“研究指導の改善と成果の向上”
−研究室長大いに語るシリーズを終えて−


吉村 和幸

 過去5回にわたって、本誌上で代表的な研 究室長から研究室におけるマネージメントに ついての考え方、苦労話などを語ってもらっ た。これは、1年以上前から研究指導の改善 の取組みを当所の重点課題の一つとして取り 上げてきたが、その一環として、研究室の運 営を比較的よくやり、したがって研究成果も よく上げていると思われるものの中からサン プルを選んで、日頃心掛けていることを語っ てもらったものである。次に、本企画の背景、 目的などについて述べたい。
 

基礎シフトのための諸改革
 現在、我が国は、人類の知的共有財産の蓄 積のためにその国力にふさわしい貢献をする ことを国際的に強く求められている。当所は、 特に最近数年間、基礎先端研究に向けての改 革(これを我々は基礎シフトと呼んでいる) を鋭意進めることにより、我が国の国際貢献 の一翼を担うための様々な努力をしていると ころである(通信総合研究所「中長期研究計 画基本方針(平成3年度版)」)。
 すなわち、「電気通信フロンティア研究開 発」などの様々な基礎的先端的研究プロジェ クトの立ち上げ、関西支所設立を含む度々の 組織改正、全所的な業務改善の取組み、活発 な人材交流や共同研究、採用改善などによる 人材確保の努力などである。また、予算、要 員の確保についても、行政サイドの全面的な 協力を得ながら着実に改善を図ってきてい る。現在は、ほぼ全ての研究室が郵政省、科 学技術庁または環境庁などの予算を一つ以上 確保して、研究を進めている状況にある。
 最近、当所に採用されるのはほとんど修士 以上であり、約半数は選考採用つまり博士号 の取得者である。また、中途採用者も少なか らずおり、入所後間もなく研究室長に就任す る者も珍しくない。さらに、当所には外国人 研究者が常時10人以上は滞在しているのみな らす、職員としても今年度までに6人採用し ており、今後も着実に増えていく予定である。
 

研究指導改善の必要性
 上に述べた諸改革による予算、要員、組織 などの基盤整備と併せて重要なことは、研究 指導の改善である。現在の我が国の研究機関 のほとんどがそうであるように、研究指導を 要しない十分実績のある研究者のみを、いわ ゆる欧米的な契約方式により集めるのは不可 能である。したがって、既存の研究者を指導、 育成することが研究成果を挙げていく重要な ポイントになり、最も日本的な方法と言える。 研究所の場合、研究指導の鍵を握っているの は研究室長である。
 このようなことから、当所では平成3年度 末に客員研究官の先生方にお集まりいただい て、本テーマにより懇談会をもち、いろいろ 有益なご意見をいただいた。この中で、ハン グリー精神や知的意欲の重要性、ユニークな 考え方を大事にする必要性などが出された が、これらは現代の若者にとって特に欠けが ちな点ではないであろうか。
 また、今年度始めには「研究指導改善の取 組みについて」という指示文書を各部に配布 し、討論してもらった。さらに、新規採用者 研修用として「CRLの研究者としてスタート するに当たって」を作成し、当所の目指して いる研究の方向、研究者に要求される資質、 心構え、目標などについて研修した。本文書 は、新規採用者のみならず若手研究者の育成 にも役立てようとしたものである。これらを 通して強調されているのは、研究成果を誌上 発表までもっていく重要性とそのための指導 である。
 上に述べた取組みを通じて、共通的に重要 と認識された指導上の要点は大体以下のよう である:
★テーマの発掘や進行過程における活発な議 論、勉強会の設定
★具体的な研究目標の指導、途中過程におけ る点検と指導、まとめの段階における指導 や援助
★力のある研究者に対する信頼、やりやすい 研究環境の提供、適切な役割の付与
★その他、室の円滑な運営のための様々な工 夫
 今回、本誌上で語ってもらった5人の研究 室長は、行政施策に対応するための研究、「電 気通信フロンティア研究開発」、大プロの本部 およびセンター組織における研究開発、科学 技術庁や環境庁などの予算による期間と目的 を限定された研究に従事している者である。 それぞれ特色がでていて、興味ある内容にな っていると思われる。
 すなわち、研究と一口にいってもその中身 は千差万別であり、特に当所は一つの研究機 関の内に様々な研究分野、基礎・応用・大プ ロなどの種類を有しており、それぞれによっ て対応の仕方が異なってくるということであ る。いずれにしても共通していることは、各 プロジェクトを意欲的に進めていること、室 内で議論をし成果に対して明確な目標を室員 にもたせていること、本人の自主性を指導を 行いながら育てるようにしていること、など であろう。
 定期ヒアリングと研究成果
 1月末から約1カ月をかけて、当所では全 研究プロジェクトについて恒例のヒアリング を実施している。今年度の進捗状況と問題点、 各室員の研究成果と指導上の問題点、プロジ ェクトの今後の進め方、平成5年度実行予算 計画、研究要員対策などを主なテーマに討論 している。
 一方、当所では、研究の提案から実施まで、 研究室や研究者の自主性に基づくいわゆるボ トムアップの考えを基本にしている。これは、 基礎的、先端的研究を進める上で不可欠のこ とであり、目に見えない可能性もつぶすこと のないように、上からの押し付けによる矮小 化などを極力避けるように配慮している。そ れだけに、それぞれの責任としての「結果」 についてはきちんと評価することが重要であ り、研究成果の発表の度合いはその最も具体 的な現れと考えている。
 そのため、ヒアリングの席上では、室員個 人個人についてまで踏み込んで、指導も含め た具体的な議論がなされる。今回のヒアリン グで明らかになっていることは、全般的に研 究成果の点で向上していることであるが、特 に誌上発表まで結びつけるような意識的な指 導努力がなされてきており、その結果それに みあった成果がだされてきてることである。
 センター・オブ・エクセレンスを目指して
 当所は、国研として電波、情報・電気通信 に関する唯一の研究機関であり、また郵政省 としても唯一の技術研究所であることから、 非常に幅広い分野をカバーしている。そのた め、通信・情報、宇宙通信、地球環境計測/ 宇宙環境科学、電磁波物性/バイオ科学、周 波数/電波標準などに関する研究を旺盛に進 めている。そして、基礎先端研究に向かって 一定のシフトを図ってきた結果、現在は基礎、 先端、応用、政策的研究をほぼバランスをと って進めている。当所は、その研究活動にお いて、超低周波からミリ波、光へと対象とす る周波数範囲を広げ、ロケットや衛星を含む 多様で高度な通信、観測手段を駆使し、地下、 氷下から大気圏、電離圏そして太陽を含む宇 宙空間へと対象とする空間領域を広げてい る。さらに、地理的にも北端から南端まで支 所観測所を配置する他、南極昭和基地にも観 測点を設けるなど、内外の他の研究機関には ない大きな特色を有している。したがって、 当所の国研としての役割は益々重要になって いくものと考えられ、国として取り組むべき 基礎的、先端的、あるいはリスクの大きい研 究、行政施策を進める上で必要な技術開発な どを今後も旺盛に進めていく考えである。
 当所の将来的目標は、最終的に所全体のセ ンター・オブ・エクセレンス(COE)化であ り、完全に開かれた魅力ある研究所にしてい くことである。オープンな形での研究プロジ ェクトの選定と評価体制、指導層を含む人材 の自由な交流を行っていく必要がある。その ために、使い勝手のよい研究予算の大幅な確 保および要員の大幅な増大が必要であり、ま たCOE化に不可欠な優れた共通的研究施設 などの研究環境の整備、および諸制度の改善 などを、各方面の協力を得ながら進めていく 考えである。
 今後とも、各位の一層のご支援、ご協力を お願いする次第です。

(企画調査部長)




百年の眠りから覚めたコヒーラ


東海大学 若井 登

 平磯宇宙環境センターの木造庁舎解体の 際、二重の桐箱に納められた水晶振動子等に 混ざって、紙巻煙草程の長さでその半分程の 太さの、リード線付きガラス管(表紙写真) が見つかった。夏休みの終わり頃、学生を連 れて同センターに見学に行った際、資料館で それを見た私は自分の目を疑った。文献でし か見たことのないマルコー二のコヒーラでは ないか。
 昨今コヒーラの名を知る人は少ない。それ は電波史の冒頭にチラリと顔を見せるだけだ からである。1891年にフランスのブランリー が発明したコヒーラ(本人はラジオコンダク タと命名した。radioという語が電波の意味 で使われた最初と言われている。)は、ロシア のボボフ、イタリアのマルコー二等によって、 世界最初の実用的な電波の検出器として使わ れ脚光を浴びた。コヒーラの原理は、ガラス 管中の電極の間にゆるくつめられた金属粉 が、電磁界に感じてくっつき(cohere)、導電 状態になることにある。しかしそれを元に戻 すには、軽く叩いて粉をバラバラにする (decohere)しかない。マルコー二は、アンテ ナを改良し、コヒーラの感度を上げるととも に、リレーに連動するデコヒーラを発明して、 無線電信の祖といわれるに至った。
 私は先ずこのような歴史的なコヒーラが何 故平磯にあったのかについて疑問を抱いた。 というのは、コヒーラは、マルコー二による 1895年の特許や、1902年の大西洋横断通信実 験に、また日本では1901年(明治34年)の海 軍34式と1903年(明治36年)の36式無電機に 使われた検波器ではあるが、1910年(明治43 年)頃からは鉱石検波器にとって替わられた ため、1915年(大正4年)の平磯出張所発足 時にはもう研究の対象となっていなかった筈 だからである。察するに、鉱石や真空管の検 波器と比較するためか何かで、電気試験所第 4部から持ち込まれたものではなかろうか。


▲写真1 本所で行われたデモストレーション

 この謎はさておいて、約一世紀前のコヒ一 ラは果して動作するのか。その答えをだすた め私は同センターからそれを借り受け、大学 の地下室にあるヘルツ式火花発信機の前に置 いた。その発信機は、へルツの電波発見100年 に因んで、1988年に受信機と対にしてすでに 作って置いたものである。そして40センチ角 の銅版を取り付けた2本のアンテナ銅線の先 端間にパチパチと火花を飛ばすと、対向する アンテナに接続したコヒーラは即座に反応し て短絡した。真空封入されているせいか、ほ ぼ100年の歳月を経ていても、極めて感度良く 電磁波に反応したのである。
 これに力を得て、私はマルコー二式無線電 信機を往事と同じ回路で復元してみようと考 えた。前述のように、火花式送信機はすでに 出来ていたが、そのままでは強すぎるので、 最小限の火花になるように改造した。次ぎに 問題は受信機である。回路そのものは、リレ ーを使った簡単なものであるが、コヒーラに は1.5ボルト以上かけられず(かけるとデコヒ ーアしにくくなる)、またあまり大きな電流を 流してコヒーラを壊してはいけないので、そ れなりに苦労した。そして不本意ではあった が、初段にトランジスタスイッチを使ってコ ヒーラを保護することにした(図1参照)。


図1 今回復元したマルコーニ式受信機

 受信機の復元の合間に、横須賀の三笠記念 館に行き、日露戦争で有名な海軍の36式無電 機を調べた。それは同機開発者の一人である 木村駿吉が後日復元した3台のレプリカの一 つであり、また現存する唯一のものでもある。 私がそこで見たコヒーラは、配電盤の大型ヒ ューズのように太く頑丈な構造で、大きなリ レー駆動電流の取れそう な、いかにも実戦向きに できていた。もう一つの コヒーラは、前述の海軍 の無電機開発のため逓信 省から参加した松代松之 助が1903年(明治36年) に作ったといわれるもの で、NHKの放送博物館 にある。それは平磯の1.5 倍ほどの大きさで、構造 はよく似ている。たまた ま谷恵吉郎元海軍技術少 将にお会いする機会があ ったので、平磯のコヒーラをお見せし鑑定を お願いした。谷氏によると、当時無線電信技 術の開発には、逓信省と海軍の2つの流れか あり、平磯のコヒーラは逓信省型とのことで あった。
 さて3カ月程の日曜大工仕事で完成したマ ルコー二式無電機は、予想通りの性能を発揮 してくれた。しかしいくつかの改良点も残っ ているので、それらを直した上遠からず平磯 にコヒーラは返却、装置全体は寄付したいと 思っている。コヒーラにとっては、長い眠り を妨げられて迷惑だったかも知れないが、電 波史の原点であるコヒーラが日本の電波研究 の原点である平磯で見つかった意義は大き い。この復元無電機を去る12月1日に所内の 一部の人にデモンストレーションした(写真 1)が、歴史的コヒーラの現物と無電機を見 たい方は平磯まで足を運ばれたく、またコヒ ーラに関連した事項についてさらに知りたい 向きは、拙書「電波ってなあに」をご覧あれ。

(通信総合研究所 元所長)




≪通信総合研究所滞在記≫

ステフアン キーナー


Watashi no namae wa KIENER Stephane desu(nihon no junjo de).
Switzerland no Zurich ni aru ETH kara kimashita.
ETH no“Institute of Fields and Waves”ni hataraite imashita.
Hakushi-go o totta ato,Canada no Ottawa Daigaku de ichi-nen kan Neyjo-kyoju to Costache-kyoju to issho ni kenkyu shimashita.

Genzai watashi wa STA fellow to shite,“adapting the MMP codes to the computation of non-perfect conductors”ya,ningen e no “hyperthermia effects”nado no keisan o kokoromite imasu. Sakunen wa kokusai kaigi ni mittsu ronbun o teishutsu shi,kotoshi wa sudeni muttsu dashimashita.

Koushita shigoto dake de wa naku,nihon-go ya nihon no bunka ni tsuite benkyo-shitari,jitensha ni notte burabura shitari,Fuji-san no choojyoo ni nobottari,nihon de no seikatsu o tanoshinde imasu.


S.Kiener氏の紹介



 ステファン キーナーさんは、科学技術庁のフェ ローとして1992年3月31日から1993年9月30日ま で、統合通信部電磁環境研究室に滞在します。彼は、 電磁界数値解析の一手法として近年注目されている MPM法を用いて、電磁界シミュレーションを行っ ています。
 彼の研究と我々の研究とは非常によく結びつき、 彼が赴任して以来、当研究室の研究者との連名で、 国際学会に既に数編の論文を投稿しています。研究 以外の場では、我々はキーナーさんと富士山の頂上 に登ったり、当研究室メンバー手製の餃子パーティ、 キーナーさん手製のフォアグラ抜きのフランス風鴨 料理などを楽しんでいます。

(総合通信部電磁環境研究室 室長 篠塚 隆)



短 信




科学技術講演会の開催


 4月18日の発明の日にちなんだ科学技術週間の行 事としまして、当所では下記により最新の成果を紹 介する講演会を開催いたします。
一般の方々を対象とした講演内容です。多数のご 来場をお待ちしています。

講演日時 :平成5年4月14日水曜日
      午後2時から4時まで
場   所:通信総合研究所4号館大会議室
対   象:一般(申し込み不要)
問い合せ先:企画調査部企画課第三企画係
      電話:0423−27−7465(ダイヤルイン)



「待望の高速バス停車」


 「鹿島神宮駅−東京駅」高速バスの新しい停留所 が、3月1日に完成する運びとなりました。これに伴 い、高速バスは、同日から停車することとなります。
 新しく開設する停留所の名称は、「鹿島宇宙通信セ ンター」です。場所は、上りが、鹿島宇宙通信セン ター厚生棟の西側(写真)で、下りは、その斜め前 方です。
 従来高速バス停まで、路線バスを利用しており、 本数も少なくたいへん不便でしたが今回の開通によ り、当所職員及び平井の住民にとっては、都内との 往復がたいへん便利になります。

(関東支所管理課管理係長 藤村 克也)


▲整備中の停留所予定地