オフィス内高速無線LANの実現をめざして
−ミリ波構内通信システムのための伝搬特性の研究−

真鍋 武嗣

ミリ波構内通信システムとは
 近年,オフィスや工場においてパーソナルコン ピュータやワークステーションなどの情報機器が 急速に普及している.これにともない,これら情 報機器間でのデータや画像情報の伝送のためのロ ーカルエリアネットワーク(LAN)など構内規模 の高速大容量情報伝送システム実現への期待が高 まっている.従来,この様なネットワークは光フ ァイバーや同軸ケーブル等の有線で構成されてき たが,パーソナルコンピュータやワークステーシ ョンなどの端末の増加にともない,屋内配線のの 煩わしさが大きな問題となっており,

端末配置の 柔軟性や可搬性を高めるための端末接続の無線化 への期待が高まっている.
 このような社会的二ーズを背景にして,既に準 マイクロ波帯やマイクロ波帯の電波や近赤外光を 用いた無線LANシステムが実用化されているが, その伝送速度はせいぜい十数Mbps程度以下で ある.一方,最近の有線LANにおける高速化や 映像も含めたマルチメディア化の動向に対応して, 無線系においても100Mbpsクラスの伝送速度を 持ったシステムへの期待が出てきている.しかし, このような広帯域の二ーズには,マイクロ波帯以 下の周波数帯では対応することができない.100 Mbpsクラスの無線LANを実現するためには,

周 波数を十分広く確保できるるミリ波帯の利用が不 可欠であると考えられる.
 ミリ波帯の電波は,その広帯域性と装置の小型 軽量性などにより,広帯域構内無線システムヘの 利用が期待されている.とくに60GHz帯のミリ 波は,大気中の酸素分子による吸収帯に位置して いるため減衰が大きく,遠距離の伝送には適さな い。
しかしながら,構内無線のような近距離通信シス テムでは大気による減衰の影響は無視でき,逆に, この大気減衰による遮蔽効果により他システムと の干渉・混信を軽減できるため周波数の利用効率 を高めることが出来る.このため60GHz帯の周 波数は構内無線システムに適した周波数帯として 注目されており,近年欧米においても実験的検討 が始められている.
 我が国においても,郵政省が59〜64GHzの周 波数帯を長距離伝搬を必要としない用途に対する 開発目標周波数帯に設定し,その中で59〜60GHz の1GHzの帯域を特に実験周波数帯に設定し, 開発環境の整備を進めている.当所でも,周波数 資源開発の一環として,平成4年度よりミリ波構 内通信システムの研究開発に着手している.
 60GHz帯ミリ波を用いた無線LANシステム のイメージを図1に示す.天井付近に基地局アン テナを配置する.室内の無線端末を内蔵したり無 線端末に接続されたパソコンなどの情報機器はミ リ波によりこの基地局と接続される.また,基地 局は有線の高速LANと接続され,基地局を介し た同一室内での接続のほかに,公衆通信網 (B-ISDN)や衛星通信との接続も可能となる.


▲図1:ミリ波無線LANシステムのイメージ

60GHz帯における室内マルチパス伝搬実験
 ミリ波帯の電波を室内での高速伝送に用いる場 合,壁面,天井,床,什器等からの反射によるマ ルチパス(多重路)伝搬による伝送歪みや,室内の 什器等の構造物や室内を動きまわる人による伝搬 路の遮蔽の影響がシステムの構成上の大きな問題 となる.このため,ミリ波技術研究室では,ミリ 波アンテナの開発,高速伝送方式の検討やシステ ム検討に先駆けて,平成4年度より室内における ミリ波の伝搬の研究を進めている.室内マルチパ ス伝搬特性については,壁面や床,天井等からの 反射波(マルチパス遅延波)の遅延時間と到来方向 を高い分解能で測定することにより,種々の室内 環境におけるマルチパス伝搬構造を測定してきた .これにより60GHz帯における室内マルチパス 伝搬は幾何光学的伝搬モデルによりかなり良く説 明できること,また壁面などに小さな入射角で入 射した円偏波の電波が反射するとき偏波が逆転す るため,

送受信に円偏波を用いることにより,壁 面などからの奇数回の反射によるマルチパスを大 幅に軽減できることなどを明らかにした.
壁面等からの反射によるマルチパスに対する対策 として,アンテナの指向性を利用する方法,等化 器の利用,室内に電波の反射係数の小さい吸収性 の内装材を用いる等が考えられるが,いずれも, 技術的,コスト的に解決すべき問題が多い.これ らに対し円偏波の利用は,システムに大きな負担 をかけることなく,高速伝送特性に最も大きな影 響を及ぼす一回反射による強い遅延波を抑圧でき るため簡易で有効な方法であるといえる.

建築内装材の反射・透過特性の測定
 このようなマルチパス伝搬特性の測定と併行し て,窓ガラス(ソーダ石灰ガラス),コンクリート 石膏ボード等,種々の建築内装材のミリ波帯にお ける材料の複素屈折率および反射・透過特性の測 定を行なうことにより,室内伝搬特性の評価・推 定のために必要な基礎的データの蓄積を行なって いる.この測定により,最近のオフィスのフロア に用いられているタイルカーペットのなかに,ミ リ波帯における反射係数の非常に小さいものがあ ることもわかった.さらに,鹿島建設(株)技術研 究所と共同で,木質系の電波吸収性の建築内装材 の研究開発も行なっている.

ミリ波構内通信実験室
 当所では,このようなミリ波構内通信システム のための室内伝搬実験やモデルシステムの検討を さらに効率的に推進するために,平成5年度に建 設したミリ波実験研究センターの2階に,ミリ波 構内通信実験室とモデル会議室を設け,これを利 用した実験を開始したところである.ミリ波構内 通信実験室(写真1)は,最近のオフィスビルなど によく見られる,部屋の中に柱の無いオープンプ ランの30m ×20mの広い部屋であり,可動間仕切 により1/2あるいは1/4の広さの部屋に分割して使 用することもできる.一方,モデル会議室は8m ×13mの比較的小規模な会議室を模したもので ある.これらの部屋の内装はいずれも近代的オフ ィスの内装を模したものであり,種々のオフィス 用の什器類やパーティションを配置することによ り,様々なオフィス環境を模擬した多様な実験を 行なうことが出来る.


▲写真1:ミリ波構内通信実験室

 今後,これらの施設を利用して実験を進め,ミ リ波構内通信に適したアンテナのタイプや基地局 の配置方法,ダイバーシティ方式や高速伝送方式 等の検討をとおして,将来のミリ波通信システム の実用化に寄与したい.
 なお本実験室はミリ波構内通信システムの研究 開発を進めるための基盤的施設であり,大学や民 間企業の研究機関等との共同研究の場としても積 極的に活用してゆきたい.




新型電離層観測ネット構築


永田 幹敏

1.はじめに
 10型電離層観測機は、平成4年の補正予算で、電 離層観測施設の老朽化対策として予算が認められ、 稚内電波観測所、国分寺本所、及び沖縄電波観測所 に設置する事となった。
 10型電離層観測機は、9B電離層観測機の後継機 として開発するが、フィルム記録の廃止、データの オンライン化、遠隔制御の可能な観測機を開発し、 定常観測業務の運用を、より合理化・省カ化を計る ことを目指し開発を行った。


▲10型電離層観測機

2.電離層観測とは
 地上60kmから1000kmに濃い電離気体を含む電 離圏と呼ばれる空間があり、さらに電離圏は低高度 からD層、E層、F層と呼ばれる領域に分かれる。 電離層の諸特性の観測は、無線通信のための情報収 集及び地球環境を監視する国際共同観測の一環とし て行われており、通信総合研究所の重要な業務のひ とつとなっている。
 現在、国内4か所(稚内、国分寺、山川、沖縄、 但し、山川観測所は、研究観測を9B型電離層観測 機を使用して実施)の電波観測所において定常的に イオノゾンデによる観測を実施し、イオノグラムと 呼ばれる画像を15分毎に取得している。
 本装置(イオノゾンデ)は、電離層観測用短波レ ーダで、1MHzから30MHzまで、20kHzステップ で掃引されたパルス電波を上空に向けて発射し、電 離層によって反射された電波を再び地上で受信し、 その遅れ時間から電離層の見掛けの高さを測定する。 観測結果は、横軸に周波数、縦軸に見掛けの高さを 取ったイオノグラムと呼ばれる画像データの形で出 力される。

3.電離層観測機の構成
 電離層観測機は、送信匡体、受信制御匡体及び観 測制御パソコン、データ記録用パソコン及び表示パ ソコンで構成される。観測制御パソコン及びデータ 記録パソコンは、イオノグラム分散処理システムの 一次ワークステーションにLANを介し接続される。 以上、電離層観測機から一次ワークステーションま で各観測所に配備される。
 一次ワークステーションは、国分寺においては構 内LANを介し、各電波観測所においてはISDN 回線を介して、国分寺設置のイオノグラム分散処理 システムの二次ワークステーションに接続される。

4.電離層観測機の開発目的
 電離層観測機を作るにあたり、定常観測の自動化 を計ると共に、オンライン化によりデータの利用を 容易にすることを目的とし、次の機能を持たせた。 第一に、垂直観測に加え斜入射観測を実現した。第 二に、観測データ記録の完全自動化を計った。第三 に、観測制御及び遠隔制御ができるようにした。第 四に、完全個体半導体化を実現した。第五に、セル フチェック機能を付加した。第一は、自局の垂直観 測の外、受信系のみ動作させ、他局の電波を受信で きるようにした。
 第二は、観測されたイオノグラムデータを、光に 変換し記録パソコンに送られ収集された後、LAN を介し一次ワークステーションに伝送する。
 第三は、制御パソコンに観測モード予約、実行予 約などパラメータを設定する。これら設定値は、電 離層観測機内蔵のマイクロプロセッサに送られ実行 される。遠隔制御は、イオノグラム分散処理システ ムの二次ワークステーションから稚内、国分寺及び 沖縄観測所設置の観測機を制御するもので、観測モ ード予約及び実行予約が可能である。当面、特別観 測(連続、1分、2分、5分観測)時のみ実施する 予定でいる。
 第五は、観測機の故障の対応を速め、欠測率を少 なくする目的である。

5.観測機の機能
 観測機の観測項目は、前にも述べたが、垂直観測 及び斜入射観測が自動的に行えるようにした。両観 測とも、シングルパルス方式または符号化方式(バ ーカー7ビットまたは13ビット)が行える。このほ か、垂直観測では、新方式としてスキップ観測を取 り入れた。スキップ観測は、0.5MHzまたは1.0M Hz毎に1パルス送信し反射エコーを受信する方式で ある。取得データは、各周波数において高度軸に沿 ってエコーを圧縮し、縦軸を見掛けの高さ、横軸を 観測時間として表示する。
 観測項目は、2値イオノグラム、強度情報付きイ オノグラム及び偏波分離イオノグラムである。10型 電離層観測機の主な電気的特性は、
送信尖頭出カ :10kw、
観測高度範囲 :0〜1000km
送信波形   :シングル、バーカー
観測周波数範囲:1MHz〜30MHz、
パルス幅   :10、20、40及び80usec
繰返周波数  :50、100Hz
周波数掃引速度:1MHz/s、2MHz/s
となっており、送信波形から周波数掃引速度までは、 選択可能なパラメータとなっており、各種の観測を 実施可能としている。
 また、昼夜により観測周波数範囲を可変できるよ うになったこと、倍速観測(通常1MHz/秒で掃 引するが、この観測は2MHz/秒で掃引する)を実 施できるようにした。
 このほか、特定周波数停止設定機能、1年分の昼 夜アッテネータ切換機能を付加した。

6.観測機に新しい技術を導入する
 これらの観測機能を実現するには、より新しい技 術の導入を計ることが必要である。
 このため、観測機には、マイクロプロセッサ (68000、動作周波数12.5MHz)を搭載し、観測制御、 監視、および一部信号処理機能を持たせた。観測制 御は、マイクロプロセッサに付加したメモリに制御 パソコンからの観測設定情報を記録し、その設定に 基づいて運用する。観測設定情報は、複数個の観測 モード、実行予約及び近未来の観測予約等の設定を 行うことが可能である。
 監視とは、送信匡体、受信制御匡体の各部のハウ スキーピングデータを収集し観測機の状態を把握す る。また、観測周波数の発生には、DDS(ダイレ クトデジタル シンセサイザ)を用いた。
 観測時刻は、ルビジュウムを搭載したGPS時計 装置を設置し、3観測所の観測時刻を正確に合わせ、 斜入射観測を容易にした。
 このほか、イオノグラムの正常波、異常波の偏波 分離を行うため、受信器2台を搭載している。観測 機とパソコン間のデータのやりとりは、全て光ケー ブルを使用し、伝送中の誤動作を防いでいる。

1.おわりに
 10型電離層観測機は、本年4月1日から実運用 を開始した。電離層観測業務の改善に大いに役立つ ことを期待している。9B型電離層観測機の欠測の 70%は、フィルム現像ミス等による人為的な原因 であること、時刻の校正を行う機会が比較的多いこ とであった。この点は改善されたと考えている。
 今後は、観測機の故障率が問題となる。我々の試 算では、年間1%程度見込まれているが、それ以下 の故障率であることを願っている。




'稲'宇宙からの生育モニタをめざして


藤田 正晴

・はじめに
 昨年は冷夏であり、稲の大凶作とそれにともなう 米不足、今年は一転して、空前の猛暑で大豊作とそ れにともなう米余りなど、米が何かと社会的な関心 を集めている。当所では地球環境のリモートセンシ ング技術に関して幅広く研究を進めており、我が国 を含めて広く東南アジア地域における主要作物であ る稲に注目し、生育の様子、マイクロ波を用いたモ ニターリングについて実験的検討を行ってきた。
 1984年には他に先駆け、宇宙からの稲作観測をス ペースシャトル搭載合成開口レーダ(SIR-B)を 用いて実施したが、その打上げが10月上旬にずれ込 んだことにより、有意なデータを得ることが出来な かった。その後、稲のマイクロ波散乱特性を明らか にすることを目的とした基礎的な測定を実施し、現 在、衛星搭載合成開口レーダを用いた稲作観測の研 究を推進するに至っている。

・観測実験の概要
 1986年、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)は、同機関 が打ち上げを計画しているヨーロッパリモートセン シング衛星1号(ERS-1)搭載の各種センサを用 いる実験提案を全世界に向けて公募した。ERS-1 衛星は合成開ロレーダ、測風散乱計レーダ高度 計、赤外放射計、マイクロ波放射計などが搭載され た総合的な機能をもつリモートセンシング衛星であ る。我々はこの公募に応えてERS-1搭載合成開 口レーダ(SAR)を用いた稲作観測実験を提案し、 ERS-1実験のテーマとして採用された。
 ERS-1搭載SARは、衛星搭載としては初め て周波数5.3GHzを採用しており、偏波は垂直偏波、 観測幅は100km、その中央における入射角は23度で ある。ERS-1のミッション期間は3年が予定さ れており、SIR-Bのときのような、短期間のス ナップショット的な観測ではなく、稲の成育の全期 間に亘る観測が出来る。
 稲作観測実験のテストサイトとして、秋田県立農 業短期大学の試験農場内の東西300m、南北1kmにお よぶ水田を選んだ。試験水田は管理が行き届いてい るうえ、稲の成育状況が良く把握されており、また 同短大の千葉和夫、守屋高雄両先生の御協力を得ら れたことが選択の大きな理由であった。
 同短大は米どころ秋田の中でも有数の穀倉地帯で ある大潟村にあり、大規模な農地で栽培されている、 各種の農作物のデータとの比較が可能であるほか、 SARの較正実験を行った旧秋田空港に比較的近い ことも選択理由の一つであった。ERS-1は1991 年7月17日に仏領ギアナのクールー基地からアリア ンロケットで打ち上げられ、平均高度785km、軌道 面傾斜角98.5度、昇交点における太陽時約10時30分 の太陽同期軌道に投入された。
 ERS-1 SARを用いた稲作観測実験に先立ち、 旧秋田空港の滑走路をテストサイトとして1991年11 月10日から16日にかけて較正実験を実施した。較正 実験では通常、SARの観測域内に既知のレーダ断 面積を持つ標準反射体を設置し、映像強度とレーダ 断面積の関係を求められる。さらに、点ターゲット の映像の拡がりから分解能を評価することにより、 映像強度をレーダ断面積よりも一般性の高いターゲ ットの後方散乱係数(単位面積あたりのレーダ断面 積)に関係づけることが出来る。
 本実験においては、標準反射体として辺長1.1m、 0.85m、0.6m、および0.46mの正方形三面コーナリ フレクタを計8基使用した。得られたSAR画像を 第1図に示す。2回の実験で得られた映像強度から 後方散乱係数を求める式の係数は0.1dBの範囲で一 致しており、正確な測定が行われたことを示してい る。


▲図1 較正実験で得られたSAR画像

 ERS-1 SARを用いた稲作観測実験は1992年 および1993年の6月から10月にかけて、稲の成育の 2シーズンにわたって行われた。データ取得は1992 年には約2週間間隔で8回、1993年には約1週間間 隔で14回実施され、宇宙開発事業団によってデータ の受信及び映像化処理が行われた。第2図に1992年 6月8日に取得されたテストサイト周辺のSAR画 像を示す。白線で囲ってある部分がテストサイトで ある。ここで画像の黒い部分はレーダ波の反射電力 が小さい部分を示し、画像が白いほど反射電カが大 きいことを表している。中央部の明るい概略四角形 の部分は、秋田県立農業短期大学を含む大潟村の居 住区域であり、各種公共施設や住宅などが集まって いる。特に右上の区画には住宅が集中しており、マ イクロ波の反射電力が大きいために特に明るくなっ ている。これと対象的にその周囲は黒い帯状の領域 に覆われているが、これらは水田である。本データ が取得された6月8日の時点では稲はまだ小さく、 従って入射したマイクロ波は稲に妨げられること無 くほとんど背景である水面に到達し、鏡面反射され てSARの側に戻ってこなかったために画像上で黒 く表れている。当日は雨であり、通常の可視、赤外 域のセンサでは雲に妨げられて観測することは出来 ないが、マイクロ波を用いるSARでは第2図のよ うに良好なデータを得られることが分かる。


▲図2 1992年6月8日に観測された
秋田県立農業短期大学周辺のSAR画像

 ERS-1 SARによる観測に合わせて、テスト サイトである秋田県立農業短期大学の試験水田にお いて稲体の高さ、茎数、乾物量、水分含有率、稲体 水分量、稲体総重量、および天候データ(現況デー タ、グラウンドトゥルースデータともいう)が取得 された。ERS-1 SARで観測された画像からテ ストサイトの後方散乱係数を求め、その時間変化を 調べたところ、テストサイトの後方散乱係数は稲の 成育に応じて時間の経過と共に増大し、収穫の前に ピークに達した後、収穫期にはやや減少した値をと ることが分かった。第3図に、田植え後の日数に対 するテストサイトの後方散乱係数の変化を示す。現 況データによれば、稲の成長と共に植物体は高くな り、また、茎数も増加するが、後者については一度 ピークを迎えた後、僅かに減少してほぼ一定の値と なる。成長の初期においては稲体の水分含有率はほ ぼ一定であるからその電気的特性もほぼ一定であり、 稲体の成長とともに物理的な断面横が大きくなるの で、後方散乱係数が増大するものと考えられる。成 長期のある時期をすぎると穂の成熟が始まり、稲丈 は伸び続けるが、水分含有率が徐々に減少を始める ために後方散乱係数の増加にブレーキがかかり、遂 には減少にいたるものと解釈される。この時の後方 散乱係数の値は1992、1993年の両年においてほぼ同 じであった。また、後方散乱係数と、稲体の高さや 稲体水分量及び総重量とが高い相関を持つことが明 らかになった。このことは、SARデータを用いて 稲の生育状況を推定することが出来る可能性を示唆 するものである。


▲図3 稲の育成にともなう後方散乱係数の変化

 現在のところ、観測データから稲の生育状況を直 接推定することは出来ないが、SARの観測データ と現況データを結び付けるためのモデルの作製を進 めており、SARを用いた稲の生育の推定に定量的 な裏付けを与えることを目指している。

・まとめ
 合成開口レーダを用いた宇宙からの稲作観測につ いて、研究の現状を概説した。稲のような農作物は 多数の茎や葉をもっており、そのマイクロ波散乱機 構は非常に複雑である。このプロセスを直接理論的 に取り扱うことは、非常な困難を伴うので、観測デ ータおよび現況データを用いて適切なモデルを作製 し、これをもとにして衛星データから稲の生育状況 を定量的に推定することを今後の目標としている。 更に、将来的には周波数や偏波などの観測パラメー タを増すことによる推定精度の向上を期したい。
 終わりに本研究の実施にあたり、ご協力項いた宇 宙開発事業団の関係各位に感謝いたします。尚、本 研究は通信総合研究所と秋田県立農業短期大学の共 同研究として実施されたものであることを付記する。

(電磁波技術部通信デバイス研究室長 藤田正晴)




赤道地域における地上−衛星間電波伝搬実験のための
タイ、インドネシアの現地調査報告−


五十嵐 喜良

はじめに
 アジア太平洋地域における衛星通信の普及及び宇 宙分野の国際協力の促進を図るため、移動体衛星通 信実験用試験衛星ETS-Vの地上局をタイ、イン ドネシア、パプアニューギニア、フィジーの各国に 設置し、平成4年度より呼1像伝送や遠隔教育等の各 種実験(PARTNERS計画)が開始された。こ の実験の一環として、5年度からは赤道地域特有の GHz帯衛星電波のシンチレーションの発生機構を解 明するため、電離圏の全電子数を測定する装置や磁 力計他の観測機器をETS-Vの地上局等に設置し、 電離圏の観測を開始する計画である。このため、郵 政本省、通総研、電波システム開発センター(RC R)と合同で、タイ及びインドネシアの現地調査を 行ったので、その結果を報告する。

タイ
 タイでは、バンコクにあるモンクット王工科大学 (KMITL)、地磁気の伏角が0度となる地磁気赤 道直下のナコンシタマラートの工科大学とプーケッ トの工科大学を訪問した。KMITLは、学内に鉄 道の駅があり、広大な敷地に、工学部、建築学部、 農業丁学部等の施設がある。パイラーシュ学長に実 験計画を説明し、磁力計他の観測機器の設置場所の 調査を行った。どこをつかってもよろしいとの許可 をもらい数カ所調査した。学内には、車道が通って いるため、この電気ノイズの入らない場所を探すの は思ったより難しかったが、新しい計算機センター を候補地とした。ナロン助教授がナコンシタマラー トとプーケットを案内してくれた。そこの工科大学 は日本の高専に相当するような学校で、KMITL の卒業生が教官となっており、実験に関する交渉や 調査は予想したよりスムーズに進んだ。


▲バナナの天ぷらを売る風景

インドネシア
 まず、ジャカルタの国立航空宇宙研究所(LAPAN) で、懸案事項であったPARTNERS計画 の合意文書についてインドネシア郵電観光省のルク マン課長とLAPANのディラン教授と話し合いを 行い、その場で合意に達し署名を行った。インドネ シア側の共同実験の主担当であるバンドン工科大学 (ITB)は、スカルノ大統領の卒業した名門大学で あり、ジャカルタより鉄道で3時間程の地方都市バ ンドンにある。標高800m程度の高地にあるため 過ごしやすい気候である。ウトロ教授が案内してく れ、磁カ計他の設置場所の調査を行った。バンドン には、LAPANの支所の電離圏研究開発センター があり、電波伝搬実験に関する招待講演を行った。 LAPANはPARTNERS計画による日本との 共同実験に大変な興味を示しており、ITBとの共 同実験を、LAPANも含めた共同実験へ発展させ ることを要望された。昨年の現地調査を踏まえて、 11月末に機器を現地に搬入した後12月より観測 を開始している。


▲PARTNERS計画推進のための合意文書の交換



短 信




千年に1度あるかないかの彗星の
木星衝突をキャッチ!?


 この1年余りの間、世の中を騒がせていたシュー メイカー・レビー第9彗星が、この7月に予想どう り木星に衝突した。通信総合研究所では、本所・支 所・観測所の施設をフルに活用してこの千年に1度 とも言われる現象の観測を行った。
 写真は、小金井にある1.5mの望遠鏡を用いて近赤 外線で撮影した木星のイメージである。3カ所の衝 突の跡が赤外線で明るく輝いていることがわかる。 電波の観測では、衝突直後に木星方向からの電波強 度に特異な変動があったことを鹿島の34mパラボラ アンテナがキャッチしている。この鹿島のデータや 稚内・平磯・犬吠・小金井・山川・沖縄での電波観 測データは、8月現在、解析中である。さらに、関 西支所では、小型の望遠鏡によって木星のビデオ撮 影に成功している。今後、この衝突によって何が明 らかにされるのか、楽しみである。
※近赤外線で撮影した木星の写真は1ページの所に 掲載しております。

吉川 真(関東支所 宇宙制御技術研究室)



第81回研究発表会開催のお知らせ


 平成6年度秋季研究発表会(第87回)を当所の大会 議室で開催いたします。多くの方々のご来所をお待ちし ております。(入場無科、参加登録は不要です。)
 日時:平成6年11月30日水曜日
    午前9時40分から午後4時35分まで
 場所:郵政省通信総合研究所4号館大会議室

発表題目
(午前)=環境科学系=
1.熱帯降雨観測衛星(TRMM〉搭載降雨レーダの研究 開発
 (1)機能確認モデルの開発と実験結果
 (2)降雨強度推定手法の開発
2.広帯域太陽電波観測装置(HiRAS)の開発
 −宇宙天気予報の精度向上を目指して−
3.四次元時空の精密計測
 −ゆがんだ時空の謎に挑む−
(午後)=通信情報系=
4.電子メール利用支援システム
 −マルチメディア対話による利用者の支援−
5.三次元光学顕微鏡による染色体溝造の解析
 −遺伝子を伝える生物情報のしくみ−
6.確率モデルを用いた二次元静止画像処理
 −ノイズ等に隠された画像情報の抽出−
7.ガウシアンビーム出力型発振器の開発
 −ミリ波通信のための新しい送信機を目指して−
8.技術試験衛星VI型(ETS-VI)による衛星間通信実験 計画