超高感度CCDカメラによる静止衛星
及びスペースデブリの光学追跡


有本 好徳

はじめに
 近年、通信・放送等の分野で静止衛星が実用化さ れるにつれ、静止軌道に打ち上げられる衛星の数も 増加している。これに伴って、2つの静止衛星ある いは静止街星と衛星の打ち上げによって生したスペ ースデブリや運用終了後に放置された衛星との衝突 の危険性が指摘されるようになった。
 静止軌道の近くを飛行するデブリの中低高度を飛 行するデブリに対する相違点は、静止衛星との相対 速度(衝突速度)は大きくないものの、固体ロケッ トモータの燃焼等によって生じた微小なデブリを除 けば、その軌道が数百年にわたって非常に安定して おり、一旦人工的に生じたデブリはどんどん蓄積さ れていくという点である。
 望遠鏡等の光学的手段を用いたスペースデブリの 観測は、マイクロ波を用いたレーダ観測に比べて距 離の増大に伴う感度低下が少ないため、静止軌道等 の比較的高い軌道にあるデブリに対して用いられて いる。しかしながら、静止軌道におけるデブリ観測 は衛星本体やアポジモータ等の比較的大型の物体に 限られており、数十cm以下の小さなデブリに対す る観測手段はまだ確立されていない。ここでは、通 信総合研究所(CRL)で行われてきた光学観測の概 要と静止衛星の光学追跡精度、スペースデブリの検 出感度について紹介する。

CRLの光学追跡システム
 CRLでは、宇宙光通信地上センタに設置されて いる口径1.5mの望遠鏡と冷却型CCDカメラを組み 合わせた光学観測装置を用いて、静止衛星あるいは 静止軌道近傍のデブリの追跡実験を行ってきた。
 観測に用いたCCDカメラは、天文観測用に開発 されたもので、液体窒素による素子の冷却と読み出 し速度を遅くすることにより超高感度を得ている。 CCD素子には、素子自体に積分機能があり、全て の画素にわたって感度が一様で、直接2次元の座標 か正確に読み取れるという特長がある。
 このCCDカメラと大型望遠鏡を組み合わせるこ とで、地上からほとんど静止して見える静止衛星あ るいはその近傍のデブリに対しての太陽の散乱光観測 測から、高感度の観測が可能となる。望遠鏡の設置 されているCRLからみた静止軌道にある物体の見 かけの方向を図1に示す。観測が比較的容易に行え る仰角を30゜以上とした場合、東経90゜から東経 180°までの静止軌道が観測できる。これは静止軌 道全体の1/4に当たる。


▲図1 静止衛星高度にある衛星のみかけの方向(CRLから見た場合)

 今までの実験観測を評価したところ、CRLの光 学追跡システムでは静止軌道上にある約20cm程度 の物体まで検出できると推定されている。また、望 遠鏡が都市部に設置されていることから、夜間照明 による背景光雑音がCCDカメラ固有の読み出し雑 音を上回っており、背景光の効率的な除去方法が重 要となる。また、CCDカメラの視野が0.1゜程度と 狭く、未知のデブリの探索には効率が悪い。しかし ながら、画像処理を行うことにより高い追尾精度が 得られることが本システムの特徴である。

静止衛星光学観測
 東経110゜の静止軌道にある放送衛星(BS-3 a/BS-3b)を望遠鏡の方向を固定して観測した際の 取得画像例を図2に示す。静止衛星は、地上から見 るとほぼ静止しているのでCCD画像では点像とな る。図の左かBS-3b、右がBS-3aである。これに対 し、静止衛星の背後を通過する恒星は、露光時間に おける地球の自転角に比例した長さの線状になって 写る。CCDカメラの露光時間が10秒と十分長いの で、大気の屈折率の変動に伴う追尾方向のゆらぎは 積分されて、衛星像は点対称のガウス分布となる。


▲図2 観測画像データの例(左がBS-3,右がBS-3a,1992年2月21日)

 衛星像の中心を1画素以下の精度まで求めるには、 像の重心を計算する必要があるが、大きな背景光の 変化があると、この計算に誤差が生じる。そこで、 本実験のデータ処理では1回の観測で取得した画像 データから背景光を効率的に除去する方法を考案し、 同一画面上の観測であれば0.0001゜以下の角度分解 能が得られることを示した。図の観測例の場合、2 衛星の相対間隔の赤経方向の成分は198.3秒角、赤 緯方向の成分は23.3秒角となり、2つの衛星間の距 離は約36.7kmであることがわかった。
 また、図の2つの衛星の像の明るさを解析した結 果、BS-3bがBS-3aよりも0.5等級明るいことがわ かった。この明るさの差は同時期に取得された画像 のすべてに共通している。

実用デブリ観測システムの検討
 望遠鏡の口径をCRL光学追跡システムの1/4の 38cmとし、これに市販されているうちで最も高分解 能の電子冷却型CCDを取り付けることにより実用 的なシステムが低コストで実現できることがわかっ た。
 表1に米国の宇宙司令部の光学追跡ネットワーク (GEODSS)で用いられている観測システム、CRL の実験システムと本検討結果との比較を示す。夜間 の背景光雑音がCRLにおける値と同じであると仮 定してもGEODSSと同等の感度が得られる。

▼表1 実用デブリ観測システムとCRL実験システムとの比較

 このような観測局が1局あれば、夜間8時間の観 測により1週間後でもデブリの再捕捉が可能で、夜 間の快晴という条件が満たされれば、図1に示した 領域のデブリ監視が行える。

おわりに
 大型望遠鏡と高感度CCDカメラを用いることに より、静止軌道にあるスペースデブリの観測が可能 であることを示した。また、CRLにおける光学追 跡実験の成果をもとに静止軌道の近くにあるスペー スデブリを観測する実用システムについて検討した。 今後、静止軌道を有効に使い続けるためにはこのよ うなデブリ観測システムが必要になるであろう。
 現在、CRLではCCDカメラをより高分解能の 1242×1152画素の機種に更新する作業を行っており、 今後、視野を0.2゜程度まで広げて本格的なデブリ 観測を行う予定である。

(宇宙技術研究室長)




≪長期外国出張≫

テレコムオーストラリア通信研究所


平良 真一

 1992年の7月より約1年間、オーストラリアにおけ る在外研究員として、低軌道周回衛星を用いた通信 システムに関する研究を行なった。勤務先は、オー ストラリア最大の通信会社であるTelecom A ustralia(以下、テレコム)に属する通信研究所の Telecom Research Laboratories(以下、TR L)であった。テレコムは従業員約7万人を抱える 巨大な国営企業で、かつての日本の電電公社のよう に、オーストラリアにおける公衆電話網などの通信 基盤の発展に多大な貢献をしてきた。TRLはテレ コムにおける研究開発部門の拠点であり、1992年現 在で職員が450人、年間予算は6500万オーストラリ アドル(日本円で約45億円)、場所はオーストラリ ア南東部のメルボルン郊外に位置している。メルボ ルンはシドニーに次ぐオーストラリア第2の都市で あり、1956年に南半球で初めて行なわれたオリンピ ックの開催地として、また毎年1月にテニスの四大 大会の一つである全豪オープンか開かれることで有 名な都市である。メルボルンオリンピックのメイン 会場となったメルボルンクリケットグラウンド(M CG〉は現在約12万人を収容できるスタジアムで、 毎年9月にはこの国独特の競技であるオーストラリ アンルールズフットボールの決勝戦が行なわれ、オ ーストラリアスポーツの博物館もあって、市民の間 で最も人気の高いスポットとなっている。


▲TRL展示ブース

 研究所は市の中心部から20kmほど離れた郊外にあ り、近くには大学やオーストラリアの国立研究機関 の1つであるCSIRO、また数社の企業の研究部 門もあって、閑静で恵まれた環境にあると言える。 研究内容はISDN、HDTV、光ファイバ、ディ ジタル携帯電話等、有線、無線並びに情報に関して 多岐にわたっており、研究室の数は約20である。ま た、オーストラリアの時刻標準に関する業務は、日 本における当所の様に、この研究所にて行なわれて いる。
 今回の出張では、インマルサット(国際海事衛星 機構:INMARSAT)が現在推し進めている、 “Project21”という衛星通信システムに関する検 討を行なった。インマルサットは、全世界に対して 携帯端末を用いた音声並びにデータ通信サービスを 1998年に開始することを目標にシステムの開発を進 めており、これは“インマルサットP”とも呼ばれ ている。システムに関する検討はいくつかの作業班 に分かれて行なわれており、TRLは地上系システ ムに関し、電波伝搬特性を調べる作業班に属してい る。この作業班にはアメリカのCOMSAT、カナ ダのTELEGLOBE、日本のKDDや韓国、フ ランス、イギリス等の組織も参加している。TRL ではへリコプターを周回衛星に見立てて実験を行な い、その解析結果をインマルサットヘ提出した。イ ンマルサットは1992年7月の理事会で、衛星にかか るコストの面から低軌道衛星をシステムの候補から 除外した。システムに関する検討は現在も継続中で、 静止衛星を用いるか、中高度の周回衛星を採用する かの結論を1994年の2月に出す予定である。
 1993年1月よりオーストラリアの通信業界も競争 時代へと突入した。それまでは国が独占していた通 信市場もライバルの民間会社の出現により通信科の 値下げ競争やサービスの多様化等、大きな変化が起 きている。この状況に対処するためテレコムは近く 組織改正を行なう予定で、TRLも応用研究をより 重点的に行なう体制へと変わることになっている。
謝辞:今回の出張に際し、御尽カ下さった関係各位 に深く感謝致します。

〈鹿島宇宙通信センター 宇宙通信技術研究室)




















短 信




平成6年度予算内示速報


 平成6年度の予算内示は、例年より大幅に遅れ、 2月10日に行われた。当所の内示総額は約82.6億円 で、前年度に比して13%増加となった。増加の主な 項目は、「首都圏広域地殻変動観測施設の保守整備」 (約8億円)と新規事項「次世代の通信・放送分野 の研究開発衛星の研究開発」(約1億2千万)であ る。平成5年度との比較を図に示す。前記の2項目 は図の宇宙通信に含まれている。総予算額に対する 人件費率は36%となり、5年度より3ポイント低下 した。
 なお、組織については「時空技術研究室」と「高 速移動通信研究室」の2研究室が、要員については 3名の増員が認められた。




チェンバーのおかげ



誕生の秘密
 チェンバーは、昭和49年、当時の田中政権の大盤 振舞のおかげで誕生した。正式の名前は、「スペー スプラズマチェンバー」といい、宇宙空間を模擬す る装置である。これほど大きな予算(約2千万円) が突然つくとは、当時としては思いもよらなかった。

地震の恐怖
 チェンバーには、4極の磁場印加用コイルを取り 付け、磁場分布を乱さないため、チェンバーの4足 を支える地下室の側壁に鉄骨を入れないことにした。 そのおかげで、地震の度にはらはらさせられた。

恵まれた日々
 チェンバーの維持費というものが標準予算で認め られた。これは当時としては相当な額で、研究生活 を長期間にわたり支えてくれた。そのおかげで、今 ほど予算獲得に苦労せずに過ごさせてもらった。

(環境システム研究室長 森 弘隆)



電話回線による標準時の供給


 標準計測部周波数標準課は、標準電波により標準 周波数と日本のラジオ・テレビなどの時報の基準と なる標準時の通報を行っていますが、この程、財団 法人電波システム開発センターと共同して、電話回 線を使った標準時供給システムの試験運用を去る2 月1日から開始しました。
 これは、標準電波の難聴地域の救済と最近のコン ピュータ化社会に対応した標準時を簡単に、しかも 高精度で供給することを目的としています。しかし 本システムは、供給側と利用者が1対1で対応する ため、話中になる可能性が高いなどの問題点が予想 されます。そこで、本格的な実用化に向けて、本シス テムを試験的に運用して、有効性の確認と改善点の 調査を行い、将来のシステム設計や運用方法を検討 することにしています。

(標準計測部 主任研究官)


▲電話回線を使用した標準時供給装置



第86回研究発表会開催のお知らせ


 平成6年度春季研究発表会(第86回)を当所の大 会議室で開催いたします。多くの方々のご来所をお 待ちしております。(入場無科、参加登録は不要です)
日時:平成6年5月25日 水曜日
   午後9時30分から午後4時まで
場所:通信総合研究所 4号館大会議室
 発表題目
(午前の部)=地球惑星環境系=
1.ヨーロッパリモートセンシング衛星1号(ERS-1)
 搭載合成開口レーダを用いた実験報告
 (1)センサの較正及び稲作観測
 (2)海洋疑似油汚染観測
2.宇宙測地技術を用いた首都圏広域地殻変動観測 計画
3.1994年7月のシューメイカー・レビー第9彗星の 木星衝突について
(午後の部)=通信情報系=
4.小型衛星のための太陽電池付マイクロストリ ップアンテナの研究
5.広帯域音響信号処理の研究
 −高速1bit符号化方式とその応用−
6.新たな周波数の開発をめざして
 (1)周波数資源研究開発計画の概要
 (2)ミリ波構内通信のための伝搬特性の測定
  −60GHz帯マルチパスとその偏波依存性−
 (3)放送用周波数有効利用に関する研究開発