鹿島の名所旧跡
「茨城県鹿島町」の名前は、サッカー「鹿島ア
ントラーズ」のお蔭で、今や全国津々浦々まで知
れ渡っています。町にあるアントラーズの練習場
や県立サッカー場は観光コースの目玉になってい
ます。でも昔は、海の見える小高い丘にある通信
総合研究所鹿島宇宙通信センター(当時は電波研
究所鹿島支所)が観光の目玉でした。
「パラボラ」の通称で知られている鹿島支所が
設立されたのは、今から30年前の昭和39年5月で
す。その当時の鹿島は、町の人口が1万6千人程
度で、国鉄の駅がある佐原まで20kmの道をバス
で行くしかない陸の孤島でした。ただ、伊勢神官
に次いで格式が高く、戦の神様として崇拝されて
いた「鹿島神宮」だけが大昔から全国的に知られ
ていました。このような門前町を一変したのが、
昭和37年から始まった「鹿島臨海工業地帯」の建
設で、鹿島支所が出来た39年には大規模な土地買
収が始まりました。
「パラボラ」
当時、我が国では宇宙開発はやっと緒についた
ばかりでした。勿論、当所も人工衛星については
素人でしたが、昭和32年にソ連の衛星「スプート
ニク」が成功すると、衛星通信が近い将来有望に
なることを予想して、宇宙通信の調査研究を始め
ました。すなわち、昭和36年には研究所に宇宙通
信研究室を新設し、衛星用地上局の場所として鹿
島を選び、アンテナの建設に着手しました。その
後、我が国最大の直径30mのパラボラ・アンテナ
が完成し、昭和39年5月には2研究室からなる鹿
島支所ができ、本格的な宇宙通信実験を開始しま
した。この時の苦労話については、25周年記念の
回想録「パラボラと共に」に詳しく書かれていま
すから御覧下さい。とにかく、芋畑の中に写真の
ような巨大なアンテナができ、ぐるぐる回るわけ
ですから近郷近在で一躍有名になりました。当時、
NHKテレビが毎日このアンテナの映像を全国に
放映しましたから、「パラボラ」は鹿島神宮と共
に鹿島のシンボルになりました。
▲創立時の直径30mのパラボラ・アンテナ
揺籃期(昭和40年代)
鹿島支所のデビューは、昭和39年10月に開催さ
れた東京オリンピックの衛星中継でした。この時、
史上始めてオリンピックのテレビ映像を人工衛星
を介して米国に送りましたが、大成功で世界的な
反響がありました。それ以後、米国の様々な実験
衛星を使ったテレビ伝送や多元接続などの衛星通
信の実験を行い、その基本特性の研究と習熟に努
めました。今日の気象衛星の基礎となる雲分布画
像の受信なども行いました。また、ロケットや衛
星が打ち上がる度に、衛星追尾や軌道要素の観測
推定を行いました。さらに、昭和42年から、当所
が我が国初の実用衛星である「電離層観測衛星
(ISS)」を開発することになり、その追尾管制
施設も鹿島に出来ました。
一方、電波天文の分野でも、直径30mや直径26
mの大型アンテナを使った観測研究が大学と協同
で始まり、X線天体からの電波の受信など世界的
に注目される成果を挙げました。
この間、鹿島の町は「臨海工業地帯」の整備に
伴って人口が倍増し、昭和50年度には3万7千人
になりました。また、国鉄も開通しています。
独立期(昭和50年代)
この時期になると、ISSを初め、実験用通信
衛星(CS)や実験用放送衛星(BS)などの国
産衛星が次々と打ち上がり、本格的な衛星実験の
時代に突入しました。鹿島支所は我が国の衛星実
験の中核として活躍し、多くの研究成果を挙げま
した。特に、準ミリ波帯衛星通信や個別受信衛星
放送の実用化技術の確立を図り、今日の通信放送
衛星の基礎を作りました。また、追尾技術も上達
し、数多くの衛星を昼夜を分かたず管制しました。
この大活躍の時代に鹿島支所の職員数は急激に増
加し、70名を越えるようになりました。
さらに、準ミリ波やミリ波帯の電波を使った衛
星通信を開発するために、雨による電波の減衰特
性を研究し、多機能降雨レーダも開発しました。
これが、その後の当所におけるリモートセンシン
グ研究の発端になりました。一方、電波天文グル
ープは当所の衛星通信技術と周波数標準技術を駆
使して、最先端の計測技術であるVLBIシステ
ムの開発に挑戦しました。その結果、昭和58年に
は世界で初めて太平洋VLBI実験を行い、日米
間の距離をcmの精度で測定しました。
▲鹿島宇宙通信センターにおける研究
発展期(昭和60年〜現在)
昭和50年代に当所が計画していた移動体用通信
衛星の構想は、昭和62年に打ち上げられた技術試
験衛星(ETS−V)で実を結びました。鹿島支
所は、小型船舶、航空機、車両を対象とした統合
的な衛星通信技術の確立のため、この衛星を用い
て各種の開発実験を行いました。例えば、移動体
に適したアンテナの開発を行い、その成果は、国
際線のジャンボ機にも利用されました。また、郵
政省が主宰するパートナーズ計画を推進し、大平
洋諸国とテレビ会議実験を行うなど、広範な衛星
利用形態の開発と技術移転に指導的な役割を果た
しました。この功績により、電波システム開発セ
ンター会長賞を本年受賞しました。さらに現在は、
今夏に打ち上げ予定のETS−$K$h$k1R@14VDL
信模擬実験の準備や、将来の高度衛星通信放送技
術の研究開発に重点を移しています。
一方、衛星管制グループは、通信放送機構の設
立などにより、昭和60年代になるとその使命を終
えました。その後、それまでの高度な軌道計算や
管制技術を用いてクラスター衛星(分散衛星)を開
発しようとする動きが生まれ、現在その研究を着
実に進めています。
また、リモートセンシング・グループは、我が
国を代表するマイクロ波リモートセンシング・グ
ループに成長しました。例えば、鹿島では2偏波
レーダや航空機搭載用降雨レーダを開発しました。
最近では、日米共同プロジェクトである熱帯降雨
観測衛星(TRMM)計画に参加し、その基本部
分である衛星搭載用降雨レーダの先行的研究及び
アルゴリズムの開発を行っています。
VLBIグループは、その後も米国と観測を続
け、プレート運動を高精度に測定しました。その
功績によりNASA長官賞を受賞しました。この
外、世界中の様々な国と共同観測を行いました。
南極でも世界で初めてVLBI実験をしました。
さらに、日本周辺のプレート運動も測定しました。
これらの多様な観測実験の外に、最先端の観測シ
ステムの開発も行っており、近年、国際機関から
「VLBI技術開発センター」に指名されました。
さらに、首都圏直下型地震の基礎データを集める
ために、VLBI等を用いた地殻変動観測施設を
鹿島および研究所本所(小金井〉など4か所に設
置することになり、現在その技術開発と施設整備
に全力を傾けています。このように、鹿島のVL
BIグループは今や世界のトップに立っていると
言っても過言ではないと思われます。
▲鹿島宇宙通信センター職員数の変化
終わりに
鹿島町民に親しまれてきた「電波研究所」鹿島
支所の名前は、平成元年に現在の「通信総合研究
所」関東支所鹿島宇宙通信センターに変わりまし
た。また、開設当時の直径30mの「パラボラ」
は昭和50年に撤去されましたが、その後、多くの
「パラボラ」が新たに建設されました。
鹿島宇宙通信センターの研究内容も、この30年
間に大きく変わり、拡がり、発展してきました。
また、優秀な若手人材も多数集まってきました。
当センターのこれまでの研究開発は、衛星や大型
アンテナを足場にして宇宙と地球の両方に向いて
きました。これからも、この有利な研究環境を利
用して、様々な事が無尽蔵に出来るような気がし
ます。宇宙監視などの新しい研究テーマを発掘し、
広範囲な宇宙利用を対象にした「鹿島宇宙利用研
究センター」を作りたいと考えています。これか
らの10年は、新しい「飛躍」の時代になると思い
ます。
(関東支所長)
▲図1 標準電波の利用目的
さらに、船舶無線局の多くが時計の照合にJJY
を利用していると回答していますが、このグループ
は二次報時機関や地震観測網ほどの精度は必要とし
ておらず、ラジオの時報や外国の標準電波等を利用
しているという回答もかなりありました。
一方、鉄道事業者、通信事業者、金融機関のよう
に正確な時間を必要としていると予想していた業種
では主に二次報時機関を利用しており、標準電波は
あまり利用していないことがわかりました。ただし、
これらの業種からもテレフォンJJYや長波時刻コ
ード等の新しい供給法に強い関心を示す声が寄せら
れています。また、コンピュータや電子機器の内蔵
時計を自動的に合わせたいという二ーズも大きくな
ってきています。その意味で、新しい標準時の供給
法が求められているといえます。
標準電波を周波数の基準として利用しているグル
ープは利用者全体の12%程度と時刻の利用者に比ベ
少なくなっています。これは通信機器、計測器等の
性能が向上し、一般ユーザは周波数精度を意識する
必要がなくなったためと考えられます。しかし、通
信機器、計測器のメーカ等では高精度の周波数標準
を必要としていますが、JJYでは電離層の影響を
受け、10^-7〜10^-8程度の精度しか得られません。図2
は標準電波を周波数の基準として利用している回答
者が必要としている周波数精度のグラフですが、約
80%が10^-8より高い精度を必要としている実態がお
わかりいただけると思います。このため、大半の回
答者はJJYではなく、より高精度の周波数標準が
得られる40kHzの実験局の電波等を利用しており、
JJYは既に周波数標準の供給手段としての社会的
役割を終えたといえます。しかし、一方で科学技術
の進歩により、必要とされる周波数精度はますます
厳しくなっており、新しい高精度標準周波数供給法
の開発が必要とされています。
▲図2 周波数の必要精度
このように、多方面で利用されている標準電波で
すが、受信状況はどうでしょう?図3は周波数別利
用状況です。5MHz、続いて10、8MHzが良く利用
されていますが、2.5、15MHz、40kHzの利用者は
かなり少なくなります。2.5、15MHzでは受信強度
か弱いという回答が5、8、10MHzに比べ多く、また
15MHzでは混信か強いという回答が他の周波数に比
べ多く、2.5、15MHzは他の周波数に比べ使いにく
く、他の周波数ほど利用されていない様子がわかり
ます。
▲図3 標準電波の周波数別利用状況
一方、40kHzですが、常時受信しているという回
答が他のどの周波数よりも多く、利用者数こそ短波
に比べ少ないのですが、必要度は高いことがわかり
ます。特に計測器メーカでは周波数の国家標準との
トレーサビリティ(国家標準と一定の較正ルートで
結ばれていること)を40kHzで確保しているところ
がかなりあります。図4は「JJYでいつでも安定
に時刻調整が可能ですか?」という質間の回答状況
ですが、約2/3がいつでも安定にできるわけでは
ないと回答しております。また、JJYは混信が多
く、電離層の状態に依存するため必要な精度が得ら
れにくいという意見も多く寄せられています。つま
り、JJYは決して理想的な標準供給方法ではなく、
多くの利用者はより使いやすい、あるいは高精度の
供給法を望んでいると言えます。
▲図4 JJYで安定に時刻調整可能か?
今回のアンケートにより、放送局やNTTあるい
は通信機器、計測器メーカ等の周波数・時間の二次
供給機関をはじめ多方面で標準電波は利用されてお
り、社会的基盤の一つとして重要な役割を果たして
いることが再確認されました。従って今後も引き続
き安定かつ信頼性の高い周波数・時間標準を供給し
ていくという社会的責務を果たしていくことが当所
に求められているといえます。一方で、JJYによ
る供給には精度不足、混信問題、受信状況が不安定
である、新しい社会の二ーズに充分対応していない
等の問題点も明らかになりました。
当所では、今回のアンケート結果や国と民間の二
次供給機関との役割分担を踏まえながら、効率的で
時代の二ーズにあった周波数と時間の標準の供給体
制を確立していく予定です。最後に今回のアンケー
トにご協力をいただいた方々に紙面を借りて厚く御
礼を申し上げます。
(周波数標準課長)
光領域周波数帯の研究開発のねらいは、まだ利用
の進んでいない光領域の通信への利用および必要な
素子等の基礎的な研究を行い、新しい利用分野を開
拓することにあります。さらに、光利用技術の高度
化を進め、来るべき高度情報化社会における周波数
の利用に関して適切かつ柔軟な対応ができるような
基礎技術の開発を行うことです。
これまで当所では、周波数資源の開拓の一環とし
て、まだ十分に利用されていない光領域(半導体レ
ーザの発振波長よりも波長がずっと長い赤外〜遠赤
外光領域)における光源、変復調器、検出素子など
の通信要素の基礎研究、光空間伝搬特性の基礎デー
タ収集などを行ってきました。現在、将来の通信へ
の応用を想定し、光・電波共用技術、装置の小型携
帯化、空間通信の高速・大容量化等の高度化された
利用技術の研究開発を目指しています。
光・電波共用技術の開発に関しては、光の長所と
電波の長所を組み合わせた高機能な装置や高度なシ
ステムの実現を目指しています。光の長所には、ビ
ーム幅を非常に狭くできる、光ファイバーなどの細
い伝送線路で伝送することができる、変調帯域幅を
大きくできるなどがあります。一方、電波の長所と
しては、広い範囲に放射することができ、気象条件
や障害物の影響が小さいことがあります。このよう
な長所を組み合わせた一つの例として、中央通信基
地局から遠く離れた小型端局までは光ファイバーを
用いて電波で変調された光信号を伝送し、端局では
光信号をもとの電波信号に変換し空間へ放射させる
システムがあります。複数の家庭や自動車等と、光
ファイバーを通る広帯域信号との柔軟な回線接続が
可能になります。このようなシステムやそれを支え
る技術については、ミリ波以下の周波数帯でATR
やNTTを始めとする通信関連の研究機関において
検討が進められています。技術的には、光信号と電
波信号の効率的な変換が課題であり、さらにミリ波
以上の高周波数域で動作する小型変換器の研究開発
が、より広帯域の信号伝送及びミリ波・サブミリ波
帯の利用技術開発の観点から重要です。
空間通信の高速・大容量化に関しては、波長2〜3
μmの中赤外光の利用が有望です。これは、伝搬減
衰の小さい帯域にあること、可視域に比べ霧に強く
大気揺らぎの影響が少ないこと、固体レーザ等の小
型光源があること等によります。高速の光短パルス
列発生と伝送、高速受信機の開発、大気ゆらぎの影
響を軽減するための光波面の制御等が課題です。
光を用いる通信と計測は、これまでの発展の推移
及び多くの分野での利用の可能性から、21世紀の高
度情報化社会における重要な基盤技術として発展し、
展開することは間違いありません。まだまだ多くの
要素技術の開発が必要とされていますが、当所では
今後ますます社会的な重要性を増していくと考えら
れる技術の一つとして、上述のような光・電波共用
技術等の研究に取り組んでいます。
(電磁波技術部 光技術研究室長)
(宇宙通信部長)
(関西支所超電導研究室)
「個人研究成果交流会」開始される
生きたガン細胞の染色体。画像化に成功
細胞核は細胞の持つすべての情報を保存する器で
あり、染色体はその情報が乗っているテープのよう
なものである。生物情報研究室では、高感度CCD
カメラとコンピュータ制御の光学顕微鏡システムを
用い、生きたガン細胞が分裂する際の染色体(赤)
の動きを画像化することに成功した(左の連続写真)。
固定細胞を用いればさらに高解像の画像が得られ、
他の細胞成分と色を染め分けることもできる(右:
赤が染色体、緑は微小管、青は中心体)。この方法を
使えば、生体に近い条件で染色体の分離を見れるの
で、染色体分離のメカニズムだけでなく、抗ガン剤
の薬理効果の研究やガン治療の研究に新たな道を開
く可能性がある。 (生物情報研究室 原口徳子)
「電波擾乱テレホンサービスから
第一回アジア太平洋地域研究 (企画部国際研究交流室)
第34次南極越冬隊帰国
宇宙環境情報テレホンサービスヘ」
平磯宇宙環境センターは1986年より電波擾乱に関
する情報をサービスしてきたが、近年は衛星運用や
送電線に与える太陽活動の影響が注目されるように
なり、この方面の利用者も増加してきた。このよう
な状況の変化に対応して、宇宙環境を中心とした情
報サービスを強化して、4月1日より新システムに
よるサービスを開始した。
提供する内容は項目別に0:概況・予報、1:太陽活
動、2:地磁気活動、3:プロトン現象、4:電波伝搬、5:
活動度指数と別れ、利用者は番号を電話機からいれ
て、必要な情報を繰り返し開く事ができる。提供す
る内容は平磯宇宙環境センター独自の観測データと、
ネットワークを通して内外から収集した情報に基づ
いており、具体的数値での情報提供を心がけた。現
在、全国7カ所の端末からサービスしているが、今
後はファックス機能の追加、サービスサイトの増加
などさらに利用者に使いやすいシステムにしたい。
交流促進連絡会(AP−PRO)開催
本連絡会は平成6年4月25日に第1回会合が開催
された。これは、アジア太平洋地域に係わる国際共
同研究活動(24件)を有機的に結びつけるとともに、
ますます発展している同地域の研究活動に積極的に
寄与することを目的に結成され、企画部長を会長と
し、所内及び本省関係者を全員等としている。
第1回会合は本連絡会の主旨及び活動計画の説明、
さらにアジア太平洋地域研究者交流予算(当面、タ
イ国から共同研究者を聘与する。)の実行計画、タイ
国モンクット王工科大学との共同プロジェクトの現
状と将来、及び会員の国際共同研究状況(タイ、イ
ンドネシア、マレーシア、中国、台湾、パートナー
ズ計画について)の報告などが議題となった。
3月28日夕方、第34次南極観測隊がシドニーから空
路無事帰国した。当所からは、山口隆司が電離層定
常部門、蒔田好行が宙空系部門として越冬に参加し
した。なお、山口隊員は昭和基地郵便局長も兼務し
た。かれらは、電波による超高層大気の観測、人工
衛星テレメトリ受信等、数多くの観測プログラムを
こなした。とくに、FM/CWレーダによる電離圏の
早い変動の検出、昭和基地とアイスランドの磁気共
役点の同時観測キャンペーンでの電離圏全電子数観
測の成功は、特筆すべきものである。大きな成果を
あげ無事帰国した隊員の顔は一段と逞しく、その表
情の中に充実感がうかがわれた。当日は、小川宇宙
科学部長をはしめ、多数の人々が出迎えに駆けつけ
た。