一個のイオンの捕獲と量子跳躍

占部 伸ニ

 

はじめに

 我々のまわりをとりまく自然界が原子や分子と呼 ばれるミクロなものから作られているということ は、現代に生きる我々にとっては常識となっている。 我々をとりまく大気中にも1cm^3中に10^19個という 非常に大きな数の分子が存在していることは、中学 あるいは高校の物理や化学で教わったことである。 しかしながら、現実には原子や分子の存在を実感す ることは不可能で、我々はそれが存在することを常 識としてあきらめて納得している。筆者も研究を始 めて以来、何らかの形で原子というミクロなものを 利用する研究を行ってきたが、一個の原子を取り出 して観測することができるようになるとは思っても みなかった。最近の先端技術ではそのようなことが 可能になってきているのである。

 最近のレーザ技術の進歩により、レーザ光を用い てその圧力により原子を静止させ、一個のみを取り 出して観測することが可能になってきた。原子の性 質を調べる従来の実験では、対象となる原子は数億 個以上というマクロな集団であり、またそれらは熱 連動によって激しく動き回っているものであった。 原子は光を吸収したり放出したりするが、量子力学 によるとその際に原子はエネルギー準位間で瞬間的 に量子跳躍を行い状態を変化させると言われてい る。多くの原子を観測している限り、そのような量 子的な変化は各原子からのランダムな発光の重ねあ わせにより打ち消されてしまう。しかしながら、一 個のみを捕らえそれを静止させれば、原子の量子現 象を直接観測することできる。一個のイオンを用い た量子跳躍の観測は最初に1985年に予測され、翌年 米国のワシントン大学、NIST、西独のハンブルグ大 学の研究グループによって、イオントラップ内に捕 獲されたBaイオン、Hgイオンを用いて相次いで報 告された。その後1988年にMgイオン、1990年にSr イオンを用いた報告がなされている。量子跳躍は、 実用面からも光の周波数標準への応用が期待される ため活発に研究が続けられている。通信総合研究所 では4年程前からイオントラップの研究を再開し、 レーザ冷却等の研究を行っている。本稿では、最近 我々のグループが行った一個のイオンの捕獲とレー ザ冷却及び量子跳躍の観測について紹 介する。

 

捕獲イオンの選択とイオントラップ

 

図1にイオントラップ装置、レーザ 装置及び光検出装置等の概略図を示 す。実験には捕獲する対象としてCa イオンを選択した。これは、これまで にこのイオンの捕獲やレーザ冷却の報 告が世界的になされていないためであ る。しかしながら、このイオンの場合 は冷却したり観測するために必要なレ ーザ光をすべて取扱いの容易な固体レ ーザで発生できることに特徴がある。 今後開発が進めば必要なレーザ光をす べて半導体レーザで発生できる。この ため他のイオンに比べ小型、安価で信 頼性の高いシステムを組むことかでき、今後この技術 の実用化には重要なイオンとなることが予想できる。

▲図1 イオンの捕獲,レーザ冷却実験概略図

 イオントラップはrfトラップと呼ばれるもので、 図1に示すように三枚の回転双曲面(リング電極の 半径は5mm)の電極で構成され、この中に原子ビー ムに電子を衝突させて作ったCaイオンを捕獲す る。キャップ型の電極とリング型の電極問にrf電圧 (周波数が約2MHzで振幅が約250V)と静電圧(数 V)を加える。トラップ内のイオンは加えた電場によ り振動するが平均の運動に対しては三方向に求心力 が働くため、楕円型のポテンシャルが生じてイオン は閉じ込められる。他の粒子との衝突を避けるため、 トラップは1×10^-7Pa以下の超高真空中で動作させる。

 

イオンのレーザ冷却

 イオントラップ内に生成したイオンの温度は数万 度と高いため、:多くのイオンは大きな振幅で振動し 電極への衝突によってすぐに失われる。安定に捕獲 するには、何らかの方法でイオンを冷却する必要が ある。レーザ冷却は非常に有力な方法で、これを用 いると数万度のイオンを一挙に1K(−272℃)以下 という極低温まで冷却することができる。Caイオン の場合は

図2に示す397nm(1nm=10^9m)の吸収 線を用いてレーザ冷却を行うことができる。レーザ 光は周波数が安定で微調整ができ、スペクトル幅が 数MHz以下という高性能なものを準備する。レー ザ光をイオンの吸収線の中心より数百MHz程度低 い周波数に設定しイオンに一方向から照射する。低 周波側に設定した場合は、振動しているイオンから 見るとレーザ光の周波数はレーザ光に向かって運動 している時にのみ周波数か高くなり、吸収の中心と 一致するためイオンは光を強く吸収する。一方光を 吸収したイオンはすぐに自然放出により等方的に光 を放出する。すなわち、イオンは向かってくる光子 のみを吸収し、あらゆる方向に光子を散乱・放出す るため、吸収・放出を繰り返す度に光子の運動量に 対応する運動量を失い減速される。一回の光の吸 収・放出で、減速される速度は小さいが、数万回も繰 り返すと数万度の高速のイオンを1K以下の低速 状態まで冷却できる。実験では冷却用の397nm光 を、チタンサファイアレーザの第二高調波により発 生させた。Caイオンの場合は397nm光を吸収して 上準位に上がったイオンのうち一部が寿命の長いD 準位へ移るため、冷却サイクルに戻すもう一本の866 nmのレーザ光が必要である。これには半導体レー ザ光を用い、397nm光と重ね合わせてイオンに照射 した。

▲図2 Caイオンのエネルギー準位図

 イオンが捕獲され冷却されていく様子は、イオン から散乱される397nmの蛍光信号を検出すること によって観測される。蛍光信号は非常に微弱な光で あるため光電子増倍管を用いて光子計数法により測 定する。イオンの吸収スペクトルはイオンの温度が 高い場合は数GHzという広いスペクトル幅を持 つ。イオンが冷却されるに従って吸収の中心にスペ クトルが集中してくる。このためイオンがレーザ光 を吸収する確率が大きく増加し、イオンの蛍光は非 常に強くなる。この性質を用いてイオンの冷却の様 子の観測ができる。最終的な到達温度は、イオンの 蛍光スペクトル幅から推定される。実験では十個程 度のイオンを生成し1K以下まで冷却されたこと が確認された。現在、昼過ぎに十数個のイオンを生 成し冷却を行うと、そのイオンを用いて夜中まで実 験ができるほど長く捕獲することが可能である。

 

量子跳躍の観測

 Caイオンの生成を更に減らしていくと、一個のみ のイオンを捕獲、冷却することが可能になる。この イオンに

図2に示す850nmの半導体レーザ光を更 に照射した。この光をあてると、イオンはある時間 に850nm光を吸収し、上準位 のP3/2準位を通って寿命の 長い(約1秒)準安定状態D5/2 に量子的に跳躍して移る。こ の状態に移ったイオンは発光 しないため、イオンからの397 nmの蛍光は停止する。この 準位の寿命に対応する時間が 経過するとイオンは量子的に 跳躍して基底状態に落ち、再 び蛍光を発し始める。このため、蛍光信号には二つ のレベルを持つきれいなスイッチング現象が現れ る。図3はこのようにして測定した一個のイオンの 量子跳躍の観測例である。レベルの変化はまさにイ オンの量子的な瞬間的な変化によるものである。発 光停止時間はイオンが準安定状態に滞在している時 間であり、これがランダムに分布しているのは量子 的遷移が確率過程であるためである。

▲図3 一個のCaイオンの量子跳躍観測例

 

おわりに

 量子跳躍の観測の一つの応用は準安定準位の寿命 をエレガントに測定できることである。量子跳躍を 用いた実用的な応用としては、一個のイオンを用い たレーザの超高安定化(光領域の標準)が考えられ る。Caイオンの場合は、729nmにある線幅が約0.2 Hzという非常に狭い光スペクトル(Q値は10^15)を 量子跳躍の頻度の変化で観測し、729nmのレーザ光 の周波数安定化に用いる。線幅が1Hz以下という超 高安定なレーザの開発が必要であるが、Caイオンの 場合はすべて半導体レーザのみで構成できるため、 将来的には非常に有望な方法である。イオントラッ プのその他の応用としては、質量の精密測定・分析、 捕獲イオンを用いた量子光学的な実験等の基礎分野 の研究等が考えられ、この方面でも更に研究が進展 することが予想される。当分野は米国やドイツ等の 基礎研究の進んでいる国に比べ、わが国では遅れて いたが、最近になって多くのグループが研究を開始 し研究が活発化してきた。今後は我々もこれまでに 得られた成果を基に応用面も含め更に発展させて行 きたいと考えている。

(関西支所 電磁波分光研究室)



GPS国際時刻比較の精度向上と標準供給の現状

相田 政則

1.GPSが結ぶ世界の標準時

 世界の国々では自国の標準時を決め、その時刻を 相互に比較している。当所が決定する日本標準時 (JST)もアジア、欧米諸国の標準時と比較している。 現在、国際的な時刻比較には電波航法システム (GPS、ロランC)が利用されているが、特にGPS (Global Positioning System)の利用は世界的な時 刻比較に不可欠で、現実的な時刻比較法としては最 も比較精度が高い。

 時刻比較は国際的な観測スケジュールに従って行 われ1日に28回、17個のGPS衛星からの信号を受 信している。高い比較精度を実現するためには各種 の補正や設定が必要である。中でもアンテナ位置の 設定は重要で、通常、GPSで決定できる位置精度は 100m程度である。電波は100mの距離を333nsで進 むため、この程度のアンテナ位置設定誤差があると、 時刻比較データに数百nsのばらつきが生しる。国際 時刻比較ではアンテナの位置を数m以下の精度で決 定し、比較精度を高めている。また、時刻比較では アンテナケーブル等の長さも重要で、あらかじめ遅 延時間を測定し、受信機に設定する必要がある。現 在、これらの設定や補正を正確に行うことで、遠く 離れた世界と日本の標準時は10nsの比較精度で結 ばれている。

 GPSによる時刻比較は、世界の研究機関で運用さ れる原子時計の時刻や一次標準器の周波数を高い精 度で比較することを可能にした。これによって得ら れる世界の約250台の原子時計の周波数・時刻データ はパリにあるBIPM(Bureau International des Poids et Mesures)に集められる。BIPMではこれ らのデータから時計毎に安定度を求め、ALGOSと 呼ばれる統計処理によってTAI(国際原子時)およ びUTC(協定世界時)を決定する。このようにして 決められたUTCは最も安定度に優れた世界的な時 刻の基準であり、先進国で決めている標準時の時刻 もUTCに対して数μs以内で一致している。

2.国際時刻比較の高精度化のために

 GPSを利用した国際時刻比較は、さらに高精度化 が望まれている。各種の補正の中でも、GPSの電波 が電離層を通過する際に生じる遅延時間の補正は精 度が低く、時刻比較精度を低下させている。この補 正にはコサインモデルと呼ばれるモデル補正が使わ れ、GPS衛星から送られてくる航法メッセージに含 まれる係数から計算によって求める。しかし、電離 層の電子密度は太陽活動の変化により時々刻々変化 し、時には遅延時間が100nsを越える場合もある。こ のため、コサインモデルを用いた補正値と実際の遅 延時間との差は数十nsに達する。

 当所ではGPSから送信されるL1(1575.42MHz) とL2(1227.6MHz)電波の送信位相が一致している ことを利用した、2周波相関方式電離層遅延時間測 定装置を開発した。電離層遅延時間測定装置の実測 による補正は、これまでのコサインモデルによる補 正に比べて補正精度が高く、時刻比較精度が数nsま でに改善できることが実証されている。また、実測 による電離層遅延時間補正の有用性が認められ、国 際時刻比較に適用されることになった。

 現在、標準時を保持する機関相互のGPSデータ 交換には共通のデータフ才一マットが使われてい る。このフオーマットには電離層遅延時間のモデル 補正に関する項があるが、国際時刻比較精度をさら に向上させるため、当所の研究成果に基づき、実測 による項が追加されることになった。現在、このた めの作業が、CCDS(Consultative Committee for the Definiton of the Second)のWGにおいて進め られている。

 一方、時刻比較の高精度化か進むにしたがい、 GPS時刻比較システムの機差が問題になってきた。 機差測定はGPS国際時刻比較が行われるようにな った初期、1988年6月に米国のNIST(National Institute of Standards and Tecnology)がGPS受 信機運搬法によって行っている。しかし、この機差 測定の結果は、他の比較法によって得られた値との 間に矛盾があり、当所のGPS国際時刻比較結果に 約80nsのオフセットが生じていることが判明して いる。

 1992年3月、当所ではGPS時刻比較の高精度化 のため、OP(Observatoire de Paris)のGPS時刻 比較システムおよびBIPMに設置している電離層 遅延時間測定装置との間で機差測定実験を実施し た。この結果、GPS時刻比較システムの比較では当 所とOPのシステム間で約5nsの機差が得られ、電 離層遅延時間測定装置では絶対値較正が行われてい る当所の装置とBIPMの装置との間の較正式が得 られた。この実験で、これまでの時刻オフセットは 不適切であり、当所のGPS時刻比較システムの遅 延時間設定は高い精度で行われていることが確認さ れた。これらの結果は今後の高精度時刻比較に貢献 できるものと期待される。

3.GPS出現の驚異!脅威?

 GPSの実用化にともない、GPSを利用した各種 の機器が市販され、価格も急激に低下している。国 内でもナビゲーションを支援する機器が量産され、 緯度、経度、高さの測位情報および年月日、時分秒 の日付時刻情報が得られるGPS受信機が10万円台 で入手できるようになってきた。

 さらに、GPSからの信号を基準に水晶発振器の周 波数を自動較正し、正確な周波数・時刻の基準信号 を出力する装置か市販されている。これから得られ る時刻はUTCに対して100ns以内、周波数は10^12 の正確さである。さらに安定な信号を必要とする用 途では、Rb原子発振器を内蔵することも可能である。

 GPSは測位、時刻比較・供給までも含めた高度な システムであるにも関わらず、GPSの応用機器の小 型、高性能、低価格が実現していることは驚異である。

 一方、国内の周波数・時刻標準の供給精度の現状 はつぎのとおりである。供給の基本になる標準周波 数は10^14で正確さが維持され、日本標準時はUTC に対して数μsに同期している。これらの周波数・時 刻は、短波・長波標準電波によって供給される。標 準電波による供給は電離層伝搬を利用するため、時 刻は数ms、周波数は短波で10^8、長波で10^-11の精度 である。短波・長波標準電波の利用精度は方式的に 限界であり、近年では近隣諸国からの混信や都市雑 音の増加により利用が困難な地域や時間帯が増えて いる。

 また、間接的な周波数の基準としては、TV放送の 映像信号に含まれるカラーサブキャリアが利用でき る。東京から放送されるTV局のカラーサブキャリ アはRb原子発振器を基準につくられ、その周波数 は標準電波や当所で発表する周波数偏差値により調 整されている。カラーサブキャリアの利用精度はlX 10^-1。程度である。この方法では短時間で標準電波に 比べて高い比較精度が得られるが、利用は東京タワ 一からの電波が直接受信できる地域に限られる。

 いずれの標準供給方法によっても、利用者に必要 十分な精度で供給されているとは言いがたい。一方、 GPSは軍事利用が本来の目的で継続的な利用に不 安があるものの、民生利用は拡大している。周波数・ 時刻の利用では、これまでの供給法では不可能であ った新たな応用が広がることは必至である。GPSの 出現によって、これまでの供給法が陳腐化すること も考えられ、大きな脅威である。

4.標準供給の見直しが迫られている

 現在、標準の利用は特別な知識を要さずに正確な 基準が得られる装置により省力化が必要である。し かし、当所が行っている継続的な標準供給業務は短 波標準電波のみであり、必要精度、自動化への条件 は不十分なものがある。今後は、高精度で自動化に 適した付加価値の高い標準供給システムの構築が必 要であろう。

(標準測定部 周波数標準課 標準比較係)



インテルサット衛星を利用した日韓双方向時刻比較実験

今村 國康

 

はじめに

 CRLでは、数台のセシウム原子時計から原子時(TA) の維持、決定を行い、日本標準時の基準として運用して きている。このTAは国際比較によって常時、国際原子 時(TAI)及び各国の原子時と比較されている。TAIの決 定は国際度量衡局(BIPM)で行われているが、国際比較 の重要な目的はこのTAIの決定に寄与することである。

 現在主として行われている国際比較法は、GPS衛星を 利用した一方向時刻比較(仲介方式)である。一方向時 刻比較は途中の伝搬路上の電離圏などの影響から、比較 精度として10ナノ秒程度となっている。これに対し、通 信衛星などを利用する双方向時刻比較法は伝搬路の影響 を相殺することができるため1桁以上の精度度向上が可能 となる手法である。当所では、1989年から国際通信衛星 インテルサットを利用した双方向時刻比較実験を開始 し、本格的な国際間時刻比較実験を実施するための準備 をこれまで進めてきた。本年4月、アジア地域で初のイ ンテルサット衛星を利用した国際間双方向時刻比較実験 を、CRL及び韓国(標準科学研究所)の間で実施すること ができ、所期の目標を達成することかできたので紹介する。

 なお、標準科学研究所は韓国内における時系の管理、 時刻同期、標準電波の発射業務などを実施しており、時 刻比較の分野では2名の担当者により、GPSを主体に行 っている。

 

双方向時刻比較システム

 本実験で用いたシステムは図1で示すように、送受信 機(Kuバンド)2セット、国際互換型MITREXモデム 及びこれに互換の自作モデム(I Modem)を使用して行 った。韓国へはこの内の1セットを運搬して実験を行っ た。MITREXモデムは1秒信号をSS拡散信号に変復調 する装置で、本方式の要となる装置である。

 今回の実験で利用できたインテルサット衛星は、太平 洋上の東経177度に静止している衛星で、日本と韓国は1 ビームカパーエリアである。この衛星はインクリネーシ ョンが約3度と大きく、追尾機能のない我々のシステム では実験上困難か大きかった。

 

日韓時刻比較実験の概要

 今回の実験は、4月19日から28日にかけてCRLより 2名が韓国へ実験装置一式を伴って出張、同22日から24 日の連続48時間のデータ取得を行った。アンテナに追尾 機能がなく、インクリネーションの大きなこの衛星に対 しては日韓双方で昼夜交替体制を引き、ほぼ30分毎のバ ールとスパナによる手動トラッキングを実施した。途中、 東京側の大雨による一時中断や、トラッキングのための 電話による通信回線の確保に苦労するなど、ほとんどぶ っつけ本番の実験であったが、無事終了することができた。

 本実験で得られた測定精度は、標準偏差0.94nsであ り、GPSによる比較データのばらつきに比べ、1桁以上 の改善がされている。しかし、この値は理論値(C/Nq60 dBで約0.6ns)に比べると大きくなっている。これは、 実験を通して明らかになったMITREXモデムの持つい くつかの問題点等から起因するものと考えられる。

 

今後の計画

 CRLでは、インテルサット衛星を利用した双方向時刻 比較実験について、当面アジア地域を中心に実験の推進 を図っていく計画である。また、CRLの持つVLBI技術 と結合しコロケーション実験を実施していく予定である。

 なお、インテルサット衛星の利用及び免許取得等に関 し、国際電信電話(株)及び韓国電気通信公社の多大なる 協力をいただいた。ここに謝意を表します。

(標準測定部 周波数・時刻比較研究室)

▲図1 双方向時刻比較システム



≪長期外国出張≫

イギリスでの766日

日置 幸介

 3年ほど前、どこでもいいから外国に行きたかっ た私はEOSという学会新聞の求人広告にかたっぱ しから応募していました。色よい返事がないまま半 年ほどたったころ、突然イギリスから若い女性の声 で国際電話がかかり、「履歴書をみて気に入ったので すぐ面接にこい」とのこと。半信半疑でイギリスに ゆき当の大学に出頭すると、よほど変な人間でない かぎり採用はほぼ決まりだったようで、儀礼的な面 接試験のあとすぐにダーラム大学地質科学教室助手 として「辞令」を受けました。

 ダーラムはイギリスのどまんなか、南はヨークシ ャ一、西は湖水地方、北はスコットランドに囲まれ た美しい田舎です。ダーラム大学はイングランドで はオックスブリッジの次に古く、近代地質学の父ア ーサー・ホームズが長年にわたって教鞭をとった地 として有名です。なお最初人事係の事務員かと思っ た電話のぬしの女性はのちに私の上司となるフォル ジャー博士でした。

 仕事はダ一ラムにおけるGPS(汎地球測位システ ム)研究グループの立ち上げです。赴任後すぐスイ スでGPSデータ解析の修行をつみ、つぎに北米と ユーラシアのプレート境界が南北にはしるアイスラ ンドにゆき、英独ア米「多国籍」測地隊に参加。氷 河とオーロラのもと一か月アイスランド人の相棒と 極寒(極貧ではない)のテント生活、貴重な測地デ ータを取得しました。イギリスとドイツでそれを解 析、プレート運動の「一時的な加速」という珍しい 現象をとらえることができました。これをもとにプ レート境界変形の理論を考案、将来大論文として地 球科学史に輝かないともかぎらないかもしれない (?)数篇の論文を著すことができました。

 研究のかたわら3人の大学院生(うち2人女性) を教える光栄に浴し、彼女たちを(彼はこの際どう でもよい)計算機の使いかたからデータ解析にいた るまで清く正しく指導できたのも得難い経験でし た。トルコ南西部のGPSデータを「軍隊」と共同解 析するという経験もしました(一般に発展途上国で は測地データは軍事機密です)。

 私生活では、なぜか子供の数が1人増えました。 最初は英語がわからなくて「ちっともしやべらない (She never talks!)」と先生を困らせた7歳の娘は、 2年後には「ちっともだまらない(She never shuts uP!)」と逆に文句をいわれるようになりました。年 6週間の有給休暇は安いパック旅行等を利用、国内 外を遊び呆けて過ごしました。

 最後に、どこの馬の骨ともわからない外国人を論 文だけで採用してくれたダーラム大学スタッフ、推 薦文を書いてくださった春野所長、2年以上留守し て迷惑をかけた鹿島の人たちに感謝いたします。

(関東支所宇宙電波応用研究室 主任研究官)

▲ウイリアム征服王が12世紀にたてたダーラム城
 現在はカレッジの一つとして学生が住んでいる。



短 信

第83回研究発表会のお知らせ

 平成4年秋季研究発表会(第83回)を当所の大会議室で 開催いたします。多くの方々の御来所をお待ちしています。 日時:平成4年11月11日(水)9時15分から16時45分まで 場所:通信総合研究所大会議室

       発 表 題 目

1セシウム原子ビームのレーザ冷却とトラッピングに 関する実験

2蓄積イオンのレーザ冷却と量子跳躍の観測

3ミリ秒パルサー観測による高安定時系への応用
(観測システムの概要と初期実験結果)

4鹿島−野辺山電波干渉計(KNIFE)による天体電波 源の観測

5レーダによる極域電離圏ダイナミックスの研究

6中低緯度電離圏不規則構造の観測と生成理論

7電磁シールド材評価法の検討と解析

8成層圏無線中継システム用マイクロ波電力伝送の基 礎実験

9陸上移動通信用16QAM方式の野外走行実験


'92かしまDrama&Fantasy

 鹿島宇宙通信センターは昨年に引き続き、8月22日・ 23日に行われた第2回鹿島まつり「'92かしまDrama& Fantasy」に参加出展した。この行事は鹿島町主催で毎年 催されているもので、物産展、企業展なども行われる。

 当センターでは、宇宙通信か身近なものであることを 一般の人に知ってもらうことを目的として、中華鍋を使 った衛星放送の受信のデモンストレーション、衛星模型 の展示、衛星の軌道運動の立体画面表示、パネル展示な どを行った。当センターの展示室には、親子連れを中心 に2日間で約800名の見学者があり、盛況であった。

▲鹿島祭会場風景


台風の銀座「山川電波観測所」

 山川は本土の最南端にあり、気候が温暖で寒暑の差も さしてはげしくなく、雨量も適度できわめて住みやすい 気象条件に恵まれている。一方、台風の進路にも位置し ており、古来幾多の台風が周辺に上陸している。観測 所の構内にある庁舎、宿舎建物のほか十数基のアンテナ 群はそのたびに多大な被害を受け、台風シーズンが年間 で最も頭を悩ます時期である。

 今年は上陸あるいは接近が8月に3回もあり、最大瞬 間風速40m/s位で構内電柱が倒れる等の被害があった。

 この周辺の最大級の台風は昭和20年9月17日、枕崎に 上陸した枕崎台風と云われている。最大瞬間風速は62.7 m/sを記録、この時の強い風は、この地方の古老の言を 借りれば、40〜50年に一回の岩起こし(巨大な岩石をも 風カでひき起こす風の意)なる風が吹くと云い伝えられ ている。それから47年経過している…。