太陽風から来た冷たいイオン


渡辺成昭

 

太陽風
 宇宙物理の黎明期には「地球には磁場があるので 磁石で方角を知ることが出来る。その磁場は遠く宇 宙空間に至り、宇宙空間は真空である。」という共 通認識があった。一方、「彗星の尾が2つに分かれ、 その1つは常に太陽の反対方向を向いており、あた かも太陽からの放出物で吹き飛ばされている様に思 われる。云々」という前述の物理過程に反する現象 があった。パーカーは大陽コロナの運動を理論研究 し、「太陽から吹きでる荷電粒子(プラズマ)は大 陽の付近で超音速となり、惑星間空間を埋めつくし ながら吹き抜けて行く。」という解答の存在を示し た。やがて、人智は人工衛星、人工惑星等を作りだ し、この超音速の流れが常時観測される事を報告 し、大陽風という名のプラズマ流は宇宙・惑星科学 で大きな位置を占める事となった。この大陽風の地 球磁気圏への侵入が本稿の主題である。
 太陽は地球上の様々な電磁現象の大もとであり、 これを支配する。その中で大陽風の役割は重要であ る。大陽風の運動エネルギーに比べ極めて小さい太 陽風磁場の南北成分(地球座標で見て)が南を向く 時、その大きさにみあって地球周辺、特に高緯度地 方に大規模電磁擾乱を引き起こす。
 太陽風の主成分はH+とHe++と電子であり全体と して電気的中性が保たれている。地球周辺での速度 は300q/秒〜800q/秒の間で変化している。この 運動エネルギーはH+、He++で数キロエレクトロン ボルト(keV)と換算出来る。


(Tsyganenko et al 1987より)

第1図 太陽風と地球磁気圏の概念図、南北にカスプ領域が見られる。

 

地球磁気圏とカスプ
 プラズマは磁力線を簡単に横切って動くことがで きない。したがって太陽風が地球磁場に遭遇する と、大陽風の動圧力、地球の磁気圧力が釣り合う所 まで押し込み、地球磁場の限界を作る。いうなれば これが地球の勢力範囲であり、磁気圏と呼ばれ、地 球を内部に取り込んだ吹き流しの様な形をとる。大 陽風は超音速流であるから地球磁気圏前部には衝撃 渡が生ずる。地球磁場には第1図に示した様に、 “じょうご”のような磁場構造を持つ極めて特異な 所があり、ここでは太陽風粒子は容易に 地球磁気圏内に入り込むことが出来る。 これをカスプ領域と称する。又、これに 付随してクレフトという領域もあるが、 カスプの方が4倍程度プラズマの侵入フ ラックスが多いという報告もある。
 太陽風イオンは衝撃波を通り抜け、運 動エネルギーの多くを失い、keVエネル ギーを持ちながらH+、He++が無理なく カスプ磁力線に沿って入り込む。低高度 でカスプ磁力線の根元を探す場合はこの 高エネルギーイオンと電子の、いわゆる 「カスプ特性(Cusp Proper)」という条 件を利用する。


第2図冷He++の太陽風磁場By成分への依存性●、○はByが負の時と、正の時に冷He++がSMSにより観測された極大地点を表わす。

 

太陽風磁場(B)とカスプ位置、形状
 ここで話を進めるに当たって座標系に ついて説明する。第1図は、X-Z、第2 図はX-Y平面であり、X方向は地球か ら太陽に向く方向である。Yは地球公転 面内で、地球進行方向に逆が正であり、 XYZがデカルト右手系になるようにZ方 向を決めるが、ほぼ北極方向がZの正方 向である。地球自転によりYの正方向が地球上の夕 方地方であり、負が朝方地方である。
 ここで本稿の目的である低エネルギー粒子の観測 と比較するため、DMSP-F7衛星(軍用気象衛星) 等で観測した高エネルギー粒千によるカスプの位置 や形について概略を紹介する。以下述べる緯度(不 変地磁気緯度INLAT)経度(磁気地方時MLT)と は歪んだ双極子磁場である地球磁場を考慮した座標 であって、地理緯度、経度とは少し異なる。
 カスプはほとんど地球前面、地方時で正午、緯度 では77度(79度とする説もある)付近に統計的に多 く位置するが、太陽風の磁場の方向によって移動す ることが報告されている。
位置)緯度方向:Bzが正の時77°程度である。
        Bzが負の時、低緯度方向に移動
        する。正午で約77.0°+0.76°Bz
        (nT)
   経度方向:Byが正の時、すこし夕方側に、
        負の時朝方に移動する。
 幅)緯度方向:非常にうすく1〜2度程度であっ
        て、Bzが正の時が負の場合より
        若干大きい。
   経度方向:Bzが正の時、平均して30度程度
        であるがBzが負のとき40度程度
        まで開いてゆく。
 

EXOS-D/SMSによるイオン観測
 日本の科学衛星EXOS-D(愛称:あけぼの)は、 1989年2月に内之浦から打ち上げられた。多くの科 学計測器と共に当所とカナダ国立研究院ヘルツベル グ天体物理研究所が共同開発した低エネルギー質量 分析器SMSが搭載され、大きな成果を挙げつつあ る。詳しくは「CRLニュース、1989年11月第164号 :佐川」を参照されたい。
 大陽風He++はカスプの上部で渦状運動し、磁気 圏に突入する。keVエネルギーを持つ粒子は周りの 地球のプラズマと作用・衝突(小角散乱)して波動 を作り・熱化し、運動エネルギーを失い、減速し数 10eVの冷たいイオンとなるものもある。
 これまでにも少なくない衛星がカスプ領域で、超 大(≧100m)なダイポールアンテナによる振動電 場、ループアンテナ・サーチコイルによる振動磁場 観測によりイオンサイクロトロン波、その他の激し いプラズマ波動を観測している。
 keVエネルギーを持つイオンについての観測・研 究は多いが、冷たいHe++についての観測・研究は ほとんど無い。
 He++は大陽風(B)中では主要な成分であるが地球 周辺では微量成分なので大陽風から侵入するイオン のトレーサー(追跡子)となり、その振舞いを知る うえで重要な意義を持つ。SMSは微量なHe++も測 定出来るように設計された。
 

太陽風から来た冷たいHe++
 keVイオンはカスプの根元にそのまま落ちるが、 冷たくなったイオンは複雑な動きをすることが観測 解析結果からわかった。第2図にSMSが冷 たい低エネルギーのHe++を多く観測した場 所を示した。実線と点線は各々、太陽風磁場 成分が朝向き(Byが負)、夕向き(Byが正) であった場合を示し、●、○は非常に多く観 測された極大地点を示す。太陽風磁場のBy が正のとき、EXOS-D/SMSは冷たいHe++を 地球の朝で多く観測している。この理由を考 察してみる。
 高エネルギー(keV)イオンによって求め たカスプの統計的位置はむしろ少し夕方に移 動していることが報告されている。しかしな がら地球磁気圏は太陽風と相互作用し磁気圏 のなかにプラズマの渦状の流れ(対流とよ ぶ)を作る。観測結果によれば太陽風磁場の Byが正の時、一般に地球極域前面に強い朝 方向きの対流の流れがあり、カスプ領域にお けるスピードの遅い(冷たい)He++は侵入領 域から外れて朝方に吹き寄せられたものと考 えられる。また、第2図と同様に冷He++検 出のBz依存性のダイアグラムを作成した。 太陽風磁場が南を向くと(Bzが負)、前述の ごとくkeVエネルギーを持つプラズマから求めた カスプ領域は低緯度へ移動する事が報告されてい る。この効果は冷イオンにも直接影響し、SMSは、 低緯度でもHe++を観測している。地球磁場擾乱イ ンデックスKpが大きくなると、冷He++の観測域 が低緯度に向かうことも分かった。これは、一般に Bzが負である時、地球電磁擾乱が起こるので、同 じことを別の方から見ているものと思われる。
 冷H+はHe++と、似たような動きをしているもの と推察される。そのほかにも大陽風磁場がカスプか ら入ったイオンを強く支配している状況がSMSに よって刻々知らされている。
 波動と粒子の相互作用は、プラズマの重要な研究 課題である。EXOS-Dからは、他にも各種のデータ が送られて来ており、これら貴重なデータを総合的 に用い、新たな研究に取り組んでいきたい。
(電波部 電磁圏伝搬研究室 主任研究官)



時を刻み続ける水素メーザ時計

太田安貞

 現用の原子標準器の中で水素メーザ(Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation) 型周波数標準器は、周波数短期安定度が最も優れて おり(図1)、超精密時刻保持や超高安定周波数源 として超長基線電波干渉計(VLBI)や深宇宙探索に 用いられている。CRLにおいては1966年に発振に成 功して以来、安定度、信頼度などを改善するための 研究・改良を重ねてきた。実用標準を目的として開 発された水素メーザHU型発振器(表紙写真)は、 1984年10月に完成し、時計として連続運転を開始し てから7年以上を経た現在も順調に作動している。 その値は国際度量衡局(BIPM)に送られ国際原子時 (TAI)決定に貢献してきた。
 水素メーザ発振器は、水素原子の基底状態におけ る(F=1,mF=0)と(F=0,mF=0)準位間のマイク ロ波遷移(1.42GHz)を利用するものである。動作原 理は、高周波放電による解離で生成した水素原子の 中から磁石によりエネルギーの高い原子のみの準位 選別を行い、空洞共振器内に置かれた水素蓄積球に 集束させ、反転分布を作る。蓄積球内壁はテフロン コーティングが施されており、水素原子はこの中で 弾性衝突を繰り返し、エネルギーを失うことなく約 1秒間滞在し、マイクロ波を誘導放出する。この状 態では、原子の共鳴線幅が非常に狭くなり、周波数 安定度が10^3秒で1.5×10^-15というスペクトル純度の 高いマイクロ波を放出し、優れた信号を得ることが できる。しかしながら1週間以上になると、何らか の制御を加えないと、優れた安定度は維持できない。


図1各種標準器の周波数安定度

 

超高安定な原子時系発生のために
 水素メーザ発振器の長期安定度を劣化させるもっ とも大きな要因の1つは、空洞共振器の引き込み効 果による周波数変化である。この効果を打ち消し て、メーザ発振器を運転する方法としては、自動同 調法と自己同調法がある。自動同調法では2台の水 素メーザ発振器を用い、一方のメーザ発振器を参照 発振器として、他方のメーザ発振器の原子ビーム量 を変えて、引き込み係数を変化させ、メーザ発振器 相互のビート周期から、共振器の周波数オフセット を検出して共振器周波数を制御するものである。ビ ーム量の変化法としては、電磁シャッター式、サー ボモーター式、水素圧力制御式がある。何れもビー ム量を減じると発振出力も減少するため、長期連続 運転の場合には不安定な要素があった。当所では、 マヨラナ準位選別式を開発し、これに用いることで 安定な自動同調法を確立した。
 マヨラナ準位選別式とは、ビームが走っている途 中のコイルの電流の向きを変えるだけで、ビーム量 が50%も変わる、しかも発振パワーが増加すると いう、自動同調にとってはこの上なく具合いの良い 方式である。
 また、自己同調法は、共振器の半値幅の2つの周 波数を交互に加え、周波数弁別器と等価な機能を持 たせる事によりたえず決まった周波数になるよう に、共振器周波数を制御するものである。他の方法 に比べ自己同調法は、メーザ発振器それ自身で共振 器周波数を制御するものであり、1台で長期連続運 転が可能になる。この方法はVLBI用実験機として 作られたHV型で用いている。また、長期安定度を 阻害する大きな原因として、水素蓄積球テフロンコ ーティングが不完全な場合があり、8×10^-13/100day もの周波数変化の起こることも経験しており、周波 数変化の起こらないコーティング方法も確立した。


写真2 水素メーザの共振機と水素蓄積球(左側が小型メーザ、右側が従来形用)

 

超小形水素メーザ発振器への期待
 従来、メーザ発振器の大きさは、発振周波数で決 まる共振器(写真2)の寸法から限界があった。しか し、小形で汎用性のある実用的な水素メーザ発振器 開発への要望が高く、このため空洞共振器の小形化 に取り組み、ループギャップ共振器を開発した。こ れは水素蓄積球周囲に電極を付加することで、共振 器を小形にしたものである。また、準位選別用の磁 石、イオンポンプも小形にした。共振器のQ値の補 完に対して正帰還回路を、共振器周波数自動制御に 対し自己同調法を用いている。この超小形水素メー ザ発振器の初期データでは、10^4秒で3×10^-14の安 定度が得られた。
 今後さらに小形共振器の開発、水素ガス吸着用の ゲッターポンプの開発、イオンポンプ電源の小形化 などに取り組み、周波数安定度や信頼性の向上を目 指して研究を続ける。

(標準測定部 原子標準研究室 主任研究官)



EMCに関する最近の動向

杉浦 行

 数年前に、工場内のロボット旋盤が付近のクレー ンからの不要電磁波によって突然暴走し、従業員が 亡くなった、との記事を新聞で読まれた方も多いと 思います。このような機器間の電磁干渉問題は、今 後ますます増えてくるものと予想され、機器相互の 電磁的両立性(Electro Magnetic Compatibility)の 確保が大きな社会問題になっています。
 

あらゆる機器にイミュニティを
 電子機器のEMC対策としては、妨害波対策とイ ミュニティ対策があります。妨害波対策は、機器か ら発生する不要電磁波(妨害波)を低減し、他に障 害を及ぼさないようにする加害者側の対策です。 一方、イミュニティ対策は、他の機器からの妨害 波を受けても、誤動作や障害を発生しないようにす る被害者側の対策です。これまでは余り注目されま せんでしたが、様々な無線機や電子機器が高密度で 使用されるようになってきた昨今、イミュニティ対 策の必要性が急激に認識され始め、あらゆる電子機 器に最低眼のイミュニティ性能を課すことが検討さ れています。とくにヨーロッパでは、EC諸国12か 国およびスウェーデンなどの欧州自由貿易連合 (EFTA)6か国からなる統一規格作りの組織(CENELEC) が着々とイミュニティ規格作りを進めており、 国際規格もこれに基づくものと思われます。


写真 EMC測定用電波無反射室
((財)無線設備検査協会有)

 

屋外測定から屋内測定へ
 妨害波測定はこれまで主に屋外で行われてきまし たが、天気に左右されず、また強力な電磁波を使用 するイミニュティ測定にも使える、電磁無反射室 (写真)が最近広く使われるようになってきました。 写真のような新しい施設は特性が良く問題はありま せんが、古い施設には特性の悪いものが多く、ヨー ロッパでは70〜80%の施設がEMC測定に適しない のではないか、とささやかれています。このため、 これらの悪い施設をどの様に救うかが、関係者の間 では大きな問題になっています。
 

回路設計段階でEMC対策を
 機器のEMC対策は、通常、システム段階で妨害 波測定を行い、その結果に基づいて行っています。 しかし、このように完成品に近い状態で 対策を施すのは至難の業で、極めて効率 が悪くなります。このため、プリント基 板の段階でEMCを考慮した回路設計を 行うのが望ましく、世界中でそのための ソフト開発が取り組まれています。最近 になって、汎用ソフトがカナダの一企業 から始めて市販されました。このソフト では、コンピュータ画面上でICの種類 や位置を変えたり、また配線を変えたり すると、それに応じた妨害波レベルの予 測値が計算され、許容値を満足するか否 かが直ちに表示されます。このソフトが 実際にどれほど役立つかは未知ですが、 今後も様々なソフトが開発されると思い ます。

(標準測定部長)



≪長期研修者感想≫

Seungwon Choi

 私がはじめてこの穏やかでよくまとまった国に来 たのは、1990年の春3月のことでした。私と私の妻 は新しい日本の生活にとても興奮していたので、3 人のこどもと2つの大きな手荷物をかかえてどのく らい疲れたかははっきり覚えていません。笹岡室長 さんは親切に成田空港に出迎えて、小金井の新しい 住まいまで連れて行ってくれました。以前に日本に 滞在したことはなかったのに、小金井ははじめての ような気がしませんでした。東洋の人たちになにか 共通するフィーリングがあったのかも知れません。
 私たちの新しい生活は、笹岡さんが予め手配して いた狭いけれども効率的な間取りのアパートで始ま りました。そしてまずはじめにしなければならな かったことは、幼稚園さがしでした。CRLからのす すめもあって、教会の幼稚園にしました(のちにそ こは日本語の全く話せない息子にとって、最適な場 所だとわかりました)。もし幼稚園の人たちの特別 なお世話がなかったら、息子は日本に順応するのに とても苦労したことでしょう。いまは市立小学校の 1年生になり、たくさんの友達ととても仲良くやっ ています。こどもたちが一緒に遊んでいるせいで妻 もたくさんの日本人の奥さんと知り合いになりまし た。そのほかにも、多くのよき隣人たちを得まし た。こういう人たちにお世話になって何とお礼を いってよいかわかりません。生涯の友になるには19 か月は十分ではないけれど、隣人の何人かはずっと 覚えていることだろうと思います。前にも述べたよ うに、韓国と日本にはいろいろな点で共通すること も多く、私たちが親しくなったようにもっと結びつ きが強くなり得ることでしょう。いったんお互いに 友人になろうと思えば、韓国と日本の親交は比較的 容易にできます。

 ところで、私のCRLにおける研究はおもに適応 信号処理と適応アルゴリズムの移動通信などへの応 用です。私が日本で研究しようと考えた一番の理由 は、シラキュース大学でドクターをとるために過ご した時のように純粋に理論的あるいは数学的なこと をやるより、もっと実用的で直接応用のできること を学んでみようと思ったからです。日本の様々な電 化製品などのことを見たり聞いたりして、日本は実 際的な経験を積むにはもってこいのところだと思い ました。CRLに蓄積されたそのような実用化技術を 学ぶことを期待しました。ところがCRLに来てか ら、そのようなプランを実現するのは困難だとわか りました。実際、私はCRLの研究開発には従事で きませんでした。CRLのスタッフと研究をともにす るのに、言葉の問題は最も大きな障害のひとつでし た。日本語が話せればもっとよかったのにと思いま す。もうひとつの理由は、各室員の研究は細分化さ れていて、研究者相互の交流があまり活発でないこ とです。一人ひとりが独立して研究しているのは CRLの利点のひとつですが、しかし同時に、活発な ディスカッションの大きな障害にもなり得ます、は じめの意図は十分に達成できなかったけれども、 CRLにおける独立した自由な研究環境によって、私は 多くの違った視点から自分の研究してきたことをな がめることができました。
 最後に私と妻の心からの感謝の気持ちを日本でお 世話になったすべての人たちに送ることでこの稿を 締めたいと思います。ほんとうにどうもありがとう ございました。

 

CHOIさんの紹介
 CHOIさんは、韓国電子通信研究所(ETRI)の主 任研究員ですが、科学技術庁特別研究奨学制度 (STAフェローシップ)に基づく招へい研究者として、 平成2年3月から2年間の予定で通信総合研究所に 来られ、以来、アダプティブアルゴリズムの陸上移 動通信への適用に関する研究をされています。



≪随筆≫

構内の花に魅せられて

早川 澄子

 先日、当所見学のための来訪者とともに、道路を 隔てた武蔵野の面影の残る雑木林を通りぬけ、宇宙 光通信地上センターヘと向かった折、皆さん異口同 音に「素晴らしい環境ですね。」とおっしゃられた。

 雑木林の辺りは、殊の外都会の喧騒から逃れた静 かな自然環境が保たれており、この恵まれた得難い 財産は、いつも私たちにほのぼのとした心のやすら ぎと豊かさを与えてくれている。

 また、構内には、種々の木々や花々があり、季節 の移り変わりとともに、私たちの目を楽しませてく れる。毎年2月から3月にかけて、3号館の南側の 紅梅、薄紅梅がほころぴ、えもいわれぬ美しさとと もに、馥郁たる香りが漂ってくる。春の訪れを待ち わびているとき、梅の開花は、それにふさわしいプ レゼントといえよう。百花繚乱の春には、雪柳、ぼ け、れんぎょう、桜、もくれん、藤、つつじなどが 紅、白、黄色とカラフルに咲き競う。続いて、紫陽 花、夾竹桃、むくげなどの花が咲き、そして散って いく。

 食堂の近くに見事に咲き誇っていたさざん花が、 今は大分散り、辺り一面撒いたように紅の花びらに 彩られている。そして、そのさざん花の側に、目も 鮮やかな黄色に染まった銀杏の木が、青空目がけて しやきっと立ち、地面は黄色のじゆうたんを敷いて いる。散り果ててなお、紅と黄色の美しさを保ち続 けているさまは、けなげさを感じさせる。

 さて、構内の花との出会いについて触れてみたい。

 随分昔のことであるが、秋の文化展開催のとき、 生け花の出品を勧められたことがあった。そのとき は開催間際のこともあって、早速花材集めに構内を 散策した。すすき、われもこう、ほととぎす、水引 草、あざみなど野に咲くこれらの花々を生けて感じ たことは、なぜ私は今まで野の花に振り向かなかっ たのだろうという思いであった。それは、大事に育 てられた店頭の花にない素朴さと可憐さとそして計 りしれない野趣があり、思いがけない発見に心がと きめき、それ以来野の花に魅せられている。

 昭和47年、当所で初めて電波研親睦会が開催され たときのことである。上田元所長から寄贈の見事な 花瓶の披露を兼ねて花を生けてほしいとの依頼が あった。それは、円形の花瓶で鶴が羽ばたいている 図柄であった。円は、円満かつ和であり、鶴は、吉 兆かつ永遠なる発展を表しているように思えて、そ れなりの心の準備で花材集めにとりかかった。花材 は研究所の息吹きが感じられる構内のものを選び、 最終的に決めた主な花材は、松であった。ひばの青 さも美しいが、品格において松にはかなわない。自 由奔放に育った松の枝で、限りない躍動感と発展を 表現したつもりである。また、結実、成就、情熱を 願って赤い実もののピラカンサスを加えたことを覚 えている。それ以来外での開催を除いて、花材集め などに協力していただいた多くの方のおかげで、寄 贈の花瓶と構内の花材を用いた生け花が、毎回親睦 会会場にお目見得している。

 世阿弥の「花伝書」の中で、「時分の花は、誠の 花にあらず」というくだりがあるが、この教えのよ うに、生け花は、精進してこそ誠のものとなること を思えば、前途は程遠い。生け花の本質は、その季 節にしか得られない花と作者との一度限りの出会い である。花との対話で、「この方が綺麗でしょ。もっ と面白くなるから発想の転 換をしたら……」とささや きかけてくれる。花をどの ように生かせばよいかは、 人にも言えそうである。

(総務部 庶務課 庶務係長)



短 信



CCIR SG4会合


 CCIR(無線通信諮問委員会)は、国際連合の下部機関 である国際電気通信連合の無線通信に関する国際的な技 術基準について審議する委員会である。そのCCIRのS G4(第4研究委員会)会合が、スイスのジュネーブで 11月4日から7日にかけて開催され、当所からは小坂国 際協力調査室長が出席した。SG4は、電話、データ、映像 信号などの通信衛星を使用した固定地球局間の通信(固 定衛星通信業務という)を所掌している。
 会合では、昨年のCCIR総会で決定された新しい作業 方法に基づき、東京などで開かれた小グループでの作業 結果を含む約100件の寄与文書が審議された。その結果、 41件の勧告案と31件の研究課題案(いずれも改訂を含 む)が承認された。これらは、地球局アンテナなど技術 的な特性のほか、通信回線の稼働率、干渉規格、他の通 信システムとの調整の問題など多方面にわたっている。
 なお、承認された勧告案とほとんどの研究課題案につ いては、今後各国主管庁(日本の場合郵政省)による郵 便投票にかけられ、正式な決定がなされる。


CCIR JWP10-11S会合


 衛星放送の技術及ぴ運用に関する国際標準化を審議す るCCIR JWP-11S会合が、スイスのジュネーブで11月7 日から20日にかけて開催され、当所からは福地主任研究 官(放送技術研究室)が出席した。
 本会合では、既存のレポートから勧告にふさわしい内 容を抽出し、多くの勧告案を作成することに重点が置か れた結果、衛星放送における品質劣化軽減技術等、10の 新勧告案が作成された。この中には、狭帯域HDTV放送 方式の勧告案として、日本方式(MUSE)及びヨーロッパ 方式(HD-MAC)の2勧告案が含まれている。
 また、新しい衛星放送サービスヘの期待を反映して、 UHF帯による高品質ディジタル衛星音声放送、スタジオ 品質相当の高品質なHDTV放送を目指す広帯域HDTV衛 星放送に関する各国の研究成果が報告され、それぞれの レポートの大幅な改訂案が作成された。
 これらの新勧告案等は、1992年5月に開催される予定 のCCIR SG10及び11の会合にて審議されることとなっ ている。


第81回研究発表会を開催


 平成3年秋季研究発表会(第81回)が去る11月6日に 当所の大会議室で開催された。
 春野所長の挨拶に続いて牛前中の発表は、「真空紫外 コヒーレント連続光の発生(速報)」、「光と電波の境界 領域における分光計測技術」、「ラージル-プアンテナに よる妨害波測定」そして「円筒面走査近傍界アンテナ測 定システムの開発」の発表を行った。
 午後からは、「オーロラ観測衛星(EXOS-D)の成果」、 「惑星電離圏のモデリングの研究」、「航空機搭載用映像 レーダによる雲仙普賢岳の観測(速報)」そして「国際 地球回転事業(IERS)VLBI技術開発センターとして研 究計画」についてそれぞれ発表した。
 外部から100名以上の方々が来聴され、発表について 活発なご意見ご批判を頂いた。これらの多くの貴重なご 意見を参考にして、今後も充実した研究発表会にしてい きたい。


第33次南極地域観測隊出航


 1991年11月14日正午、東京晴海埠頭から第33次南極地 域観測隊を乗せ、「しらせ」が出航した。全長134m、全 幅28mの巨体がオーストラリアのフリーマントルを経 由し、14,000qの海路を経て、12月上旬南極圏にはい る。
 今回の観測には、当所から、宙空部門(オーロラ、地 磁気観測等、地球物理系)のチーフとして南極3度目の ベテランである山崎一郎主任研究官、気水圏系(大気、 水、氷雪関係)隊員としてアイスレーダによるクレパス 探査の実験を行う前野英生技官、通信総合研究所が当初 からおこなっている電離層定常観測及び昭和基地郵便局 長として鎌田満博技官の3名が参加する。
 今回の観測隊には日本観測隊史上2人目の女性隊貝が 参加することもあり、たくさんの報道陣が詰めかけ、大 変にぎやかであった。新しく完成した送迎デッキは屋内 で天井が低い事もあり、例年見られた胴上げなどの派手 な送迎は見られなかった。
 健康に留意し御活躍されることをを期待したい。


成層圏ピナツボ火山雲の我国最北の地
−稚内電波観測所−における観測


 最近の夕焼けは、新聞にも報道されているように大変 きれいだといわれている。これは、今年6月にフィリピ ン、ルソン島にあるピナツボ火山噴火による成層圏火山 雲によるもので、噴火によって大量のSO2ガスが、成層圏 に注入され、成層圏において火山雲を形成する硫酸水溶 液の微粒子に変化しながら徐々に地球全体を覆ってきて いるためである。衛星からの観測によれば、成層圏に注 入されたS02ガスの量は今世紀最大であると報告され、 地球環境への影響が問題となってきている。火山雲の観 測にはレーザー光を成層圏にある火山雲に当て、その散 乱光の強度からその量を測定するライダー(レーザレー ダとも言う。)観測が大変有効な手段で、通信総研で も我国最北の地に観測所を有する利点を生かして9月よ りライダーの観測を続けている。北緯45.4度にある椎内 でも11月に既に通常の百倍以上の値になり、これはまだ 増加する方向にあることが確かめられている。


『陸上移動多重路伝搬実験』


 総合通信部通信系研究室では10月26日と27日に小金井 市内において多重路伝搬実験を行った。
 陸上移動通信において、受信局には周囲の建物や地物 などによる反射、散乱および回折してきた複数の電波が 到来する。このように電波の伝搬経路が複数ある場合を 多重路と呼ぶ。多重路を通って受信された個々の電波は、 強度と送信時からの遅れ時間がそれぞれ異なる。さらに 無線機の移動により多重路の状況が常に変化し、それに ともない受信波の強度と周波数特性が変化し、通信を行 う上で大きな影響を与える場合がある。また、将来は情 報の多様化および情報量の増大に伴って伝送速度が高速 になることが予想され、多重路の影響を受け易くなる。
 そこで、多重路による情報品質の劣化を防ぐ技術を開 発するため、多重路伝搬特性を解明する必要がある。当 研究室では、マイクロセルやピコセルをサービスゾーン とする伝送速度が1Mbps以上の高速ディジタル通信シ ステムの実現に向けて、多重路伝搬特性の解析を行って いる。今回の実験は、屋外においてアンテナ高を30m以 下の範囲で変えたときの多重路伝搬特性の変化を調べる ためのものである。今後も屋外や屋内における各種の条 件下で伝搬実験を行う予定である。


電界強度測定器較正システムの較正実験


 較正検定課において電界強度測定器の較正業務に使用 している較正システムは、経年変化により較正精度が低 下するので、定期的に電界強度標準(標準アンテナ)を 使用して、較正システムのアンテナを置き換え法により 校正する必要がある。標準アンテナは、周液数の選択性 に乏しく、混信波や電波雑音の影響を受けて誤差を生じ やすいため、電磁環境の良好な場所で使用しなければな らない。
 今年度の定期較正は、実験場所として最適な条件を備 えた岡谷市にある長野県精密工業試験所のオープンサイ トを借用し、測定技術研究室及び(財)無線設備検査検定協 会の協力を得て、10月14日から10月19日まで6日間の日 程で行った。中央道の閉鎖により到着が遅れたのと雨天 で実施できない日があったが、較正システムの較正実験 を無事終了した。


▲電界強度測定器較正システムの較正実験の様子


オーストラリアで移動体衛星実験


 さる平成3年9月25日から10月5日まで、オーストラ リア(シドニー)において技術試験衛星X型(ETS-X) を用いた通信・測位実験を行った。本実験は当所と電波 システム開発センター(RCR)及びAUSSAT(Australia's National Satellite System)との共同研究として 行われ、当所から大森(衛星通信研究室)、山本、田中 (宇宙通信技術研究室)が参加した。
 実験はAUSSAT MOBILESAT Groupと共同で進めら れ、シドニー市街及び周辺において走行実験を行い、基 礎データを取得した。また、10月3日には、ニューサウ スウェルズ大学において多数の関係者を集め、当所が開 発したLバンド車載用フェーズドアレイアンテナ及びア ンテナ追尾システムの講演とデモンストレーションを行 い、高い関心と評価を得た。
 AUSSATでは平成4年3月中旬にAUSSAT-B1、8月 頃にAUS-SATB2衛星を長征(中国のロケット)を使っ て打ち上げ、本格的な移動体衛星通信サービスを開始す る予定になっている。


▲実験風景