関西支所発足5周年を迎えて


吉村 和幸

 今年は、関西支所(関西先端研究センター)が 平成元年5月29日に発足してから5周年に当たり ます。そのため、去る5月30日(月)に関西支所 におきまして、熊谷先生(前阪大総長)を始め、 兵庫県、神戸市、明石市を含む関西地域の関係の 方々百数十名にお集まりいただきまして、盛大に 関西支所設立5周年記念式典を催しました。この 日は、前年度の補正予算による研究交流棟(関西 第2庁舎)の竣工記念も兼ねたものであります。 次に、関西支所設立5周年を記念しまして、関西 支所の現在までの到達点、これまでの足跡、増々 大きくなる役割、今後の目標などについて述べよ うと思います。

5年間でできたこと
 関西支所は、当所の基礎先端研究の拠点とする ために設立して以来、組織整備の面につきましては 関係各位の御支援、御協力の下にほぼ順調にを進 めることができ、お陰で平成5年度には第1期の 整備目標を達成することができました。すなわち、 10研究室、50名規模の研究者に加えて研究調整官、 管理課を5年度までに整備することを目指して進 めてきたわけですが、その目標を計画通りに達成 することができております。
 また、研究面におきましては、昭和63年から始 まった郵政省の重要施策の一つである「電気通信 フロンテイア研究開発計画」の中核的な推進機関 として、物性、情報、バイオの3分野において基 礎的、先端的研究を推進して参りました。そして、 そのための研究プロジェクトの立ちあげもほぼ順 調に行われ、また研究人材にも恵まれたことによ り、最近では、物性、バイオなどの分野におきま して相次いで良い成果が出てきております。すな わち、物性分野におきましては世界最短波長の真 空紫外光の発生、世界初のCaイオンの量子ジャ ンプの観測成功、国内初の連続スクイーズド光の 発生などに成功しております。また、バイオの分 野におきましても、超分子の駆動力を世界で初め てピコニュートンのレベルで計測した他、細胞中 の生体高分子の動きを生きたままで高精度に直接画 像としてとらえることに成功しサイエンス誌に発表 しております。
 さらに、研究環境および研究施設等の整備につき ましても、平成4年度および5年度に多額の補正予 算をいただきまして、第二庁舎ともなる研究交流棟、 生物情報実験棟、厚生棟など、いろいろと整備を行 うことができたところであります。
 この間、関西支所のために全面的な御支援、御協 力をいただきました、兵庫県、神戸市、明石市を始 めとする関西地域の方々、その他関係各位には心か ら感謝申し上げます。

5年間を振り返ってみると
 ここで、関西支所設立以来の足跡について簡単に 振り返ってみたいと思います。支所ができました平 成元年には、情報、物性関係の4研究室でスタート したのですが、当時は新庁含もできていなく、情報 系の研究者を含む先発隊が旧庁舎において研究を進 めるかたわら、関西方面での交流の基盤作りをする ことから始めたわけであります。当時は、組織増設 や増員に対する政府の厳しい政策がはっきりしてい たこともあり(これは現在でも変わりありません が)、東京から遠く離れた地に新たな研究拠点を設 けることについて、正直言って我々は必ずしも明確 な見通しを持っていたとは言えないのであります。 実際、研究者の中には少なからず不安や疑問の声が あったことは事実であります。
 そのような中で、当所は毎年一歩一歩と本所から の振替を中心とした研究室の増設や、学会誌への公 募などによる人材の確保を進めたわけであります。 一方、平成3年には本所の上地の一部と引き替えに 念願の新庁舎を完成させることができ、9月には関 係の研究者全員が移って材各的な研究を開始するこ ととなったのであります。この年には、バイオ系 の2研究室も発足しております。研究施設や庁舎 周辺の環境整備につきましても、少ない予算の中 から重点的に捻出配分して、徐々に形を整えてい っております。
 一方、平成2年には、「情報通信枝術研究交流会」 (会長阪大森永教授)、通称ACネットを関西地域の 方々の御賛同のもとに発足させることができまして、 地域における大きな拠り所を作ることができたわけ であります。その後、ACネットあるいは兵庫県を 中心とする関西地域の方々の暖かい励ましや御支援 を受けながら研究もほぼ順調に進むようになりまし て、物性系などを中心に研究成果が出るようになり、 関西支所にもそれなりの存在感が感じられるように なっていったわけであります。
 また、組織整備につきましても、関係当局の深い 御理解を得まして、平成5年度にはナノ機構研究室 研究調整官、管理課を一度期に認めてもらうことが でき、ここに第1期の組織目標を計画通り達成する ことができたのであります。我々としては、もうし ばらく時間がかかるものと覚悟していたというのが 正直なところであります。先ほど述べました一連の 多額の補正予算による研究環境や研究施設整備の大 幅な進展と合わせて、我々はこの最近の急激な追い 風に大いに意を強くしているところであります。
 現在は、外国人を含む優秀な研究者や若い研究者 が関西支所に集まり、地域の方々との協力関係を深 めながら、のびのびと自由な雰囲気のもとで研究に 打ち込んでいるのをみますとき、当所が取り組んで きたこれまでの様々な苦労が大いに報われた感じで あります。関西地域に基礎研究の拠点を築くという ことが、世の中の流れあるいは要請に合致した適切 な方向であったということだろうと思います。

更に大きくなる当所の役割
 当所は、電気通信、電波科学および応用に関す る研究に責任を持つ唯一の国立研究機関としまし て、7つの研究分野におきまして基礎的、先端的 研究を積極的に進めております。そして、近い将 来に当所をセンター・オブ・エクセレンス(CO E)にすることを目標に様々な改革を進めており ます。そして、当所をオープン化するために研究 交流、共同研究などを積極的に進めておりま す。実際、外部機関との共同研究は約200件 の多くを数え、うち外国とは80件を越えてお ります。また、外国を含む外部の研究者の受 入れや当所からの派遣、学生等の研修生の受 入れも活発に行っており、多くの方々に当所 にきてもらいまして共に研究を進めておりま す。その他、当所の顧問、客員研究官の先生 方は、外国人1名を含めて約40名にのぼって おります。これによって、先生方による当所 に対する研究上の指導、共同研究、学生の派 遣などを効果的に進めることができておりま す。これも、当所のオープン化の現れであり ます。このような研究交流を円滑に促進する ために、今回の一連の補正予算によりまして 本所および支所・センターに研究交流用の宿 泊施設や厚生施設をいろいろ整備してきたと ころであります。関西支所の研究交流棟や厚 生棟もその一環として整備されたものであり ます。なお、当所は科学技術庁の「中核的研 究拠点(COE)育成制度」において、平成 6年度に「先端的光通信・計測に関する研 究」の領域で、COE化対象機関に名誉にも選 定されております。現在、世の中は、御承知の ようにマルチメデア情報通信インフラの整備と いう21世紀に向けての国家的、国民的課題につ いて大きく動こうとしております。郵政省でも、 最近、電気通信審議会から「21世紀の知的社会 への改革に向けて」という答申をだし、関係省 庁とも協力しながら本格的な取組みを始めよう としております。当所でも、今回の補正予算で 既に合計40数億円がつきまして、これにより関 西文化学術都市の精華・西木津地区に精華通信 実験センターを設け、鹿島宇宙通信センターと の問で次世代ハイビジョン放送伝送実験などを 実施することになっております。これは、来る 8月に打ち上げられます技術試験衛星7? (ETS−!K$r;H$C$F9T$&$b$N$G$"$j$^$9!#$^$?!" 7年度以降に向けて、マルチメデア情報通信関連 の研究予算を新たに要求をしていく予定でありま す。このように、当所の役割は今後益々大きくな っていくものと思われます。同時に、関西支所の 果たすべき役割もまた大きくなっていくのは明ら かであります。

関西支所の今後の目標
 関西支所におきましては、バイオ系などを含め 引き続き良い人材が集まっており、将来のCOE 化への期待がもてるようになってきております。 それに連れて、いろいろ良い研究成果がでてきて おります。しかし、全体としての研究の立ち上げ はまだこれからであり、本当の真価を問われるの もこれからであります。一般予算の状況は好転し てきたとは言えまだまだ厳しく、特に旅費枠の制 限は研究を進める上で大変な支障になってきてお ります。関西という東京から離れた地点に位置す るが故に、旅費不足によるハンデイとそれに対す る研究者の苛立ちは大変なものであります。さら に、要員枠の厳しさからくる研究者の不足は益々 深刻になってきており、当所全体が研究に支障を きたすようになってきております。新しい時代に 相応しい新しい先進的内容を盛るべき器が、依然 として古い器のままであるという矛盾に悩まされ ているのが実態であります。今後、皆様方の御支 援、御協力の下に、こういった基本的問題を一つ 一つ解決していきたいと考えております。
 関西支所における研究につきましても、外部の 研究者と協力しながら、基礎先端研究において真 の国際貢献ができるような立派な研究成果を上げ るために引き続き努カしていく考えであります。 そして、ゆくゆくは関西支所を現在の倍の100人 規模の研究所にして、いずれは独立できるように することを我々は念願しております。当所のこの ような方針を、関係各位の皆様方には是非御理解 いただきまして、引き続き御支援、御協力を心か らお願いする次第であります。

(所長)




関西先端研究センター:5年の歩み


塩見 正

なぜ、郵政省の研究所でバイオ?
 内外からの訪問者が一様に疑問を発する。なぜ、郵 政省でバイオと。そして、関西先端研究センターでは、 数十億年かけて進化してきた生物の驚異の情報システ ムを研究しており、しかも顕著な成果を挙げているこ とに強い印象を受けている。
 関西支所では、情報、物性、バイオの分野で、自由 で活動的な雰囲気で研究が行われており、支所の名称 としては、通常は実体を正確に表す「関西先端研究セ ンター(Kansai Advanced Research Center)」が 用いられている。ここでは、この5年の歩みを簡単に 振り返ってみよう。

関西先端研究センターの構想
 通信総合研究所は、マイナスシーリングなどで、 1987年頃には予算的に最低の厳しい状況に追い込まれ ていた。他方で、電電公社の民営化を契機に通信網に 関わる研究分野にも手を広げ、1988年には電波研から 通信総研へと変身し、活動の幅は一層拡大していた。
 この時期に日本の科学技術をめぐっては、「基礎研 究ただ乗り」批判といった国際摩擦が問題となってき ており、基礎的で独創的な科学技術研究の強化が叫ば れだした。そこで研究所は、研究内容の基礎シフトを 図り、研究態勢の再編・活性化を進め、新規の予算や 研究人員を確保してゆくことを生き残りをかけた緊急 課題としていた。
 この状況下で、郵政省と通信総合研究所は1988年度 に、電気通信フロンティア研究言上画を開始した。21世 紀の電気通信の飛躍的な発展の基盤となるような基礎 的かつ先端的な研究を、産・学を巻き込んで長期的な 展望で遂行しようという計画である。この研究計画の 中核拠点として関西先端研究センターが構想された。

情報系
人間の情報処理機能を機械で支援、実現へ

知覚機構(視聴覚情報処理)
ヒューマンインタフェイス(人の意図がわかる機械)
知的機能(言語や画像の理解、学習、知識の処理)

物性系
物質の極限的な性質を新しい電気通信技術に

超電導のサブミリ波デバイス
新しい光技術(新しいレーザ光、レーザ光による原子制御)
超高速エレクトロニクス

バイオ系
生物の情報過程を解明し、ブレークスルーを

生物の情報システム(染色体、遺伝子)
生物の分子レベルでの機構
分子レベルで機能する新しい情報素子(分子素子)

▲図1 関西先端研究センターの研究分野

設立
 関西地域では、京都、大阪、奈良にまたがるけいは んな文化学術研究都市、関西新国際空港、明石海峡大 橋、さらに西播磨科学公園都市(大型放射光実験施 設)など、産学官を結集したプロジェクトが相次いで 進行していた。
 また、情報通信関連の民間企業が、80年代の終わり から90年代にかけて、次々に関西に研究所を新設した、 一方、国の研究機関についていえば、殆どすべて東京 や筑波などの関東圏に集中しており、関西にもっと設 置することが望まれていた。
 このような状況は、情報通信に関する国の先端研究 所を関西に新設する構想の具体化に順風となり、1989 年5月29日に設立が実現したのである。

立ち上げ
 関西先端研究センターは、設立とともに4つの研究 室(知覚機構、知識処理、超電導、コヒーレンス技術、 総勢20名)で活動を開始した。実際には、支所長とコ ヒーレンス技術研究室長1、管理係2の4人が先発隊 として現地に赴任し、情報系の2室が10月に移動した (物性系研究室の移動は2年後)。先発隊は、直ちに電 気通信監理局から所属替えを受けた既設庁舎の改修・ 研究設備受け入れ準備、宿舎手配、食堂その他厚生設 備の整備、新研究庁舎の建設計画、新しい新入道路用 地の取得、地元との多方面の折衝など、文字通り同じ 釜の飯を食べながら合宿生活に近い状況で立ち上げを 進めた。
 12月には、関西支所の設立を関西地域に広くアピー ルし、その活動基盤を確立するため、研究所をあげて 神戸の国際会議場で設立記念シンポジウム「21世紀の 情報通信と電波科学」を開催した。600名を越す参加 者をえて、記念講演とパネル討論を行うとともに、通 信総合研究所の研究活動全般を展示や公開実験などで 紹介した。
 翌90年9月には、関西先端研究センターが中心とな り、関西の企業、自治体、学界などの協力を得て、産 学官の研究者・技術者の研究交流組織を発足させた。 この組織は、情報通信技術研究交流会(Human Network for Researchers Toward Advanced Telecommunications;略称AC-Net)と称し、関 西全域を対象に主要な民間企業や学・官の参加を得て (現在の登録者数は約300名に発展)、毎月、多様な分 野の研究動向に関する講演会や見学、参加者の懇親会 を行っている。

急速な充実
 1991年8月に、先端研究センターにふ さわしいデザインと研究設備を備えた3 階建て延べ床面積約4600平方メートルの 研究棟が完成した(9月に竣工式典)。引 き続き東京から20名が移動して、情報、 物性、バイオの3分野で8研究室(1990 年に知的機能と電磁波分光の2研究室、 さらに91年に生体物性と生物情報の2研 究室か増設)と1つの特別研究室で総勢 42名の態勢が整った。移動者の住居は公 務員宿舎だけではまかなえず、近畿郵政 局宿舎を使用させてもらったり、公団や 民間の住宅への入居でしのいだ。
 この年の11月には、研究棟竣工記念と して「情報通信先端技術国際シンポジウ ム/関西」を2日間にわたって神戸国際 会議場で開催した。この国際シンポジウ ムは約350名の参加者をえて、情報、物性、バイオの 分野について、内外の著名な研究者により初日に3件 の特別講演、2日目は15件の講演と討論を行い、関西 先端研究センターの本格的な研究活動への弾みをつけ た。

基本態勢の確立
 1993年には、ナノ機構研究室とともに管理課と研究 調整官が新設され、3つの研究分野で9研究室と1つ の特別研究室の態勢(94年3月末で研究職48、外来研 究員4、行政職9の総勢61名)に充実した。
 他方、92年度および93年度の補正予算等で生物実験 棟、研究交流棟(3階建て)、研究者宿泊・厚生棟 (2階建て)、試作・工作棟などの新設を行い、併せて 実験研究設備の充実も進んで、研究基盤が基本的に整 った。これらの建設構想自体は当初からあったが、予 想をはるかに上回るペースでの実現となった。


▲図2 関西先端研究センターの組織

全カ疾走へ
 研究センターは、施設も組織も研究者も新しくて若 い(研究者の殆どは研究センター設立後に採用された。 また平均年齢は34歳程度)。新しい組織には伝統がな いかわりに、しがらみもない。中央から離れているこ との実際的かつ心理的な解放感もある。


▲図3 関西研究センターの研究施設(施設)

 大学や他の研究機関で経験を積んだ研究者の中途採 用や、外国籍や女性研究者の採用も積極的に行ってい る。科学技術庁の制度(フェローシップ)などによる 国内外の若手研究者の招聘も進んでいる。内外の大学 や研究機関との共同研究などにも積極的である。国際 シンポジウムや国際ワークショップなどの開催の経験 も積んできた。
 その結果、自由で活動的、国際的な雰囲気のもとで 研究が行われており、新聞や雑誌などで報道される機 会も増えてきた。
 AC-Netの他に、1992年には、関西先端研究センタ ーとNTTのコミュニケーション科学研究所との呼びか けで、関西地域の情報通信および基礎研究関連の研究 所の交流をめざす連絡会を始めた(現在19所)。半年に 一度、各研究所の所長や企画関係者が懇談会をもち、 共通間題の検討や情報交換を行う。
 また、情報通信に関する国の先端研究センターとし て関西域の科学技術の推進・交流に関する各種会議や 委員会のメンバーとして寄与する機会も増えている。
 いよいよ国の先端研究センターとして全力疾走の段 階となってきた。

(関西支所長)




関西先端研究センターの主な研究成果


 関西先端研究センターは、この5年の間に急速に 立ち上がり、いくつかの顕著な研究成果を出してい る。ここでは、主な成果を簡単に紹介したい。

画像認識と神経回路網の理論研究
 視覚情報処理機能に関連して、マルコフ確率場と いう統計モデルを用いた画像認識の研究で、雑音で 劣化した画像の復元やテクスチャ(模様)画像の認 識(異なる模様の境界認識)について新しい手法を 開発した。この研究で若手の研究者が電子情報通信 学会の研究奨励賞を受けている。また、このグルー プでは、神経回路網による連想記憶のモデルについ ての理論研究も行っており、国際学会等で多くの研 究発表をしている。


▲図1 研究活動の報道

人間の意図や言外の意味を理解するコンピュータ
 自然言語の処理について、比喩や酒落など言葉の 裏に隠された意味を理解するシステムを開発してき た。この特徴ある研究は学会でも注目され、これに ついても上記の奨励賞を受けた。
また、人間と機械(コンピュータや通信ネットワー ク)との知的なインターフェース、すなわち、人に 優しい、誰でも扱い易いインターフェースについて 研究を進めてきた。コンピュータの側で、ユーザの 意図や、操作上のトラブルについて理解して適切な 援助をするモデルシステムの開発を行っている。学 生などを対象とした実験を行って得たデータに基づ き、キーボードだけでなく音声や画像など、いわゆ るマルチメディア・インターフェースによるモデル の高度化を図っているところである。


▲図2 模様画像の認識(左:元画像、右:領域認識結果)

近ミリ波帯超,導デバイスの開発
 電波と光の境界の周波数100〜1000GHzの帯域を開 拓するのに鍵となる、電磁波の検出・発生と関連の 回路素子などの超電導デバイスの開発で2つの特徴 的な成果が出ている。
 まず、サブミリ波帯 での超高感度、極低雑 音電磁波検出を可能と する周波数混合素子 (ミキサー)の開発で良 い結果を得た。これは、 超電導体として窒化ニ オブ(NbN)を用いた SIS素子(超電導体で絶 縁体をはさんで作成す る素子)であり、絶縁体として窒化アルミニウム (AlN)を用いるなどの工夫により、従来世界最高の 性能を示していた酸化マグネシウム(MgO)を用い たものを上回るSIS素子が得られた。
 また、いわゆる高温超電導材科を用いた YBCO(イットリューム・バリウム・カッパ ー・オキシジン)粒界段差型ジョセフソン素子 を作成し、サブミリ波ミキシング実験を行い成 功している。この実験は、作成したジョセフソ ン素子を用いて、692.95GHzのレーザ出力と 98.77GHzのガン発振器の第7次高調波との中間 周波出カ(1.56GHz)を得たものである。高温超 電導体によるサブミリ波領域でのミキシングの 成功は、日本で初めてであり世界でも例が少な い。


▲図3 ボウタイアンテナと一体化したNbN
    SISミキサ  素子

光新技術の研究で3つの成果
 新しい波長域や性質をもった光の発生を目的とす る研究で3つの目立った成果を出している。
 まず、非線形光学結晶を用いて紫外線よりさらに 波長が短い真空紫外領域におけるレーザ光の発生に 成功し、世界最短波長(190.8ナノメートル)の記録 をつくった。この成果は1991年の始めに報道発表を 行い、短い波長のコヒーレント光の将来の幅広い応 用への基盤的成果として注目された。
 また、レーザ光を用いて唯1個のカルシウムイオン を冷却してその運動を止め、量子的な光の吸収・発 光現象(量子跳躍現象)を観測することに成功した。 この成果は世界的にも先端をゆくものであり、レー ザ光による原子レベルでの物質操作技術や、超高精 度の周波数基準光の発生や、物質の精密分光測定に 道を開くものである。


▲図4 レーザ冷却により静止したカルシウム
    イオン   (3個のCa+)

 さらに、量子雑音の限界を破る新しい光といわれ るスクイーズド光の発生に成功した。スクイーズド 光は、レーザ光を制御して振幅あるいは位相などの 特定の成分について、量子雑音の限界をこえて雑音 を低下させるものである。今回、光パラメトリック 発振器を発振しきい値以下の縮退状態に制御するこ とにより、日本で初めて連続波としてのスクイーズ ド光の発振に成功した。この光は、超高精度の計測 などに威力を発揮すると考えられており、例えば宇 宙の重力波の観測のための光干渉計への応用の可能 性がある。
 なお、これらの光新技術に関する優れた研究成果 は、いずれも逓信記念日における表彰を受けた。
生物情報・生命機構の解明ヘカ強い前進
 バイオ系は、3つの研究室のうち2つは研究セン ターが発足して3年目にでき、1つは5年目にでき た。後発組であるが立ち上がりは早い。


▲図5 三次元光学顕微鏡装置

 生物情報研究室で開発している三次元光学顕微鏡 装置は、細胞レベルでの生物の情報機構を、細胞が 生きたままで立体的に観察することができる。最近 の注目すべき成果は、酵母菌の細胞分裂時の染色体 の運動を世界で初めてとらえたもので、論文が直ち に今年4月のサイエンス誌に掲載された。この顕微 鏡装置は生物の基礎的な情報過程の解明に威力 を発揮するだけでなく、医学や生命科学の広い 分野において役立つ。ヒトの癌細胞を生きた状 態で立体的にとらえることにも成功し、読売新 聞で全国的に報道された。
 生物の活動の基本となる、分子レベルでのエ ネルギー変換過程の研究も世界のトップレベル で進んでいる。特に、生物のあらゆる場面での 運動を担う分子であるアクチン・ミオシンの化 学/力学エネルギー変換過程を精密に計測する システムの開発は世界に類を見ないものであり、 英国との共同研究が進行中である。

(関西支所長)




≪越冬報告≫

和気あいあいなJARE34


山ロ隆司
蒔田好行

 我々第34次南極地域観測隊は平成4年11月14日に晴 海を出港した。船上では恒例の赤道祭等を盛大に行い、 オーストラリアのアメリカズカップで有名なフリーマ ントルにて生鮮食料品や燃科の搭載を行った。『叫ぶ 42度』と称される暴風雨圏も無事に乗り越え、12月19 日に夢に見た念願の昭和基地にヘリでたどり者いた。
 着いた早々から我々34次隊の行った夏作業は、32次 隊で着工した、南極離れした3階建ての『管理棟』の 配管及び内装工事をメインに、新しい焼却炉棟の建設、 仮作業棟の外壁張り替え等多種多様であった。その中 でも通信総研として特筆すべきは、電離層棟の化粧直 しであった。19次隊以降『峠の茶屋』として隊員に馴 染みのあった電離層棟は、オングル村の外れにある青 い塗装もはげ落ちかかったイメージを一新し、2週間 の作業で外壁を張り直し、輝く銀色の建物に生まれ変 わった。内装はともかく外観は一見新築の如くなった。


▲冬の電離層棟とアンテナ林

 さて越冬生活であるが、我々は「和気藹藹(わきあ いあい)』をモットーに全員一丸となって助け合い、 各種観測、設営、そして多くの旅行の計画を苦難を乗 り越えほぼ100%実施した。トピックスとしては、蒔 田隊員の昭和・みずほ・マラジョージナヤ(旧ソ連) の3基地制覇と奇怪な髪型7変化、山口隊員の雪上車 によるクラック・パドルのダブル転落等があった。ま た、日本でも流行っているらしい『UFO』騒動が南 極でもあった。暗夜期の素人オーロラカメラマンが多 数目撃したと証言し、オーロラ観測用の全天カメラに も記録されたようである。生活環境については南極経 験の諸先輩は驚かれるほどに改善され、以前とは比較 にならないほど近代化している。
 しかし、気候にはあまり恵まれず、ブリザードの当 たり年らしく33回ものブリザードに歓迎された。中で も12月の除雪作業以降に季節外れのA級ブリザードが 到来した時は落胆したものであった。越冬中の最低気 温は-42.2℃まで下がり、瞬間最大風速は51m/sを、 記録した。また、新聞等でご存知かと思うが、越冬が 終了に近づいた夏になっても海氷の氷厚が4mを超え 迎えの南極観測船『しらせ』が就航以来初めて昭和基 地に接岸出来ないという事態になり、自然の厳しさを 十分体験する事となった。
 観測については、夏作業中に行った宙空隊員を中心 としたPPB(ポーラーパトロールバルーン)実験で の3機の放球に成功した事が特筆される。PPBは2 機が南極大陸を一周し、その内の1機は昭和基地土空 に舞い戻ってきた。磁場・電場・オーロラX線・宇宙 線・ガンマ線の観測を長時間行えた事で、かなりの成 果があった。定常観測は、アイスランドとの共役点観 測が加わり、更に新規に持ち込んだFM/CWレーダ ー観測が成功して、価値あるデータが取得できた。
 最後に出港までの準備に始まり、越冬中に多くのご 指導やご支援項き、またこの貴重な機会を与えて下さ いました所長はじめ関係の皆様に心よりお礼を申し上 げます。

(第34次南極地域観測隊 電離層部門 山口隆司)
(第34次南極地域観測隊 宙空部門  蒔田好行)



短 信



CATV公開実験を実施


総合通信部 放送技術研究室
 次世代の通信インフラとして注目を集めている広 帯域インタラクティブCATVに関する実験施設が 新たに完成し、去る6月14日に公開実験を実施した。
 当日は、施設の一般公開と合わせて、CATVに 関する最近の技術動向に関する講演会も行い、大好 評のうちに終了した。
 整備したCATV実験施設は、今後、次世代CA TVに関する技術基準作りやCATVに関する技術 開発センターとしての機能が期待されており、今後 の研究の成果が注目されている。
 整備した施設は、1GHz広帯域双方向CATV 技術、光CATV伝送技術、高速デジタルCATV 伝送技術、CATV網内電話技術、V・0・D技術 などCATVに関する先端的な総合研究施設である。


▲新しく整備された広帯域インタラクティブ
 CATV実験室の模様



関西支所5周年式典開催される


 5月30日に関西支所創立5周年新棟竣工記念式典 が挙行された。関西支所は創立当時の4研究室から、 この5年の間に9研究室、1特別研究室と研究体制 が整備され、さらに研究調整官及び管理課の設置を もって、ほぼ第一期の組織整備が終了した。設備面 では平成3年度に完成した研究棟に続き、4年度に 生物棟を新築、さらに5年度には補正予算の手当、も あり交流棟、厚生棟、工作棟及び車庫の4棟が完成 し、この4棟の竣工披露もかねて実施された。式典 には関係各方面から出席があり、中でも目をひいた のは関西在住客員研究官と関西の情報通信関連民間 研究機関の代表が多数参加したことだ。関西支所で は、情報通信技術研究交流会(AC-Net)の運営等に 携わっているが、5年という短期間に地域的にも 産・学分野へ着実に根を張っていることを示してい る。
 式典で挨拶された熊谷科学技術会議議員の言葉か らも、周囲から寄せられている期待の大きさが窺わ れた。
 電気通信フロンティア研究計画もスタートから6 年、世界に誇る成果も出しており充実期に入ってい る。しかし、関西先端研究センターとしては次の長 期研究計画もそろそろ模索する必要がありそうだ。

(関西支所 管理課 阿部 真)


▲一般公開当日の模様。会場前に更に長蛇の列