所長就任御挨拶


吉村 和幸

 この度、7月1日付をもって、畚野前所長の後 任として通信総合研究所所長に就任致しました。 これまで当所が進めてきました、基礎先端研究を 通して真に国際貢献しうるような研究所へ脱皮を 図ることを目指して、引き続き努力していく考え であります。よろしくお願い致します。
 前年度は当所の前身である電波研究所が昭和2 7年に設立されてから40周年に当たりましたが、 それを記念して年史を発刊しました。これは、主 に最近10年間の当所の様々な研究活動をまとめ たものですが、待に最近約5年間の当所の著しい 変化の軌跡がこの中に示されています。
 御承知のように、現在我が国は、基礎先端研究 分野においてその国力に相応しい役割を果たすこ とを国際的に強く求められています。このような 役割は国立試験研究機関が率先して担うべきであ りますが、それにはその存在基盤であった定常業 務とそのための試験法の開発、標準の維持・改良 などから、180度方向転換を図る必要がありま す。そのため、国研は組織、要員、予算、外部と の協力関係等々、多くの改革すべき課題に直面し てきたわけであります。その中には、国研が国の 行政組織に完全に組み込まれていることによる制 度上の問題も含まれています。
 当所におきましては、この10年間、名称変更、 関西支所の設立や電波観測所の整理統合を含む 度々の組織改正、主要研究分野の見直し、全所的 な業務改善の実施、採用の改善、人材の活発な交 流、外部機関との積極的な共同研究等々の諸改革 を実施してきました。このような努力によって、 第二次オイルショック後の厳しいシーリング下で 急激に減少し続けた予算、定員削減政策のもとで 減り続けた要員などが徐々に改善され、またプロ ジェクトも基礎性先端性を志向したものに変わり、 要員構成も大きく変化してきました。
 最近の予算事情に触れますと、平成4年度と5 年度の補正予算において幸い合計約100億円が 認められ、永い間放置されてきた老朽化施設の主 なものを更新することができ、またこれを機会に 様々な研究基盤の整備を実施することができまし た。一般予算についても、平成5年度には物件費 を倍増することができ、これまで大幅に減少した 分をほぼ取り返し、ようやく一人前の研究所らし い予算額になったと評価しています。この一連の 予算の獲得によって研究所の中は急に明るくなっ たようであり、また研究者に自信が感じられるよ うになりました。これは、一人私のみではなく、 外部の方々のご意見でもあります。これらの事実 によって改めて確認できたことは、基礎的あるい は先端的研究を進めるには、多額の設備投資と研 究予算の長期的な確保が不可欠だということであ ります。
 基礎先端研究を進める上でもうひとつの重要な 課題は研究要員であります。これには数と質の問 題がありますが、数の確保が先決であります。当 所の現在進めているプロジェクトについて期待さ れるような成果を挙げていくだけでも、今の倍の 研究者が必要と考えています。これまで、当所は 研究要員確保のため多くの努力をしてきています。 支援あるいは定常業務の簡素化、合理化、見直し などを鋭意進め、この点ではほぼ限界にきつつあ ります。また新陳代謝も十分進み、現在は当所の 研究職員の平均年齢は約37才ですが、これは国 研の平均より5才近く若くなっています。これら の事実を考えるとき、要員確保の問題は最も深刻 な状況にあると言えます。これを緩和する意味で も、当所は大学からの研修生を含め外部からの研 究者を積極的に受け入れるようにしています。
 研究は詰まるところ人であります。基礎先端研 究で優れた成果を挙げるには、研究能力の優れた 人材を擁し、しっかりした支援体制をもつことが 必要です。我が国のように遅れた研究体制のもと では、できあいの優れた研究者を多数集めること は非常に困難であります。そのような基盤がもと もと体制的に脆弱であり、人材の蓄積に乏しいか らです。したがって、研究指導を行うことによっ て人材を育成することが不可欠ですが、そのため 当所では室長の指導性の向上に力をいれておりま す。効果は明瞭に現れてきており、研究成果も向 上しています。目標は、キャッチアップ的研究か ら脱皮して真に創造的研究を志向できるような研 究者を育てることですが、これは今後長期間かけ て改善すべき課題と考えております。
 当所の将来的目標は、センター・オブ・エクセ レンス化にあります。そのためには、組織を十分 開かれたものにし、また研究者の流動性を完全に 保障する必要があります。この考えのもとに、当 所は様々なことを実行してきております。さらに、 長期的に保障された使い勝手のよい潤沢な予算の 確保、中核となる研究人材の確保、充実した支援 体制、研究能力をべースにした処遇制度など、多 くの課題を解決していく必要があります。それに は、各方面との連携協力、御理解御支援が必要で すが、特に制度的なものは行政サイドの全面的は 理解なしには実現しません。各位の一層の御支援 御協力をお願いする次第です。


通信総合研究所長
吉村 和幸
(よしむら かずよし)

 昭和13年1月1日北海道名寄市に生まれる。
 昭和37年3月北海道大学工学部電気学科を卒業。 同年4月1日付けで郵政省(電波監理局)に入省、 9月1日付けで電波研究所(現在の通信総合研究所) に配属。昭和53年3月工学博士(東京大学)の学 位を取得。昭和62年から平成5年6月30日まで 宇宙通信部長、標準測定部長、企画調査部長を勤め、 同年7月1日付けで通信総合研究所長に就任。
 昭和62年科学技術庁長官賞(研究功績者賞)を 受賞。




アジア太平洋情報ネットワーク実験
−パートナーズ計画−

若菜 弘充

 アジア太平洋諸国を技術試験衛星5型(ETS- V)で結ぶ衛星通信情報ネットワーク実験 PARTNERS計画が行われている。この計画は、開 発途上国への宇宙開発成果の還元と技術移転の促進 を主旨とする国際宇宙年の活動の一環として、産学 官が協力し、遠隔教育、遠隔医療、環境保全の分野 で有効に衛星通信を導入するための国際協力実験で ある。
 PARTNERSとは、PAn-pacific Regional Telecommunications Network Experiment and Research Satelliteの略であり、アジア大平洋の国々が、 たがいにパートナーとなって、この地域の情報ネッ トワーク構築に向けて国際的な共同実験を行おうと いう意味も含まれている。1992年4月には、加藤秀俊 文部省放送教育開発センター長を会長とし、郵政省、 通信総合研究所、宇宙開発事業団、電波システム開 発センター、電気通信大学、東北大学、NHK、 KDD、NTTほか民間企業から構成される PARTNERS推進協議会が設立され、この組織の下 で様々な活動が進められている。

遠隔教育情報ネットワーク
 遠隔教育の分野では、当所が中心となり、タイの キングモンクット工科大学、インドネシアのバンド ン工科大学、パプアニューギニアのパプアニューギ ニア工科大学、フィジーの南大平洋大学に地球局を 設置し、本格的な実験が行われている。この地球局 は簡易で廉価な構成を目標に、直径1.2mのパラボ ラアンテナ、送受信機、64kbps音声画像符号化装 置、ビデオカメラ、ビデオモニターから構成され、 高画像圧縮技術を用いた動画像によるテレビ会議が 行えるシステムである。これまでにも、昨年11月 に開催されたアジア・太平洋国際宇宙年会議をはじ め、日本語教育、国際遠隔教育に関する様々なシン ポジュウムにおいて実験がなされてきた。この衛星 通信ネットワークを通してアジア・太平洋諸国が参 加し、その有効性を参加者全員に強く印象づけた。 現在、文部省放送教育開発センターが主催する国際 衛星ワークショップ(通称:SAWS)が、隔週で開 催されている。写真1から4は、各国でTV会議実 験を行っている様子と地球局設置時のスナップ写真 である。


▲写真1 タイのキングモンクット大学での会議風景


▲写真2 インドネシアのバンドン工科大学での地球局設置


▲写真3 パプアニューギニア工科大学での日本との交信


▲写真4 フィジーの南太平洋大学での地球局設置時のスナップ

遠隔医療ネットワーク
 遠隔医療の分野では、東海大学医学部を中心とす る医療グループ(日本医科大学、江戸川医師会、秋 田大学医学部等から構成される)により、国内に6 局、タイ、パプアニューギニア、カンボジアの3カ 国に計11局の衛星通信用地球局が設置され、精細 静止画像による遠隔医療、遠隔診断などの実験に使 われている。この医療ネットワークは通称AMINE (アミノ酸)と呼ばれ、現在は、あくまで実験べース であるが、実利用に向けた様々な検証実験を行うと 同時に途上国の患者の救命活動にも使われている。 カンボジアのプノンペンからも、連日、外傷、重傷 感染症、ネフローゼ症候群等の医療コンサルテーシ ョンを受けている。

その他の情報ネットワーク実験
 宇宙開発事業団地球観測センターとインドネシア 国立航空宇宙研究所との間では地球観測衛星データ の画像伝送実験を行っている。この実験は、防災、 洪水、森林、火災、沿岸侵食等の、地球観測衛星に よるモニタリングシステムの構築を目的としている。
 日本科学技術情報センターでは、タイのキングモ ンクット工科大学とのオンライン情報検索システム 実験を行った。
 当所と宇宙開発事業団では、日本、タイ、インド ネシア、パプアニューギニアの4カ国で同時にLバ ンド電波伝搬測定実験を行っている。

地球局の設置
 最後に、当所がPARTNERS地球局を設置した際 のエピソードのいくつかを紹介したい。
 地球局装置の準備期間が短かったのも問題であっ たが、ようやく準備できた装置をタイとインドネシ アの二カ国に送ったところ、業者の手違いで、タイ にアンテナが2台、インドネシアに送受信装置が2 台届いてしまった。設置のために当地へ滞在中の当 所の研究員は、事情もわからず税関から荷物が出て 来るのを何日も待つことになった。その後関係者の 必死の努力により装置も送りなおし、研究員も滞在 期間を延長し、地球局を無事設置し終った。いざ出 国という時になって、ビザの有効期間が過ぎていて、 現地の大使館の方々には大変お世話になった。
 パプアニュ一ギニアでは、マラリアが大流行。大 学内でも、学生がマラリアで死亡したり、本国に帰 国して治療している教授がいたりという状態が続い ている。地球局設置の研究員は、帰国後もマラリア の予防薬を何週間か飲み続けたため、幸運なことに 今のところ発病の兆候はない。
 フィジーでは、地球局設置場所の選定、調整が難 航、さらに無線局免許と局の設置の許可もおりず、 結局、第1陣は設置を見送り帰国した。その後の関 係者の努力により問題が解決し、第2陣が今年3月 に出発して、ようやく設置に成功した。ここでは物 事がすべてゆっくりと進行して行く。日本の時間感 覚と太平洋諸国の時間感覚との違いを思い知らされ る出来事であった。

おわりに
 現在、このPARTNERSネットワークを使って 様々な実験が進められ、多くの有益な成果が得られ ている。この実験を通して、参加者の誰もが、恒久 的なアジア・太平洋地域の衛星通信情報ネットワー クの有効性と必要性を感じつつある。この PARTNERS計画が、このように早期に実現したの も、国内外の多数の方々の強い要望とご協力による ものである。ここに深謝いたします。



短 信




鹿島アントラーズ優勝!


 当所鹿島宇宙通信センターのある鹿島町は、今や 全国に知れ渡る活気ある町です。その最大の要因は、 Jリーグの初代チャンピオンに輝いた「鹿島アントラ ーズ」の大活躍です。もちろん私たちCRL職員も、 応援団「鹿島アンテナーズ」を結成し、サッカースタ ジアムに駆けつけて、あるいはテレビの前で、激しい 声援を送って、鹿島アントラーズの優勝に大いに貢献 しているのです。そんな鹿島の活気を反映してか、私 たちの研究も、宇宙時代に向けて大きく発展しようと しています。そして、私たちの研究内容を地域住民の 方々に理解していただくための、一般公開や「鹿島ま つり」での展示でも、年々より多くの参加者の熱心な 眼差しを感じることができています。そんな活気あふ れる鹿島の人々やアントラーズ選手に負けないくらい 研究面でもますます前進したいというのが、私たちセ ンター職員一同の目標です。


▲鹿島アンテナーズのメンバー
(鹿島サッカースタジアムにて)