でも、文字どおり関西における先端研究の センターとして大活躍する日が早く来るよう一層の 充実を図りたい。関係各位の御支援・御協力をお願 いする次第である。

(関西支所長)




国際電気通信連合(ITU)の組織改革の動きについて


小坂 克彦

 国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union) は国際連合の専門機関の一つ であり、その本部をスイスのジュネーブ市に置いて いる。加盟国は現在164ヶ国であり、国際連合に加 盟していない国、例えばスイスや国際連合に現在加 盟申請中(9月に加盟が承認された)の韓国や北朝 鮮も既に加盟している。ITUの活動に必要な通常の 資金は加盟国からの分担金によりまかなわれてお り、日本はもっとも分担金の多い6ヶ国のうちの一 つとなっている。
 ITUの活動は国際電気通信条約に基づいており、 標準化機関としてすべての電気通信に関する制度、 通信システムやそれらの運用の標準化や調和を図 り、また開発途上国への技術援助を通して世界の電 気通信に対する貢献を目的として活動している。

図 1は、現在のITUの組織のうち常設機関の概略を 示したものである。なお、この他に最高の意志決定 機関としての全権委員会議、36ヶ国で構成される管 理理事会、電信電話主管庁会議、無線主管庁会議が ある。このようにITUはすべての電気通信の分野 に関わっており、そこで決定されたことは国際的な 取決めとして各国が順守または尊重することが義務 づけられており、わが国においても電気通信関係の 各種の法令や規則に反映されている。したがって、 例えば、電話番号を回すだけで海外の相手側につな がり、通話ができたりあるいはファックスを送れる のもITUがあってこそと言える。


図1 現在のITU組織(常設機関のみ)

 このようなITU活動は当所にとっても重要な位 置づけになっており、最近の数年間においては2名 の職員が長期派遣され、それぞれ重要なポストで責 務を果たしてきている。さらに毎年多数開催される ITUの各種会議にも参加し、種々の寄与をしている ほか、ITU活動に対する国内委員会にも多数の職員 が参加している。
 ところで電気通信技術の発展が急激であることは 周知の通りであり、またこの分野での南北格差が大 きいことから開発途上国からの援助の要求も強く なっている。しかしながら、現在のITU組織や作 業方法がこの急激な発展に対応しにくくなっている との批判が出てくるようになった。さらに、ヨー ロッパのように電気通信に関する標準化をまず地域 内で行おうとする傾向がでてきている。このような 地域標準化機関の活動は完全に先進国のみであり、 ITUのみに関係している開発途上国としては疎外感 を味わいかねないことになる。このような観点のみ ならず世界的な標準化の観点からは、ITUと地域標 準化機関との関係や連携は今後ますます重要な問題 となる。またITUの作業量が増大し、財政的な問 題が出てきたことも改革の原動力といえよう。この ほか、IFRB委員などの選挙で選ばれる役員ポスト が一部の国に独占される傾向に対する不満、また、 各常設機関の権限が不明確であり、それらの間での 組織のマネージメント、人事管理、重要案件に対す る根回し、そして無線通信規則の解釈権などについ ての主導権争いがあったことも改革理由の一つと言 われている。
 このようなことからITUは急激に変化する電気 通信環境に対応し自己変革をする必要が生じ、1989 年にフランスのニースで開催された全権委員会の決 議に基づき、同じく1989年の臨時管理理事会でITU の機能及び組織を見直すためのハイレベル委員会の 設置が決定された。ハイレベル委員会ではその後5 回の公式そして3回の非公式会議を開催し、以下に 示すようなITUの改革案を作成した。なお、当所 の元所長である栗原芳高氏がわが国がらのハイレベ ル委員として本会議の後半から参加している。
(a) ITUの作業は、概略が

図2(常設機関のみ)に 示されるように標準化、無線通信および開発の3 つのセクターによって行われる。


図2 ハイレベル委員会で提案されたITU組織(常設機関のみ)

(b) 標準化セクターは現在のCCITTの作業とCCIR の一部の作業を統一する。
(c) 無線通信セクターは、現在のCCIRが行ってい る標準化以外の作業とIFRBが現在行っている作 業を統一する。なお、IFRBは現在の5人常勤委 員から9人のパートタイム委員で構成する。
(d) 開発セクターは現在のBDTがCTDの機能を吸 収し発足する。
 この改革案の導入についてはいくつかのオプショ ンが提示されており、その実施方法等については次 回の管理理事会で議論されると思われるが、早けれ ば1992年12月の臨時全権委員会議または1994年に京 都で開催される全権委員会議曲て採択される可 能性もあろう。このようなハイレベル委員会の審議 状況を考慮に入れて、現在の諮問委員会の一つであ るCClRでも現在の作業の標準化セクターと無線通 信セクターへの振り分けや、将来の研究委員会の構 成について検討を開始しており、組織の見直しや迅 速に勧告を作成するための作業方法などの一部の見 直しについては昨年のCCIR総会において既に決定 されている。
 ITU改革の動きは、今後のわが国におけるITU 活動に対する対応に直接影響するのみならず、各種 の通信、放送システムや装置などの標準化に関する 作業にも影響を与えるものである。そのため、当所 においてもこの動きを注意深く見守っている。

(企画調査部国際協力調査室長)




台風追跡飛行


熊谷 博

  

台風の眼
 なにしろ1年前の事なので、当時の印象がうまく 伝えられるか心許ない。1990年の9月17日午前10 時、空から降雨を測るためのレーダやラジオメータ、 さらに多数のドロップゾンデを積み込んだNASA 717機(DC‐8)は、グアム島を飛び立った。この日 の目標は、沖縄の南東120qにある非常に発達した 台風19号である。高度12q付近を飛ぶジェット機 で、この台風の上空を飛び、あわよくば台風の眼の 中にも突入しようと考えていた。実は、この台風の 追跡はこの日が2日めであった。前日にも台風の中 心近くを飛んだが、眼の回りの雲の高度が高すぎ、 パイロットの判断で、眼の中の飛行は見送られた。

 この飛行機には、筆者の属するNASAゴダード宇 宙飛行センターのグループと、米国海軍大学院を中 心とする2つのグループが乗り込んでいた。前者の 目的は、熱帯の降雨を上空からレーダやマイクロ波 ラジオメータで観測することであり、現在計画が進 行中の熱帯降雨観測衛星(TRMM)とほぼ同じセンサ ーを用いた衛星観測の予行演習という意味も含まれ ていた。降雨レーダは通信総研で開発された2周 波レーダで、本実験のためにXバンド(10GHz帯) は水平、垂直の両偏波が受信できるように改造され ている。後者のグループは台風の動きの解明を目的 としており、台風の周りの広い範囲で、ドロップゾ ンデを落とすことを計画していた。この航空機実験 は、台風の国際共同観測の一環として行われ、1990 年9月の1ヶ月間、沖縄を基地にして行われた。 ちょうど台風19号の観測期間中は台風が沖縄に接近 して沖縄からは離着陸ができないためグアム島に避 難していたのである。

 グアム島から、台風の中心部までは約2時間を要 する。最初は、晴天ののどかな太平洋上をただ飛ぶ だけである。この時は、レーダには海面からのエコ ーが受かるだけである。台風に近づくにつれ、次第 に雲が濃くなって行き、ついに窓の外は真っ白で何 も見えなくなる。レーダの結果から、台風の雲の中 では、雨は一様に降っているわけではなく、レイン バンドと呼ばれる幅2〜30qの領域で雨が強く降っ ていることがわかる。ついに、台風の眼の手前で、 眼の中を横切ることが決定された。眼の周辺は、風 雨が非常に強く、レーダにもこれまでで一番強い雨 が受信されている。しかも、レーダの直下から降雨 (おそらく雪)がある。実際は、降雨は飛行機より ももっと上から始まっているのであろう。風速も 50m/s以上であった。この眼を取り巻く雲の壁を通 過する間は、機体の揺れも激しく全員がシートベル トを締めてじっと待っている。

 突然、窓の外が明るくなり、機体の揺れもなくな る。眼の中に入ったのだ。全員が窓に殺到し、カメ ラのシャッターを切る。なんと言って良いかわから ないが、やはりすごい景色だ。真下には渦を巻いた 雲があり、その間から海面が見える。海面には白波 がたっている。海面から、我々のいる高度よりもは るかに高いところまで垂直な雲の崖が周りを取り巻 いている。雲の崖の上には濃紺の空が見える(写真 1)。おそらく雲の崖の高さは15q位であろう。 ちょうど井戸あるいは桶の内に入ったような感じで ある。雲の壁の表面には激しい対流によるものか、 強い濃淡のむらが見える。眼の直径は30q程度で あり、2分位でまた雲の中に突入する。まさに大自 然の驚異を目の当たりにしたという所である。熱帯 の海の上に降り注いだ余剰の熱がこのように巨大で 凶暴な渦を作り出し、中緯度地方への熱の分配を 行っているのである。この後、台風の中を何度か飛 んだが、この日に見た眼の印象が一番強烈であり、 このようなチャンスに恵まれた我々は非常に幸運で あった。


写真1 台風の眼の壁

  

実験の経緯
 この実験は、従来から当所とNASAゴダード宇宙 飛行センターとの間で進めてきた航空機による降雨 観測実験の一環として行われた。これまで、当所開 発の航空機搭載用降雨レーダは、すでにいくつかの NASAの航空機に搭載され成果をあげてきた が、今度は大型のDC-8を使うことになった。 さらに、新たな機能として、航空機実験とし ては始めて、レーダに交差偏波受信機能を組 み込むことが決まった。これは、雨や雪およ び氷等の降雨粒子間の識別を主目的としてい た。特に将来予定されている宇宙からの降雨 観測では、雨量を高精度に測定するために、 降雨粒子の識別が重要であり、これができな いと降雨量の算出に大きな誤差を生じる。

 DC-8への機器の搭載作業は、同機が所属 するカリフォルニア州のNASAエイムズ研究 センターで行われた。同機はNASAが所有し ている実験用航空機の中では一番大きく、航 続距離も長いので使用の希望が多く、2、3年先ま ですでに予約が一杯のようである。このDC-8は、 南極のオゾンホールが見つかった時に、いち早く出 動し、オゾンホールの原因が人間活動により放出さ れたフレオンであることを突き止めたことで有名で ある。同センターには、同じく南極で高高度のオゾ ン観測を行ったER-2機も常駐している。このよう な緊急の問題に対して、機敏に対応し、いち早く成 果をあげることができるのはうらやましい限りであ るが、反面、航空機から整備スタッフ、さらには飛 行場まで自前のものを維持するというのはアメリカ 以外ではまず不可能なことであろう。

 DC-8には、機体の天井や底に穴があけてあり、 観測機器はこれらの穴に取り付けるのである。機体 の横方向を見る観測のためには、窓ガラスを取り外 してここに機器を取り付けることもできる。我々の 降雨レーダのアンテナはラジオメータとともに機体 の底に取り付け、送受信機はカーゴベイに取り付け た。機体からはいろいろなものが突き出したり引っ 込んだりしている。これでも飛行機は無事に飛べる のである。

 さて実験結果であるが、実験期間中、約10回のフ ライトを行い、この間、大きなトラブルもなく、大 量の強雨のデータが取得された。

表1は、眼を通過 したときの上空から見た降雨(レーダ反射因子)の 分布である。横軸は時間すなわち水平距離、縦軸は 飛行機からの下向きの距離である。12q付近の線 は海面エコーである。交差偏波データからは、予想 通り、降雨粒子の識別が可能であることがわかり、 かつ雪や氷が雨に変わる融解層において、粒子の形 や大きさが推定できる等の成果が得られている。交 差偏波の観測は、地上レーダでも英国のチームが結 果を出しているだけであり、我々の結果は非常に貴 重なものと思われる。


表1 眼を通過したときの降雨の分布

 この後さらに、1991年7月にも本レーダを小型 のT39ジェット練習機に搭載してフロリダで行わ れた共同実験に参加した。この実験では、Kaバン ド(35GHz帯)も2偏波に改造している。2年間の 滞在期間中、機器の改造と実験に明け暮れたが、こ の間、多くの友人を得たことや、各地を飛び回った こと等、貴重な経験をすることができた。サポート していただいた多くの方々に感謝いたします。

(電波応用部電波計測研究室)




≪随筆≫

般  若


田中 学

 夜が白々と明け始めている、空白な頭の中で耳鳴 りの音がジーとなっている。目の前では、おどろお どろしい女の顔後私をじっと見つめている、この般 若の画を描き始めてもう1年が過ぎてしまった。
 私が般若の画を描こうと思いたったのは、今から 十五年程前のことである。今迄、ただ簡単に鬼女の 面として人間とは無関係な存在であり、芝居、能等 の世界でしかその存在価値を認められないものと、 軽く考えていたが、その時般若の面から感じたの は、私の心を強く引きつける悲哀の表情であった。
 面作りの般若丸が打った鬼女の面と云うことや、 女性の嫉妬の怖ろしさ、烈しさ、悲しさ等を表現した 面である、と云う程度のこと位しか私は知らなかっ たが、画材として取り上げるには充分なものであっ た。小さなキャンバスに般若を描き始めたのは、そ れから間もなくである、一年くらいかかってなんと か般若らしく描いてはみたものの、単なる般若の面 でしかなく、何か心打つものに欠けるのを感じた。
 それからである、鬼女とは何か、何故鬼女になっ たのか、能の代表作のひとつとも云われている葵の 上等で語られる女性の嫉妬のみが、根本的原因と云 えるのか、試行錯誤、自問自答の日々が空しく過ぎ 去っていく。
 古い昔、男性の身勝手な考えと行為の中で、見捨 てられていった女性にとって、その悲惨さは対象が 人間であるだけに、単に女性の嫉妬などと云うよう なことでは済まされない何かがあるのではないだろ うか。


第1作目の般若

 般若には、人間として、人間らしく生きるための 総ての権利を奪われてしまった女性の怒り、憎し み、絶望、矢われたもの、失われゆくものへの愛と 悲しみのすべてが表現されていなければならない、 と思うようになった。それから数年、小さいながら も般若の画はそれなりの仕上がりを見せてくれた。
 その後、風景、花等人間臭さを避けながら楽しく生 きてきたのであるが、前に描いた般若が人手に渡っ たことなどもあり、もう一回般若を描きたい、前よ りも大きく素晴らしい作品を、と思い立って再び般 若の製作に取りかかったのが平成二年の早春の頃で あった。数ヶ月が過ぎ、もう一息で描き上がるとこ ろまできていた時、突然訪れた義母の死は、今まで 忘れていた私の生母への思いを新たに撹き立てた。
 子供を妊(身籠もる)ごもったまま、愛する男に 捨てられ、悲しみと絶望、慈悲と怒りの中で、産み 落とした子供迄も男に奪われて死んでいったと云う 見知らぬ母。
 般若は母でなければならない、誰よりも美しく哀 しい女の想いをこめた母の顔を描こう……。
 般若の画が少しづつ変わり始めたのはその時から である。数ヶ月の日々が続く、痩せこけた頬は丸み をおび、耳元まで裂けていた唇が小さくなり、般若 を描きながらの母との会話は毎夜のことながら夜遅 くまで続いた。
 ひとりの男を愛し、その男の子を妊もごり、男に 捨てられて死んでいったあなたに聞きたい、あなた にとって人生とは一体何だったのでしょうか。画は 一言も答えず、ただ私をじっと見詰めている。
 角の描いてあった場所が、ひとつの大きな空間と して広がり、全体のバランスが崩れてしまった。吹 き荒れていた嵐は止み、毛髪は静かに垂れている。
 始めに描こうと思っていた画とは、似ても似つか ないものになってしまった。母は美しくなければな らない、と想う私の強い願望が、般若の角を消し去 り、頬をふくらませ、唇を小さなものとし、嵐の中 に炎のように燃え上がっていた毛髪を、薄暗く静か なものにしてしまったのだ。
 所詮、画は、製作者主観的心象の表現でしかあり 得ない、二年近い歳月を要しながら、ついに般若を 描くことは出来なかった。
 だが、般若を描こうと思う気持ちは今も変わって いない、自分の納得出来る般若の画が完成するその 時まで、何回でも、何回でも般若を描き続けていく ことだろう。−完−

(総務部会計課)



短 信




衛星による太陽観測の開始


 さる8月30日、宇宙科学研究所の第14号科学衛星 「Solar-A」は、その打ち上げに成功し、「陽光(Yohkoh)」 と命名された。「ようこう」はわが国で2番目の太陽観 測衛星で、軟X線(約10keV以下)と硬X線(15〜100 keV)の2つの大陽撮像望遠鏡と、軟X線からガンマ線 までの広い帯域をカバーする精密なスペクトル計などを 搭載して、太陽フレアの総合診断をめざしている。衛星 重量は約400sで高度約550qの円軌道をとり、太陽 活動が衰退する1994年頃まで大陽フレアの観測を継続す る。現在、世界で唯一の太陽観測衛星として、国外から 共同研究の提案が殺到しているが、国内では、国立天文 台や名古屋大学太陽地球環境研究所等とともに当所も共 同研究に参加している。特に軟X線による太陽全面画像 は、宇宙環境に大きな影響を及ぼす高速太陽風の吹き出 し口であるコロナホールの監視や、太陽爆発(フレア) を発生する太陽活動域の監視など、宇宙天気予報業務に 大いに役立つ。このため、平磯宇宙環境センターにおい て毎日太陽軟X線画像が参照できるよう、宇宙科学研究 所の「ようこうチーム」に対して積極的に働きかけを行っ ているところである。なお、平磯から発せられる太陽地 球観測予報及び各種の情報は、宇宙科学研究所の科学衛 星の運用においても、すでに積極的に活用されている。
 宇宙天気予報システムプロジェクトにより、現在独自 に開発を進めている太陽観測装置を含め、数年後には、 可視及び赤外域の太陽像、磁場及びプラズマ動態画像、 軟X線画像、電波画像等が平磯宇宙環境センターに集約 されることになる。これが実現されると、平磯は太陽活 動に関する世界有数の研究解析センターとなる。



鹿島ドラマ&ファンタジー


 鹿島宇宙通信センターでは8月24、25日に行われた鹿 島フェスティバルに参加した。このフェスティバルは 「'91鹿島ドラマ&ファンタジー」と銘打って開催され たもので、物産展あり、現地企業の先端技術展示あり、 塚原卜伝にちなむ卜伝行列、タレントショウ、ミスコン テストといわば産業振興の祭である。ここに参加してい る店、会社、工場は地域住民の働く場所であり、人々の 生活に密接につながりのある場所である。鹿島宇宙通信 センターは鹿島町でパラボラと言えば知らない人がいな いくらいの名所であり、8月1日の一般公開直後で準備 が大変だったが「パラボラ」を一層身近に感じてもらう ために積極的に参加した。今回「生活の中の電波」をテ ーマに、アンテナのいろいろ、衛星版自動車電話、衛星 放送、電波で撮影した画像(レーダによる雲仙普賢岳)、 衛星からの地球観測、電波を使った地殻変動の観測(VL BI)と、電波がいかに様々な分野で利用されているかに 焦点を絞って研究の紹介を行った。熱心に質問する人も いてなかなか好評であった。