彗星の力学進化解析プロジェクト


吉川 真

1.はじめに
 太陽系の中には惑星から惑星間塵まで様々な階層 の天体があるが、その中でもとりわけ目だつ存在と して長い尾を持つ彗星がある(表紙写真 東京大学 理学部木曽観測所所撮影:擬似カラー)一般に彗星 本体(核)は数qの大きさにすぎないが、太陽系 形成時の始原物質をとどめていると考えられてお り、太陽系形成を探る上で重要な天体である。
 彗星には、数年程度の周期で太陽の周りを公転し ているものから、一度太陽のそばを通り過ぎた後2 度と戻ってこないようなものまである。このように いろいろな公転周期を持つ彗星があるが、便宜上公 転周期が200年以下のものを短周期彗星、それ以上 のものを長周期彗星と呼んで区別している。現在の ところ短周期彗星は160個ほど発見されており、 我々はこれらすべてについてその軌道の約4400年に わたる変化を解析した。以下では、この解析につい ての概略をまとめてみることにする。なお、この解 析プロジェクトのことを我々は“Cosmo‐DICE” (DICEとは、Dynamical Investigation of Cometary Evolutionの頭文字をとったもの)と呼んでいる。 [中村 士(国立天文台)・吉川 真、Publications of National Astronomical Observatory of Japan Vol.2,pp.293〜383(1991)]

2.軌道計算の方法
 太陽系内の天体の運動を調べる場合には、一般に N個の質点が万有引力で相互作用している系(N体 問題)を考える。もちろん、扱う問題によっては、 天体の形状によって重力場が質点のまわりの場合よ りも複雑になっている効果を考慮したり、太陽の輻 射圧の効果など重力以外の力を考慮しなければなら ない。また、より正確にはニュートン力学ではなく て相対論で解く必要がある場合もある。しかし、こ こでは問題を単純化して、惑星は9個の質点とし、 太陽と惑星がつくる重力場の中を軽い(質量を0と みなせる)彗星がニュートン力学で運動するとした。 解析はニュートンの運動方程式を数値積分で解くと いう方法で行った。彗星は太陽に近づいたときガス を噴出するので厳密にはこのジェット効果を考慮し ないといけないが、ジェットによる軌道への影響は 一般にあまり大きくないしまた、ジェットに よる力を正確に知ることは不可能なのでここで は省略した。
 軌道計算はBC1411年からAD3002年まで について行った。この期間については、惑星 の運動を精密に計算したデータがあるので惑 星についてはそれを利用したのである。数値 計算のアルゴリズムは外挿法と呼ばれる高精 度の方法を用い、さらに精度を保つために計 算は4倍精度で実行した。

3.計算結果
 彗星の運動の特徴を一言でいえば、軌道の 変化がカオス的(運動の長期予測が不可能な 状態)でありかつ変化が激しいということに なる。これは、彗星と同じような太陽系の微 小天体である小惑星の運動とは全く異なった 特徴である。小惑星の場合には、一般的にそ の運動は規則的であり、軌道の変化もあまり 大きくない。この違いは、彗星は惑星(特に 木星)に接近しやすいが、小惑星はそうでは ないということによる。この性質を直感的に 理解するために、彗星および小惑星の空間分 布を

図1、図2に示してみた。これらの図は 1992年2月6日の天体の位置を黄道面(地球の公 転軌道面)に投影したものである。これらの図 を比較してみると、小惑星の場合は木星の周り を避けて分布しているのに対して、彗星ではそ うはなっていないことがわかる。もちろん、こ の図は投影したものであるから彗星の場合に本当に木 星のそばにあるかどうかはわからないが、実際、小惑 星は木星にほぼ1天文単位(約1億5千万q、地球か ら太陽までの距離)以内には近づかないが彗星では そうはなっていないということが知られている。


図1 短周期彗星の分布(1992年2月6日の位置を黄道面に投
   影した図。円は水星から木星の軌道を示す。)


図2 小惑星の分布(図1と同じ時刻における位置を示す。)

 計算で求められた軌道要素の変化の例を図3に示 す。この図では、彗星の軌道長半径(a)の時間変 化が示してある。一般に大陽系内天体は太陽の周り を楕円軌道に沿って運動しているわけであるが、そ の楕円の長軸の半分の長さが軌道長半径である。実 際は惑星からの力のために彗星の軌道は厳密な楕円 になるわけではないが、瞬間瞬間で彗星の位置およ び運動を示す楕円軌道が定義でき、その長軸の半分 の長さをaとしている。単純には、図3は彗星の軌 道の大きさの時問変化を示していると考えてよい。
 すでに述べたように彗星の軌道変化はカオス的で あるが、その例がRUSSELL4彗星である。図3で わかるように、aの値が無秩序的に4天文単位から 12天文単位の間で変化している。大部分の彗星の軌 道はこのように変化しているのである。ところが、 中には比較的規則正しい軌道変化をするものもあ り、その例としてHALLEY彗星の結果を図3に示 してある。これら2つの軌道進化の違いは、彗星が 惑星に近づきやすいかどうかによる。


図3 彗星の軌道長半径(a:天文単位)の変化。
   横軸は時間で西暦の年を示す。

 そのほか特徴的な変化として、LOVAS2彗星のよ うに非常に大きな軌道から小さな軌道へと進化した ような振る舞いを示す彗星もいくつか見られた。ま たTRITTON彗星のように、軌道進化の途中で木星 と共鳴関係になるような例もかなりあった。ここで 共鳴関係とは、木星と彗星の公転周期が簡単な整数 比になることを言うが、TRITTON彗星の場合は西 暦500年以降、木星と2:1の共鳴関係になってい る(aの変化が周期的になっているところ)。
 図3に示したものはほんの一例であり、このほか 様々な軌道変化が計算で明らかになっている。

4.観測できない彗星の数の推定
 ここでの計算により、多くの彗星の軌道はカオス 的に変化し、その変化量はかなり大きいということ がわかった。一般に、彗星は太陽系の遥かかなたか ら太陽に向かって落ちてきて、そのうちの いくつかは惑星の摂動で太陽系に捕まえら れると考えられている。捕まえられた彗星 は、場合によってはさらに木星をはじめと する惑星の影響を受けて太陽の近くを通る 軌道にまで変化する。そのような軌道にま で彗星軌道が進化すれば、彗星は明るく なって発見されるわけであるから、太陽系 に捕まった彗星がどのくらいの‘確率’で 太陽に近づくようになるのかがわかれば、 現在発見されている数より本来存在してい るはずの彗星の個数が推定できる。我々の 軌道計算のデータよりこの数を見積もって みると、発見されている1つの短周期彗星 に対して20個以上の観測されない彗星があ りうることがわかった。
 現在の技術では遠方にある暗い彗星を観測するこ とはできないが、今後の探査技術や観測技術の向上 によりこれらの見えない彗星が見えてくることを期 待したい。

5.おわりに
 ここで示したように彗星の運動は非常に複雑であ るため、彗星はその軌道進化を予測することが難し い天体である。彗星の振る舞いをたとえて言えば、 彗星はまさに宇宙のさいころ“Cosmo-DICE”と言 うこともできる。彗星という天体は、物理的にもお もしろいが、力学的にみても非常に興味深い天体で あり、今後太陽系の起源や進化を調べていく上で重 要な役割を持つ天体である。

(関東支所 宇宙制御技術研究室)




≪平成4年新規項目≫

静止衛星のクラスター制御の研究


川瀬 成一郎

1 「クラスター」とは?
 通信総合研究所では平成4年度から、クラスター 衛星システムによる宇宙通信の研究を開始する。ク ラスターとは、

図1に示すように、静止軌道上に中 小規模(数百キログラムないし大きくても1トンを 超えない程度)の衛星を多数配置したシステムであ る。これらの衛星を常にひとかたまりの集団として 動作するように制御したならば、通信ユーザにはあ たかもひとつの大容量通信衛星が動作しているよう に見える、というものである。これを日本語では「分 散衛星」と称している。ではなぜ今までは無かった このようなシステムを作ろうとするのであろうか?


図1 クラスター衛星システム

 第一にそれは、衛星の故障の際の通信機能の信頼 性、生き残り性が格段に向上するためである。一昨 年から昨年にかけて、多数の通信・放送衛星が打上 げに失敗したのをはじめとして、運用中に突如制御 を失ったり、遠隔操作データが止まった、電源が不 足した等色々な故障が続いたために、宇宙通信に対 する危機感が高まったことはまだ記憶に新しい。こ れらの一連の故障は、電源や姿勢制御、遠隔操作機 能など衛星の「バス系」と呼ばれる部分、および打 上げロケットに発生していることが特徴で、衛星上 で通信サービスそのものを行う無線中継器やアンテ ナ系は最近ではめったに故障が起きなくなってい る。システム信頼性の向上のためには、信頼度が低 い部分を多重構成にする、従ってこの場合は衛星を 多数に分散化するのが最も効果的であることにな る。
 第二に、クラスターとして複数の衛星を用いるこ とで、これまで単一の衛星では実現できなかった高 機能・柔軟な通信サービスが可能になる。たとえば、 各々異なる周波数帯や通信方式、サービスエリアを 持つ衛星を集団化することによって複合度の高い通 信ミッションが実現できる。多数の衛星のアンテナ を電気的に合成することができれば、軌道上にきわ めて大きなアンテナを 置いたのと同等の効果 が得られ、個人向けに 通信しつつ発信位置を 即時探知する様なこと も可能になる。しかも このシステムは限られ た能力の中小ロケット でも段階的に打上げ構 築でき、通信需要の動 向に従って衛星を入れ 替えつつ徐々にシステ ム構成を変化させてい くこともできる。つま り、リスク分散のため に衛星を複数としたことをさらに積極的に利用して この様な利点を生み出すのである。
 衛星の高信頼性あるいは高機能のどちらか一方を 追求するだけならば、在来衛星技術の考え方で足り るであろう。その両者を同時に実現できるというと ころがクラスターシステムのポイントである。

2 研究開発課題
 クラスターシステムを実現するためには、次に示 すように二つの技術的課題を解決する必要がある。
 

(1)軌道制御技術
 衛星の集団がユーザからは常にひとつの衛星とし て見える様に、アンテナのビーム幅よりも狭い範囲 に全衛星の軌道を制御しなければならない。実際に は軌道の割当て規則により幅0.2度より小さな領域 に保持することになる。衝突を避けつつ集団を維持 し、衛星間通信回線の保持あるいは衛星間でのアン テナ合成を行うには、各衛星相互間においてきわめ て精密な軌道制御が求められる。つまり、システム 運用の全期間にわたって多数衛星の精密ランデヴを 続行しなければならない。静止衛星を各個別に管制 する技術は相当に成熟しているが、この様な衛星の 相対軌道制御技術はまだ未開拓である。
 

(2)通信制御技術
 集団配備された衛星により通信システムを形成す るには、各々の衛星上の通信機器を連携動作させる ための制御技術が必要である。衛星の故障の際に ユーザへの障害が最も軽微となる様に中継回線を動 的に割当制御するシステムをはじめとして、複数の 衛星および異種ミッション間にまたがる交換システ ム、さらに衛星間におけるアンテナ合成はこれまで 無かった新しい研究課題である。
 当所には衛星通信ならびに衛星管制の実験研究の 蓄積があるのでそれを活用してクラスターシステム を研究して行く方針であるが、4年度はまず軌道制 御に関する基本検討を行い、5年度から精密軌道制 御システムおよび通信制御システムの本格的な研究 に入る予定である。
 ここでは以下、軌道制御技術の研究について概要 を紹介する。通信制御技術については後日改めて解 説したい。

3 クラスター軌道制御の研究開発
 精密な軌道制御のためには、まず衛星相互の位置 と動き方を正確に知ること、つまり相対軌道決定が 最も肝要である。精度ができる限り高く、しかもそ の精度が安定して持続できるような軌道決定方法を 見いだすことが課題となる。従来方式の延長として、 例えば多数の追跡局を動員するのは運用コスト・時 間の上で難しく、また精密追跡の得意なレーザ・光 学追尾は天候の制約がある。そのため本研究では、 差動型の電波干渉計を新しく開発し、衛星の相対位 置を直接検出することを計画している。電波干渉計 は

図2のように、離れたアンテナで信号を受けて位 相差から信号到来方向を求めるものであるが、ここ では複数の衛星に対して同時に受信測定を行い、衛 星方向の差を測定値として検出するのである。一般 に地上からの衛星追跡には、気象条件や追尾装置の 器械誤差にともなってどうしても越えられない精度 限界があるが、この様に差動的な追尾を行うことに よって各々の衛星に共通した追尾誤差が完全に除去 されるために、相対軌道決定において高い精度が期 待できる。具体的には衛星の位置関係を数十メートルの精 度で検出することを目標としている。静止軌道上に ある衛星の中から接近して並んでいるものを選んで 受信し、相対軌道決定実験を行う。干渉計は電波の 受信だけで動作するので、特に衛星を選ばない。達 成可能な相対軌道決定の精度が確認されたならば、 それをふまえて次に衝突や干渉から最も安全な集団 保持の制御方法や最適な配置形状を理論的に求め、 また衛星間通信回線の相互指向保持や衛星間アンテ ナ合成のための軌道配置の制御方法を研究する。そ の際、衛星の燃料消費量を最小とするような制御方 法を導き出すことは実際問題として重要である。こ のようにして作り上げたクラスター衛星の相対軌道 決定・相対軌道制御の方法は、そのベースとなる軌 道決定精度を推測ではなく実験で確認しているため に信頼度が高く、実際の衛星運用に即適用可能であ ると期待できる。


図2 差動型電波干渉計の原理
   (φは位相計、△は差動計)

 地上からの追跡に基づいた軌道制御とは別に、衛 星上にて自律的にクラスター制御を実行させるとい う考え方がある。特に、衛星に光学センサーを持た せて相互に画像を観察することにより、オンボード で相対位置を推定し自動軌道制御を行うような方式は、 衛星数が地上管制局では集中管理しきれないほど多 数になれば必要となって来よう。このような制御方 式は、いずれは実験衛星を打ち上げて実証する必要 があるが、それに先立つ基礎研究として、先ずは実 験室的なモデルによってシステム概念をテストす る。当ニュースNo.179(91年2月)に紹介した「軌 道工学試験装置」は、センサー等を取り付けたモデ ル衛星を軌道法則に従って運動させることができる ので、そのようなテスト実験を行うのに適している。 このようにして、地上追跡ならびに衛星間追跡の双 方に基づいたクラスター軌道制御技術を作り上げて 行きたいと考えている。
 クラスター軌道制御の研究には、注目すべき波及 効果がある。周知の通り静止軌道は限られた容量し かないために混雑化が進んでいるが、精密な相対軌 道決定の開発によって、軌道に収容できる衛星の総 数を飛躍的に増大させることができる。とくに地上 追跡による方法は衛星に特殊な装置を取り付けなく ても実施できるので、今後の軌道の有効利用に貢献 できるであろう。

4 まとめ
 静止衛星、なかでも通信衛星は、これまでひたす ら大型重量化を目指して来た。それによって通信コ ストが下がり宇宙通信が急速に普及発展してきたこ とは事実であるが、その一方ではシステムの生き残 り性や運用の柔軟性などの面で一極集中システムゆ えの問題点も現れてきた。集中型から分散型へとい う移り変わりは現代のシステム技術全般に見られる 大きな流れである。クラスターシステムの研究は、 この流れを宇宙通信にも導入することによって新し い方向を開こうとするものである。

(鹿島宇宙通信センター 宇宙制御技術研究室長)




≪平成4年新規項目≫

ミリ波構内通信の研究


手代木 扶

 「ミリ波の研究」は古くて新しい課題である。当 所にとって新たな周波数領域を開拓し、通信や様々 な電波利用の可能性を拡大することは既利用周波数 帯の有効利用と共に、最も根源的使命であり、これ までも幾多の研究を行ってきた。

 ミリ波は30から300GHzまでの広い周波数帯域に わたっているが、現在使用されているのは50GHz 簡易無線局がほとんどで、これとて2000局に満たな い状況である。昨今の自動草電話・携帯電話の急速 な伸びによって、低周波数帯の逼迫が深刻になる中 で、ミリ波はまさに広大な資源を埋蔵する周波数の 処女地と言える。

 近年、情報通信の高度化、多様化の中でオフィス におけるOA機器間やホストコンピュータとのコー ドレス通信や画像伝送等、近距離空問での大容量無 線伝送のニーズが増大してきた。このようなシステ ムに対して、ミリ波はその伝搬特性、大容量性や機 器の小型化という特質の故に大変有望と考えられ、 ミリ波の開発利用の動きが活発になってきたが、当 所でもこれまでのポテンシャルを基礎に平成4年度 から「ミリ波構内通信技術の研究開発」のプロジェ クトを正式に開始することとなった。

 本稿では当所のこれまでの研究とミリ波をめぐる 国内の最近の情勢、ミリ波構内通信研究の課題と研 究計画の概要について紹介する。

 当所では、昭和52年にETS-U衛星の34.5GHz ビーコンを用いて伝搬実験を行ったのをはじめ、そ の後ミリ波の大気伝搬特性の研究を行い、昭和58年 度に創設された50GHz帯簡易無線局制度の実現に 大いに寄与した。その後、昭和61年から、センシン グや通信などの利用を進める際の基礎となる散乱の 実験研究を続けている。また、平成2年度からオゾ ン層破壊に関連した微量ガスのミリ波リモートセン シングの研究も行っている。

 一方、衛星通信の分野ではETS-Y計画でミリ波 を用いた衛星間通信やパーソナル通信、また COMETS計画で移動通信等多彩な研究が計画されてい る。

 郵政省ではミリ波の開発利用を促進するため、昭 和52年から電波利用調査開発研究会において調査研 究を実施してきた。最近では59年度から「ミリ波セ ンシングシステム」の調査を行い、平成3年に大変 内容の充実した報告書を作成している。また、最近 ミリ波開発利用への期待が社会的に高まる中で、関 連機関が相互に連携を図り効率的に研究開発や情報 交換を行う目的で、昨年11月「ミリ波開発利用促進 協議会」が設立され、活動を開始している。

 研究開発機関としては、基盤技術研究促進セン ターの出資により、昭和63年に潟鴻{テックが、ま た昨年潟~リウェイブが設立された。後者はミリ波 利用を進める上で最大のネックとなっている経済的 な集積化デバイスの開発を目的としており、その成 果は内外から大いに期待されている。

 「ミリ波構内通信」を通信の発展の流れの中で捉 えると、来るべき広帯域ISDNの一部を担う無線メ ディアのニーズが顕在化し始めたと解することがで きる。新しい時代の通信の幕開けである。一方、O A機器やパソコンが無線で接続されることは、オ フィス内のレイアウトの変更を容易にし、人間の活 動パターンを変えていくことになろう。新しい通信 システムのインパクトは非常に大きいのである。

 しかしながら、ミリ波技術は未成熟な段階にある ため、今回のプロジェクトではミリ波構内通信の要 素技術である、伝搬、通信方式、アンテナ等の研究 を総合的に推進することとしている。

 まず、最初は屋内、構内での伝搬特性の解明に着 手する。60GHz付近には酸素分子の吸収線があり、 あまり遠くには伝わらない。電波干渉やセル構成の 点からこのことは極めて重要である。伝搬の研究は エリヤ内での伝搬を調べるだけでなく、エリヤ外で いかに伝わらないかを明らかにすることも課題であ る。屋内での多重反射は使われる場所や建材に大き く左右されるので、伝搬の研究は郵政研究所や建設 会社と共同研究を含めて実施することにしている。

 また、ミリ波では人間が歩きながら移動しても非 常に速いフェージングが生じる。通信方式ではこの ような環境下でも安定した高速ディジタル伝送を実 現する変復調方式の開発が中心となる。アンテナに ついてはミリ波に適したパッシブなアンテナは勿論 であるが、より進んでHEMTなどの集積化ミリ波 デバイスと一体化したアクテイブアンテナの研究も 計画している。

(通信技術部長)




≪平成4年新規項目≫

STEP計画への取り組み


丸橋 克英

 STEP計画(Solar Terrestrial Energy Program: 太陽地球系エネルギー国際協同研究計画)は国際学 術連合(ICSU)が進める国際協同計画であり、 1990年から1995年の6か年計画として、すでに世界 各国が参加してスタートしている。STEP計画は、 太陽から惑星間空間、磁気圏、熱圏・電離圏、さら に下層の中間圏、成層圏、対流圏を太陽地球系とい う一つのシステムとしてとらえ、そこでのエネル ギーと物質の流れを決定づける機構を定量的に解明 することを目指しており、これまでICSUが実施し てきた数々の国際協同研究計画の総決算と位置づけ られている。

 日本のSTEP計画は以下の7つの研究課題のもと に実施されている。
 1)太陽活動
 2)惑星間空間、磁気圏及び電離圏結合
 3)熱圏及び電離圏結合
 4)中層大気上下結合
 5)太陽活動への大気応答
 6)太陽地球系システムのモデリング及び理論
 7)データ交換ネットワーキングによる太陽地 球系エネルギー情報処理
当所は、太陽地球系物理学の研究者層の厚さを生か し、これら7つ研究課題のすべてにわたって、積極 的に参加し、研究を進めている。

 STEP計画における当所の研究計画では、
 (1) 宇宙天気予報計画のもとに平磯センターを 中心に整備を進めてきた太陽観測施設、デー タネットワークの利用ができること
 (2) 鹿島宇宙通信センターの34mパラボラアン テナや、宇宙光通信地上センターの諸施設等、 当所の誇る施設の利用ができること
 (3) 地方電波観測所を活かした地上観測網が整 備できること

など、当所の多くの利点が活かされている。そのほ か、宇宙科学研究所、国立極地研究所、その他の機 関のSTEP関連研究計画にも参加している。

 ここで、STEPの研究課題のいくつかについて、 当所の研究担当者が進めている研究の特徴を紹介し よう。(図1参照)


図1 STEP計画概念図

 1)太陽フレア予知の研究(課題1)
宇宙天気予報の最重要課題として太陽フレアの予知 を目指す。太陽を光と電波で同時に観測することが 特徴である。太陽光球の磁場、彩層の運動、加熱等 の研究を進める。平磯センターの施設を利用する。
 2)太陽風加速域の観測研究(課題2)
マイクロ波帯宇宙電波のシンチレーション観測によ り、太陽風を計測する。太陽近傍の加速域が計測でき ることが特徴である。鹿島センターの施設を利用す る。
 3)惑星大気の観測研究(課題2)
レーザーヘテロダイン分光計を用いて、金星、火星 の大気を観測し、組成と運動を研究する。宇宙光通 信地上センターの望遠鏡を利用する。
 4)各種電離圏観測を主体とする研究と中層大気 の観測研究(課題2、3、4、5)
新型イオノゾンデ、HFドップラー、NNSS等の観 測網、イオノゾンデの長期データを利用する。電離 圏の研究は、STEP計画のような総合的な研究の中 で、一層その重要性を発揮する。高感度レーザレー ダにより中層大気の組成・温度も観測する。
 5)理論・モデリング(課題6)、
データ交換ネットワーク(課題7)
宇宙天気予報計画と関連して強化されている。
 おわりに、当所の関係者は、STEP計画が太陽地 球系研究の集大成として目的を果たし、人間生存に 関わる地球環境問題の総合的理解に役立つことを目 指すとともに、新しい大陽地球環境科学発展の芽を 求めてSTEP計画の実施に取り組んでいる。

(電波部長)



短 信




日韓共同VLBI観測の事前調査


 通信総合研究所と測地VLBIに関する共同研究を行っ ている建設省国土地理院は、現在、日韓共同VLBI観測 を計画している。日本と韓国が協力してVLBI観測を行 うことにより、日韓の測地網が高精度に結合され、日本 海拡大説等に関係する広域地殻変動の実測が可能とな る。しかしながら、韓国はこれまでVLBIに関し実績が ないので、この計画の実現可能性に関し、国土地理院が 国際協力事業団の経費により事前調査を行った。調査に は通信総合研究所からも雨谷研究官が同行し、主に技術 面に関する調査を担当した。調査は平成3年10月11日か ら20日にかけて行われ、韓国側の窓口である韓国国立地 理院および、VLBI実験に使用可能と思われる直径10m のパラボラアンテナを所有している韓国電波研究所で、 施設の調査および関係者との打ち合わせを行った。その 結果、韓国電波研究所の10mパラボラアンテナは、 VLBIに使用可能であることが確認された。日韓共同 VLRI観測は早ければ平成4年度にも実現する見込みである。



AGU 91秋期総会に出席して


 平成3年12月9日から13日まで、標記の学会が米国サ ンフランシスコ市で開催され、筆者はこれに研究交流促 進法により出席した。AGU(米国地球物理学連合)は 地球物理学の学会であるが、近年その分野は惑星間空間 から太陽や惑星にまで広がっており、宇宙天気予報にも 非常に関係が深い。本総会でも、昨年8月に打ち上げら れた我が国の大陽観測衛星「ようこう(Solar-A)」によ る観測結果の速報が発表され、X線で撮影された見事な 太陽像は参加者の注目を集めた。その他にも太陽関係の 研究が数多く発表され、活発な議論が交わされた。また 1991年に起こった大規模な太陽フレアが、地球周辺の環 境に及ぼした影響に関する特別セッションも設けられ、 様々な角度から検討がなされた。筆者は金星のセッショ ンで金星電離圏磁場に関する発表を行い、この分野の研 究者と意見を交わした。地球や惑星の電離圏・磁気圏の 分野では、最近、計算機シミュレーションによる研究発 表が増えてきているが、今回も様々な計算手法が紹介さ れ、非常に参考になった。

(平磯宇宙環境センター 宇宙天気予報課 品川裕之)



科学技術週間講演会の開催


 平成4年度の科学技術週間行事の一環として講演会を開 催いたします。多くの方々のご来所をお待ちしています。
日 時 : 平成4年4月15日(水)14時から16時
場 所 : 通信総合研究所4号館2階大会議室
講演題目: 「大陸移動を測る‐日米VLBI実験‐」
      講演者:標準測定部長 杉浦 行
      「光と電波による地球環境計測」
      講演者:電波応用部長 猪股 英行
        交 通 機 関
中央線武蔵小金井駅北口下車→京王バス〈小平団地行き〉
中央線 国分寺駅 北口下車→立川バス〈昭和病院行き〉
          共に通信総合研究所まえ下車