染色体−光学顕微鏡が捉えた子孫へのメッセージ


原口 徳子

 近年、様々な分野での技術革新は、思わぬ学問 分野に影響を与え始めた。我々の目指す生物の情 報処理機構の研究は、まず、細胞内の情報を生き たままで、見たいものだけ、高い解像度で視るこ とに始まる。これらを実現させるためには、生物 の立体構造に対応でき、生きた細胞を殺さないで 観察できる三次元光学顕微鏡システムが必要であ った。我々の研究室で、ここ数年の間につくられ た細胞情報画像化技術は、近年著しい発展を遂げ た光学技術やコンピュータサイエンスなどの様々 な専門分野の知恵を集めたもので、それから得ら れた知見は医学や生物学のような異分野にもイン パクトを与えた。ここでは、我々の用いている三 次元光学顕微鏡システムの概要と、それから分か った生物の染色体を子孫に伝えていく仕組みにつ いて書きたい。

三次元光学顕微鏡システムの概要
 この顕微鏡システムは、主に、蛍光顕微鏡・受 光器としてのCCD・コンピュータの3つの要素 からなる(図1)。蛍光顕微鏡は、複雑な生体の 要素から自分たちの見たいものだけ染めるために 大変都合が良い。現在のところ、波長の違う蛍光 色素を用いて3種の細胞内分子の染め分けができ る。冷却CCDは、高感度であることから、微弱 な光を検出する必要のある生細胞観察に適してい る。また、幾何学的精度が高く、画像処理するの に適している。コンピュータは、得られた画像デ ータを蓄積するだけでなく、三次元解析の際の焦 点移動の制御、多重染色の際の励起フィルター・ バリヤフィルターの回転の制御、生細胞観察に欠 かせない励起光と受光器のシャッター制御に用い られる。得られた三次元画像データは、必要に応 じて画像処理される。


▲図1 三次元光学顕微鏡システムの概要

細胞−神秘の宇宙
 子供の頃、夜空を見上げては、きらめく星々を 眺め空想に耽った人は多いのではないだろうか。 宇宙は成長し、様々な活動を続けている。我々の 持つ『生命』も、そこに育まれた一つの産物に過 ぎない。宇宙は何なのか。我々『生命』はどこか ら来てどこへ行こうとしているのか。この問題は、 長く人類を悩ませ続けてきた。人類に与えられた 課題の一つである。
 今、最新の光学顕微鏡は細胞の姿を捉えた(図 2)。その姿は、宇宙に横たわる星雲を思わせる。 まさに「ミクロの宇宙」である。その中の一つひ とつの点は、止まっていることを知らない。たえ ず活動し、巧みに姿を変えていく。そこに息ずく 『生命』の仕組みを探ることは、宇宙を創ってい る物事の成り立ちを知ることと無縁ではないはず である。


▲図2 増殖分裂直前のヒト子宮癌細胞

染色体−子孫へ遺す唯一のメッセージ
 親は子に様々なものを遺そうとする。精神を遺 す人、財産を遺す人、様々である。ここで、我々 が生物として子に遺し得るものは何であるか考え てみよう。それは、一揃いの染色体(遺伝物質 DNAを高密度に折り畳んだ構造体)だけである。 それも、今、持っている遺伝情報の半分でしかな い。こればかりは、どんな人にも、どんな生物に も公平な事実である。それでは、どの様にしてこ の子孫に遺し得る唯一のメッセージを保存し、子 に伝承しているのだろう。人類はこの答えを正確 には知らない。我々の三次元光学顕微鏡システム は、この答えのごく一端を捉えることができたの で紹介する。

染色体を伝える生物の仕組み
 染色体を伝える仕組みは、主に、増殖分裂と生 殖分裂に分けられる。増殖と生殖のはたらきの違 いを、物凄く簡単に一言で表すと、増殖が自分と 同じものを保存する過程であるのに対し、生殖は 他と遺伝情報を取り替えて変化する過程であると いうことができる。我々が発見したのは、生殖分 裂の際に、染色体が従来考えられていたのとは違 った、大変かわった構造をとるということである。 その変わった構造が、遺伝情報を親から子へ伝え ていくのにどの様に関わっているか、また、生物 の進化にどの様に関わっているかを正確に説明す ることはまだ出来ないが、解決への糸口を与える ことは確かであり注目に値する。
 細かい所は省くが、我々は、分裂酵母という微 生物を用い、生殖分裂の過程での染色体の挙動を 顕微鏡で連続的観察することに成功した。その結 果、生殖期の分裂酵母細胞内を染色体が動き回る のが観察された。図3で、青色の部分が染色体で、 箒星のように尾をひいて見えるのは動き回ってい るためである。この動き回る染色体に対し、染色 体の端っこ(テロメア、図3では緑色)の位置を 決定したところ、驚いたことに、動きの先端には テロメアが位置していたのである。増殖時の分裂 運動では、セントロメアと呼ばれる特殊な部分が 引っ張られるのはよく知られている。従来の生物 学ではこれが常識であったので、テロメアが引っ 張られるというのは世界の生物学者を大変驚かせ た。この特殊な構造を我々が発表した後、他の生 物種でも追試が行われ、マウスやとうもろこしの 生殖細胞でも(動きは見ることが出来ないが〉テ ロメアが一か所に集まった構造をとっていること が分かってきた。恐らく、高等生物でも分裂酵母 のようにテロメアが引っ張られる運動が起こって いると推察される。


▲図3 生殖分裂前期の分裂酵母

 生殖分裂の初期にのみ現われるこの様な特殊な 構造が、動物、植物、菌類の様に広範囲な生物種 に見られることは大変な驚きに値する。この構造 は生物の進化上長く保存されていることから、生 物にとっては大変重要なはたらきがあるだけでな く、進化そのものにも何らかの役割を果たしてい るのではないかと考えている。

夢の光学顕微鏡
 我々の光学顕微鏡システムは、究極の顕微鏡シ ステムではない。むしろ、プロトタイプである。 生きた細胞のなかで起こっていることを、あるが ままに高い解像度で見るためには、光学系やコン ピュータ、ステージ、温度制御など改良すべき問 題が山積している。さらに、あるがままに見るだ けではなく、思うがままに操作・制御できる顕微 鏡をつくり、生物の情報処理機構を学んでいくこ とが今後の夢である。

(関西支所 生物情報研究室)




西大平洋衛星レーザ測距ネットワークに関する
国除ワークショップ報告


国森 裕生

 平成6年11月6日午後4時、キャンベラ空港に近 づいたと知らせるアナウンスで目をさました筆者は 揺れの激しいキャビンの中で、「やはり小型双発機は 揺れるな」と思いながら、明日から始まるワークシ ョップのオープニングの段取りを頭にえがいていた。 1年前に応募し、4ヶ月前に準備をスタートした科 学技術庁の国際重点交流制度による「西太平洋衛星 レーザ測距ネットワークに関する国際ワークショッ プWPLS'94」の日本代表団の現地入りである。日本 からは別便でキャンベラ入りしている人を含め、通 信総研、海上保安庁、航空宇宙技研、国立環境研の 国立研究機関、また、浜松ホトニクス、日本電気、 日立製作所等のメーカと姫路工業大学から(招待・ 自主参加を含む)20名もの参加者である。スポンサ ーである科学技術庁の科学技術国際交流センターの 方も窓の外を不安げにながめている。
 筆者にとってキャンベラは2度目の訪問となる。 1年半前キャンベラ郊外にあるAUSLIG(オースト ラリア測知情報局)所有のオローラルレーザ測距局 に1ヶ月滞在したことが、今回の日豪を中心とした ワークショップ開催の協カのべースになった。
 衛星レーザ測距(SLR)は地上から衛星に対しレ ーザ光を発射しその往復時間を測定するもので、セ ンチメートルの精密な衛星の軌道と地上局地心位置 の決定と地球力学モデルのフロンティアを切り開い てきた宇宙測地技術の一つである。通信総研でも 1990年から宇宙光通信地上センターでエタロン、 GPS衛星などのトラッキングを開始しており、時空 計測技術の中核となっていきている。しかし、SLR はNASAを中心とする米国、欧州にその開発センタ ーがあり、東アジア地域では、日本、中国、ロシア の局が点在し、その活動は欧米に比べ技術面でも、 ネットワーク運用面でも遅れがある。豪州を含む東 アジア局の技術的向上と衛星追尾の協同観測体制を 構築することが本会議の目的である。
 日本は前述の20名、中国(中国科学院他)、ロシア 〈精密工学科学研究所他)から6名の招待研究者を合 む8名、豪州から約20名、また、同時期に開催され たNASAを中心とする世界レーザ測距機器会議メン バーの参加も得ることができ、米国、英国、ドイツ、 オーストリア、チェコスロバキア、等総勢60名の参 加を得た。
 空港に降りると、南半球は初夏のはずの気温は8 度、風速15mはあろうかという強風が吹き荒れてい た。豪州シドニー付近を襲い多くの被害を出したハ リケーンの余波だったのである。安堵を胸に、空港 からタクシーをとばして全場のBecker Houseに着 くと、玄関には1日前に出発した雨谷氏ら事務局と John Luck氏をはじめとする豪州側スタッフが私を 待ちかまえていた。看板、ポスターの設置場所は? 事務局控え場所は?レセプションの確定日時と場所 内容は?VIP接待は?いくら通信が発達していても 最終的に現場を見て確認するまで判断できなかったポ イントはこの時の打ち合わせで最終的にOKとなる。徒 歩で通える近くのホテルでチェックインするとすでに 内外の研究者の輪があちこちにあり、あいさつをかわ しながら、出陣の日本参加者晩餐会へ向かう。その後、 セッション議長会議での最終プログラムの確認を済ま せ、深夜の事務局会議ヘ。予稿等配布物の整理や招待 者への対応、オープニングの段取りなど綿密な作戦が 杉浦関東支所長の下で練られた。関東支所長は翌日か らその高らかな声で、オープニング、レセプションあ いさつ、VIP対応を行われ、全体を取り仕切られた。
 7日から10日までの本番では、総会と各テーマ毎 のいくつかのセッション(ポスターを含む)がセッ ション議長の下でスケジュールに従って進行した。 各セッションではモードロックレーザ、検出器、衛 星形状、タイミングシステム等のミリメータ精度を めざすSLRの要素技術と解析の立場からの討論が行 われた。通信総研からは日本主導のキャンペーン成 果や首都圏地殻変動プロジェクトに関わる計画、同 期測距の成果、さらに光通信やライダーの活動が紹 介された。また、将来のSLRの役割についても、 日・米・欧の新たな衛星ミッションをにらんで、測 地応用だけでなく海洋、地球環境、通信等への異分 野進出を強く意識した討論となった。総会(写真) では、各国を代表して、筆者(日本)、Shargorodsky (ロシア)、Yang Fumin(中国)、John Luck(豪州) が各国のネットワークと技術・研究開発の現状と将 来計画を報告した。John Luck,Ben Greeneと私は、 同期衛星レーザ測距による西太平洋地域での測距ネッ トワークの運用とセンター化の構想を打ち出す決議文 を作成、Grecne氏がこれを紹介した。これには日本 が打ち上げるADEOS衛星のトラッキングサポートも 含まれる。欧米諸国からは、既存の観測スタンダ一ド と競合するとの意見が出され、活発な議論が行われた。 この時、いつもながら相手を説得する専門性、理論性 と英語力の不足を痛感した。結局、この議論は収束せ ず、結論は最終日に持ち越された。この間、筆者や海 上保安庁佐々木氏はNASAの幹部や欧米の主要なメン バーとの間で事態収拾に奔走した。最終的に多数の 参加者が指示する合意案が作成され、本会合で提案 された西大平洋衛星測距ネットワークが全世界的に も認められる結果となった。最初の事務局の担当国 は日本とし、通信総合研究所が事務局を受け持つこ とになった。また、決議には、NASA,EUROLAS他 諸機関の方々の本ネットワーク設立に対する協力及び 日本の科学技術庁の本会議への財政的支援に対し感謝 の意が表された。レセプションは会場近くのホテルで おこない(図:WPLSの署名はこの時おこなわれた) 多くの方がリラックス、談笑の輪がひろがった。


▲図 WPLS’94ロゴとレセプション時の署名

 会期期間中会場コピー機、PC、コーヒブレイク、ラ ンチの手配など豪州メンバーがいくつかのトラブルを 克服してなんとか乗り越えることができた。今回、中 国やロシアをはじめとする新たなレーザ局の関係者と はじめての人間関係ができたところも多くあった。特 にロシアの精密工学科学研究所の2名は11月11日帰国 便の経由地である成田で突然オーバーナイトビザを 申請、CRLの光センターを見学後翌日帰国するとい う離れ業もおこなった。


▲写真 WPLS総会風景(ベッカーハウス 演壇筆者)

 このようにキャンベラ空港への勇気ある着陸から光 センターでロシア人と飲んだウオッカの一気のみで意 識を失いかけるまで、この一週間は嵐のように過ぎ去 った。このような機会を与えてくれた本所幹部、本ワ ークショップの主催者である科学技術庁、予算手続き でお世話になった本省技術開発推進課、企画部、総務 部の関係者の方々をはじめ、外部企画委員の方々、現 地には都合で出席されず期間中ご心配をおかけした高 橋標準計測部長、吉野時空技術研究室長に感謝します。

(標準計測部 主任研究官)




≪長期外国出張報告≫

FTZ滞在とドイツでの生活について


鳥山 裕史

 1993年11月1日より1年間、ドイツのダルムシュタ ットにあるテレコム研究開発センタ(TelekomFTZ) に、客員科学者として滞在した。テレコムは、日本 のNTT、KDD、NHKをひとまとめにしたよう な組織で、電気通信、放送を担う巨大企業である。 従来は、郵便、郵便貯金の両部門と共に連邦郵政省 に属する政府機関であったが、1990年の郵政改革に よって民間企業としての道を歩みだし、さらに1995 年には株式会社組織へ移行することになっている。 このような民営化への波、さらには旧東ドイツ統合 という大事業を抱え、この数年間はテレコム変革の 時期であったようである。もっとも、一般市民にと っては、かつて1ヶ月かかっていた電話の新設が、 2〜3週間で設置されるようになったという程度に しか見えないらしいが。

研究センタ
 研究センタの機構も、私の滞在中に大きな改革が 行われ、下図のような組織となった。従来のFI (Research Institute)はFZ(Research Center)と 名称を変え、内部階層を1つ増やしている。例えば、 私の所属していた部署はFI15であったが、これが 5グループに分割され(図では省略)、その中のFZ 141というグループに属することとなった。5つにも 分割されたのは例外的とのことであるが、全体的に 見てもグループ数は大きく増えている。通信総研に 照らし合わせると、FZ141というのが研究室、FZ14 が小さめの部に相当する規模であろう。FZ14には、 FZ141からFZ145までの5研究室があるが、興味深 いのは、そのうち2研究室がダルムシュタットに、 残り3研究室がベルリンに配置されていることであ る。今のところ、部長は頻繁にベルリンに出かける など、ある程度の負担はあるようだが、これはテレ ビ会議の活用で緩和される程度の問題であるという。 それより、ベルリンにその分野の研究者がいるのだ から、そこにその研究室があるのは当然のことと考 えている。考えてみれば当り前の発想なのだが、組 織の都合が優先する日本的発想につかってしまった 者には新鮮に、また、うらやましくも思えた。


▲図 研究センターの組織図

研究室
 私が所属していたのは、オーディオビジュアルのセ クションで、ここでは動画像の超低ビットレート符号 化、フラクタル符号化、ステレオ画像の符号化、ディ ジタルテレビ放送、ビデオオンデマンドなど、幅広い 分野についての研究を行っていた。研究の進め方は、 おおむね個人べースで、ほとんどの研究者は、ヨーロ ッパ内の他研究機関と共同で研究を進めており、研究 室内では、少し分野の違う研究者同士としての議論が 繰り広げられている。各研究者には8畳程度の個室と、 パソコン、ワークステーションが割り当てられており、 それ以外に実験室、ミーティングルームがある。
 私の研究テーマは、ステレオ画像の超低ビットレー ト符号化に関するもので、ステレオ視差、動き情報を 統合し、より正確な予測画像を得ようというものであ った。ステレオ画像符号化の研究は、日本ではあまり 行われておらず、私自身、その重要性には疑問を感じ てもいるが、多種の新しい要素技術を包含しており、 研究対象としては興味深いものであった。

日々の生活
 ドイツは労働時間の少ない国として有名であるが、 所定労働時間を比べる限り、日本の公務員と大差ない。 与えられる年次有給休暇は30日以上で、日本よりも多 いが、祝祭日や夏期休暇等の日数の差を考えると、こ れも大差はないと言える。やはり最も大きな違いは考 え方や習慣の差であろう。彼らは、帰宅時間も仕事の 期限同様、守る義務があると考えているように感じら れた。もちろん、やるべき仕事はきっちり済ませるが、 与えられた労働時間内にできない仕事までは引き受け ず、うまく時間配分をして仕事を進めているようであ る。勤務時間帯は人によって異なるが、8時前に出勤 し、4時過ぎに退社するというのが標準的なパターン で、これでも少しづつ時間オーバーするので、金曜日 は3時頃に帰ってしまう。もちろん、与えられた年次 有給休暇を使い残す人は少ないし、風邪などで休むと きは病気休暇を使う。
 制度的には日本も遜色ないわけだから、家には早く 帰り、夏休みも1ヶ月位は取りたいと考えてはいるの だが、なかなかそこまで割り切れない。夜の10時をま わってから、やっとCRLニュースの原稿に取りかか れる、というのが現状である。

ドイツでの暮らし
 ドイツは治安も良く、物の豊富さも日本と変わらな い。さらに、道路、駐車場などについては、日本より はるかに整備されており、これらの点で不自由を感じ た事はほとんどなかった。最初にとまどったのは習慣 の違い、最後まで問題があったのは、私のドイツ語力 であった。最も違和感を感じたのは、役所の窓日であ る。窓口といっても、実際には担当者のオフィスに行 くわけであるが、この時、担当者がコーヒーでも飲ん でいたりすると、その間ずっと待たされることになる。 ひどいときには風邪だとか、休暇だとかで、門前払い されることもある。同僚が言うには、怒っても何も良 いことは起こらないから、気長に待つのがよいとのこ とであったが、私は、そういう感覚に馴染むことはで きなかった。


▲写真 ベルリンの壁にて

 ドイツ語力不足は、やはり不便を感じたが、職場や 病院など、重要な場面は、だいたい英語で済ませられ、 どうしてもドイツ語が必要になるのは、買い物や、幼 稚園行事、観光といった時であったので、気は楽であ った。多少間違っていても、だいたい理解してくれる し、頼めばやさしい単語でゆっくり言い直してくれる ので、一応、用事を済ませることはできた。先輩諸氏 からも聞いていたが、文法やらは多少間違っていても いいから、ともかく話しかけてみることが大切だとい う事を実感した。滞在の最後になって、フリーマーケ ットで車を売ったが、この相手は英語を全くしゃべ らなかった。これが私のデタラメドイツ語の総仕上 げとなった。
 この滞在でドイツの習慣や文化を、ある程度、実感 することができ、さらにヨーロッパの文化も垣間見る ことができたのは、私にとって貴重な経験であった。 研究の面でも、もちろん有意義であったが、実際の仕 事自体は日本ではできないというものは少なく、むし ろ知り合いができたという事の方が価値ある事なのか も知れない。
 最後になったが、この滞在の機会を与えてくれたC RLおよびFTZの関係者に感謝すると共に、同じく 貴重な体験をした私の子供達が、この経験を生かして くれるよう願っている。




試行錯誤の研修期間


管 英之

 私は東京理科大学理学部応用物理学科4年の学生 です。昨年の5月から卒業研究のために研修生とし て通信総合研究所に通っています。今年の2月末頃 まで研究を行い、そこまでの結果を卒業論文として まとめる予定です。来た当初は宇宙通信部の研究室 にいたのですか、変更があり、今では電磁波技術部 光技術研究室に所属しております。大学での単位が まだ残っていたため、週に2日程、大学に通ってお りましたが、10月からはそれも週1日でよくなり、 ほぼ毎日、研究所に通っています。しかし大学に行 くことが余りなくなったので、友人とも顔を会わす 機会が減り、少し寂しい気もしています。
 私の家は研究所から割と近い所にあります。その ためいつも自転車で通っており、7分程度で来るこ とができます。通うのに時間がかからない反面、朝 起きるのか遅くなりがちなのですが、なんとか10時 から11時頃までに来ています。帰りは6、7時頃な ので、この時期自転車ではかなり寒さが厳しいので すが、近いので我慢しています。
 現在私が取り組んでいるのは、合成開口赤外レー ザー・レーダを利用した2次元画像再生のための研 究です。遠方にある対象物へ向けてCO2レーザー を照射し、物体の表面において反射・散乱されて戻 ってくる光を、素子開口を移動させながら多数の観 測点において受信・記録した後、それを処理・合成 することにより、対象物の高分解能な像再生を行う というのが目的です。現在のところ、このシステム の実現に向けたコンピュータ・シミュレーション等 による検討を行っており、私も課題をいただいて研 究貝の方の指導の下にプログラミングをしています。
 研究所に来た当初は、コンピュータについてはま ったく分からないといった状況でしたし、聞くだけ で頭が痛くなりそうでした。最初はBASICが必 要だったので、テキストを片手にとにかく手を動か しながら勉強をしました。また、研究所の方が親切 に教えてくださったこともあり、次第にコンピュー タに慣れることができました。大学のほうでも前期 にC言語の授業を受講していたのですが、そちらも 殆ど分からなかったので、並行しながら少しずつ理 解していきました。夏休みの終わりには大学のコン ピュータの課題を仕上げた事もあり、以前と比べる とずいぶんと自信も付いてきたようでした。その後 は研究でFORTRANが必要になったためそちら を勉強してきた訳ですが、この数カ月の間に3つの 言語を多少なりとも習得できたことは大変実りある ものだったと思います。
 私は就職をすることに決めていたので、5、6月 は就職活動のためになかなか落ち着かず、不安な 日々が続きました。また、来て間もないためどうし てよいのか分からず、とにかく研究に関する資科を 読んで研究内容をはやく理解するようにしていまし た。6月の終わり頃に会社が決まり、やっと勉強に 打ち込むことができるようになりました。それと前 後して、それまでいた部屋の方が人事異動のために 部屋を移られ、私も今の部屋に変更になりました。
 私のいる部屋は実験室との併用ではありますがとて も広く、個人の机も与えられているために、勉強をす るにはとてもよい環境です。また、パソコンや大型計 算機にしてもある程度自由に使うことができるため、 そういったものに接する機会を多く持てたことなども、 大学の研究室と比較して恵まれていました。
 研究所の方々には卒業論文のことや他の勉強など にも貴重な時間を割いていただき、大変お世話にな りました。別に、大学での研究を軽視する訳ではな いのですが、研究所において、こうした大きな研究 に少しでも関われたということは、私にとってとて も良い経験になったと思っています。振り返れば研 究員の方の足を引っ張ってばかりいたような気がし ますが、それにも関わらず親切に説明していただき、 本当に感謝いたしております。




≪研究都紹介シリーズ≫

標準計測部


高橋冨士信

 当部は平成5年度に標準測定部から標準計測部に 改称し、6年度には新研究室が認められ、2課3研 究室の体制で研究・業務に取組んでいる。当部に求 められるのは、先端的な研究成果と定常業務の高度 化の両立である。日常的業務に追われる周波数標準 課と測定技術課、基礎的先端的研究に取り組む原子 標準研究室、そして大型プロジェクトに取り組む時 空計測・時空技術2研究室と、まさに当研究所の縮 図であるような大所帯を手短に紹介するのは一筋縄 では行かない。
 原子標準研究室では、セシウム原子泉標準器とい う先端的な研究を進めている。セル方式トラップと レーザ冷却実験を行うための装置を整備し実現に挑 戦中である。レーザの安定化・周波数可変方式では、 東工大留学の経験を生かす室員の成果を活用して、 回析格子を用いた方式の実現へ向け前進している。 セシウム1次標準については、1号機は周波数確度 評価のための特性取得を行い、定常運転に向けての 整備している。2号機は、新設計・製作により早期 立ち上げに向け努力している。水素メーザについて は既存機に新アイデアを盛り込み改善を進めるとと もに、超電導磁気シールドに関する共同研究をメー カと実施している。
 時空計測研究室は6年7月の時空技術研究室発足 と構成員異動に伴い、時空計測プロジェクトの中の 特に時間分野の精密計測・理論研究を主体とするよ う衣替えした。主な研究分野は、宇宙技術による精 密時刻比較、時系への応用を主目的としたミリ秒パ ルサー、相対論的時空理論の研究、初声局(三浦半 島)を中心とした首都圏広域地殻変動観測施設 (KSP:Key Stone Project)の整備、科技庁の海 底ケーブル利用検討への参加、本省か進めている DGPS調査研究への協力等がある。新しい室長のも と意欲的に研究・業務に邁進している。
 時空技術研究室はKSP計画推進のため発足し、 5年度に整備した小金井局、鹿島VLBI局間観測 の定常化、6・7年度の三浦半島初声局、房総半島 犬石局の整備の中枢としての役割を果たしている。 NTTと光通信網利用リアルタイムVLBI実験の 検討も進めている。衛星レーザ測距(SLR)に関し ては、限られた人材ではあるが国際的評価の高い実 験を進めるなかで、6年11月には西太平洋観測網に 関する国際ワークショップをキャンベラ(豪州)で 開催し成功させた。当研究室室長は国際地球回転事 業のVLBI部門の議長という重責にある。
 周波数標準課は日本標準時を高精度に維持し国民 に休みなく供給する業務を行っている。5年度に出 された標準供給・ウルシグラム放送将来方針検討委 員会の答申の具体化のため、テレフォンJJYの実 用化、インターネットによる標準時供給に関する IIJ(株)との共同研究、BSによる標準周波数供 給法の研究開発、BSやFM多重データ放送による 時刻コード供給等のマルチメディア時代にふさわし い供給法の実現に取り組んでいる。
 さらに当課の定常業務をハイテク化するために、 最新ネットワーク技術を駆使したHORONETシ ステムを開発した。当課の時間・周波数の高精度維 持が前述の3研究室の力強い基盤をなしているとい えよう。
 測定技術課は型式検定と較正業務に関する当所に 課せられた業務を遂行している。同時に業務のハイ テクOA化を進めている。搬入較正処理手順の改善 し、電界強度較正装置の較正についてこれまでの1 週間一局処理法から、数日間全局処理法に切り替え 実施することなど着実に成果が挙がってきている。 これまでの業務に加えて、新しく「121.5MHz のホーミング信号の406MHz衛星EPIRB への付加(IMO決議による)」および「日本語ナブ テックス受信機の導入」のための省令改正が実施さ れた。これらの無線機器は当研究所に課せられた義 務検定対象であるため、当課では新業務を円滑にこ なすシステム整備を短期間にやり遂げ、人命の安全 にかかわる無線機器の厳正な審査・認証を行ってい る。こうした業務の合間をぬうようにして研究成果 も数多く挙げてきている。
 もっと各課室のユニークな活動を書こうとしたら 文字数か尽きてしまった。この大所帯を一人で支え る名業務係長や、時間標準のプロでありITU-R 関係を取り仕切る名総括主任研について十分紹介で きなかった。
 次は各課室長が競って当ニュースに研究・業務の 紹介・アピールをしてもらい、さらに当部を支える スタッフについて書いてもらうことで補っていただ きたいと思っている。

(標準計測部長)