太陽の観測

−宇宙天気予報をめざして−

猪木 誠二

 

はじめに

 甲州武田氏発祥の地である茨城県勝田市に虎塚古 墳という前方後円墳がある。昭和48年の調査で、内 部に幾何学的な絵が描かれている装飾古墳であるこ とがわかった。現在、内部は温度と湿度の厳重な管 理がなされ、年2回一般に公開されている。古墳内 部に描かれている模様のうち、二つの円は太陽と月 を表していると言われている。古代の太陽が描かれ た虎塚吉墳から太平洋に向かって10分くらい車を走 らせていくと、現在の太陽を観測しているパラボラ アンテナ群と光学望遠鏡を擁する平磯宇宙環境セン ターにたどり着く。

 太陽が我々生命体の源であることは古代から将来 にわたって変わることはない。しかし、生物が安全 に太陽の恵みを受けることができるのは、地球の大 気が生物に有害な紫外線、X線、放射線などをさえ ぎっているためであり、人類が宇宙で活動するよう になると、太陽は生物に対して危険な存在にもなっ てくる。そこで、有人宇宙活動が本格的になると予 想される21世紀初頭には、本格的な宇宙環境の予報 を始めることができるように、当所では昭和63年度 から宇宙天気予報プロジェクトが始まり、平磯宇宙 環境センターにおいて新しい太陽観測施設の整備が 開始された。

 ここでは、平磯の太陽観測全般の紹介をしたい。

 

太陽フレア

 水素Hα線の光のみを通す望遠鏡で太陽を観測 していると、太陽活動領域で急に明るさを増し、1 〜2時間で徐々にもとのレベルに戻っていく現象が ときたま観測される。これは太陽面における一種の 爆発現象で、太陽フレアと呼ばれる。大きなフレア が起きるとHα光のみならず、ガンマ線、X線から 電波に至るあらゆる電磁波の大きな増加が見られ る。さらに、陽子、アルファ粒子などが放出される こともあり、また、爆発の衝撃波やプラズマ雲が惑 星間空間に流れ出ていく場合もある。

 フレアはいろいろな影響を地球に及ぼす。プラズ マ雲が地球に到達すると地磁気嵐を引き起こす。夢 のある話では、平成元年10月21日に日本で31年 ぶりに見られた赤いオーロラは大きな地磁気嵐 に伴うものである。太陽X線、太陽フレア粒子 は衛星及び有人宇宙活動に対する障害ともな る。地球に大きな影響を与えるフレアの性質を 明らかにするには、各種電磁波、太陽フレア粒 子などの観測データを総合して判断する必要が ある。そのために、平磯宇宙環境センターでは 独自の太陽観測と、それを補うための国内外の 太陽観測データの収集を行い、宇宙環境予報を 行っている。

 

太陽の観測

 平磯での太陽観測は、地上からの観測という 制約がある。私達は厚い地球の大気の底に生活して いるので、太陽から届けられる情報の多くは、大気 によって吸収または反射されてしまう。幸いなこと に、いくつか大気の外をながめることができる窓が あり、平磯では電波の窓と先の窓を通して太陽の観 測をしている。

 電波の窓を通した太陽の観測は、平磯では昭和27 年から行われており、長い歴史を持っている。現在、 100、200、500、及び9500MHzの4つの固定周波数 での電波観測、電波バーストの型を識別するための 70〜500MHz帯の動スペクトル計、電波で見た太陽 像を取得するミリ波観測がある。これらのデータは フレアの性質を明らかにするのに大きな役割を果た している。

 光の窓を通した観測も、平磯では古くから行われ てきた。従来行われていたのは、シーロスタット(2 枚の反射鏡で室内に太陽光を導く装置)を用いた白 色光投影像による太陽黒点のスケッチであったが、 昭和60年には、Hα線単色像望遠鏡とドームが完成 し、ビデ才録画による定常的な観測が開始された。 更に、宇宙天気予報プロジェクトの開始とともに、 新たな二つの光学望遠鏡の開発が始まった。プラズ マ動態望遠鏡と磁場望遠鏡である。

 宇宙天気予報で行おうとしている項目のひとつに フレアの発生予報がある。今でも、平磯ではフレア 予報を行っているが、現在の予報レベルは初期の天 気予報程度であろう。フレアがどのようにして起き るのかが、まだ完全には明らかにされていない現在 としては、いたしかたのないことである。しかし、 我々は太陽大気の運動や太陽磁場を観測することに よって、エネルギーの蓄積状況やフレアの前兆現象 が捕らえられれば、より正確なフレア予報が可能で あると考え、太陽プラズマ動態望遠鏡と太陽磁場望 遠鏡の整備を平成元年に開始した。

 

太陽プラズマ動態望遠鏡と磁場望遠鏡

 太陽プラズマの速度はどのようにして測るのであ ろうか。太陽の光を分解すると赤から紫までのきれ いな光の帯に分かれる。その光の帯の中に黒い筋(吸 収線)が見える。これらは、発見者の名にちなんで フラウンホーファー線と呼ばれる。吸収線は太陽大 気が太陽中心へ下降していくと赤い方へずれ、上昇 してくると青いほうにずれる。この、ずれの度合い を測定して大気の速度を求める。実際には、写真1 に示すような口径15cmの光学望遠鏡と特定の波長 のみを通過させるリオフィルターで構成されるシス テムを用いて、太陽像をCCDカメラで捕らえる。用 いる吸収線はHα線である。現在は定常的に速度を 求めるまでには至っていないが、平成4年4月より、 写真2に示すような非常にきれいなHα像が取得 され始めている。明るく輝いている部分はプラージ ュと呼ばれ、太陽の活動領域に対応している。みみ ずのはったような黒い模様はフィラメントと呼ば れ、これが宇宙空間に放出されて地磁気風を起こす こともある。得られたデータは、宇宙環境予報に利 用されるとともに、文部省宇宙科学研究所の太陽観 測衛星「ようこう」との共同観測にも利用されている。

▲写真1 プラズマ動態望遠鏡の外観

▲写真2 プラズマ動態望遠鏡で取得した太陽像(Hα線)

 太陽磁場望遠鏡は現在製作途上で、データが取れ 始めるのは来年度以降となる。完成の暁には、太陽 全面像を撮像できる磁場望遠鏡として世界で最大口 径となる予定である。

 

24時間太陽監視をめざして

 太陽は非常に活動的である。黒点が生まれ、急速 に成長することもある。成長期にはフレアが起こり やすいので要注意である。数時間の間にフィラメン トが放出されることもある。この場合には地磁気嵐 が起きるかもしれない。宇宙天気予報にとって、太 陽の24時間監視は必要条件である。これを妨げるも のは二つある。

 ひとつは日本の夜である。これには外国の太陽観 測所が頼りである。平成3年10月からSELSIS(米国 宇宙環境研究所太陽画像データベース)画像を計算 機ネットワークを介して取得を開始した。これによ り、日本が夜間の太陽磁場像、ヘリウム像、白色像、 Hα像が見えるようになった。

 もうひとつは雲または雨である。これには、国内 の他の太陽望遠鏡が頼りである。そこで平成3年11 月に静止画伝送装置を整備し、三鷹の国立天文台と 太陽画像の交換を開始し た。将来は、太陽観測を行 っている地方の科学館等と も画像交換を行い、太陽監 視時間の比率をあげること をめざしている。

 

フレア予報をめざして

 フレア発生の物理機構を 解明した上でフレア予報を 行うことが本筋である。そ のために、新しい二つの望 遠鏡を開発している。しか し、地上の天気予報がそう であったように、学問的に 未解決の問題が多く残され ていても、その時点での最 新の理解を基に、予報業務 を行っていかなくてはならない。もうひとつ問題に なるのは予報担当者の教育の問題である。新任の担 当者はは常に一から勉強しなくてはならない。これ を解決するひとつの方法が予報知識を計算機に入れ て置くことで、専門家と同しような働きをするエキ スパートシステムである。平磯では、フレア予報工 キスパートシステムの構築をめざして、その第一段 階として、フレア予報知識を計算機に獲得させる機 能を持つプロトタイプシステムを完成した。

 

おわりに

 200MHzの太陽電波観測から始まった平磯での 太陽観測は、電波観測のみならず、21世紀の宇宙天 気予報をめざして光学観測の点でも充実しつつあ る。くしくも、この文章を書いている時は、毛利衛 さんがスペースシャトルで宇宙実験、宇宙授業を行 っている真っ最中である。幸い、飛行中は非常に活 動的な黒点群は太陽面上になく、宇宙環境も静穏で ある。有人宇宙時代も目前である。プラズマ動態望 遠鏡は初期的なデータが取れ始めたばかりではある が、21世紀初頭には磁場望遠鏡、他の太陽観測デー タと併せて宇宙天気予報に大きな力を発揮している ものと期待している。

(平磯宇宙環境センター 太陽研究室長)



ETS−Vを用いた汎太平洋情報

ネットワーク実験とPARTNERS計画

飯田 尚志

 太平洋地域の島嶼国等において、教育・研究・保 健等の分野でお互いの対話、情報の流通のために低 価格かつ、簡易な地球局を利用する衛星通信ネット ワーク(汎太平洋情報ネットワーク)か望まれてい る。1990年5月の本誌において「衛星通信による汎 太平洋情報ネットワーク構想」と題して、ハワイ大 学を中心としたPEACESAT (Pan‐Pacific Education and Communication Experiments by Satellites) の活動、我が国における動きとして、郵政省、 通信総合研究所、東北大学、太平洋学会、等の活動、 さらにISY(国際宇宙年)のプロジェクトとして提 案したこと、低価格を目指したハードウェアの検討 として

(1)専用トランスポンダを将来の適当な衛星にヒッ チハイクする(ヒッチハイクペイロードと呼んだ)。
(2)地球局は低価格と保守の容易性を狙って、通信 総合研究所のような機関の技術的支援の下に、ボ ランティアが整備する。

という提案を行ったこと、などについて簡単に述べ た。本稿ではその後の動きと最近具体的となってき たPARTNERS計画について述べる。

 

汎太平洋情報ネットワーク実験

 本ネットワーク用の低価格地球局の実現可能性を 検証するため、我が国の技術試験衛星ETS−Vを利 用して通信総合研究所・ハワイ大学間で汎太平洋情 報ネットワーク実験を1990年10月より行うこととな った。本実験では、ETS−VのLバンドアンテナの覆 域かハワイまで及ぶことを利用し、ハワイ大学に通 信総合研究所で開発した簡易な地球局を設置して、 日本との間で64kb/s回線を構成し、

(1)簡易・廉価な地球局を市販部品を用いて研究室 レベルで設計・製作できるかどうか、
(2)64kb/s回線の運用性、
(3)Lバンド周波数の運用性、
(4)将来の衛星システムに対する所要特性、

の検討を行うこととしている。

 本実験用の地球局の性能および製作課程について は1990年5月の本所研究発表会で発表しているが、 本実験では将来のシステムを目指して、ディジタル 方式の64kb/sのシステムを開発し、価格は部品代の みではあるが、1局約170万円であった。写真1はハ ワイ大学構内に設置したアンテナおよび屋外ユニッ トの外観である。本実験の最初のイベントは、1990 年11月に神戸で開催された汎太平洋情報ネットワー ク構想シンポジウムであった。本シンポジウムは、 アジア・太平洋諸国の飛躍的な発展と一層緊密な協 力関係に寄与できるよう、汎太平洋情報ネットワー ク構想についてアイデアを出し合い、実現に向けて の方策について協議するとともに、同地域の人々の ヒューマン・ネットワーク創りを推進することを目 的として兵庫県が中心となって開催された。本シン ポジウムにおいて、デモンストレーション実験とし てデータ伝送速度64kb/sのテレビ会議をハワイ大 学とシンポジウム会場を結んで、成功裏に行うこと ができた。

写真1 ハワイ大学構内に設置したアンテナ及び室外ユニットの外観

 その後、電気通信大学と共同でコンピュータを用 いる遠隔教育実験、データ伝送実験、ETS-V・GOES-3 接続実験等を行ってきた。特にGEOES-3との接 続実験では、PEACESATにおいて今後数年間使用 できるようになった米国の気象衛星GOES-3シス テムとETS-Vシステムとをホノルルのハワイ大学 局を経由して接続し、通信総合研究所とニュージー ランドのウェリントンの間でFM音声回線(半2重 回線)を設定することができた。本地球局は低価格で しかも研究者が製作したものであったため、我が国 の大学においても製作する気運が高まり、電気通信 大学をはじめ、東北大学、北海道東海大学において も同じものを製作または製作中である。

 

汎太平洋テレコムネットワーク国際シンポジウム

 汎太平洋情報ネットワーク実験の共同研究の相手 先であるハワイ大学でPEACESATを運用してい るのは社会科学研究所であるため、技術的実験を実 施するには通信総合研究所側の担当者がハワイに出 向く必要がある。そのため、実験開始後1年余りの 間に実験自体が大きく進展したとは言い切れない面 かあるが、本実験により築かれたヒューマンネット ワークからISYへの日米の取り組みが具体化した。 ひとつは汎太平洋テレコムネットワーク国際シンポ ジウム(PEACESAT Policy Conference)の開催で あり、もうひとつはISYに向けてのPARTNERS 計画である。

 汎太平洋テレコムネットワーク国際シンポジウム は、ハワイ大学の提唱で1992年2月、21世紀を展望 し、我が国を含む汎太平洋諸国の一層の発展と、緊 密な協力関係の増進に寄与するための諸問題を検討 するため、我が国をはじめ、米国および太平洋地域 など26か国(地域)から300名が集まり、仙台におい て開催された。本会議の最後に従来のPEACESAT のサービスエリアの・みでなく、日本を含めたアジア 諸国にも対象を広げた新ネットワーク形成を目指 し、各国政府などに働き掛けることを決めた仙台宣 言が採択された。

 

PARTNERS計画

 我が国は、1987年8月ハワイで開催された1992年 ISYハワイ会議において、汎太平洋情報ネットワー ク・プロジェクトを提案し、ISYのプロジェクトの 1つとして承認された。その後、ISYを推進する国 際組織であるSAFISY(Space Agency Forum for ISY)が構成され、SAFISYにおいても本プロジェ クトは承認されていたが、1991年秋に汎太平洋情報 ネットワーク実験の経験を基に本プロジェクトを具 体化・発展させてETS-Vを用いた実験(PARTNERS計画) を我が国として本格的に行うこととな った。PARTNERS計画では、衛星通信が、農村漁 村地域(ルーラル地域)での教育や保健・医療のため に、どの程度利用できるかなどを確認する実験、赤 道近傍の熱帯地域における電波伝搬特性実験等が計 画されている。1992年4月にはPARTNERS協議 会(会長:加藤秀俊文部省放送教育開発センター長、 郵政省、通信総合研究所、宇宙開発事業団、電波シス テム開発センター、電気通信大学、東北大学、NHK、 KDD、NTT、会社等で構成)も発足し、地球局をフィ ジー、パプアニューギニア、インドネシアおよびタイ に設置して、PEACESATとも連携を取りながら実 験を行うものである。1992年7月には同上地域に事 前の調査(写真2参照)も行われ、各国とも非常に 好意的ないし積極的とのことであった。本計画では、 11月に東京で開催されるアジア・太平洋地域ISY会 議におけるデモンストレーションをはじめとして 種々の実験が平成5年度まで行われる予定である。

写真2 パプアニューギニアにおける調査時のスナップ

 本実験・研究により、発展途上国に対する援助の あり方を踏まえた恒久的な太平洋地域における情報 ネットワーク構築の促進が期待される。最後に、本 ネットワークに関する研究については、平成元年度 および2年度の大川情報通信基金、また平成3年度 にはKDDエンジニアリングの国際衛星通信研究奨 励金より研究助成を受けた。また、本活動に際して は国内外の非常に多くの方々にお世話になってい る。ここに深謝するとともに、今後もご支援をお願 いする次第である。

(宇宙通信部長)



妨害波測定用アンテナの較正

増沢 博司

 

はじめに

 近年、高度情報社会の進展に伴い様々な電子機器 や無線機器が普及するようになり、これらの機器が 放射する妨害電波の影響が社会的な問題となってい る。このため、妨害波測定に対する関心も高まり、 それに伴い測定法や測定に使用する電磁界強度測定 器の較正の重要性も認識されるようになってきた。

 通信総合研究所は郵政省設置法に基づき無線機器 の型式検定と較正・性能試験業務を行っているが、 電磁界強度測定器の較正もその一環として従来から 実施してきた。特に最近、30〜1000MHz帯の妨害波 測定に使用する電界強度測定器の較正に関する需要 が多くなり、その精度向上に対する要望も強くなっ てきた。これに対応するため当所では、これまでよ り高精度な較正法の研究開発等を行ってきたのでそ の成果の一部を紹介する。

 

電界強度測定器の較正

 一般に、電界強度測定器は電波を受信するアンテ ナと、アンテナに誘起された電圧を測定する測定用 受信機から構成されており、電界強度測定器の較正 は、アンテナの較正と受信機の較正に分けられる。

 今、電界強度Eの電界の中にアンテナを置いたと き、アンテナに接続した受信機の入力に電圧Vが現 れたとする。この時、E/Vはアンテナ係数と呼ばれ、 電界強度測定器に使用されるアンテナの性能を示す 基本的な指標である。従って、アンテナの較正は、 このアンテナ係数を精度よく求めることである。た とえば、被較正アンテナの置かれた場所の電界強度 Eを何らかの方法で正確に決定できれば、これより アンテナ係数を求めることができる。この電界強度 の決定法として、以下の二つの方法がある。

ア 標準電磁界法 角錐ホーンアンテナのように アンテナの形状からアンテナ利得が理論的に計算で きる標準アンテナを送信アンテナに用い、送信アン テナの利得、アンテナ入力電力及び送信アンテナか ら被較正アンテナまでの距離等から被較正アンテナ のある場所の電界強度を決定する。

イ 標準アンテナ法 半波長ダイポールアンテナ のようにアンテナの形状からアンテナ実効長を理論 的に計算できる標準アンテナを被較正アンテナの位 置に設定し、その時の受信開放電圧を高入力イン ピーダンスの電圧計で測定し、電界強度を決定する。
 上記のように、電界強度を決定してからアンテナ 係数を求める方法とは別に、複数のアンテナを用い てアンテナ係数を直接求める方法や、アンテナ利得 を測定し、その結果からアンテナ係数を求める次の 二つの方法がある。

ウ 標準サイト法 理想的な野外試験場で被較正 アンテナを含めて三本のアンテナを使ってアンテナ 系を含む試験場の伝搬損失、すなわちサイトアッテ ネーションを測定し、その結果からアンテナ係数を 直接求める。

工 三アンテナ法 アンテナ係数とアンテナ利得 の間には一定の関係がある。このため、三アンテナ 法を利用してアンテナ利得を測定し、これからアン テナ係数を求める。

 上記の方法の内、ア、イは極めて精密に作られた 特殊な標準アンテナ等を必要とする。また、ウにつ いては当所の研究結果から、理論的に問題があるこ とがわかっている。このため、工によるアンテナ較 正についてその精度の理論的、実験的評価を行った。

 

野外試験場での三アンテナ法

 送受アンテナ間の伝送損失は、良く知られている ように、両アンテナの利得の積で表される(Friisの 公式)。従って、被較正アンテナを含む三本のアンテ ナについて、異なる三組の送受アンテナ間の伝送損 失を求め、それぞれにFriisの公式を適用すれば、各 アンテナの利得を決定できる。Friisの式は自由空間 を仮定しており、通常、三アンテナ法は電波暗室で 利用されてきた。しかし、VHF帯等の低周波では、 暗室内の反射の影響が無視できず十分な測定精度を 得るのは難しい。このため、最近、三アンテナ法を 野外試験場で使用し、低い周波数でもアンテナ利得 やアンテナ係数を求めることができる方法が研究さ れている。図1のように、野外試験場に送受信アン テナを対向させたときの受信電界は、直接波E1と 大地反射波E2の合成E0となる。このE0とE1との 比をkとすると、野外試験場では自由空間における 場合に比べ、電界強度が補正係数kだけ異なること になる。従って、自由空間での三アンテナ法による アンテナ利得に、kだけ補正すれば理想的な野外試 験場での利得が求められることになる。

▲図1 野外試験場での三アンテナ法

 この野外試験場での三アンテナ法の有効性を実証 するため、妨害波測定用の一般の金属大地面の試験 場でアンテナ係数を実測したのでその結果を表1に 示す。実測値と理論値を比べると、高い周波数では 約0.5dB程度の差はあるが、低い周波数では両者は よく一致しており、本方法により高精度にアンテナ 係数が求められることがわかる。

 三アンテナ法で使用する実際の野外試験場は、周 囲からの反射波の影響や、大地反射面が完全な金属 面でないこと等から理想的な試験場とは異なる。こ のため、伝搬特性が理論式に合致するかどうか試験 場を評価する必要がある。図2は測定に使用した試 験場の伝搬特性の実測結果を理論値と比較したもの で、500MHzでは±1dBの偏差がある。このため、 利得の測定誤差は1dBと予想される。アンテナ係 数は利得の平方根に比例するので、アンテナ係数の 測定誤差は±0.5dBとなり表1の理論値との差と ほぼ一致する。以上から、野外試験場における三ア ンテナ法によるアンテナ係数測定の主要誤差は試験 場が理想的でないために生じていることがわかる。

▼表1 三アンテナ法によるアンテナ係数の実測結果

▲図2 電波伝搬特性

 

おわりに

 最近、妨害波測定に使用される30〜1000MHzの アンテナについて、較正精度の向上や、一般ユーザ が使用できる簡易なアンテナ較正法の開発が求めら れている。このため、既存の較正法を検討し、最も 適当と思われる野外試験場における三アンテナ法に ついて研究した。

 本方法は、特別なアンテナを必要とせず、簡単な 装置で精度よく測定可能であり、今後、妨害波測定 用アンテナの較正法として利用できると思われる。

(標準測定部 測定技術研究室 主任研究官)



≪通信総合研究所滞在記≫

韓国電波研究所

金 宗煥

 私は、86〜87年のCRLでの海上衛星通信方式の 研修以来、約5年ぶりに再びCRLでの研修の機会 を得て、92年1月始めに高鳴る胸を抑えて日本に来 ました。成田空港到着後、私は幡ヶ谷のTOKYO International Center(TIC)を生活根拠地にしまし た。TICでは、日本の生活様式、教育、文化などに ついてビデ才や講義による1週間のオリエンテーシ ョンがありましたが、私は日本訪問が4度目でもあ り、過去に4カ月間もCRLに滞在した事もあるの で、あまり興味もなく終わりました。

 1月13日からCRLの研修が始まりました。CRL の正門を入る時はまるで韓国電波研究所に入るよう な親しみを感じました。韓国電波研究所とCRLは 1972年11月に情報交換及び研究者の相互派遣等に関 する協定を締結して相互訪問しています。これによ って私は81年(15日間)、86年(4カ月間)、90年(2 日間)にCRLを訪問及び研修し、研究に必要な関連 の資料を確保し本国での研究に活用しています。

 今度の研修は、科学技術庁の電波分野についての 科学技術協力の研修対象者に選ばれ、徳重寛吾元電 磁環境研究室長の御尽力でCRLでの研修が実現し ました。

 私のCRLでの研究は、電磁波環境対策に関連し て、主に電磁環境の測定とアンテナ較正に関する理 論面及び実測面での調査研究でした。CRLでの滞在 中にEMI/EMCに関連したシンポジウムの参加、お よび6ヵ所の関係機関の訪問見学を通じて多くの知 識を得ました。

 私がCRLで研究しようと考えた一番の理由は、 我が国の研究所と同質性の分野が多く、私の研究室 は新規に組織された研究室ですから、電波環境分野 に関連した資料が足りなく、CRLから理論面あるい は実験面で直接応用する事を学びたいと考えたから です。2番目の理由はCRLには多くの友人がいて、 図書室や研究者を通じて研究資料の収集が可能であ るからです。

 CRLでの研修は大きな成果がありました。特に研 究談話会を通じて、電磁波障害(EMI)環境対策を 中心にした韓国電波研究所の現状と動向を紹介し、 さらに我が国の「電波研究の中長期計画」について 韓国における電波研究分野の発展方向に関して議論 できたことは大きな成果だったと思います。我が研 究所の発展と共に、今後もさらに多数の研修機会が 与えられればもっと良いと思います。

 日本での滞在生活では、文書の読み書きの問題に は大きな障害がありませんでしたが、日常会話がも っと達者であればもっと良かったと考えます。生活 にはJICA側からの滞在費の支給で余り不便なく生 活が可能でありました。

 本研修期間中に、私は多数のCRLの職員の方々 と他機関の人々とも付き合い、たくさんの友人を得 る事ができました。最後に、横山総合通信部長を始 め、電磁環境研究室の皆さんとJICA国際事業部研 修2課(韓国担当)の九山様に、私の心から感謝す る気持ちを送ります。誠にありがとう御座いました。

(韓国電波研究所)


金さん(KIM,JONG-WHAN)のプロフィール

 近年電子工業の発達によりデジタルを有する各種 機器が不要電磁波を多量に発射することによる、ロ ボットなどの産業用機器の誤動作招く事例が往々に 発生している。一部の品目に対しては電磁波の不要 輻射許容値を国家基準とし設定運用しているものの まだまだ不充分な状態であるので、技術取得のため にJAICAによる招併外国人研究員の受け入れ制度 によりCRLに滞在した。

最終学歴:韓国大憲専門学校卒業
現職:韓国逓信部電波研究所技官
生年月日:1953年7月1日生まれ
国籍:韓国



短 信

光センター望遠鏡主鏡の再蒸着作業

 光センター望遠鏡の主鏡は直径1.5mあり、材質 はゼロデュワーという超低膨張率のガラスでできて います。その表面にアルミを薄く蒸着し、保護膜を つけて鏡面にしています。昭和63年3月に完成して 以来、3年余りが経過し表面が汚れ反射率が低下し てきたため、再蒸着作業をこの5月末から開始し10 月15日に終了しました。作業はかなり大がかりで、 ガラス材の重さだけでも1トン以上あります。そこ で大型クレーンを使って望遠鏡の筒全体を分解し、 鏡を保持している枠ごとはずして、ドームの外に釣 りだしました。日本では保護膜のついた大型鏡の蒸 着の経験がないため、鏡をアメリカに送り、蒸着を おこない、それをまたCRLで組み立て調整をする、 という手順をとりました。輸送及び作業中に鏡面が 悪くなってしまうことを心配しましたが、テストの 結果ほぼ元通りの星像が得られほっとしています。

(宇宙通信部 宇宙技術研究室 高見 英樹)


外国人滞在研究者懇談会の開催

 現在、当所にはアジア、北米、ヨーロッパ地域か ら11名の外国人研究者(当所職員として採用された 者を除く)が滞在しており、当所の研究者とともに 研究生活をおくっている。これらの研究者の研究状 況や生活における状況について当所幹部と率直に話 し合うために、標記会合が10月1日に開催された。 会合には外国人研究者の全員が参加し、各研究者か らは概ね研究生活に満足していることが表明され た。また研究室に閉じ込もりがちな外国人研究者に とって、これほど多数の外国人が滞在していること は驚きであり、今後ともこのような機会を作って欲 しいとの要望も出された。なお、会合の終了後に家 族を含めた(かわいい赤ちゃんも来た)外国人研究 者と当所職員との懇親会が開催された。

▲外国人滞在研究者懇談会の会場風景