三次元光学顕微鏡システムの概要
この顕微鏡システムは、主に、蛍光顕微鏡・受
光器としてのCCD・コンピュータの3つの要素
からなる(図1)。蛍光顕微鏡は、複雑な生体の
要素から自分たちの見たいものだけ染めるために
大変都合が良い。現在のところ、波長の違う蛍光
色素を用いて3種の細胞内分子の染め分けができ
る。冷却CCDは、高感度であることから、微弱
な光を検出する必要のある生細胞観察に適してい
る。また、幾何学的精度が高く、画像処理するの
に適している。コンピュータは、得られた画像デ
ータを蓄積するだけでなく、三次元解析の際の焦
点移動の制御、多重染色の際の励起フィルター・
バリヤフィルターの回転の制御、生細胞観察に欠
かせない励起光と受光器のシャッター制御に用い
られる。得られた三次元画像データは、必要に応
じて画像処理される。
▲図1 三次元光学顕微鏡システムの概要
細胞−神秘の宇宙
子供の頃、夜空を見上げては、きらめく星々を
眺め空想に耽った人は多いのではないだろうか。
宇宙は成長し、様々な活動を続けている。我々の
持つ『生命』も、そこに育まれた一つの産物に過
ぎない。宇宙は何なのか。我々『生命』はどこか
ら来てどこへ行こうとしているのか。この問題は、
長く人類を悩ませ続けてきた。人類に与えられた
課題の一つである。
今、最新の光学顕微鏡は細胞の姿を捉えた(図
2)。その姿は、宇宙に横たわる星雲を思わせる。
まさに「ミクロの宇宙」である。その中の一つひ
とつの点は、止まっていることを知らない。たえ
ず活動し、巧みに姿を変えていく。そこに息ずく
『生命』の仕組みを探ることは、宇宙を創ってい
る物事の成り立ちを知ることと無縁ではないはず
である。
▲図2 増殖分裂直前のヒト子宮癌細胞
染色体−子孫へ遺す唯一のメッセージ
親は子に様々なものを遺そうとする。精神を遺
す人、財産を遺す人、様々である。ここで、我々
が生物として子に遺し得るものは何であるか考え
てみよう。それは、一揃いの染色体(遺伝物質
DNAを高密度に折り畳んだ構造体)だけである。
それも、今、持っている遺伝情報の半分でしかな
い。こればかりは、どんな人にも、どんな生物に
も公平な事実である。それでは、どの様にしてこ
の子孫に遺し得る唯一のメッセージを保存し、子
に伝承しているのだろう。人類はこの答えを正確
には知らない。我々の三次元光学顕微鏡システム
は、この答えのごく一端を捉えることができたの
で紹介する。
染色体を伝える生物の仕組み
染色体を伝える仕組みは、主に、増殖分裂と生
殖分裂に分けられる。増殖と生殖のはたらきの違
いを、物凄く簡単に一言で表すと、増殖が自分と
同じものを保存する過程であるのに対し、生殖は
他と遺伝情報を取り替えて変化する過程であると
いうことができる。我々が発見したのは、生殖分
裂の際に、染色体が従来考えられていたのとは違
った、大変かわった構造をとるということである。
その変わった構造が、遺伝情報を親から子へ伝え
ていくのにどの様に関わっているか、また、生物
の進化にどの様に関わっているかを正確に説明す
ることはまだ出来ないが、解決への糸口を与える
ことは確かであり注目に値する。
細かい所は省くが、我々は、分裂酵母という微
生物を用い、生殖分裂の過程での染色体の挙動を
顕微鏡で連続的観察することに成功した。その結
果、生殖期の分裂酵母細胞内を染色体が動き回る
のが観察された。図3で、青色の部分が染色体で、
箒星のように尾をひいて見えるのは動き回ってい
るためである。この動き回る染色体に対し、染色
体の端っこ(テロメア、図3では緑色)の位置を
決定したところ、驚いたことに、動きの先端には
テロメアが位置していたのである。増殖時の分裂
運動では、セントロメアと呼ばれる特殊な部分が
引っ張られるのはよく知られている。従来の生物
学ではこれが常識であったので、テロメアが引っ
張られるというのは世界の生物学者を大変驚かせ
た。この特殊な構造を我々が発表した後、他の生
物種でも追試が行われ、マウスやとうもろこしの
生殖細胞でも(動きは見ることが出来ないが〉テ
ロメアが一か所に集まった構造をとっていること
が分かってきた。恐らく、高等生物でも分裂酵母
のようにテロメアが引っ張られる運動が起こって
いると推察される。
▲図3 生殖分裂前期の分裂酵母
生殖分裂の初期にのみ現われるこの様な特殊な 構造が、動物、植物、菌類の様に広範囲な生物種 に見られることは大変な驚きに値する。この構造 は生物の進化上長く保存されていることから、生 物にとっては大変重要なはたらきがあるだけでな く、進化そのものにも何らかの役割を果たしてい るのではないかと考えている。
夢の光学顕微鏡
我々の光学顕微鏡システムは、究極の顕微鏡シ
ステムではない。むしろ、プロトタイプである。
生きた細胞のなかで起こっていることを、あるが
ままに高い解像度で見るためには、光学系やコン
ピュータ、ステージ、温度制御など改良すべき問
題が山積している。さらに、あるがままに見るだ
けではなく、思うがままに操作・制御できる顕微
鏡をつくり、生物の情報処理機構を学んでいくこ
とが今後の夢である。
(関西支所 生物情報研究室)
▲図 WPLS’94ロゴとレセプション時の署名
会期期間中会場コピー機、PC、コーヒブレイク、ラ
ンチの手配など豪州メンバーがいくつかのトラブルを
克服してなんとか乗り越えることができた。今回、中
国やロシアをはじめとする新たなレーザ局の関係者と
はじめての人間関係ができたところも多くあった。特
にロシアの精密工学科学研究所の2名は11月11日帰国
便の経由地である成田で突然オーバーナイトビザを
申請、CRLの光センターを見学後翌日帰国するとい
う離れ業もおこなった。
▲写真 WPLS総会風景(ベッカーハウス 演壇筆者)
このようにキャンベラ空港への勇気ある着陸から光
センターでロシア人と飲んだウオッカの一気のみで意
識を失いかけるまで、この一週間は嵐のように過ぎ去
った。このような機会を与えてくれた本所幹部、本ワ
ークショップの主催者である科学技術庁、予算手続き
でお世話になった本省技術開発推進課、企画部、総務
部の関係者の方々をはじめ、外部企画委員の方々、現
地には都合で出席されず期間中ご心配をおかけした高
橋標準計測部長、吉野時空技術研究室長に感謝します。
(標準計測部 主任研究官)
研究センタ
研究センタの機構も、私の滞在中に大きな改革が
行われ、下図のような組織となった。従来のFI
(Research Institute)はFZ(Research Center)と
名称を変え、内部階層を1つ増やしている。例えば、
私の所属していた部署はFI15であったが、これが
5グループに分割され(図では省略)、その中のFZ
141というグループに属することとなった。5つにも
分割されたのは例外的とのことであるが、全体的に
見てもグループ数は大きく増えている。通信総研に
照らし合わせると、FZ141というのが研究室、FZ14
が小さめの部に相当する規模であろう。FZ14には、
FZ141からFZ145までの5研究室があるが、興味深
いのは、そのうち2研究室がダルムシュタットに、
残り3研究室がベルリンに配置されていることであ
る。今のところ、部長は頻繁にベルリンに出かける
など、ある程度の負担はあるようだが、これはテレ
ビ会議の活用で緩和される程度の問題であるという。
それより、ベルリンにその分野の研究者がいるのだ
から、そこにその研究室があるのは当然のことと考
えている。考えてみれば当り前の発想なのだが、組
織の都合が優先する日本的発想につかってしまった
者には新鮮に、また、うらやましくも思えた。
▲図 研究センターの組織図
研究室
私が所属していたのは、オーディオビジュアルのセ
クションで、ここでは動画像の超低ビットレート符号
化、フラクタル符号化、ステレオ画像の符号化、ディ
ジタルテレビ放送、ビデオオンデマンドなど、幅広い
分野についての研究を行っていた。研究の進め方は、
おおむね個人べースで、ほとんどの研究者は、ヨーロ
ッパ内の他研究機関と共同で研究を進めており、研究
室内では、少し分野の違う研究者同士としての議論が
繰り広げられている。各研究者には8畳程度の個室と、
パソコン、ワークステーションが割り当てられており、
それ以外に実験室、ミーティングルームがある。
私の研究テーマは、ステレオ画像の超低ビットレー
ト符号化に関するもので、ステレオ視差、動き情報を
統合し、より正確な予測画像を得ようというものであ
った。ステレオ画像符号化の研究は、日本ではあまり
行われておらず、私自身、その重要性には疑問を感じ
てもいるが、多種の新しい要素技術を包含しており、
研究対象としては興味深いものであった。
日々の生活
ドイツは労働時間の少ない国として有名であるが、
所定労働時間を比べる限り、日本の公務員と大差ない。
与えられる年次有給休暇は30日以上で、日本よりも多
いが、祝祭日や夏期休暇等の日数の差を考えると、こ
れも大差はないと言える。やはり最も大きな違いは考
え方や習慣の差であろう。彼らは、帰宅時間も仕事の
期限同様、守る義務があると考えているように感じら
れた。もちろん、やるべき仕事はきっちり済ませるが、
与えられた労働時間内にできない仕事までは引き受け
ず、うまく時間配分をして仕事を進めているようであ
る。勤務時間帯は人によって異なるが、8時前に出勤
し、4時過ぎに退社するというのが標準的なパターン
で、これでも少しづつ時間オーバーするので、金曜日
は3時頃に帰ってしまう。もちろん、与えられた年次
有給休暇を使い残す人は少ないし、風邪などで休むと
きは病気休暇を使う。
制度的には日本も遜色ないわけだから、家には早く
帰り、夏休みも1ヶ月位は取りたいと考えてはいるの
だが、なかなかそこまで割り切れない。夜の10時をま
わってから、やっとCRLニュースの原稿に取りかか
れる、というのが現状である。
ドイツでの暮らし
ドイツは治安も良く、物の豊富さも日本と変わらな
い。さらに、道路、駐車場などについては、日本より
はるかに整備されており、これらの点で不自由を感じ
た事はほとんどなかった。最初にとまどったのは習慣
の違い、最後まで問題があったのは、私のドイツ語力
であった。最も違和感を感じたのは、役所の窓日であ
る。窓口といっても、実際には担当者のオフィスに行
くわけであるが、この時、担当者がコーヒーでも飲ん
でいたりすると、その間ずっと待たされることになる。
ひどいときには風邪だとか、休暇だとかで、門前払い
されることもある。同僚が言うには、怒っても何も良
いことは起こらないから、気長に待つのがよいとのこ
とであったが、私は、そういう感覚に馴染むことはで
きなかった。
▲写真 ベルリンの壁にて
ドイツ語力不足は、やはり不便を感じたが、職場や
病院など、重要な場面は、だいたい英語で済ませられ、
どうしてもドイツ語が必要になるのは、買い物や、幼
稚園行事、観光といった時であったので、気は楽であ
った。多少間違っていても、だいたい理解してくれる
し、頼めばやさしい単語でゆっくり言い直してくれる
ので、一応、用事を済ませることはできた。先輩諸氏
からも聞いていたが、文法やらは多少間違っていても
いいから、ともかく話しかけてみることが大切だとい
う事を実感した。滞在の最後になって、フリーマーケ
ットで車を売ったが、この相手は英語を全くしゃべ
らなかった。これが私のデタラメドイツ語の総仕上
げとなった。
この滞在でドイツの習慣や文化を、ある程度、実感
することができ、さらにヨーロッパの文化も垣間見る
ことができたのは、私にとって貴重な経験であった。
研究の面でも、もちろん有意義であったが、実際の仕
事自体は日本ではできないというものは少なく、むし
ろ知り合いができたという事の方が価値ある事なのか
も知れない。
最後になったが、この滞在の機会を与えてくれたC
RLおよびFTZの関係者に感謝すると共に、同じく
貴重な体験をした私の子供達が、この経験を生かして
くれるよう願っている。
(標準計測部長)