宇宙光通信センター1.5m望遠鏡の指向・追尾機能の高精度化


廣本 宣久

はじめに
 宇宙光通信センター1.5m望遠鏡(上段の右の写 真)を用いて、きく6号(技術試験衛星VI型)搭載の 光通信基礎実験装置との間で、衛星−地上間光通信 実験(写真1)を行い、世界で初めてレーザー光による 双方向光伝送に成功した。この光通信実験をはじめ 高度な追尾性能を必要とする研究に対応するため、 平成5年度に宇宙光通信センター1.5m望遠鏡の指 向・追尾精度を飛躍的に向上させるための改造を行 った。この改造をもとに、平成6年秋に精度向上のた めのスターキャリブレーション観測を精緻に行った 結果、我国の望遠鏡で最も高精度の、1.4秒角(r.m .s.)以下の指向精度、0.6秒角(r.m.s.)以下の追 尾精度を達成した(1秒角は1/3600°)。以下に主な 改造点、得られた精度について紹介する。


▲写真1 字宙光通信用レーザ光を送信する1.5m望遠鏡

指向・追尾性能の向上のための改造
 宇宙光通信センター1.5m望遠鏡は経緯儀式のマウ ントを持ち、方位角は0°から360°、仰角は0°から 90°を越えて150°まで変化する。この2つの回転角 の読み出しには、それぞれ720極のインダクトシンと 呼ばれる精密なエンコーダか用いられているが、こ のエンコーダに存在する0.5°周期のわずかの誤差を 補正することにより、指向・追尾精度が更に改善で きることが、これまでの観測によってわかった。ま た、仰角に応じて、重力による鏡筒のたわみ(サグ) が変化して生じる、光軸のずれに対する補正にも改 善の余地があった。
 これらを含め指向・追尾性能の改善を達成するた め、まずスターキャリブレーション機能の自動化を 行った。スターキャリブレーションとは、天球上の 位置が正確に知られた恒星を全天にわたって観測す ることにより、望遠鏡のエンコーダの読み出し値と 天球上の位置とを精密に対応付ける関係式(マウン トモデルと呼ぶ)を求めることである。実際にはこ のマウントモデルは、方位角及ぴ仰角エンコーダの オフセットや非線形牲、両軸の直交度の補補正、新し く付け加えた0.5°周期誤差の補正、重力によるたわみ の補正項など、32個のパラメータを含んでいる。ス ターキャリブレーションのための恒星位置の観測は、 高感度の冷却型CCDカメラと、それが捉えた画像 を取得するフレーム・グラバー、その画像から星像 中心位置を抽出するためのプロセッサを用いて行わ れる。このスターキャリブレーション機能の自動化 や、後で述べる衛星追尾ソフトウェアの高度化を達 成するために、新しいコンピュータ(PC)システ ムも整備した。
 観測の自動化のため、CCDカメラの画像の視野 と収差を校正するための機能がスターキャリブレー ションに追加された。更に、0.5°周期のエンコーダ 誤差を正確に補正するため、一つの星を長時間(30 分間以上)追尾して、恒星位置のずれを観測し続け るモードも追加された。

達成された指向・追尾精度
 望遠鏡の指向精度とは、天球上の任意の位置に向 けた時の望遠鏡の実際の指向方向と目標方向とのず れの大きさを指し、追尾精度とはある天体を連続し て追尾したときの目標の位置と望遠鏡の指向方向の ずれの変化の大きさを指す。従って、追尾精度を言 うときには、初期値の方向のずれは零として、その 後の時間の経過とともに生じるずれだけを問題にし ている。
 さて、改造後の精密なスターキャリブレーション の結果得られた指向精度は、58個の恒星の観測から 得られた、方位角0°から360°での方位角及び仰角 の指向誤差(図1)及び仰角0°から150°での両軸角 の指向誤差(図2)に示されているように、1.37秒角 (r.m.s.)以下であり、改造前の7.2秒角(r.m.s.) に対し大幅に向上した。また、追尾精度も改造前1.8 秒角(r.m.s.)に対し、大気揺らぎによるずれの誤 差を含んで、0.58秒角(r.m.s.)以下と大きく改善し た。図3及び図4に、改造前及び改造後の方位角軸の 追尾誤差を示す。改造後は0.5°周期のエンコーダ誤 差がほとんど完全に補正されていることが分かる。


▲図1 方位角0°〜360°に対する方位角及び仰角の指向誤差


▲図2 仰角0°−150°に対する方位角及び仰角の指向誤差


▲図3 改造前の方位角軸の追尾誤差


▲図4 改造後の方位角軸の追尾誤差
   0.5°周期のエンコーダ誤差が
   ほとんど完全に補正されている

衛星追尾機能の高度化
 今回の改造では、衛星追尾ソフトウェアの改良を 行い、衛星追尾機能の強化を行った。これまで用い てきた北米防空機構(NORAD)2ライン形式平均軌 道要素に加え、軌道予報精度の高いインター・レン ジング・ベクトル(IRV)接触軌道要素の他、スミ ソニアン天文台(SAO)形式平均軌道要素による衛 星追尾機能も追加し、3つの主要な軌道要素による衛 星追尾を可能にした。また、衛星追尾時に、衛星軌 道に平行及び垂直方向に追尾方向をずらせてサーチ する機能を新たに追加した。
 望遠鏡の指向・追尾精度の改善の結果、衛星指 向・追尾精度も大幅に向上し、上記の3つの形式の軌 道要素全てによる衛星追尾において、あじさい (EGS)及びラジオス(LAGEOS)衛星に対し、軌 道予報値の誤差を含んで、最大で200μrad(40秒角) 以下の指向・追尾精度が得られた。

おわりに
 宇宙光通信センター1.5m望遠鏡は今回の改造によ り、指向・追尾性能において最高水準の望遠鏡とな った。冒頭に述べた、きく6号(ETS-VI)を用いた 世界初の衛星−地上間レーザ光伝送の成功をはじめ、 アデオス(ADEOS)衛星搭載リトロリフレクターを 用いた長光路光吸収法による地球大気観測、赤外カ メラによる微光天体の観測、広視野低雑音CCDカ メラによるデブリのモニター、衛星レーザ測距等、 宇宙光通信センター1.5m望遠鏡を用いて進められる 研究の成功が期待される。

(電磁波技術部 光技術研究室)




スペースシャトル搭載高機能映像レーダを用いた
地球環境のリモートセンシング

−ポーラリメトリック較正実験−

藤田 正晴

1.はじめに
 地球環境は人類共通の問題として広く認識される ようになり、地球的規模の観測を短時間の内に行う ことが出来るリモートセンシング技術の有効性が注 目を集めている。特に昼夜をわかたず、天候に左右 されること無く、光学センサに匹敵する分解能で地 球表面の観測を行うことが出来る合成開ロレーダは、 様々な応用が期待できることから各国で研究開発が 進められている。NASA(米国航空宇宙局)は1978 年のSEASAT(海洋観測衛星)の打ち上げを皮切り に、スペースシャトルに合成開口レーダを搭載する シャトル映像レーダ(SIR)シリーズの計画を進め、 1981年にSlR-A、1984年にSlR-B実験が実施された。 計画の進展と共に合成開口レーダ、の機能も向上して きたが、SlR-Bの段階では地表面への入射角を変更 できる以外は、従来の一周波・偏波のシステムにと どまっていた。1987年6月、NASAはSIRシリーズの 第三番目の計画であるSlR-Cに関する実験公募を全 世界に向けて発出した。SlR-Cは従来のSlR-A,-B に比べて大幅に機能の強化されたLバンドとCバン ドの二周波フルポーラリメトリック合成開口レーダ であり、飛行実験にあたってはドイツとイタリアで 共同開発されたX-SAR(Xバンド合成開口レーダ) と共にスペースシャトルに搭載されて、三周波にお けるデータ収集が行われる。
 当所は、マイクロ波リモートセンシングにおけるレ ーダポーラリメトリ(ターゲットにおけるマイクロ波 散乱の際の偏波の変換に着目したレーダ、処理技術)の 重要性に鑑み、SlR-C/X-SARを用いた地形観測、植 生観測、海洋観測の他に、そのデータを正しく活用す るために不可欠なポーラリメトリック較正技術に関す る実験提案を行ったところ、正式な実験課題として採 用された。
 SlR-C/X-SARを搭載したスペースシャトル「エ ンデバー」は1994年4月10日および9月30日に打ち上 げられ、当所のテストサイトである陸域や海域の映 像データの他、ポーラリメトリック較正実験のため に北海道サロベツ原野に展開した較正用ターゲット の映像データが取得された。本稿ではポーラリメト リック較正実験の概要とその意味について述べる。

2.レーダポーラリメトリとその較正
 電波は進行方向に直角な面内で振動しており、そ の振動方向が地面に対して水平なものを水平偏波、 垂直なものを垂直偏波と呼ぶ。偏波の方向を決める ものはアンテナの特性であり、水平偏波アンテナ 垂直偏波アンテナなどと呼ばれる。アンテナの特性は 一般に送信時と受信時で同一であり、送受の可逆性と 呼ばれる。通常のレーダにおいては送信用と受信用の アンテナは共用されており、送受信で同一の偏波を使 用することが普通であった。ターゲットにおけるマイ クロ波の散乱プロセスについても、表面散乱と呼ばれ るターゲットのごく浅い部分での散乱においては偏波 方向はほとんど維持されるため、送受信で、同じ偏波を 使用しても問題はなかった。しかし、例えば、熱帯雨 林などの大規模な森林や極域の海氷などが地球全体の 環境と密接に関連していることが明らかとなるにつれ、 それらの理解のためにターゲットのマイクロ波散乱特 性をより一層詳細に観測する必要が生じた。上記のタ ーゲットではマイクロ波はその内部に侵入し、複雑な 過程を経てレーダの方向に再放射される。この散乱形 態を体積散乱と呼ぶ。体積散乱においてはマイクロ波 は複数回の散乱(多重散乱)をうけ、その結果散乱波 の偏波方向はランダムに分布することとなる。すなわ ち、散乱波には入射したマイクロ波の偏波方向と直交 する偏波を持つ成分も含まれることとなり、このデー タを収集するために新しい機能を待ったレーダが要求 されることとなった。ポーラリメトリックレーダはこ の要求に応えるものであり、同一偏波および直交偏波 の四種類の組み合わせ(水平偏波(H)送信・H受信、 垂直偏波(V)送信・V受信、H送信・V受信、V送 信・H受信)のレーダデータを取得することが出来る。
 ターゲットヘの入射波と反射波の偏波の任意の組み 合わせに対して散乱係数(反射率)の大きさを三次元 的に描いたものは偏波シグネチャと呼ばれ、マイクロ 波に対するターゲットの散乱特性を視覚的に示すもの であって、ターゲットの種類に応じて特有のパターン を示す。従来の一偏波の合成開ロレーダはターゲット のごく限られた一面のみを見ているに過ぎないのに対 し、ポーラリメトリック合成開ロレーダは様々な切り 口でターゲットを観測しているので、ターゲットの分 類や同定のみならず、従来通りのマッピング等の応 用に対しても有効な手段を提供することが出来る。
 ポーラリメトリック合成開ロレーダの送受信のアン テナは一般に完全な偏波特性を待っていないので、観 測される偏波シグネチャはターゲットそのものの散乱 特性を表してはいない。そこで、このアンテナの特性 の不完全性に起因する偏波シグネチャの観測値の歪み を補正する必要が生じた。この補正係数の決定をふく めて、偏波シグネチャの観測値の歪を補正することを、 ポーラリメトリック較正と呼ぷ。
 特定の偏波の組み合わせに対して既知の反射特性 を有する、ポーラリメトリック較正のためのターゲ ットとして様々なものが使用されているが、今回は 既に実績がある能動型ポーラリメトリックレーダ較 正器のほか、新しく考案した偏波選択型のコーナリ フレクタを準備した。写真1に、能動型ポーラリメ トリックレーダ較正器を運用している様子を示す。


▲写真1 能動型ポーラリメトリックレーダ較正器を 運用している様子

3.観測結果
 第2図は、1994年4月10日にSIR-Cで取得さ れたサロベツ原野テストサイトを含む北海道北部の Cバンド(5.3GHZ)映像であり、4つの偏波 の組み合わせのデータの電力和を示している。図の 中央付近の10個の輝点が較正用のターゲットである。 これらのターゲットはある特定の送受信の組み合わ せに対してのみ反応し、映像上に現れる。第3図に 送受信共に水平偏波とした場合、および垂直偏波と した場合の、ターゲット周辺のSIR-C映像を示す。 映像中にはそれぞれ水平偏波、または垂直偏波のみを 反射するターゲットの他、三面コーナリフレクタ等の ようにいずれの偏波の組み合わせに対しても反応する ターゲットが現れていることが分かる。能動型ポー ラリメトリックレーダ較正器を用いて補正を施した結 果は、理論的に予想される結果とほぼ一致しており、 正しい補正係数の得られていることが確認された。更 に同じ手法を用いて偏波選択型のコーナリフレクタの 特性を評価した結果、レーダのポーラリメトリック較 正のターゲットとして必要な特性を備えていることが 確認された。


▲図2サロベツ原野テストサイトを含む北海道北部のSIR-C映像


▲図3 HH偏波(左図)およびVV偏波(右図)のSIR-C映像

4.まとめ
 SIR-Cはレ一ダポーラリメトリ技術を導入した 世界で初めての宇宙用合成開口レーダであり、1994年 の4月と10月の2回にわたってこれを用いた観測実験が 実施された。当所は本実験に参加し、陸域や海域の観 測実験の他、工学的な実験としてポーラリメトリック 較正実験を実施した。本稿においては、レーダのデー タを活用していく上で重要な、ポーラリメトリック較 正について、その概要と結果を簡単に述べた。今後は ポーラリメトリック較正を行ったデータを用いて、地 球環境観測の様々な分野における新技術の開拓に力を 注いでいく所存である。
 終わりにあたり、本実験の実施について絶大なる御 支援、御協力を賜った環境庁北海道地区国立公園管理 事務所、北海道稚内土木現業所、天塩警察署、豊富町 の関係各位、並びに稚内電波観測所の徳丸所長を始め とする所内の関係各位に深く感謝いたします。

(電磁波技術部通信デバイス研究室長)




第9回UJNR地震予知日米合同部会報告
−続発する地震の中、日米研究者、古都京都にて討論と交流−

高橋富土信

 平成6年11月7日から4日間にわたり、「天然資源 の開発利用に関する日米会議(UJNR:U.S.Japan National Resources Panel)地震予知技術専門部会 日米合同部会」が、古都京都において開催された。 本会合の日本側部会長は小野国土地理院長、米国側 部会長は米国地質調査所Wesson博士であった(写真 1で開会挨拶中。その右が小野国土地理院長)。


▲写真1 UJNR開会の挨拶をする日米両国部会長

 筆者はこの専門部会の日本側委員として委嘱され、 会合準備・出席とともに米国研究者に対するホスト的 役割を果たした。また会合中に行われた岐阜県の根尾 谷断層の見学調査に同行した。この会合は2年ごとに 日米交互に開催されており、2年前のシアトルでの会 合には吉野時空技術研究室長が参加している。
 今回の会合の開催タイミングは、端的にいって日 本周辺に大きな地震か続発するなかでのものであっ たといえる。平成5年1月15日に釧路地方を襲った M7.8の釧路沖地震、同年7月12日に奥尻島等を襲っ たM7.8の北海道南西沖地震、平成6年10月4日、特 に北方領に甚大な被害を与えたM8.1という超巨大 な北海道東方沖地震、これらが続発している中で、日 米双方の研究者から、これらの地震に関するさまざま な研究結果が報告されるとともに、米国西海岸で発生 した地震についても研究成果が報告された。すでに会 合時には国土地理院事務局の尽力により、10cm近いぶ 厚さのプロシーディングが用意されており、活発な討 論がなされた。特に女性の通訳が素晴らしく、質問し た日本語よりも立派な英語に翻訳されたので、議論は かみ合ったものになったといえよう。
 当所からは高橋幸雄室長が当所の首都圏広域地殻変 動観測システムについて報告し、国土地理院などのわ が国のGPS網の急速な整備と合わせて、日本側の先 進的な観測施設整備の取り組みが米国側に強い印象を 残したようである。しかし観測施設で立ち後れ気味の 米国側は、ネットワークをフル活用した観測データベ ース・ソフトウェア関係で圧倒的な実力・実績を見せ つけた。地震分野に限らず、日本に欠落した重要課題 は、いつものとおり、このソフトウェア部分であった。
 この会合のなかで三陸沖などに空白域があることが 指摘された。この会合後の翌月12月28日には八戸地方 を中心に襲ったM7.5の三陸はるか沖地震。そしてそ の3週間後には、淡路島から神戸にかけて、わが国史 上初の震度7が記録されたM7.2の内陸直下型地震で ある兵庫県南部地震(阪神大震災)が発生したわけで ある。まさに地震続発のさなかに開催されたUJNR 会合であったといえよう。2年後に予定される次回の 米国におけるUJNR会合は、この続発した地震が最 重要テーマとして、日米の研究者によって深く検討が なされることは間違いないであろう。
 日本列島の地震活動の平穏状況が続いていた数年前 には、この地震予知部会のあり方が話題となったこと もあったようだが、いまや一転して続発する地震につ いて日米の専門家かしっくり議論するこのうえない会 合となったわけである。地震に限らず自然現象を扱う 分野など長期的視野での国際協力には、こうした継続 性・粘り強さが必要であるということを痛感させられ た次第である。
 日米両国とも宿命的な地震国であり、また世界の科 学技術をリードする立場にある現状からして、この会 合の重要性は単に2国間にとどまらず、国際的重要性 を持っているということは、強調してし過ぎることは ないであろう。
 この会合中に岐阜県の根尾谷断層のバス見学ツアー に同行した。米国人研究者は、まず目的地へたどり 着くまでの典型的な日本の農山村・田舎風景に大変 な興味を示した。ホスト役としてたどたどしく日本 の田舎の風俗を説明したが、なんとか本当の日本の 姿を目に焼き付けておこうとする米国人の意欲を感 じることが出来た。とくに、大根や柿が軒下に干さ れている理由、稲刈り後の稲藁の様子など大変興味 深いようであった。
 岐阜県の山合にある根尾村は、明治24年(1891年) 10月28日、M8.0というわが国最大の内陸地震である 「濃尾地震」の震源地として、激しい断層活動に襲わ れた。同村の水鳥地区では、上下に約6m、水平方向 に約2mもの大きな断層ずれが生じたのである。当時 の村民の驚愕ぶりが如何なるものであったか知る術も ないが、100年後の現在でも見るひとを驚かせるもの がある。この断層は南へ愛知県まで数10kmにわたっ ているという。
 水鳥地区には、この断層を保管し、専門家だけでな く一般の人にも、貴重な断層破断面を直接見ることが できるように、近代的な断層の観察館が整備されてい る(写真2参照:この写真中の人物は筆者である)。 百聞は一見に如かずというとおり、実際にその断層崖 に立つと、自然の圧倒的パワーを身体の芯まで実感す ることができる。


▲写真2 根尾谷断層の断層観察館内部(人物は筆者)

 この観察館の中には、当時の貴重な各地の被害写真 があり、筆者の生地のすぐ近くの被害を見ることがで、 き不思議な感慨におそわれた。
 今回のUJNRに参加し、古都京都で行われたこと とあわせて、近代技術と過去の歴史データの両者を活 用する必要性、つまリ「温故知新」という言葉どおり、 地震への取り組みには古きを温めて新しい研究や技術 開発に挑むことの重要性を再認識させられた。
 本会合の成功のため努カを尽くされた国土地理院の 関係者に深く感謝致します。

(標準計測部長)




≪外国出張≫
晩秋のジュネーブとフォンデュ料理
−lTU−R WP1出張報告−

森川容雄

 平成6年10月31日から11月11日までジュネーブで ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)SG7の作業 部会WP7A(標準周波数および報時信号),7B(宇 宙研究,衛星間通信等),7C(地球探査衛星及び気象 システム),7D(電波天文)およびTG7/2(双方向 衛星時刻比較)の会議が開催され、日本代表団の一 員として参加した。日本代表団は郵政省、宇宙開発 事業団、国立天文台、CRLの専門家6名から構成され、 筆者はWP7AとTG7/2を担当した。
 WP7AとTG7/2には米、英、仏、独、伊、蘭、オー ストリア、露、中国、日本の10ヶ国から時間・周波数 の標準機関の専門家が参加し、その内の何人かは当所 を訪問しており旧交を暖めることができた。今回の主 なテーマは、ミリ秒パルサの研究、デジタル同期網に よる周波数・時刻比較の研究、双方向衛星周波数時刻 比較であり、特に前二者は前回会合で日本が研究課題 を提案し承認されたものである。今回、ミリ秒パルサ に関しては米国と国際度量衡局から新勧告案が提案さ れ、審議の結果ミリ秒パルサの研究を促進する内容の 予備的勧告案としてまとめられた。
 デジタル同期網による周波数・時刻比較の研究に関 しては日米両国から勧告案か提案され、両者が協力し てITU-Tに向けた意見という形で承認された。本テ ーマは21世紀の通信網であるBISDNの網同期と密 接に関連しており、周波数標準機関と通信事業者の協 力が不可欠であり、日本ではCRLとNTTが協力して いくことになる。
 双方向衛星比較については、双方向衛星比較実験の ために衛星通信事業者に対し協力を要求する内容の新 勧告案と、実験手順の詳細を規定した新勧告案が承認  された。会合では、双方向比較による10^-15レベルの周 波数比較技術の重要性が指摘されており、今後活発な 国際実験が展開されていくであろう。実際、会議の合 間に米国司からインテルサット衛星を利用したアジア・ オセアニア地域で、の双方向比較実験への参加要求があ った。双方向比較はCRLもこれまでアジア地城での国 際実験を行っており、これらの成果が評価されたもの であり、積極的に参加していく方向で検討を始めてい る。
 さて、ジュネーブは歴史のある町で、レマン湖のほ とりに広がる旧市街の中心には宗教改革で有名なカル ヴァンが説教をしたサン・ピエール寺院をはじめ中世 の家並みが続き、独特の雰囲気を醸し出している。一 方、レマン湖から流れ出すローヌ川の対岸には国連欧 州本部やITUなど数多くの国際機関が点在する近代都 市でもある。


▲写真 ジュネーブでのスイスワインとヨーデル

 会議期間中は毎日朝9時から夕方まで会議が行われ たが、夜は宿題でももらわない限リフリーであり、タ 食が最大の関心事であった。皆で今晩は何を食べよう かと相談しながら夜のジュネーブの町に出かける毎日 であった。スイス料理といえばフォンデュが有名であ るがチーズ・フォンデュの他にフォンデュ・シノワー ズという日本のしゃぶしゃぶと同じ料理もある。フォ ンデュにはワインが合うが、スイス国民には飲兵衛が 多いのか、スイス・ワインは国内で飲まれてしまい殆 ど輸出されないそうである。写真のように、日本では 飲めないスイス・ワインを飲みながら秋の夜長を熱々 のフォンデュを食べてばかりいたせいかズボンがきつ くなり、帰国後ダイエットの必要にせまられている。

(標準計測部周波数標準課)




≪研修生滞在記≫

千変万化の滞在記


あべ松 朋子

 おもむろにデータを眺めながら、ブラインドから こぼれる日差しに心地よい眩しさを感しる今日この 頃。学芸大から遠く聞こえてくる野球のバットの軽 快な金属音、忙しそうに仕事をしていらっしやる研 究室の方たちの様子は何ら変わりがないのに、いつ の間にか長く伸びた窓の日差しが、季節がめぐり 半年以上の時が経ったことを感じさせる。
 私は日本女子大学の4年生で、物理を専攻してい る。通信総合研究所には6月末から研修生として伺 っていて、所属は宇宙通信部の宇宙技術研究室であ る。大学での所属研究室は微小光学とその応用、最 近では光通信や先情報処理への応用に関する研究を 行っている。研究所では新たに補償光学の実験に取 り組ませていただく予定だったが、大学で行なって きた卒業研究も続けながら伺うことになった。「二足 のわらじでだいしょうぶだろうか?」そんな期待と 不安に胸を踊らせなから、研究所の門を初めてくぐ ったのがつい、昨日のことのように思われる。
 現在は卒論発表を間近に控え、これまでのまとめ の時期に差し掛かっている。研修生としての研究所 生活はまだ現在進行形の今、思い出に浸るにはまだ 早く、されど思い起こせぱ 余曲折、いろいろあっ たなあと感慨深いものかある。そんな思いの一端を、 折角いただいたこの機会に研究所で取り組ませてい たたいた事を振リ返りつつ、書かせていただきたい と思う。
 こちらに伺う前は、回折型光学素子であるバイナ リー光学素子の、結像特牲2次元解析プログラムを キルヒホッフの同析理論を基に作成を行ってきた。 計算は最初ははWS、こちらに来てからはスーパーコ ンピュータでかけさせていただいている。コンピュ ータもよく理解していない内にスパコンなんて、と 初めは不安を感じていた。が、却って何が分からな いのか、何を知らないのか、そのためには何を勉強 したら良いのか、と自と考えるようになり、常に 疑問と目的意識を持つ大切さを学んだ。分からない ことは研究室の方は勿論、他の研究室の方でもお忙 しいにも拘わらず親切に応対してくださり、特にプ ログラムの最適化に関しては所内SEルームの方に 度々ご指導いただき、お世話になった。
 また、並行して補償光学に関する実験を行ってきた。 補償光学は、大気揺らぎによる光の波面の乱れを実時 間で補償するシステムだが、特にそのキーコンポーネ ントとなる可変形鏡の特性実験を行った。ご指導いた だいてる方の都合で実験は国立天文台と研究所の両方 で行ってきた。今日は天文台、明日は研究所、その合 間に学校の研究室に顔を出す…と変則的な忙しい毎 日だか、その忙しさも半分楽しみながら過ごしてきた ので、それほど苦にはならなかった。
 今書いたように、毎日必ず研究所にいる訳ではな かったが、内輪の催しにも何かと声を掛けていただ き、経験豊富な人生の先輩方のお話を伺えたのは特 に思い出深い。部署の垣根をこえて語り合う皆様の 輪の中で人間の温かみを感じ、それがそのままこの 研究所の雰囲気に通じているのではないかと感じた。
 この原稿依頼を頂戴したことを周りの方に申し上 げると、皆様一様に「文句があったらこの際遠慮な く書いていいよ」とおっしゃった。文句なんて、と んでもない。充実したコンピュータ設備や24時間 利用出来る図書館、真新しい厚生棟等この上ない環 境で卒業研究をさせていただき大変幸運だったと思 う。そしていろいろご指導を賜わりました研究所の 皆様に、心より感謝申し上げます。
 <地の涯に倖せありと来しが雪>−まだまた続く 冬の冷たい風を頬に受け、守衛さんの「お疲れさま」 の声に励まされ、気合いが足りない自分を反省しつ つ家路をたどる。そして、学生行き交う武蔵小金井 の駅におり立ち、あともう少し、頑張ろうと思いな から、今日も小平団地行のバスに飛び乗るる朝を迎え るのである。